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第49話

.ライラ・コールダーの試練:3rd Try



 秋から冬に変わった夜空は冷たく、そして夏と比べて星が強い輝きを放っているように見えた。

 技術団本部からバスを乗り継ぎ祝勝会の会場である我が家へと向かう、出る間際に冷たい顔を見せたナディとは少し離れて座っていたのでちらちらと盗み見るように視線を向けていた。

 今は朗らかにラハムたちと会話をしているナディ、どうしてあの時は怒っていたのか戸惑っていた。

 

「ナディのことが気になる?」


 私の視線に気づいたアキナミが話しかけてきた。こいつとは何かと通ずる部分があるので捻くれず真面目に答えた。


「そうね。何であんなにガンギレしてたと思う?」


「さあ……でもライラに怒ってたのは間違いないよ」


「それが分かんないのよね〜…私何かしたかな?」


 横並びのベンチシートに並んで腰を下ろしている、またもやアキナミの距離は近い。太ももと太ももがぴっちりと密着していた。

 ちょっと暑すぎる暖房の風を受けながらアキナミの答えを待った。


「…………」


「何?何か心当たりありそう?」


 顎に手をやりう〜んとアキナミが大きく首を捻った拍子にこつんと頭が当たった。


「あ、ごめん。良く分かんないや、本人に聞いてみたら?」


「ちっ、つっかえ……それができれば苦労しないっての」


「ええ…態度が悪すぎる…」


 私から見てやや斜めの位置に座っていたナディとまたしても目がぱちりと合った。その表情は怒っているというより寂しそうにしており、思いがけない顔をしていたのでついと目を逸らしてしまった。


(あれ……もしかして……これってもしかして……)


 技術団本部の散らかった会議室で目が合った時は、自分に嫉妬してくれているのだろうと思い嬉しかった。けれどそれはただの勘違いで...隣に座る同郷の友達に向けられているものだとしたら...


(あヤバい吐きそう)


 『そうだ』と思うとドツボにハマってしまい、我が家に到着するまで頭も胸も何かに掴まれたようにグラグラしっぱなしだった。

 


 ドツボにハマって絶賛混乱中の私を冷たい夜風が撫でていく、それでも冴えるようなことはなくあっという間に我が家へ到着した。そこでも思いがけない事が起こり、私──というより皆んなが門の前で固まってしまった。


「──え、嘘……」


 真っ先に復帰したのはその娘にあたるナディだった。そう、私の家の玄関にはラウェにいるはずのナディのお母さんが立っていたのだ、柳眉を吊り上げて。


「………………」


「あの人は誰?どうして怒りながらナディのことを見ているの?」


 ヨルンさんを知らないカマリイちゃんがそう尋ねている、下手な事をすれば怒られると知っている皆は口を閉ざしていた。

 一番小さいのに誰よりも大人ぶる可愛いカマリイちゃんが門扉を開けてヨルンさんに突撃していった。


「あ!」


「そこのあなた!そんな所でそんな顔して立たれたらナディたちが中に入れないじゃない!」


 止めようと手を伸ばすが時既に遅し。ヨルンさんがナディに負けず劣らず冷たい夜風のような声を出して挨拶をしていた。


「こんばんは小さなお友達さん。海に出てから大変な思いをした私の娘がこの一ヶ月もの間、連絡の一つも寄越さず遊びほうけていたからこうして直接出向いてやったのよ。親の心子知らずとはまさにこの事ね」


 カマリイちゃんがくるりと反転してすぐさまこっちに戻ってきた。


「ナディ!あなたったら!自分の母親に迷惑をかけたら駄目じゃない!こっちに来なさい!」


「──いやちょっと!」


 ナディの手をぱっ!と掴んでぐいぐい引っ張っていこうとする、やはり"親同士"として何か通ずるものがあるのだろうか、一瞬でカマリイちゃんがヨルンさんの軍門に下ってしまった。

 玄関の扉が開いて私のママとフレアも表に出てきてくれた、そのお陰でヨルンさんも怒気を一旦おさめてくれた。


「お帰りなさいライラ!あ〜〜〜夢にまで見たママ友がついに私にもできたわ!」


 いらん事を言ったママの口を塞ぐべく今度は私が突撃していった。



✳︎



 回収したオクトカーフの修理作業よりも重大な任務が私にはあった。その任務を果たすべくライラ邸に赴き祝勝会とやらに参加していた。


「あれ、ジュディス先輩も来ていたんですね」


「そうよ、悪い?」


「またにゃあ〜にゃあ〜言いに来たものかと──?!」


 私の決意が伝わったのか、さっそく傷口を抉ってきたアキナミが瞬時に口籠る。小さな声で「いやそんなに怒らなくても、可愛いかったですよ」とさらに抉ってきたので肩パンしてやった。


「いた!」


「そういう事は決して口に出すものではないわ!いいわね!覚えておきなさい!」


「こらっ!ジュディス!友達を殴ったら駄目でしょ!」


 後から入ってきたのは顔と同じくらいの大きさがあるお団子を頭に乗せたカマリイだった。瞬時に決意が鈍る。


「カマリイ〜〜〜!あんたも来てたんだ!あ〜よしよし……」


「こ、こら!人前では止めなさい……」


 親っぽく振る舞うくせにすぐ懐柔されるカマリイ、私より小さな体が胸の中で空しい抵抗を見せている。

 いやそんな事ではなく。


「ナディはどこ?あの盗撮犯もこっちに来ているわよね?」


 胸にすっぽりとおさまっているカマリイを見下ろしてそう尋ねた。


「ナディなら今大事な話し合いをしているところだわ、あなたもヨルンと会ったのでしょう?」


「ああ……それなら後ででいいか」


 それから、と言葉を置いてカマリイが爆弾を放った。


「ナディからあなたの動画をもらったけどとても可愛かったじゃない。普段から猫を被る必要はないけれどあれぐらいの愛想があっても良いと思うわ」


「〜〜〜っ!!」


「盗撮犯だなんて言い方は良くない──じゅ、ジュディス?!は、離しなさいっ!い、いくら子供のあなたでも受け取って良い愛というものが──あたたた!」


 恥ずかしさのあまりカマリイの細い体をぐいぐいと抱きしめてしまった。

 そんな一悶着を交えつつも無事に祝勝会が始められた。乾杯の挨拶をするのは勿論ライラ父である、もう出来上がっているのか随分と舞い上がった調子で口を開いた。


「ささやかながらセントエルモの成功と我が娘がついにママ友を─「そういうのいらないから!」─ママ友が出来たママにかんぱあーい!」


 挨拶が無茶苦茶である。

 集まった面々はセントエルモのメンバー(私、ナディ、ライラ、ラハム、アキナミ)それからウォーカー家にカマリイ、それからコールダー家である。

 結構な大人数だが後からクランや連合長も参加するらしい、というか今こっちに向かっているらしい。


「ほらジュディス、あなたもこれを食べなさい、大きくならないわよ」


 裾が余っているエプロンを着用したカマリイが私の元に料理を運んできた、お皿にはこんもりと肉ばっかりが乗せられている。


「ほーらこれを見なさいよ!」


「何?……こら!女の子がそんなはしたない真似をしたら──お腹がぷにぷにじゃない」


 服の裾を少しだけ捲ってご自慢のお腹をカマリイに見せてやった、ここ最近はパーティー尽くしだったのでつけたくもない脂肪がついていた。カマリイの小さな手が優しく私のお腹を摘んでいる。むにむにと。

 相変わらず何をやっても可愛いカマリイをがばり!と羽交締めにすると後ろから待ったがかけられた。


「ジュディ先輩ばっかりズルいですよ!早くこっちに渡してください!」


「ついに来たわねこの盗撮犯!カマリイが欲しければあんたの携帯をこっちに渡しなさい!」


「こ、こら!人を物のように扱うのはっ……」


「先輩がにゃあにゃあやってくれたらカマリイちゃんを諦めて携帯も渡しますよ?」


「何だと……なんという選択肢……」


「それなら私もジュディスの生猫見たい──ぐふぅっ」


 戯れ合う私たちの元へドリンクを持ったライラ母が現れた、ママ友が出来たことがそんなに嬉しいのかライラ父と同じように上機嫌だった。


「まあまあ!こんなに可愛いらしいお友達もいたなんて!はい良かったからこれどうぞ」


 手際良くグラスをテーブルに置き、お次はエントランスホール側の入り口にあるソファへと向かっていた。そこではライラとアキナミ、それからラハムが並んで座っていた。


「ねえ、二階にもリビングルームがあるの知ってた?」


 ナディにそう声をかけると、「……え?」と間抜けな返事が返ってきた。どうやら聞いていなかったらしい。


「あんたどこ見てたの?」


「あ、いや、別に………」


 さっきのお調子テンションと打って変わって声も沈んでいる、明らかに無理をしているのが良く分かった。

 胸にすっぽりとおさまっていたカマリイが教えてくれた。


「ナディ、ライラのことが気になるなら行ってきなさいな」


「……っ!いや、別にそういうわけじゃっ……」


「何なに?何かあったの?」


 あの二人がついに仲違い?俄然興味が湧いた私はナディに食いついた。


「その……ライラが急によそよそしくなったというか……今日はなんかずっとアキナミと一緒なので……」


 観念したナディが胸のうちを吐露した。片方だけの言い分を聞く限りでは、仲の良い友達が二人ともいっぺんに離れたように感じているのだろう。

 聞けば、技術団本部で行われた会議の時からナディの様子がおかしかったらしい。ちっこいカマリイが心配そうに眉を寄せている。


「ナディに心当たりはないの?ライラにそっぽを向かれてしまうような事をやったとか」


「う〜ん……セントエルモが解散してからも毎日連絡は取っていたし……」


「他には?本当に心当たりがないの?」


「う〜〜〜ん…………」


 嘘でしょ?出航前にお邪魔した時はあんなにライラが落ち込んでいたというのに...こいつはとんでもない朴念仁だ。

 ここは一芝居うってやることにした、私の夢を馬鹿にせず真面目に語ってくれた礼のつもりだ。


「それじゃないの?ライラが愛想を尽かした理由」


「……え?」


「ライラと話をしたりするんだけどね、どうにもあんたの方が一方的に気遣われてるような気がするのよ。私は良くライラからあんたの事で相談を受けたりするけど、あんたの方からライラの事で相談するなんて滅多にないじゃない」


「……………それは、」


「あんたちょっとライラの好意にあぐらをかきすぎているんじゃない?駄目よ、あんなに一途に想ってくれている相手をないがしろにしたら」


「別にそういうわけじゃっ………」


「そりゃ愛想も尽きて新しく仲良くなった相手の所に行きたくもなるわよ」


「…………」


 しゅんとしてしまったナディをカマリイが構っている。けれどここで甘やかしてしまったらこいつの為にならない。

 ぱしん!と背中を叩いて私なりに励ましてやった。


「大丈夫よ!あんたが全力で求めたらきっとライラも応えてくれるから!」


「は、はい……」


「そうね、お互いに気心が知れているからといって言葉を交わさなくても良いという理由にはならないもの。真正面からライラにぶつかっていきなさいな、応援しているわ」


 よしよし、カマリイも良い塩梅で行動を促してくれている。ちらりと後ろを振り向くと、やっぱりライラがこっちをじいっと見ていた。

 後は任せた!と親指を立てて合図を送ると、「はあ?」という形に口を歪めて眉もしかめていた。


(今に見ておきなさいよ〜〜〜)


 しめしめと思っていると、ダイニングからさらに出来上がったライラ父がグラスを片手に現れた。

 頬はすっかり上気している、けれど目は何かを企んでいるように細められていた。

 私たちのテーブルに着くなりグラスをカチンと鳴らしてきた。


「やあやあ楽しんでくれているかな?娘のことでこんなに賑やかになるなんて思わなかったから私も妻もすっかり舞い上がってしまったよ」


「その奥さんは今はどちらに?」


「キッチンの方でナディちゃんのママさんとお喋り中さ!あれはすっかり虜になっているね!」


「はあ……確かに綺麗ですもんね」


「まあね、妻が霞んでしまうレベルだよ!」


 さて、前口上もこの辺りでと言わんばかりに喉を潤してから、ライラ父が切り出してきた。


「……聞いたよ、深海にはまだまだ未知が潜んでいるらしいね。何でも深海で活動する特個体らしき物を目撃したとか、そこのところどうなんだい?本当の話なのかい?」


「さあ……私もその話を聞いただけですので何とも。ライラから聞いていないんですか?映像が残っていた無人機を回収したのはウルフラグの空軍でしたよね」


「そうかそうか、それはとても有用な情報だ。ありがとう、感謝するよ」


「何か商売をされるおつもりなんですか?」


「うん?どうしてそう思うんだい?」


「いえ、お家柄貿易商をされているのでそうなのかなと……」


「まさか!」


 と、快活に笑ってからこう言った。


「その逆だよ!僕たちも何とかその特個体とやらを回収できないか、もしくは一枚噛ませてもらえないかと思案していたところなんだ。妻とも話し合ったんだけどね、不安な芽はそうそうに摘むべきだと判断したんだ。何せ特個体の技術をうちに持ち込んだのが僕たちなんだから」


「ああ……アフターケア的な?」


「そうだよ、以前街中で暴れた生命体が特個体を捕食したそうじゃないか。あんな危険な騒動はもうこりごりだよ」


 ライラ父と話をしている間、あまり興味がなかったのかカマリイは姿を消しており、代わりにナディが私の隣に腰を下ろしていた。

 そのナディも渡されたグラスをちびちび飲みながら会話に加わってきた。


「そういえばなんですけど……私もそれっぽいのを見たような気がするんですよね」


「え?」

「それ本当なの?」


「はい……何かこうこうキラキラ光ってたというか……それもヒトの形に見えたような……きちんと見られたわけではないのでとくに報告もしませんでしたけど」


「そのキラキラというのは?魚の鱗が反射して──いや、深海だからそもそも光りが届かないのか……」


「はい、オクトカーフのライトに当たっているのならまだしも、暗闇の中でぽつりぽつりと光っていたので、きっと発光器官を持った魚だろうと思っていたんですが……」


 その光り方、と言えばいいのか、まるで誘導灯のように規則的な明滅を繰り返していたらしい。一気にきな臭くなってきた。

 私たちの会話が耳に届いたのか、ライラの元を離れたラハムがこっちにやって来た。


「あの〜そのお話でしたらラハムにも思いあたることが……」


「え?本当かい?良ければ聞かせてくれないか!」


 私は見逃さなかった、スウェット生地のプルパーカーに隠れたラハムの巨乳をガン見したライラ父を。やはり男なんてこんなものである。


(ちっ!)


「いつ?」


「アキナミさんと一緒に搭乗した時です。異音を感知してチェックしていたあの時、外から駆動音が聞こえてきたのですよ」


「ああ〜あの時かあ……確かに途中でその音がぴたりと止んだってラハムも言ってたもんね」


「はい、なのでもしかしたらあの時近くにあったのはカウネナナイの無人探査機ではなくてその特個体なのかなと……」


「興味深いね………」


「どっちがですか?」


 胸を見ながら言うことかっ!

 私の突っ込みに慌てたライラ父が「あははは!」と情けない笑い声を出しながらすたっと立ち上がった。

 そんな折、隣でグラスの中身を飲み干したナディが「んむぅっ?!」と声を上げながらグラスを勢いよく離していた。


「うぇっ……何か入ってた……何これ?」


 行儀悪く口の中から何かを吐き出している、手のひらに乗せられた物はオレンジジュースに塗れたビー玉のようだった。


「お!早速一組目が誕生する頃合いかな?」


「おじさん?何ですか、これ」


「いや実はね〜君たちに配ったグラスの中にビー玉を仕込んでいたのさ!同じ色をした二人がペアを組んでこの後ゲームをするためにね!面白いだろ〜?昔はこうやって良くペアを作って結婚に導いたものさ!」


 あ、そういう事ね……確かに私のグラスも振ってみるとからんからんと何かが当たっている音が聞こえた。

 急いで飲み干してビー玉を手のひらに乗せてみると、私のは赤い色をしていた。離れて座っていた二人もライラ父の声が聞こえていたようで、ぐびぐびと喉を鳴らしている。


「さあて!君は何色だったかな〜?お!赤色!赤色の子はいるか〜い?」


 アキナミが面白くなさそうに手を上げている。


「ゲームに負けても暴力は止めてくださいね、先輩」


「それはあんたの頑張り次第よ」


 お次はラハムだ。ついこの間まで飲食ができなかったくせに知らないうちにアップデートを済ませていたらしい。


「はーいはい!ラハムのビー玉は緑色でした〜!」


「お!ということは………ナディちゃんは何色だったかな?」


 え?そこでナディに話を振るの?不思議に思いながら隣を見やれば、


「私は白色でしたよ」


「──え?」


 ぽかんと口を開けたライラ父、そしてその娘が離れた所から天高らかに腕を上げていた。


「私も白色」


「え…………」


 勝ち誇ったかのようなそのドヤ顔。どうやら水面下で進められていたこのペア作りなるお遊び、娘に軍配が上がったようだった。

 意を決したように口元をきゅっと締めたナディがライラの元へ向かっていった、後のことはあの二人に任せれば良い。

 どうせ両思いなんだから。



✳︎



(は!ざまあみろってんだ!パパたちが昔から良くやっていたゲームを覚えていて正解だったわ!)


 ようやく私の元から離れたアキナミと代わるようにしてナディが傍にやって来てくれた、そして隣に座らず「ライラの部屋で遊びたい」と言ってきたので案内してあげることにした。

 勿論パパから止められるようなことはない、何せ自分の策にハマってしまったのだから止める権利なんてあろうはずがない。

 私の後ろに付いてくるナディはとても静かだった、一言も口を開こうとせずゆっくりと歩いている。

 二階に上がってゲーム会場に様変わりしているリビングを通り過ぎて自室に入った途端──途端だった、そう、思いがけない衝撃を背中から受けて息が詰まりそうになった。


「……っ!え……え?」


「……………」


「な、ナディ?………どうかしたの……?」


 お腹に回された手は強張り、肩に押し付けられた鼻は少し荒っぽく息をしているようだ。

 突然のスキンシップに頭が真っ白になってしまった、何もできない。

 階下から誰かが上ってくる音が聞こえ、ゲーム会場に消えていくのを確かめてからもう一度声をかけた。


「ナディ、どうしたの?言ってもらわなくちゃ分かんないよ」


 いや私は全然良いんだけどね?けれど普段通りの雰囲気ではなかったので気になった。それに技術団の本部では寧ろ冷たい態度をとっていたように思う。

 ゆっくりと離れたナディがお腹に手を回したまま本音を教えてくれた。


「………どうしてさっきはあんなによそよそしかったの?」


「…………?」


 肩越しに見たナディの眉は曇天のように垂れ下がっている。


「………いきなり敬語を使ってたよね、私何か悪いことした?」


 その事か...あの時のナディの態度に合点がいった。

 そして()()を理解した私は──


「………分からない?」


 はぐらかした。


「…………わ、分からない………ごめん」


 分からなくて当然だ、だって理由なんてないんだから。けれどこの時ばかりは嘘を吐いても心が痛むようなことはなかった。

 だって、ナディが私を求めてくれているんだから、こんなチャンスは滅多にない。


「いいよ、別に。私って他の友達と同じなんでしょ?」


 そうじゃないよね?私は特別だよね?と言外に責めた。


「………ら、ライラは……?どう思ってるの、かな……」


「私に聞くの?」


「………………」


 それとなく、バレないように手綱を引いてやる。


「……もし、私がそうだって言ったら?」


「………特別、ってことだよね」


「うん」


「…………で、でも、ライラはあの時、私の勘違いだって、言わなかった……?もし怖い思いをしたら、私以外の人にも抱きついていたって………」


 ──────え?何その話...いやちょっと待ってよ...あの時?あの時っていつだ?────ああ!あの医務室での!ああ!


(私のせい…だったの?ただの友達認定をさせてしまったのは私があの時ビビってしまったのが原因…?)


 もう自分が何処に立っているのかも忘れて頭をフル回転させた。

 ナディは何も悪くなかったのだ、私の言葉を信じてその通りに接してくれていたのだ。それなのに私ときたら...勝手に舞い上がって勝手に落ち込んで...今すぐ振り返って謝りたい衝動に駆られたけど、人生でもう二度と発揮することはないと断言できる程の自制心を働かせて踏みとどまった。


(駄目よ駄目だめ!ここで振り返って謝ったらまた振り戻しに戻るわ!というかあの時からナディは私の想いに気付いてしかもそれを受け入れてくれてたってことよね!Shit!何たることなの!)


 ここは演技を貫き通すことにした。それにだ、ここで今後のイニシアティブを握れるかもしれない。

 どんなに仲の良い─そう、例えばパパとママのような─夫婦であったとしても必ずどちらかが"主導権"を握っているものなのだ。その"主導権"が行ったり来たりするようなことは決してない、だからこそ私はこの場で決めたかった。

 それにだ、もしナディに握られてしまったら──私はこれから一生涯、ナディに振り回されて生きていくことだろう。顔色を窺い、構ってほしいから言いなりになって、ちょっとしたスキンシップでも今みたいに舞い上がって幸福を感じて、痛みも気持ちよさも充実感も達成感も何もかもが支配されてしまう。

 それは確かに一つの幸せな人生であるように思う、けれど私は何とか踏みとどまりその岐路に立てているのだ。逆を言ってしまえば私がナディを"支配"することだってできる。


(うん、どっちにしたって私はナディなしでは生きられない人生になってしまいそうだ)


 あの時果たせなかった思いをぶつけるチャンスがやってきた。

 お腹に回されているナディの手をそっと撫でてから答えた。


「……気付いてほしかったんだ、私の気持ちに。だからあの時はあんな意地悪な答え方をしたの」


「……どうすれば良い……?」


 食いつきが良すぎる!と慌てながらそっと離れ、そして想い人と向かい合った。

 これでチェックメイト──


「私が、私だけが特別なんだっていう証がほしい」


「…………………分かんない、何をすれば良いの?」


「………ナディが思う所に口づけをしてほしい」


「…っ!……私、女、なんだけど……って聞いても意味、無いよね?」


「うん。無い。私はナディのことが好きだから、友達としてではなくて恋人として。ナディがそれでも良いよって思ってくれるなら……なんだけど……」


「……………分かった」


 ────されたのは私だった。あろうことかナディは、そっと抱き寄せて首筋に顔を近づけてきて────


(ええ?!ええ?!そっちそっちそっちそっちなの?!普通頬っぺたとかで良い──)


 右側の首筋に...人の体温ってこんなに熱いんだって思えるぐらいの口づけを受けた。首と頬っぺたに当たる鼻息だって熱い、目の前にあるナディのつむじをどこか非現実に感じながら見つめていた。

 ナディがそっと離れた、それだけで私の体は凄まじい"寂しさ"を覚えた、覚えてしまった、もう駄目だった、私の完敗だった。


「……………これで良い?」


「…………駄目。全然足りない、もっとしてほしい」


「…………うん」


 もう一度ナディが抱き寄せ、そして私も遠慮なく抱きしめた。

 首筋に受けた熱が全身を駆け巡り、触れ合っている体の境目を溶かしていくようだ。

 何度か口づけをしてもらい、今度はナディの方から私にせがんてきた。


「……良い?私もしてほしい」


 無言だった、私は無言で彼女の言いなりになった。首筋に顔を寄せてお腹を空かせた狼のように夢中で口づけをした、堪らなかった、している側なのにこっちが弾けてしまいそうになった。その事を彼女にも分かってほしかったので首筋を甘く食んでやると──


「────」


 聞いてはならない声を聞いたような気がした。

 


「あっ。ねえねえ、首にキスするのって執着心の表れらしいよ。私知らずにやってた」


「そうなの?ちなみに──今のところは?」


「えーとね……おでこは友情や祝福だって」


「あじゃあこっちで──はい、オッケー」


「私からして良い?」


「いちいち聞かなくても良いよ──んっ……今のところは?」


「胸は所有欲を表すんだって。別にいいよね?」


「だから聞かなくても良いってば──はい、これであおいこね」


 さっきからニヤニヤ笑いが止まらない、止められる奴いるの?いないと思う、だって好きな相手と体のあちこちにキスをし合っているのだから。

 あーーー!


(幸せ過ぎる………もうどうでも良いや)


 ベッドに並んで座っているナディの衣服ははだけまくっている、私が脱がしたから。私もナディにあちこち脱がされているので下着だって見えている、しかし気にならない。ナディの実家で裸を見た時はそれだけで十分だと思っていたのに今はちっとも足りない、もっと触れ合っていたかったしこの世の全てから拒絶されて隔絶されたかった。

 けれど今はパーティーの真っ最中である、そろそろ戻らないと皆んなに怪しまれてしまう。


「…………行く?」


「何処に?………ああ!そうだ、パーティーの真っ最中だった、ライラに夢中だったからすっかり忘れてたよ」


「ええ〜そういうこと言うの止めてくれない?せっかく行く決意が出来たのに秒で萎んじゃった」


「じゃあ迎えが来るまでここにいよっか」


 と、言ってくれたのも束の間、どんな世界にでも邪魔者は存在しているらしい。扉の外からカマリイちゃんが呼びかけてきた。


「ナディ〜ライラ〜そろそろリビングに戻ってきなさ〜い、ゲームを始めるみたいよ〜」


「……は〜い。行こっか」


「うん」


 ナディが私の服を正してくれる、その面倒見の良さに思わず頭がくらくらしてしまい、お返しにと頬っぺたにキスをしてあげた。


「えーと頬っぺたは確か……」


「いやそれ無限ループ入っちゃってるから」


 今度は私がナディの服を正してあげる、ナディもお返しにまた首筋にキスをしてくれた。

 世界が生まれ変わったような気分である、部屋に入ってくる前と後では雲泥の差だ、目に見える全てが天界から下賜された宝物のように輝いていた。

 二階のリビングでは皆んなが集まっており、テレビの前にペア順で座っていた。

 ナディの─そして近い将来私の─妹であるフレアがたたたとこっちに駆けてきた。


「お久しぶりですライラさん!」


「お姉さんって言ってもいいんだよ?」


「え?……え?」


「もう何やってんの、ほら早く」


 アキナミと一緒に座っていたジュディ先輩がこっちに視線を寄越してきた。さっきのサムズアップの意味が分かったので小さく親指を立てると、先輩も小さく返礼してくれた。


(よ〜しこうなったら何が何でも先輩の夢を叶えなければ!)


 カマリイちゃんたちと話していた時にきっと後押ししてくれたのだろう、その恩に報いるべく私は呑気に一人息を巻いていた。

 何故、フレアが真っ先に私たちの元へ──不安そうに、怯えているように顔を曇らせてやって来たのか、その真意に気付くべきだった。

 ヨルンさんと一緒に料理を運んできたカマリイちゃんがはたと動きを止め、フレアとナディの顔を交互に見比べている。フレアは明らかに怯えているようだった。


(どうして──)


「フレア、さっきも聞いたけどあなたのお姉さんは?」


 いつもと変わらない口調でそう尋ねてきたカマリイちゃんの言葉は、場をしじまに変えてしまう力を十分に持っていた。


「……………え、隣に……いるのですが……」


 空気がガラリと変わった、ナディにしてもらったキスの感触も吹き飛んでしまうほどに。


「あなたのお姉さんはマカナでしょう?ナディではないわ。どうしてナディと一緒にいるのかずっと不思議だったの」


「……………」


「……カマリイちゃん?何を……言ってるの?」


「ナディ、どういう事なの?カマリイちゃんが言っている事は……」


 二人は何も喋らない。

 リビングの入り口に立っていたヨルンさんは──とても冷たい顔つきをしていた。


「あなた………マキナだったのね」


「そうよ、言ってなかったかしら?フレアはとてもお姉さん思いの子なのよ、それがどうして?」


「…………………」


「どうしてあなたがそんな事を知っているのか……でも、そうね、今はどうでも良いわ。コールダーさん、またお邪魔させていただきますね、今日のところは失礼させてもらいます」


「いやあのっ!………また、いらしてくれるんですよね?」


「機会があれば、その時はぜひ」


「……………」


 ...最後に、出て行く間際にナディが私に寄越してくれたその視線だけが唯一の救いだった。

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