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第48話

.新たな疑惑



 俺の名前はハデス・ニエレ、しがないマキナである。一緒にいる(こういう言い方が正しいのかは分からない、何せサーバーを経由すればカウネナナイにいる他の奴らといつでも会えるのだから。会おうとは思わないが)グガランナやティアマトと比べたら俺の役目なんてあってないようなものだ、実質無いに等しい。

 機能不全に陥った他のマキナの代用しか務められないそんな役目の俺が、深海で面白いものを見つけることができた。

 その事を実質的支配者であるティアマトに相談しようと思ったのだが...


「お〜い……ティアマト〜……」


「ああもう!どこにいったのかしら!早くしないと!」


「ティアマト〜」

 

 開け放たれた部屋の外から声をかけるがティアマトはこっちを見向きもしない。散らかった部屋の中からお目当ての物をサルベージすべく必死になっている。

 3Dプリンターで作った煌びやかな衣装を身に纏い、「いい加減切ったらどうなのその髪」と言って追いかけ回されことがあるご自慢の長い髪も綺麗に結ってあった。今からお出かけするのだ、あの人間嫌いのティアマトが。

 部屋の外で待っていた俺にティアマトが気付いた。


「ハデス!ちょうど良いところに!あなたもタブレットを探してちょうだいな!あれがないと自動修復型耐圧殻の説明ができないのよ!」


「はあ?そんなもんサーバーからダウンロードすれば良いだろ、タブレットいる?」


 ピタっと動きを止めたティアマト。


「──それもそうね、自分がマキナである事を忘れていたわ」


「いやそれはどうなの。そんな事よりも──」


 例の件を口にしようとすると動き出したティアマトがさっと俺の隣をすり抜けていった。


「あ!ちょっとティアマト!お前に話したいことが──」


「今?!帰ってからでいいでしょう?!あなたもいつでも私に甘えていないで独り立ちしなさいな!」


「……何だってぇ〜〜〜」


 言ってはならない台詞を口にしたティアマトが背中を向けて走り出した。その跡を追いかけるべく俺も走り出すと、ティアマトの代わりにお留守番を厳命されて不機嫌になっているグガランナが自室からにょきっと顔だけ出してきた。


「静かにしなさい!うるさいでしょうが!」


「お前の声が一番デカいんだよ!」


 グガランナは俺に目もくれず、ソファに投げてあったトレンチコートを着ているティアマトに声をかけていた。


「ティアマト!寄り道せず真っ直ぐ帰ってきなさい!いいわね!この私があなたに代わってここを見てあげるんだから!」


 今の今まで外に出て自由にしていた奴が言う台詞ではない。普段は口うるさくも優しいティアマトが無言で中指を突き立てている、代わりに俺がグガランナに言ってやった。


「お前が言うな」


「──何ですって!!」


 だっ!と逃げ出したティアマトに代わって何故だか俺が怒られる羽目になってしまった。



 グガランナの細くて長い指に耳たぶをぐいんぐいん引っ張られている間に、またあの人間たちがスペースにも顔を出して挨拶にやって来たり、別れた後にカウネナナイ側にいるディアボロスから珍しく連絡が入ったりなどしていつもと変わらない無為な時間を過ごした。

 面白い件についてグガランナには相談したくなかった、間違いなく外に出る為の口実に利用されるのが目に見えていたからだ。あいつは何かと外に出たがる、とくにセントエルモが解散になってから躍起になってその口実探しをしている節があった。

 

(自分で何とかしよう。それに……)


 今の世代は俺たちの事を邪険にしないらしい、グガランナやティアマトの扱い方を見て考えが変わってきた。

 けれど昔は酷いものだった。俺たちはただ自分たちの役目をこなしていただけなのにやっかまれ、時には武装した人間に攻撃される事もあった。最終的には「ここは俺たちの土地だ」と言われて排撃を受け続け、これにキレたオーディンが人間を『外敵』と断定し権能を行使した。

 『外敵』と判断されたと知った人間はガイア・サーバーの排除にも乗り出し、マキナ対人間の構図が確固たるものになってしまった。

 今でも不思議に思う。キレたオーディンはまさしく鬼神そのもので人間はなす術もなかった、それなのにある日を境にしてオーディン側の軍勢を押し退け始め、最後は勝利をおさめてしまったのだ。

 マキナの中に裏切り者がいる。仲間を謀り人間に与した奴が存在している、しかし誰かは分からない。だからこそグガランナはマキナを一括りにせず両国間に分けて管理している。


(ま、その本人があの時裏切った可能性は十分にあるんだけど……)


 今となっては古い話だ、俺たちの間でも話題に顔を出すこともない。

 『マキナ』という存在を忘却した人間はとくに思うところがないようで、ティアマトやグガランナと当たり前のように接している。それなら俺もと思うのは不思議なことだろうか?当たり前のことだと俺は思う。つまりそれは俺自身も他者との交流を望んでいるということだった。

 この事を自覚した時は大いに頭を悩ませた、今さら何言ってんだと自嘲してしまいたくなるが、やはり仮想空間でのお付き合いごっこには飽き飽きしていたし、二人の反応を見ていれば俄然興味も湧いてくる。

 しかし、次に悩ませた問題は「俺に何があるの?」という事だ。何の取り柄もない奴が交流を望んでも良いのかということ、つまり自分に自信がなかった。

 だからこれなんだ、セントエルモが潜航した時に見つけたアレ、間違いなく話のネタになる。なんなら俺がアレを掌握してしまえばかなりのアドバンテージが発生し、自信のなさを補強することができる。


「それなら一人でやるしかないか〜〜〜まずは海に潜れそうな奴を捜してだな……」


 そいつはすぐに見つかった。過去に潜航し事故に遭い、その時のトラウマから乗れなくなってしまった人間、一度違法な外科手術も受けている。その病院のカルテにも違法手術を受けた動機が残されていた。


『この痛みさえなくなれば僕はトラウマを克服できるんだ………深海に喜びも恐怖も支配されてしまった、ただそれだけなんだ』



✳︎



 深海探査技術団に呼び出されたのは、セントエルモの航海が終わってから約一月経ったあとのことだった。

 あの航海を経てから私たちは一躍時の人となった、各メディアにひっぱりだこになってしまい、自分がユーサ第一港の漁業課で働く一般人であることを忘れてしまいそうになる程に忙しい日々を送っていた。

 そんな合間を縫うようにして私とアキナミ、それからラハムとカマリイちゃんとで深海探査技術団の本部に訪れていた。


「……………」

 

「………ぷふっ」


「っ?!〜〜〜っ!!」


「いたっ!ティアマトさんがジュディスさんみたいになってしまいました!ナディさん助けてください!」


「笑ったラハムが悪いよ」


「そんな〜〜〜!」


 技術団本部の待ち合いロビーで、数々の標本や模型を眺めながら待っていた。

 ラハムがおかしそうに笑ったカマリイちゃんは、確かに私たちの中では浮いていた。パーティードレスに身を包み長い髪をお団子にしたその姿は、バッチバチに気合いが入っているのが一目で分かった。きっとテレビに露出すると勘違いをしておめかししてくれたのだろう。


「ごめんねカマリイちゃん、ちゃんと説明してなかったから。意地悪ラハムのことは気にしなくていいよ」


 ぐふぅ!と演技をしながらラハムがその場で屈み、イジられて頬を染めたカマリイちゃんが毅然とした態度でこう言った。


「……いいえ、舞い上がっていた私が悪いんですもの、ナディもラハムのことを悪く言わないでちょうだいな」

 

「あ〜〜〜………よしよし、カマリイちゃんがこの中で一番可愛いよ………」


 今日もカマリイちゃん節を全開にしたカマリイちゃんをアキナミが抱きしめた。


「ちょ、ちょっと……子供扱いは止めてちょうだい……」


 身をよじってアキナミから逃れようとしている。けれどまんざらでもないのか嬉しそうに口元をもにょもにょさせていた。

 意地悪呼ばわりされていじけていたラハムを構っていると、深海探査技術団の人たちが早歩きでロビーに現れた。


「どうも!お待たせしてしまって大変申し訳ありません!準備に手間取ってしまいまして……では改めて!ようこそいらっしゃいましたセントエルモの皆様!良い語らいに致しましょう!」



 私たちが技術団に呼ばれた理由は潜航した時の詳しい話を聞きたいことと、一二〇〇〇メートルの超深海にあった卵の調査結果を報告するためだった。私たちが報告を受けてもいいのかと疑問に思うけれど、第一人者だから気にする必要はないとピメリアさんに背中を押されていた。その本人は今日も今日とてテレビ局に顔を出しているはずだ。

 技術団本部の本部長を務めている男性の案内を受けて、私たち一向は会議室兼研究室のような所にやって来ていた。

 部屋に入るなりカマリイちゃんが一言。


「ここで話し合いをするのかしら、散らかったままじゃない」


 子供でありながら言動が親っぽいカマリイちゃんに本部長の男性がおどおどしながら答えた。


「え、えーとですね、ごもっともな指摘なのですが、これ一応全部卵の研究機器でして……分析結果を交えながら話し合いをするとなるとここが一番適当なんですよ。お見苦しい所で申し訳ありません」


 ぺこりと頭を下げる前に「あ」と言ってから付け足した。


「それから、テレビ局の方はコールダーさんと一緒に来られますので今はリラックスしてください」


 これにはおめかしをしていない私たちが声を上げた。


「え!」

「ええ?!ここを映すんですか?」

「そうですよ。言ってませんでした?」

「聞いてませんけど!」

「こうしちゃいられない!ラハムもティアマトさんみたいにおめかししないと!」

「そんな時間はないでしょう、さっさと座りなさいな」

「ぬぅ〜〜〜カマリイちゃんが余裕だ!」


 と、騒がしくしつつも皆それぞれ席に着いて話し合いの場が進められた。


「まず始めに、実際の海の様子をお聞かせください。あ、録音しますのであしからず、こんな機会はそうそう訪れるものではありませんので、ここにいる研究員もあなた方の話を楽しみにし過ぎで寝不足ぎみなぐらいですから」


 いや知らんがなと思いながら私から先に口を開いた。

 六〇〇〇メートル級の海山が実はチムニーと呼ばれる熱水を噴出する地形だったこと、海溝近くに人工物が沢山あったこと、そして一二〇〇〇メートルには魚たちの街があったことを説明した。とくに最後の話は未だ胸に残る興奮も相まって力説した、本当に凄い所だったと、卵がなければいつまでもいたい場所だったと話した。

 一通り話し終えると本部長や他数名の人が感動してくれたのか、目頭を押さえてじっと固まった。

 またカマリイちゃんがカマリイちゃん節を見せつけた。


「その態度は何?せっかくナディが話してくれたのだから感謝の言葉の一つぐらい言っても──」


「いや決してそうゆう態度ではないかと……」


 一番ちんまいのに目力がハンパない、ラハムが隣から宥めている。

 目頭を押さえていた本部長が顔を上げてからこう言った。


「──失礼いたしました……報告書を読ませてもらった時からずっと我慢していたのですが……本音をぶちまけてもいいですか?」


「な、何でしょうか……」


「──羨ましいっ!そんな世界があるなんて知らなかった!いいえ!あなた方の勇気ある行動の結果だと知っていますがやはり言わずにはいられない!」


 もう一度羨ましい!と叫んでから本部長が落ち着きを取り戻した。


「はースッキリした。未だにこっちへ来ていませんが、オクトカーフのカメラ映像は微に入り細を穿つ覚悟で検証させていただきます」


「はあ………」


 間合いが独特な人だなと思った、いや開発課にもこんな感じな人が沢山いたことを思い出す。

 私の次に口を開いたのはカマリイちゃんだ、オクトカーフ(タコに似た潜水船だから)に搭載されたまったく新しい技術についてすらすらと喋り始めた。


「過飽和状態にさせた炭酸カルシウムを耐圧殻の外側に配置することによって爆発的形成を意図したシステムよ。まず耐圧殻の外側を溶液が循環するチューブで張り巡らせ、次に一気圧相当の圧力を受けた場合コンキオリンが含まれるチューブと接触、そこで生成反応が爆発的に促進されて超高圧にも耐えうる膜を作る。いいかしら?」


 それはもうすらすらと、話についていけないのは私だけ──と、思ったけど本部長が私たちの気持ちを代弁してくれた。


「あー…できれば図というか、目で見て分かるような媒体があればなお分かりやすいのですが……」


「確かに。カマリイちゃんが凄すぎてついていけない」


「──なんですって?!私だってちゃんと探したのよタブレット!」


 身振り手振りで訴えかけるものだから頭のお団子がぷるぷると震えていた。


「いやでも、その効果は確かなものでしたから、現に私とラハムはカマリイちゃんのシステムで助かりましたし」


 論より証拠だ、カマリイちゃんがシステムを構築しジュディ先輩たちが完成させていなければこの場にいない。

 季節はすっかり冬なのに、スーツの上着を脱いで話を聞き入っていた本部長が大仰に頷いてみせた。


「ええ、ええ……それは確かにもう、超深海で耐圧殻にヒビが入りながら生還されたのですから、その効果は申し分なく高いことでしょう」


「ふん!私にかかればおちゃのこさいさいよ!」


「……今のジュディスさんっぽいですね」


 私たちが座っているテーブルから何とか上半身が出ている程度である、それなのに腕を組んで胸を張っているその姿がたまらなく可愛い。

 あとはアキナミ、ラハムの注釈も加えながらより詳しく深海の世界について話を進めた。

 話を聞いてばかりで飽きてきたのか、隣にちょこんと座っているカマリイちゃんがそっと小声で話しかけてきた。


「……皆んな生き生きとして喋るわね、今日まで沢山話してきたのでしょう?」


「……いやそれがねえ、ここまで詳しく喋ることはなかったんだよ。皆んな当たり障りのない質問ばっかりでさ」


「……それもそうね、あなたたちが映っていた動画はどれも大変だったとか簡単な話ばっかりでしたもの」


「……見てくれたんだ?」


「……当たり前じゃない、我が子の晴れ舞台を楽しみにしない親はいないわ」


 脳裏に浮かんだ顔をふるい落とすように、今日も今日とて大変いじらしいカマリイちゃんを無言でぎゅっと抱きしめてあげた。

 皆んながそれぞれ胸に抱いていた深海の話を遠慮なくぶちまけスッキリと終わるかに思われたが、卵以外の新たな"疑惑"が発覚することとなった。

 それは遅れて訪問したライラとテレビ局の人と交えた話し合いの中での出来事だった。



✳︎



「……ハデス?」


 いない。いやいないはずがない、あの引きもこりマキナが行方をくらますだなんて今まで一度としてあっただろうか?しかし彼の自室はも抜けの殻になっていた。

 それならマテリアル・ポッドだろうと階下にも足を伸ばしてみるがものの見事に空になっていた。

 これは由々しき問題である、早急に手を打たなければならないそう!速やかに連絡を取るべきだ!


(よ〜しよし……ようやくここを出られる口実を見つけられたわ!)


 今さら無理だから。あれ─────ほど刺激的な日々を送ったあとに缶詰めにされてしまうのは耐え難い苦痛と同義である。いや苦痛そのものである。端的に言えば暇で死にそうな思いをしていた。

 ポッドルームから引き上げ自室に駆け込む、以前ピメリアから渡されていた携帯端末を手にとり画面をタップするが反応しなかった。


「あれ?」


 何度タップ操作をしてみても反応がない、壊れたのかと思い何度か電源ボタンを長押ししてみるがやはり反応がなかった。


「このタイミングで壊れるって!信じられない!」


 正方形の端末をポイと投げ捨てて今度はパブリックスペースに駆け込む。

 無い、共有の端末がどこにも無い、代わりにこれでもかとティアマトのぬいぐるみが散乱していた。


「………ない!どこにもない!外に連絡を取る手段が一つもない!」


 散乱していたぬいぐるみをひっくり返し探してみたけれど、やはりどこにもなかった。

 もうそれならいっそのこと着の身着のまま出て行こうかとさえ考えた。あのラハムですら徒歩で首都に辿り着けたのだ、子機にできて私にできない道理はない。

 よし!と思い至ったその時、スペースの入り口にハデスがひょっこりと現れた、現れてしまった。


「──!何処に行って──いいえどうして戻ってきたのよ!」


「ええ何その言い方」


 残念で仕方がない、これでは連絡手段があっても意味がない。というか共有の端末を持ち出していたのはハデスだった、脇に抱えているではないか。


「………どうしてあなたがそんな物を持っているのかしら?」


「関係ある?」


「そんな物が無くても事は足りるでしょう?」


「お年頃なんだよ、察しろ」


 ついと顔を背けて自室へ帰ろうとしている、その端末を持ったままだ。


(怪しい……)


 ハデスが引き上げてから小一時間、サーバー経由で彼の部屋を覗き見しようとすると弾かれてしまった。こちらの行動は見抜かれているらしい。

 いよいよをもって怪しくなってきたので遠慮なく彼の部屋に突撃してみやれば返り討ちにあってしまった。


「な!ちょっ?!ぬいぐるみっ!」


「入ってくんじゃねえよっ!あっちに行けえ!」


「こら!止めなさい!あなたが怪しい事をしているのは分かっているのよ!」


「お前に関係ねえだろっ!そんなに外に出たいんなら勝手に出ればいいだろっ!」


「それが出来ないからこうしてあなたをダシにしようとっ!」


「面と向かって言いやがったなっ?!」


 その後暫く攻防戦が繰り広げられた。そのお陰でぬいぐるみはくったくた、お互いの弾になったのだから無理もない。

 あれだけ早く帰ってこいと言いつけたのに夜遅くに帰ってきたティアマトが、可愛がっているぬいぐるみの変わり果てた姿を見て私とハデスを泣きながら怒ってきたのはまた別の話である。



✳︎



 距離近くないですか?


「遅れてしまってすみません、放送枠を確保するのにプロデューサーと揉めてしまいましてね……いやいやこんな話はどうでも良いのでささ!続けてください!」


「はあ………あのこれってギャラとか出ます?ちょっとでも研究費用の足しにしたいのですが」


「ギャラは基本的にこっちからお願いしない限りは出ませんね」


「いや私も映りますよね?テレビに出るんでしょ?」


「いやあなたは出ませんよ?出るのはセントエルモの皆さんだけですので」


「あ、な〜るほどそういうカラクリですかだからテレビ局の人間は嫌いなんですよ……」


 技術団の本部長である男性と、最近私にしつこく付き纏うドキュメンタリー番組の制作スタッフがにこやかに口論している。

 そして、私のすぐ隣に座っているアキナミが遠慮なく肩をぶつけながら体を寄せてきた。

 だから距離近くないですか?


「……何やってんのこの二人、ライラがあの人を連れて来たんでしょ?」


「……私に責任があるみたいな言い方するの止めてくれないかな」


 アキナミが喋るたびにハーブティーの匂いが鼻をくすぐった、つまり互いの息がかかるほど距離が近いということだ。

 するとアキナミがおもむろにポケットからプラスチックケースを手に取り、手のひらに一粒出してこっちに渡してきた。


「……ライラ、ここに来る前にコーヒー飲んだでしょ、息が臭い」


「………………」


 カチンときた私は受け取った錠剤型の匂い消しをぺい!と床に投げ捨てた。


「ええ……目の前でそういうことする?」


「大きなお世話」


 目を窄めて非難がましく見てくるアキナミの少し後ろから、ナディがちらちらとこっちに視線を寄越してきた。


(まあ…まあね、たまにはこういうのも良いのかもしれない……)


 胸の奥から滲むような優越感と喜びを感じてしまった。

 ギャランティーに折り合いがついたのか、ケチ臭い口論をしていた二人がようやく落ち着き話が本題に戻った。


「では改めて!まずは空軍の特別顧問でもありますライラ・コールダーさんにお話を窺おうと思うのですが……どうでしたか超深海は?!」


 やたらとテンションが高い本部長に話を振られて私はキング中佐から教えてもらった話を口にした。


「私からは超深海で見つかったある物についてお話しをしようと思います」


「ほほう……ある物ですか?それは調査が進められている卵ではなく?」


 皆んなも私の話が意外だったのか、視線を寄越してじいっと見つめていた。


「はい、卵以外にもある物が見つかりました」


「それは一緒に見た船とかじゃなくて?その話ならもう私の方からしちゃったんだけど……」


 ナディが言葉を挟んできた、きっと私に同じ話をして恥をかかせないように気を遣ってくれたのだろう。

 決して他意はない、けれど他所行きの口調のままナディに受け答えをしてしまった。


「いいえ、その話ではなくてまた別の物です。これはカウネナナイ側の無人探査機を回収した空軍から寄せられた情報なのですが、どうやらあの深海域にはヒトの形をした生き物が生息しているらしいんです」


「──ほう!それは本当なのですか?!」


「断定できたわけではありません、しかしどう見てもヒトの形をしているらしいのです」


 深海探査を主な研究内容にしているだけのことはある、その本部長が予想通り食いついてきた。

 他にも、


「それって本当なの?」


 ナディだ。ただ彼女には似つかわしくない険しい顔つきをしながら私に尋ねていた。

 テレビカメラは既に回っている。ここで敬語を止めてタメ口で答えるのも変かなと思い、そのままの口調で返した(ナディとの関係性までカメラに撮られたくなかった)。


「はい、それもかなり大型、さらにカウネナナイが複数放った無人機の全てに映っていたそうです」


「………ん?………あれそういえば……」


 何かを思い出したのかラハムがうむむと首を捻っている、そのラハムに構わずナディがさらに言葉を重ねてきた。


「それって誰が見たの?ライラも一緒に確認したの?でもあの時は何も言ってなかったよね?」


「いや、あのですね──」


 言葉は柔らかいが表情は固い、まるでこちらを詰っているような言い方だった。ナディの態度に慌てた私は言葉が濁り、その隙にカマリイちゃんが宥めてくれた。


「落ち着きなさいなナディ、ライラは決してあなたに嘘を吐いていたわけではないわ」


「…………」


 (カメラが回っているのに)むくれっ面をしたままナディが引き下がった。突然の事にドギマギしていた私に、今度はアキナミが質問してきた。


「それって空軍の特個体ではないんですか?ウルフラグの物ではなく、例えば過去の争いで壊れたカウネナナイの特個体が映っていたとか……」


 アキナミは場に合わせて敬語だった。それはまさに的を得た質問だったので誰もが頷いていた、ナディ以外は。


(何でそんなに怒ってるの!)


「ライラさん?」


 本部長に答えをせがまれたので慌てて口を開いた。


「あ、はい、それがですね、そのヒトの形をした生物は深海域でも映っていたのです。ですから特個体ではないと思われます」


「…………それが本当なら──いえ、嘘とは言ってませんが……にわかには信じ難い話ですね……」


「その通りかと思います。これから改めて調査チームが結成されるかと思いますが、残念ながらセントエルモに声はかからないかと、何せ対象が特個体に近い生物ですから」


「それは……確か以前の騒動でも特個体に似た生命体がユーサ第二港を襲撃した事に関連していますか?」


「はい、その認識で間違っていません。もし民間の探査艇が出会してしまったらなすすべもありませんから」


 そう話を締め括ろうかという時、最後にナディが口を挟んだ。


「私は見たけどね、平気だったけど」


 隣に座るカマリイちゃんがむくれっ面のナディを嗜めるように、手の甲をぺちん!と叩いて場がお開きとなった。



 距離近くないですか?もう話し合いも終わっているんですけど。


「あの話をするためにテレビ局の人も連れてきたのか。もしかしてライラってそっち方面にも明るかったりする?」


「そっちってどっち」


「テレビ関係の人、普通知り合いなんかいないよ」


 待ち合い室のソファに並んで座っているアキナミ、タイツに隠れた膝頭が私の太腿に当たっている。

 アキナミってこんなに距離感が近いの?


(初めて会った時はあんなにつんけんしてたくせに……いや私もそうなんだけどさ……)


 待ち合い室にも沢山の海産物や生き物の模型が置かれていた。地域別に分かれた海産物や年表にまとめられた過去の漁業法は私の目を楽しませてくれた。他のフロアにも見学コースが存在し、私とアキナミ以外が足を運んでいる。

 ここ最近はあちこちに出突っ張りだったので疲れていた、なので待ち合い室で待たせてもらうことにしたのだが、何故だかアキナミも付いてきたのだ。

 程よい温度に保たれた待ち合い室の空気を堪能しながら仕方なくアキナミと会話を続けた。

 本音を言えばナディの方が良かったんだけど...


「あの人、前にインタビューを受けてから何かと付き纏うのよね。連絡先も交換するつもりなかったんだけどあまりにしつこかったから……」


「どうしてだろうね、他にもセントエルモのメンバーがいるのに」


「さあ、この容姿で空軍に籍を置いているのが絵になるからじゃないの」


「うわあ…それ自分で言う?」


「だってほんとの事だし。そういうアキナミだってクール系ポンコツ美人じゃん」


「それがお世辞だって事ぐらい私には分かるよ」


「いやお世辞じゃないんだけど……というかポンコツは否定しないのか」


 何その私は分かってますみたいな顔。

 ナディと比べるまでもないけれど、確かにアキナミも美人な部類に入ると思う。一重まぶたにキツネ目は愛嬌があって良いし、すっと高い鼻もクールで格好良い。癖っ毛の髪は下ろしてマフラーの中に詰め込んでいる、ふわっと盛り上がった襟足のお陰で人形のような愛らしさもあった。

 ナディと比べるまでもないが。


「だってそれ本当の事だし?皆んなは気にするなって言うけどこっちは気にするよ、どうしたって」


「それぐらい怖かったんでしょ?」


「うん……まあ。後で教えてもらったんだけど、そういう時に失禁する人もいるらしいね」


 わざとらしく鼻を摘んで「臭い」と手を振ってやった。


「道理で何か臭うと思ったら……」


「な?!そういう事する?!違うから!私はしてないから!冗談でもそういうの止めてくれる?!」


 けらけら笑いながら結構痛いアキナミの猫パンチをいなしていると、頭上から外の温度と同じくらい冷たい声が振ってきた。


「何やってんの?」


「……っ!」

「あ、びっくりした……もう終わったの?」


 アキナミの言葉にも冷淡な声で返していた。


「見れば分かるでしょ?皆んな外で待ってるよ、早くして」


「あ、ああうん、ごめん……」


 本当に珍しく機嫌の悪いナディの背中を追いかけて私たちも待ち合いロビーを後にした。


 この後一ヶ月遅れの祝勝会を我が家で行ない、そこで私は骨抜きにされてしまうのであった。

 誰にだって?それは勿論ナディである。

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