第44話
.深海層
「………………………………………グラサンぐらい取ったらどうなんですか?それはさすがに失礼でしょう?」
「速度と水圧が比例の関係にあると言った事を謝罪するんならな」
「………………それとこれとは関係ないでしょう。本当に潜るおつもりなんですか?港があんな事になっているのに?あなたたちは大統領に仕立てられた道化師そのものだ」
「素直に認めたらどうなんだ、時流に合致していたのは私たちの方だと。卵を採取することは第二港の為、ひいてはウルフラグの為にもなる事だ」
「………………本当にあなた方のチームが一二〇〇〇メートルに潜って採取してきたのであれば、いくらだって謝罪しましょう」
「それで良い、言質は取ったぞ?採取した卵はもう一度第一港に預ける」
元第四港の課長が口を大きく開けて天を仰いだ。固まったまま微動にしなくなった奴を放置して会議室を後にした。
港に行く前にやるべき事はまだある。深海潜水調査支援母船を押さえに行く。
✳︎
「ほらラハム!こっち!こっちだから!」
「違う!そっちは何も無いよ!正解はこっち!」
「ラハム!あんたの勘はそんな程度か!二人の言う事なんて無視して己のスピリチュアルを信じなさい!」
「──むっふぅぅはああっ──いったぁあっ?!」
ラハムが振り下ろした長い棒がスイカではなく地面を叩いた、本人はとても痛そうにしている。
私たちは未だ復旧作業中の第一港にいた、先日からラハムの特訓が始められたけど、これが中々上手くいかなかった。
それに昨夜起こった突然の騒動に探査艇作成チームの皆も今日だけは休みを取っていた、なので港はいつにも増して閑散としている。私やライラ、それからジュディ先輩の身近の人に被害はなかったので港にやって来ていたのだ。
ラハムがじんじんと腫れている手のひらを眺めながらぽつりと呟いた。
「う〜ん……今日は何だかやる気というものが……ラハムも街の事が気になります……」
「それもそうだよね……何か私たちだけいつも通りに過ごしているのも……」
「気にする必要ある?……いや、無関心でいろって意味じゃないんだけど……そうね……」
三人揃ってうむむむと頭を捻るが妙案なんてものはすぐに浮かんではこない。
ライラ発案「スイカ割りで勘が鍛えられるんじゃない?」特訓を一時中断し、閑散とし過ぎてもはや閉じたのではないかと勘違いしてしまう食堂に引き上げてきた。そのライラはどこかよそよそしく、あまり皆んなの顔を見ようとしていなかった。勿論声をかけた。
「ライラ、どうかしたの?」
「──え!あ、うん……いや、何でもない……」
「それ何かあるって言っているようなものよ?」
「ラハムも気になります。もしかしてお友達が……?」
「ううん、そうじゃないけど……あ〜…いや、こんな時にこんな事言うのもどうかと思うんだけど……時間があるなら、私の家にって思って……」
「──ああ、確かライラの両親が私に会いたがっているとか……そんな話だっけ?」
「うん……なんだけど、パパたちも借りている倉庫の様子を見に行くって朝方出かけて行ったから……どうなんだろ」
今度は四人揃ってうむむむと頭を捻った。
私とジュディ先輩は前にも経験していた、大きな銀色の虫が街中に現れたあの時の事だ。
けれど今回は規模が大きかった、隣にある第二港と郊外の二カ所で同時に発生し、真夜中から朝方にかけてずっとテレビ中継もされていた。
怪我をした人も沢山いた、家を壊されてしまった人たちもいた。陸軍の部隊が速やかに鎮圧していなかったらもっと被害も広がっていたはずだ。
そんな中私たちだけ...って思うのはジュディ先輩の言う通り考え過ぎかもしれないけど、さすがに無視することができなかった。
「う〜ん………気休めだろって言われるかもだけど………何か手伝える事ってないのかな」
「例えば?」
「第二港に行って作業を手伝う……とか、私たちもユーサだし変に思われる事もないと思うけど……う〜ん」
「こういう時ってどうしたらいいか分かんないよね」
「……ちょっと連合長に電話してみるわ、今日は特訓に励めそうにないって」
ジュディ先輩が携帯を手にして電話をかけ始めた。
✳︎
[──と、いう事なので今日はちょっと……それから話し合ったんですけど第二港の応援に行けないかと思いまして、私たちが行っても邪魔になりませんかね]
「………………」
「ピメリア?」
ジュディスの話を聞いて思わず頭を抱えてしまった。ナディたちの世代がとても"敏感"である事を失念していた、それなのに今日も訓練をするようにと指示を出していた。こんなに悩ませてしまったのは私の落ち度だ。
少しだけ間を置いてから返事をした。
「聞いてみよう。それからこれだけはハッキリと言っておくが、お前たちのように悩まず今日も当たり前のように過ごしている奴らだっているんだからな?それを忘れるなよ」
気休めにしかならなかったようだ。
[それとこれとは別ですよ。それに私よりもナディやライラの方が気にしているんですから、何かさせてあげないとずっと気に病んだままです]
「う〜〜〜〜〜〜ん………それは悪かった。第二港の課長に話をしてみる、すぐにかけ直す」
[お願いします]
運転していたグガランナに皆んなの状況を伝えると少しだけ驚いていた。
「自分に関係した事でもないのに?そこまで悩むのですか?」
「最近の子は周りと自分を分けて考えられないんだよ。周りが大変な思いをしている時に自分たちだけって、そう受け止めてしまうらしい」
「だから自分たちも苦しむべきだと?それでは負の連鎖が延々と続くだけではないですか」
「そうじゃない、自分たちに出来る事は何かないかって苦しんでいる人たちに関わりたいんだよ」
「──まるで英雄のような考え方ですね。彼我の距離を無くして手を差し伸べるだなんて……それも特別な教育を受けたわけでもなく、当たり前の日常を過ごしてきた子供が……ちょっと信じられません」
「それをジェネレーションギャップって言うんだ、覚えておけ」
そう話を締め括って第二港の課長、港が生んだオランウータンに電話をかけた。
すんなりと繋がった奴の声は前と比べるまでもなく疲弊し切っていた、それも無理もない、いきなり港がダウンし、あまつさえ知らない間に真珠が倉庫内に紛れ込んでいたのだから今頃奴は対応に奔走していることだろう。
第一港から復旧作業の手伝いの申し入れがあったと伝えると、
[────ああ、有り難い……その気持ちだけで何とかなりそうだ……]
「……そうか、なら今から向かわせても問題ないな?」
[お願いします。港内はまだまだ散らかったままなので片付けをしてもらうことになりますが……]
「いいさ、本人たちもやりたがっているから好きにしてくれ」
[本当にありがとうございます]
「それは本人たちに言ってくれ、その方が喜ぶ」
またジュディスに折り返し電話をかけて、第二港から是非来てほしいという旨を伝えると慌ただしく駆けていく足音が聞こえてきた。
✳︎
ピメリアさんに許可を貰ってやって来た第二港は私たちの港と違い、有り体にいって一般的な所だった。
桟橋にはいくつもの漁船が並び、並んでいる船も漁猟船ばかりであった。少し遠くへ行けば大型の船もちらほらと並んでいる。
海の上は綺麗だった、ただ──
「……凄いことになってるね……」
陸地は酷いものだった。建物や市場などは壊され色々な物が散乱している、屋内にあるはずの長机が道路に横たわっているのがどこか印象的だった、普通ではないと。
駐車場から一番近い建屋に近づいていくと、昨日は何と戦っていたのかその姿が目に飛び込んできた。
「うわっ………これって………」
その建屋の角を凹ませ蹲っていたのは、あの日に見た銀色をした虫だった。深海域で見たものよりもさらに大きい、頭と背中が大きく窪んで今も透明な液体がそこから流れ落ちていた。
「し、死んでるんだよね………こんなのが街を襲ったの?」
「聞いたところによれば、あの銀色の小さな玉がこれに化けるらしいわね」
「…………」
「ナディ?どうかしたの?」
「………私、その小さな玉、一つだけ持ってたんだよね」
私の言葉に三人が「え?!」と声を揃えた。
「それ今どこにあるの?!」
「早く出しなさい!」
「危ないですよ!」
「いや!もう無いよ、持ってない。前にセントエルモの調査の時に持って行って、そこで失くしちゃったから、多分海に帰ったんだろうけど………」
大きな声で話していたつもりはなかった、けれど私たちの会話が耳に届いたのか、建屋の中にいた人影が窓から顔を出し眉を吊り上げ、そのままピシャリと閉めたのが目に入ってしまった。
程なくして軍服を着た男性が怒り肩でこっちに歩いてきた。
「君たち!こんな所で何をやっている!港は事態が落ち着くまで閉鎖すると連絡がされているはずだぞ!今すぐ帰れ!」
「え!いや私たちは──」
その男性の後ろから別の男性が慌てて走って来た、体格が良いので軍人さんより軍人らしい人だった。
「待って待って!彼女たちは撤去作業で応援に来てくれた第一港の人だ!私が対応するから君は部屋に戻って!」
「こんな女の子が?怪我をするだけではないですか!」
「いいから戻って!」
有無言わせぬ迫力があり、軍人さんも鼻白んだ顔をさせながら黙って去っていった。
とても疲れた顔をした人はキース・J・シラカワという第二港の課長だった。
「悪かった、彼らも夜通し対応していたから気性が荒くなっているんだ、悪く思わないでくれ」
「い、いえ……あ、あの、本当に来て良かったんですか?邪魔じゃなければ──」
疲れた顔にぱっと笑顔が弾け、そのシラカワさんを見て私もライラもほっと胸を撫で下ろした。
「邪魔だなんてとんでもない!本当にありがとう、色々とこき使ってしまうけどそこは勘弁してくれるかな?」
「だ、大丈夫です!何をすればいいですか?」
「まずは──」
撤去作業用の車を港内に乗り入れられるよう、道の清掃をしてほしいと頼まれ私たち四人が動き出した。
◇
港の入り口を掃除した後、複数台の車、それから陸軍の装甲車に大型のトレーラーまでやって来た。そのトレーラーからランドスーツと呼ばれる着込み式のアシスト装置が何体も出てきたので、また別の虫が発見されたのかと思ったけどランドスーツも撤去作業に加わるらしい。
武器を持っていないランドスーツが人の手では運べない瓦礫を悠々と持ち上げ、トラックの荷台へと放り込んでいく。その傍らでラハムが「ふんす!ふんす!」と似たような瓦礫を運んでいたものだから私たちやランドスーツの人たちもびっくりしていた。
「あんた凄いな!」
「ラハムはこれでもマキナですから!」
「良く分かんねーけど無理すんなよ!」
ランドスーツがびっ!とサムズアップをして、ラハムがそれに返していた。
ラハムと一緒にいれば怒られることもないだろうと私たちも駆け寄り、三人で持てそうな瓦礫や道路の清掃を続けた。
撤去作業を続けながら、私たちはいくつもの虫の死体を目の当たりにしていた。動いていない状態でも怖いのに、こんなものが昨日は動き回っていたのかと思うと...港にいた人たちは大丈夫だったんだろうか...
目に付く瓦礫をあらかた撤去し終えた後、ランドスーツの胸の辺りがぱかりと開いて中にいた人が姿を見せてくれた。
「あんたらもしかしてセントエルモのメンバーか?」
ズバリ言い当てられたので皆んな目を白黒させていた。
「え!……そうですけど、どうして分かったんですか?」
「ホームページに写真が載ってたからな!教えてくれたのは他の奴だけど、そんな大変な時に良くこっちに来たな!大したもんだ!」
あっはっはっ!と豪快に笑っている。
「大変なのは他の人たちだから、私たちにできることはないかって、それで手伝いに来たんです!」
「………大した奴らだよ、ほんと。おい!これ乗ってみるか?」
「え!」と皆んなで声を揃えた。乗れるの?
「いやあの、乗っていいものなんですか?」
ジュディ先輩がおずおずと尋ねている、けれど目がキラキラと輝いているのを見逃さなかった。
「ああ!別に操縦資格もないからな、俺たちも今日初めて乗ったぐらいだ!余裕余裕!」
と、言いながら本当にランドスーツから降りてしまった。
ジュディ先輩が真っ先に駆け寄り、その跡に私たちも続いた。ランドスーツの中は思っていたよりもスッキリとしていた、もっとケーブル類でごちゃごちゃしているのかと思ったけどそうでもなかった。
背中、腕と足回りにあるクッションに触れてみると固い感触があり、少ししてからゆっくりと沈み込んでいく、高反発の枕のようだった。
「脚部の内側に足場があるだろ?そこに乗って装着部に入るんだ」
「あ、はい!」
「そうそう。それからまずは片足を突っ込んで……足裏に留め具が装着されるから……それが済んだもう片足をセットしてくれ」
「はい!あ!え?何もしてないのに……」
「ランドスーツは基本、搭乗者の体格に合わせてアジャストしてくれるんだ。便利だろ?」
言われるがままなんだけど...でも確かにスーツ自体が私の体格に合わせようとしているのか、細かなモーター音が断続的に聞こえていた。
足の裏から固定されているので不安定感は無い。次に細長い筒のような物に自分の腕を入れる、するとまたしても腕、手首、手のひらに留め具と呼ばれる物がカチリ、カチリとはまっていった。
「着け心地はどうだ?」
正直に言っていいのかな...
「何か……少しだけぬめぬめします……」
「あ!ごめん!それ俺の汗だわ!帰りに海に入ってくれ!」
だらしくなく笑う軍人さんが周りの人たちから叩かれまくっている。
「よし!まずは腕を上げてみてくれ」
「え、こうです──ほおーーー!動いたあ!」
右腕を持ち上げると、私の体と同じぐらいの大きさがあるランドスーツの腕もするりと動いた。
「手のひらの作動も確認してくれ!」
手のひらをにぎにぎさせると、
「ほおーーー!動いたあ!」
凄い!面白いぐらいにぬるぬる動く、試しにピースを作るとそれもタイムラグ無しで再現されていた。
「凄い……面白いですねこれ……」
「じゃ、お次はハッチを閉じるぞ〜」
「えちょ!」
軍人さんが開いていたハッチの裏側から何やらボタンを押し、すぐさま閉じられていった。汗臭い!と身構えたけどそうでもなく、人でいうところの鳩尾の裏の部分にゴーグルがセットされていた。そのゴーグルもアジャストされてちょうど良い高さになり「GUEST ACCOUNT」と表示された後、私は巨人そのものになっていた。
「わあーーー!凄い凄い凄い凄い!目線高あーーー!」
[聞こえているかー!そのままゆっくりと足を動かしてみてくれ!]
集音マイクで拾ったような声が届き、言われた通りにゆっくりと足を前に踏み出した。それに合わせてゴーグルから見えている景色も動く、さらにもう一歩、巨人になって歩いているような──いや、本当に歩けているのだ。
三メートル近くある視点は当たり前だけど物凄く高い、違和感は拭えないけどしっかりと歩いている感覚があった。
[そんなにキョロキョロしても何も見えないだろー!気持ちは分かるけどなー!]
何だろ...この不思議な高揚感、VRゲームとはまた違った没入──いやいや、没入感どころではなく私が巨人そのものになっているのだから!テンションが上がらないわけがない!
それに足の裏の留め具もランドスーツの足が地面に接地したタイミングで押し返してくれる、これがまた結構リアルな感触だった。試しに瓦礫を土踏まずの辺りで押さえつけると、
「ほお〜〜〜ちゃんと再現されてる〜〜〜」
その瓦礫を持ってみると、
「あら、さすがに手のひらには何も無いのか……」
けれど、自分の体では絶対持ち上げられそうにない大きな瓦礫もまるで積み木のように手にしているのは感動だった。そのままトレーラーの荷台にひょいと入れる、そしてまた拾ってひょい、ひょいひょいと繰り返しているだけでも楽しかった。
すぐ近くでぎこちない動きをしているランドスーツがいたので黙って肩を叩くと、
「…っ?!」
びくりと肩を震わせ内股になった。
(絶対ライラだ、このランドスーツは絶対ライラが乗ってる)
そういえば、目を輝かせていた先輩はと視線を巡らせると、一体のランドスーツの前でがくりと膝を折って無念の叫びを上げていた。
[──憎い!!この可憐な体が今日だけは憎いっ!!私も乗りたかったのにぃっ!!]
あんな状況でも自分を卑下しない先輩はさすがである。きっと先輩の体格ではアジャストし切れなかったのだろう。
先輩の叫びを聞きながら私たちランドスーツ三人組みは瓦礫の撤去作業に勤しんだ。
◇
音声コマンドのやり方も教えてもらい、視界に映し出された時刻や方角、さらに目の動きに合わせて追従するレティクル(照準)に感動していると電話がかかってきた。
「あの!電話がかかってきたんですけど!」
[ハッチオープン!]
「あ!は、ハッチオープン!」
私たちにランドスーツを譲ってくれた軍の人たちも一緒に作業をしており、扱い方を教えてくれた人が言った通りにするとばうんっ!と音を立てながら開いた。
「あの!これブルートゥースとか付いてないんですか?!」
「基本無料使用だけど個人持ちにアップグレードしないとその機能は使えないぞ!」
「何ですかそのアプリゲームみたいな説明!」
私の突っ込みにけらけらと笑っている。早くに電話出たいけど腕が固定されていたので抜くに抜けなかった。慌てた私はその人に取ってもらうようお願いした。
「あ?!いいのか?!後で警察に訴えるとか言うなよ!」
「そんな事しませんよ!早く早く!友達からなんです!右のポケットに入ってますから!」
軍の人がポケットに手を突っ込み、すぐに携帯を取り出してくれた。見せてくれた画面を見やればやっぱりアキナミからだった。
「通話スタート!」
「俺はランドスーツじゃねえんだよ!」
と、言いつつもボタンをタップしてスピーカーモードにしてくれた。
[ナディ、そっちはどう?私は今からそっちに向かうから]
「今ね!私たちランドスーツに乗って撤去作業してるよ!」
[はあ?何言ってんの?ラハムの特訓は?]
アキナミは単身、カマリイちゃんの元に訪れている。自動修復型耐圧殻のシステムが完成したので、休みを取っている探査艇チームの代わりに受け取りに行っていたのだ。
こりゃ信じてもらえないぞと思った矢先、軍の人が携帯を操作してテレビ電話に切り替えてくれた。
[何か今知らない人映った──ええ?!何やってんの本当に乗ってるっ!!]
アキナミの叫び声に何事かとカマリイちゃんも画面を覗き込んでいる。
[──こら!ナディ!何をやっているの!危ないでしょう!早く降りなさい!]
あんなにちっこい体をしているのにいつも母親のような事を言う。
第二港に赴いた経緯を話すと、アキナミが皆んなの写真が欲しいと言ってきた。
「写真?どうして?」
[いいからいいから、軍の人にも入ってもらって]
私たちの会話を聞いていた人が他の人たちも呼び寄せ、ライラとラハム、それから拗ねた顔つきをした先輩も集まった。
[その写真こっちにも送って、それじゃ。あ、私はもうちょっとかかるから]
それだけを言って通話を切り、アキナミの要望に応えて皆んなで写真を撮った。
「よ、良かったんですかね……こんな所で撮影だなんて……」
「いいだろ別に。復興している所を写真に収めて発信していくのも重要な事だ。ま、叩かれる時は叩かれるから諦めろ」
「は、はあ……それなら……というか私もついはしゃぎ過ぎてしまいました」
「いいっていいって、君が乗ってくれたお陰で溜まってたスタミナ消費できたから」
「────何やっているんですかこんな所で!駄目でしょう!」
ゲラゲラと笑ってランドスーツの足をバシバシ叩いている...きっと私に気を遣ってくれたのだろう。
その後は気持ちを入れ替えてさらに撤去作業に励んだ、お昼を回った辺りになるとあらかた片付けも終えてトレーラーの代わりに今度は工事用の車両が陸続と港内に入ってきた。
車とすれ違い様に運転手が「早くて助かったよ!」と声をかけてくれたので、少しだけ胸を撫で下ろすことができた。
✳︎
ナディは本当に凄いと思う、自分から撤去作業に加わろうとするだなんて。
あれやこれやと、「そんなのただの気休めだろ」とか、「引け目を感じている自分を慰めたいだけだろ」とか、嫌な事を言われたらどうしようと二の足を踏んでしまう私とは大違いだった。
ランドスーツに──乗る?装着する?言い方は人それぞれだから良く分からないけれど、実際に動かす事ができたのは良かった。
良かった──けれど、私は見てはいけない物を見てしまった。桟橋の近く、得体が知れない何か大きな生き物が蹲っているのを、ランドスーツの視点の高さから見つけてしまったのだ。
他の皆んなは陸軍の人たちと話をしている、車が乗り入れし易いよう清掃が終わったので一旦休憩を挟んでいた。
私はその輪の中からそろりと抜け出した、見つけてしまった物をこの目で見たかったからだ。
それぐらいに不気味で──この世の物とは思えない程に...綺麗だった。
「…………………」
それは、翡翠色をした結晶の群れであった。ヒトの形をした何かの上に群生し、その結晶の中にも琥珀、瑠璃、紅桔梗、紅紫、深緑、栗の小さな結晶たちが揺蕩っている。
とても綺麗だった。この生き物が襲ってきたことすら忘れてただただ見入っていた。
「────凄い…………」
「……本当ね」
「!」
後ろから同意の声が上がった、見やればさっきまで悔しそうにしていたジュディス先輩だった。
「これ……どうやってこんな風になったんだろう。他の死体にはなかったわよね」
「分かりません、これもあの卵から生まれたんですよね」
「う〜ん……だと思うけど……」
先輩もほけっと結晶群を眺めている、その横顔はまさしく子供のそれだった。先輩の顔にも六色の光りが反射している、小さな小さな唇は半開きだ。
ぽそっと、先輩が呟いた。
「私ね……本当はね、ママたちのことが好きなの」
「………急に何ですか──」
ぞわっとした。
「でもね、喧嘩ばっかりして……悪口ばっかり言って……何を話せばいいのか分かんなくなって……それでも私は船を作りたかった……大きな大きな船を……何処にでも行けて、潜れて、飛べて……そんな大きな船を──」
「──先輩っ!!」
目の焦点が合っていなかった、何かに吸い込まれそうになりながらうわ言のように呟く先輩の様子ははっきりと言って異常だった。
大きな声で呼び、そのおかしな雰囲気がぱたりと止んだ。
「────あれ、今何か、いや、絶対私変な事言ってたよね?」
「言ってますん」
「──この状況でふざけないでよ!ちょっと待って!言った記憶はあるけどどうして言ったのかまるで──忘れて、忘れて!忘れてくださいお願いだから!」
「分かりましたから、先輩の弱みを握っただけですか─「それを忘れろって言ってんのよ!」─でも、今のはやっぱりあの結晶のせい……ですよ─「こらあああっ!!!そこの二人いいいっ!!!」
振り向くまでもない。この後私と先輩は揃って雷を落とされてしまった。
落とされると分かっていたので私はこっそりと写真に収めていた。
不謹慎な事をしているのは良く分かっている、けれど、この写真が後々大いに役立つことになった。
✳︎
クランから連絡が入ったのは、二ヶ月後に調査船を押さえられた直後のことだった。日数的にも申し分ない──と、思いたい絶妙な期間だ。
ゴーダに連絡を入れて探査艇の作成に足りるかどうか確認をしようと思っていた、けれどできなかった。
リッツが昨夜の騒動に巻き込まれ、ICUに入ったと知らされたからだった。
◇
郊外にある病院に到着したのは連絡をもらってからちょうど一時間後だった。忙しなく動き回る看護師たちに埋もれて、クランがひっそりと待ち合いロビーに腰をかけていた。
「クラン、大丈夫か?」
「…………いえ、リーねえはまだ、」
「違う、お前だよ、まさか寝ていないのか?」
「………はい」
壊れかけの人形のように振り向いたクランの顔色は酷いものだった。
「この事を知っているのは?」
「ピメリアさんと、昨夜一緒にいたヒイラギさんだけです。他の皆んなには………連絡していません」
「どうして?」
遠慮なく尋ねたのはグガランナだ。
「……心配をかけたくなかったので、私も何と言えばいいのか分からなかったので……」
「そう………あなた一人で持ち堪えていたのね、偉いわ」
「………………」
聞きたくなかった、けれど聞かざるを得なかった。でも聞けなかった、項垂れて微動だにしなくなったクランを見ていると、とてもじゃないがリッツの容体を聞くことができなかった。
情けないことに、私はグガランナに目配せをして聞いてもらうようお願いした。
「命に別状は?」
「…………ありません。けれどもう、歩けないだろうって………」
「脊椎損傷による半身麻痺、です。僕が聞いた限りでは」
「…っ」
「ホシ──その顔は何ですか、あなたも今にも倒れそうではありませんか」
唐突に声をかける者がいたので驚いた。向けた視線の先には、確かに土気色をしたホシが立っていた。
「僕のことはいいんです。それよりもピメリア連合長、あなたのことを待っていました」
奴の目は今までにないぐらい据わっていた、銃を持っていないのが不思議なぐらいだ。
奴の誘いに乗りかけた、けれど足は動かなかった。
「──すまない、後にしてくれるか?クランの事を放ってはおけない。それにお前も休んだらどうだ、大方昨日の騒ぎから寝ていないんだろう?」
「──眠れませんよ、彼女に、リッツに助けられた人が大勢いたんです。けれどリッツはあんな大怪我を負ってしまった、眠れるわけがない」
「……何があったんですか?」
クランの囁くような言葉は耳に良く届いた。
「……君のお姉さんは大型のタガメが現れても、周囲にいた人たちを誘導して近くの避難所まで──僕が到着した直後に………」
ホシが言葉を濁してくれた。だが、
「不甲斐ないですね、ホシ」
「お前──言葉を選べよ、今言うことじゃ、」
グガランナが容赦なくホシを斬って捨てた。言われた本人は憤怒に顔を歪めるがグガランナには言い分があった。
「リッツはあなたのことを心から好いて心配していました。それなのにあなたは逃げてばかり、だから不甲斐ないと言ったのです」
「……………」
俯いたホシ、拳を握った手は震えて白くなっていた。
また、私たちの元に人がやって来た。二人組みの男女、歳は老いて老年に差し掛かろうとしている。
「お母さん……リーねえは?」
小さく首を振ってから、
「まだ起きていないわ……でも先生は直に目を覚ますだろうって。今日はあなたたちの家に泊まっていくから」
父親は私に真っ直ぐな視線を添えていた。
「あなたがピメリア・レイヴンクロー連合長ですね。娘がお世話になっていたようで、ご挨拶が遅れました」
「いえ………」
父親の目線は鋭い。そして、今回の騒動が起こってからずっと見て見ぬふりをし続けていた事実を告げられた。
「あなたがあの卵の元になったウイルスという物を引き上げたそうですね──娘はあなたの行ないに巻き込まれたのですよ?どう責任を取るおつもりですか」
「…………」
「娘だけではない、この病院には負傷した人が大勢います。あなたがあの卵に関わらなければ怪我をしなかった人たちです」
「それは──」
「あまつさえ、あなたはさらに採取しようとチームまで立ち上げた。今朝の演説を耳にした時は震えが止まりませんでした──また同じ事を繰り返すんですかっ?」
語気を強めそう問い質してきた。いくら大統領が全容解明の為と大義名分を掲げても、分かる人には分かるものだ。私も心の片隅でまた次が起こったら、また犠牲者が出てしまったらと、怯えていた。
私がやろうとしている事はやはり──国にとって人にとって...害悪にしかならないのだろうか。
場を支配していた沈黙を破ったのはグガランナだった。
「失礼ですが、ピメリア個人を責めるのは筋違いかと思われます」
「そんな事はっ──分かっているんですっ!ただ──娘がっ、あなたに分かりますかっ?!」
声を押し殺し、怒気を隠そうともせずグガランナに詰め寄った。
「──リッツは超深海に潜航する事を人類の挑戦だと言ってピメリアを励ましていました、とても楽しそうにして、彼女の方から協力したいと申し出があったのです」
「だから娘は巻き込まれたとでもっ──」
「いいえ、私はリッツの意志を尊重したいと思っています。ピメリア」
私の名前を呼ぶグガランナの声は今までで一番冷徹であった、後はあなたが喋るべきだと。
「……確かにあの卵が元となって今回の騒動が起きました、ですが、あの卵に万物の可能性が眠っているのもまた事実なんです。私はそれを当てにしたい、その可能性にリッツの快復をかけたい、いや、かけるべきです」
「──そんな眉唾物の話に付き合わされていたのですかっ?あなたはただ記録を作りたいだけなんでしょうっ?聞こえの良い事を言って人助けの事なんてこれっぽっちもっ──」
「これを見てください。これがセントエルモというチームです」
グガランナがセントエルモのクラウドファンディングの画面を父親に見せた。その父親が呆気に取られたように画面を見入っていた。
「……………こんな、こんな子供たちが……」
「こんな子供たちを私たちは招き入れました。時代が時代なら英雄と呼ばれても差し支えない子供たちを、私たちは責任を持って彼女たちを守らなければなりません。決して遊びではないということをご理解ください」
ナディだ、それにライラとラハム、怒った顔つきをしているジュディス。
ランドスーツを着込んで荒れた港に立っている写真だった、一緒に映っている陸軍も皆んな真剣な表情をしていた。
確かにそうだ、グガランナの言う通り。
私もようやく肚を括れた。
「──私が必ずリッツを助けます、ですからその時まで、少なくともあなただけは私たち責任者の事を見ていてください。ふざけていないかどうか、本当に為になる事をしているのかどうか。その行動と結果を持ってお応えします」
険しい顔つきをしたまま、私をキツく見据えながら涙を流していた。
後は何も言わずに去っていったアーチー夫妻、それからクランも待ち合いロビーを離れてからホシが話しかけてきた。
「……僕も用件が済みましたので失礼します」
「何も聞いていないぞ」
「さっき聞きました」
「そういう事か……お前、私のことを警戒していたんじゃないのか」
「今でもそうです、けれどそんな事はどうでも良い、もう保証局だって当てにならない」
「──何だって?」
「僕は国の事よりも彼女の為に……そうしたいと願っただけです」
「…………」
それだけを言ってから、ホシもロビーから離れていった。
✳︎
軍の人に連れられてライラとジュディ先輩が何処からか戻ってきた、それでも軍のお偉いさんは眦を吊り上げて唾を飛ばしまくっていた。
「──だからと言ってランドスーツを着用させる奴がどこにいるっ!!お前たちは自分の仕事を未成年の女子にやらせたんだぞっ?!恥ずかしくないのかっ!!」
そして、もう一人。
「俺たち男がランドスーツで女の子に素手でやらせる方がよっぽど恥ずかしいわっ!!いいかっ?!いくら男女平等の世の中になっても男が代わりに汚れる事はいくらでもあるんだよっ!!とくに俺たちみたいな体力しか取り柄のない連中はそれぐらいしかやってあげられないんだよっ!!分かれよそれぐらいっ!!」
「だからと言って──」
初めに私たちへ帰りなさいと怒ってきた人と、ランドスーツの扱いを教えてくれた人が言い争いを繰り広げていた。主に私たちについてだ、ランドスーツを民間人の、それも未成年が装着して作業を行ない、あまつさえその写真をネット上にアップしたのが大変まずかったらしい。
私たちを庇って口論になり、今のようにヒートアップする事態にまで発展した。合流したライラたちも事情を察し、押し黙ったままだ。
(私がランドスーツに乗ったから……断っておけばこんな事には……)
本当に申し訳なさで一杯だ。
肩身の狭い思いをしていると、ラハムがすっと前に出てきた。その行動に他の二人も目を丸くしている。
「あ、あの─「今大事な話をしているところだから黙っていろっ!!」─これを見てくださいっ!!」
烈火の如く怒ったお偉いさんにラハムが何かを見せている、それは正方形の携帯だった。確かグガランナさんも持っていた物だ。
「そんなへんてこりんな携帯がっ────」
文句を言いながらも画面を見やり、そして言葉途中で押し黙った。
私たちを庇ってくれた人も携帯を見やり、そして手招きをしてきた。
「俺たちが見るよりも君たちが見た方が良い。頑張れってさ」
ラハムが見せた画面はセントエルモのホームページだ、そこには沢山のコメントが寄せられて──思わず涙が出そうになってしまった。
「こんなに沢山………」
「良かったじゃない、あんたのお陰よ」
ジュディ先輩も画面を見てから、ポンと私の肩を叩いた。
サムズアップのマークが付いたコメントが随時更新されていく、そのどれもが私たちを応援してくれているものだった。
「それ見たことか、あんたは悲観的に考え過ぎなんだよ。ちょっとはこの子たちを見習えってんだっ!!」
それでも怒りが収まらないのか、お偉いさんは人差し指を立てて何度も振りながら、ぐっと堪えるようにして下を向いている。言う言葉を考えているような素振りだ。
そしてばっ!と顔を上げてこう言った。
「──君たちに!言いたい事が二つある!一つ!いくらランドスーツが戦地から民間人を移動させる為に開発された防護服だからといって!容易に触ってはいけない!武装していないランドスーツでも十分脅威になり得るからだ!君が足元不注意で人を踏みつけてみろっ!その人は一体どうなると思うっ?!」
「お、大怪我をすると、思います……」
そうだと言われるまで気付かず、面と向かって言われて初めて気付いた。その光景を思い浮かべただけでゾッとしてしまった。
「そしてあと一つ!手伝いに来てくれてありがとう!」
「────え?」
そんな、そんな怒りながらお礼を言われるだなんて思わなかったのでつい訊き返してしまった。
「君たちがここに来た時は物見遊山の馬鹿な奴らだと勘違いをして怒鳴ってしまった!………すまなかった」
庇ってくれた人が「そういう時だけしゅんとすんじゃねえよ!」と文句を言っている。
「以上だ!後の事はこの馬鹿曹長にきっちりと報告書を書かせるから君たちは帰りなさい!先鞭を付けてくれたお陰でもうやる事がなくなった!」
「は、はい!」
「あ〜〜〜良い返事だなあ曹長よ、お前もこの子を見習って少しは素直になったらどうなんだ」
「俺だって女の子の前では素直になる。自分の姿を鏡で見てから言いやがれ」
「そもそもお前は上官に対する口の利き方が────」
そのまま第二ラウンドが始まってしまった。
けれどさっきまでの殺伐とした雰囲気はもうなかった。
後で聞いた話なのだが、ホームページにSNS機能を追加してくれたのはアキナミとカマリイちゃんだった。この二人のお陰で私たちは救われることができた、次会った時はうんとお礼を伝えよう。
こうして第二港の作業を終えた私たちは、こそばゆい満足感と共に第一港へ帰っていった。