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第42話

.〜上部漸深層〜



「三……三〇……三……三〇……三〇……三〇……」


「アマンナ隊長は何やってんの?」


「数字の読み間違い防止特訓らしいよ。数値よし!」


「天気よし!」


「やる気よし!」


「マリサ好き!」


「興味なし!」


 え〜とブーイングを受けた辺りでデューク公爵が特訓を切り上げ号令をかけた。


「ハリエ近海に奴らが現れた、直ちに排撃に移れ!」


 「マッハ三〇ぅ〜〜〜!!」とアマンナさんが壊れたように叫び声を上げた。



[こちらブリッジ、発進許可が下りました、コントロールを預けます]


[アイハブコントロール。ところで通信員さんは戦闘機の最大速度はご存知ですか?]


[え?え?せ、戦闘機ですか?確か最大速度はマッハ三だったと──]


 現地の人とのコミュニケーションが禁止されているのに、とんでもないタイミングでアマンナさんが話しかけていた。勿論割って入る。


「アマンナさん!後がつかえていますよ!」


[うぃー]


 機人軍から貸与した軽空母から隊長機が離陸し、それに続けて私たちもリニアカタパルトから弾き出された。

 目的はハリエ近海に現れたプロイの戦闘集団を迎撃することだ。奴らは壊しても壊してもすぐに修復する船に乗り、民間、軍を問わずどんな船でも攻撃してくる厄介な連中だった。没落してしまった貴族の人たちの唯一の居場所が、ハリエにあるのはこういった経緯があるからだった。

 身を呈して進行を食い止めろ、という事だ。

 私たちの間で"ベースボール"と呼ばれた隊列を組んで該当海域へと向かう、◇の形に後方斜めに一機ずつ付く編隊飛行である。臨機応変に対応できるからとアマンナさんが自分で編み出した飛び方だ。

 プロイとハリエの間に広がる海は約一〇海里の距離がある、目と鼻の先だ。その間に約六隻の船がハリエに向かって進行していた。三隻で一つのグループ、プロイが取る常套手段だ。

 アマンナ隊長が指示を出す。


[ウルスラとムルムルが先行、スダリオとシトリーはバックアップ、私とマリサが対撃ち漏らし要員ってことで]


[えー悪魔と組むんですか]

[そりゃこっちの台詞]


 ウルスラとムルムルだ、皆んな隊長の下では十全に動き回れるがタッグを組むとその限りではない。


[マリサマリサ言うのは止めてね]

[それはマリサ次第かな?ボクの愛を受け止めてくれたらすぐにでも裸にして黙るよ]


 スダリオとシトリー、ちなみに私に対して一方的な求愛を続けているのはシトリーである。


「そういう下品な事を言うから振り向かないのです」


[お!]

[まさかの!]

[ついに?!ついにあの副隊長がっ!やったねシトリー!今すぐその性格捨てたら愛してくれるってさ!]

[それ喜んでいいの?]


[はい無駄話はそこまで!さっさと終わらせるよ!]


 アマンナさんが皆んなを一喝している、しかし誰も口を閉じようとしない。


[もしかしたらまたハイブースターを装備した特個体がマッハ三で飛んでくるかもしれないからですか?]

[マッハ三じゃなくて三〇だよ、間違えたらアマンナさんみたいに特訓させられるよ]

[あの白ひげ親父って意外と貧乏性ですよね。まさか手作りカンペを交互に見せるだなんて]

[まあ見間違えたアマンナ隊長が悪いよ]


[あんたらぁ〜〜〜………っ!散開!]


 無駄口を止めさせたのはアマンナさんではなく敵の砲弾だった。

 プロイの戦闘集団は決して自分たちの姿を見せない、おそらく船内で火器を一斉操作してるのかこれまで数回戦闘を重ねたが人の姿を確認したことは一度もなかった。

 先行したウルスラとムルムルが砲弾を見舞った船を叩く、空対地ミサイルとバルカンを放って一隻を素早く沈黙させる。残りの船が二機に狙いを付けるがバックアップのスダリオとシトリーがそれを防いだ。

 一度の接敵で落とした船は半分、これが通常の船舶ならすぐに終わる話だが彼らはそうもいかなかった。


[う〜ん……ありゃどういうカラクリなの?プロイの人たちってあんな船を持ってるの?]


 半壊した船は一旦海中に没し、また元気な姿で海面に上昇してくる、つまり元通りに復元されてしまうのだ。


「本当にあの船はプロイが所有しているものなんでしょうか?まだ何かしらマキナの働きかけがあると言われた方が納得できるんですけど……」


[例えば誰?戦闘関係ならオーディンだよね?でもこの世界ではマキナって封印されているんでしょ?]


「そのはずなんですが──アマンナさん」


 後方に控えていた私たちまでもがロックオンされてしまった、彼らはただひたすらに攻撃を仕掛け続ける。他四機に狙われているというのにその行動は自らを顧みないものだった。

 隊長機のシャム・レールガンが火を吹いた、周囲のちりや空気を利用しその場限りの電磁場を生成する"シャム"は、仮に破壊されたとしても機体に与えるダメージが限りなくゼロに近い。

 隊長機にスナイプされた船が一発で沈黙するが、やはりあっという間に元通りになってしまう。


「今回も体力勝負ですかね」


[白ひげ親父の訓練に比べたら遥かにマシだけどさ……]


 他の四機も何とか連携を取りつつ船を押し留めている、後は彼らが諦めて引き返してくれるまでこれを続けるだけだ。

 同じ事を繰り返す徒労感に溜息を吐いた時、コンソールに通信が入った、それも二つ同時に。


[聞こえてる?!空で戦ってるあんたら!わんの声が聞こえるっ?!]

[──こちらヘイムスクリングラ艦長のオーディンだ。君たちの所属部隊と発令されている作戦コードを教えてほしい]


「ちょちょちょっ!いっぺんに言われてもっ!」


[何今の、方言?訛りが入ってたよね?わん?]


 アマンナさんの言う通り、一つは独特の訛りがある男性のものだ。さらにもう一つは、今話に上がったばかりの()()()()()


[──こちらデューク公爵直属部隊のマヤサです。作戦コードはそちらに送信します]


[聞こてるー?!聞こてるよねー?!……あぐ、駄目だ、返事がない、どうなってるわけ]


 もう!ちょっと静かにしてて!というか何で軍でもない人が通信を──


[──確認した。直ちに当該空域から退避を求める、こちらも作戦遂行中の身で君たちに空を飛ばれると支障が出てしまう]


[それはどうして?王立軍本部から今回の作戦はきちんと許可されているんですよ]


 言い返したのはアマンナさん、普段の人懐っこい色は含まれておらず明らかな敵愾心があった。


[話す必要は無い。これ以上作戦を続けるというのであれば、妨害されたとして君たちを王室に突き出すだけだ]


 あ〜何?国王から何かしらの命令を受けて動いているんだろうけど...王政を敷く軍はこういう所がとても面倒臭い、王の一声で何もかもがひっくり返ってしまうからだ。


[そういう事でしたら作戦指揮を取る公爵に直接進言なさってください]


[──それもそうだ]


 プツリと切れる、その間近にまたしてもアマンナさんが話しかけていた。


[ちょっとオーディン、あんたの権能ってこんな船まで生み出せるの?ハリエの人が迷惑しているからさっさと止めさせてほしいんだけど]


[────君がどこの誰でどんな立場にあるのかは知らないが、私を愚弄している事だけは分かった。然るべき手続きを踏まえてきちんと処罰されるよう、国王へ直々に進言しに行こう]


[惚けるの?あんたは封印されていたマキナなんでしょ?]


[────通信を切る]


 通信が切られたそばから私は吠えた。


「アマンナさん何やってるんですか!コンタクトを取るならまだしも怒らせたら駄目でしょう!!」


[駄目なものは駄目だとはっきり言う、それが私です]


「カッコつけても無駄!──ああ言わんこっちゃない!」


 訛りが入っていた男性からの通信も切れていた、ほんと何なの?私たちが使用している周波数を知っていたのは謎だが、その目的はもっと謎だった。

 間髪入れずに入った通信は公爵から、その声音は思っていたより平穏だった。


[アマンナ、直ちに切り上げてその空域から離脱しろ]


[いやいや、あの船はどうすんの?放っておいたらハリエに到着しちゃうよ?]


[マクレガンのせがれに頼んでいる、あとは彼らが何とかする]


[──了解。全機撤収!]


 海にはまだまだ船が残っている。けれど私たちは隊長の号令の下、空域から離れていった。



✳︎



「ありゃねえぜ隊長さんよ、偽物に向かってお前がマキナだろって……くっくっくっ」


(こいつも居たのか……)


 船に戻ってくるなりバベルが機体の足元に寄ってそう話しかけてきた、口を手で隠しながら笑っている。


「知らないのか?この国はマキナのことが大っ嫌いなんだよ」


「そういうあんたもマキナなんでしょ?」


 機体にかけられたタラップから降りてそう返事をした。


「さあ〜てねぇ……俺はしがない付き人だよ、弱ったカルティアン家に奉公するただの男さ」


「あっそ」


「そうさ、だからこうして責任を果たす為に付いて回っているんだ」


「何の責任?エモート・コアに感染していた事を見抜けなかっこと?それが何か分かってて流出させたこと?」


「そうつんけんしなさんな、お前さんに手を出したりしねえよ、要らぬ恨みを買って分解されたくないからな。あ〜恐ろしい、何にでもアクセスできて介入するってのは死神と大して変わらないぜ」


「それはテンペスト・シリンダーの中だけの話よ、外に出てしまったら私はただの人だから」


「人なのか?お前さんは」


「少なくともあんたよりかは人をやっているつもり」


「一本取られたな、俺の負けだ」


 バベルがひらひらと手を振りながら去っていく。


(何なんだあれ……タイタニスが嫌っていた理由も良く分かるよ)


 バベルがいなくなったのを確認してから皆んなが機体のコクピットからひょこひょこと頭を出してきた。


「……何あれ〜〜〜嫌な奴ぅ」

「隊長もあんなの相手にしなければいいのに」

「誰かを馬鹿にしないと気が済まないの?」

「隊長ってたまに分かってて話をする時がありますよね、それすら楽しんでいる的な」


「良く分かってんじゃん。良い人も悪い人も全部含めてこの世界だからね〜、自由にできる間に色々知っておかないと損でしょ」


 そうでもしないと私はまだまだ追いつけそうにはない。

 ブリッジの方からドゥクスが颯爽と歩いてきた、偽物オーディンに言い負かされたくせに。


「オーディンってのは公爵よりも立場が上なの?私たちだってちゃんと正式に認可を受けてるよね、だからこの空母だって王立軍から借りられたんでしょ?」


 向こうが口を開く前にそう言うと、今までに見せたことのない表情をして質問に答えていた。


「……どうやら私は盤面から外されてしまったみたいだな、知らぬ間に事が動いているようだ」


「ほぉ〜〜〜」


「何だその顔は」


「いや別に、珍しいもんが見れたと思って喜んでいただけ」


「全く………まあ良い。ハリエに帰るぞ、ノエール辺りに事情を探ってみよう」


 あの気苦労が絶えそうにないノエールという人をドゥクスはドゥクスなりに信用しているらしい。

 しかし、ハリエに帰港し私たちを出迎えてくれたノエールは「知らない」と言ってきた。


「ノエール……そんなはずはないだろう?ハリエの近くを軍が通るんだ、必ず通達が来ていたはずだぞ」


「し、失礼ながら、私も公爵様のお話で初めて聞き及んだ次第で……申し訳ありません」


「ノエール……」


 彼の顔は強張っている、嘘を吐いているのは牡蠣を見るより明らかだ。


(やべぇ……お腹が空くとろくなことしか考えない……)


 悲しげな表情をしているドゥクスが彼に詰め寄っている。困りに困った様子のノエールが私たちを食事に誘ってきた、このタイミングでだ。


「………よ、良ければお食事を取りながらそのお話をしませんか?マクレガンたちが使用している兵装についてもご報告したいことが──」


「──結構だ、食事は艦内で済ませてきたからな………まあ良い、君が何かを企む事はないと知っている、君の言葉を信じよう」


「は、はい………そ、それは勿論……」


 踵を返してノエールに背中を向けた、ドゥクスの背中を追いかける彼の目線にはハッキリとした"疑い"の色があった。


(こりゃドゥクスの奴、マズったかもねえ〜)


 私は別に彼の誘いに乗っても良かったんだけど、後でマリサが確実に怒ってくるだろうからドゥクスの跡を追いかけた。

 夏も終わり、太陽の日差しも柔らかくなったこの時期、私たちを取り巻く環境が水面下で変わりつつあることを実感した。



✳︎



[作戦行動中だった公爵の私兵部隊の全機離脱を確認した。スルーズ、予定通り目標海域に鼠一匹たりとも侵入させるな、ルカナウアから技術府の派遣員を乗せた船がもう間もなく港を発つはずだ]


「海に鼠はいないと思いますよ、まさかプロイの連中が公海上にまで足を運ぶとでも?」


[口答えするな]


「──了解しました。スルーズ以下三機リニアカタパルトで鬱憤を溜めて待機中です、いつでも発散許可を」


 止めろと言われた口答え、皮肉を交えてそう受け答えをしたけど返事はなく、代わりにブリッジから通信が入った。


[こ、こらちブリッジ、発進許可が下りました……ユーハブコントロール]


「預かりました。すみません、お見苦しい所を聞かせてしまって、あなたのお気遣い感謝致します」


[あ、いえ……とんでもありません。それから司令官が言った通り、当該海域に向けて所属不明の船舶が航行中です。お気をつけて]


「ありがとうございます。スルーズ発進します」


 いやあ...ブリッジの人に気を遣わせてしまったなあ...

 私に続いてヒルド、レギンレイブの機体も発進した。空に上がるなりヒルドから通信が入る。


[スルーズ!最近のあんたは一体何なの?!どうして司令官に対してそう喧嘩腰なわけ?!私らまで感じ悪くなったらどうするのさ!]


 さらにレギンレイブからも。


[スルーズ、ヒルドと同意見だ、そういった言動は控えてほしい。少なくとも本人の前でやって良いものではないぞ]


「本人の前だからするんでしょ?」


 二人分の溜息を耳に入れつつ、ハリエ近海から再び絶海へと機体を向けた。

 今回の作戦内容は、一二〇〇〇メートルに潜むハフアモアを回収する技術府の護衛である。三度に渡る調査報告を踏まえ、王室側か技術府側かは知らないが、一度諦めたはずのハフアモアを回収すると言い出してきた。これを聞いたヨトゥルは「彼らの好きにさせてあげれば良い」と心底呆れていた。

 私たちにも詳しい作業内容は知らされてあった。


「ROVによる事前調査、それからAUVによるハフアモアの回収作業……だってさ」


[ごめん何言ってるのか分かんない]


[ROVは無人探査機、AUVは自律型無人探査機の事だ──合っているか?]


「さっすがレギンレイブ、ちゃんと勉強してきたのね。今度からそこにいる訓練バカと一緒にやってくれないかしら」


[お安い御用だ]


[お安い御用よ]


「いやあなたがそれを言ったら駄目でしょ」


 三機は順調に予定航路を飛び、またあの一面の青い世界にやって来た辺りでコンソールにIFF未設定の光点が発生した。オーディン司令官の言う通り鼠が侵入してきたのだ。


「レギンレイブはヒルドの援護をしてあげて、あなたたち二人で十分でしょう」


[言われなくても!レギンレイブ!私に当てたら承知しないからね!]


[それはこっちの台詞だヒルド、手前の射線を塞がないように]


 二刀の近接武器を構えたヒルド機が先行、両肩に二門の砲身を携えたレギンレイブ機が射撃態勢に入る。私は彼女たちの邪魔にならないよう、絶対防衛ラインにて待機する。

 ヒルド機が敵の砲弾を器用に()()()()()接近していく、あの引っ付き虫の予測不能なワイヤーすら斬るぐらいだ、訓練の賜物と言って良い。彼女の間合いに入った船が次から次へと破壊されていった。

 その船は古く、過去に置いて戦場を支配していた巡洋艦と呼ばれるものだ。他にも漁船やタンカー船、色んな船に兵器を搭載した混成部隊、出自は恐らくプロイの者たちだ。

 レギンレイブのレールガンも連続的に火を吹いた、マリオネットに瞬殺されてから彼女も訓練に明け暮れていた。射撃精度が明らかに向上している。

 苛烈な攻撃に為す術もなく海の上はあっという間に静かになった──と、思ったけど攻撃を受けたはずの船が海中から再び姿を現した。


[──?!どういう事なの?!]


[知らぬ!プロイの連中もハフアモアにあやかっているんだろう!攻撃の手を緩めるな!]


(何なのこれ……プロイの連中は厄介だって話は聞いたことあるけど…………!)


 通信が入った、コンソールに表示された発信者は「Unknown」、それも私だけのようだ。海上の戦闘に気を配りつつ通話ボタンをタップした、するとノイズに塗れた声が流れてきた。


[……える?!……ロイの者だ!……でもいいから助けを……えたら応答してくれんかい!]


 私はすぐさまオペレーターのコンソールをダウンさせ、無駄な通報機能を備えた監視システムが作動していないことを確認してから答えた。


「聞こえていますよ、所属と名前を教えてください」

 

[……えた!聞こえたぞ!やっと……わんはプロイ……げきを受けている……すけてくれ!]


「良く聞こえません、もう一度お願いします」


[……………………]


 駄目だ、ついにノイズ塗れになって何も聞こえなくなってしまった。

 ただ、単語は聞き取れたので概ねは理解した。プロイにいる人からの救難通信だ、どんな特個体でもその通信を傍受することができる。

 つまり──


(あの船はプロイも襲っている……?じゃああれは何なの?まさかウルフラグの船?)


 沈まない船に業を煮やしたヒルドが果敢に攻め、「海に隠れていないで出て来い!」と両舷を掴んで持ち上げ始めた。ヒルド機の飛行ユニットから、大気汚染防止のため赤く着色された大量の二酸化炭素が排出された。


[何だあれは?!]


「何よあれ!!レギンレイブ!!あの管を破壊して!!」


 本当に持ち上がった船の底は海中から延びる一本の管のような物と繋がっていた、通常の船舶にあんな物は付いていない!

 レギンレイブの精密射撃で管を破壊、するとヒルド機が持ち上げていた船がぐにゃりと歪み、スライム状になって海へと落ちていった。


[キモ!キモすぎるんだけど!]


「道理でいくら倒しても復活するはずよ!敵の本体は海中!」

 

 すぐさまヘイムスクリングラに連絡を入れ、謹慎処分になっていたフロックの出動を要請した。あれだけ悪態をついていたので反対されるかなと思っていたがすんなりと受諾された。


[直ちにフロックを出撃させよう]


「ありがとうございます」


[いつもそう素直であればこっちも会話がし易くなるんだがな]


 お?今のぼやきは割りかし本気っぽい、これはちょっと私も態度を改めようかと考えていると海に変化が起きた。

 ()()()()()、そう、()()()()()海の中にぼんやりと浮き上がってきた。


[何よあれ!ほんと何なのあれ!レギンレイブ!]


[無茶言うな!海の中は門外漢だ!]


[あんたは女でしょうが!]


[そういう意味じゃない!]


「司令官!海中に未確認生物を発見!早くフロックを!」


[スルーズ……いくら私のことが嫌いになったからといってその報告はどうなんだ?]


「本当なんですって!目算でも数十メートル以上!下手すりゃ一〇〇メートル規模ですよ?!」


[────映像はこっちでも確認した、敵の機雷がそう見えただけだろう。フロックはもうスタンバイに入った、対潜水艦装備に換装させてある、到着まで交戦は控えろ]


 機雷...?いやまあそうかもしれないけど、見えなくもないけどあれはどう見ても...

 司令官とのやり取りに割って入る者が現れた、ハリエとルカナウアの防衛を担当している機人軍の者からだった。


[こちらグレムリン侯爵所属の王立機人軍、貴官らに代わって私たちが相手をしてやろう。その機体を空に上げてくれ、士官らが間違って撃ち落としてしまうかもしれん]


[──ちっ!]


[……感謝しよう、敵の本丸は海中にいると思われる、我々の装備だけでは相手にし切れない]


[だろうさ、無駄金叩いてもその程度だ]


[ちっ!]


 最後の舌打ちはレギンレイブだ。

 私たちヴァルキュリアは他の機人軍から良いように思われていない、ここまではっきりと悪態をつかれるのは希だがどこも似たようなものである。

 ただ、仕事はきっりとこなす。近くまで来ていたらしい機人軍の艦隊から数発の魚雷が発射され、高高度に達した時にはあれだけ綺麗だった海に汚い灰色が追加されてしまった。



[戦乙女よ!ああ戦乙女たちよ!遠慮などする必要はない!さあ私の船に降りてくるがいい!その綺麗な御御足三人分を私に見せておくれ!]


「ちなみに一番足が綺麗なのはレギンレイブです、彼女をそちらに付けましょうか?」


[何……だと……?あの武者娘が一番……だと?そのギャップだけで三日はイケそうだ……]


「だってさ、とりあえずレギンレイブはあっちに付いてくれる?」


[スルーズ……………帰ったら覚えていろよ]


[ざまあみろ]


「ヒルドを行かせたら間違いなく喧嘩になるでしょ?私は母艦から離れられないし、どのみちレギンレイブだったから諦めて」


[………いやでも、手前の足が一番綺麗だと言ってくれるか……まあ良い]


[言っとくけどスルーズって誰でも褒めるからね?私も今日まで散々褒められてきたからそこんとこ勘違いしないように]


[お前の場合はただの世辞だ、褒めねば扱いが難しいからだろう]


「良く分かってんじゃん」


[何ですってスルーズ!帰ったら覚えていなさいよ!]


[さっさと持ち場につけ!!これ以上私を怒らせるな!!]


 司令官の怒鳴り声を受けてそれぞれ持ち場に付いた。

 グレムリン膝下の機人軍も私たち同様、調査船の護衛に就いていたようだ。彼らの魚雷のお陰で─今のところは─ウルフラグの船もこの海域には存在していない。


(それにしてもウルフラグはあんな物まで作っていたの?これもハフアモアのお陰……なのかな)


 だとしたら大変脅威である。

 ヘイムスクリングラと機人軍の艦隊に護られた調査船が該当海域に到着した、到着したそばから順次作業が進められていく。私とヒルドはヘイムスクリングラ、物静かなレギンレイブを機人軍の旗艦に付かせている。他のパイロットから嫌味を言われても彼女なら大丈夫だろう。

 そして、今回の回収作業に踏み切った事情をグレムリン侯爵から教えてもらうことになった。


「ウルフラグが?」


[そうとも、大統領行政室から直々に連絡があった。近いうちに調査船を出すから当日は邪魔をしないようにとな]


「一二〇〇〇メートルですよ?本当にそう言ってきたんですか?」


[私も自分の耳を疑ったさ、我々より遥かに技術力が劣っている彼らがそう言ってきたのだからな。しかし今はハフアモアの力もある、彼らも何れかにしてそれを利用する術を見出したのだろう。だから我々もその前に回収することになったんだ、敵に取られるぐらいなら自分たちで取ってしまえとな]


 その術を見出した、その言葉は異常回復する船を目の当たりにした私にとってとても真実味を帯びていた。


「成功するんですか?ヨトゥルのヘカトンケイルも一度として帰還していないんですよ?」


[そこはほれ、私の腕の見せ所だよ。技術府の長も務める私の頭と腕をフル活用して取ってみせるさ]


「こういう時は下品な言い回しはしないのですね」


 コンソール越しに「あぁっ!」とグレムリン侯爵の嬌声が聞こえてきたのでそのまま通話を切った。

 鬱憤を晴らしてどこか清々しいリニアカタパルトで同じように待機していたヒルドがこっちに直接やって来た。クラウチングスタートの姿勢で固定されているスルーズ機をよじ登ってくる。


「何?どうかしたの?」

 

「別に、最近のあんたは何かと命令違反が多いから私も気楽にしようと思っただけ」


「ちょ、ちょっと待って、それなら私もコクピットの外に出るわ。この姿勢って吐きそうになるから嫌なのよね」


 常に地面に向かって引っ張られるような感覚になるので大変気分が悪くなる、適度な休憩も認められているので...まあ大丈夫だろう。


「で、変態爺いと何を喋ってたの?」


 これこれこのようにと説明してあげた。


「ウルフラグが?そんな深い所まで潜れるの?」


「さあ、分かんないけど。それに慌てた王室が回収に踏み切ったんだって」


「もしかしたらさっきの船はそれが目的で?」


「う〜ん……それは、どうだろうね」


 あの船がまだウルフラグだと決まったわけではない、それにプロイからの通信もある。私は言葉を濁してそう答えた。

 スルーズ機の肩にヒルドと並んで腰を下ろしている、その隣にはヒルド機、出動を要請したフロック機はウォーターカタパルトなのでここにはいない。

 そのフロックから通信が入った、あの子も何かと我慢がきかないタイプである。


[るる〜る〜……二人は仲良くお船の上〜……ボクは寂しく一人〜……るる〜る〜……]


「下手くそ。スルーズが出せって言うまであんた謹慎処分だったのよ?有り難いと思いなさいよ」


[……それとこれとは別なんですよ]


「フロック、前の作戦中に何があったの?あなたは何かと単独任務が多いから教えてほしいわ」


[とくに何も、最後の最後に邪魔された以外は順調でしたよ]


「だったら何で司令官から謹慎処分が言い渡されるのよ」


[……口外するなと厳命を受けていますから、教えることはできません]


 フロックも不憫な子だ、身体的にパイロットの合格ラインに達していなかったが本人の類稀なる()()()から"フロック"の任命を受け、頭ではなく腰にコネクトギアを装着している。身体の負担が著しいためこの子は定期的に検査を受けなければならない。実質、フロックはこのヘイムスクリングラから逃げられない身体になっていた。

 それでもこの子は"フロック"になる道を選んだ、その理由は誰にも分からないし訊いて良いものではないのかもしれない。


「そう……それなら良いわ。フロック、私はあなたの味方だからね、それだけは忘れないで」


[……だったらウォーターカタパルトにも来てください、ボクは独りぼっちが苦手なんですよ]


「任務が終わったらヒルドが添い寝してあげるって」


[え。遠慮しておきます、ごめんなさいヒルド、ボクはあなたの気持ちに応えてあげられません]


「こんのクソガキ……顔を合わせなかったら途端に強気になりやがって……スルーズと一緒に寝込みを襲ってあげるから覚悟しておきなさい!」


「それは良い案ね、そうしましょう」


[ふふふっ……]


 くすくすと笑い声を上げた後、守秘回線に切り替わって私にだけ話しかけてきた。


[スルーズ、黙って聞いてください。前回の任務の時、あなたはコールダー夫妻の元に滞在していました。その時あなたは訓練用の木剣を置いて行ったんですよ]


 コネクトギアの装着部がガチリ、ガチリと痛み始めた。それでも懸命に堪えて耳を傾けた。


[それだけです。ただ、あの任務からあなたは変わったように思います。お願いですから皆んなを裏切るような真似だけはしないでください、ボクは司令官よりあなたの事を一番に信じているのですから]


 ヒルドに顔を向けながらフロックに尋ねた。


「あなたの本音を聞かせてほしいわ」


「──え?え、まあ、それはほらあれよ、あいつも一応仲間だから……みたいな?」


 勘違いをしてくれたヒルドが馬鹿正直に答えてくれた、少しだけ心が痛む。


[……分かりました。スルーズも気付いているでしょう?ボクたちヴァルキュリアはオーディン司令官から精神的な支配を受けている事を、最近のあなたはそれに抗っているように見えます。ですがこのまま反抗し続ければあなたは解任されてしまう、そうなってしまったらボクたちはバラバラになってしまう]


「そう言ってくれてありがとう」


「──ふ、ふん!別に!」


[ですから、ここはあなたに知恵というものを身に付けてもらうためコールダー夫妻の話をしました。もし解任されてしまったらあなたは夫妻と永遠に会えなくなってしまいます、順従なフリぐらいはできるでしょう?どうか辛抱してください。それでは]


 ぷつりと通信が切れた。



 レギンレイブから嫌味が酷すぎるから代わってほしいと二度通信を受けたり、ちょっとだけ可哀想な事をしてしまったヒルドの頭を撫でて続けている間にも回収作業は進められていた。

 深海調査支援母船と名付けられた大型の船からROVが投入されて一時間近く経過し、その間グレムリンの名を示すエンブレムの旗が風に靡いていた。

 そろそろコクピットに戻らないとマジでキレられそうだという時、司令官から通信が入った。


[フロックを出動させろ、投入した無人探査機をロストしたらしい]


「フロックに深海まで潜れと?」


[ギリギリの深度まで潜航後、搭載したヘカトンケイルを起動させる。ロストした深度は漸深層を超えた辺りだ。どうやら彼らも慌てているらしい]


「ウルフラグに横取りされるかもしれないからですか?」


[誰から聞いた?]


 口を滑らせたと思ったが後の祭りだ、私たちは司令官から許可が下りない限り部外者と会話してはならない決まりがある。しかし──


「……グレムリン侯爵からです」


[どうせお前のことだ、禁止と言っても聞かんだろう。程々にしておけよ]


 およ?セーフ?それならばとプロイの事もついでに報告するとこれでもかとキレられた。


[どうしてそう大事な事を黙っていたんだっ!お前は戦乙女うんぬんよりまずは社会人としての報連相を徹底しろっ!好き嫌い関係なくきっちりとそれを行なえる者が一流なんだっ!覚えておけっ!]


「す、すみませんでした……」


[──よろしい。ヨトゥルをプロイに向かわせる、もしかしたら長年続いていた不毛な争いに終止符を打てるかもしれん]


「よ、ヨトゥルによろしくとお伝えください」


[お前は引き続き調査船の護衛をしろ。それからいい加減コクピットに戻れ!]


「は、はい!」


 前回の任務を経てから久しぶりに元気良く返事を返した。

 目を丸くしていたヒルドを促しコクピットに戻った。

 前にと、思ったじゃん?と言ってから司令官の態度も変わったように思われる。何というか、今までと違って肩の力が抜けているというか、ある程度の事なら目を瞑ってくれるようになった。


(これが続いてくれるんなら私もやり易いんだけどね〜)


 地面に引っ張られるような感覚がこの後数時間も続き、結局変態侯爵はAUVの投入を見送った。

 無論、長時間待機を命ずるなら乙女型(人の形をしている時に呼ぶ)ではなくカラス型にしてくれと"相談"したことは言うまでもない事だった。



✳︎



「どうしてそう大事な事を黙っておるのだお前はっ!!頼むからこれ以上私を困らせないでくれっ!!」


「さーせん。ノエールに連れてってもらったお店がこれまた美味くてさ、変な通信が入ってたこと忘れてたんだよね」


「デューク侯爵もプロイの事は何も知らなかったんですか?」


「──だからこうして怒っているんだろっ!マリサ!君もだ!何をこの食い意地張った女に振り回されているんだっ!」


 嘘だな、今が答えるまでに間があったぞ。マリサに視線を送ると向こうも小さく頷き返した。

 ドゥクスはプロイについて明らかに何かを隠している、それは火を見るよりも明らか、だからヘイムスクリングラからプロイへヴァルキュリアの機体を向かわせるから邪魔しないようにと連絡を受けて慌てているのだ。

 私たちがいる場所はハリエの港、桟橋には機人軍から貸与した軍艦と船体が三つに別れた変わった船が止まっていた。マリサに尋ねたところ、変わった船の名前は"三胴船"と呼ばれるもので他の船舶より速い速度で航行が可能らしい。私たちの代わりに不明船を追いやってくれたミガイらが乗船していたものである。


(あれで良く天ぷらしないな……)


 あ、ヤッベ...まだお腹が空いていやがる...

 怒りに怒ったドゥクスは鼻息も荒く呼吸を整え、大きく息を吸い込んで大人しくなった。猫だな。


「もう良い。アマンナ、ここを離れる支度をしろ、日没までには王都へ向かうぞ」


「んえ?いいの?ハリエの人たちはどうするのさ」


「ノエールが何とかするだろう。ここに滞在していたのもハフアモアを管理するためだ、だがその必要もなくなった」


「どうしてですか?」


「ルカナウアにいるグレムリンがハフアモアを買い取ったらしい。向こうもノ──いや、何でもない、とにかく危険性は理解した上での取引きらしい。私から言う事は何もない」


「ドゥクス!」


「な、何だ馬鹿者、急に大声を出すな」


「そろそろ胸襟を開いてくれてもいいんじゃない?私たちはあんたが何かを隠している事ぐらいとっくにお見通しなんだからね」


 ドゥクスが口端を上げてから答えた。


「それを言うならお互い様だと思うが?アマンナよ。何故ここに他所の特別個体機がいるんだ?麻布の後任の差し金かね?」


「……………」


「お互いドライにいこうではないか。探って良い腹と悪い腹はあるもんだぞ」


「あんたの腹は食べ物を受け付けられないみたいだけどね。あの時ノエールの誘いには乗るべきだったんじゃない?マキナだって疑われているよ」


「分かっているさそんな事ぐらい、あれを言われた時点でここでの役目は終わったも同然だ、だから王都に向かう」


「あなたの目的は一体何だったのですか?」


 マリサが遠慮なく尋ねている。そしてドゥクスは遠慮なく煙に巻いていた。


「君の機体の在処を教えてくれるのなら──答えてやってもいいぞ」


「……………」


「君だけなんだよ、後は。あの時ゼウスに相談するべきではなかったと今でも後悔しているよ、君はそのお陰で第一テンペスト・シリンダーで思う存分訓練に励めたようだがね」


 ドゥクスが言葉を発する度にマリサの顔つきがみるみる変わっていく。


「どうどう、私が悪かったよ、変な藪を突いたみたいで。ね?マリサもこれ以上はよそう」


「………………デューク侯爵──いえ、ドゥクス、アマンナさんの身に何かあれば──」


「君には無理だろう?婚約者がいないんだから」


「だから止めなって、ドゥクスもマリサに八つ当たりしないで」


「ああ、今はまだ敵対する時ではない。アマンナ、出立の準備ができたら連絡しろ、私はバベルと共に王都へ向かう」


「………了解」


「では。互いに恙無く」


 奴はいつでもそうだ、偽物オーディンに邪魔をされた時も颯爽と現れ、そして今も颯爽と去っていった。



 確かに、確かに私たちにマリーンへ"赴任"するよう言い付けてきたのは星管連盟に所属しているある男からだった。だが、その人は決して麻布ルークという()()()()()専属弁護士の後任ではない、寧ろ敵対関係にあると言っても良い。


(う〜ひやひやした……)


 どうしてその事をドゥクス(マリーンのマキナ)が知っていたのか。彼の言った通りあまり腹の探り合いはしない方が良さそうだ。

 桟橋の前でドゥクスと別れ、私たちの機体を停泊させている場所まで戻ってきた。海の向こうには謎に包まれたプロイの島も見えている、海面の所々に白煙が上がっているのはミガイたちがあの三胴船に乗って撃破したからだろう。

 マリサはずっと不機嫌だ、私がアヤメの名前を口にしてからもそうなのだが、さっきの丁々発止でさらに機嫌が悪くなっていた。

 他の子らに撤収作業(主に私の釣り竿)を指示し、私はマリサを近くにあった大きな木の根元に連れて行った。


「マリサ、やっぱりあの時から私たちのこと知っていたんだね」


「………すみません、ゼウスさんから口止めされていたので……」


「あの無責任ゼウスのお陰か……ま、いいよ」


「…………」


 葉擦れの音がさわさわと降り注ぐ、いくらかマリサに気遣いながらも尋ねるべき事を尋ねた。


「何があったの?どうしてマリーンから避難してきたの?」


「それは××××が──「ごめん、いいよ」


 久しぶりだな、言葉の検閲。


(ふうむ……どういう事だ?マリーンではドゥクスを除いて全てのマキナが封印されているはず……だよね。封印ってのは言葉だけで実際は機能している……?誰がマリサを監視しているんだ?──いや、プロテクトをかけられたのか……)


 マリサと再会した時は半狂乱になって喜んでいた、一緒に連れて来た特別個体機(他所の子)には目もくれずに。

 マリーンの特別個体機はマリサの他にダンタリオン、それからガングニールだ。星管連盟の男が言うにはコンタクトが取れたのはマリサだけ、他の二機は取れないどころか()()()()らしい。そんな事ある?


(あの男もマリーンはおかしいと言っていたけど介入する権限はない……あるのは専属の弁護士だけ……けれどその男は……)


 麻布流月という弁護士は逮捕されているため実質マリーンは()()()()だ、外部から誰も介入できない。

 そしてダンタリオンとガングニールは何故だか()()()のウルフラグで確認されている、さらにこの件について同じ特別個体機であるマリサは知らなかったと言う。


(うう〜ん……何のこっちゃ)


 黙っていた私を不思議に思ったのか、マリサがちらと視線を寄越してきた。


「あの…アマンナさん、私は傍にいてもいいんでしょうか……」


「どうしてそう思うの?」


「私は、私でありながら自分の事が良く分かっていません。ダンタリオンにガングニール、名前だけは知っていて……仲間外れにされた事も知っていて……それ以外の事は分からないんです」


「そんなもんだよ。私も私という存在について知らなかったからね、マリサがこの人だ!っていう人と出会った時に変われるかもしれない」


「それはアマンナさんです」


「う、う〜ん……そう言ってもらえるのは嬉しいんだけどさ……」


「ちゃんと責任取ってください、あの日私を天使だと言ってくれたあなたに私は恋をしました。この恋が私を今のままの私に留めているというのなら──あいたぁっ?!」


 饒舌に愛の告白を始めたので遠慮なくデコピンを見舞った。


「マリサってそういう変に計算高いところあるよね、私の心配すらダシにするのはどうなの?」


「………すみませんでした」


「元気になったからよろしい。皆んなの所に戻ろっか」


「はい」


 きゅっとマリサが私の手を握ってきた、それを煩わしく思いながらも握り返してあげた。

 煩わしいと思ったのはマリサが嫌いだからではない。


(私だって甘えたいんだよ!あーーー!アヤメぇーーー!)


 心の叫びは誰に聞かれることもなく、自分で自分の胸に押し留めた。

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