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第40話

.中深層



 "物事"というものは遅々として進まないように見えても、その実見えないところではきちんと進んでいるものである。

 それが漸進的であれば尚のこと、その"物事"の当事者から一層見え難くなり、表面に露出した時にはもう覆せない事態になっている。

 それを今日、とても強く実感した。

 ラハムの事である、いやそれ以外にもある。

 時間は少しだけ遡る、こうして皆んなでジュディ先輩の自宅へ向かうより少し前だ。



「はい、すぐに行きます」

 

 そう伝えてから電話を切って出かける支度をする。時間帯はお昼前だ、少しお腹が減っていたけどそれどころではなかった。


(ラハムがどうしてジュディさんのところに……行けば分かるのかな)


 着替えをすたたた!と済ませて家を出る、もう季節で言えば秋だというのに日差しは今日も大変強かった。けれど風はどこか涼しさを含んでおり、見えないところで季節の移り変わりを実感した。

 マンションのエントランスから出ると見慣れた人影が、携帯を片手に立ち尽くしていたアキナミだった。


「何やってんの?」


「きょっ?!──はあ、死ぬかと思った……」


「あ、もしかして私に用事だった?ごめんね、今からジュディ先輩のところに──」


 そのまま通り過ぎようとすると何故だか腕を掴まれてしまった。


「ねえ、学校長から連絡とか来なかった?」


 思いがけない名前につい足が止まってしまった。


「学校長?……ううん来てないけど、アキナミのところには来たの?」


「うん、それがさあ、何でも探査艇のパイロットを探している人がいるとかで連絡が来てさ、もしかしたら私のことを紹介するかもとか何とか……」


「ええ?何その話」


「うう〜ん……何でも深海で調べたい事があるからとかって言われて、学校長も詳しくは聞いてないんだよね。それでナディは何か知らないのかなって思って」


「それでわざわざうちまで来たの?電話すれば──ああ急な暴力!!」


「電話してもずぅぅぅぅっと出ないのはどっちだ!」


「分かった!分かったから離して!」


 掴まれていた腕をきゅいっと捻ってきたのでとても痛かった。


「私紹介する?楽そうとか言って単位を取ったナディに付いて行っただけなのにさ」


「いやそれで習得できたアキナミも凄いと思うけど──いや、こんな事してる場合じゃなかった」


「どこか行くの?」


 かくかくこれこれとアキナミに用事を伝えると自分も行くと言い出した。


「何でまた、アキナミって人に興味無かったよね」


「何その言い方、心配だから付いて行くんだよ」


 仕方がないとアキナミも連れてバス停に向かおうとするとまた電話がかかってきた。先月から今月にかけて毎日のように電話をしているのでそろそろ電話代が心配である、今さらだが。

 ライラだろうと思って見やるとやっぱりライラからだった、けれどお喋りの為に電話をかけてきたわけではないらしい。


[クーラントさんにもラハムの事で電話してみたんだけどね、ヒイラギさんに任せるからそっちで頼むってさ。外堀は埋めといたから多分大丈夫だと思うよ]


「え?何が?」


[え?あれ?さっきはリッツさんと話しをしてたんじゃないの?電話をかけても繋がらなかったからそうなのかなって]


 ああ、ライラはそうだと早とちりをして...いや先んじて私の為に動いてくれたのだろう。いくらか申し訳ない気持ちを抱きながらこれこれしかじかと説明すると、


[ほっほぉ〜〜〜ふ〜ん、そう………嘘を吐いて人様の家に上がり込む……弁当を置いていっただけでは飽き足らず……]


「いや怖いよライラ」


[ナディ、はっきりと言ってあげるけどラハムとの共同生活は早々に切り上げた方がいいよ。何だかナディだけが一方的に悩んでいるような気がするから]


「う〜ん……そうなのかなぁ……」


[今からすぐに向かうの?私も付いて行こうか?]


「え?ライラって今クックだよ─「ほら!いつまで喋ってんの!バス来るよ!」


 隣から─すっかり存在を忘れていた─アキナミが急に大声を出してきたのでびっくりしてしまった。


「……もうびっくりしたもう、何?」


 そして携帯を当てていた耳からも、


[何か今声が聞こえたんですけど誰ですか?!誰かと一緒にいるの?!]


「わっ!もう!びっくりさせないで!アキナミだよ!今から一緒に先輩の所に行くの!」


[私も行く。ううん、絶対に行くからちょっと待っててくれる?]


「え?だからライラは今クックだよね?」


[ううん今は実家の方にいるよ。ママたちを抑えているけどそれはそれだから、ね?ちょっと待っててくれるよね?]


 疑問符が付けられているけど実質ただの確認だった、それに何だ、ママたちを抑えているって。


(あれ、そういえば昨日は聞きそびれてたな……)


「……分かった、こっちに着いたら連絡くれる?」


[オッケー!すぐ飛んでくから!]


 アキナミにもライラが来ることをかくかくしかじかと伝えると、それはそれは不機嫌になってしまった。


「何でそんなに怒ってるの?アキナミだってただ付いて来るだけでしょ?」


「………………」


 つんとしている、こういう怒り方はフレアとそっくりだった。

 アキナミの手を引いて一旦自宅へと引き返した、どうせお腹も空いていたことだし待っている間にお昼を済ませてしまおう。ジュディ先輩にはメッセージを...と、思ったんだけどまたしても電話が、その相手は意外にもお母さんからだった。



✳︎



「未知のテクノロジーと言われましても、ねぇ……具体的にはそれをどうするおつもりなんですか」


 ゴーダ邸を後にしていた私たちはスポンサー探しを続けていた、そしてここは二軒目。先の失敗を踏まえて今回は私も同席していたのだが...相手先の方から結構踏み込んだ事を訊かれて答えを窮してしまった。

 ま、端的に言って何も考えていなかった。


「それは勿論、今後の利益に繋げていくものでして……」


「それは分かっています、未知の技術をどうやって既存の製品に組み込んでいくのかと訊いているのです。ただ取るだけでは利益は上がらないでしょう?」


「……おい、グガランナ、グガランナ!」


「……………」


 頼みの綱のグガランナは謎の黙り。何故?本当に困るから止めてほしい。

 こうなったらぶっちゃるけしかないと腹を括り洗いざらい胸の内を伝えてみたのだが...まあ、世の中そんなに甘くはないと思い知らされた。


「それならば私たちのような民間ではなく政府にお願いしてみてはどうですか?あなたのその夢は大変ご立派ですが、だからと言って我々が協力する理由にはなりません。応援はさせていただきますがそれだけです」



「おいなあグガランナ、何で黙りだったんだよ。ウイルスについて詳しいのはお前だろう?」


 車に乗り込んだそばから未だに機嫌が悪いグガランナを糾弾した、答えはこうだった。


「遠い昔、フライト兄弟と呼ばれる空を初めて飛んだパイロットたちがいました。彼らは夢に見た空を飛ぶ為何度も何度も飽くなき挑戦を続けたそうです」


「……………自分が兄貴だって言いたいのか?」


「………………」


「ええ……今の例え話で分かれと?」


 誰だよフライト兄弟、私の代わりに不機嫌なグガランナの機嫌を取ってほしい。

 うう〜ん...人集めは何とかなりそうだけど金の面が何ともなりそうにもない。まだ二軒目なのでそう悲観的になることもないが、世間一般がここまでウイルスについて無関心だと思わなかった。

 未知だぞ?銀色の小さな玉が生き物に化けるんだぞ?と、言ったところでさっきの社長さんはだから何なの?状態である。

 金になる事は何でもするが金にならない事は絶対やらない、これを私は"資本主義が生んだ不自由"と呼んでいる。いや私だってやらないな、変な所に金を使って社員たちを路頭に迷わせるわけにはいかないからだ。


(いやいやそんな事よりも次だ、次)



「あ〜……何、何だっけ?ウイルス?そいうのはうちは良く分かんないからさあ〜、他当たってくんない?」



「ウイルスねぇ……ネットでも良くその手の記事を見かけるけど、実際のとこどうなの?安全なのそれ?前にも街で騒動があったんでしょ?国は隠したがっているみたいだけどねぇ……政府に頼んでみたら?」



「出資するというのはおおよそのリターンが見込める時に行なうものであって、あなた方の夢の為に浪費されるものではありません。何ならその綺麗な体で必要経費を稼いでみたらどうなんです──な、何ですかその顔は!警察呼びますよ!」



「……………」

「……………」


 立て続けに三軒、全て塩対応。そのどれもグガランナは口を挟むことなくずっと微笑んでいるだけだ、何の役にも立たない。

 始めっから上手くいくとは思っていなかったけど...こうも短時間で立て続けに食らうとさすがに腹の一つでも立ってくる。

 フライトうんぬんの話をしてから一言も口を利かないグガランナに八つ当たりをしてしまった、またしても。


「……ほんと嫌になるな〜隣には物言わぬただの置物もいるし……」


「そうさせたのはあなたですよピメリア」


「……ああん?口が利けるんなら、」


「あなたは私を頼りにしてくれたのではありませんか?それなのに一度の失敗で見切って自分も付いて来るだなんて」


「────あ、そういう事?」


「ええそういう事ですよ、水を差された気分です」


 だから怒っていたのか...自分も飽くなき挑戦がしたかった、と。

 頭をガリガリと掻いて自分の情けなさを外に追い出した。


「……それは悪かったよ、でもそういうつもりは無かったんだ」


「……そうですか、それなら一先ず溜飲を下げましょう」


「お前も随分と人間臭くなったな、前は拗ねるようなことはなかったのに」


「そうですね、私も不思議な気分です。それはそれとして、これからどうするつもりですか?世間知らずが思っていたより世間知らずではなかったので打つ手を考えないと」


「一旦切り上げよう、それについては考える必要があるけどすぐに思い浮かばない。それよりジュディスはどうなった?」


「その方でしたらラハムにお願いしていますので、まだ連絡はありませんが今頃交渉してくれていると思いますよ」


「それならいい。あと残るはパイロットだけなんだが……」


 涼しい風が入ってくる車内、日陰になってもなお薄く輝く髪をグガランナが掻き上げてからこう言った。


「お困りでしたら私がやりましょうか?もしくはラハムか……他のマキナに担当してもらうとか」


「──え?あ、そうか……お前たちなら……」


「はい、サーバーから探査艇の操縦方法をストリーミングすればすぐにでも出来ますよ。それにマキナは好き好きで生理現象を取り入れているのでいざとなればその機能もカットできますし」


「──休憩スペースも必要もない!」


「ええ、その分の費用も抑えられるかと」


 盲点だった、まさに盲点。


「いや…ちょっと待てよ……それならそもそも新しい探査艇を作る必要もないんじゃないのか?」


「それについては私の方からは何とも。既存の探査艇が超深海層に耐え得るのかも分かりませんから、ゴーダに尋ねてみるのが一番よろしいのでは?」


「そうか、それもそうだ。よし!そうとなれば早速──ん?リッツからだ……嫌な予感しかしないなぁ……」


「?」


 今から港に行ってうちが所有している探査艇を...と思ったのが携帯に着信が入っていた。


「…………」


[何で無言なんスか。調子はどうっスか?何とかなりそうっスか?]


 あ、良かった、リッツの元に苦情が寄せられたわけではないらしい。


「全然駄目だな、聞く耳しか持ってくれない」


[そりゃそうっスよ、いくらユーサの課長さんと言っても個人的な付き合いもないですし、いきなりポンとお金を出してくれる方がおかしいんスよ]


「…………」


[だから何で無言なんスか。それと訊きたいことがあるんスけどね、ナディちゃんの様子はどうスか?最近元気にしていまスか?]


 リッツの指摘は─最初からそう言ってほしかったんだが─大変的を得ていた、一軒目の商談とやらに乗って関係性を新しく作っておけばもしかしたら、と思ったが後の祭りだ。

 リッツの口から思いがけない名前が出てきたので一瞬だけ頭が真っ白になってしまった。


[ピメリアさん?]


「……ああいや、すまん。ナディか?前に顔を合わせた時は普通だったと思うが……何かあったのか?」


[うーんまあ、色々端折りますけどラハムとあまり上手くいってないみたいっスね、それでどうかなあって思いまして]


「ラハムが?」


 私の言葉に、窓の外を見やっていたグガランナが視線を向けてきた。口パクで「ラハム?」と動かしている。

 私はそのラハムとかいうマキナと会ったことはない、ナディの自宅に居候しているのは耳にしていたが...


[はい、それで今からナディちゃんの所に行って詳しく聞こうと思いまして]


「お前が聞いてどうするんだ、保証局の二人に繋げたらいいじゃないか」


[──え?うん、まあそうなんスけどね、色々とあるんスよ。いきなりこんな話をホシさんにするのも、ねえ?]


「ねえじゃねえよ、手に余るのが目に見えてるじゃないか──お前まさか、」


[ち、違いますから!そうじゃないっスから!それにホシさんとはこっちで詳しく聞いてくるってもう話はつけてありまスから!]


「お前なぁ……歳下の悩み事をダシにするなよ……二人揃って行けばその分時間も短縮されてナディも肩の荷が早く下りるだろうが。それが分からないお前じゃないだろ?」


[うぐっ……と、というか、ナディちゃんの悩み知ってるんスか?]


「んなもん訊かなくても分かるわ。未成年が知らない相手といきなり同棲するなんざ悩みの種にしかならないだろ。今までそつなくやって来ても経験もないんだからそりゃ行き詰まって当然だ」


 隣でグガランナが「それもそうですね」と私の話した言葉だけで全容を理解していた。


「お前一人で大丈夫なのか?色々と転職の手続きとかあるんだろ?」


[それを言うならお互い様っスよ、ピメリアさんもミッションを遂行中なんでしょ?こっちの事は気にしないで頑張ってください]


「お前そこまでしてホシと会う口実を作りたいのかよ……」


[それもお互い様っスね!もうこれ以上変な人に紹介しないでくれって言われる身にもなってほしいっス!]


「……………」


[だから黙ってたのかよ!ふざけんな!]


 怒っている割にはどこか楽しそうにしているリッツ、その声を聞いてわだかまりを解消できて良かったと心底思った。

 電話を切るなりグガランナが話しかけてきた。


「ピメリア、何となく察しはつきましたけど私たちも介入しましょう。リッツには悪いですがマキナの事であれば無視するわけにもいきませんので」


「だな。けど、今日のところはお前に任せるよ、私は港に行って練習用に探査艇を押さえてくる。頼んだぜ、弟」


 日影で薄暗い車内の中でもグガランナの頼もしい顔が良く見えた。


「ええ、私に任せてください、お兄さん」



✳︎



[アキナミちゃん!あなたの方からも言ってやってよ!この子ったら変な所で意固地なんだから!]


「まあまあ、ナディも反省しているみたいだしもう大丈夫だと思うよ」


「…………」


[ナディ!いいわね?これ以上危険な目に遭うようならこっちに帰ってこさせるから!無駄な贅沢さえしなければこっちでも暮らすことはできるの!実家に帰りたくないのならこっちで一人暮らしをすればいいから!これ以上お母さんを心配させないでちょうだい!]


「……はい、気を付けます」


[お姉ちゃん!約束してね!あの時まさかそんな事になってるなんて全然知らなかったんだから!まさか軍の船に乗ってカウネナナイに行くだなんて……]


「……はい、気を付けます」


[アキナミちゃん!全然反省してないわこの子!一発叩いてちょうだい!]


「分かった、分かったから、おばさんも落ち着いて」


 テレビ電話に設定した携帯の画面では、眦を吊り上げた二人がこっちを睨んでいた。

 怒るのも無理はないと思う、セントエルモの調査からこの所ずっと私は事件に巻き込まれ続けていたのだから、そして前回の事はもう怒られたくなかったら黙っていたのだ。


(くそうっ……誰だ実家に連絡した人……)


 テーブルの上に乗せたお昼ご飯は手つかずのままである、まさかマジギレしている二人の前で食事を取るわけにもいかないのでお預けの状態が続いていた。

 誰から私の話を聞いたのかと尋ねてみると、意外な答えが返ってきた。


[海軍の人からよ!もう、ほんとびっくりしたんだから!リヒテン・シュナイダーっていう大佐の人からよ!そちらの娘さんの機転のお陰だって言われたわ]


「ええ………あのうるさい人からか……」


 とにかく声がでかかった、そして船に乗っている間は常に上機嫌だったので笑いも絶えない人だった...ように思う。

 もう危ない事はしないと約束し、不承不承といった感じで二人が納得してくれたのでようやく電話を切ることができた。

 さあて昼飯だとテーブルに飛びつくとまたしてもインターホン、もう誰でもいいから勝手に入ってきてと無視するとアキナミが私の腕を引っ張ってきた。


「エージェント!エージェントがうちに来てる!」


「はあ?エージェント?」


 インターホンの画面を見やれば確かにエージェント風の女性が立っていたので度肝を抜かれてしまった。


「誰この人!」


 え?もう何、私何も悪い事してないのに...恐る恐る通話ボタンをタップすると、


[ご機嫌よう、ラハムのことで伺わせていただきました]


 その後、ライラとリッツさんが自宅に来るまで私とアキナミは寝室で縮こまっていた。



「驚かせてしまって……本当に申し訳ありません……」


「反省して」

「反省してください」


「い、いえ……こっちもそうとは知らずに……」


 リビングのテーブルを囲っているのは私たち五人、両隣にライラとアキナミ、それからリッツさんとびっくりするぐらい印象が変わったグガランナさんだった。

 前に港で見かけた時はもっとお淑やかなイメージがあったのに、目の前にいるグガランナさんはアキナミが言った通り"エージェント"のようにビシッと決まっていた。黒いスーツの下に拳銃を隠していても何ら不思議に思わない、それぐらい怖かった。

 口火を切ったのはしゅんとしていたグガランナさんからだった。


「……では、改めてですね、私がここに参らせていただいたのはラハムの件についてなんですよ」


 変な事を訊いて撃たれたりしないだろうかとびくびくしながら、それでも訊かずにはいられなかった。


「あ、あのですね……どうして私の家が分かったんですか?来るのは今日が初めてですよね」


 これが、私とグガランナさんにとっての初めての会話となった。


「──ああ、そうですね、ごめんなさい、いきなり来られたら驚かれるのも当然ですよね。ピメリアとリッツがラハムとあなたの事について話をしていて、マキナの事であれば放っとくわけにもいかないとピメリアにここまで送ってもらったのですよ」


 グガランナさんの話にリッツさんが「それで来たんだ」と相槌を打っていた。


(何というか……ちぐはぐな感じ……)


 端的に言って服装と話し方が合っていない、それがグガランナさんの第一印象だった。

 今度はライラが口を開いた。


「で、リッツさんは何でこっちまで来たの?まだナディから話はいってなかったはずですよね」


「それはクーラントさんから連絡があったの。ライラちゃんから連絡貰ってどうなってんだって訊かれてね、それで二人は今忙しいみたいだから代わりに私が行きますねって話になったの」


「ふ〜〜〜ん…………」


「何?」


「別に、何でもありませんよ。上手くいくといいですね」


 ライラのお陰か、私がしようしようと思っていた連絡を代わりにやってくれたんだ。それにヴォルターさんも私が一度連絡を入れているから...後は察してリッツさんに電話をしてくれたんだろう。

 互いの立場が分かったところで本題に入った、勿論ラハムの事である。何故ライラまでここにいるのかとリッツさんは終始納得がいかない様子だったけど、私が頼んだと言って無理やり納得してもらった。


「で、単刀直入にお訊きしますが、ラハムはどうですか?あなたに迷惑をかけていませんか?」


「う〜ん……迷惑というよりかは、今のままで良いのかなって思ってました」


「どういう事?」


 ラハムの寝床がロフトの上であると説明し、いくらマキナと言えどもプライベート空間がそこしかないというのはさすがに不便なのではないか、という話を年長者─グガランナさんもだよね?─二人にするとこんな言葉が返ってきた。


「そこまであなたが悩む必要は無いと思いますよ。それにラハムからはっきりと進言があったわけでもないのでしょう?」


「は、はい……言われてみれば……」


「グガランナに同感かな、ラハムが何も言わないんならそれで良かったんだと思うよ」


「いや、でもですね、」


 最近のラハムの態度を説明しようとすると今度はライラが割って入ってきた。ちょっと棘があるような言い方だったけど概ね合っていたので、私もそうだと肯定すると、


「何で君がそこまで知ってんの?」


 アキナミがライラに食ってかかった。何気、これが初会話のはずである。

 ライラは涼しい顔をしたまま、


「そんなの、ナディに教えてもらったからに決まっているでしょ。あなたの方こそ何も聞いていないの?」


「……………」


「ちょちょ、何急に、どうしたの?」


 アキナミが不機嫌さを隠そうともせずライラのことを睨んでいる。リッツさんはにんまりと笑って止めようともしない、けれどグガランナさんは私に向かってこんな事を言ってきた。


「きっと、そのお友達は自分を頼りにしてくれなかったことが─「ぱぁぁっ?!!ちょっと!黙っててよ!!」


 人にあまり関心を向けず物怖じしないアキナミがグガランナさんに突撃していった。

 話が脱線していたのでリッツさんが修正してくれた。


「はいはいお腹いっぱいです。それよりラハムについてだけど、どうして嘘を吐いてまで人ん家に行っているのかは本人に聞かないと分からないことだね、この後ジュディスの家に行くんでしょ?私も付いて行くよ」


「私も行きましょう、というよりそろそろマテリアルの調整をしないといけませんしそのまま引き取りますよ」


 これは...大所帯になってきた...ジュディ先輩が怒ったりしないだろうか。

 グガランナさんの隣にアキナミがそのまま居着いていた、それに悩んでいたラハムのことでほっと胸を撫で下ろすこともできたので、私はついとグガランナさんに質問していた。


「えーと、その服装はグガランナさんの私物ですか?」


「……え?これですか?いいえ、これはピメリアの服ですよ。今あるミッションを遂行中でして、この場にいるリッツともタッグを組んでいるんです」


「ミッション?」


 ここに来てアキナミが学校長から貰った電話の意味を知ることができた。

 リッツさんの言葉は一言一句、私の奥深くに沈み込んでいった。

 それこそ有人探査機、あるいは深海探査艇のように。






「一二〇〇〇メートルの超深海に潜ろうって計画を立てているんだよ、あのピメリアさんが!それに私とグガランナが乗っかったって感じかな、それでピメリアさんが人をかき集めているところなんだよ」






 その後、パイロットは見つかったのか、とか、資金繰りの方はどうだ、とか。色んな言葉が私の周囲を漂っていた、けれどそのどれもが上手く耳に入ってこなかった。

 自分だけこの場から浮いてしまったように──私の視界にはリビングの中を漂う無数の魚たちが泳ぎ回っていた。

 宝石と見紛う程綺麗な魚たち、虹色に輝く海中、どうして今の今まで忘れることができたのか──


「──ディ、ナディ!どうしたの急に、大丈夫?」


 ライラに声をかけられてようやく意識が戻った、テーブルを囲んでいる皆んなも不思議そうに私のことを見ていた。

 そして、私はこう言った。


「──そのパイロット、私がやってもいいんですか?」



✳︎



 すぐに行く、と言った割には二時間近く経ってようやくナディが我が家にやって来た、それも結構な人数を連れて、だ。


「色々あったんすよ」


「他に言うことあんでしょうが」


「お、遅れてすみません……というかですね先輩、いくら女性ばかりだからといってその格好はさすがに……」


 ああん?と下向けば確かに、下着も付けていなかったし薄手のシャツ一枚にハーフパンツ、ちょっと屈めば私の─まだまだ成長期を抜けていないこれから立派になる─胸が露わになることだろう。

 

「……ちょっとその上着貸しなさい!」


「サイズが!合わないでしょうが!」


「んだとっ?!」


「それよりも!ラハムはどうしてますか?まだいるんですよね?」


 その言葉を皮切りにして他の四人もぞろぞろと敷居を跨いできた。


「ほ、ここが先輩の家かぁ〜……」

「広いですね、オフィスみたい」

「家というよりオフィスよね、ここ」

「オフィスを改築したんでしょうね、きっと」


(いや待てよ〜客用のコップって足りるかな〜もう素手でいいか)


 突然の大人数に頭の中はパニック、そもそも人が来る前提で物を買っていないかった。

 そしてパニックになったのは私だけではない、パーティションの奥で置物化していたラハムもぞろぞろと入ってきた一団を見かけて目を丸くし、今さらのように隠れていた。


「あれ、ラハムは──わっ!」


 隠れた、と思ったのも束の間、ラハムが飛び出しナディに抱きついていた。


「違うんです!これには深い訳があるのです!ラハムは!ラハムは!」


「ちょちょちょ、落ち着いて?ジュディさんに用事があって来たんでしょ?」


「はいぃぃっ!!ジュディスさんに秘密のミッションにご参加していただきたく!そのネゴシエイトをグガランナさんに頼まれたのですぅぅ!!」


 答えは決まっている。


「そんな話は聞いていない!嘘吐くなっ!!」


「はあ〜〜〜ラハム……それでは庇いようがありません。諦めなさい」


「まっ、待ってください!ネゴシエイトの話は本当なのです!ただちょっと言い出すタイミングが遅かっただけでっ!!」


 ナディたちがやって来てから早速クライマックスである、けれど一人だけ我関せずと家の中を物色している奴がいた、ライラである。


「ちょっと!あんたはいいの?あれ放っておいて」


「どうせジュディさんにナディとの共同生活を自慢しに来たんでしょ?話を統合すればそれぐらいは分かりますよ。私だってそうするし──コップ少なくないですか?これ来客に対応できないでしょう──ああ、可哀想な先輩……きっとこんなに大勢がやって来ることもなかったんでしょうね……」


 およよよと泣き真似をし始めたライラの手を取り、クライマックスを迎えている一団へ引っ張っていった。

 というかもう結末は決まっていたらしい、どこのスパイだよと言わんばかりグガランナというマキナがビシッと言い放っていた。


「ラハム!あなたをこれから私たちのエリアに連行します!それからその後は私の下について探査艇の操縦について学びなさい!」


「……っ!……っ!……っ!」


 言われたラハムはナディの足にしがみ付いて駄々をこねている、ありゃ相当依存しているらしい。

 優しいナディのことだから──と、思ったのだが今日の奴は一味違ったようだった。


「ラハム、私と一緒に暮らすのが嫌だったんじゃないんだよね?」


「そっ、そんなわけないじゃないですか!ラハムはただ──」


「それなら良かったよ。ごめんね?ちゃんと訊いてあげられなくて、私もどうすれば良いのか分からなかったからさ、ラハムがこれ以上一人で抱え込むのは良くないって思ったから皆んなに来てもらったんだ」


「────」


 絶句、後に大粒の雨。


「──ごめっ、ごめんなざぁぁいっ!ごめんなざぁぁいっ!ラバムが悪がっだでずぅぅっ!!ごめんなざぁぁいっ!!」


「うん、だから一緒に頑張ろ?私も探査艇の操縦訓練に付き合うからさ」


 やだぁっーーー!!!というラハムの叫びに取り合う者はもう、この場にいなかった。



「で、その秘密のミッションとやらは何?ナディも参加すんの?」


「ナディはまだ確定ではありませんが、あなたには新型の探査艇の制作をお願いしたいのです」


「ええ?先輩があ?」


 グガランナの話を聞いて、全身の毛穴がぶわわわと広がり喜びがそのまま蒸発してしまうんじゃないかと思ってしまった。つまりそれぐらい嬉しかった。


「はい、制作チームの責任者はゴーダ、彼も何が何でもあなたを連れて来いと言っていました。指名したのはピメリアですが、ゴーダもあなたの腕を買っているようですよ」


「………………そう!あっそう!そ、そそそそそれなら仕方ないわね!」


「受諾してくれますか?」


「も、もももももちろんよ!」


「嬉しそうだねぇジュディス、顔に書いてあるよ」


「べ、べべ別に!徹夜明けの眠気が吹き飛ぶぐらいよ!」


「それめっちゃ嬉しいってことじゃないですか」


 キッチン前に置かれたテーブルを囲んでいるのは私たち四人、ラハムは最後のご奉公だと言って何故だかアキナミとナディを風呂に入れている。

 何かと突っ込んでくるライラの言葉も今だけは気にならない。


(あ〜〜〜!!ついに私が!この私が選ばれる時が来たのね!!やってやろうじゃない!!)


 デスクの上に貼られた私の夢に熱い視線を送った。全てはあの潜水艦から今日に至る人生が始まったのだ。


「制作費用はどうするですか?ユーサが出してくれるんですか?」


 ライラの質問にグガランナが答えた、だからそんな格好をしているのかと納得した。


「いいえ、ユーサはこの計画に関与していません。なのでリッツにスポンサー候補を紹介してもらって、私が交渉役として回っていたんですよ」


「だからそんなビシッとしたスーツを……スポンサーは見つかったんですか?」


 代わりに答えたのはリッツだった。


「いいや、私の所に苦情が来てさ〜あまりに態度がなっていなかったから外に投げ飛ばしてやったって聞いたよ」


「もうリッツ!そこまで言わなくてもいいでしょう!私だって反省しているんですから!」


 何だそれ。というかだな、私はそんな話よりもっとミッションの詳しい概要を──女寄れば何とやら、皆んな好き勝手喋るものだから話にまとまりがなかった。


「私の方からパパたちに話をしてみましょうか?どうせナディも連れて行かないといけないし……」


「え?何で?何かあったの?」


「いやそれがですね、前に空軍の人たちに助けてもらった時に自分たちを差し置いて会いにいったあの子は一体何なんだって問い詰められて……ただの友達だよって言っても納得してくれなかったから今度その子をうちに連れて来い!って言い出して……」


「ああ〜……嫉妬しちゃったんだね」


「そうそう!そんなんじゃないって言ってるのにだよ?いや親がそんな事言っていいの?みたいなさ〜」


「あんたの惚気はどうでも良いのよ、ラハムみたいになりたいの?」


「うぐっ……」


 私の突っ込みにライラが呻き声を上げて押し黙った。


「その……ライラ?その話は当てにしても良いのでしょうか?」


「えっ?ああ、うん、その手の話はパパたたも好きですから、きっと悪いようにはならないと……思います、すみません、確約はできませんが」


「いいえ、当てが増えるだけで御の字です。ピメリアにも連絡しておきますね。それからジュディス、あなたも明日から港の方に来てくださいまし、早速制作会議が始められますのでご参加の程よろしくお願いします」


「勿論よ!絶対に行くわ!」


 そう気焔を吐いたものの、その後私は気絶するように意識を失ってしまったのであった。



✳︎



(眠ってる先輩マジ天使)


 お風呂から上がってきたらあら不思議、身長は低いのに誰よりも居丈高な先輩がソファでこっくりこっくりと船を漕いでいた。他の皆んなは家主が眠っているというのにキッチンに立っており、忙しなく動き回っていた。

 どうやら今からチーム結成の祝勝会をするらしい、港にいるピメリアさんやあの元気なお爺ちゃんも参加するとのこと、他に私は知らない人もやって来るようだった。

 キッチンに立って料理を作っている人たちがこんな話をしていた。


「クラウドファンディング?」


「そ、ネットでこんな事するからカンパをお願いしますってやつ。代わりに何かお返しをするのが通例になっているんだけどね、そっちの方向も考えておいた方が良いんじゃない?」


「何をお返しすれば……リッツの熱い抱擁とかどうですか?」

 

「いやそこは得られたウイルスとかで──いやそれはマズいのか……」


「新しい商品の優先販売権とかで良いんじゃないですか?そもそもクラファンってリターンを求めてするものじゃありませんし」


「なるほどね〜」


 何気あそこにアキナミが混じっているのが凄い、周りは大人だらけなのに。

 先輩の小さな体を堪能しつつ私はソファでのんびりと過ごしていた。テレビでは野球中継がされており、移籍したばかりの選手がホームランを打ったところだった。

 ソファの前に置かれたテーブルの上には文庫本が二冊、そのどちらも読み込まれたように表紙が所々傷んでいるものだった。


(先輩でもこんなの読むんだ……)


 手に取ってペラペラと捲ってみやれば、過去の船(フリゲートと言うらしい)がどこそこに航海したなど事細かく書かれており、最初はただの報告書なのかと思っていたのだが、途中から世界中のフリゲートや船舶が海上で奇妙な物を発見したと書かれていた。

 当時─っていつだこれ─の新聞は発見したという報告を盛大に皮肉っており、巨大未確認生物は存在しないと紙面で争う場面が──そこまで目を通した時、私の胸で眠っていた先輩がんむむむと起きてきた。


「おはよう、良く眠れたかな?」


 頑張って声を低くして芝居がかった台詞を口にした。


「………んぁ、何で、眠ってた?私……」


「そろそろ支度をしたまえコンセイユ、ファラガット艦長を待たせてはいけないよ」


 さわりしか読んでいないのだが。

 小説の登場人物を真似てそう声をかけると、


「………なに馴れ馴れしく肩を抱いてんのよ、ぶっとばすわよ」


「いやぁ……先輩は眠ってる時が一番可愛いで──いたたたっ!また急な暴力!」


 全然分かってもらえなかった。

 キッチンでは佳境を迎えており、香ばしい匂いがしたお皿がいくつもテーブルに並べられ始めた。知らない間に事態が進んでいたことに気付いた先輩が「私の分は?!」と的外れな事を言いながらキッチンに走って行く。

 シャワールームの奥にいたライラが、びっくりするぐらい似合うコスプレをして現れた。丈がだいぶ短いので大変刺激が強かったけど幸いこの場に男性はいない、皆んなから褒められてまんざらでもない様子だ。

 こうして泥縄で開催が決まったパーティーが幕を開けた。



「船長は偉大なのよ?!良く知りもしないでそんな文句を言ったら駄目なんだから!」


「はっ!あんなもんただの世捨て人ではないかっ!儂の方がもっと偉大だわっ!」


「何ですって」と言いながら先輩がさらに食ってかかっている。対するお爺ちゃんも酒を片手にどこか嬉しそうに文句を言っていた。

 キッチンの方ではアダルト組みがグラス片手に談笑をしていた。


「クラファンかあ……その手もあったなあ……」


「どうっスか?やってみる価値はありそうっスよ」


「今からホームページを作るのか?というか誰が作るんだ」


「それならもうティアマトに作成は依頼していますのでそろそろ出来上がる頃合いかと」


「いつの間にっ!え、電話してた?」


「リッツ、私が誰かもうお忘れなんですか?連絡ぐらいなら通信でぱぱぱと出来ますよ」


「はぇ〜便利だなあその機能。グガランナはどうでも良いからその機能だけ欲しい」


「もうリッツ!ちゃんと私のことも褒めて!私は褒められて伸びるタイプのマキナなんですから!」


「はいはい」


 どうやらアダルトなのは見た目だけらしい、ピメリアさんとリッツさんに囲まれたグガランナさんは子供そのものであった、頭を撫でられて嬉しそうにしている。

 ラハムとライラは作成チームに参加することになった男性社員から猛アプローチを受けていた。何気アキナミもあそこに混じっているのが驚きだ。


(あの子ほんと凄いな、どこでも混じるな)


 男性社員もやって来たのでライラは着替えている、その私服でも十分魅力的だった。

 側から見てもやっぱりライラは綺麗だ、手足もすらりとして長いし顔立ちも大人っぽい。それに何よりあの白い髪と白い肌は人目を十分惹きつけるし、それに見劣りしないだけの内面も持ち合わせていた。


(ほんと、あんな綺麗な子に好きって言われるなんて……)


 自分の何が良いのだろうか、自分ではさっぱりだ。

 けれど、こんな自分でも好きだって言ってくれたライラの気持ちは大事にしたい。

 あまりに見過ぎていたせいか、どこか面倒臭そうに受け答えをしていたライラと目が合った──途端にきょろきょろとしだしたのでつい笑みが溢れてしまった。


(私もあそこに混じっちゃおうかなぁ──「ぐえっ?!」


 後ろからぐい!っと服を引っ張られたので首が絞まってしまった。


「旦那さま!旦那さま!どこへ行かれるのですか!ネッド様に海洋生物の良さを語ってください!」


「わあっーはっはっはっ!儂があの銛打ちときたかっ!」


「なんっ?!ちょっ!いきなり小説ネタっ!」


「あんたから始めたんでしょうが!いいから!この分からず屋にちゃんと良さを語ってあげて!」


「儂に良さを教えたかったらくじらとやらを本の中から連れて来い!」


 上機嫌だ、ちゃんと読んでいないので何を喋っているのかさっぱりだが。それに良く見やれば寝起きの先輩もお酒に手をつけているではないか。

 二人に囲まれて適当に相槌を打っている間、私の目は何度もライラに向けられた。どうして?そう聞かれても自分でも分からない。

 いや、分かっている、とても醜いことだけど──

 ライラがすすすと抜けてシャワールームの方へ歩いて行った。



✳︎



「疲れるわ」


 いやほんと疲れるわ。あの男性らに悪気はなかったんだろうけど、愛想良く返事し続けるのも大変であることを知ってほしい。

 逃げ込んだ場所は廊下の一番奥、窓際に作られた小ぢんまりとした部屋だった。昔は給湯室としての役割があったのだろう、今は手を加えられて衣装部屋にクラスチェンジしていた。

 さっき私が勝手に拝借した衣装もある、他にもカットされた生地や裁縫道具、それから参考書代わりに使っているのかタブレットも置かれていた。

 窓に下ろされたサンシェードの奥から月明かりが漏れている、それが唯一の光源。どうしたってあの日の事を思い出していた。

 だからだろうか、私の後に入ってきた彼女にドキリと心臓が跳ねてしまったのは。


「……ナディ、どうしたの?」

 

「ううん、ライラがこの部屋に入っていくのが見えたから。それに……ああ、うん、こうして会うのも久しぶりだなって、ずっと電話で喋ってたから」


「うん、ずっとナディに会いたかった」


「あ、うん………」


 照れ臭そうにしながらついと視線を逸らしている。

 ふふふ、ついに私もナディに恥ずかしい思いをさせられるようになったのかと思ったのも束の間、やはり彼女の方が一枚上手だった。


「──さっきはどうして目を逸らしたの?」


「──え、え?な、何のこと?」


「惚けても無駄、ちゃんと見てたんだから」


「え、ええ〜〜〜……そんなにじろじろ私のこと見てたの?」


「うん、あんな綺麗な子に好きって言ってもらえたんだって思って、見てたよ」


「……………そ、そう……ナディって面食い?」


「何でそうなるの?ほら〜〜〜言いなよ〜〜〜」


「やっ、ちょっ、もう!」


 またあの笑顔、ふふふと悪い笑みをしながら私の脇腹を突いてきた。その度に電流が走るものだから否応なく反応してしまった。

 今日のナディはいつも以上にぐいぐいと来る、それが堪らなく恥ずかしくて...堪らなく嬉しかった。さらに私の手を握って...


「……さっきラハムにね、どうしてジュディ先輩の家に来たのか教えてもらったんだ」


「……何て?」


 数々の、見栄えがする衣装がある中でも月明かりに照らされたナディの瞳が一番キラキラと輝いていた。


「私のことを自慢したかったんだって、こんなに良い暮らしをしているんだあって、ジュディさんに言いたかったって教えてもらった」


「それで?」


 私も空いているナディの手を握った、そうすることが当たり前であるという特権を手にしていたから、だから握った。


「……聞いた時はむず痒いなって思ってたんだけど、今なら分かる気がしたからさ、だからライラの後を追っかけたんだ」


「………私?」


「うん」と、言った後の彼女の言葉を生涯忘れることはないだろう。


「ライラみたいにさ、色んな人から言い寄られるような綺麗な子に私は好きって言われたんだって、私も誰かに自慢したくなったんだよ。本当はこんな事思っちゃいけないんだろけど……ライラに失礼なのは分かってるんだけど……」


「……ううん、そんな事ないよ」


 それだけを言うのが精一杯だった。

 ナディは──混ざり気もなくて疑う程に清らかな彼女は──私のことを想うと()()なってしまうのだ。そんな事他人に対してわざわざ言うようなものではない、けれど彼女は真っ先にその事を私に教えてくれたのだ。

 それが堪らない程汚く、そして綺麗なものとなって私の胸の中でないまぜになっていった。普段は滅多にこんな事を言わない彼女をここまで醜くさせられるのだ、私は、その事実がどんどん心を満たしていった。

 あの時、自分の気持ちを捨てずに守って良かったと、失敗したと思っていたけどきちんと伝わっていたのだ、それを強く実感した。

 

「ごめん、なんか……変な話しちゃって」


「ううん、いいよ、そういうナディももっと見たい」


「………怒ったりしないの?」


「するわけないよ、だって好きなんだもん」


 夢の続きだ──そう思ったのは私だけでは──あれ?


「………この話、前もどこかでしなかった?」


「………夢、夢を見た?」


「うん……見た、ライラの夢を見たよ。確か船の中で……こんな私だけどいいのって……」


「自分のせいだって言われるのが……怖かったって言った?その後、私の方から言ってほしかったって………言った?」


「え、う〜〜〜ん………いやでも、ライラの方から言ってほしいって……言った、ような……ううん、言った、確かにそう言った」


 たっぷりと目線を合わせた後、どちらからともなくとかではなく二人揃って、


「ええっーーー?!?!?!」

「ええっーーー?!?!?!」


 二人分の叫び声は小さな部屋に良く響いた。


「ちょっと待って同じ夢を見てたってことなの?!」

「ちょっと待って同じ夢を見てたってことなの?!」


 ハモったのもちょっとだけ嬉しい、けれどさすがに二言目までは被らなかった。


「え?どういう事なの?」

「そんな所まで私たちは繋がってるの?」


 いやいや、う〜ん……あんなに満たされていた心を跳ね除けるようにしてぶわわわと記憶が甦ってきた。確かに私は見た、ナディの夢を、一生懸命謝ってくれる彼女のことを。それを伝えるとナディも私の夢を見たと言ってきた。


「ずーっと拗ねてた!ずーーーっとライラ拗ねてたよ!何言っても全然こっち見てくれなかった!」


「待って!それ夢の中の私だよね?………拗ねてたな、私、多分拗ねていたと思う」


「……本当に同じ夢?リアルタイムで?」


「ん?待って、それって夢──場所?ワールド的な話?物理的に同じ夢かってこと?」


「物理的な夢って初めて聞いたんだけど……うん、それかな。同じ時間に同じ夢を見たんじゃなくて……二人が同じ夢の中で会ってたって………こと、かな?」


「そんな事ってあるの?いやいや、いくら相思相愛だからって……ねえ?あるの?」


「だって今日会ったあの子供が別れ際に言ってたし、胸の内にある星がどうとか早く捨てないと記憶が漏れるとか」


「それアニメの台詞とかじゃなくて?別れ際にそういう事を言うキャラクターがいるとか」


「うう〜〜〜〜〜〜ん……分からない!そうだ!グガランナさんに訊いてみようよ!こういうマキナの人はいますかって!」


「妙案!それいいね!」


 私とナディが揃って部屋を出た、突発的に起こった事態をどこか楽しむようにして。童心に帰ったように逸る心はそれでも彼女の背中を追い続けていた。



✳︎



「それは……オーディンですね、間違いありません」


「おーでぃん……」


「ファーストネームは?グガランナさんならガイアみたいな。あるんですか?」


「ありますよ、ファーストネームではありませんが。フルネームはオーディン・ジュヴィといいます」


 私の元へ駆けてきた二人がびきにあーまー?姿の子供は知らないかと尋ねてきた。髪型や特徴などを聞いていくうちに彼女だろうと思い至った。

 二人もそうなのですが、本当に人間は好奇心旺盛なようです。ウイルスに然り、人は未知に対して恐怖ではなく好奇心を持つようです。

 もっと私も...と、思うのは贅沢な事なのだろう、ピメリアやリッツとも親しくなれた。あのエリアに居た時とは比べものにもならない程沢山の交流を果たすことができた。

 それでも、まだまだ足りなかった。


「どんな子なんですか?そのオーディンって子」


「彼女は我々マキナの中で唯一の攻撃手段を獲得した存在です、他にも様々な能力を持ったマキナが存在しているんですよ」


 私の話に二人は興味津々だ、こういう反応を待っていたと言っても過言ではなかった。


「へえー!それじゃあグガランナさんはどんな力を持っているんですか?」


「私ですか?そうですね……うう〜ん、一言で言うのはとても難しいのですが……そうですね、全体の調和をはかっているとお考えください」


「ボスっぽい」


「服装からしてボスっぽい」


「いやいや、これは単にドレスアップをしただけですから」


「カマリイちゃんは?どんな力を持っているんですか?」


「ティアマトをちゃん付けするとは……彼女はあれでも長い時を生きているのですよ。そうですね、彼女は食べ物や土地、広義に言えば生命の力を持ったマキナです」


「へえー!凄そう!死んだらザオリクとかかけてくれるのかな」


「ゲーム用語分かんない」


「ふふふ」


 楽しそうにお喋りをする二人、そしてもっともっとと私に話をせがんでくる。大人の余裕ある会話ではない、自分の好奇心を満たさんがためのはつらつとした子供らしい会話。

 楽しい時間というものは古今東西、いつの世もすぐに終わりを迎えるものらしい。

 そうですね、であれば以前に約束した事を今ここで果たすべきです。私はそう思い至り二人に声をかけました。


「招待?」


「はい、ラハムのマテリアルも調整しなければなりませんし、それから新型を作成するにあたって我々からも知識の提供をすることが決まっていますから、明日にでもエリアにご招待しようかと。良ければお二人もどうですか?」


 幼心に火を付けた二人は目を輝かせながら二つ返事で返してくれた。


「行きます!」

「行きます!」


 家主であるジュディスが電池が切れてしまったように寝入ってしまい、それを合図にしてか祝勝会の幕が名残惜しく下りていった。

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