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第39話

.表層



「あっ」


 しまった...今回の当番は私だった。訓練に集中し過ぎて規定の時間まで皆んなが出したゴミを持って行くのを忘れてしまった。

 

「あ〜あ、ゴミ出しするの忘れてた〜……自分で届けに行かないといけないのか〜」


 一緒に訓練をしていたヒルドが後ろから、


「と、思うじゃん?私が出してたのよねー」


「……ヒルド!」


「ふっふ〜ん、私に感謝しなさいよね!もしかしたら機体にぶら下げて飛ぶ羽目になってたかもしれないんだから!」


「ありがとう!助かったよ〜」


 私たちは日頃から艦上生活を送っている、それぞれの港に寄港した際必要な物を買ったり、不必要になった物を預けているのだ。この時ゴミ出しを忘れるととんでもなく面倒臭いことになるのだが、普段は滅多に気を遣わないヒルドが代わりにやってくれていたのだ。


「と、思うじゃん?あんたの朝飯は私がいただくことにするからそれでおあいこよ!」


「なっ!ちょ、待ちなさい!」


「…………」



✳︎



 最近、この船で由々しき事態が発生している。その件についてヴァルキュリアの隊長を務めているスルーズを艦長室に呼び出していた。


「スルーズ、到着しました」


「ご苦労」


 年齢的によるものか、精神の土台の基礎が出来たからか、前回の任務を経てスルーズは"空気感"というものに変化が起こっていた。

 戦乙女としての寿命も残り少ないのかもしれない。


(残り少ない……か)


 幾万の思いを胸に押し留めて──すっと言えたら良かったんだがそうもいかなかった。 


「スルーズ──ああ、何だ……艦内の様子はどうだ?」


「と、」


「っ!」


「言いますと?」


(どうして俺がこうビクビクしないといけないんだ!)


「……主に言葉遣いについてだ。皆の様子に変化は?」


「言葉遣い……ですか?」


 スルーズは弱い態度を見せるとすぐに心を開いてくれる、いつもの調子で声のトーンを落とした。


「その、言い難いことなんだがな……「それなら無理に仰らなくても構いません、察せない私の落ち度ですから」


「………………」


 駄目だ、毅然とした態度には明らかな拒絶の色が含まれていた。


(かといって、ギアを装着していないから声も使えん……)


「分かった。単刀直入に言う、最近艦内でと、思ったじゃん?が変に流行っているように見受けられる。それをお前の方から是正してもらいたいのだ」


「何故ですか?」


「風紀の問題だ。前回の任務で失敗の要因となった相手方の口調を真似るなどあってはならない行為だ。我々に対する侮辱に他ならない」


「考え過ぎではありませんか?少なくとも他の隊員はヴァルキュリアの名を貶めるために使用してはいません」


「では何の為に?」


「………面白いからでしょう。私は使ったことありませんが」


「と、思うだろ? (ああ!しまった…)お前もこの言葉を使っているところを目撃したんだ」


「………………」


「………………」


「司令官─「今のは違う、自然な流れで使っただけだ」


「──良く分かりました、私の方から注意して回りますがあまり期待はしないでください。こういった流行は一過性のものですからご辛抱していただく方が良いと思います」


「う、うむ……」


 随分とまた...空気感だけでなく精神的にも成長したらしい。

 忸怩たる思いを抱えながら別の話に入った。


「では次に、これからヨトゥルと共に出動しこちらから指示する海域の調査をしてほしい。調査目的は深海に潜むハフアモアの正確な場所だ」


「またですか?また行くんですか?」


「仕方がない、技術府からの要請だ」


「ヨトゥルにとってはもう三度目ですよ?彼女に何と説明すれば良いのですか、あの子ほんっとに繊細なんですから自分の調査能力が疑われているんじゃないかって思い悩んでいるんですよ?」


「今回が最後だ。技術府としてはやはりこちらの調査報告に信が足りないと言ってきた、よって今回の調査は隊長も同席して同時にヘカトンケイルを投下することが決まった」


「──分かりました」


「そこまで指示を出したくないのなら、私の方から直々に出させてもらうが?」


「結構です、私から言った方が良いでしょう」


 もう話すべき事はない、だが言うべき事はあった。


「よろしい。最後にスルーズ、お前の近々私に対する態度は目に余る、いくら己が戦乙女だからといって自惚れるなよ」


「………………」


「良いか、この艦内でふざけた言葉遣いが流行っているようだが我々は国王直属の精鋭部隊なんだ。その意味をきちんと噛み締めて任務を遂行してもらいたい、よろしいか?」


「────と、思うでしょ?」



✳︎



「くっそ怒られてきてやった」


[スルーズ様……あまりおふざけが過ぎると……]


「はい、ごめんなさい。それじゃあさっさと行きましょうか」


[はい]


 カラス型の機内は臨界点に達したリニアカタパルトの騒音に包まれていた。天気は晴れ、風も穏やか、絶好の飛行日和と言えた。

 

[こちらブリッジ、発進許可が下りました、ユーハブコントロール]


「アイハブコントロール、スルーズ発進します」


 機体のフットペダルと連動していたリニアカタパルトが鬱憤を晴らすように勢いよく作動し、スルーズ機を晴天の空へと吐き出した。続けてヨトゥル機も問題なく吐き出され、私たちは二人だけの空を楽しんだ。

 ルカナウア近海に滞在していた私たちは左手にルヘイの島、それからラウェの島を遠くに眺めながらレバーを操作する。

 随分と高度が低い位置に雲があるようだ、その下に隠れた場所だけ影ができており、秋を目前にして最後の一仕事と踏ん張る太陽の光りを遮っていた。

 進路を右手へと傾けていく、大変面倒臭いけどこのまま進行するとウルフラグの領空内に侵入してしまうためだ。そのためセレンの島をぐるりと迂回する必要があった。

 セレンの島が視程に収まった時、ヨトゥルが通信ごしに話しかけてきた。


[今日は良い天気ですね]


「そうね。私はあなたが思っていたより元気そうにしているのが気持ち良いわ」


[スルーズ様……その言い回しは少し語弊があるように思います……でも、はい、お気遣い嬉しく思います]


 コクピット内のサイドモニターを見やる、紫色のカラス羽を展開したヨトゥル機がぴったりと後にくっついていた。


「もう平気なの?学術府の石頭たちに納得がいかないって拗ねてなかったっけ?」


[それは今も変わりません、けれど今日はスルーズ様も一緒ですから。彼らの無能さに感謝しているところです]


「そう、それなら良かったわ」


 セレンをぐるりと回り、前回の作戦でウルフラグが使った航路ポイントに近付いてきた。

 高度を下げつつ司令官から指示のあった海域へとさらに機体を向ける。この辺りは一面海なので島もなく、また各国の排他的経済水域でもなかったので船の一つもありはしなかった。だからこそ、海の海としての色が私の視界を支配していた。


「綺麗ねえ……とても」


[はい、スルーズ様の美貌には敵いませんが]


「ヨトゥル、機体から降りたら覚悟しておくように」


[はい、体を清めてお待ちしています]


「いやそういう意味じゃないから」


 ヨトゥルと二人、くすくすと笑い合った。



 スルーズ機に装着した()()()で穏やかな海に漂う、その揺れはまさしく揺りかごのようでありヘカトンケイル(百手人)の説明を受けていた私は睡魔と戦っていた。


「……ヨトゥル、もっと刺激のある話題を……ふわぁ…」


[スルーズ様、そう言った卑猥な事は言ってはなりません]


「……で、何だっけ、ごめんもう一回言ってくれる?」

 

 ヨトゥル機の鶏冠(とさか)のお陰で日影が生まれ、スルーズ機の翼の上でごろんと寝転がりながら耳を傾ける。目の前は一面青い世界が広がり、この世から私とヨトゥルだけが隔絶されたような特別感があった。


[ですから、水中探索仕様のヘカトンケイルなら目標の深海域まで片道三〇分、理論上は往復一時間ジャストとなっています]


「もっと遅くできないの?」


 インカムから流れてくるヨトゥルの声に複雑な色が含まれていた。


[……私もそうしたいのはやまやまですが……その、一人っきりで長時間過ごしましても……それなら早くに終わらせて……]


「ヨトゥル、私の翼で監視を命じます。もしかしたら不届き者がこの海の何処かで私たちを付け狙っているかもしれません」


[……すぐに参ります]


 本当にすぐに来た。


「お隣失礼致します」


「うむ、苦しゅうない」


 またくすくすと二人で笑ってから、ヘカトンケイルの続きを話し始めた。


「片道三〇分って速いのね、時速は……二四キロ?」


「はい、約一三ノットの速度で潜航しますので一般的な潜水艇と比べたら遥かに速いかと」


「ヘカトンケイルは水圧とか大丈夫なの?」


 ヨトゥルが少しだけ日影からはみ出していた、顔の半分だけ日光に当たっている。彼女も入れるようにもそりもそりと体を動かすと、照れ臭そうな笑顔でお礼を言った。


「理論上は問題ないはずです。けれど……不思議とヘカトンケイルは戻ってこないのです」


「それだけ速い速度で潜っているからじゃない?」


「いえ、それは関係ないはずです。水圧は水の密度、重力加速度、そして水深で決まりますから」


「ならどうして戻ってこないのでしょうね……」


「水圧ではなく、速度変化による摩擦力の上昇ではないかと技術府が返答していますが……実際のところ良く分かってはいません」


「もしかしたら海の底にはヒルドのような乱暴な生き物が生息しているのかもしれないわね。どんな物でも見つけたら噛み付かずにはいられない的な」


 ハゲワシのように鋭い目が細められている。

 本当に不憫な子だと私は思う、ヨトゥルは戦場に立つような存在ではない。それこそ今のようにお喋りをしながら、ゆったりとした時間を過ごしている方がお似合いだった。

 私のように(スルーズ)になりたくてヴァルキュリアに入隊する方が珍しい、ヨトゥル以外の皆んなもそうだけど全員が戦災孤児なのだ。

 機体の浮き輪にちゃぷちゃぷと波が当たる音、それに混じるようにして海面に浮かんでいるヘカトンケイルも機体に当たっていた。

 目算一.五メートルほど、結構大きい。完璧に近い円型をしており繋ぎ目など一つも見当たらない。 


「ルーターの調子は?」


「オペレーターから報告はありませんので順調にデータを取得しています」


「お腹の調子は?」


「────ああ、はい、そうですね、お昼ご飯にしましょう」


「うむ」


 お腹が減っては何とやら。こんなに気持ち良い所に来ているのにお腹の虫を騒がせてはうたた寝だってできやしない。

 船から持ち寄ったサンドウィッチを頬張りながら、何故技術府や王室はそこまでハフアモアに固執するのかと考えていた。


(資源が潤沢になるから、って言われてもね〜)


 実際、ハフアモアが資源に変わっているところを見たことがない。ただ数年前から町中に農具や耕作機が溢れ返るようになっていた、カウネナナイは機械産業が盛んだからそこら辺が関係しているのかもしれない。

 これがもしウルフラグであったのなら、また別の物が溢れ返っているのかも。


「ねえヨトゥル、もしハフアモアが手に入ったらどうする?」


 何気ない質問でも彼女は誠実に答えてくれた。


「誰もいない、誰もやって来られない場所に家を建てて過ごしたいと思います。花を愛でて、文章を愛でて、愛する人を愛して、子に囲まれて、星人様の元に逝きたいと考えています」


「……あなたらしいわ」


「……スルーズ様は?」


「私?そうね……………あの頃に戻りたい、幸せだったあの日々に帰りたい、またお母さんの料理を食べたい」


「……………」


 ここが世界から隔絶されているからだろう、自然と本音がついと口から出ていた。


「妹にも会いたい、でも、会えない。五年前のあの日に全てが変わってしまった、友達もいなくなってしまったし私だけ取り残されてしまった」


「…………スルーズ様」


「……あ、ごめんね、こんな話、忘れてちょうだい」


「…………いいえ、私は忘れません。たとえ記憶を抹消されたとしてもスルーズ様が語ってくれたこの事実だけは忘れたくありません」


「駄目よヨトゥル、あなたのその献身的な優しさはこれからの為に取っておきなさい、いいわね」


「………はい」


 その後暫く経っても、最大深度まで投下したヘカトンケイルが戻ってくることはなかった。

 それでもやはりハフアモアを感知した深度は一二〇〇〇メートルだった。

 調査を終えて母艦に帰投し、報告する前にシャワールームへ立ち寄ろうとした時、汗だくになっていた訓練好きのヒルドがロッカールームの前に立ちはだかっていた。


「ちょっとスルーズ!あんただけ飛ぶだなんてズルい──ああそういうこと。ふん!」


「と、思うじゃん?あなたの分のタオルも用意してあるのよねー!」


「──!……何で分かったのよ」


「あなたって寝ている時以外は訓練してるじゃない?」


「そこまでしとらんわ!……ま、まあいいけど。ヨトゥルも一緒なの?」


「いえ、私は外しますのでヒルド様が─「はいはい、皆んな揃ってシャワーを浴びに行きましょう、仲間外れは良くないわ」


「あっそ。それより報告は済まさなくていいの?」


「後で行けばいいでしょどうせ減るもんじゃ─「スルーズ、用が済んだら艦長室まで来い」


 廊下の角から(聞き耳を立てていたかもしれない)司令官が私に声をかけてきた。


「…………」

「…………」

「…………」


「それと、報告は減りはせんが今後は迅速に行なうように」


 (やっぱり聞き耳を立てていた)司令官がそう釘を刺して去っていった。

 固まっていた私たち三人、誰からともなく笑い声を上げてシャワールームへと向かっていった。



✳︎



「それでは行ってきます」


「──ああうん!ラハム?お弁当は──」


 がちゃんと扉が閉まってしまった、あのラハムがこっちを振り向きもせずに出て行ってしまった。

 今日は平日だけど私は休み、港の修復作業が何やら延びているそうなので満足に仕事をすることもできず、こうして入れ替わりで休みを取っていた。

 そしてラハムは今日もアルバイトである、帰りは夕方頃になるのでお弁当を作っていたんだけど...リビングのテーブルにぽつねんと置かれたままになっていた。


「………リッツさんに電話しよう」


 ラハムをどすれば良いのかまるで分からない、今の状況が良いのかも分からないままなので困っていた。

 昨日は結局ライラとまた長電話をしてしまったので連絡できなかったけど今日こそは──と思ったのも束の間、インターホンが鳴らされた。


「およ、何か忘れ物でもしたのかな」


 鍵を持たせているはずなのに、そう訝しみながらも扉を開けると子供が立っていた。それも大変奇抜な格好をした子供が。


「おお!お主がナディと言う女子(おなご)か!そこはかとなく後光が差しておるわ!」


「…………………」


「ほれ、突っ立ってないで余をここに入れぬか、折角来てやったのだぞ?」


「………あ、え?うん、まあ……」


 今時の子供ってそんな──ビキニアーマーみたいな格好をするのだろうか...それに髪型もアニメっぽいし、前髪をちょんまげにして長い揉み上げをつむじの辺りで一つに括っている、襟足はカマリイさんぐらいの長さもあった。

 脇に退いて奇抜な子供を中に招いた、そんな格好で外を彷徨かれるよりマシだと思ったからだ。


「ほほう!ここが今のハワイの住処かえ!立派だのう!」


「はわい?というか君、どこから来たの?」


「そんなのホノルルからに決まっておるではないか──うむ?そうか、今は国名が変わっておるのだな、すまんすまん」


「ほのるる……良く分かんないけどどうやってここまで来たの?というかお母さんやお父さんは?」


「スレイプニルに乗ってやって来た。お母さんとお父さんは海に出てる」


 ごっこ遊びに飽きたのか、急に素の表情になって質問に答えていた。それにそこはかとなく元気も無い様子である。リビングに座らせてラハムの為に作ってあげたお弁当を食べさせることにした。


「これ食べてもいいよ」


「────っ!!美味い!美味いではないか!この甘辛い鳥の肉なぞ────」


「ああこらこら、手で食べたら駄目だよ」


 一心不乱で口にかっこんでいる、余程お腹を空かせていたらしい。


「コスプレごっこもいいけどちゃんとご飯を食べないと」


 ハムスターのようにもっきゅもっきゅとさせてから、


「…………ごっくん。いや何すまぬ、食事を取るのが初めてなものでな!いやはやこれは──」


(え゛、食べるのが初めて?)


 これは...もしかしたらややこしいご家庭にいるのだろうか...手に負えなくなる前に電話しようと携帯に手を伸ばすとまたライラから着信があった。

 この際だからライラも家に呼ぼうかとすると、ご飯に夢中になっていたはずの子供がむんずと私の手首を掴んできた。


「……ごっくん。これ!余が遊びに来ているのに!その箱は知っておるぞ!あれやこれやと家臣を呼べるものだろう!そいつのせいでここに来るまでどれだけ手を煩わされたかとこと──何?!」


「っ?!」


 箱て、私のお婆ちゃんですら携帯を知っているのに。それに突然叫び出したので驚いた、ご飯を食べて元気になったからか、ごっこ遊びの続きをしているらしい。


「それは真か!──何があっても寄せ付けるでないぞ!──何?余はどうするのかと?余はちょっと忙しい……うん、うん、いやそれは分かるんだけど──ええ折角来たのにもう行くの?──あいわかった少し待っておれ──待って!お願いだから余を置いて行かないで!」


「…………」


「すまぬナディ、余はもう行かねばならぬ。お主に寂しい思いをさせてしまうがこればっかり致し方ない、分かっておくれ」


 帰る...ってことだよね、良く分かんないけど。それなら最後にこの子のごっこ遊びに付き合おうと真面目くさった調子で答えた。


「ははぁ〜いつでもお越しくだされ〜あなた様のことをいつでもお待ちしております〜」


「──っ!!──っ!!──っ!!」


 何だかもの凄く嬉しそう、目をキラッキラに輝かせながらその小さな手で何度も私の肩を叩いてきた。これがまた結構な勢いだった。


「──そうか!そうか!そう申してくれるかナディよ!……ああ、今思えば幾星霜……人間共との戦に破れてからというもの家臣共の態度も素気なく……余をここまで敬ってくれることなど久方ぶりだ……うんうん、その健気な姿勢に免じてお主を余の家臣にしてやろう!光栄に思うが良い!わっはっはっはっ!」


「は、ははぁ〜」


「うん、そこまで畏まらなくても良いよ」


「あ、そ、そう?」


「ではな!余はこれにて失礼する!」


「え!ちょっと待って!その格好でまた外を出歩くつもりなの?」


「当たり前ではないか!これが余の戦装束だぞ──うわっぷ?!」


「もう!それ着て!いくら子供でも肌の露出が多すぎるよ!」


「何をう?!余は子供では──あ、何これ、凄く着心地良い、余気に入った」


「それあげるから!」


「まさか余が家臣から下賜されるとは……いや下賜ではないな、この場合は──うん?だから地口ではない!というかだな!貴様らもナディぐらいの甲斐性を見せたらどうなのだ!贈り物されるぐらいのものは貴様らに渡しておるぞ!──何じゃと貴様ら何がいつも眼福させてもらっていますだこのロリコン共めが!」


 私が貸してあげたパーカーを羽織り、子供がどかどかと廊下を歩いてそのまま扉を開け放って──こっちを見ることもなく出て行ってしまった。


「な、何だったんだ……今の子……」


 はあ、と大きく息を吐いた。まるで嵐のような子供だった。突然上がりこんで──またしてもピンポンとインターホンが鳴らされたので「どうぞー」と言うとさっきの子供が「忘れてた」と家に入り、


「何?忘れ物──いたたたたっ?!」


「すまぬ。恩を仇で返すようだがこれは罰だ、しかと受け止めよ」


「痛い痛いっ!もう!こら!離しなさい!」


 涼しい顔をしながら私の手首を捻ってきたではないか!


「ではな、白い髪の女子にもよろしくと伝えておいてくれ。それから胸の内にある星は早う捨てねば記憶がだだ漏れになるでな、気をつけるように」


「はあ?あのね君ね、いきなり暴力は──」


「さらばだ!また会おう!」


 わっはっはっはっ!と笑いながら今度こそ家から出て行った。



[ナディに無視された、ぐすん]


「はいはいそんなんじゃないから」


 遅まきながらライラに折り返しの電話をすると、そんな風に冗談を言ってきた。それは本人も分かっているのかくすくすと笑ってから本題を切り出してきた、とても歯切れも悪く。


[あー……そのね、別にナディが嫌だって言うんならそこまで無理強いはしないつもりなんだけどね……聞きたい?]


「うん?ライラから電話をかけてきたんでしょ、当たり前じゃんか」


[う〜ん………どうしても?あんまりおすすめしないんだけど……どうしても?]


「う〜ん………どうしよう、そこまで言われると何だか聞きたくなくなってきた」


[と、思うでしょ?でもそうもいかなくてさ〜……う〜ん……]


「う〜ん……あ、じゃあさ、買い物しながらその話するのはどう?私今日休みだからさ暇してるんだよねさっきは大変だったけど」


[ん?何?何かあったの?]


 コスプレして乱入してきた子供の話をしてあげると予想外の反応が返ってきた。


[え、それ警察に通報した方がいいよ。もしかしたらその子供虐待受けているかもしれないし]


「う〜ん、やっぱライラもそう思う?ご飯を初めて食べたって私もちょーびっくりしたんだよね」


[──いや待てよ、その子供って胸の内にある星がどうこうって変な事言ってたんだよね?それでナディの部屋に乱入して……ご飯を初めて食べて……マキナ?]


「ええ?そう──言われてみると確かにだけど……普通にご飯食べてたよ?ラハムはってああっ!そうかぁ……だから持って行かなかったのかぁ……」


[何なに、また何かあったの?]


 ラハムについてあれやこれやと教えてあげると、電話口でもライラの態度が急変したのが伝わってきた。


[あんのラハムめが〜〜〜ナディの手作り弁当を置いていっただぁ?私が懲らしめてやる!働いているスーパーってどこ!]


「いやいや!私が失念してたんだからいいよ!それよりさ、ラハムの事どうしよう、最近その事で悩んでるんだよね」


[保証局の人に相談してみたら?クーラントさんとかどうなの?]


「う〜ん……何か最近忙しいみたいでこの間電話した時は素気ない感じだった。ラハムが働き始めたって言ってもあっそうって返されただけだからさ、何だか言い難かったんだよね」


[そう……う〜ん、空軍の人たちにお願いするのも何だか違う感じがするしなぁ〜]


「だからね、リッツさんからヒイラギさんに繋げてもらおうって思ってるの、ラハムの事で相談したいことがありますって感じで」


[……いいね、それ凄くいいね!おも──電話してみて!]


「今何か言い直したよね?」


[そんな事はありません。しかしながらナディは一刻も早くリッツさんに電話をかけるべきです、そして私も同席するのが良いでしょう]


「何その言い方」


 またころころと笑い合い、それから転職したリッツさんの話へ移っていた。



✳︎



[では、よろしくお願いします]


 通信を終えてから息を整える、リッツに紹介してもらった一人目の世間知ら──スポンサー候補の会社にやって来ていた。

 私をここまで運んでくれたピメリアは車の運転席でゆっくりとしている。てぃあどろっぷきっくというサングラスが大変様になっている、どこかのボスのような出立ちをしていた。

 かくいう私もどこかのお姫様から女社長にクラスチェンジ、ビシっと決まったスーツはそれだけで自信というものを与えてくれていた。


(行きましょう、私もピメリアたちと触れ合って進化を遂げたはずです。今日はその確認という名の試練だと思えば良い……)


 ピメリアに行ってきますと視線を送ると、親指を立てて私を励ましてくれた。必ずものにしてみせると私も親指を立てて(これが逆になると挑発になるという事まで教えてもらった)返礼し、世間知らずが待つビルへと足を踏み入れた。



✳︎



 あいつなら大丈夫だろう、あの容姿に分け隔てなく接する性格が必ず良い方向へ向かうはずだ。

 私は私でやる事が沢山あった、一二〇〇〇メートルという偉業を達成するためには資金だけではなく、それに匹敵する程重要なファクターである"人"を集めなければならない。

 新型の探査艇についてはもうゴーダに連絡を入れてある、この後奴の自宅まで足を運ぶ予定になっていた。

 それからジュディス・マイヤー、そっちはグガランナにお願いしているのでこれからだが、まあ本人が未知のテクノロジーを取り入れるうんぬんと豪語していたのでそう難しい話ではないだろう。

 一番の問題が探査艇に乗り込むパイロットである。


(まさか経験者がたったの十数名しかいないなんて夢にも思わなかった……)


 さらに、深海層と呼ばれる深度に潜航したことがあるパイロットはたったの数名、このパイロットたちが他の研究機関から引っ張りだこになっているのは想像に難くない。政府の下で日々研究を続けている深海探査技術団も専属パイロットを雇っている程だった。

 狭き門なのだ、探査艇のパイロットになる事自体が。さらに深海調査は民間で行われるというより、国家事業としての毛色が強いため一般から遠い存在になってしまっているのも数が少ない要因となっていた。


(あの子らに頼むのも……う〜ん、だしなぁ〜……)


 専門学校を主席、次席で卒業したアキナミとナディ、彼女たちは学校のカリキュラムで探査艇の操縦にも慣れている。他の卒業生でも扱える人はいないのかと学校側に連絡を取ったのだが驚きの返事が返ってきた。


「始まったばかりって……知らねぇよ!」


 ナディたちの世代から始められた授業のため、卒業生で扱えるのはこの二人だけらしい。しかも、探査艇の授業を受けていたのも二人だけらしい。

 早速当てが外れてしまった私は電話を切ったそばから「あの二人凄えなあ!」と吠えていた。


(それに私たちが行きたいのは深海層のその先だ……)


 "超深海層"、そこは水深六〇〇〇メートルを超えた前人未到の地、国中からオファーがやって来る数名のパイロットですら辿り着いていない場所だ。それをあの二人、あるいはどちらかに依頼するというのは...


(今度こそ人殺しだと言われてしまうだろうな……)


 ゴーダ辺りにつてを紹介してもらうしかないか、そう結論付けた時リッツに紹介してもらった卸売業を営むビルの入り口が騒々しいことに気付いた。


(ん?──げげげげっ何やってんだあいつっ!!)


 慌てて車から降りる、従業員ら数名に抱えられたグガランナがアスファルトの地面に投げられたところだった。


「二度とうちの敷居を跨がないでくれ!」


「いったたた……短気にも程がありますよっ!そんなんで業界の天辺が取れると思っているんですかっ!」


「何だと……アーチーさんの紹介だから会ってやっただけだ!誰がおたくらみたいな所に出資すると思ってんだ!寝言は寝てから言いやがれぇっ!!」


「あなたたちみたいにただ推論を並べ立てるだけで動きもしない連中に誰が頼むもんですかっ!!──っ!!──っ!!」


 あんのバカ女っ!親指を下に向けていやがるっ!

 地面に投げられてもなお喧嘩し続けるグガランナを連れてほうほうの体で車に乗り込んだ。



「私は何も悪くありませんよ!あっちがあまりにも絵空事の話をするから指摘しただけで!急に怒ってきたんですよ?!被害者はこっち!」


「あのなぁ〜」


「それに何なのですかさっきの人たちは!こっちの話に耳を傾けないどころかこれこれこの商品はどうですかって勧めてきたのですよ?!これでも我慢した方ですよ?!──はぁ〜〜〜っ!思い出しただけでも腹が立ってきます!!」


「……………」


 助手席に座っているグガランナは今なおご立腹の様子だ、商談をしに行ったら逆に商談を持ちかけられるのは良くある事だ。それが我慢にならなかったのだろう、さらにグガランナは歯に絹着せぬ言い方をするので"悪い"方へ向いてしまったらしい。

 一先ずスポンサー探しを切り上げてゴーダの自宅へと車を向かわせていた。


(作戦を練り直すか……?私が出張った方が良いのか……いやでも時間が……)


 一通り文句を言い終えたグガランナは窓枠に肘を置いて頬杖をついていた。こうして黙っていれば確かにそれなりに見えるが、こうも喧嘩っ早いとは知らなかった。

 車は首都街を抜け、郊外に向かってひた走る。ゴーダの自宅はユーサ港からも近い海岸沿いのベッドタウン、以前私とリッツが訪れた市場の先にあった。


(ナツメか……あいつも今頃どうしているのやら……前の騒動で指揮を取っていたみたいだが……)


 少しは涼しくなった風に吹かれながら束の間現実逃避をする、隣の助手席にいるグガランナは今なお怒っている──と、思ったのだが真剣な顔つきで何やら考え事をしている様子だった。


「おいグガランナ、頼むからゴーダに八つ当たりするなよ」


「そんな事はしませんよ」


「だったら何をそんなに考えているんだ?」


「さっきは何故失敗したのかと反省点を洗い出しているんです。冷静に考えてみればあのちんけな商談に乗ってこっち側に取り込むこともできたなと、それなのに私は感情を優先してしまって暴言を吐きましたから」


「ちんけて……ちなみにどんな暴言を吐いたんだ?」


「こんな物を買って浪費するぐらいならそのお金を握りしめて深海に潜った方がまだ夢がある、って言いました」


「お前……どこで覚えたんだその皮肉」


「ピメリアですよ、あなたの皮肉はなかなか利いていますから聞いていて気持ちが良いんですよね」


「はあ〜〜〜グガランナがどんどん私色に染まっていく……」


 (こういう時にそういう笑顔はしなくても良いんだが)ニヒルな笑みを湛えて「責任取ってくださいね」と言ってきた。勿論嫌である。

 ベッドタウンに到着し、来客用の駐車場がいっぱいだったので適当に路駐してからゴーダ邸へ向かった。何でも第一港への通勤用に借りた家だとか、つまり本邸は別にあるという事である。


(贅沢な野郎だぜ……)

 

 到着した借家は一般的なものだった、通りに並んでいる他の民家と遜色ない。インターホンを鳴らすとものの数秒で扉が開いた。


「わんっ!わんわんっ!」


「これ!静かにせんかっ!」


「………」


「………」


 ゴーダが胸に抱いていた犬...犬種はダックスフントか?とにかくそいつが吠えてきたが、その声に勝るとも劣らないゴーダが一喝していた。私とグガランナはただじっと立っているだけである。


「よお来た!ほれ早く入らんか!」


「あ、ああ……」


「お邪魔します」


「ほお!お前さんはグガランナか!見違えるようだな!会社でも起こしたのか?」


「連絡は入れてあるだろ?」


「そうだったそうだった!早く上がれ!」


 何というか...声の大きさは相変わらずだがオフモードのゴーダは普通のお爺ちゃん然とした雰囲気があった。まるで孫を迎え入れるような...けれどそれは家に上がらせてもらう時だけで、案内されたリビングで本題を切り出すと目の色にすぐさま変化があった。

 これこれこのようにと経緯と具体的な目標を説明するとゴーダが一言。


「お前さん、それは本気で言っているのか?」


「と、言うと?私が嘘を吐いているように見えるのか?」


「真面目に答えろ」


「…………本気だ」


「何故この国がその深度に辿り着けないどころか挑戦すらしてこなかったと思う」


「……潜ったところで旨みがない、からか?危険を冒すに値するリターンがないからだろう、違うか?」


 ゴーダの答えはとても簡単だった。


「いいや違う、怖いからだ」


「……は?」


「海は空と違って何も見えない、表層はまだ明るいが、深海と呼ばれる中深層から暗闇の世界になる。遥かな昔から人間という生き物はこの暗闇に対して強い忌避感を抱いてきた。それはどれだけ世代を積み重ねても拭いきれない恐怖心となって儂らの心に住み着いておる。いいか?深海に潜るということは原始的な恐怖と戦うことになるんだ」


「それで?」


「それだ、その恐怖心に打ち克つだけの原動力がチームになければすぐに計画が頓挫してしまうだろう、そしてそのチームの心臓はお前さんだよピメリア」


「……………」


「もう一度訊くが、本気で一二〇〇〇メートルに潜ろうってんだな?」


「ああ、そのつもりだ」


「港から逃げ回って腐っていたのにか?」


「他人から逃げるようなことはあっても自分の気持ちから逃げたりはしないさ」


「チームの皆を自分のエゴに巻き込むというんだな?」


「そうだ」


「そのエゴに人の命が乗っかってもまだ同じ事が言えるのか?」


「…………」


「────よしいいだろう!!」


「っ?!」

「はっ!……もう、びっくりした……」


 今の受け答えの何が良かったのか、ゴーダが唐突に雷を放ったので私もグガランナもびっくりしてしまった。


「何が?何が良いんだよ、お前の話を聞いてこっちはビビってんのに……」


 人の命が私の我が儘の上に乗っかる、面と向かって言われて初めて気付かされた。それぐらいの危険が伴う計画だった、下手をすれば今回の作戦で誰かが──だが、ゴーダが良しと言ったのには理由があった。


「それで良い!人の命がかかった時にはビビる!それぐらいの慎重さがなければ達成はできんだろうさ!」


「ああ、そういう事……なら、」


「ああ!このゴーダ・カズトヨ!お前さんが望む探査艇を作ってやろう!」


 その返事は否応なく私を奮い立たせた。



✳︎



「…………」


「…………」


「いや、もう、何なん?何なの?用事があって私の所に来たんでしょ?何で黙ってんのよ」


「……ラハムは今、とても悩んでいます。その事をジュディさんにご相談したく……参りました」


「あっそう……まあ、とりあえず中に入りなさいよ」


「失礼致します」


 何なん?今ちょうど衣装作りが佳境を迎えているところだってのに...

 突然やって来たラハムを家の中に招き入れた、こいつも随分と人間臭くなったものである。


(いやマキナとかいう存在について良く分かってないけど)


 少なくとも初めて会った時と比べて、と言えばいいのだろうか。

 ラハムを広いリビングのテーブルに座らせ私はキッチンに立った、やかんに水を入れて火にかけている間コップを取り出して珈琲の準備をする。昨日と今日も会社は休みなので趣味に全力投球してしまった、つまり夜通し。


(そろそろ寝よ)


 これ飲んで適当に話を聞いて──淹れてあげた珈琲をラハムに渡すと、


「ラハムは飲めません」


「──あ、そういえば──てかさ、私が用意している時に何で言わなかったの?」


「ふぅ……そうですね、それはラハムの悪いところだと思います」


 その言い方にイラっときた。


「…………で、何、相談したいことって」


 私は気が短い、この時点でもう八割方キレていた。


「はい、結論から言うと、満たされていても決して幸せとは言い切れないんだと思いまして………」


「で?」


「ナディさんのことで少し相談が……」


「ナディ?あの優しい子で悩む事があるの?」


「はい……もう決して短くはない時間を過ごして分かったことがあるのですが……ナディさんは優し過ぎるんです」


「…………」


 ──ああ、そういうこと。悩んでいる割にはお澄まし顔だったのが気になったけどそういうこと。


(こいつ……わざわざ私の所に来てまで自虐風自慢をしに来たわけ?良い度胸してんじゃないの)


 ラハムに墓穴を掘らせるため質問した。


「で、具体的には?」


「そうですね……沢山あるのですが、ラハムを困らせないところでしょうか。普段はラハムに家事をやらせているのですがきちんとお礼も言ってくれますし、何なら頼んでもないのに色んな物を買ってきてくれるんですよラハムの為に。でもそうじゃない、ラハムはもっとナディさんの為に尽くしたいのに……尽くせば尽くす程その願いが遠のいているような気がするのです」


「…………」


 イタい、ただただイタいけどぐっと堪えて、


「それはつまりナディと一緒にいるのが苦痛だってこと?」


「え?」


「そういう事でしょ、自分が満足に過ごせないってことは苦痛を感じてるってことなんでしょ」


「え?何でそうなるのですか?ラハムの話を聞いていましたか?」


 カチンと来ていた頭にその言葉は導火線に火を付けたのも同義だった。


「あんたねぇ……というか私の所に良く来れたわね、気が短いの知ってんでしょ?自慢したいのなら相手選びな」


「いやいや自慢だなんてそんなっ」


「笑ってんじゃないのっ!──いいわ、今からここにナディを呼んであげ─「ちょ!それは待ってください!」─はあ?何でよ、今からここに呼んできちんと話し合いをすれば良いでしょうが、優し過ぎるあなたと一緒に暮らしているのが苦痛ですって─「そんな事言えるわけないじゃないですかっ!それにラハムはジュディさんにお話しがっ─「もしもし?ナディ?あんたんとこの居候が─「あああっ!!!」


 ぶわんとラハムの手が伸びてきたけどそれをひょいと躱して逃げ出した。


[え?今誰かと一緒にいるんですか?あのジュディ先輩が?─「あ゛?」─さ、さーせん……それで居候がどうって……「ラハムよラハム、あんたの事で相談したいことがあるってうちに来てんのよ」


 ナディが素っ頓狂な声を上げた。


[ええ?ラハムが?今日は確かアルバイトだって言ってましたけど……]


 リビングを走り回り、会話に集中できなかったので衣装部屋に避難し鍵をかけた。外からどんどんとラハムが遠慮なく扉を叩いている。


「ジュディさん!ジュディさん!本当にっ!本当にこれ以上はっ!」


「うるっさいのよ!あんた今日はアルバイトだって嘘吐いたんでしょうが!」


 あああ!と叫び声を上げている。


「あんた今からこっちに来れる?」


[はい、すぐに行きます]


 ナディと話し終えて電話を切り、途端に静かになった廊下に出るとラハムが膝を抱えて蹲っていた。意味が分からない。


「今からこっちに来てくれるって」


「……………」


「あのさ、あんたはただ恵まれている環境を自慢したかっただけなんでしょ?私悩んでます的な雰囲気出してたけど、それ死ぬほど鬱陶しいからもう止めた方がいいよ」


「…………分かっているんならどうしてこんな酷いことをラハムにしたんですかナディさんにどんな顔をして会えばいいんですか!」


「うわぁ逆ギレ……」


「散々ラハムを馬鹿にしてきた筆頭株主ジュディさんに自慢して見返したかっただけなのにぃ!」


(いやほんと、こいつもまあ随分と人間臭くなったわね)


「あんたね……そんな事する暇があるなら自分磨きでもやったらどうなの?」


「ジュディさんに分かりますか!毎日毎日誰からも相手にされなかったラハムが毎日毎日ありがとうって言われるようになることが!ちょっとぐらい自慢してもいいじゃないですか!!」


「それでナディを困らせるの?」


「────はっ」


「ま、もう遅いけどね。ナディが来たら覚悟しておきなさい。それから、あんたの為にすぐ来てくれるナディの思い遣り、最後だと思ってしかと受け止めなさい」


「────」

 

 顔面を蒼白にしてラハムが固まった、ようやく事の重大さに気づいたらしい。

 だが、すぐに行くと言ったわりにはなかなかやって来ず、蒼白を超えて土と大して変わらない顔色になった時ようやくナディが現れた。それも複数人を連れて。

 そして私も巻き込まれていくのであった。

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