第十七話 嫌いな街で、一番好きな場所
17.a
「…」
「…」
「…」
今、私達は街の博物館へと来ている。グガランナが服を買ったショッピングモールから、地下鉄で三つの駅を過ぎた所にある。地下鉄の出口を出てすぐ、博物館と同じ敷地に作られた自然公園を抜けて、堂々とその建物がある。他の建物と比べて、博物館はどこか古い作りをしているように思う。使われている素材も鉄やコンクリートではなく、木材を使っているらしく長い間雨に打たれて所々が腐っているように見える。
中に入るのは初めて、今まで興味が無かったのでとくに来ることもなかったのだが、せっかく二人が街に来たので見学して行こうとなったのだ。
展示されているのは、この街ではすっかり見かけなくなった、動物や、マギールさんの家の近くの流れていた川にいた魚、それに昔は駆除に苦労したという小さな虫、昔の人が使っていた文字、今となっては失われてしまったものがたくさん展示されていた。
「へぇー…こんなにあるんだね、知らなかったよ」
「…アヤメは、博物館は初めてかしら?」
少し元気が無いグガランナが、私に尋ねてくる。
「うん、興味があまり無かったから、でも中層で見たビーストに似た生き物が、たくさんいるね」
そう、博物館には、あのエリアで襲ってきた狼や、噴水にいたライオン、アマンナと廃墟へ出かけた時に見たのはハチドリ、と言うそうだ。他にも、川で見た魚はたくさんの種類があったらしく、数えきれない程の写真が展示されている。
「あ、アヤメ達は、どうやってご飯を食べているの?動物達がいないんだよね?」
少し他人行儀で、アマンナが私に聞いてくる。
「ご飯は全部、カリブンで作っているんだよ」
はてな顔の二人を、近代展示場へと連れて行く。私も初めてだが。
一階が古代展示場で、さっき見た動物達が展示されていて、二階が近代展示場と呼ばれる所でこの街が作られてから発明された物が展示されている。
電気自動車だったり、ペーパーブックだったり、やっぱり一番の目玉はカリブン・ストーブだと思う。一階とは違い、少し洗練されたフロアにはあまり人がいない。それもそうか、日頃使っている日常品をわざわざお金を払ってまで、見にくる人はいないだろう。
「あ、これ、さっき乗せてもらったアオラのやつだ」
「本当ね、アオラさんの方がもう少し大きかったと思うけど」
電気自動車の前で話し始めた二人、一階では見向きもしなかったのに...あぁ、二人は中層にいたから見慣れていたのか。納得。
「電気自動車の他にも、液体燃料で走る車もあるんだよ」
「…」
「…そ、そうなのね、知らなかったわ」
よそよそしい...何かしたかな私。
自動車に釘付けの二人を連れて、今度はペーパーブックのコーナーにやってくる。これはいつも見ている物なので、全く興味がない。けど、二人は違ったようだ。
「うっすーーーーい、何これただの紙じゃん」
「本当ね、触ってもいいかしら?」
「うん、いいよ」
グガランナが手に取ってまじまじと見ている。アマンナはそのまま折り紙のように畳んでしまっている。
「こら!壊れたらどうするの!」
「え?でも耐久性は折り紙付きって書いてあるよ?だから畳んだんだけど」
「そういう意味じゃないわよ!いい?これ…」
後半は、アマンナに耳打ちをして何を話しているのか分からない。けど、アマンナの視線は私だ...え、何?まさか私のこと?
「大丈夫だから、ほら、これ見て」
何だか嫌な気もするが、無理やり気持ちを押さえ込んで二人にポケットから出した、私のペーパーブックを見せる。表示されているのは、ここの博物館の位置や、入場時間が書かれた案内である。端っこをタップすると表示されている内容が消えて、また新しいデータを落とせば好きなように表示することができる。
「あ、えぇ、そうねアヤメも見ていたわね、ごめんなさい、来るのが初めてだから、気づかなかったわ」
「わ、わぁーほんとだね」
...さっきのお店で、私が二人を無理やり連れて行った事を怒っているのかな、怒る?いや怒るか、まだまだ見て回りたそうにしていたのに、私が嫉妬してしまったから。
ぎこちない雰囲気のまま、一番の目玉であるカリブン・ストーブの前へとやってくる。この街で生活ができるのは、このストーブのおかげだ。
「?なんですか、これ」
ケースの中に置かれたカリブン・ストーブは、四角の箱の形をしている。さらに箱の上には筒状のものが伸びており、途中で切られているので中が見えている。蓋を開けた中には、何も置かれていない空間と使い終わったカリブンを収納する小さな棚がある。
「何も置かれいないところに、カリブンって呼んでる燃料をセットするんだよ」
「燃料?ってことは、燃やすのかしら」
「そう、燃やした時に出る煙を、箱に付いてる煙突から外に逃してあげるの」
「ほぇー、じゃあ建物からあがってる煙って、こいつだったの?」
「そうだよ、ストーブが無かったら電気も使えないからね、家にもお店にも、どんな所にもストーブがあるんだよ」
さらに、ケースの中には三種類のストーブがあり、小型が家庭用、中型がお店用、大型が工業用とそれぞれの場所に応じて使い分けされている。
「これがその燃料だよ」
展示用の模型だろう、本物と違って甘い匂いがしない、正方形に加工された灰色のカリブンを二人に見せてあげる。
「ほぇー、これを燃やすと電気が作れるの?なんで?」
「…何でだろうね、よく分かんない」
「…そ、そっか、アヤメも知らない事があるんだね!」
何その気づかい。少し傷つく、すると博物館の方が私達に声をかけてくれた。
「それはですね、熱の力を電気に変えているからですよ」
「わ」
「それは、どうやって変えているのですか?」
一言も喋らなかったグガランナが、案内係の人に質問している。
「下に、使い終わったカリブンがありますよね?燃やしたカリブンと使い終わったカリブンは温度差が違います、その温度差を利用して電気に変えているのですよ」
「ほぇーーーよくできてるね」
「このカリブンは勢い良く燃えたりしないのですか?」
「はい、不思議とカリブンは一定の温度になると燃焼が収まるんですよ、まだ解明はされていないのですが」
「ほぇーーーーー危なくないですか」
「えぇ、本当に、原理が分かっていないものを使うだなんて、もしものことがあったら…」
「それを言われると耳が痛いのですが…」
「耳が痛いの?お医者さんに見てもらったら?」
「そういう意味じゃないわ、アマンナ」
仲良く会話を始めた三人。子供っぽいなと自分を馬鹿にするが、もう我慢できなかったので、二人を置いて休憩スペースへと一人で向かう。
...............連れてくるんじゃなかった。
✳︎
「見つかった?!」
「いいえ、どこにもいないわ!」
「もうこのバカランナ!バカランナのせいだからね!」
「なっ、バカランナと言うのはやめてちょうだい!」
やってしまった、アヤメに気を使わせないように振る舞っていたつもりだった。博物館の人と話し込んでしまい、お連れの方が見当たりませんよと言われるまで気づかなかった。
そもそもグガランナが余計なことを言うから!真に受けたわたしも悪いけども!
博物館は広い。何でこんなに広く作ったんだアヤメが見つけられないだろ!初めて来たので、何が何やら、どこにいるのかさっぱり分からない。
「ねぇ!さっきの人に探してもらうの手伝ってもらおうよ、わたし達だけじゃ無理だよ!」
「そんなっ、アヤメのことは二人だけで見つけないと!アヤメに失礼じゃない!」
「こんのバカたれ!アヤメの前で失言しないように、極力会話は控えましょうって言ったの誰だ!」
「私の提案にのったのはアマンナでしょう?!アマンナもバカよ!バカンナ!」
ぬぁんだとぅ?まさに一触即発の状態の時に、博物館の人が声をかけてきた。
「あぁよかった!お連れの方を見つけましたよ」
どうやらこの人は、わたし達のことを心配して防犯カメラでアヤメを探してくれたそうだ。アヤメは館外にある休憩スペースで一人でいるらしい、どうりで見つからないわけだ。
急いでアヤメの元へ向かう馬鹿二人、わたしもだ、グガランナが口にした言葉に気が動転してしまい、まともな判断が出来なかった。あんなことさえ言わなければとグガランナを呪うがもう遅い。
動物達の模型を抜けて、エントランスへとやって来た。けど、博物館の出入り口は人だかりができていた。皆んな、どこか不安そうで、焦っているようにも見える。
「アマンナ、あれは何かしら?」
グガランナも異変に気づいたようだ、それにあれは...鉄格子?
「もしかして、皆んなこの博物館に閉じ込められたんじゃ…」
わたし達が入ってきた、中世をモチーフにしているお城のような入り口が、鉄格子のせいで使えなくなっているのだ。
「大変ご迷惑をおかけしています、もうしばらくお待ち下さい!」
博物館の人だろう、さっきアヤメのことを教えてくれた人ではない、女の人が一生懸命頭を下げている。何だか可哀想だ。
「本当に申し訳ありません、お連れの方を見つけた時は、異常は無かったのですが...」
さっきの人がわたし達に追いついたようだ。その顔はとても申し訳なさそうにしている。
「何かあったのですか?他に出入り口はないんでしょうか…」
お、たまには良い事を言う。けど、入り口前の人達が動かないということは...
「いえ、それが電気系統のトラブルで館内にある全ての出入り口が、使えないのです」
「調べてもないのに?どうして分かるの?」
「それが、初めてではないのです、ここ数ヶ月の間にトラブルが多く発生するようになってしまって、」
「原因は?分かっているのでしょうか、」
「はい、ここ最近カリブンが値上がりをし続けていて、この博物館に必要な量が手に入りにくくなっているのです、恐らくは館内の防犯対策用に割り当てた機械が、電力不足でシャットダウンしたのが原因かと」
この博物館は貴重な物も多く、防犯対策が十分でないと判断された時に、館内を全て一時的に封鎖する仕組みになっているそうだ。理にかなってはいるけど...
「中に人がいても開かないの?」
「いえ、むしろ何か盗まれてしまった時の対策ですので、開けるのは難しいかと…」
聞いてて思った、そりゃそうだ。勝手に物を運び入れる人なんていないだろう、その逆で物を勝手に持って行く人の方がいそうな気もする。
鉄格子の前で、手に持つ箱に向かって叫ぶ人もいれば、可哀想な博物館の人を怒っている人もいた。誰も彼もが、険しい顔をしていて、とても友好的には見えなかった。人間には、こんな一面もあるんだと、少し悲しい思いでグガランナと一緒に眺めていた。
17.b
「遅い…まだ見てるのかな」
館外に設けられた休憩スペースに来て、もう二時間近く経っている。それなのに、あの二人は一向に姿を見せない。時間は夕暮れ時、建物や私の影が地面に長く伸びている。周りにちらほらと見える人達は誰かと一緒だったり、携帯端末を片手に急いで歩いている。私と飲み干した空き缶だけが、休憩スペースに取り残されていた。
(いや…私が置いてきたわけなんだけど…)
アマンナやグガランナが、他の人と話をしているところを見ると、落ち着かない。今までなら、人間は私だけだったから気兼ねなく甘えたり、怒ったり、たまにはやつ当たりをしてしまっても平気だった。
けど、街に戻ってきてアマンナ達が私以外の人と接して、もしその人に関心が向いてしまったらと思うと、胸がきゅうとなって苦しくなってしまう。自信がないのだ、私には。エレベーター内の休憩室で、私なり何かしてあげようと決意はしたけど、結局はあまりできていないような気がする。
(…怒ってるかなぁ、そりゃ怒るよね…)
またやってしまった。ナツメにも子供だ、と言われたのに、気を使ってほしくて黙っていなくなってしまった。一声かければいいのに、それすらもしたくない程に怒っては、いた。
「はぁ」
もう何度目になるか分からない溜息をつく。この時間帯は肌寒くなるので、息も少しだけ白くなって、空へと上っていく。すぐに消えてしまった私の息を目で追いかけていると、知らない女の人が私を見つめている事に気づいた。
(?!びっくりしたぁ…あれでも)
亜麻色の髪をサイドテールにしている、切れ長の目で少しクールに見える女性。服装は、少しおかしい。おかしいと言うのは、あまりこの街では見かけない服装だからだ。どちらかと言えば、アマンナ達と似ているような気がする。
「…こんな所で一人かしら」
声は少し小さく、まるで怯えているよう…はさすがに失礼かな。
「はい、あの二人ならまだ博物館にいますよ」
私の隣に置いていた慰め相手の空き缶を手に持つ、すると女性が空いたスペースに替わりに腰をかけてくれた。
「…久しぶり、でもないかしらね、ついこの間のようにも思えるし」
「そう…ですね、あの時は少ししかお話できませんでしたから」
冷え切った慰め相手を見つめながら話しをする。エントランスホールの仮想空間でも、一度話したことがあった。
あの時、コウモリ型の像に触れて視界が晴れた先に、この女性が私の前に立っていたのだ、名前はティアマト。アマンナ達と同じマキナの方で、仮想空間の中で会った事は、あの二人には秘密にして欲しいと頼まれていた。理由は分からない、尋ねようとした時に仮想空間が閉じてしまったからだ。
「あの…ティアマトさんも何か、飲みますか?あ、飲めないんでしたっけ」
この時間帯は冷えるので、何か温かい飲み物を買ってこようと思ったのだが、アマンナ達が食事ができない事を思い出した。だが、
「…せっかくだから、貰ってもいい?食事はできるから、心配しないで」
「あ、はい、それなら一緒に行きましょう」
「…ありがとう、こんな私のために」
「?」
聞こえなかったわけではない。何故、そんな事を言ったのかよく分からなかったので返事ができなかった。
ティアマトさんと一緒に、まだ温かい慰め相手がたくさんいる販売機へと目指した。
✳︎
き、緊張する。変な事言ってない?大丈夫かしら...
何故か一人で休憩スペースにいたアヤメ。その顔はとても寂しそうで、あのネクランナ達が見当たらなかった。これは話しかけるチャンスと思い、近くまで来てみたはいいものの、何を話せばいいのか分からないまま一時間近く経ってしまった...ヘタれにも程がある私。
せっかく残り少ない、溜め込んできたナノ・ジュエルを使って人型のマテリアルを造ったのだ、このままでは無駄になると思い、意を決してかけた言葉が今は一人なのって...見れば分かるでしょ!もっと気の利いた言葉はなかったのか、これではネクランナに遅れを取ってしまう。
「あの、ティアマトさんは寒くないんですか?」
頭の中で、今までの発言内容を自己採点しているとアヤメに声をかけられた。寒くはないのって、何て気の利いた言葉なんだろう。見習え私。
「…えぇ、寒くはないわ、あ…なたこそ寒くはないの?」
名前を呼ぶのって...緊張するのね。アヤメと呼びたかったが、気安く呼ぶにはまだまだお互いを知ってからでは、と謎の線引きをしてしまった。
「少し…寒いです、アマンナにコートを貸しているので」
っくしゅんと、くしゃみをしている。私の服を貸してあげたらいいのだが、この一枚しか上着が無い。脱いでしまうと半裸になってしまうのでさすがに貸すことができない。
自動販売機の前に辿り着いた私達は、それぞれ温かい飲み物を買う、もちろんアヤメのお金で、あれ?私施しを受けている?いつか絶対に返さないと。
「…ありがとう、温かいわね、この飲み物」
「私は二本目ですけどね」
辺りはすっかり暗くなってしまった。私とアヤメを照らしているのは、街頭が一つだけ。その灯りも何だか心許ないような気がする。くっきりと私達二人の影を地面に写しだし、灯りが届かない所は暗くて何も見えない。まるでアヤメと私、二人だけの世界になったようだ。緊張する。
「あの、質問してもいいですか?」
「…ええ、いいわよ」
「どうして、アマンナ達に秘密しないと駄目なんですか?仲が悪いんですか?」
はっきりと聞いてくるわね。私はてっきりあの女の子の事を聞いてくるとばかり、
「…いいえ、そんな事はないわ、そうね言うなれば、これは意地かしら」
「意地…ですか?」
そう、意地。先を越されてしまったネクランナに対する意地、私も人間と仲良くできるという意地。
下層にいた頃は、あれだけ馬鹿にしていたのだ、グガランナの事を。もっと色んな事を知りたいと、できれば人間とも関わってみたいと、私はできっこないと散々馬鹿にしていたのだ。
「…私とネ、グガランナは昔からの知り合いのようなものなのよ」
「えっ?!そうなんですか?!」
凄い食いつき、少し気が大きくなる。
「そうよ、彼女の事なら何でも知ってるわ、良ければ教えましょうか?」
「あー、でも二人の帰りを待たないと、でも、聞いてみたいですし…あぁ、」
困ったぁと頭を抱えるアヤメ、ある事ない事吹き込んでやろうかしら。
「それなら一つだけ、彼女はね、詩を作るのがとても好きなのよ、あとは唄とかも」
「…そうなんですか?何でそんな事知ってるんですか?」
「だって、彼女のナビウス・ネットに保存されているデータを見たもの、読んでいるだけで私が恥ずかしくなったわ」
「…それって確か、他のマキナには接続できない、体内にあるネットの事ですよね?どうやって接続したんですか?」
しまったそうだった、盗み見たのがバレてしまう。
「それはもちろん!み、見せてもらったからよ、私だけの秘密だからってね!」
「…聞いた私が言うのも変なんですけど、それ言っても大丈夫だったんですか?」
あぁ!視線が!視線が痛い!どんどん墓穴を掘ってしまう。けれど、アヤメはそのまま考え込んだかのように黙ってしまった。上げた顔は、さっき見せていた寂しそうな表情をしていた。
「あの、グガランナって、その、怒ったり、嫌ったりするんでしょうか…」
「……何か、喧嘩でもしたの?」
もう失言しないように、今まで以上に慎重になって言葉を選ぶ。
「はい…私以外の人と仲良くしているのが、我慢できなくて、それで黙って別れてきてしまって」
「……それはあなたが悪い事をしたんでしょ?グガランナじゃなくても怒ると思うわ」
「うぐ、そう…ですよね」
「……けど、グガランナはさっぱりした奴だから、きちんと謝れば許してくれると思う」
「きちんと、言わなきゃ…駄目ですかね?」
「当たり前でしょう、仲直りしたいんじゃないの?」
「うぅ…言いたくない…」
「あのねアヤメ、私だから言うけど、会話ができるならきちんと自分の思いは伝えるべきよ、分かってくれるだろうは伝わらないから」
そうだ、伝えたい事があるなら言葉にすべきだ。あの時、中層へ行くと言ったグガランナに本当は私もついて行きたかった、けど、言葉にする事ができなかったのだ、恥ずかしくて。あれだけ馬鹿にしたのだ、自分から行きたいとは言えず、グガランナなら私を誘ってくれるだろうと期待してしまった。結果はこの様、本当に後悔した。
「ぐぅ…」
「アヤメ?ふざけてるの?それ、ぐぅの音も出ないって言いたいの?」
「す、すみません」
意外とこの子って状況読まずにふざけるのよね。
いや、こんな事をしている場合ではない。私はアヤメにお願いしたい事があって会いに来たのだ。
「アヤメ、あなたにお願いしたい事があるの」
「は、はい、何ですか?」
「第三区まで来てくれない?困っているのよ、力を貸してくれないかしら?」
17.c
何故あそこに彼女がいるのか理解できない。いつの間に?それに、アヤメも何だか親しそうに話しをしているし...
やっと博物館の鉄格子が開き、アマンナと急いで休憩スペースに来たものの、そこにアヤメの姿は無く、辺りを捜してようやく見つけた。と、思いきやまさか、ティマトと一緒だったなんて...
アマンナはダウンしている、気持ち的に。
「…うぅ、アヤメが遠くに行っちゃう…」
「おバカ、目の前にいるでしょう!」
けれど、小声で話しをしている自分が何だか情けない。何を話しているのだろうか、というかあの二人はいつの間に仲良くなったのか...
[何?覗きかしら、相変わらず変な趣味しているわね]
突然彼女から通信が入った、びっくりした。
[ティアマト、あなた、通信ができるなら何故今まで連絡してこなかったのよ]
ティアマトが最後に示した反応は第三区からだった、つまりはアヤメの目的地でもある。それに、アヤメにはティアマトと会う理由があった。
[色々とあったのよ…ねぇ、グガランナ、この子もらってもいいかしら]
[なっ]
何を、それにもらうって、
[この子に聞いたわ、マギリという女の子について、私ならアヤメに答えてあげられるし、それに私のオリジナルに連れて行けば、マギリに会わせてあげることもできるしね]
[そ、だっ、だからと言ってもらうだなんて言い方!]
[あなた達はこの子の役に立てるの?]
[…]
何も言い返せない自分が情けない。さっきからアマンナと小声で話しているのも、アヤメとティアマトが一緒になっている方が、自然に見えてしまったからかもしれない。
[それに、あなた達アヤメと喧嘩したんでしょう?この子怒っていたわよ、自分以外の人と仲良くしないでほしいって]
.........それ、聞いていいのかしら。
[謝りたいけど恥ずかしいって、私があなたの昔話をしてあげると言っても、二人の帰りを待つと言って聞かないのよ]
...............あぁ、こんな状況でも喜んでしまう自分が、さっきとは違う意味で情けない。あと、ティアマトには後で説明しておこう、相談された内容はあまり人に話さない方がいいと。ましてやその本人にはとくに。
[ね、だからいいでしょう?この子をもらっていっても、きっとあなた達より喜ばせて、]
「ふざけるなぁあ!!」
[?!]
「?!」
「?!」
急に怒り出したアマンナに、アヤメを含めた全員が驚いた。
「さっきからアヤメをもらうもらうって!誰が渡すかばかたれぇぇえ!!」
「アマンナ?!それにグガランナも、」
アマンナの怒声に、私達に気づいたようだ。その表情はいつもと変わらないように見えて、少しだけ安心した。
怒ったアマンナはスイッチが入ったのだろう、ずんずんとアヤメ達の所へ進んで行く。
「アヤメ!早くこっちに来て!こんな根暗なティアマトなんかほっときなよ!」
「だ、誰か根暗よ!根暗はグガランナでしょ!」
「根暗が詩を読むわけないだろ!」
「何言ってるのよネクランナだから読むんでしょうが!」
何であの二人は知っているのかしら、後で問い質そう。喧嘩を始めた二人を眺めているアヤメが困ったように、でもどこか楽しそうに微笑んでいるのが見えた。
...ちゃんと謝らないと、何故あんな事をしてしまったのか、今からそれを思うと機が重い。
✳︎
「は?それが理由であんなによそよそしかったの?」
「ええ、その、何と言えばいいのか…」
「ごめんなさい」
二人から、博物館での態度を聞いてみた。どこか他人行儀で私はとても嫌だったと、それなのに案内の人とはとても楽しそうに話しているのが嫌だったことも。
理由を尋ねてみれば...
「私の家にあげてもらえないって…迷惑かけられたぐらいでそんな事しないよ…」
「ほらぁ!だから言ったじゃん!アヤメはそん事しないって!」
「私、アマンナの態度が一番傷ついた」
「ごめんなさい」
ティアマトさんとは別れて、また地下鉄に乗り私の家の近くまでやってきている。場所は、ショッピングモールや博物館があった所から少し遠い。私の家がある住宅街は、買い物をする時は不便だが、静かなので気に入ってはいる。ただ、この臭いだけは...
「う、このにほいは、あやへのつめほでもはいた…」
アマンナが鼻を摘みながら喋っているので何を言っているのか、少し聞き取りづらい。
「アマンナー?何言っているか分からないよー?」
「うはぁ、やめへやめへ」
摘んでいる手を無理やり離そうとするが、よっぽど嫌なのだろう、抵抗している。
「でも、少し違うような…?」
「あれ、グガランナは平気なの?」
「いえ、臭いのは臭いけど、今はそれよりも…」
あぁ、私の家が気になっているのか、そんなに?そんなに気になるの?とくに楽しめるような物は何も無かったけど、来てがっかりしないかな。
地下鉄の駅を上ってすぐ、よく買い物をする小さなスーパーを通り過ぎる。この住宅街に一つしかない、誰も遊んでいない公園の辺りから勾配が少しキツい坂があるので頑張って登る、隊の任務でヘトヘトになって登っている時はよく恨んでいたが、今は二人が一緒なのでそこまで苦しくはなかった。坂を登った辺りに私のアパートがあるけど、今日は二人を連れて行きたい所があるのでそのまま通り過ぎる。
「ねぇアマンナ、そんなに我慢ができないなら、明日マスクを買いに行く?」
「ねぇ、あやへ、わたひもがはんでひないわ」
さっきは平気だと言ったグガランナが、鼻を摘みながら私も欲しいと言ってきた、何だかおかしくて笑ってしまった。
「それじゃあ、皆んなで買いに行こうか」
「すんすん、あーでもこの辺りなら少しだけ、平気かも」
「うん、私も用水路の臭いは嫌だから、マシな所を探してたんだ、それでここを見つけたの」
「この臭いは何?鼻が取れそう、というか鼻いらない」
「ほんとだね、この臭いはカリブンだよ」
使い終わって、廃棄されたカリブンは地下に送られる。地下で細かく分解されて薬品で溶かして水に流すのだ。いくら火を付けても燃え尽きる事がないので、処分することができない、そのため臭いがなくなるまで街中を用水路で循環させているのだ。その後のことは分からない、私達の飲み水なっていないことを祈るぐらいしかない。
「あー、あとどれぐらいで、着くの?アヤメのお家」
「ん?さっき坂の登った所だよ」
「え?!」
「そうなの?!」
「じゃあどうして、やっぱり私達を入れるのは嫌だったかしら」
少し慌てて言うグガランナ。
「違うよ、せっかく二人が来たんだからさ、見せたい景色があるんだよ」
そう言って、二人の前を歩く。
どうしてこの街はこんなに坂が多いのか分からないけど、一つだけ気に入っている場所がある。
私のアパートを通り過ぎて、車の通りが少ない道路も抜けて、左右をアパートやマンションで囲まれた細い道を歩いた先には、
「ふわぁ」
「まぁ…綺麗な景色…」
この街、私が嫌いなカーボン・リベラで一番好きな場所に出る。そこから見える景色は、主要都市を一望できるのだ。坂を登って高い所から見えるビル群は、一つ一つに夜の明かりが灯り遅い時間でも、あそこにはまだ人がいるんだと、安心することができる。左を見ても右を見ても、形も大きさも違う高層ビル群がある。頭も、心も空っぽにして眺めることができる、この景色を二人に見せたかった。
「…そ、そろそろ、アヤメのお家に…」
「そ、そうね、寒くなってきたから、風邪を引いてしまうわ、アヤメが!」
...連れて行くのやめようかな。私の好きな景色なのに。
また少し拗ねながら、二人の手を引いて私の家へと向かった。
15.d
アヤメに手を引かれながら、来た道を戻る。少し怒っているようにも見えるけど、わたしの頭の中はアヤメのお家で一杯だ。
だって、だってだよ?好きな人のお家って気にならない?わたしは気になる。雰囲気もそうだし、置いている物とか、あと何か他にも色々と...頭が回らない。マギールみたいな変な花園があってもわたしは引かない、もう決意はしているのだ。でも、あったら嫌だな...さっきからこの繰り返しだ。
坂を登ってすぐの建物が、アヤメのお家らしい、高さは他の建物と比べて少し大きいぐらいだ。入り口前の少ししかない階段を登って、入った先に小さなエレベーターがある、もうそれだけで頭がパニックになりそう。しきりに辺りを見ているグガランナとエレベーターに乗り込む、降りた先にアヤメのお家があると思うと...我慢ができなくて何故だかグガランナのお尻を抓ってしまった。
「いったぁ?!何するの!」
アヤメが押したボタンは一番上、最上階だ。エレベーターの扉が閉まり、開くまでの間はきっと、私は忘れることはないだろう。それぐらいに緊張した一瞬であった。
軽い感じの音が鳴ったと同時に扉が開く、通路は一本だけ、当たり前だ。角にある扉がアヤメのお家だそうだ、遠くないか?まだ歩くのか?そうこうしている内に着いてしまった。着いて、しまったのだアヤメのお家に。
するとアヤメが、
「あ」
「な、なに?!」
「どうかしたの?」
「家の鍵、詰所に忘れてきた」
「えーーー?!」
「こら、アマンナ声が大きいわ」
「なーんてね、嘘だよ、ちゃんと持ってるぅぅうう痛い痛いよアマンナ!」
「もう!変な冗談言わないで怒るよ!」
言う前からアヤメのお尻を抓ってしまった。変だな、おかしな癖がついてしまった。それにしたっていくら冗談でも家主のお尻を抓るだなんて...
「痛い…はい、どうぞ」
お尻を擦りながらアヤメが扉を開けてくれた、わたしが一番に入った。アヤメのお家だ、扉を開けた時から匂いで分かったしまった、あぁ...ここが...えでん...
◇
...あれ、わたしはいつの間にベッドに上がっていたのか記憶が全く無い、けど気にしない。アヤメがいつも使っているベッドだ、匂いがするなんてもんじゃない。この街に来てから何度鼻を自分で取ろうと思ったことか、けどここはアヤメのお家、いいやエデン、楽園なのだ。あの臭いから解放された喜びもあって、さっきからアヤメの枕に頭を突っ伏している。
不思議と、爽やかな匂いがした。これは柑橘系、と言えばいいのかな果物の匂いだ。てっきり甘い匂いかと思ったけど、まぁ何でもいいアヤメなら何でもいい。もう一度深呼吸をする、肺に幸せな空気が入っていくのが分かる、肺胞如きにアヤメの匂いを渡すのが口惜しいが仕方がない、吐き出すのももったいない。あれわたしはこんなに変態だったかと疑問に思った時、部屋に誰かが入ってきた。
「アマンナ、あなたやっぱり変態だったのね」
「ふぁんふぁほぅ」
文句を言われても頭を上げる気がさらさらない。
「アマンナ、こっちに来なさい」
「ふぁふぁっふぁ」
枕ごと持って行こうとしたら全力で取り上げられた。
アヤメの部屋はとてもシンプルだ。調度品も少なく、でも拘りでもあるのか統一された物を好んで置いているのが分かる。部屋全体の色も、青色や白色で、枕と同じで爽やかなイメージがある。これも意外だった。アヤメは見た目が可愛らしい、マギールの言葉を借りるならお人形さんのようなイメージがあるので、てっきり部屋もお人形さんみたいに可愛いらしいかと思っていたけど...こんな意外性ですら、嬉しく感じる。知らない一面に触れて、距離が縮まったかと思うと。これで嬉しくないなんてあるのか?
部屋を出たらすぐにダイニングだ、さっきグガランナがわんえるでぃーけーとか言っていたけど興味がなかった、いや枕の匂いを嗅ぐのに必死だったからよく聞いていなかった。やっぱりわたしは変態だな。
「久しぶりに帰ってきたよ」
「お帰りなさい、アヤメ」
「…ただいま、アマンナ」
いいなぁお嫁さんごっこ、何だか凄くいい。ダイニングに置かれた一人用のソファで寛いでいるアヤメ、着ていたジャケットも履いていた靴下も脱いで少しだらんとしていて、あくびまでしている。こんなに力が抜けたアヤメは初めてだ。その隣にグガランナが、少しだけ模様が入ったラグの上に座っている。
「アヤメと出会ってからずっと、下にいたものね、やっぱり自分の家が一番かしら」
「うん、あんまり好きじゃなかったんだけどね、この家も、この街も」
でも今は二人が一緒だから、と微笑みながら言うアヤメを愛おしく思ってしまった。わたしはね、
「わたしはね、アヤメに気づかってもらえた時からずっと好きだったよ、もちろん今もだけどね」
「…あの時は、ただの好奇心だよ、いつものビーストじゃないって分かって、それで声をかけただけだよ」
「そんな事はないわアヤメ、あなたが先に銃を下ろしたじゃない、言葉も通じない、人間でもない私達の前で」
「そうだよ、本当に優しいからそんな事ができたんだよ、わたしねアヤメで良かったと思う」
「…何が?教えてほしいな」
「初めて会った人がアヤメで、だからね、心配しないで、わたしはどこにも行ったりしないから」
「…ほんと?」
わたしを見るアヤメはまるで子供だ。寂しそうに、懇願しているように見えてしまう。どこにも行かないよ。
「行くわけないよ、アヤメの隣がわたしの居場所だからね」
「…うん、ありがとう」
安心したように笑うアヤメ。泣いた顔も、怒った顔も、どれも好きだけど、やっぱり笑った顔が一番いい、よく似合っている。
「…私ね、嫌だったんだ、隊の任務が」
「特殊部隊のことかしら」
「そう、いつも私ばかり、嫌な役目ばっかり回されて、誰にも気づかってもらえなくて、誰にも甘えられなくて」
少し苦しそうに話す、いつもならバカな話しをして場を濁すけど、今日はしない。もっとアヤメの事を知りたかったから、知らないといけないと思ったからだ。
「それに、好きだったナツメにもいいように使われて全部嫌になったんだ、何かも、隊のことも、中層に行くことも、文句ばっかり言う自分にも、だからあの時爆弾を撃ったんだ」
目線を下げて、思い出しながら話しをしてくれる。その顔に苦悶の表情はない、ただ懐かしむように話しをしてくれる。
「エリアに落っこちて、見たことがないビーストと出会って、話しかけたら何か変わるかなって、私を変えてくれるかなって、何も知らない初めて会った二人にすら、私は甘えたんだよ?」
それでもいいの、と言い終わる前にわたしは、アヤメの頭を抱きしめていた。言わせたくなかった、これ以上アヤメに気を使わせては駄目だと思った。
「うん、もちろんだよ、気にしないでアヤメ、もっとわたしに甘えてくれてもいいんだよ、気を使いすぎだって」
アヤメがわたしの胸に顔を押し付けて、嗚咽を漏らし始めた。きっと、ずっと我慢していたんだろうなと思った、言うに言えない心の内を、今日曝け出してくれた。
アヤメの頭を優しく撫でてあげる。それを珍しく黙って見ていたグガランナにも、何故だかお礼を言いたくなった。
「グガランナも、わたしのわがままを聞いてくれてありがとう」
「…」
「もう、二度と言わないからね」
「一度で十分よ、アマンナ」
本当に珍しく、優しく微笑みながら、今更伝えたわたしのお礼に返してくれた。グガランナのおかげでもある、あの時、マテリアルを造って中層へ上がろうしていたのを運良く見つけて、お願いしたのだ。わたしに割り当てられたポッドがないから造って欲しいと。最初は嫌そーにしていたけど、何だかんだと造ってくれたのだ。グガランナも十分優しいマキナだ。
それからしばらく、アヤメはわたしの胸で泣いていた。最後には、ありがとう元気が出たよと言いながら、わたしを見上げた。その笑顔も、きっと...いいや絶対に忘れることはないだろう。
✳︎
い、今がチャンス...かしら。そうね、やるなら今しかないわ。
あの後、二人は仲良くシャワーを浴びている。私は、アヤメの裸を見ただけで鼻血を出すヘタれだからと断った。とくに怪しまれることもなくすんなりと、二人に受け入れられた事が何だか釈然としないがまぁいい。
恐る恐る、寝室の扉を開ける。引き戸になっているので慎重に開けないと音が出てしまう。...さっき、家に入るなり、入ったことは一度も無いはずのアマンナが当たり前のように飛び込んだ、この寝室。アマンナを呼ぶ時に軽く入っただけでも、理性が飛びそうになった。よくもったわね私の理性。
念願の寝室いや神室。まさに神が住うこの聖域、まるでアヤメに全身を抱かれているようにさえ思える程のこの匂い。
アマンナの気持ちは痛い程に分かってしまう。本当に、この街はとにかく臭いのだ、ショッピングモールや博物館には用水路が通っていないのか、臭いはそこまでしなかったのだが、ここはひどい。確かに、アヤメに見せてもらった景色は良かったが、それどころではなかった主に鼻が。アマンナがあれだけ急かしていたのも、早くアヤメの家を見たいだけではなく、避難をしたかったのだ。好きな人の匂いを嗅いで、甚大な被害を受けたこの鼻を、少しでも回復させるためにアマンナは本能のままに神室に飛び込んだのだろう。
まぁそれはともかく、今なら誰にも邪魔される事なく匂いを堪能、ではなく鼻を回復させる事ができる。
少し、形が崩れた枕を手にする。それだけで、エモート・コアからエラー音が馬鹿騒ぎを起こすが無視する。顔をゆっくりと近づけていく、近づける度に私の鼻が回復していくのが分かる。むしろ、もう普通の空気は吸えなくなってしまうのではないかと、アヤメの枕でしか呼吸できなくなるのではないかと、危険な気がするが今更やめることなどできるはずがない。
顔をそのまま、枕に押し付ける...あぁ...鼻が...鼻が癒される...アマンナが頑なにコートを離さなかった理由がよく分かった...もうこれは無理ね、普通の空気に満足できない。深く吸い込んで大丈夫かしら、そのままリブートされてしまいそう。
終わりを迎える時は、ぜひこの枕と共にと思っていると部屋の扉が開いた。
(?!!!)
「グガランナ?何やってんの?」
アヤメが入ってきた、その顔は怪訝に眉根が寄せられている。それはそうだ、枕の主が表情だけで咎めているのに離さないのだから。慌てて前を向く、シャワー上がりのアヤメは薄着だから思わず目を背けてしまった。一瞬見えた格好は、肩から腕まで丸見えの大きめの肌着、その肌着に隠れているのか、ま、まさか履いていないのか、下は見えなかった。スラリと伸びた足が、肌着の裾から直接見えていた。それに、肌もほんのりと赤く、危険な果実を思わせた。触れて、嗅いで、口にしただけで即リブートが決まってしまうような、一度口にしてしまうとぉ?え?何この感触は、後ろから、え?アヤメが...抱きついている?え
「本人より枕?そんなに枕が好きなの?」
枕を抱きしめたまま、背中を向けていたのでアヤメの行動に気づかなかった。アヤメの細い、いつか見た艶やかな腕が私を抱きしめている。それに、背中に当たっているこの感触は...まさか、したぎもきていない?あのときみた、ちいさくも、かわいらしいむねが、わたしのせな、か、に...もうだめだ。
「…グガランナ?どうかし、いやぁぁぁぁあ?!!ちょっと!鼻血!!!枕に付いてるからぁ!!!」
大声を聞きつけて駆け込んできたアマンナに、痛い視線を向けられただけで何も無かった。あれね、時に体罰って必要なのね、叩かれもしないなんて見捨てられた気分だわ。