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第36話

.Make up③



 ──ごめんね、本当にごめんね。


 夢の中で彼女は何度も私に謝っていた。


 ──ごめん、本当にごめん、もう怒ってないよ、だから許して。


 たったそれだけの事なのに、私の胸は幾億の星が降り注いだように騒ついた。


 ──怖かったんだ、離れて行くのが、私のせいだって言われるのが怖かったんだよ、だから何も言えなかった。ずっと──に甘えてたの。


 許したい、でも許したくない、もっと私の悲しさを知ってほしい、それと同じぐらいあなたにも酷い事をしたい。

 私のせいで傷付いてほしい、私のせいで悲しんでほしい、私と同じ目に遭わないと気がすまない。

 それでも良い?こんな私だけどあなたは良いの?


 ──うん、それでも良い、その方が良い、私のせいでこんな目に遭ったんだと──の方から言ってほしい、何も言わずに去られるよりそっちの方が良い。


 どうしてか分かる?ここまで私が醜くなる理由があなたに分かる?それぐらいに好きって事なんだよ、あなたの何もかもを自分のものにしないと気が済まないの、だからここまで言うんだよ?


 ──うん。ライラの気持ち、良く分かったよ。だから──



(何それ……言ってほしいのか、言ってほしくないのか………)


 いつの間にか、私は椅子の上で眠っていたようだった。

 ここは変わらずハウィにある空軍の管制室、モニターにマッピングされた光点はルヘイの港町を最後に動かないままである。特殊部隊の彼らがどうなったのか、ここからではまるで分からない。キング中佐が言うには予定より大幅に遅れているらしい、しかし作戦に遅延は付きものだと何の励ましにもならない言葉を告げてこの場から姿を消していた。

 膝の上に柔らかい生地のブランケットが置かれていた、失礼だと思いながらも鼻に当てて軽く匂いを嗅ぐ。タイミングも悪くキング中佐が管制室に入ってきた。


「それは私の物ではないよ、そんな趣味は無い。かけてくれた通信員に後で礼を言うと良い」


「……そうですか、中佐がこんな物を持っていたらとゾッとしていました」


「ま、これは私が淹れたものだがね」


 中佐の手にはマグカップが一つ、淹れたばかりの良い香りがするコーヒーだった。

 そして、中佐はスーツ姿からパイロットスーツに着替えていた。


「ライラがうたた寝をしている間に事態が急転したよ。ルカナウア島内で紛争が起きているからとコールダー夫妻の調査を拒み続けていたんだがね、ヴルホルの街に機人軍の機体が配置されたんだ」


「………それで?」


 中佐から受け取ったマグカップに口を付けながらそう尋ねた。


「簡単な話だ、ヴルホルに同郷の者がいるからと軍事介入する手続きを取ったんだ。カウネナナイはこれに拒否する権限は無い、その逆もまた然りなんだが今はどうでも良い」


「…………ああ、特殊部隊の人たちを公式に認めたという事なんですね、それなら確かにパパたちが居なくても強硬策に出られる……合ってますよね?」


「そうだ。補足するならカウネナナイがわざわざライラの両親の居場所をこちら側に教えてくれた事になる。ルカナウアといっても複数街が存在している、その中でも取り分けて早くにヴルホルに配置したんだ、そうだと見てまず間違いはない」


「もし向こうのブラフならどうするのですか?本当は違う街に居たりとか……」


「それも今やどうでも良い。こちらとしては踏み込む取っ掛かりさえ得られたら後はどうとでもなるからだ。まだ確証はないが、特殊部隊がコールダー夫妻と接触したと判断して良いだろう。逃したくないが故に街の外に機体を配置したんだ、私はそう捉えている」


 キング中佐の言葉が胸の中を掻きむしっていった。

 パパやママたちと会えたんだ、けれどこの状況はそう楽観視できるものではない、カウネナナイはここまでして手放したくないという事だ。


(もしヴルホルに機体が配置されなければ──ああ、島内の事は自国の問題だからと介入を拒めるのか………そうか、紛争と言っても人と人との争いも含まれる──ヴルホルの街にというより、特個体が配置されたこと自体が取っ掛かりになるのか……それなら確かに島内にいるはずの同郷の者を守るためにとこっちも軍を動かす事ができる)


 寝起きにあれやこれやと忙しくなく考え事をするのはいつもの癖だった。

 もう一口だけコーヒーを含んでから中佐に尋ねた。


「もし機体が配置されなければ、私たちはパパたちが王都に連れて行かれるのを指を咥えて眺めているだけだったという事なんですね」


「……………何故、王都だと思うんだ?」


「え、紛争はウルフラグの介入を拒む為のはったりでしょう?それなのにヴルホルの街に機体を配置させるのはミスリードじゃないですか、という事は中佐が言っていた派閥間の拗れが原因だと思いますし……その拗れも王位争いが元になっているのならパパたちが政権争いに巻き込まれた………と、思ったんですが………」


 口にして段々と自信が無くなってきた、中佐があまりに信じられないという目で私の話を聞いていたからだ。

 中佐が目の色を変えずこう問うてきた。


「王都に連れて行こうとする派閥はどこだと思う?」


「え、そうですね……今回の状況を見る限りではライラバッハ側だと思うのですが……王都を離れたカルティアン側に自作自演をする体力……的な?ものは無いと思いますし、そんな回りくどい事をする暇があるならもうとっくにパパたちに取り入っているでしょ?けど、パパたちから長期滞在するって連絡はありませんでしたから……」


「分かった。もしライラの読みが当たっていたら我々の指揮官になってくれ、君は逸材だよ」


「考えておきます」


 冗談だと思って冗談で返したが、それでも目の色を変えない中佐を見てすぐさま失敗したと後悔した。


「言質は取ったぞ、くれぐれも勝手な取引きはしないように」


(あったぁ〜……本気だったのか……)


 険しい顔つきのまま中佐が車椅子を操作して私の元から離れ、出て行く間際に声をかけてきた。


「明日の朝までには決着がつくはずだ、ライラはここで吉報を待っているといい」


「はあ……よろしくお願いします。あ、くれぐれも空の上でトリップしないでください。我欲に走ったらさっきの話は無しで」


「────もう!君は堪らないなあ!最高だよ!任せてくれ!」


(え″っ)


 今の誰?表情と性格が急変したのでギョッとしてしまった。何ならサムズアップまでかまして意気揚々と管制室から出て行った。気味が悪い。


(まあ……いいか、パパたちと会えたんなら……あと少しでこっちに帰って来られる……)


 食いるように眺め続けていたモニターの群れ、緊張と不安に疲れ果てていっ時の眠りについた私は幾分か気持ちが安らいでいた。

 たとえ、夢であったとしても私は何度もナディに謝ってもらえたんだ...それにキング中佐の報告もそれに拍車をかけていた。

 こうして、風前の灯火にも似た私の夜が幕を開けた。

 


✳︎



「どうして君が王都に向かうんだい、まさかカルティアン家がラインバッハについたのかな?」


 カイル・コーダーがそう尋ね、質問を受けたナディ・ゼー・カルティアンと名乗った彼女が答えた。


(同じ名前……偶然なのか?)


「いいえ、そういう事ではありません。コールダーさん、この国にあなた方のお力が必要なのです、だからガルディアは王都に迎え入れようとしているのです」


「政敵のために君が危険をおかしていると?」


「カウネナナイの為です、この国はハフアモアのせいで根本から腐りつつあります」


「それを旦那に取り除いてもらおうって?ここまで迷惑をかけた相手に?えらい虫の良い話だな」


 お喋りクラウンが口を挟んだ、いつもなら黙れと注意するが今回ばかりは奴の批判は的を得ていた。

 口を挟まれてもナディ・ゼー・カルティアンは動揺せずに答えていた。


「それは一枚岩になれない私たちの落ち度です。ガルディアが出す指示にも富と権力が付随するので取り合いになってしまうのですよ、だから私たちは調停者にお願いしたのです」


「調停者というのは?」


「デューク公爵です、彼が唯一この国で公爵の位を持つ男です」


 彼女の背後に控える一団に視線を配る、緊張している様子は見受けられるが腰に吊るした剣を構えそうな気配はない。彼女の言う通り、コールダー夫妻を迎えに来たのだろうが...こういう時こそクラウンの出番である。


「あんたが王都からの部隊を指揮していたのか?」


「いいえ違います、私たちは単身であなた方をお迎えに来たのです」


「外でドンぱちやってんのもその公爵様の差し金か?」


「…………」


「それでおたくは兵士を引き連れて、お国を救ってくださいと問答無用で連れて行こうとするのか?お前らそういうやり方しかできないわけ?気に食わないって言葉、分かる?」


「………ええ、存じております」


 つまるところはそれだ、彼女にしろガルディアという人物にしろ、力でねじ伏せる事でしか己の言い分を通そうとしない。

 リアナ・コールダーがそっとした声音で話しかけていた。


「……ナディさん、私たちはただ家に帰りたいだけなの、娘に会いたいだけなの、それでも王都に行かなければならないのかしら……?」


「…………それが、力を持つ者の責務かと、存じます」


「へっ!手前勝手な理屈だな!はっきりと言ってやる、そこを退け、こっちだって手荒な真似で突破してもいいんだぞ?」


 押され気味だった彼女に再び光りが宿った。


「それはお勧め致しません、ウルフラグがあなた方の救助の為に軍事介入すると発表したからです、クラウン・ヒースローさん」


「………え?」


 どういう事だ...?私たちの存在は公にされないはず、だから特殊部隊として潜入させていたんじゃないのか?

 名前をずばりと言われたクラウンは泡を食ったように驚いていた。


「街の外にはヴルホルの駐在軍が展開しています、よしんばここを抜け出すことができたとしても捕まるのは時間の問題でしょう。そうなってしまえば自由とは言えない扱いを受けることになるかと、それならば私と共に来ていただければ不当な扱いからあなた方を守ることができます」


 チェックメイト、その単語が脳裏にまざまざと浮かび上がった。

 

「…………?何をなさっているのですか?」


 あとはコールダー夫妻が折れるのを待つばかり、といった矢先に不穏な空気が流れ始めた。

 ナディ・ゼー・カルティアンの背後で物静かに立っていた兵士たちが腰に吊るした剣を手に持ち始めたからだ。


「……カルティアン様、お下がりください」


「私たちを狙う者はいません、今すぐ剣を──」


 遅まきながら私たちの部隊も林の中で発生した異変を察知した。駆け抜けてきた背後、それから左手に位置する傾斜がついた木立の中にそれらが立っていた。


「──ヨトゥルのオートマタっ!!」


 クラウンの叫びが合図になり、ナディ・ゼー・カルティアンの叫びが銃撃音によってかき消された。


「ご安心を!敵対しなければ無害な存在──」


 無警告射撃によって隊員の一人が頭を撃ち抜かれた。その血を背中に受けながらリアナ・コールダーを庇い、右手の傾斜に倒れ込んだ。

 その傾斜が思っていたよりも角度があったため激しく転がり落ちる羽目になった、お陰でオートマタから距離を空けられることができたが、敵もそう簡単に逃すつもりはないようだった。

 痛む体を無理やり起こして上向けば、オートマタがボールに変化して斜面を素早く降りていた。


「──ダンゴムシみたいな動きをっ」


 腹に下敷きになっていたサブマシンガンを構える、それより早く別の角度からマズルフラッシュが発生した。


「──ラクスっ!撃て撃て撃て撃てっ!!」


 斥候に出ていたラクスだ、()()()()()()()合流してくれたお陰で何とか態勢を立て直せた。クラウンの叫びに応えたラクスが否応なくオートマタを破壊していく。


「……ああ!あの人が!早くあの人をっ──」


「即死だ!諦めろ!」


 混乱から回復したリアナ・コールダーが傾斜に向かって手を伸ばした。


「でも!私のせいでっ私のせいでっ!」


「あんたは何も悪くない!早く動かないと次は私たちだぞ!!」


 慰めている暇はない、ラクスが作ってくれた時間を無駄にするわけにもいかず、ぐずるリアナ・コールダーを無理やり引っ張りオートマタから逃げ出した。



 その後も奴らはしつこく追いかけてきた、コールダー夫妻は何度も足を取られながらも懸命に走り、手が空いている者たちがオートマタを破壊していく。悪路の際はボールに変形し素早く動き、攻撃する際は人型のそれに変わって無慈悲に襲いかかってくる、何とも厄介な敵だが装甲が紙切れ同然なのが唯一の救いだった。

 無言の中を駆け抜ける、そろそろ弾が尽きようかという時、林の切れ目が見えてきた。そして、あの団長が言っていた通り闇に紛れている川が見えてきた。今日が満月であったことを強く感謝した日は初めてだった。

 林の切れ目に添うように延びている川は、差し渡って一〇〇メートル先にある城壁と続いている、その間に遮蔽物は何もない、狙われたら一巻の終わりだ。


「クラウンこっからどうするんだ!」


「ちったぁ自分で考えろっ!」


 罵声を浴びたのも束の間、林の切れ目に到達したオートマタが銃弾を放ってきた。


「その飾りにしている銃をこっちに!撃ち方ってもんを教えてあげますよっ!」


「──言われなくてもっ!!」


 売り言葉に買い言葉、良く考えもせず文句を言ってきた隊員に投げて寄越した──


「俺とヤる時まで体力残しておいてくださいよ!」


「──お前」


「早くしろっ!!」


 銃を受け取った隊員がその場で立ち止まった、女を抱いたこともないヘタれな奴だと思っていたのに。

 足を止めかけた私を今度はクラウンが無理やり引っ張った。足をもつれさせながら懸命に動かした。

 城壁が近いようで遠い、いつ背後から撃たれるか、背後に残したあいつはどうなったのか、途端に喋らなくなったリアナ・コールダーは大丈夫なのか、それらを確認する時間も余裕もない。さらに、川の上流の方から大勢の何かが駆けて来る音が幾重にも木霊して届いてきた。

 馬だ、それも沢山、どこかの家名を表すエンブレムの旗を靡かせながらこちらに走って来る。ほんの僅かな月明かりを受けて鈍色に光る人も見えた。


「──もう、もうっ、私たちのことはっ、放っておいてっ……」


 逃げられないと悟ったリアナ・コールダーが弱音を吐いた。


「娘に会えなくなってもいいのかっ!これから先ウルフラグに帰れる保証をあいつらがしてくれると思うのかっ?!辛抱し──」


 私の怒鳴り声に近い励ましは、上空から降り注ぐタービン音によって掻き消された。


「────やあっと来やがった!遅えんだよっ!!」


 上向く暇もなくバルカン音、背後に迫っていたオートマタの群れを一網打尽にしてくれた。

 遅過ぎた到着を果たした王都の部隊がたたらを踏んだ、あとすんでの所だったがウルフラグ軍の特個体に恐れをなしたのだろう。


[立ち止まるなっ!そのまま壁の向こうに走れっ!]


 ようやく向いた空には一機の特個体、それもリー・キングという天才パイロットが在籍していた飛行隊のものだった。

 この場で乗せてくれたらと思う、クラウンも空に向かって罵声を浴びせるが、


「ここで乗せてくれりゃいいだろうがっ!このクソったれぇ!!」


[着陸は許可されていないっ!!頼むから外に出てくれっ!!]


 この場で絶対の覇者たるパイロットの声に焦りが滲んでいる、何故?すぐに分かった。

 ヴァルキュリアの機体だ、ヴルホルの上空で旋回行動を続けていた二機のヴァルキリュアが近くにいるのだ。このパイロットはそうだと知りながら私たちの窮地に駆けつけてくれたのだ。

 目下の危機が去ったと知るや否や、空軍の特個体がすぐさま上昇を開始し、吹き荒れる風を浴びながら一目散に壁へと向かっていった。

 街中から続いていた川は城壁に作られた排水口を通じて外へと流れていた。その排水口には簡単な柵が設けられているだけで、体を濡らす羽目になったが難なく抜けられることができた。

 抜けて早々、クラウンが携帯を取り出し連絡を取っていた。


「クラウン!こちらクラウン!夫妻は無事!ヴルホルの外に出られた!ざまあみろだ!助けてくれたパイロットに礼を言っておいてくれ!助けてくれたのに喧嘩を売っちまったよ!」


 それはもう上機嫌な声だ、私も似たような事を言っていただろう。

 出てこられた街の外は私たちがやって来た方角と随分と違う、広い平原部もないし向こうには闇に飲まれた森が広がっていた。これから港町まで徒歩で向かうのか──けれど、川べりに一台の馬車が停められていた。


「あれは自警団のマーク!彼が準備してくれたのか!」


「それなら話が──おいおいおい……」


 あった、移動する手段は幸運にも用意されていた。だが、その馬車の川向かいには計六機もの特個体が駐機されていた。

 カウネナナイで良く見るものでも、ましてやウルフラグのものでもない。モノアイの頭部に簡略化された装甲板、それから飛行ユニットは早期警戒機と似た円型のレーダーを装着している。

 薄暗い、月明かりの下でも先頭に駐機されている機体のマークが目に入った。ベルに似た花と、小さな蕾をつけた野草みたいな花だ、名前は分からない。

 機体のハッチが音も無く開いた、中からパイロットが現れ────


「え」


 間抜けな声が出たと思う、他人事のように自分の耳に入ってくるのを感じた。


「お久しぶりですねシュタウトさん!元気にしていましたか?」


「……………………何で、何でお前が……」


 私の呟きが届いたのかは分からない。


「あれ、もっと感動してくれるのかと思ったんですけど!私のこと忘れたんですかあ!」


 機体の肩に描かれたベルの花により小さい女の顔は、確かにあの時死んだはずの──オリーブだった。

 こちらに聞こえるよう口に手を当てながら大きく手を振っている、ご自慢のポニーテールも大きく揺れていた。

 動揺し混乱し、固まってしまった私や動けないでいる皆に向かって、こちらの不安を見透かすようにこう言った。


「安心してくださーい!私はどこのグループにも入っていませんからあ!それより早く逃げないとマズいですよお!」


 金縛りから真っ先に解けたのはクラウンだった。


「……おい、あいつは……」


「いいから行くぞ、早く!」


 ついで私も金縛りが解けて、オリーブに似た女に背中を向けて動き出した。

 馬車の操縦は再びクラウンに任せ、幌付きの荷台に乗った途端勢いよく走り出した。暫くじっと特個体を眺めていたが追いかけてくる気配もなく、あの女もコクピットに入っていたようだった。

 知らず知らずのうちに大きく息を吐いていた、全身の力が抜けて何もかもがどうでも良くなっていく。それでも、さっきの衝撃にも似た出来事は今なお私の全身を揺さぶり続けていた。


(どういう事なんだ……本当にあいつだったのか?そんなはずはない……あの時死んだはずだ、私を庇って死んだはずなんだ、それなのにっ何だあの顔はっ)


 どこまで私を──引っ掻き回せば気が済むんだっ!

 胸の奥底に眠っていた感情、それが間欠泉のように噴き出し周囲の景色や自分が置かれた状況が見えなくなってきた。

 まただ、またこれだ、あの時もそうだった。私は私に囚われて何も見えなくなって失敗した。こっちに来て少しはマシになったと思っていたがそうではなかった。下らないが無視することもできないプライドが疼いて──柔らかな感触が手の甲に乗せられた。

 あの日あの時、躍起になって撃ち殺した同じカウネナナイ人の子供が──ラクスが、心配そうに私を見上げていた。


「大丈夫ですか?」

 

「…………………ああ、いや、死にそうだよ…」


「……さっきの人はお知り合いなんですか?皆んなが知りたがっています」


「……………」


 ラクスの歯に絹着せぬ質問が逆に良かった、周囲の景色が視界に入り状況を思い出せたからだ。


「ああ、いや、あれは敵ではないよ、けれど絶対味方じゃない。前の作戦で死んだはずの部下なんだよ」


「そうだったんですね……ナツメさんの顔に死相が出ていましたからとても心配しました」


「いいさ、もう大丈夫だ。それより奥さんは?」


 コールダー夫妻は固い座席に並んで座っている。私が引っ張り回したせいか、それとも目の前で命が奪われてしまう惨状を目にしてか、とてもぐったりとしていた。隣に座っているカイル・コールダーが無言のまま首を振っている、今はそっとしておきたいのだろう。

 何とかなった...何とかなったのだろうか...ここから港町までどれくらいあるのか、無事に海に出られたとしてもそれで大丈夫なのだろうか...

 もう一度大きく息を吐いて体をリラックスさせた、もう間欠泉が噴き出すこともなく、ラクスが重ねた手のひらに意識を持っていかれそうになった。

 そんな私にカイル・コールダーがこんな話をしてきた。


「……君のさっきの話、もしかしたら彼女はマキナなのかもしれない」


「………まきな?」


 ラクスがそっと手を離した。


「ああ、カウネナナイとウルフラグにはそれぞれマキナと呼ばれる存在がいるらしい。聞けば何でも機械で出来た体なんだとか……それぐらいの事しか知らないけれどね」


「…………マキナ、オリーブがマキナ、か」


 私の傍から離れたラクスが手に携帯を持って戻ってきた、クラウンが使用していた物だ。


「娘さんに連絡を取ってあげてください」


 馬の手綱を握っているクラウンが肩越しに視線を寄越し、澄ましたウィンクを放ってきた。

 その携帯に飛びついたのはリアナ・コールダーだった。



✳︎



[──ママっ?!ママっ!大丈夫っ?!ああ……良かったぁ………]


[ライラ!ライラ!あなたの声が聞きたかったわ!パパも無事!皆んな無事!今すぐそっちに帰るから!]


「泣かせてくれるじゃないか」


 機体のコンソールから涙ぐましい会話が耳に届く、どうやら陸軍の特殊部隊は大仕事をやってのけたようだった。

 感極まった─先程の私のように─人間は何をしでかすか分からない、感情のコントロールが利かなくなるのだ。それはカイル・コールダーと呼ばれる貿易商人も例外ではなく、感動の場面に水を差していた。


[ライラ!お前は一体何を考えているんだ!一人で勝手に空軍と手を結ぶなど!あれ程他人を容易に信用するなと言ったではないか!]


[止めてちょうだいカイル!ライラのお陰で私たちは助かったんじゃない!]


[──え、そう、なの?]


[ええそうよ!あなたが取引きを成功させたから!間一髪のところを空軍の人に助けてもらえたの!パパはこんな事言っているけど気にしなくていいからね!]


[リアナ!君は少し寛容に過ぎるきらいがある!スルーズの時もそうだ!どうして女というのはこういとも簡単に──]


[もうパパ!口が悪い!これ言っておくけど携帯じゃないからね?!管制室のスピーカーから流れているんだからね?!]


 (私がとうの昔に諦めた)賑やかしい家族の会話がコクピット内に満ちている、機体の外では順次、大陸間弾道飛行補助装置が取り付けられている。私だからこそ出来る芸当だ。


(まあ、成層圏など退屈なだけなのだかね……)


 ハウィの基地からルカナウアまで半時間もかからない、基地内ではこの装置の事を「爆速プライム」と呼んでいる。もし、空軍が解体されるようなことがあったらこの装置を使って私が配達業に従事していたかもしれない。

 コンソールでは変わらず会話が続けられている、ライラの声も聞いたことがない程にリラックスしていた。けれど、終わりというものは唐突にやって来る。


[それからライラ!あなたにね、紹介したい子がいるのよ!とっても良い子よ、きっとすぐに仲良くなれるわ!]


[何それ、どんな子なの?]


[スルーズ───────]


[…………ママ?ママ!声が聞こえてないよ、ママ!!]


 街の外に出たというのにジャミングを仕掛けられた、こんな芸当を持ち合わせた相手は一人だけ──いいや、最高のパートナーと言ってもいい。

 ヴァルキリュア部隊が動き出したのだ。


「ライラ!通信障害になっているだけだ!そう慌てる必要はない!」


[でも、でも!せっかく繋がったのに!本当に大丈夫なのっ?!]


 人間は弱い。不安の中で立ち続けるよりも、一度手にした安寧を手放す方が精神的に堪えるのだ。

 こういう時は良いも悪いも捨てて現実を突きつける、その方が本人の為にもなる。


「カウネナナイのエース部隊が夫妻の身柄を押さえるために出動したはずだ!どんな場所でもジャミングを仕掛けられる緑色の機体が出たとみて間違いない!」


[そんな──何でそこまでするのっ?!ママたちが何か悪いことでもしたのっ?!信じられないっ!!こんなのってない!私はどうなるのっ?!]


「だから─[だからこその我々がいる、ライラ・コールダー。安心してくれ、必ず君の下に家族を送り届けよう]


 ──こんのクソっ...大事な時に割り込んできたのは──


[……その声って確か……ガーランド、さんでしたっけ……]


[覚えてくれていて光栄だ、僭越ながら私も出動しよう。そこにいる変態中佐よりいくらか役に立つだろう]


[……だろう?だろうって、自信ないんですか?]


[────]


 手痛い切り返しを食らったガーランド、良い気味である。

 実際そんな事はない、地上で戦えば私の完敗だが空の上で戦えば半殺しぐらいにはできる。誰が誰をだって?勿論、私だ。私が奴を半殺しにする、全力を持ってしてもガーランドは半殺しにしかできない。つまり奴は空軍の中でNo.2ということだ。

 そしてこの男はとても気が短い、とくに空を飛ぶ時はなおさらだ。


[──よしいいだろう!ここからおためごかしは無しだライラ・コ─「本当に気が短いなお前は、髪の毛と一緒に剃り落としたのか?気が長くなる育毛剤でも買ったらどうなん─[黙れリー!いいかライラ・コールダー!確かに君のお陰で我々空軍はこの平和の中でも居場所を得られることができた!だが!だからと言って目上の人間に対して取って良い態度ではない!君の両親もろとも説教してやるから覚悟しておくように!]


 これだよクソったれが、こちらと空を飛ぶしか能が無いというのにこの甲斐性、そしてあのルックス、さらに大将の位、私という個性がガス欠を起こした飛行機のように墜落してしまう。

 しかしライラも負けていなかった。


[──うだうだ文句を言う暇があるならさっさと飛びなさい!!ママたちが危ない目に遭っているのよ?!説教?!それはこっちの台詞よガルー・ガーランド!歳下相手に涙目になりたくなかったら今すぐ行ってこいっ!!]


[言われなくても飛んでやるさっ!!今に見ていろこの小娘がっ!!]


 通信が切られる──と、思いきや、


[……キング中佐、私はあなたと契約を結びました。私の両親のこと、よろしくお願いします]


「──────任せてくれ」


 空の為に犠牲になった手足にも力が漲っていく感覚にとらわれた、それと同じくして爆速プライムのブースターにやる気という火が灯る。

 クリアランス・デリバリーからのサインを待つ間、生まれて初めて得た感慨に私は酔いしれていた。


(こんな体になって──いいや、空に魅せられた時から誰かに頼られる事なんて一度もなかった──ああそうだな、今の今まで私を憐れんでいた連中の気持ちが今なら分かるよ)


 空を飛ぶ、それは誰をも頼ることなく行われる聖業だ。生きるも死ぬも全て己次第、そうだと捉えて今日まで他者を顧みることなどなかった。

 だが、ライラのあの通信は否応なく私を奮い立たせ、圧倒的肯定感を与えてくれた。

 つまり、今すぐ空を飛びたかった。


[こちらデリバリー、ブースタースタンバイ、いつでも爆速プライムをどうぞ]


「地球上で最も速い配達をあなたにっ!このリー・キングがお届けしましょうっ!」

 

 奇声とともに夜空へ飛び出した。



✳︎



[アマンナ………お前という奴は………]


「ざまあみろ」


[何故あの場で捕らえなかったのだ……直接手を下さずとも馬車を破壊できたはずだ……それなのに……]


「そうしろって言われなかったから。言われた通りに私たちは長い長い無駄な偵察飛行を続けていたでしょ?それに別命あるまで休んでいろって指示を出したのはそっちでしょ」


 テンペスト・シリンダー、上層の天井部ギリギリの高度を飛んでいた。

 仮想投影された風景は満月である、その光りを受けたコンソールから悔しそうな呻き声が漏れていた。全くもって風情がない。


[……だからといってみすみす見逃したというのか?私が何の為にここまでやったと思う?それにお前は私の傍にいたではないか、何を見ていたんだ?]


「食べ物」


 漫画で言うところの(;`Д´)ノシみたいな感じで白ひげ親父がコンソールの向こうで怒鳴り声を上げている。

 (私が勝手にそう呼ぶ)ソファ型パイロットシートは従来の物と違って足を伸ばすことができる、長い背もたれに体を預けてぼんやりとするにはちょうど良い、あっちの人型機には無い仕様だった。

 ひとしきり怒鳴り終えた白ひげ親父ことドゥクスが声を落としてこう言った。


[……よいかアマンナ、あの夫妻はまず間違いなくこの世界にとっての害になる。彼らが持つ人脈、物流が血管となって世界中の隅々にまで毒を運んでしまうのだ。そうなったら未曾有のシンギュラリティが発生してしまう]


「またその横文字。最近勉強でもしたの?」


 こっちの合いの手に反応しない。


[技術的特異点。それは人が作った技術がある点を境にして予測不可能な進化を遂げることを言う、この点が何か分かるか?]


「ノヴァウイルスでしょ」


 また(;`Д´)ノシ


[それが分かっておきながら何故彼らを逃したんだっ!!馬鹿じゃないのかお前はっ!!]


 きぃんとした耳鳴りが引いてからこう返した。


「ところでさ、あんたは将棋の終わり方って知ってる?」


[……はあ?何だ急に人の話を聞いているのか──]


「将棋を指す人のことを棋士って言うんだけどさ、この棋士って人は自分の王将が取られる前に負けを認めるんだよ、「参りました」って言ってね」


[私に負けを認めろと言うのか?]


「王都の部隊に信を置けなかった時点であんたの負けは決まってたと思うよ。他のグループを使って自分から舞台を作るような真似をしなければ、もうちょっとマシな演技になってたんじゃない?」


[将棋で例えたいのか四文字熟語で例えたいのかどっちなんだ]


「どっちも一緒。あの王都の部隊にあんたが背中を預けて一緒に行ってあげれば、ウルフラグの部隊も尻尾を巻いて逃げてたはずだよ」


[何故そうだと言い切れる?]


「停戦協定」


[──────]


「けどあんたは矢面に立たなかった、国王の次に権力を持つ公爵に正面切って来られたらいくら非公認部隊でも手荒な真似には踏み切れないでしょうに。それに公爵の位を持っているのはあんた一人だけだしね」


[…………ふふっ…ふふふっ……]


「あんた、自分がマキナだからって失念していたでしょ」


[ふふっ…わぁっはっはっはっはふざけるなあっ!!!!]


「っ?!」


[真面目に聞いて損したわっ!この世のどこに盤面に立つ棋士がいるっ!棋士は駒を打ってこその棋士だ!騎士と棋士を履き違えるなど言葉遊びもたいがいにしろっ!]


「それだよ、それ」


[ああ?まだ言うか?学が無いのなら──]


「人を駒と言うその傲慢さが敗北の原因だよ。棋士だって自信を持って将棋を指すはずだしね、でもあんたは誰の事も信用していない」


[………少しは言うようだな、勉強しよう]


「そうしな。これでも私、千年単位で生きてっから、年の功より亀の甲って言うじゃん?」


[それ逆だぞ馬鹿たれが最後の最後に間違えおってからに]


「あら?」


[アマンナ、今日のところはご苦労だった、ハリエに帰投しろ。それからプロイに動きがあったとノエールから連絡があった、到着後すぐ調べに出るように]


「はいはい」


[帰投がてらにヴァルキュリアの戦況を確認しておけ、何かあったら連絡しろ。以上だ]


 ぷつりとようやく通信が切れた。

 白ひげ親父と言いマギールと言い、私の傍にいる親父どもは何故こうも怒鳴ることが多いのかいや私のせいか。


(あの世に行ったらマギールに喧嘩でも売りに行くか)


 ソファ型シートの下に視線を向ける、仮想投影されたコクピット内からでも彼女たちの五つの機体が見えていた。

 V字編隊の先端が白色の羽を持った機体、その後ろに赤色と緑色、さらにその後ろを青色と紫色が対となって飛んでいる。排気ノズルに細工でもしているのか、それぞれの色が粒子となって尾を引いていた。

 私が─この私が!─面倒を見ている()()の子がウルフラグの飛行部隊を見つけて声をかけてきた。


[これこのままドンぱちの流れですか?]


「違うでしょ、多分」


 まだ機嫌が悪いマリサが詳しい説明をしてくれた。


[今回のウルフラグの軍事介入は救出活動が主なので、カウネナナイ側に協定違反が認められない限り攻撃は禁止されているはずですよ]


「協定違反も何も、こっちは人攫いまでしてるんでしょ?正当な理由があっちにはあると思うけどね」

 

[………………]


「私の天使、黙りはさすがに嫌だよ」


[そうですね。そんな事よりヴァルキュリアが接触しそうですよ]


 こりゃ駄目だ、相当拗ねている。

 マリサの言った通り、隊長機であるスルーズが突出し戦端を開いた。後方に控えたフロック機の援護を受けつつ、スルーズ機がウルフラグ部隊を散らしていく。散開した隙を突いて──そのまま飛び去っていった。


「……ん?──ああ、ヴァルキュリアも人攫いが目的だから戦う必要がないのか、こりゃウルフラグはだいぶマズいんじゃない?」


[ですね、いつでも攻撃可能な部隊を武器も使わずに足止めするだなんて不可能に近いですから]


[これ見る必要あります?勝ちが見えているじゃないですか]


「う〜ん……でも白ひげは見ておけって言ってたからなあ〜……何かあるんだろうけど……」


 一人が喋り始めるとその熱はすぐに伝播していく、他の子らもあっという間に口を開き始めた。


[ウルフラグはどうなったら勝ちなの?]

[港から逃げ出せたら勝ちなんじゃない?それをヴァルキュリアが阻止する的な]

[一番近い港町の制空権を握った方が実質勝ちでしょ、それならウルフラグにも勝ち目はあるよ]

[あるの?ヴァルキュリアだよ?昔の戦争では滅法強かったんでしょ?]

[戦いは質より量だよ、数こそ正義、過信は不義ってね]

[どのみち協定があるから互いに出来るのは威嚇射撃だけじゃないの、それなら勝った負けたじゃなくて取った取られただと思うんだけど]

[何を取られるの?]

[それはほら、ボクの恋心がマリサに取られた的な?]

[そこで的なって誤魔化すから副隊長から相手にされないんじゃないのヘタれ]

[流れるように暴言を吐くのは止めてくれない?]


 マシンガントークを耳に入れながら彼女たちの戦況を追いかけた。この子らが言った通り、ヴルホルから一番近い港町にウルフラグの機体が集結しつつあった。さらにカウネナナイの領海からウルフラグに向かってそれぞれ艦体と飛行隊が配置されている、ヴァルキュリアを寄せ付けない万全の布陣だった。


[お?何か豆っぽいのが出てきましたよ!]


「え!どこどこ?!」


[アマンナ隊長、お腹減ってるからって豆にすら反応するんですか……]


「何をう?!豆は大地のお肉なんだぞ!お肉があったらお肉を食うけども!」


 目を凝らして見やれば、確かに黒い豆のようなずんぐりとした機体がとんでもないスピードでヴァルキュリアに近づきつつあった。

 そのヴァルキュリアの飛行は凄まじいの一言、ウルフラグの威嚇射撃をものともせず華麗に躱しながら港町へ進路を取っている。これも予想通りで私が見逃した馬車より港を押さえるつもりのようだった。

 マリサがいきなりほぇーと言い出したので何事かと尋ねてみれば、


[あの黒い豆のような機体は専用機のようですね、パイロット名はガルー・ガーランド、]


 喋ってる途中に私が「アルテマとか使いそう」と言っても取り合ってくれなかった。


[この人、コネクトギア無しで機体を操縦しているみたいです]


「ほぇーそりゃ凄いな……私だってシステム補助がなければ飛ばせないのに」


 生身の体でこれを飛ばせる人がいるのか、一体どうなっているんだその人の頭と体は。


(いや、いたな、そういや私の身近に化け物が三人もいたよ)


 けれどそれは人型機の性能があってこそだ、こっちの機体は特別個体機をそのままコピーしたレプリカなので操縦負担は想像を絶するものだろう。


「世の中には凄い人がいたもんだ……」


 密集しつつあったウルフラグの部隊をヴァルキュリアが全て躱し切った、お見事と言いたい。そのヴァルキュリアにガーランド機が接近しつつある、既に射程圏内に入っていた。

 あのスピードとコネクトギア無しのフルストレスでどう抑え込むのかと見守れば、ずんぐりとした装甲板から一本のワイヤーがヴァルキュリアの機体目がけて射出された。


「あ、なるほど、相手のモーメントを利用するのか……」


 ワイヤーに絡め取られたのは紫色の機体、ヨトゥル機だ。振り子のように二機が弧を描き、その反動でガーランド機が別の機体に踊りかかっている、今度の標的は赤い機体、ヒルド機だった。


(昼時……そういや昼飯食べてないなぁ)


 ヒルド機はワイヤーを打ち払い距離を空けようとしている、しかし元から速度も出ているためガーランド機の特攻を避けられそうにもない。あの速度とあの豆のような装甲板、真正面から受けるにはあまりに危険過ぎる。

 無骨で芸も無いがだからこそ脅威とも言える、原始的な力を持ったガーランド機がヒルド機を隊列の外へと弾き飛ばした。


[ストライクっ!]


 残るは三機だ。スルーズ機、フロック機、レギンレイブ機、どうお相手するのかとさらに目を凝らすがガーランド機の弱点がすぐに露呈していた。


「あらら、速度が落ちてる……一度落ちたら立て直すのに苦労しそうだなあ」


 あの豆仕様に仕込みワイヤー、さぞかし機体重量もかさ張ることだろう。

 ウルフラグの物量を持ってしてもヴァルキュリアは止められないか──白ひげ親父の逆転勝ちかと思われた時、マリサが悲鳴を上げた。


[──何これ何このスピード!まさかミサイル──いや違う!特個体の反応!はあ?!]


 私もコンソールで確認した。


「はっや!マッハ三?!これ無人機だよね?!速い速い速いっ!!」


 ウルフラグの方角から爆炎を靡かせながら、一つの流れ星がもうカウネナナイの領空内に侵入していた。



✳︎



[くそっ!くそくそくそくそっ!あのひっ付き虫めっ!絶対に八つ裂きにしてやるっ!くそっ!]


 喚くヒルドの声が勘に障る、いつもなら声をかけてあげるけど今はそんな気になれなかった。

 何故なら──


「ヒルド!ヨトゥル!すぐに態勢を立て直して合流して!速度が落ちたひっ付き虫は放置!」


 超大型のブースターを装備したあいつが現れたからだ──来ると思っていた、だから私は失った記憶の悲しみも捨てて空を飛んだのだ。

 殺すべき相手、憎むべき相手、奴の名を──


「──マリオネットっ!!」

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