第十六話 プエラとコーヒーと
16.a
ナツメ隊長が行方不明になって半日が経過した。隊の規則により捜索、救助活動は打ち切りとなった。
基地展開を行っていたコンコルディアは、通信や食料生産など行う装備を収納し、前傾歩行形態に戻っている。朝日を浴びて僕達の前を行くコンコルディアは、どこか頼りなく思えた。
...ナツメ隊長は、何者か、いいやビーストと戦闘になり負傷。大怪我を負ったことが予想される、エレベーター出口近くの森の中で乾いてしまって、赤黒く変色した血痕を見つけた。ただ、どこにもないのだ、ナツメ隊長の体が。仮に、万が一の可能性で、僕がよく行くフード店が何かの間違いで、中層にもお店を出しているぐらいの確率でナツメ隊長が動かなくなってしまっていたとしても、その体が見つからないのは不自然だ。だが、探しきれなかった。
下を向いてしまう、今、どこにいるのか、何故戻ってこないのか、もう僕は...さっきからそのことばかりだ。生きているのは間違いない、けど、戻ってきてくれないのが不安で仕方がない。視界には、使い慣れた自動小銃と、男のくせに細い腕と手、同じように細い足に爪先が少し凹んだブーツ。いつ見ても頼りがいのない体に、いつも以上に苛ついてしまう。
(ナツメさんがいないんじゃ、こんなところにいても…)
僕の前にいるのは先日、新型のビーストを撃破したサニア隊長。それに、第二部隊の人達だ。他にも、合流した部隊の人達もいるがはっきりと言って嬉しくも頼もしくもない。今、視界に映っている人達と、いなくなってしまったナツメさんを交換できないかな、と考えてしまった。
(どんだけ好きなんだよ…)
一番頼りにしている、一番お世話になった人、一番に褒められたい人、必要にされたい人、そして一番自分のものにしたい人がナツメさんだ。あの時、戦場で救ってもらえたのがきっかけだ。あの日から今日まで、僕はナツメさんのために戦って、生きてきたのだ。
それ程に思いを寄せた相手が、たった、たった半日離れただけでいなくなってしまうなんて...
(もしかして中層の人に、助けられた、とか?)
あり得るか?いやでも、誰?中層に人はいなかったはずだ。けど、血痕があったささくれ立った木の近くに、大きな点のような跡が三つあったではないか。その点まで血の跡が続いていた、捜索にあたった他の隊員は、ここでビーストに処理されたとぬかしていたけど、例えばあの点が、中層で使われている乗り物の停止した跡だったとしたら?
(いや、でも、轍も何も無いのは...)
...空を飛ぶとか?いやいや、でもここはカーボン・リベラと違って空は広い。仮に空を飛ぶ乗り物があってもぶつかったりはしないだろう。
そう考えが至った時、もう一度詳しく調べたくなってしまった。けど、今は中層の探索のために進軍している。コンコルディアが基地の中心になっているので、エレベーター出口の前に戻る必要も無い。何て無駄な機能なんだ、とコンコルディアを恨んでしまった。ただの攻撃機なら、また出口前に戻れたのに。
✳︎
「ナツメー、あれ?どこ行ったの?」
なつめー、とプエラが私を呼んでいるが口から何も出てこない。返事をする気はあるのだ、だが目の前の景色に目が釘付けになってしまい、返事ができない、結局する気がない。
私が治療されていた部屋から出て、カーブをするように通路がある。等間隔に扉があり、中はどこも似たよう部屋だ。私が入っていたのは集中治療用ぽっどと言うらしい。プエラが、瀕死になっていた私をぽっどに入れてくれたおかげで一命を取り留めた。
この通路を抜けた先には私が着替えた待合室と、プエラと海について話した休憩室がある。さらに休憩室を通り過ぎると、外へと出られる自動扉がある。驚いたことに左右に開くのではなく、上に扉が収納されるのだ。落ちてきたら危ないのではと思いながら外へ出てみると...言葉を失った、驚くこともできない程に。
山麓にかけて築かれた街は、カーボン・リベラとは違い、どこの建物からも煙が上がっていない。その建物も表面に何か加工でもしているのか、薄らと光沢を帯びている。建物の屋上やテラス、果ては窓を開けた部屋の中から植物が見えて、自然と一体化してしまったように見える。太陽の光を浴びて、視界に映る建物も植物も淡く反射している様は、宝石のようで、でも生きているようで、心を奪われてしまった。私が、特殊部隊の隊長をしていることも、置いてきてしまった副隊長のことも、振られてしまった部下のことも全て忘れて、見入っていた。
「ナツメー、あ!やっと見つけた、何やってるの?」
プエラが私を見つけて外へ出てきた...のだろう、生返事を返すが視線は街へ釘付けだ。
「あぁ...」
「気に入ったの?この景色、私は毎日見てるから、もう何とも思わないけどね」
「そうか...」
「まぁ、ほら、私はナツメ、の方がいい?みたいな、一緒にいる方が、この景色よりも...」
「そうなのか...」
「...満足したら、部屋にきて」
「悪かったよ、もう行くから、拗ねるな」
「…ふん」
顔を赤くして、泣きそうな顔で睨んでくるプエラ。怖くはない。むしろ...
「お前、あんまり私の前でそういう顔はするなよ?」
「はぁ?なんのこと?」
「虐めたくなる」
「…ナツメ、実はビーストとか?」
痛い痛いと文句を言うプエラと一緒に中へと戻っていく。そんなに強くは抓っていない。
「そんなに良かった?ここの景色」
私に抓られた頬を擦りながら聞いてくる。
「あぁ、私の街では絶対に見ることができない景色だ」
「どんな街なの?」
「煙だらけの汚い街さ」
16.b
あ、頭が追いつかない。なんなんだ、この街は。好奇心は猫を殺すとはあるけど、あれ?わたしは猫だった?
アオラと別れてわたし達は、アヤメと一緒に街を探検していた。怖い顔をした人に見送られてお店を出て、アオラの車に乗せてもらって最初に着いたのが、この街のショッピングモールだ。アヤメと一緒に行った廃墟とはまるで違う、たくさんの人が歩いている。
そう!たくさんの色んな人達が皆んな、歩いているのだ!信じられない、廃墟のショッピングモールで見た、データなんかじゃなく自由に行きたい所へ、一人一人が意思を持って動き回っているのだ。え、本当に?パニックになったわたしは大声で、みんな生きてますかー!と叫んでしまった。遠くにいた人には聞こえなかったみたいだけど、近くにいた人は皆んなわたしを見てくれた。変な目で見る人もいれば、可愛いと言ってくれた人も、小さな箱を向けてくる人もいて、わたしに反応してくれた事が凄く嬉しかった。尋常じゃないぐらい怖い顔をしたグガランナには、これでもかと頬を抓られたけど。痛い。
「ねぇ!アヤメ、この服はどうかしら?」
「あ、うん、いいと思うよ、試着してみる?」
「着ても大丈夫なのかしら、着てしまったら買わないといけなくなる?」
「そんなことないよ、皆んな試着してるから」
今は、ショッピングモールの中にある、服がたくさん置いてあるお店にいる。わたしとグガランナの服は、人型のマテリアルを造った時にセットになっていたもので、この街では皆んなから浮いてしまうということで買いにきた。グガランナはのりのりだ。あんなにテンションが高いのはあまり見たことがない。
わたしは休憩中、ここに来るまでに色んな人に話しかけまくったので、少し疲れてしまった。
(たくさんの人と話しをするのって、疲れるんだな、体は元気なのに)
新鮮だ。下にいた頃は一度も経験したことがなかった。わたしも服を選ぼうかと思ったけど、アヤメから借りたこのコートがあるので満足している。
「ね、良かったら君も服を選んでみる?」
「わ、え?わたし?」
ぽけーっとしていたら話しかけれた。このお店の店員の人だろう。胸にはその証である名札が付けられていて、お店の名前が小さくホログラムで表示されている。この知識も、道中の人に教えてもらったことだ。
「そう、座ってるだけじゃなくて見た方が楽しいと思うよ」
「え?ほんと?楽しいならわたしも見てみたい!」
「うん、お姉さんが選んであげるね」
わたしの方が年上なんだよとは言わない。すると、
「あの!この子は、少し疲れているので、休ませていたんです、迷惑でしたら出て行きますので」
アヤメだ、何をそんなに慌てているんだろう。店員の人も驚いたようで、すぐに謝りながら去って行く。
「も、もうそろそろ終わるから、もう少し待っててねアマンナ、あんまり遠くに行ったら駄目だからね?」
「わ、わかった」
目を合わせてくれない。どうしたんだろう...まさか、え?まさかあのアヤメが?え、でもそんな事って...
グガランナが妬ましい目でわたしを見ていたので、分かってしまった。でも、わたしはアヤメを心配させるつもりはないので、まだ服を選んでいる二人の所へ行く。
「なぁにぃ?アマンナぁ、また邪魔しに来たのかしらぁ、さっきの店員さんに連れて行かれたら良かったのにぃ」
もう、なりふり構わず嫌味を言うグガランナ。そんなんだからアヤメにも心配されないんだよ!落ち着いたらまた説教しよう。
服には興味がなかったので、あまり邪魔にならないようアヤメのすぐ後ろに立つ。それに、わたしは気がついたらすぐどこかに行ってしまうので、アヤメの服を掴んでおく、シワにならないよう端っこを。
「え、あ、アマンナ?」
「ん?」
「…ううん、そこにいてね」
「ねぇ!アヤメ!これは!どうかしら!」
絶対服に興味ないでしょ。
✳︎
アマンナ...あの子があそこまで人と話すのが上手かったなんて...
ショッピングモールでアヤメに決めてもらった服を、アヤメのお金で買ってもらった。全部アヤメだ、いっそのこと全身アヤメ色にしてもらおうと思ったけど、全力で拒否られてしまった。無念。
「お客様、お裾直しはいかがされますか?」
「え、あ、何でしょうか、おすそ?」
「はい、お裾直しです、パンツの丈を合わせる事ですよ」
微笑みながら、店員の方が教えてくれる。何も知らない人だと思われたのだろう、そう思われただけで恥ずかしい。
「あ、ええと、そうですね、ではせっかくなのでお願い致します」
知らない人と話しをするのは苦手だ。この街に来て、真っ先にそう感じた。
アヤメは私達が牛型のマテリアルの時に気づかってくれた、優しい心の持ち主だと分かっているから、ここまで想いを寄せる事ができる。アオラさんは、アヤメにどんな人か教えてもらっていたので、まだ話しをすることはできた。だが、何も知らない人は何を考えているのか分からないから、どう話せばいいのか、どこまで話して大丈夫なのか、その線引きが決められない。そのため、失言しないようになってしまい、緊張して疲れてしまう。
(まさか、私が…)
今までは、アヤメと接する事しかなかった。知らない人と話して気づいた自分の一面に、少なからず驚いてる。
「とても綺麗な髪ですね、お手入れはどうされているんですか?」
まさかマテリアルポッドに調整してもらっていますとは言えない。返答に困る。
「あー、そうですね、とくには…」
「羨ましいですね、私なんか癖毛なので湿気の多い日は大変なんですよ」
そう言いながら、柔らかそうな髪を弄る店員。
「えー、でも、柔らかそうで触り心地が良さそうな、髪だと、思います、よ?」
無難なことを言う。
「え?!本当ですか?嬉しいです…私、髪を褒められた事なんて一度も無かったので…」
全然無難ではなかった。視線が熱い。
「あ、あー、そんな事は、きっとあなたが、可愛らしい方なので、誰も褒める勇気が、持てなかったのでは?」
褒めたいのは私だけでは無いですよ、と教えてあげる。
「…あの、失礼なのは分かっているのですが、良ければ、あなたのお名前を教えて…い、いただいてもいいですか?今日でお別れしてしまうのは、その、嫌なので」
あれー?何だか凄く照れている。どうして?どうしてそうなるの?分からない。
「あ、えーと、グガランナ、と申します、今後とも、よろしくお願いしま、す?」
「はい!はい、こちらこそ!あの、私の名前は、」
もう飛びかからんばかりの勢いで自己紹介をしようとした時に、
「グガランナ!何やってるの!アマンナも待ってるよ!」
アヤメに怒られてしまった。その表情はとても真剣で、でも今にも泣きそうで。え?もしかして...え?うそ?
そのままアヤメに手を引かれ、お店を後にする、置いていかれてしまった店員は、どこか睨むように私達を見ている。
「あ、ちょっとアヤメ」
引っ張る力が強すぎて、こけてしまいそうだ。こんなに強く手を握られた事がない、その痛さに目が眩みそうだった。
「何?グガランナも、もしかしてアオラみたいに誰でも引っかけるタイプ?見損なったよ」
嘘。絶対嘘、分かる。心配して、妬いてくれているのが手に取るように分かる、この握られた手の痛さのように。
「そ、そんな事はないから、ね?落ち着いて、このままだとこけてしまうわ」
「グガランナなんか、こけたらいいよ」
全然怖くない、アヤメって怒るとこんなに可愛いくなるの?卑怯じゃないかしら、これなら何度でっ
「痛い痛い痛い痛いっ!!アマンナ!!」
いつの間に後ろにいたのかアマンナに、お尻の筋肉が取れたかと思う程に抓られた。
16.c
ナツメさんのいない中層探索、どこかにあてでもあるのか、コンコルディアはひたすら真っ直ぐ進んでいく。
エレベーター前の森を抜けて、平原も歩き抜いて、見えてきたのは小さな、けれど昔は誰かが住んでいたことを思わせる廃墟だった。
家の屋台骨だけを残して、複数立っていた。素材は鉄製だろう、錆れてしまいぼろぼろだ、立っているのが不思議なくらい。錆びた屋台骨の近くには空けた空間があり、地面には昔の文字で何か書かれていた。子供が書いたような拙い文字は読むことができないが、その周りにも記号のような、丸、三角、四角などが無秩序に書かれている。
「ここはぁ、子供の遊び場だったんじゃねぇか?」
同じ第一部隊のザナカルさんが、僕と同じ感想を口にする。髪は短くざっくばらんに切られて無精髭、目は窪んでいてどこか元気が無いように見えるが、夜になると途端に元気になる。
「そのようですね、やっぱりここは昔の人達の町だったんでしょうか」
「こんな、ちっぽけな町なら誰も抱かせてくれそうにねぇな、しけてやがる」
ここに来てまで娼婦の事しか頭に無いなんて、尊敬する。...いや、僕も同じか。廃棄を観察してはいるが、頭の中はナツメさんで一杯、今にも溢れてしまいそうだ。
「隊長は?ついにくたばったか?悪運も中層では通用しないみてぇだな、怖い怖い」
そう言いながら僕から離れていく。彼の頭に弾丸を撃たなかった事を褒めて欲しい。いや、ナツメさんに会えたらうんと褒めてもらおう。
少し遅れて民間人の隊も到着し、興奮気味に廃墟を調べている。ある一人の男が口にした言葉に我を忘れてしまった。
「この、三つの点はなんだ?何か規則的にも見えるが…」
「すみません!どれですか?!」
「え?!あぁ、あれだよ」
僕の慌てように少し驚いたスーツ姿の男性が答えてくれた先に、森の中で見た点と同じものを見つけた。地面が見えている草原の中に、三つの点が三角形の形になるように窪んでいる。手前二つに、僕の視界に収まるギリギリの距離にあと一つ、線で結ぶとちょうど三角形に見えるのだ。それに、地面が窪んでいるのは...
「これは、何か重たいものがあったということでしょうか?」
スーツ姿の男性に尋ねてみる。森の中は、柔らかい土と落ち葉で覆われていた地面なので何とも思わなかったが、同じ現象が起こっている事に疑問を覚えた。
「あー…、これは与太話として聞いてほしいんだが、それでも聞くかい?」
言葉を濁す男性に少し苛ついてしまう。
「教えて下さい」
「…飛行機、ではないかね?この跡は」
「ひこうき?」
「空を飛ぶ乗り物だよ、大昔の人達は飛行機に乗っていたんじゃないかって、ネットではその議論がよくされるんだ、あまり知られていないけどね」
...飛行機。空を飛ぶ乗り物。
「鳥のように動くことはないけど、大きな翼を付けて風を利用として飛ぶんだよ」
僕の頭の中には、車の扉に板を付けて空を飛ぶイメージがある。でもどうやって?
「それだけで、空を飛べるんですか?」
「いやいや、それだけでは飛べないよ、車と同じようにスピードを上げて飛ぶのさ」
自慢気に語ってくれるがいまいちピンとこない。それなら、板を付けた車がスピードを出せば、空を飛べる事になってしまう。そんな事になればカーボン・リベラの街は大惨事だ。
「…風を利用してと言いましたが、空気ではなくですか?風が吹いて、スピードが出せたら車でも空に飛べてしまいませんか?」
「…言われてみれば、確かに…君、名前は?良ければ私達のグループへ来てくれないか?君となら素晴らしい議論ができそうだよ!」
いやいや僕は議論をしたいんじゃないんだ。でも、この人のおかげでやはり、空を飛ぶ乗り物があったんだと確信した。
仮に、ナツメさんが空を飛ぶ乗り物で、中層の人に助けられたとして、どうして戻ってきてくれないのか、それともまだ治療しているのか、そこまでは、この三角形を見ているだけでは分からなかった。
16.d
[おい!本当に、本当に大丈夫なんだろうな?!]
「もしかしたら、途中で落ちるかもね?」
[おまっ、頼むよ、もういいから!こいつが凄いのはよく分かったから降ろしてくれ!]
全身を包むエンジン音。頭から耳、お腹まで、タービンが高速回転する音と、圧縮された空気と燃料による、爆発的な推進力を吐き出す排気ノズルの音が、これでもかと震わせてくる。いつ聞いても胸がわくわしてくる。
そもそもナツメが見たいと言い出したのだ。私を救ってくれた飛行機が見たいと。飛行機が救ったんじゃくて私が救ったの!
[おい、プエラ、私が悪かったよ、悪ふざけが過ぎたよ、だから、]
「行っくよー!」
ナツメの言葉を無視して、排気ノズルを前方から真下に向きを切り替える。
基本的に戦闘機は前にしか進まないが、その推力を真下へと偏向してあげることで、滑走を必要とせず高度を上げることができる、だったはず。
推力偏向を行った機体が、その重い体を空中へと持ち上げていく。重力に反した途端にお尻にかかっていた力が抜けて、まるで底が無くなってしまったような感覚になる。ナツメも慣れていないので叫んでいる。
[あぁやめてくれ!プエラ!落ちてしまう!]
「大丈夫、落ちる時は一緒だから、ね?」
「バカか!怖いことを言うな!抱きしめるぞ!!」
何それ。今すぐやめてほんとに抱きしめてもらおうかな。
空中へと持ち上げた後は、徐々に排気ノズルを地面に対して水平方向に寄せていく。一度、いっぺんに水平に寄せたために失速して、地面に激突してしまったことがあった。あの時は怖かった...我が身がマテリアルである事に感謝しまくった。
その経験もあって、戦闘機の操縦に根性が付いた。今となっては、暇つぶしに空を散歩する良き相棒だ。
とくに!私が好きなのはこの前進翼!そして機首にあるカナードと呼ばれる先尾翼だ。太陽の光を浴びて、地面にこの機体のシルエットが写し出されている、機首を先端にして、逆向きに付いている主翼を結ぶと菱形に見えるのだ。このコンパクトさがとても可愛いらしい、さらに正面から見るとまるで、鳥が翼を大きく広げて滑空しているように見える。それがとてもカッコいい。このギャップに一目惚れした私は、一人でせっせとナノ・ジュエルをふんだんに使って製造したのだ。
「それじゃあ、最後になるかもしれない空の旅を楽しもう!」
[おろしてくれぇ!!]
さっき私を無視したお返しだ。
✳︎
み、耳鳴りと体が落ち着かない。まだ、底が抜けたような感覚が残っているが、地面に立っていることがこんなにも有難いことなんて、初めて知った。
「どうだった?初めての空の旅」
「何も覚えていない…」
「えー」
仕方がないだろう。急に浮遊感がきたかと思えば、お尻から抜けそうになるわ、体に見えない圧力がかかってパニックになるわ、何て恐ろしい。
「これも、あーなんだ?グラナトゥム・マキナの力なのか?」
「やっと言えたね、偉い偉い」
「…」
...プエラに頭を撫でられてしまった。小さなその手は温かく、ほんのりと甘い香りがした。突然の事に、体が固まってしまった。それをいいことに、プエラが調子に乗る。
「さっきのナツメは可愛かったよー?まるで子供みたいに駄々こねてさ、怖かったらいつでも私に甘えていいからねー」
「…無視した仕返しか?」
「んー?何のこと?」
素か?素でこいつは私の頭を撫でているのか?
「撫でるのは、いい加減勘弁してくれ、それよりもお前に聞きたい事がある、戦闘機と言ったな?あれはなんなんだ?」
「そのままだよ、空で戦うために作られた機械のこと、昔の人はあれで戦ってたみたいだよ?他にもたくさんあったみたいだけど」
「昔と言うのは?中層の人間達か?」
「ううん、テンペスト・シリンダーを作った人達のこと」
「…確か、お前はその時に作られたんだよな?グラナトゥム・マキナとして」
「うーん、まぁ、そんな感じかな」
言葉を濁すプエラ。
「違うのか?」
小首を傾げて私を見つめながら、
「…私のこと、抱きしめてくれたら、教えてあげても、いいよ?」
座っていた椅子から立ち上がり、遠慮なく、これでもかとプエラの細い体を抱きしめた。もうやめてと懇願されるまで身を離そうとしていたが、腕の力は私の方が強かったみたいだ。体を離した時には顔を赤くして、今朝見せたように、虐めて欲しそうに私を睨んでいた。
私を無理やり空の旅へ連れて行ったお返しだ。
◇
「こほん、えーまず、私の体を作っている素材について説明しようと思います」
まだ、ほんのりと頬が赤いプエラが偉そうに話を始めた。場所は、戦闘機が野ざらしにされている建物前の駐車場から、私に割り当てられた個室に移動している。
窓からは、戦闘機が逆光の中に佇んでいるのが見える。さっきまであれに乗っていた事がいまだに信じられない。
「ナノ・じえる、か?」
「おしい!ナノ・ジュエル、というかナツメの街にもあるでしょ?宝石っていう意味なんだけど」
「私が興味を持っているように見えるか?」
それはいえないこととかんけいあるのかと小声で言うプエラ。
「ナノ・ジュエルは、私の体や、さっき乗った戦闘機、昨日一緒に飲んだコーヒーや紅茶の元になっている素材のこと」
「それは嘘だろう、お前と戦闘機ならまだ理解できるが、コーヒーは飲み物だぞ?」
「…え?私と戦闘機が同じに見えるの?ショックってレベルじゃないよ、ショックだよ」
「お前が自分でマテリアル・コアの説明をしただろうが」
「あぁ、忘れてた」
このポンコツ教師...
「では!どうしてナノ・ジュエルから、戦闘機とコーヒーを作りだす事ができるのか、それは簡単です、ただコピーをしているからです!」
どや顔で、人差指を立てながら言い切るポンコツ教師。
「戦闘機は初めて見たが、どこからコピーしたと言うんだ、オリジナルが必ずあるはずだろう?」
「そう!さすが賢いナツメ、あとでたくさん撫でぇーーやめてぇーー!!」
また調子に乗り始めたので、プエラのおもちゃのように小さい耳を引っ張る。
「戦闘機は、部品をナノ・ジュエルで作って私が組み立てたの、サーバーから機体データを拝借して、」
耳を擦りながら説明を続ける。
「じゃあ何か、オリジナルが無くてもサーバーからのデータがあれば、何でも作れるということか?」
「限りはあるけどね、ナノ・ジュエルは中層で暮らす人達のために開発されたものだから、生活に必要な物なら何でも作れるよ」
信じられない。だが、戦闘機にしろコーヒーにしろ、プエラにしろ、目の前にあるのだ。
「どんなやつか見せてくれないか?」
「うん、ちょっと待っててね」
そう言って、小走りで駆けて行った。
この話が本当なら、上層で暮らしている人達の助けになるのは間違いない。それに、元々私達のために開発されたと言うのだ、量もそれなり期待できそうだ。
戻ってきたプエラの手にした物を見て、何度目になるか分からない驚きをしてしまった。
「はい、どーぞ」
見せてくれたナノ・ジュエルは、本当に宝石のように輝いていた。多面的にカットされた表面は、どう加工されているのかも検討がつかないが、一つ一つの面で反射する色が違うのだ。プエラが両手で持てる大きさで、角度をわざと変えて見せてくれているのだろう、くるくると回しながら見えるナノ・ジュエルは宝石よりも綺麗に見えた。
「こいつのちゃんとした名前は、多面展開型万能複製素材、だったはず」
「一つ一つ、色が違うのは、そういう意味なのか?色々な物をコピーできるという…」
「…あーほんとだね、気づかなかったよ」
「ほんとポンコツだな、この教師は」
「聞こえてるよナツメ!悪口はもっと小さく!」
「これは、どれくらいの量があるんだ?私達は新しい資源を求めて中層までやって来たんだ」
「あーうん、まぁーそのぉ、えー」
「?また抱きしめで欲しいのか?」
「それはまた後でやってもらうとして!違うの、量が、そんなにない、かなー?みたいな」
「人間のために作られたんだろう?量が足りないってことないだろう」
「あー、メインシャフトのエリアは分かる?そこに循環区ってナツメ達が呼んでる場所があるはずなんだけど、」
「あぁ、一度も足を踏み入れたことはないが、あるな」
「そこでね、ナノ・ジュエルはリサイクルされていたんだよ、使い終わった後のこいつって真っ黒くろ助でベタベタになるからさ」
「はぁ、で?」
「何故か、量が減っているんです、リサイクルに回したはずのナノ・ジュエルが」