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第25話

.パーティータイム



 この世の中には沢山の不思議がある。それは例えばオーロラと呼ばれる発光現象だったり、失くしていたと思っていた物がひょんな所から見つかったり。その現象を紐解く要因が分かってもなお、やはり"不思議"と言わざるを得ない事が沢山ある。

 ところで、私は昔からアニメや小説がとても好きだった。現実では決して体験できない物語を追従することができるし、ひどい時には自我が消失してその物語にのめり込んでしまう程没頭してしまうことがあった。

 とくに異世界転移、あるいは転生ものの話が好きだった。異世界ものは物語における設定の終局点だと考えており、これは一昔前は当たり前だった"一夏の物語"に類似したものだと捉えている。主人公が一夏の間だけに体験する何をもはある種の特別性を有しており、それが恋であったり冒険であったり、現実世界の中にいながらもまるで"異世界"のような体験をできるからと考えいる。

 そして、その発展型かつ最高到達地点が"異世界転生"である。主人公が主人公のまま、現実から異世界に移動しあるいは転生しそこで色んな出来事を経験する。さらに、"異世界"という部分もミソであり、ここを自由に設定できるのもまた面白い。つまり、主人公が好きな世界を好きなように冒険することができるのだ、これが面白くないわけがない。その設定についても言わば"無限大"であり、その作者が描く異世界はその"作者のもの"だけと言っても過言ではない。だからこそ面白いのだ、アイディア一本勝負と言うべきか、まるで予想がつかない世界を主人公が悠々と冒険し、恋をし、そして幕を閉じていく。どんな物語にだって終幕はある、必然だ。

 そして、ついに、私も、その日がやって来たのかと勘違いしてしまうような不思議な出来事が起こった。

 私とリー姉が暮らすマンションの庭付きバルコニーに一人の男性が倒れていたのだ。どこかの国の王子様のように、薄汚れた衣服を身に纏いながらもその端正な顔つきは汚れることなく、むしろその綺麗さが目立っていた程だった。

 私はとても気が動転した、こんな飽食の時代に生き倒れる人がいるのかと疑問に思いながらも、何とか家の中に引っ張り込み介抱してあげた。心臓は高鳴りを続け、自分まで倒れてしまうのではないかと思った時、その人が目を覚ました。


「…………」


「……だ、大丈夫ですか……?」


「……すまない」


 声も、とても綺麗だった。


「……すまないが、しばらくこうしても良いだろうか」


「……はい、大丈夫です」


 それだけを言ってから、再び目蓋を閉じた。

 こうして、私にも"一夏の物語"が訪れた。



 リー姉は荒れ果てた港を直すため、その補填をどこからどこまでやるのかという大切な"線引き"のため今日も出勤している。ピメリアさんは港ではなく主に折衝が役目なので、今日も議事堂の方へ出かけているはずだった。

 昨日までピメリアさんは元気がなかった。本人は大丈夫だと言っていたけれど、いつもと様子が違うのは私たち姉妹から見ても一目瞭然だった。

 まあ、何が言いたいのかというと、日暮れまでこの家に私一人ということである。はい夏物語の序章キマシターと一人テンションを上げているけど、やはり現実はそうぽんぽんと前には進まなかった。

 

(男の人を家に上げてしまったけど大丈夫だったのだろうかいやでもそれも今さらだしな、ここから恋が芽生えたりいやそれもないな)


 実際にね?いくら綺麗な殿方だからといって恋に落ちるということはない。リビングのソファで眠っている男性の顔は確かに綺麗だ、化粧をすれば女性にだってなれそうな程に。けど、だからといって──


「っ?!」


 男性が身動いだ。寝返りを打っただけかとほっと胸を撫で下ろすが、そのまま起き上がってきたので再び鼓動が早くなった。


「………あの、具合は、どうですか?」


「家中にある電化製品のスイッチを切ってくれないか」


 ──言うに事欠いてそれ?何だそれと思った時に肩の力が抜けてしまった。どうやら夏物語は本の中だけの話のようだ、現実はそう甘くはない。

 

(起き抜けに言うことがそれなのか、これはこれで一つ本が書けそうなネタって私書いたこともないけれど)


 いちいち切って回るのも面倒臭かったのでブレーカーのスイッチをバチン!と切った。その瞬間、家の中がほんの少し薄暗くなった。それでもまだ明るい、外から太陽の光りが降り注いでいるので消しても大して困らなかった。

 またリビングに戻ってくると男性が勝手に冷蔵庫の扉を開けて中を物色していた。よほどお腹が空いているのだろうと思い、とくに何か言うこともせず黙って見守ってやることにした。

 昨日作ったパスタの残りやサラダ、それから食べかけのフルーツに飲みかけのジュースを取り出しテーブルの上に広げ、残飯パーティーを一人で開いていた。

 無心で食べ物を頬張っている男性、ソファに座っている私を見ようともしない。


(こういうのって喜ぶ場面なのかな、王子様みたいな人が無防備にご飯を食べている様子を独り占め──元々好きだったとかなら分かるけど知らない人だしな〜)


 それにしても良く食べる、それから何気に食事のマナーも良かった。食器の音や咀嚼する音を立てずに、凄い勢いで口の中に放り込んでいく様はむしろ芸当のように思えた。

 一通り食べ終えた男性がオレンジジュースで喉を潤し、ふぅと息をついて随分と光りが戻った目を私に向けてきた。


「聞きたいことがあれば何でも答えよう、君のお陰で命を繋ぎ止められた、その礼だ」


「………………………………」


「固まるのは無理もないと思う、私が庭で倒れていたから驚いているのだろう」


「………………………………」


「今なら時間はある、君が追手の追跡経路を絶ってくれた、だがいつまでもこうしてはいられない。すまない」


 何だろうか...何と言えばいいのか...いやね?私も決して人と接するのが上手いわけではないけれど、この人の接し方が正しいとは思わなかった。

 色々と悩んだ挙句、私はこんな質問をしていた。


「………好きな小説のタイトルを教えてください」


 きっと私も目を丸くしていたことだろう、今度は男性が目を丸くしていた。


「しょうせつ…………小説?」


 投げかけられた質問の意味が分からなかったのか、うわ言のように繰り返している。


「はい、あなたが好きな小説を教えてください」


「……………………………………」


 筆で描いたように真っ直ぐな眉を寄せて考えている。


「あなたは私に夏物語を運んでくれる存在だと思っていました、しかしそうではなかった。なので代わりにあなたが好きな小説を教えてください、それで結構です」


 私なりに不満をぶつけたつもりだった、けれど男性はさらに困惑してしまったようだ。


「いや……ちょっと、待ってほしい……小説?」


「はい」


 何度も言ってるだろうに。

 男性が額に指を当ててうんうん唸っている。癖なのか、手元にあったライチをころころと転がしている、変な所だけ行儀が悪かった。

 ようやく顔を上げたかと思えば、


「──言うに事欠いてそれなのか?」


「あなたにだけは言われたくありません」


 生まれて初めてだった、初対面の相手にこうも遠慮なく言葉をぶつけられた事が。


「もっとこう──一体誰なんだ、とか、どうして倒れていたのか、とか。こちらもある程度身分を明かすつもりでいたんだが……」


「私もあなたに色々な期待をしました。違う、別世界に連れて行ってくれるのかとか、実はある国の王子様なのかとか」


「いやそこは合っている、うん、間違いない」


「けれど、現実って本当に淡白だなと思って幻滅しました。起きていきなりスイッチを切ってくれと言われるなんて夢にも思いませんでした」


「いやそれなら別世界のくだりは合っているんじゃないのか?日常生活でいきなりそんな事は言われないだろう、私だって生まれて初めてあんな事を言ったんだ」


 何が気に食わないのかやたらと突っかかってくる男性、会話が思い通りにいかなくて焦っているのだろうか、それこそ知った事ではなかった。


「助けてくれてありがとうとか、迷惑をかけてすまないとか、あなたも言うべきことがあるのではありませんか?」


「それさっき伝えたはずなんだけど……」


「下手くそ過ぎますよ、何であんな居丈高に言うんですか。そこが幻滅ポイント一です」


「………二は?」


「スイッチを切ってくれないか」


「初めっからではないか!それが一だろ!」


 何なんだこの人...幻滅どころではない、私の淡い夢を返してほしい。けど、こうして遠慮なく言葉を言えるのは新鮮で、さっきから違う胸の高鳴りを感じていて、これはこれで面白かった。

 しかし、この人が言った通りになった。さっきも言ったけど私が住むマンションのバルコニーには通りに面した庭が設けられており、誰かが荒々しく柵を乗り越えて侵入してきたのだ。


「っ?!」


 驚いた、この人が倒れていた以上に驚いてしまった。


「──世話になった礼を言う!俺の名はヴィスタ!この続きはまた今度だ!」


 ヴィスタと名乗った、一人称があやふやな男性がバルコニーとは反対の方向へと駆け出し、去り際に残していった台詞も格好良さより必死さが際立っていた。

 だからこそ、私はその言葉を信じられることができた──のかもしれない。



 庭の通りには乗用車が一台とパトカーが複数台、そして家の中には警察官と...確か、保証局のヒイラギさんがいた。


「ごめんね、騒がしくしてしまって」


「……いいえ、私は大丈夫です」


「事情についてはある程度教えてもらったけど、今度からは自分で介抱するんじゃなくて最寄りの交番に通報してほしい。見た目で分からなかったの?」


「………私の友達にも似たような方がいましたので、とくには……」


 ナディさんは友達と言えるのだろうか、仲の良い先輩であることは確かだけど、何だかそう言いたかった。

 じっと私の瞳を見ていたヒイラギさん、自分のことを見ているわけではないなと分かった途端、フリーズから回復した。


「──分かった。念のため説明しておくけど、さっきの男はテロリスト集団のリーダーを務めていた、ジュヴキャッチのメンバーだ」


「…………………………………」


 そんな風には見えなかった。私と似て、人付き合いが下手くそそうな感じを受けた。けれど、それをヒイラギさんに伝えるのは何故だか躊躇われた。

 代わりにどうして私の家に居ると分かったのか、そう尋ねてみると、


「ブレーカーを落としたでしょ?」


「──あ、はい、落としました」


「この時期にブレーカーを落とすなんて不思議なこともあるもんだとよくよく調べてみたら……それで分かったんだよ。まぁ……本当の事を言えば、奴がこの近くに潜伏していることは掴んでいたからくまなく監視していたんだ」


「…………ダンタリオン、ですか?」


 そう名前を口にするとヒイラギさんのポケットから「覗き見してごめんなさい!」と、可愛いらしい男の子の声が聞こえてきたのでまた驚いた。観念したようにヒイラギさんが携帯を取り出し、ロックされている画面を私に向けてきた。


「少しだけならいいよ」


[はい!このマンションにある全ての電子機器を監視していましたのですぐに分かりました!]


「え──え?そ、そう…なの?」


[はい!だからあなたがブレーカーを落としてくれて助かりました!すぐに発見することができましたので、ありがとうございます!]


「ど、どういたし…まして……」


 またヒイラギさんが携帯をポケットに入れ、近くにいた警察官の所へ近寄っていった。

 何だ、何だ何なんだ...私の夏物語はまだ終わっていない...?ヴィスタという王子様の出会いより、特個体であるダンタリオンの方がインパクトが大きかった。

 次、もし会うことがあればそう言ってやろう、それにまだ好きな小説を教えてもらっていない。



✳︎



 迎えにやって来てくれたレンタカー屋さんの人は申し訳なさそうにしながらも、何故故障したのかと大変不思議がっていた。到着するなり車の下に潜り込んだのはびっくりしたけど、やっぱり異常はないらしい。

 クールビズのスーツをいくらか汚しながら私たちに説明してくれた。


「この車種は足回りの近くにメイン基盤のボックスがあるんですけどもね、私はてっきりそこが傷ついたものかと思っていたのですが、どこも損傷してないんですよ……」


 ううんと唸りながらさらに車のボンネットを開け始めたので...何というか、営業よりも整備士の方が様になっていそうな人だった。私たちをほっぽり出して再び点検に入っている、三人でどうしようかなんて言いながら、三度目になるキラの見学を終えた後、ようやく帰路についた。

 その帰りの車内で、返信が途絶えていたジュディ先輩からようやく「仕方がないから行ってあげる」とメッセージが返ってきた。どうせならクランちゃんも誘おうと思い、私の肩を枕代わりにうたた寝をしているフレアの重たさを感じながらメッセージを送ると、秒で返事が返ってきた。


クラン:ライラさんは?


ナディ:用事があるから駄目ってさ


クラン:釣った魚に餌を与えないからですよ


(んんん?どういう意味?)


 メッセージの意味が分からなかった、何かの比喩表現なんだろうけど。

 素直に教えてほしいとメッセージを送ると、またしても秒で返ってきた。


クラン:釣り上げるまでがピーク、釣れた後はどうでも良い


クラン:仲良くなるまでは一生懸命、振り向いてくれたらどうでも良い


クラン:気の多い人に見受けられる特徴です


ナディ:いやいやいやいやいや……


ナディ:いやいやいやいやいや……


ナディ:そんな風に思われてたの?


クラン:危険をかえりみず助けに来てくれた相手に、自分より仲良くしている人がいると知ったらどう思いますか


クラン:小説のネタ的には面白い展開ですが、現実的にはアウトだと思いますよ


クラン:だからライラさんは怒っているんです


クラン:さらにラハムさん登場!


クラン:誰でも怒りますよ


(…………めんどくさいな)


 率直な感想だった。

 いやちょっと待って、そもそも私はちゃんとアキナミのことは説明してあるし、それを勘違いしているのは向こうなのでは?それにだ、あの時確かに私はライラに訊いた、「私のこと好きだよね」って。今さらながらにどんだけ自信があるんだと思うけど、けれどあの時のライラはそれとなく否定しなかった...か?違うの?友達として好き的なニュアンスだっと思うけど...実は違った?本気で私のことが──


(あああ!首筋がそわそわするっ……)


 恥ずかし過ぎて、どれだけ自惚れているんだよって話──なんだけど...ここまでライラが怒るのもそうなのかって勘繰ってしまう。

 それに何?釣った魚に餌を与えないってどんな例えなの?死ぬじゃん!というか今日のお出かけだって私から誘ったのに!無視してるの向こうじゃんか!


(駄目だ、頭と心がぐるぐるする……)


 クランちゃんにもう一度、ホムパに来るのかと訊いてみると、さらに秒で「リー姉も連れて行きます」と返信があった。

 何だかんだと大所帯になってしまったけどまあいいだろう。

 最後にもう一度だけ、ライラにメッセージを送った。



 出発地点のレンタカー屋さんに到着し、支払ったお金を一部返してもらって退店したあたりで、急にフレアの機嫌が悪くなった。人のことを良く見ているラハムさんもフレアの様子に気づいたらしい。


「どうかされたんですか?」


「え?あ、いいえ、途中で終わってしまって残念だなと思いまして」


「それならまたお出かけしましょう!今度は自然公園などにも行ってみませんか?」


「そうですね」


 ちなみにだが、フレアは機嫌が悪くなると真顔になる。何を喋ってもつんとした顔になるので、慣れると大変分かりやすい。

 しかし、何に怒っているのかが分からなかった。ドライブが中止になったのならそれこそ今さらのように思うのだが...

 けれど、その理由はすぐに分かった。バスターミナルに併設されている公衆トイレの手洗い場で妹から切り出してきた。


「ちょっとお姉ちゃん、アキナミさんのことほったらかしにしてない?」

 

「んぇ?」


 咥えハンカチで手を洗っていた私は妹の言葉に呆気に取られた。


「さっきメッセージもらってお姉ちゃんどうしてるかって訊かれたんだけど」


「何でフレアに訊くの?」


 あからさまな溜息を吐かれてしまった。


「ええ……何その溜息……」


「ほんと、お姉ちゃんって人の機嫌取るの下手だよね、アキナミさんが可哀想」


 さっきの真顔とは打って変わって今は眉を寄せて口もへの字になっている。何でフレアがそこまで怒るのか疑問なのだが、そう言われたらこっちもむかっ腹が立ってきた。


「言っとくけどアキナミにもメッセージ送ってるからね、今日のこと」


「んぇ?」


 私と同じように咥えハンカチをしているフレアがくるりと向いてきた。


「スルー」


「ふぉふぇふぁおふぇひゃんは─「行儀が悪い!」─ぷえっ!ちょっ!」


 濡れている手を払って雫をフレアの顔にかけてやった。


「もぅ!何すんの!」


「ちょっ!濡れるっ!」


 仕返しと言わんばかりにフレアも濡れた手を払ってきた、温い雫が私の顔のぴちゃぴちゃとかかっている。


「ライラって人もお姉ちゃんの身勝手さに怒ってるんだよ!」


「いやもう!何であんたがそこまで怒るの!」


「こうでもしないと構ってもらえ──」


 激しい水かけ合戦が急に終わった、フレアが動きを止めたからだ。トイレに人が入ってきたのかと思ったけど違うらしい、私よりほんの少しだけ背が高い妹が顔を真っ赤にしていた。


「こうでもしないと何?構って……何?」


「……別に」


 挙句、ついと私から視線を逸らした。本人的には相当やらかしたらしい、私が近寄ってまだ濡れている手を握っても目を合わせようとしなかった。


「こうでもしないと何?」


 しつこく訊くと、ようやく観念したのかちらりとこちらに視線を向けた。


「………お姉ちゃん、私のこと避けてるでしょ、何となく分かるんだよ」


「そりゃだって、あんたがべったりなんだもん」


「……何それ、そんなんで避けてたの?」


「そんなんって言うけど人には人のペースってものがあるの、それを守ってもらえないなら誰だって嫌になるよ。フレアにも嫌なことってあるでしょ?」


「ない」


 食い気味で答えた妹にデコピンしてやった、ぺちんと弱々しい音が鳴っただけで大して痛くもなかっただろう。


「嘘つけ、あんたって楽しんでる時に邪魔されるの嫌いでしょ?キラの山を見学してた時はずっと一人だったじゃん」


「………分かってて離れてたの?」


「そりゃあね。だからフレアも今度からそういうのを学んで、いい?」


「……うん、まぁ……」


 ここぞという時に言葉を濁す、私もそうだ、変な所だけ似ている。

 まだ頬が染まっている妹の手を引いて、トイレから出て行く間際にこう言った。


「ごめんね、ちゃんと言わなくて。もう気にしなくていいからね」


 妹は返事の代わりか、私の手をそっと握り返してきた。

 外で待っていてくれたラハムさんがぱっと顔を輝かせ、かと思いきや凄い勢いでバス停からこちらに走ってきた。そんなに待ち遠しいかったのか──「透けてます!下着!」



✳︎



 クランからメッセージが届いた、良ければご一緒しませんかと。いいよと返事を返し、待ち合わせ場所に到着した時には真っ赤に燃える太陽がようやく海に沈んでクーリングダウンする時間帯だった。

 両親と一緒に出かけていた私は家に帰ることなく、少しだけお嬢様っぽく見えるサマードレスを着たままバスターミナルに来ていた。

 それがまずかったのかもしれない...


「わあ!凄く可愛いらしい妹さんですね!おいくつぐらいなんですか?」


「………」


「………」

「………」

「………」

「いくつぐらいに見える?」


 やって来た二度目のナディの自宅にはもうあらかた人が揃っていた。ド派手ピンクのラハムという女性、それから初めて会うナディの同郷の友達、そして私とアーチー姉妹である。

 ラハムという人はキッチンに立っているのでこっちを見ていない、リビングに揃っていた私以外の面々は絶句している、その中でも─やっぱり─ナディだけが口を開いていた。悪戯を思いついた悪ガキのようにニヤニヤと笑っている。


(まあ後で仕返ししてやるとして……)


 私の目の前には、確かに太陽のように笑う女の子がいた。髪は透き通るように綺麗な茶色、所々に分かりづらい黒のメッシュを入れてるのがまたお洒落だった。髪の長さは私と同じくらいだろうか、セミロングの髪は綺麗で手入れしているのが一目で分かる。それに服装もお洒落で、どちらかと言うとライラの妹と言われた方がしっくりくるぐらいだ。

 でもまあ、一番印象的なのは綺麗な瞳だろうか、太陽が自分の役割を疑わないようにこの子の瞳も真っ直ぐに私を見つめていた。歳は絶対に勘違いしているだろうけど。

 たっぷりと間を含んでから答えてあげた。


「二五」


「…………………え?」


「こう見えても私、成人してんのよ。何ならあんたの前でお酒呑んであげよっか?」


 小さな声で「カシスとミルクしか飲めないくせに」と聞こえてきた。私の歳が信じられないのか、あまり似ていない姉に向き直ってきちんと死刑宣告を受けていた。


「うん、その人私たちより歳上だよ」


 これでもし、この子が「うっそだぁ」とちゃらけるようなら脛でも蹴飛ばそうかと思ったがその必要はなさそうだった。みるみる眉を曇らせていったのであっさりと溜飲が下がった。


「はいはい、子供に間違われるのは慣れてるから気にしなくていいわよ。あんたがフレアよね?よろしく」


 差し出した手を恭しく握ってから「すみませんでしたぁぁぁ!」と泣き始めた。うんうん、姉と違ってこの子は大変素直でよろしい。

 少し涙目になっているフレアが私に尋ねてきた、どうやら人に対して物怖じしないらしい。


「マイヤーさんはお姉ちゃんと一緒に働いているんですか?」


「会社が同じだけで職場は違うわ、こいつが漁業課で私は造船課」


「へぇ〜そうだったんです……ね?何でお姉ちゃんと仲良くしているんですか?」


「私にとっては可愛い後輩だからよ」


 ナディからしてみればまたぞろ文句を言われると身構えていただろうが、これが私なりの()()()だった。言われた本人は罰が悪そうにそっぽを向いていた。


(ふふん)


「ちなみに私は元観光課、この子も同じ所で働いてるよ」


 気さくに割り込んできたのは姉のリッツだった。こんがりと陽に焼けているのでどことなくフレアと似ている。

 紹介を受けたクランはぺこりと頭を下げただけで何も喋らない、どうせ心の中だけで自己紹介しているんだろうと思うと─私も─悪戯心が芽生えた。


「どうなのよ、見立て通り魔法を使えそうなの?」


「え?ま、魔法ですか?」


「………っ!」


 クランがそれはもう必死になって頭を振っている、隣に座っているリッツに髪の毛が当たっているので少しだけ迷惑そうにしていた。

 そのリッツが今度は私に話しかけてきた、何気この場は初顔合わせが多いので何かと大変だ。


「セントエルモの時は私の妹がお世話になりました、どうもっス」


「敬語使わなくていいわよ、アリーシュと仲が良いんでしょ?」


「お?ってことは私とマイヤーさんって同い年?」


「そうなるわね、よろしく」


 リッツとアリーシュ談義に花を咲かせていると、我関せずと関係がない者たち同士がロフトに登っていった。「夕焼けぱねえ!」とか「さっきの魔法ってどういう意味なんですか?」と主にフレアが喋っている。質問を振られたクランはたじたじだ、ああやって距離感関係なくぐいぐいこられたらひとたまりもないだろう。

 こっちの姉は姉らしく、フレアと話すクランを微笑むようにリッツが見ていた。


「ありがとう、あの子の相手をしてくれて。ほんと人見知りが激しい子だからさ、ここ最近になるまで友達の話をしなかったから心配してたんだよ」


「そんなのいいから。それにクランってああ見えて口が強いんじゃないの?」


「分かります」


 大人組の会話に口を突っ込んできたのはナディだった、何が分かるのかと話を振ってみると、


「ライラのことでけちょんけちょんに言われました」


 そのけちょんけちょんに私もけちょんけちょんを追加してやった。


「そりゃそうでしょうが、あのタイミングでライラの所に行かないのはさすがに本人が可哀想だもの」


「……何なんですか先輩まで……」


 恨めしそうに私を睨んでいる。


「あのねぇ……あんたって相当無茶やってたんでしょ?それをされた相手はどう受け取ると思う?」


 変な答えが返ってきた。いやこいつらしいと言えばそれまでかもしれない。


「……あんまり気を遣わせるのもあれかなって、ありがとうって言わせるのも何だか気が引けてました」


「逆」


「──え?」


「ライラはあんたに心からありがとうって言いたかったはずよ、惚れた惚れていない関係なくね。人としてそれって当然のことじゃないの?それをあんたは自分から逃げ回ってたでしょうが」


「………………あぁ、そっか、だから怒ってたのか……」


「危険もかえりみず助けてくれた相手なのに、逃げ回られるってどんな心境かしらね」


「…………」


「いい?自分に卑屈になるのは勝手だけど、人からの好意に卑屈になるのは止めなさい、誰も得しないから」


 さらにまた人が割り込んできた、ナディの友達のアキナミだ。


「はーいはいはいはい!ナディをいじめるのはもう止めてください!いいですね!」


「初めまして、私はジュディスよ」


「………アキナミです、どうも」


 アキナミもナディと一緒で黒い髪をしている、が、この子はあの特個体パイロットのヒイラギとかいう青年に近いかもしれない。肌はいくらか焼けているがおそらくただの日焼けだろう。

 よほどナディのことが大事なのか、挨拶もなしに割り込んできたアキナミはなかなか豪胆と言える、友達思いと言っても良い。ほんとこいつは人に恵まれているようだった。


(羨ましい……)


 しょげた顔をしているナディの頭をリッツが優しく撫でている、「ライラちゃんは呼んでないの?」と尋ね、「ああそうだった」と何かを思い出したようだ。


「何よ、一人で納得して」


「いやそれがね、ライラちゃんって今日は確か空軍に呼び出されていたはずなのよ。今はクックにいるはず」


 もう一度ナディの頭を撫でてから「そりゃ来られないよね」と。ライラの事を聞いたナディの眉が寄せられた。


「……大丈夫なんですか一人で」


「うう〜ん……いっぱいいっぱいなんじゃない?何となくナディちゃんたちの事情は察したけど、それどころじゃないような気もするよ。また明日にでも電話してあげたら?」


 ナディは無言で携帯を取り出し、両手で素早くタップしている。ライラにメッセージを送ったのだろう、隣にいるアキナミは面白くなさそうに拗ねた顔つきになっていた。


(はっはぁ〜ん……そういう……)


 ま、二人の関係が分かったところで私はどうしようもない。恋路を邪魔して馬に蹴り殺されたくなかったからそっと立ち上がりキッチンへ向かった。

 キッチンに立っていたド派手ピンクのラハムは楽しそうに料理を作っている。カウンターから覗き込むとようやく私の存在に気づいた。


「まあ!可愛いらしい方ですね!アーチーさんたちの妹さんです────はっ?!」


「何よ」


 前半は思った通りの反応なのだが後半はそうではなかった、私の顔を凝視しながら固まっている、ついでがばりと自分の頭を庇った。


「あの乱暴なお客さん!ラハムはもう叩かれたくありません!」


「はあ?あんた何言ってんの?人聞きの悪いこと言わないでくれる?」


 何だ何だとクランとフレアがキッチンにやって来た、しょんぼりナディも何事かとこっちを見ている。


「人聞きの悪いだなんて!あなたは確かに何度もラハムの頭を叩いたではありませんか!」


「まだ言うの?初対面の人間に対して何てこと────」


 ──いや、ちょっと待てよ、確かこいつの名前は"ラハム"...よね?あのポンコツ店員の名前も確か"ラハム"...だったはず...


「──同じやつって私頼んだことある?」


「あります!そしてラハムはきちんと答えたのにこのポンコツが!と言って頭を叩きました!」


 相手のラハムはガグブル状態である、フライパンに乗っている魚の切り身が焦げかけていた。


「その時にナディさんに庇っていただいたんです!」


「ああっ!」

「ああっ!」


 いつの間にか後ろに立っていたナディも声を上げた。


「そういう事なの?!私が助けたってあの時のふよふよ店員だったんだっ!」


「ああ……あの時のかぁ……じゃああんたがマキナっていうのは──どういうことなの?」


「どういう事なのと言われましても、マキナはマキナです……もうこれ以上ラハムはあなたに叩かれたくありませ──ああ?!焦げてる焦げてる!」


 今度は私が皆んなからけちょんけちょんに言われる番になってしまった。



✳︎



 皆んなから一斉攻撃を受けてしまったジュディ先輩が拗ねながらロフトの上に逃げ込んだ。「仕方がないじゃない!」と言い訳にすらなっていない言い訳を口にしながら、ロフトに上げていた私物を爆弾のように投擲してくる。


「止めてください!壊れたらどうするんですか!」


 ロフトの上から「ふん!」と声が聞こえ、静かになった。

 キッチンで料理を再開したラハムさんに近づき、それとなくフォローを入れると何故だか釘をさされてしまった。


「ラハムのことはいいですからお友達に電話をしてあげてください」


「いやでも…今は忙しいんじゃ…」


「留守番電話に想いを残せば良いではありませんか。きちんと届きますから」

 

 ぷるぷると震える腕を持ち上げ、「ラハムもあの人と仲良くなってみせます」ふんす!とやる気を見せている、そんな事言われたらこっちも頑張らないといけない。


(どんだけ叩かれていたんだろ……)


 あらそういえばと何かを思い出したが、携帯に着信が入ったのですぐに忘れてしまった。


(ライラ!)


 画面に表示されている名前はライラだった、けれど私の携帯の画面を隠す手があった。


「……何やってんの」


「………」


 アキナミだ、口をへの字にして私の顔を見ようともしない。

 今日のお出かけもホムパも、結局私にではなくフレアに返事を返している。ここに来てからまだ一言も口を聞いていなかった。

 

「アキナミ、さっき庇ってくれたのは嬉しいけど、これは嬉しくないよ、どうして邪魔するの?」


「どうしてか分からないの?」


 部屋の入り口の前で固まる二人、キッチンを挟んだ向かい側では皆んながジュディ先輩を慰めている、誰も私たちに気づいていない。

 せっかくかけてくれたのに、コールが鳴り止んだ。


「………教えてくれる?」


 アキナミの気持ちが分からなかった、普段は物静かな友達だし、何なら妹のフレアより妹っぽい、どこか放っておけないのが私の中での"アキナミ"という人柄だった。

 けれど向こうは違うようだ。


「……離れたくない……から、その子と仲良くなってほしく………ないから」


「アキナミのことを苛める人はもういないよ、それでもなの?」


「…………そういう……事じゃない」


 セレンからラウェに引っ越してきた時、初めて仲良くなったのがアキナミだった。この子は髪の色が私と同じで、肌の色が皆んなと違っていた。ラウェにはカウネナナイの人もウルフラグの人も住んでいるけど、要はそういう事だと思う。たったそれだけの事でアキナミは輪の中に入れないのでいたのだ。

 薄く開いた部屋の扉から茜色の光りが漏れている、その光りに埃が照らされてキラキラと舞い、毛先が跳ねているアキナミの頭を見ながらこう言った。


「──もし仮にだよ?今日明日、私が結婚するような事があったとしてもアキナミと離ればなれになるつもりはない」


「……ずっ友って言いたいの?」


「ふざけないで」


 また痛くもないだろうデコピンをぺちんと放ってから続きを話した。


「そういう事じゃなくて、アキナミは私にとって"家"みたいなものなの。嫌いになるとか好きになるとかじゃないじゃん、私だってアキナミに離れられたら悲しくなる」


 そこでつと、ようやく顔を上げてくれた。太陽の光りで頬が赤く染められている。


「……そうなの?ナディでも悲しいって思うの?」


「当たり前だよ、私だってアキナミのことが好きなんだから」


「………………うん、分かった、それならいいよ」


 口をもにょもにょさせながら、すっと手を引いた。「電話していいんだね」と尋ねると、「そんなにしたいんならいいよ」と謎の上から目線だったのでもう一度デコピンしてやった。


「いたっ!」


 今度は良い音が鳴ってくれた。



✳︎



(まーたナディさんはそうやって息を吐くようにフラグを立てる……それが今後の伏線になるとも知らずにいやでもそういう所があの人の良い所というか私も助けられた所でもあるわけで)


「クランさん?」


「あ!はい!すみません……」


 キッチンの奥、ナディさんの自室の前で二人が何やらやっているのが横目に入ったのでつい見てしまい、手元が疎かになっていた私をフレア...さんが催促してきた。


(駄目だ、さん付けで呼びたくなる……)


 ラハムさんが作ってくれている料理を待っている間、私とフレア...さんはテレビゲームで遊んでいた。

 ちらっとフレア...さんを盗み見る、私より歳下なのは間違いないのにこの溢れ出るオーラは何?思わず敬語を使いたくなってしまう。テレビ画面は小さな頃に流行ったパーティゲームである、私が操作するキャラクターがいつまで経ってもマス目を移動しないのでフレア...さんがこっちを見てきた、つまり視線が合った。


「面白くなかったですかこのゲーム、私は良くお姉ちゃんと一緒に遊んだんですけど……」


「あ、いいえ、その……フレア……もこういうゲームを……するんだなと、思いまして」


 何とかさん付けせずに済んだけど凄い違和感、ハイスクールに通っていた時もフレアのような人は沢山いたけど接したことはなかった。自分とは対極に位置する存在...と認識していたけどどうやら違ったようだ。フレアの口から私も馴染みのあるゲームのタイトルがぽんぽんと出てきたので、驚きと親近感が湧いてきた。


「意外とゲーマーなんですね」


「いや、お姉ちゃんの影響ですよ。それより敬語使わなくていいですよ、私の方が歳下ですし、何だかむず痒いです」


 たはは、とだらしなく笑うフレアは愛嬌があった。恐るべきコミュニケーション能力である、けれど悪い気は全然しなかった。視界の隅でリー姉がニヤニヤしながらこっちを見ているのは気に入らなかったけど。

 そんなこんなで途中からナディさんのお友達であるアキナミさんも合流し、三人で遊ぶことになった。アキナミさんはフレアを「フィーちゃん」と呼んでいるので、昔からの知り合いらしい。


「セント……エルモだっけ?どんな事してたの?」


「私は司厨員としてレストランで働いていました」


(お、何やら上機嫌よっぽど嬉しいことを言われたのかな)


 などと心の中でも相槌を打ちながら会話を続ける、キッチンから食器を並べる音が聞こえ始めたのでそろそろ出来上がる頃合いらしい。


「へぇ〜……クランちゃんぐらいおとなしい子だったら注文もとりやすそう」


「アキ姉の時は違ったの?」


 フレア...さん(ああ!)にアキ姉と呼ばれたアキナミさんが、ゲーム画面をうむむと睨みながら答えていた。あれかな、アキナミさんはフレア...(よし!)にとって私でいうところのピメリアさんのような人かもしれない。


「うん、もの凄く偉そうな人たちばっかりだったから」


「へぇ〜ご飯食べる度に偉そうにされるのは何だかヤだね」


「そうそう。クランちゃんも今度の遠征に参加してみる?たぶん、凄く人気者になると思うよ」


「えっ!……あ、いえ、私は自分の部屋が恋人みたいな存在なので離れるわけには……」


 急に話を振られ、つい変な例えを入れながら答えてしまった。「えー何それ〜」と二人にせせら笑いされるかなと心配になったけど、返ってきた答えは「分かるわ〜」だった。

 本当に人は見かけによらないらしい、自分とは対極に位置する人たちだと思っていたけど、案外似通っている所があったのだ。

 知らない人といきなりゲームで遊ぶことに緊張していたけどそれも解れ、元気な声でラハムさんが「出来ましたよぉ〜!」と良い匂いを放つお皿をリビングのテーブルに乗せ始めた時、私は問答無用で誰かに首根っこを掴まれてしまった。


「クラン、ちょっとこっちに来てくれる?」


「え!何で──」


 頭上からとても冷たいリー姉の声が降ってきた、そしてすぐに理解したというか思い出した。


(あ!あ!あ!あの事だ!言うの忘れてた!)


 ちらりと仰ぎ見たリー姉は、携帯を持って薄らと笑っている。普段は滅多に怒らないリー姉だが、怒ると滅法怖い。


「ちょ!違うのっ!言うのを忘れていただけで──」


「いいから、ちょっと廊下に出て。皆んなと美味しくご飯食べたいでしょ?先に話を済ませちゃおっか」


「ちょちょちょっ……た、立つから!」


 リー姉の変わりように皆んながぽかんとしている、本当にこういう所が姉にはある、普段は周りに気を遣うくせにいざとなったら人の目が気にならないぐらいに強く出てくる、つまりそれぐらい怒っているという事である。

 悲しい、誰も止めようとしてくれない、あのラハムさんですら( ゜д゜)である。



✳︎



 拗ねるのも飽きたのでトイレを済ませている間、隣にあるレストルームから「何が夏物語の王子様」よの辺りまで耳に入れてから、そそくさと退散した。

 よくもまぁ、ひと様の家であそこまで怒れるものだ。私の両親もそこらの分別は持っていた、持っているだけであっちの方が優しく見えてしまうのは不思議だけど。

 リビングのテーブルの上には料理がもう既に並べられており、いくつかお酒の瓶もあった。アーチー姉妹以外はもう席についている、あの二人をおいて始めるか待つべきかと悩んでいるようだ。

 私は空いていたアキナミの隣に座り、遠慮なくお酒の瓶を取った。


「え、始めちゃうんですか?まだあのお二人が戻ってきませんが……」


 ラハムがおずおずと声をかけてきた、まだ私にビビっているらしい。


「別にいいじゃない、パーティーだって知ってて身内で話し合っているんでしょう?場を弁えない方が悪いわよ」


 いくらかすっきりとした面持ちになっているナディが口を尖らせた。


「ほんと先輩ってそういう所ありますよね」


「それに、私たちまでしんみりしてたらあの二人も入りづらくなるでしょ」


「考えているのか考えていないのか良く分かりません─「あんたはいちいち文句を言わないと気が済まないのか!!」


 それが合図となった。


「かんぱーい!!」


 それぞれが勝手に注いだグラスをかきんと鳴らしてパーティーが始まった。テーブルの上には店にも引けを取らない数々のお皿が並び、未成年たちは我先にと舌鼓を打った。


「──んまぁ〜っ!!」


「本当ですか!」


「これ凄く美味しい……これ本当にラハムさんが作ったんですか?」


「ラハムですぅ〜!ラハムが作ったんですぅ〜!」


「本当に私の嫁になってほしい……」


 皆んなから褒められているラハムはとても嬉しそうだ、とくにナディの言葉に感激したのかがばりと本人に抱きついている。


「あぁ!落としたっ!もったいない!」


 服の汚れより落としてしまった食べ物らしい。

 私も一口だけもらってからラハムに言ってあげた。


「美味しいじゃない」


「………どうもです」


 ラハムの言い方にカチンときたのですくっと立ち上がると、アキナミとフレアの両方から止められた。


「そういう所!そういう所が怖いのです!」


「お、落ち着いて!ラハムさんも変に喧嘩売らないで!」


「ナディにばっかりデレデレして!みっともないのよ!」


 我関せずと黙々と食べ物を口に運んでいるナディの後ろに隠れていたラハムが、「おや?」と言いながら姿勢を戻した。


「………それはあれですか」


「何よ」


「嫉妬ですか?ラハムに甘えられたいのですか?」


「はあ?何でそういう話になるの?みっともないから止めなさいって──」


 むっふふふぅと変な声を出しながら今度は私に抱きついてきた!


「ちょ!」


「あ〜!ジュディさんはそういう性格だったのですね!そうと分かれば何も怖くありません〜!ん〜よしよし」


「止めろこら!ちょ、もう!」


 抱きつかれ、無理やり頭を撫でられている。屈辱である、しかし誰も私を助けようとしてくれない。それどころか「仲直りできて良かったですね」と言われる始末である。



 席を外していた二人も合流し、皆んな揃って飲み食いしているといきなりナディが立ち上がった。


「あ!忘れてた!ラハムさんちょっといいですか?」


「皆さんがいるのにラハムとベッドインです──あ!うそ!冗談ですから!」


 下品な冗談を口にしたラハムのお腹や脇腹をナディが突いている、随分と仲が良くなったようだ。

 ナディが誰も見ていないワイドショーから外部入力画面に切り替えている、皆んなは何事かとグラスを傾けながら見守っているだけだ。

 何も説明しないナディが自室に引っ込み、二股に分かれたケーブルを持って戻ってきた。一方をモニターに挿し、二つに分かれた端子を携帯に、最後は驚いたことにラハムの耳の後ろ側にすぽっと挿しこんだ。


「あんた何やってんの?」


「今からティアマトさんとテレビ電話をしようと思いまして、ラハムさんのお母さんです」


「???」


 首を傾げたのは私だけではあるまい、ナディが何を言っているのか良く分からなかった。


「え、というか本当に充電できたんだ……」


「ラハムさん、痛くないんですか?」


「はい……ラハムの初めてはナディさんたちに……」


「馬鹿な事言ってないでティアマトさんに繋げてください」


「ティアマトって誰なの?そもそも説明が足りなさすぎるんだけど……」


 ぽかんとしていた私たちに出来た妹ことフレアが説明してくれた。

 どうやらこの三人はティアマトと呼ばれるマキナと会うつもりだったのだが、途中で車が故障してしまいあえなく断念し、それならホムパで人を呼んでオンラインで会話しようとしていたらしい。

 そういう事は事前に言っといてほしいものだが、今さら文句を言っても詮無きことである。


(マキナ……ねぇ〜)


 正直に言ってしまえば胡散臭い、マキナという存在が何をしているのか不明瞭だし、かと言って私たちに害を与える存在ではなさそうだ。だからと言って信用できるかと言われたらそれもまた別問題なのだが...そこら辺、ナディは何とも思っていないのだろうか。

 モニターはナディの携帯画面が映し出されている、勿論ティアマトという人物の名前はアドレス帳に登録されていない。


「どうやって電話をかける──」


 私が言い終わらないうちに、名前が表示されていない呼び出し画面に切り替わっていた。初めて見た、ぷるぷると震えている受話器のアイコンの上が真っ黒になっているところを。

 

「何これ!手品じゃん!」

「いや手品というよりゲームっぽい」

「こんな簡単に連絡取っても大丈夫なの?」

「あ、ナディさん、そっちのお皿こっちに──ありがとうございます」


 三々五々の感想が述べられている、クランだけ全く見ようともしていないが。

 やけにコール時間が長いなと思った矢先、唐突に画面が真っ暗になってしまった。


「ん?」

「あれ?」

「故障?」

「またですか……」


 ラハムが意味深な事を呟き目蓋を閉じてむむむと唸り始めた、どうやら相手先と繋がりにくいらしい。

 こっちは待っているだけでいいのだが、周りからしたら何をしているのかさっぱり分からない。

 

「ラハムさん、繋がりそうですか?」


「うう〜ん……どうやらラハムは邪魔されているようです……それを何とか繋げようとしているのですが、さっきからぐるぐると……」


「誰に?」


「分かりません……誰なんでしょうか、ラハムとティアマトさんの邪魔をして得するなんて……」


「ねぇちょっと、退屈なんだけど。あんたの頭の中身モニターに映せたりしないの?」


 何気ない冗談のつもりだったのだが私は酷く後悔した。


「あ!そうでしたね、ちょっと待ってください」


「出来るの?!」


 プツンと途切れた画面にノイズが走り、主にゲーム実況動画を見ている面々が歓声を上げていた。私も何かすぐに分かった。


「わ!これホラゲじゃん!」


「一人称視点のやつだよね?!え、ラハムさんの頭はゲームだらけなんですか?」


「違いますよ!ナディさんたちがこの手の動画を好まれているのは知っていましたのでそれに合わせただけです!」


「うわこっわ……ナディってこんなのが好きなの?」


「ううん、プレイはしないけど見るのは好き」


「…………」


 画面には、薄暗い月明かりの元にある廃村が映し出されていた。家屋は古くどれも壊れている、子供の遊び場にしかり、古井戸にしかり、暗闇に近い物陰から何かが出てきそうな恐怖があり見ているだけで怖かった。

 ラハムが「あ!」と短く叫び、画面のプレイヤー?も突然走り出した。あちこちの家屋に飛び込み、知らない道をひたすら逃げ回っているように見える。


「何なに?追いかけられてるの?」


「音!音出して!」


「そこまでしなくていい!」と叫んだ私の言葉も虚しく、ラハムが「分かりました!」と答えた。無音だったモニターから荒々しい息と足音、軋む扉、花瓶が割れる音、背後から迫り来る聞いたこともない声が流れ始め、全員が固唾を飲んで見守る。

 どこも壊れていない、廃村の中では最も安全に見える教会を目前にした時、走っていたプレイヤーが急に立ち止まり──


「ああっ!!」


「────っ!」


 もう見たくもなかったので私は目を逸らした、幸いダサい所は誰にも見られなかったようだが場は大盛り上がりだった。


「そっちじゃない!」

「その民家に入って!井戸から出てきたよ!」

「クローゼットに入ってやり過ごす!そうそう!あ!出るの早すぎ!」

「リスタート地点に待ち伏せしてる?!こんな敵初めて見た!」


 よくもまあ...ホラーゲームであそこまで盛り上がれるものだ...

 プレイヤー?であるラハムはずっと目を閉じたままだが口元には笑みが浮かんでいる。もし、本当にあのポンコツ店員であればさぞかし今は楽しいことだろう。誰からも叩かれることなく(叩いていたのは私だけではない!)輪の中心になって賑やかに過ごしているのだ。

 なんのかんのあってようやくゴールと思しき教会に辿り着けたようだ、背後にまで迫っていた敵が「私を差し置いて……」となかなか怨念がこもった言葉を吐いて消失し、皆が喝采を上げた。

 教会の扉を開くとそこには、予想していた礼拝堂はなく変わりにどこかの休憩所のような場所が映し出された。孤を描くように配置されたソファには所狭しと様々なぬいぐるみが置かれ、その中央には小さな子供がうつ伏せの状態で寝転がっていた。

 カメラの角度で良く見えないが、頭が右に左にふらふらと小さく揺れているので何やらやっている様子だ、それに合わせて足もばたつかせている、まるで親の帰りを待っている子供のように見えた。

 しかし、あれがそのティアマトというマキナらしい。


「え!あれが?あの子もマキナなんですか?」


「はい!今はお絵描きをなさっているのではないでしょうか、ティアマトさんはぬいぐるみを作るのがとても好きなのですよ。お呼びしますのでちょっと待っていてくださいね」


 え、というかこの画面はゲームの続きではないのか...凝ったエンディングかと思ったけどどうやら違うらしい。

 またラハムがぱちりと目蓋を閉じた、数秒後、画面に映っていた小さな女の子がぴょこんと頭を上げてカメラ目線になった、そのまま立ち上がろうとしたらしいが誤って手を滑らせ、器用にもソファから滑り落ちてしまった。


[──あたぁ!]


「ああ!」

「痛そう……大丈夫かなあの子」


 立ち上がった女の子はとても長い亜麻色の髪をしていた。あちこち打ってしまったのか涙目になっている。


(可愛い………)


 きゅんときた、恥ずかしいのか眉根を寄せて口をへの字している辺りがとても可愛い。子供らしいワンピースの裾をぎゅっと掴んだままカメラに向かってくる、私以外の皆んなも黄色い声を上げて騒いでいた。

 ティアマトと呼ばれた子供がカメラの真正面に立った時また画面が真っ暗になった、不具合ではないらしくどうやら両手でカメラを覆い隠すようにして持っているようだ。

 また画面が明るくなると今度はずらりと並ぶ扉が映し出され、見切れてはいるがティアマトが何やらやっている様子だ。櫛はどこだのあの子はどこに行ったのかなど、耳に心地よい声が微かに届き、そしてカメラがくるりと向きを変えた。


[………ど、どうも、私はティアマト・カマリイ──]


 跳ねた髪の毛を必死に撫でながら挨拶している、しかし誰の耳にも届いていなかった。


「かっわ!ヤバいヤバいって!「きゃっー!可愛い〜!!お名前は何ていうの?![だ、だからティアマト・カマ「ちょっとおませな所が可愛い〜!!「連れてこようよ!今度は一緒にご飯食べようよ!ね!お姉ちゃんいいよね?!「あったり前じゃん!はぁっ〜〜〜可愛い………」


 一人も漏れなく可愛いコール、つい私もはしゃぎすぎてしまった。

 下世話なラハムのことだからてっきり拗ねているだろうと思って見やるが、


「…………」


 嬉しそうに微笑んでいるだけだった。

 

[な、そ、その、色んな声が聞こえるのだけれど、私の画面には一人しか映っていないの……]


 手近にあったぬいぐるみを抱きしめて、顔を半分程隠しながらそうティアマトがこちらに投げかけてきた。仕草がいちいち可愛い。


「あ!そうですよね、ちょっと待っててください……」


 ナディが慌てて立ち上がり、携帯のキーリングを駆使してモニターの下に立てかけている。ティアマトからしてみれば、ナディがドアップに映っていただけで何が何やら良く分からなかったに違いない。

 角度を調節して私たちが見えるようになった途端、ティアマトが「はぅっ!」と声を漏らしながら後ろに置かれていた大きなクマのぬいぐるみに隠れてしまった。頭隠して尻隠さず、どうやら私たちに恥ずかしがっているらしい。フレアが「お尻見えてるよ!」と声をかけると、ティアマトが芋虫のように這ってさらに奥へと隠れた。


「可愛すぎる」


 皆んなの気持ちを代弁してリッツがそう呟くと、画面に変化が起こった。(私たちの中では)渦中の人であるライラが映ったのだ。


「え!」


 真っ先に驚いたのはフレアである、この場にいる他の皆んなはライラの容姿を知っているので今さら驚いたりしないが、やはり知らない人からしてみればとても綺麗に見えるのだろう。口を開けばただの変態なのだが。

 どうやらはホテルにいるようだ、間接照明に照らされたライラはどこかのお姫様のようである。


「ライラ!良いタイミング!」


[え、な、何?何かあったの?]


 自室に一人だからかとてもラフな格好をしている、キャミソールの上からサマーカーディガンを羽織っているだけでも様になっていた。

 今日は初対面であるフレアはガチガチだ、まだ話してもいないのに緊張しているようだ。またむくりと悪戯心が芽生えた私は無理やり話を振ってやった。


「ライラ、この中に知らない顔があるんじゃない?」


[え?何ですかさっきから、いきなりそんなこと言われても────]


 ライラも気付いたようだ、ある一点を見て固まっている。


[え!もしかしてナディの隣にいるのって……]


「あ、は、はい!あ、姉がいつもお世話になっています……ふ、フレアといいます!」


[……………あ!こ、こちらこそよろしくね、ライラ・コールダーといいます]


 ライラはライラでフレアを神々しく眺めていた、うっとりとした事に何か意味はあるのかと疑問になるが変態の考えは分かるまい。

 いくらか初めましてトークをしていると、ぬいぐるみに隠れていたティアマトがまたひょっこりと顔を出してきた。構ってもらえなくて寂しかったのかまたちょっとだけ拗ねた顔をしている。そしてそのティアマトを見つけたライラも「あ!何今の生き物!」と興奮を隠せない様子だった。


[かっわ…………え?今何かアニメでも流してるの?]


「ううん、ティアマトカリィって人、私たちも初めて」


 ナディが間違った名前を教え、すかさず本人が訂正にかかった。


[ちが、違うわ!私の名前はティアマト・カマリイ!カリィじゃ──]


 ライラが画面の中で「可愛い!」と叫んだのは言うまでもないことだった。

 初めてのホームパーティーはこうして色んな事を置き去りにしながらずんずんと進み、可愛いコールを受けすぎて顔を真っ赤にしたティアマトが退散したあたりでお開きとなった。

 こういうのも悪くはない。今度はあのちんまい子も入れて一緒にやりたいものだ。

※次回 2022/4/2 20:00 更新予定

申し訳ありません、少しお休みいただきます。

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