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第24話

.レアノスに見守られて〜心のカクテルと小さな花〜



[………………………そう、それなら仕方がないわね]


 たっぷりと間を空けてから、ティアマトさんがそう悲しそうな声音で答えた。

 いつもは右折する信号を直進し、研究所があるという湾岸道路の途中にキラの山を仰ぎ見るサービスエリアがある、別名「マウンテンビュー」と呼ばれる場所に立ち寄り、フレアが喝采を上げた後に車に乗り込むと何故だか故障してしまったのだ。

 ラハムさんに繋げた(物理的に)私の携帯から、ティアマトさんに事情を説明し今に至る。きっかけを作ってしまった妹もしょんぼりとしていた。


「すみません……その、どうしても山を見たくて」


[……どうしてあなたが謝るの?車が故障したのは──でしょう?]


「あれ、どうしたんでしょうか」


 充電ケーブルを耳の裏に挿しているラハムさんが自分の頭を叩いている。まきなの人も機械の不具合はそうやって直すのかと思ってしまった。

 フレアと同じようにしょんぼりとしているティアマトさんがこれからどうするのかと尋ねてきた。


[車が動かせないのなら、あなたたちも移動できないでしょう?]


「あ、それなら大丈夫ですよ、レンタカー屋さんに説明して迎えに来てもらうことになっていますから。何で故障したのかって不思議がってましたけど」


[だからそれは──で、──だからでしょう?]


 また声が飛んでしまった、今度は私がラハムさんの頭を優しく叩いた。「それでは直りませんよ〜」むっふぅとラハムさんが私に抱きつき、今度は二人揃ってフレアに頭を叩かれた。


「何でラハムまで叩くんですか…」


「お姉ちゃんにベタベタしすぎ」


「おや?それはあれですか、嫉妬ですか」


「そう、悪い?」


「ストレート。ラハムはストデレと略します」


[楽しそうねあなたたち]


 しょんぼりから拗ねた感じのティアマトさんがそう言って、見られているわけでもないのにフレアにも抱きついていたラハムさんがすぱぱぱと離れた。

 その後いくらか話をしてから電話を切り、どうせ待ちんぼならもう一度山を見に行こうと話になった時、ライラからようやく返信があった。


ライラ:無理、今から空軍の所に行かなくちゃならないから


 車から降りていく二人を他所に、私は間髪入れずにライラへ電話をかけた。時間にして数秒もなかったのに...


「むぅ〜〜〜!何で出ないの!」


 その後も何度か電話をかけ続けたけど結局繋がることはなく、苛立ち紛れにハンドルをぱしん!と叩いた。



✳︎



(ふん!)


 少し前の私ならこんなにも電話をかけてくれるなんてと、小さな喜びに浸っていたに違いない。けれど今はそうではない、少しでも私の寂しさを知ってほしかったので絶対電話に出るつもりはなかった。


(嘘つきっ!)


「どうぞこちらに、もう間もなく中佐が来られますので」


「ありがとうございます」


 心の中は怒りと寂しさのカクテルで満たされていたけど、それを臆面にも出さず愛想良い返事を返した。

 私が訪ねている所はビレッジ・クックにあるレアノス内の空軍本部であった。レアノス内でも取り分けて高い位置に居を構えている本部はとても清潔で、そしてとても明るかった。「オリュンポス」と名づけられた太陽光発電システムのミラーは透過性もあり、外の光りをふんだんに取り入れてくれるからだ。

 しかし、悪酔い間違いなしの私の心のカクテルまでは照らしてはくれず、重い足取りのまま案内してくれる事務員の跡に続いた。

 そして、案内された会議室で仰天するような事を相手から持ちかけられた。


「…………私と、契約したい?」


「そうだ。事情聴取とは名ばかりでね、あの時はそう言わざるを得なかった、その事については謝罪しよう」


 その相手とは、先日私たちの前に姿を現したリー・キング中佐だ。今日も車椅子に座り、際立った腕を隠そうともせず机の上に乗せている。不思議な事に、太陽光を受けてもその銀色の腕が反射することはなかった。


「私と契約することに何の意味があるのですか?いくらコールダー家の人間だからといっても……」


 まるで自分が的のようだと、キング中佐の微動だにしない視線を見つめながらそう思った。この人の中ではもう確定事項なのだろう、私と空軍が"契約"するに値する事情も持ち合わせていた。


「君がカウネナナイに狙われているのはまず間違いない。今回だけでなく、今後も奴らは国内に発生したウイルスとやらを奪取するため君に接触を試みるはずだ。その理由は分かるかね」


「その前にご質問してもよろしいですか」


「何なりと」


「何故、今後ともウイルスが発生すると分かるのですか?」


「ここから内密にしてくれるのなら話そう」


「その答えだけで十分です。それと、何故私が狙われるかについてですが、大方人質といったところでしょうか、違いますか?」


「そうとも言えるしまだ足りないとも言える」


「………足りない?」


「コールダー夫妻は今、カウネナナイ領のルカナウアにいる、王都であるカイからは目と鼻の先だ。それからコールダー家が持つ資産の価値は両国共通であり、それには君も含まれる」


「…………」


「分かるかね、君たちはどちらにしても相手国を叩きのめす諸刃の剣なんだ、だからカウネナナイもウルフラグも君のことを監視している」


「…………」


 こっちの感情なんてまるでお構いなしである、カクテルに"不快"というリキュールが追加されても中佐は一方的に話し続けていた。


「だから、空軍としては君と契約を結びたい。両国間におけるボトルネックを護衛するともなれば、我々にもまだまだ存在意義というものが生まれる。軍内部でも最大戦力を有している空軍が返り咲くにはこれぐらい派手ではないと駄目なのだよ」


 人の心情を慮る人間ではないと知った私は遠慮なく言葉を返した。


「知ったことではありません、コールダーの名前をプロパガンダに使うのは止めてください、不愉快です」


 これが案外悪くなかった、面と向かって文句を言うのも。中佐も全く気にした様子を見せず、今まで余裕ある態度だったが少しだけ身を乗り出してきた。心なしか、微動だにしなかった目も生き生きとしているように感じられた。


「──そうはいうがね、では誰が君を護れるのかと言う話になる。君がどうこう言おうと名前自体が持つステータスはそれだけ周りに影響を与えるものだ。ここで私が「無償で護衛しよう」と提案したとして、君はそれを信じていたかね」


「──そういうことですか」


「そうとも。我々の目的はあくまでも空軍としての居場所を守ることであって君──と言うよりコールダーには興味がない。きちんとした契約はそれだけで信頼に値するものだと思っている。聞こえの良い言葉を述べて、その実私利私欲のために利用しようと企む連中と比べたら──我々の方がマシかと思うがね」


 そこで一息つくため、乗り出していた体を車椅子に預けた。生き生きとしていた目に"不満"の色が宿っているのは、きっと気のせいではないだろう。

 キング中佐の申し出は私を取り巻く環境をつぶさに物語っていた。カウネナナイだけでなく、国内においてもコールダーに近づこうとしている人間たちがいるのだと、それからも護ってみせようと中佐が言っているのだ。

 心のカクテルも忘れて頭を悩ませた、ここでキング中佐と──空軍と手を取ることが果たして本当に良い事なのか、社会の海原に出たばかりの私には判断できないことだった。私に分かるのはせいぜい相手の"良し悪し"ぐらいだ。それにその話を子供と知りながらも私に持ちかけてくるということは──


「………今、ルカナウアと連絡が取れないのですね」


「ほぅ……君は面白い、まるで司令官のようだ。今の話でそこまで理解したのかね」


 答えは"肯定"だ、ルカナウアにいるパパやママたちと連絡が取れないのだ。そんな事になっているなんてちっとも知らなかった。

 逡巡していた私にキング中佐がこう言葉を重ねてきた。


「君は人を見て判断しようとしているつもりらしいが、それは誤りだよ。悪人が自分の助けになることもあれば、善人のせいで自分が損をしてしまう時もある。それを見極めるものは何か、知っているかね」


「何でしょうか」


「状況だよ。どうすれば生き残れるのか、それは司令官ではなく戦場に立つ者にしか分からない。時として、上官の命令に背くことが生存に繋がることだってあるということだ」


「勝ち負けではないってことですか」


「無論。戦場でも人生においても、まずは生き残ることが最優先、勝利はその次だ。君も人攫いの身になってあちら側に渡りたくはないだろう?カウネナナイに渡ったところで家族と会える保証なんてどこにもない」


「…………」


 中佐の言葉は胸に良く響いた。もし、私がカウネナナイの手に渡ってしまったら...あの子とも会えなくなってしまうのだ。

 この人に対して信頼など一つもない、けれど、今回は──飲むことにした。


「………分かりました、あなたの仰る通りにします」


「良い、それで良い、我々の間に信頼など必要ない。もしかしたらもう空軍内部にも潜んでいるかもしれんからな、思う存分疑ってくれたまえ」


 がたり、がたりと音を立てている、私を取り巻く環境が私の立場が。

 こんな事なら八つ当たりせず、素直にしていればと心から後悔し、胸の内に溜まっていたカクテルを全てぶち撒けた。



 もう会えない、きっと厚生省の時と同じように連絡すら取れないと絶望していたが、


「連絡?好きなように取れば良い、私が欲しいのは君の身柄ではなく軍を動かすという大義名分だ。寧ろ好き勝手に動いてカウネナナイを刺激してくれた方がこちらとしても動き易い」


 この時程絶句したことはなかった。


「…………一言だけ申し上げてもいいですか」


「何なりと」


「クズって言われたことありませんか?」


 私もそれを口にするのはどうなんだと思ったがその言葉しか出てこなかった、それにこの人は変わったタイプのようで、"思い通りにならなければならない程燃える"人間のように見えていた。

 そして案の定だった。


「──ふふん、だからこそこうして未だに独り身なのだよ。いやしかし、君のような年端もいかない相手に言われるのはさすがに堪えるな」


「それ本気で言ってませんよね」


 棘のある言葉が嬉しいのか(もしかしてM?)さらに笑みを溢してこう言った。


「いやいや、私にだって人並みの恥ぐらい持ち合わせているさ、ただ──」


「それを上回るものを見つけてしまったとかですか?そんなに戦闘機に乗るのがお好きなんですか?」


 会議室を出た時は一歩引いていたが、今は隣に並んで歩いている。車椅子は自動制御なのか、静かなモーター音と一緒に勝手に動いていた。

 私の言葉を受けた中佐がゆっくりと─機械的な動作で─腕を上げてみせた。


「好き嫌いではない、私は空を飛ぶために生まれてきたようなどうしようもない男だ。蜜蜂が蜜を集めるように、魚が海の中で生きるように、私もただ空の中で生きたいと願っている──それだけなのだよ」


 中佐の目は誰も映していない、自分の腕すら見ていない、きっとこの人の言う通りに空に思いを馳せているのだろう、恍惚とした顔は不気味で、けれどとても自然なもののように思えた。

 だからこそ、私は少しだけ信頼を寄せることができたのかもしれない。この人は本当に私やコールダー家に興味がないようだった。

 ──と、思ったのだが...


「──だが、君は本当に面白い。相手を見て適度に距離を変えられる稀有な人間だ、私という人間を知らない時は怯えて距離を取り、屑だと知るなり遠慮なく罵倒してくる。そう、巡り合える相手ではないことだけは確かだ」


「どうも」


「そういう釣れない態度を取られると構いたくなるな。私に嫌われたかったら愛犬のように尻尾を振ることだ」


「…………」


 シカトしても駄目らしい、中佐の目は薄らと細まったままだった。

 変態(命名)中佐と並んでエレベーターに乗り込み、レアノスから見下ろせる街並みを見るともなく見ながら一階まで降りた。ここの街並みはあまり好きではない、隙間という隙間を埋め尽くすように建物を建てているのでどうしても鬱屈とした印象を受けてしまう。確か、パパたちもこの街を好いていなかったように思う。

 音もなく開いた扉の先は、もうそれだけで一つの球場のように広い総合エントランスがあり、(数えるのも馬鹿らしくなる程)何基ものエレベーターシャフトを背景にして一人の男性が立っていた。浅黒い肌につるりと剃った頭、すらりとした体躯を包んでいるスーツも立派なものだった。

 私の隣にいた中佐が小さく鼻を鳴らしたので、すぐに関係者であることが分かった。


「契約の方はどうか」

 

「恙無く」


「それは結構。どうも初めまして、私はガルー・ガーランド、この変態パイロットを部下として従えている者だ」


「初めまして、私はライラと申します。今後ともお見知りおきを」


 "変態"という部分に共感を抱いた私は素直に手を差し出した、けれどガーランドと名乗った男性はそれが不愉快だったのか、それとも先手を取られて面白くなかったのか、少しだけ眉を寄せてから握手に応じてくれた。


(普通はこういう反応よね、やっぱりこの人がおかしいんだ)


 ガーランドという人も人を見る力があるのか、私の視線を辿ってこう付け足した。


「この男を基準にしない方が身のためだ、空に人生を奪われた偏屈者だから常識は通用しないぞ」


「そのようですね。けれど私にご指導してくださいましたのでそこだけは感謝しています」


 ...どう言っても駄目のようだ、今の言葉の何が良かったのか、キング中佐がさらににんまりと微笑んだ。



✳︎



 はにかんだように笑う顔が印象的だった。

 教会で出会った男性は私より倍近く身長が高く、かと言って決して私を馬鹿にするような素振りを見せなかった。

 手にした小さな花─私が持てばそれなりに立派に見える─を、はにかんだ笑顔で渡しながらこう言った、あまり嬉しくはなかった。


「君のような歳で信仰に励むとは、立派なものだ」


「いいえ、違います」と言ってから、「私はただの付き添いです、熱心なのは両親だけですから」と答えた。それでも男性のはにかむ笑顔は曇らなかった。


「私の息子にも聞かせてやりたい言葉だ……ま、その息子のためにこうして信仰に励んでいるのだがね、なかなかどうして」


「はぁ……分かってくれる日が来るといいですね、この花のように」


 本当に言いたかった事は"蒔いた種が花開く時が来るように"という意味合いだったのだが、何せ慣れない比喩的表現に恥ずかしさを覚えて言葉をえらく端折ってしまった。

 それでも男性には伝わったようで、教会内に降り注ぐ"原初の星"の光りを受けて満面の笑みを溢していた。


「君の気遣いに感謝する。人の真心が勲章よりも身に染みるという事をここ最近知ったものでね、私もまだまだ下手くそのようだ」


「どうして励もうと思われたのですか──あ、いいえ、息子さんのためだと教えてもらいましたが……」


 本当に変わった相手だった。宗教的思想に頼らなくてもその体躯と凛々しい眼差しでこの世を渡っていけそうな人に見えたからだ。

 男性はつと視線を下げ、渡した花を見ながらこう言った。


「……息子は囚われていてね、海の世界に、それを救ってやりたいと思っているんだ。だが、私が持つものだけではどうしようもない、だからこの教会に訪れたんだ、それが始まりさ」


 話す内容はちぐはぐだった、それでも男性の一生懸命な心は分かった──ような気がした。

 私は持っていた花を男性に返した、相手はきょとんとしている。


「………?」


「この花を受け取る資格は私にはありません、あなたのような立派な方から貰うわけにはいきません」


 その男性の眉が曇った空のように悲しみに寄せられた。


「私はただ、君を励まそうと……」


「励ますのは私ではなく息子さんなのではないですか?」


「………っ」


「きっと、私はまたこの教会に付き添いとして来ると思いますので、その時に良ければお話を聞かせてください」


 男性の眉が曇り空から晴天のそれに変わっていた。


「励ます側が励まされるとは………良いだろう!私はリヒテンという、良ければ君の名前を尋ねても良いかな?」


 私は「ジュディスです」と答えた。

 リヒテンと名乗った男性が差し出した手はとても大きかった、私の両の手でも包み込めない程に。けれど、その大きな手なのにどこか頼りなく思えたのは、きっと私の気のせいだろう。



 月に一度の集会を終えて、ウルフラグ国内に唯一存在(公式として)している威神教会を後にしていた。

 私は好きではなかった。教会の教えがどうこうというよりも、励んでいない人を責めるような口調がどうしても気に入らなかった。私の両親もそうだった、周りに対する文句こそないが、一人娘である私に対してはいつもぶつくさと文句を言っていた。

 そんな中でも、リヒテンと名乗った人は嫌な感じは一切しなかった。初めて出会った私に対して花を渡して励まそうとしてくれたのだ。教会に通う人が皆んなこうであれば、私もきっとここまで毛嫌いすることもなかっただろう。

 それにだ、私は他人から花を貰えるような出来た人間でもない。常に戦って相手を蹴落として這い上がってきた人間だ、初対面の相手は必ず"そういう目"で見てしまう癖、みたいなものが付いていた。だから受け取らなかった。

 遠くにいても良く見えるレアノスのミラーを眺めていると携帯にメッセージが入った。私なんかに連絡を寄越す相手は今のところ数人しかいない。


ナディ:今日の夜暇っすよね


ナディ:私の家でホムパとかどうっすか


(腹の立つ切り口……)


 素直にうんと言いたくなかったのでライラの話を振ってやった。窓ガラスに映った自分の顔がニヤけていたのは...まあ、内緒だ。


ジュディス:それよりライラとちゃんと仲直りしたの?


 既読が付いたまま返事がない、車が郊外から都心部に向かう幹線道路に乗り上げた時にようやく返ってきた。


ナディ:まだっす、というか電話にも出てくれないです


ジュディス:何であんなに怒ってたのかちゃんと分かってる?


(あ、しまった、何だか説教くさいな……)


 ナディは本当に不思議な子だった、私みたいに人付き合いの悪い相手でも離れることなく接してくれるのだ。その分戸惑うこともあるけれど、憎めない相手だった。それなのに何て意地悪なことを...と、思ったのだがすぐに返事があった。


ナディ:何でか教えてください


(いやこいつほんとに朴念仁じゃん…)


 さあて素直に答えてやろうかもっとイジめてやろうかと悩んでいる時に、新しいメッセージがバナーに表示された。


「……ガングニール?」


 表示されたメッセージの見出しは「さっきの男についてだが…」と書かれており、運転していた私の父が耳敏く聞きつけて勝手に解説を始めた。


「お前も知っているのか。今でこそ人間たちの道具のようになってしまったが、その昔はこの世界全体を──」と、運転しながらぺらぺらと喋っている。

 父の話を無視し、ガングニールから届いたメッセージを開けた。


ガングニール:さっきの男についてだが、相手が誰だか知っているか?海軍大佐のリヒテン・シュナイダーだ


 それにはさすがに驚いた、まさか軍の、それも大佐といえばかなり位も高いはずだ。そんな人物が教会に足を運んでいるなんて...ガングニールからさらにメッセージが投下された。


ガングニール:何を話していたのか教えてくれ


ジュディス:嫌


ガングニール:いいのか?この間の写真、お前さんが乗っている車のカーナビに表示させることだってできるんだぞ


ジュディス:いいよ別に、両親のことはあまり好きじゃないから、むしろやってみせろ


ガングニール:軍の大佐が敵国に総本山を置く教会に足を運んでいるんだ、これがどういう事か分かるか?


 力技を断念し、今度は説得を試みているようだ。


ジュディス:スパイとでも言いたいの?さすがに映画の見過ぎじゃない?それなら私たちはどうなるの?


ガングニール:これ以上協力を拒むのなら、然るべき手続きを取ってからマイヤー家に事情聴取として出頭命令が下される


ジュディス:それでいい、その時によろしく


 ふんと鼻を鳴らした、こういう力任せにしようとしてくる輩は人でも何れにしても大嫌いだった。

 私のメッセージに既読が付いたまま時間が流れ、熱にうなされたように話し続けている父にうんざりとした時、ガングニールから返事があった。


ガングニール:すまん、何があったのかだけでも教えてくれないか、今から警察署に令状請求するのめんどくさすぎる


ジュディス:最初っからそう言え馬鹿たれ、素直にお願いしないからこうなるのよ


 ガングニールが「お前が言うな」とメッセージを送り、かと思えば秒で消していた。消したってその履歴は残るというのに。


ガングニール:仰る通りです


ジュディス:駄目もう遅い、何を話したのか忘れた


ガングニール:そうくる?


ガングニール:まあいい、だが、大佐とお前が接触したことは保証局には知れ渡っている


ガングニール:悪く思わないでくれ


 変わった奴だ。そう思うのと、父の話を思い出したのが同時だった。


ジュディス:あんたって昔はこの世界全体を守っていた存在なの?


ガングニール:wpt//らはま579/………まやたjp


「な、何だ何だ……急に文字化けして」


 思わず口にしてしまったが、車はちょうど縦貫道路に差しかかっていたので声を聞かれることはなかった。私の声より車のエンジン音の方が大きかった。


ジュディス:まやたら//tpw


 さらにぎょっとした、私が打ったメッセージも勝手に文字化けを起こしていたからだ。

 そして、その後は何事もなかったように─あの日と同じように─メッセージの履歴も含めて跡形もなく消え去った。

※ 次回更新 2022/3/26 20:00 予定

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