表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
153/335

第23話

.追いかける二人



 会議室の窓から差し込む光りが一段と強まった時、遅々として進まなかった対策会議が終わった。

 対策なんてものは何もなく、互いの粗探しをしたに過ぎない会議であったが我々が置かれている状況について良く理解できた。


(マキナか……きちんと対応していれば今回の件は防げていたのかもしれん)


 会議に集った面々が一言も挨拶を交わすことなく足早く退出していくなか、一人腰かけたまま資料に目を通していた。


(確かに、五年前にもたらされた情報に何ら偽りはない……五年も前からこんな物が海の中に存在していただなんて……)


 当時の私は内閣官房副長官を務めており、その時から大統領として責を担っていたマクレーンからもいくらか相談を受けていた。相談を受けただけだ、とくにこれと言った対策があったわけでもなく、いきなり「マキナ」と呼称する存在から話を持ちかけられた内閣府は"蓋"をすることにし、長らくの間遠巻きにしていた。

 その結果がこれだ。グガランナ・ガイアから提出された古文書についても改めて審議せざるを得なくなってきた、有り体に言ってもう無視することができない。


「グランムールさん、お時間いただけますか?」


 まだ会議室に残っていた厚生省の大臣政務官に声をかけた。


「構いません」


 私と同じように眼鏡をかけた中年の男が、まるで私の言葉を待っていたかのように、そう自信たっぷりに言葉を返した。



 やはりこの男は私からの接触を待っていたようだった。

 会議室から場所を移し、私の執務室に通してからグランムールがすらすらと話し始めた。


「結論から申し上げますと、グガランナ・ガイアと呼ばれるマキナを早急に確保すべきです」


「と、言うと?」


 持参していた鞄の中から数枚の資料を取り出し私に渡してきた。そこには文部省が()()管理している研究所について書かれており、以前保証局から報告があった地下施設について事細かく記述されていた。

 

「古文書にある"十二の神"とはグガランナ・ガイアを筆頭にした"マキナ"と呼ばれる存在であり、私たちの国──と言うよりこの世界に干渉していた節があるのです」


「────」


 資料には"十二の神"と思しき名前がずらりと書かれていた、どうやら内々で調べていたらしい。その頭は「プログラム・ガイア」から始まり、終わりは「グガランナ」と書かれていた。


「この……プログラム・ガイアというものは?これもマキナに該当するのでしょうか?」


「いいえ、それに関しては基になった存在か何かでしょう。二枚目の資料にある椅子に"オリジン・ベース"と刻印れていますから」


 グランムールの言う通り資料を捲ってみれば、確かに椅子のような物体の背面に"オリジン"という刻印があった。さらに驚いた事に──


「これは……」


「ええ、それに関しては我々も驚きました。まさか海軍の軍歌がここに書かれていただなんて予想もしませんでしたよ」


 ...私の記憶が正しければ、ウルフラグ軍の創立に携わった男性が海軍のみ軍歌を作っていたのだ。それに習って他の軍も自分たちで軍歌を作った経緯があった。


「……まさか、当時の創立者はこの事を知っていた……?一言一句その通りではありませんか」


 私の言葉にグランムールが、天地がひっくり返るような言葉を発した。


「もしくは……その創立者がマキナだった──のかもしれません」


「────この創立者の関係者は?」


「ゼロです。過去の住民票から荒いざらい探しましたが近親者は誰も登録されていませんでした。ちなみに創立者の名前は「デューク」です、それ以外は何も記録が残っていません」


「…………」


 絶句、悪寒。足元から力が抜けていく感覚に囚われてしまった。しかし無理もないと思う、そう思いたい。

 グランムールがグガランナ・ガイアを確保すべきだと言った理由が良く分かった。これ以上、野放しにしておくのは大変まずい。


「──あなたのお話は良く分かりました。それで、彼女は今どこに?」


「ユーサ第一港に居ます、今はまだ大人しいですが……どうやらマキナは人との関わり合いを強く求めているようでして、ウイルスの件に関して研究員らと接触しているようです」


「ですが、そのウイルスとやらは──」


 グランムールが少しだけ視線をずらした、それから何事もなかったように続きを話す。


「──はい、カウネナナイの手に渡っています。このままではウルフラグを離れていく恐れがあるかと………」


 かけていた眼鏡を外して机の上に置いた、グランムールを前にして失礼かと思ったが頭を抱えずにはいられなかった。


(今からウイルスの返還を求める声明を……その前に臨時で招集して……早くとも一週間……)


 頭の中で忙しなく今後の予定を計算してから頭を上げた。


「……分かりました、カウネナナイに対する声明文に何とか組み込んでみましょう」


「ありがとうございます」


 ユーサの港がカウネナナイの襲撃を受けた事は国民の皆が知っていることだ、それに対して不安を募らせているし、国としても対応しなくてはならない。

 しかしとてもナイーヴな問題だった、長年争いを続けてきた敵国に対して声明文を発表するともなれば、どのような反応が返ってくるか分からないからである。

 カウネナナイと政府内の()()と、それだけで頭がいっぱいだったのにグランムールが「それから……」とさらに話を続けてきた。


「まだ何か?」


「はい、ラハムと呼ばれるマキナはご存知ですか?」


「────確か、もう既に破棄が決定された支援システムの名前だったと思いますが」


「はい、実はそれがですね、グガランナ・ガイアと同様に物理的な身体を有していた事が分かりました」


 私は慌てて資料を捲った、どこにも「ラハム」という名前は記述されていない。


「──しかし、」


「我々の予測ですが、"十二の神"に使役される存在ではないかと……サポートのような役割を持つマキナではないかと考えています」


「……それが何か?」


「そのラハムと呼ばれるマキナが民間人と行動を共にしています、今我々の方で監視を続けていますのでひとまずご承知ください」


「その民間人というのは?マキナに縁する人なのですか?」


 ──ここでその名が出てくるとは、いや、でも確かにあの時は──

 

「ナディ・ウォーカー、それからその妹にあたるフレア・ウォーカーと共にいます。どちらもセレンの出身者です」


 どこまでもどこまでも、我々は()()()から逃れられないようだった。



✳︎



 絶好のドライブ日和だった。開け放った窓から入ってくる風もからっとしていて気持ちが良いし、借りたこの車でどこまでも行けそうな開放感があった。

 「ラハムこれが良いです!」と、意外と我が儘なラハムさんが指定した車は大型車に分類されるSUVと呼ばれるもので、値段は張ったけど確かに車内は広くて乗り心地も大変良かった。

 しかし、ここで大きな問題が浮上した。


「ラハムさんって運転出来るんですね、まきなの人も教習所に通ったりするんですか?」


 大きなハンドルをぐるぐる回しながらこう言った。


「いいえ、ラハムは教習所という所には通っていないですよ。運転マニュアルをストリーミングしてそれを真似ているだけです」


「────え、ちょっと待って、じゃあ免許証は………?」


「持ってないですよ?」


 まさかの無免許運転!レンタカー屋さんに提出した免許証は私のものであり、車を借り受けたタイミングでラハムさんがずずいと運転席に座ったのだ。

 助手席に座っているフレアを目を丸くしている、後部座席でアームレストを引っ張り出しどこぞの社長さんのように寛いでいた私も思わず体を起こした。


「何で黙ってたんですか!無免許運転は犯罪ですよ?!」


「ええっ?!そうなのですかっ?!ラハムマズいことしてますか?!」


「してますしてます!今すぐ路肩に停めぎゃああっ!」


 フレアが叫んだ、高速道路へ分岐するその手前で警察官が立っていたからだ。


「こんな時に限ってぇ〜〜〜!」


 ここで運良く前に車が割り込んでくれれば──淡い期待は秒で消え、連休になったらやたらとお目にかかるようになる警察官が私たちへ路肩に車を停めるよう指示を出してきた。


「ど、どうしますか?!逃げますか?!」


「……駄目、これで逃げたら余計に怪しまれるから」


「……そのまま行って」


 涙目になったラハムさんが車を路肩に寄せて停車させた、間髪入れずに警察官がこちらに歩み寄ってきた。


「ご協力感謝します。今からどちらに?」


 ラハムさんの容姿に少し驚いた様子を見せつつも、警察官が気さくに声をかけてきた当たり前だけど。

 訊かれたラハムさんは素直に「キラの山まで行きます!」と答えた。


「高速道路に乗られますよね?タイヤの空気圧をチェックしていいですか?この時期になるとどうしても交通事故が多くて……」


「よ、よろしくお願いします…」


 助手席からフレアがそう促し、許可をもらった警察官がどこに潜んでいたのかもう一人の警察官と一緒にタイヤのチェックを始めた。車外から「あ、これレンタカーですね」とか「昨日もレンタカーがバーストしただろ」とか、耳に届く話し声をドキドキしながら聞いていた。

 三人揃って目配せをし、「このままイケるんじゃね?」と提出を求められずに済むかとまたしても淡い期待を抱くが、


「空気圧問題ありませんでした、念のため免許証も見せてもらえますか?」


 駄目でした。

 勿論免許証なんて持っていないラハムさんはぴっ!と固まり、もう後は成り行きに任せるしかなかった私たちはただ黙って見守っていた。


「あの〜……そのですね、実は……」


 ラハムさんは何て答えるのだろうかと思っていると、警察官の方から助け舟を出してくれた。


「もしかして忘れました?駄目ですよ、ちゃんと携行してないと。今日のところはいいですけど、罰金と減点は免れませんからね」


「は、はいぃ〜……」


 小さな声で「すみません」と言ったラハムさんに向かってさらなる追い討ちがきた。


「お名前とご住所をこの用紙に書いてください、署に連絡を入れて確認を取りますから」


「え」


「え、じゃありません。そのご住所に後日支払い用紙が送付されますので、届いてから七日以内に──」


 優しそうで厳しい警察官がつらつらと説明しているが誰も聞いちゃいなかった。問題なのはそんな事ではない、ラハムさんはまきなだしそもそも身分も何もないはずなのだ。


(あ〜……ちゃんと相談しておけば……)


 空軍基地でなし崩し的に一緒になっただけで、ピメリアさんやヴォルターさんにきちんと話をしていなかったのだ。

 説明していた警察官がすたたたと離れた隙にラハムさんがこっちを振り向いた。


「ど、どうしますか!ここに何て書けばいいんですか?!」


「と、とりあえず私の家の住所を書いてください!ファーストネームもウォーカーって書いて!」


 またすたたたと警察官が戻ってきたので慌ててそう答え、こんな状況にも関わらずどこか嬉しそうにしているラハムさんがぱぱぱっ!と用紙に名前と住所を書き込んだ。

 書き終えた用紙を警察官に渡し、よくよく考えたらこれは経歴詐称になるのでは?と思い至った私はヴォルターさんに連絡するため慌てて携帯を取り出すが──


「…………はい、確認が取れました。今度からはきちんと免許証を持って運転してください、いいですね?」



「お姉ちゃん、どういう事なの?」


「私に訊く?」


「いやだって、確認が取れたって……ラハムさんって私たちの家族でもないし、書いた住所だってお姉ちゃんの家でしょ?それで確認が取れたって意味分かんなくない?」


「ううむ……確かにそれはそうなんだけど……」


「ラハムさんが私たちの家族で、しかもお姉ちゃんの家に住んでいることになってるよね?」


「………私の嫁だからじゃない?」


 冗談のつもりで言ったのに、立ち寄った屋外のフードコートをぐるぐる見て回っていたはずのラハムさんがいつの間かすぐ真横に立っていた。そしてとても感動していた。


「あぁっ……ラハムの事をそこまでっ……」


 必死になって否定している我が妹。


「違うから!そういう意味じゃないから!お姉ちゃんも変なこと言わないで!」


「わっ!ケチャップかかった!」


 お昼ご飯で食べていたここの名物ハンバーガーからケチャップが飛び跳ね私の服に付いてしまった。

 フレアがラハムさんを間に座らせ、こんこんと「私の嫁」について説明していると電話がかかってきた。お相手はヴォルターさんからである、通話ボタンをタップして開口一番こう言った。


「とてもタイムリーですね」


 どうやら私の冗談は相手に伝わらないものらしい、あからさまに溜息を吐かれてこう言われてしまった。


[お前頭がおかしいんじゃないのか?何で得体も知れない奴に運転させたんだ]


「いやだって、ラハムさんが運転したいって言ったので……したいって言うからには出来るんだろうって思って……」


 もごもご言った言い訳もまるで通用しなかった。


[馬鹿たれ、警察署に手を回したこっちの身にもなれってんだ、あと少しで頭が焼かれるところだったんだぞ]


「あ、やっぱり……ガングニールの─[ああ?]─と!ヴォルターさんのお陰だったんですね!」


 フードコートに着いてご飯を食べて落ち着いた時に「おや待てよ?」と考えていた。どうしてラハムさんの確認が取れたのか、もしかしたらあのお喋りガングニールが何かしてくれたのかと考えていたのだ、そして案の定だった。


[あの鼠取りが連絡する前に住民登録をこっちで済ませたんだ、これでめでたくラハムはお前の家族だよ]


「で、ですよね〜………ん?住民登録って警察でしたっけ」


 何気なく訊いた質問に、マシンガンのような返答があった。


[役所で無理やり住民登録それを基にして運転免許証の発行から管轄している署のデータベースに割り込ませたんだ、分かったか?]


「はい!良く分かりました!」


[お陰でガングニールはダウンだ……全く……]


「あ、ありがとうございましたってお礼を伝えてください……」


 電話口のヴォルターさんはまだぶつぶつと文句を口にしている、あれ、そういえばと何かに引っかかった時に、


[──まあいい。それと、この間は悪かった、結局危険な目にあわせてしまって]


 この間、というのはきっとライラの事だろう。忘れていた苛立ちを思い出しながら言葉を返した。


「……いいえ別に、ガングニールが最後まで助けてくれましたから」


[そうかい、それならいい。じゃあな、二度と変な真似するなよ]


 それだけ言ってぷつりと電話が切れてしまった。


(何だかんだと優しい人なんだよな……)


 私の隣では嫁講義からご飯の話題に移っており、フレアが「どうしてご飯を食べないの?」と尋ねている。「ラハムはマキナなので食べる必要がないんです!」と良く分からない答えを耳に入れながら、私はたたたと駐車してある車へ向かっていた。

 暑い日差しでちゅんちゅん(物凄く熱いという意味)になったドアを開いて車内に入る、運転席からカーナビのモニターをコンコンと叩いた。


「ガングニール」


 エンジンを切っているので勿論モニターは沈黙したままである、駄目押しにもう一度モニターを叩いて呼びかけると反応があった。エンジンをかけていないのにカーナビが起動したのだ。


「やっぱり。見てたんだよね」


[………良く分かったな。あれか?ナディも特個体だったのか?納得]


「いやいや、あんな間髪入れずにフォローできたんだから、多分そうだろうなって」


 ベンチに座っている二人が何事かとこっちに視線を向けてきた。そりゃいきなり車に乗り込んだら不思議に思うのだろう、そのまま立ち上がってこっちに歩いてきた。


[悪いな、これも仕事なんだよ]


「何で謝るの?」


[……お前さん、ホント変わってんのな、普通は嫌がるぞ?四六時中見張られてんだゾ?]


 私が答える前にガングニールが慌て出した。


[──っと、オッサンにバレる。これでも一応接触は禁止されてんだ、じゃあな]


 言うが早いかぷつりとモニターが切れてしまった。


「どうかしたの?」


 モニターが切れてすぐ、フレアが車内を覗き込んでそう訊いてきた。


「う〜ん……まっ、後で説明するよ」


「あっそう。で、こっからどうすんの?お姉ちゃんってこんなおっきい車運転したことあるの?」


「ふふん、まっかせなさい!」


 ここいらで一発姉としての威厳を!と思ったのだがフードコートの駐車場から出るまで二回も擦ってしまった。



✳︎



 ヒルナンデス大統領とグガランナ・ガイアの対応で目が回ると、連休中なのに港で対応しているリッツからメッセージをもらい、そのままやり取りを続けていると運転席に座っていたリーゼント大尉が私の肩を叩いてきた。


「おい、あれって保証局の人間じゃないのか?」


「──え?」


 その言葉に心臓がドキリと跳ねる、あの日以来一言も話していないあの人も来ているのかと予想─と、言うより期待─したが、そうではなかった。

 リーゼント大尉が示す駐車場の一角に、確かにクーラントさんとその隣に知らない人物が乗っている車があった。日差しから守られるように木陰の下に停車してあった。


「確かに……あれはクーラントさんですね……」


「何だってこんな所にいるんだ、それに車から降りようとしないし……まさか張り込みか?」


「私たちと同じですね」


 どうでも良いと画面に視線を落とす。

 私とリーゼント大尉も車に乗り込んで大佐のことを待ち続けていた。今日は各方面の指揮官とカウネナナイの対応対策会議をオンラインで行い、その後はとくに予定などなかったはずである。だが、リーゼント大尉からあったようにもしまた基地を離れるような事があれば跡をつけるつもりでいた。

 リッツとまた会う約束をしてから携帯をポケットに捩じ込むと、保証局の車ばかり見ていたらしい大尉が「おいエンジンかけたぞ」と口にした。


「人待ちでもしていたんじゃないですか」


「誰だっつう話だよ………もしかして大佐か?」


「ええ?どうしてシュナイダー大佐が保証局にマークされるんですか」


 大尉の予測は当たっていたようで、基地の事務通用口から大佐が姿を見せたので私も大尉も驚いてしまった。


「まさかっ……」


「保証局と……会うんでしょうかね……」


 初めての事なので私も大尉も戸惑うばかりである。事務通用口から姿を見せた大佐は軍服ではなく、一般的なスーツを着用していた。私たちに気付くことなく、かといって保証局の車に向かうでもなく、駐車場の角に停めてあった自前の車に乗り込んだ。


「んんっ?!保証局の奴らはっ?」


「知りませんよ!それより早く車を!向こうの出口から大佐が出て行ってしまいます!」


 海軍基地の駐車場には二つの出入り口があった。一つは首都方面に、もう一つは副首都として位置付けられているビレッジ・クックの街へ向かうことができる、大佐は副首都へ向かうようだった。

 慌ててエンジンをかけた大尉を他所に、保証局の車が先に発進し、滑らかな動きで大佐の跡に続いていた。


「──大尉!大尉!保証局も!」


「言わなくても分かってんだよ!」


 初めての追跡にもう二人はてんやわんやである、タイヤをスリップさせながらようやく私たちも車を発進させた。



 まさかこんな事になるなんて...どうして保証局は大佐の跡を追いかけているのだろうか?やましいことがなければ面会すれば良いのにと思う反面、私たちも大佐の跡を追いかけているから人のことは言えないと、不安と緊張が入り混じった居心地の悪さを感じていた。

 車を運転している大尉は離されまいと必死である、進行方向には保証局の車を挟んで大佐の車があった。目算で五〇メートルほどだろうか、大佐が渡った信号が点滅を始めたので私は大尉の肩をバシバシと叩いた。


「信号に捕まりますよ!」


「うるっさいんだよ口出しするな!」


 (こんな言い方は失礼だが)追跡に慣れていそうな保証局の車は難なく信号を渡り、私たちの車は点滅から赤に切り替わるギリっギリのタイミングで渡ることができた。

 長い直線道路に差しかかり、余裕が出てきたのか黙りだった大尉が口を開いた。


「クックに向かう理由は何だと思う?」


「……分かりません、私用なのは間違いないかと思うのですが……」


「スーツだったしな」


「黙って出かけなければならない理由って何なんでしょうか」


 大佐の車、というより保証局の車に合わせてアクセルペダルを踏み込んだ大尉が答えた。


「そりゃ恥ずかしいからだろ。男ってもんは人様に言えない趣味の一つや二つ持ってるもんだ」


「そんなんだからいつまで経っても結婚できないんですよ…」


「お前がそれを言うのか?あんな大食いの店に連れて行きやがって、色気もへったくれもなかったじゃないか」


「今頃何を言っているのですか……そもそも大尉がお店に連れて行けって言ったのでしょう?」


 首都方面基地から副首都まで一時間近くはかかる、長い直線道路の景色は延々と続くヤシの木とウルフラグの海、反対側は数々の自然公園を有する山並みが続いていた。

 随分と余裕が出てきたのか、片手でハンドルを握り開け放った窓の縁に肘に乗せて運転し始めた大尉、ふんと小さく鼻を鳴らしてから答えた。


「誰が大食い専門店に連れて行けって言ったんだ。お前の女友達を紹介してやってくれって言ったんだよ」


「あっ、そういう意味だったんですか?私はてっきり──いやいや、あなたが預かる部隊は既婚者ばかりではありませんか」


 私の言葉に大尉が目を丸くしている、どうやら知らなかったらしい。


「……え、そうなの?──ああ、だからかぁ〜………」


「何かあったんですか?」


 高速で流れていくヤシの木をちらりと見てからそう問うた。


「俺今絶賛嫌われ中なんだよね、意味が分からなかったけどようやく分かったよ」


「あ、そうですか」


「冷たい女だな〜……そんなんだから意中の相手にも逃げられ──危ないだろうが!」


 心に来る皮肉を言ったのでどしん!と二の腕をどついてやった。



✳︎



「クーラントの旦那、まだついていやがりますよ」


「見りゃ分かる」


 せっかく信号をいじったのにギリギリで渡りやがって...面倒がまた一つ増えたと息を吐いた。

 俺と同じように片目を義眼にした部下に運転を任せ、助手席に体を預けていた俺の位置からでもサイドミラー越しに海軍の車が見えていた。片方はクルツ・リーゼント、もう片方はアリーシュ・スミスだ、どちらも大尉であり、その立ち位置からシュナイダーとどう絡んでいるのか判断がつかなかった。

 あの男のお付きか、それとも俺たちと同じように尾行しているのか...できることなら撒きたかったがそうもいかなかった。

 さらに別の面倒事も舞い込んできた、ユーサ港に今なお居座っているあのグガランナ・ガイアから連絡が入った。


[ヴォルター、今すぐ研究所を封鎖してくださいまし]


[………]


[ヴォルター?聞こえていますか?]


 肉声で息を吐き出してから答えた。


[何故俺に言う?あんたが直接政府へ問い合わせたらいいだろう。それに何で封鎖なんか──]


 余計な事を口にしたと後悔した。


[そんなもの、私がいなくなってから人がやって来るだなんて許せないからに決まっているではありませんか]


[ちょっと待て、誰かが研究所に行こうとしているのか?]


[ティアマトの子機であるラハムが二人を案内しようとしているのですよ、知らなかったのですか?あなた方はラハムも同時に監視しているのでしょう?]


 どうしてそんな事を...いや、相手は機械生命体だ、こうして俺に直接連絡を寄越してきたのもそのせいだろう。

 

(だからラハムが運転していたのか……くそ)


 これなら免許証を無理やり発行するんじゃなかったと、ビレッジ・クックの変わった街並みを視界に入れながら煙草に火を付けた。


[情報提供感謝する、こっちで何とかしよう]


[どうもありがとう。あなたもこうしてお願い事をすればきちんと聞いてくださるのですね]


[勘違いはするなよ、こっちに利があるから聞いてやったまでだ]


[なら、私を監視するのも利があるからやっているのですね?]


[………]


[ふふふっ……冗談ですよ、それでは]


 割って入ってきたグガランナ・ガイアと通信を終え、ガングニールに車の電装システムを事故を起こさないタイミングでショートさせておけと指示を出した。

 それから程なくして車が副首都に到着し、海軍から"要警戒人物"としてタレ込み(告げ口)をもらったリヒテン・シュナイダーの車が中心地ではなく、郊外へ向かう幹線道路へと舵を切った。

 都市全体を一つの太陽光発電システムとして位置付け、ウルフラグ国内で最大級の建築物である「レアノス」を視界に入れながらその跡に続いた。

 レアノスの建物内は官公庁、民間、医療の施設が軒を連ねている。高さは六〇〇メートルジャスト、そこから両端にかけて弧を描いている。側から見たら半円が地面から顔を出したように見え、さらに太陽光をまんべんなく取り入れるため傾斜がつけられていた。その太陽光ミラーの背後にピラミッド式で建物が作られ、そこに様々な施設が詰め込まれている、所属していた空軍の本部も存在している。

 あまりにレアノスを見過ぎていたせいか、運転しているサイトウに声をかけられた。


「懐かしいですか?」


「まさか、離れて清々する」


「ホシの坊やもおんなじことを言ってましたよ」


「………」


 とくに言葉を返さず、代わりに煙草に火を付けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ