第18話
.人間関係
《どう思う、奴の言ってる事は本当だと思うか?》
《嘘に決まってる、この場のイニシアティブを握りたかっただけだろ。そういうイミではこの女の思惑通りというワケだ》
《珍しく意見が合いますねガングニール、我々は我々だけの存在です。大方、厚生省のサーバーからデータを盗んだ事を隠すために陸軍がでっち上げたのでしょう》
緊急回線を開き、頭の中で交わされる議論を耳に入れながら、オリーブと名乗った女性に視線を向けた。すると目が合った、こちらの心意を探るような表情をしていた。
(バレている………?僕たちが会話をしていることが……そんな事あり得るのか……?)
《何言ってんだホシの旦那、そんな事はあり得ないぞ》
いちいちガングニールが僕に突っ込みを入れてきた《いちいちとは余計だ!》、執務室の机の上にはユーサの見取り図が広げられており、今は対策会議の真っ最中だった。
ユーサの港は、極端に言えばS字の形をしておりエスの"上部分"は断崖絶壁、"下部分"は一般開放されているビーチに面していた。さらに言ってしまえば港という事もあり全ての部分が海に面している、敵側からしてみればどこからでも侵入ができることを意味していた。
見取り図を眺めながらピメリアさんがうむむと唸っている、今悩んでいる問題は事態解決まで港を封鎖するかどうかという事だった。
「荒事担当の私たちからすれば、どんな理由があろうとも港の封鎖を求めます。それは少数精鋭だろうが大所帯の部隊だろうが変わらないはずです、ね?」
オリーブさんが僕に同意を求めてきた。
「そうです。ですが、いつからいつまで封鎖するのか、という事に悩んでおられるのですよね」
「………そうだ、今はちょうど遠洋から帰ってきた船もあるしかき入れ時だ。それに市場の宣伝もしているから客足が絶えそうにもない……うう〜ん………これは困ったぞぉ〜」
はあ、と一つ大きな溜息を吐いた。
僕もこの港で大規模な競りをやったり、市場を長い時間開いているのは知っていた。ユーサ社員の出入りを禁止しても、一般人に対しても広く告知をしなければならない、それに起因して起こり得る損害額は計算のしようもなかった。
例えば、とピメリアさんが枕詞をつけてから話し始めた。
「ウイルスの保管場所を奴らにリークするという手はどう思う、そうすればある程度は侵入経路の誘導も出来るかと思うんだが……」
「テロリスト退治と新鮮な魚の競りを同時にやろうって?えらく我が儘だな」
ヴォルターさんはピメリアさんの提案を却下した。
「連合長さん、民間人が死体に変わった傍でお金のやり取りをさせるんですか?今回はそれで凌げても、この港からあっという間に人が居なくなると思いますね。そんな職場で誰が働きたいと思うのですか」
オリーブさんの批判を受けてピメリアさんががくりと項垂れた。一言一句その通りだった。
「………分かった、閉鎖しよう。この会議が終わればすぐに幹部陣を集める、すまんがホシかヴォルターか、この場に残ってくれ」
「分かりました、僕が残ります」
「おや、あなたは残らないのですか?そんなに私のことが嫌いですか?」
「自惚れんな、こっちもやる事があるんだよ」
「おー無関心、嫌いと言われるよりキツいですね。それはそうと、連合長さんの提案はこちらで採用させていただきますね、敵に塩を送るのは開戦前ならとても有益ですから」
「どうやって送るんだ?」
ぱしん!とオリーブさんが手を叩きこう言った。
「ネットに流すんですよ、ウイルスの情報そのものを」
「──はあ?!お前頭がおかしいんじゃないのか?!」
身を乗り出してまでヴォルターさんが暴言を吐いた。それを受けてもオリーブさんは小揺るぎもしなかった。
「全てを詳らかにする必要はありません、概要の部分だけを録画してネットから配信すれば国内中が注目すると思います。さらに「テロリストにも目を付けられていまーす」と言えば牽制にもなりますしね、どうですか?」
「…………」
ピメリアさんがまた考え込み始めた、けれどさっきとはいくらか雰囲気が異なるようだ。人命の心配というより...まるで数字を眺めている商売人のような顔付きだった。
「連合長さんはギリギリまで公表を控えて、ウイルスから得られる利益を独り占めしようと考えているのでしょう?ここが善人になるか悪人になるかの瀬戸際だと考えれば……」
──そういう事か、だからこの人はあれだけウイルスに固執していたのか...浅ましいと思うと同時に、いかにも経営責任者らしい考え方だと思った。
「──さすがにもう限界か……ああいいさ、ウイルスについて大々的に公表しよう、どうせやるなら派手な方が良い」
ぱちん!とオリーブさんが指を鳴らした。
「そうこなくっちゃ!いやあ〜まさかついに私がこっ──こほん、動画デビューするなんて!さあ〜今から撮影の準備で忙しくなりますよ〜!」
ソファの上で大はしゃぎである、隣に座っているオリーブさんの部下が少しだけ迷惑そうに眉を寄せている。
ヴォルターさんは馬鹿ばかしいと言いながら帰り支度を始めている、それにピメリアさんがまたしても待ったをかけた。
「待て待て、話はまだ終わっていない、座れ」
「──ああ?そろそろ一服したいんだがな」
傾き始めた太陽の光りが室内に差し込んだ。ピメリアさんは背中からその光りを受けているため顔色が分からない、けれど目だけはギラリとしていたので良く見えていた。
「オリーブの上司が以前ここへ来た時、私らの社員がジュヴキャッチと接触していると、お前たち保証局の人間からタレコミがあったと言っていたんだが……それは本当なのか?」
「…………」
「何故黙る、私は事実確認を取っているだけだぞ」
その話を何故今──ああそうか。
(いい加減、この人の事が分かってきたぞ……)
僕の推測にダンタリオンも同意を示した。
《おそらく陸軍の協力が得られ、かつユーサが主導権を握れたからこその詰問でしょう。ここではいと答えれば我々は手を切られてしまいます、そうなればウイルスから遠ざけられてしまうでしょう》
《だろうね、僕たちしかいない時にそれを訊かなかったのは足元をすくわれると思ったからだろう》
上げた腰をもう一度ソファに沈めながらヴォルターさんがこう言った。
《こいつはマフィアと同類だ、常に人間関係を秤にかけて自分たちがより良い方向へ傾くようコントロールしている。これから先は何があっても手の内は見せるなよ》
《そのようにします》
セントエルモの任務中にヴォルターさんが嘆いていた理由が良く分かった、そしてそれを遅まきながら僕もようやく理解できた。
ヴォルターさんが答えるまでの時間はほんの数秒、たったそれだけの間で僕たちの立ち位置がガラリと変わってしまった。
「で、どうなんだ、お前たちがうちにハッキングして身元調査をしているのはそっちの線もあるんだろう?」
「答えはノーだ」
そこへオリーブさんが口を挟んだ、おそらくこれがピメリアさんの狙いだ。
「いやいやそんなはずはありませんよ、確かに正式な連絡ではありませんでしたが保証局がユーサを洗いざらい調べているのは事実でしょう?」
「知らん、そんな事をしている暇はない。前回の襲撃の際に足取りを追っていたのはホシだけだ。その時の調査報告をお前らが盗み見たんだろ?」
「どうやって?」
「盗み見たのは認めるんだな?」
ヴォルターさんが何とか煙に巻こうしたが、
「そんな事はどうでも良い、私が知りたいのはお前ら保証局がユーサを信用しているかどうかだ」
「もう一度言う、答えはノーだ。今度はこいつの上司も連れて来い、直に話しをした方が早いと思うが?」
「………」
ヴォルターさんの啖呵にピメリアさんが黙り込み、予想外の方向へ話が飛んだ。
「ま、それはそれとしてですね……連合長さん、ウイルスに関するデータをこちらに提出してください」
「…………は?何故そうなる?」
オリーブさんの言葉にピメリアさんが不愉快そうに眉を顰めた。
「これからこの港を防衛するために必要な事だからですよ、防衛対象である港とウイルスの知識は全隊員に通達しなければなりませんから。まさか、ユーサの社員さんが陸軍を相手に指揮を取るわけではありませんよね?」
「…………………………」
《こりゃまた……綺麗に盤面がひっくり返ったな……このオリーブって女も初めっからそれが狙いだったんだろ?おー怖い怖い》
《それを今言うのも"あなたの傘下に加わったわけではない"という意思表示でしょう。そして、我々保証局を天秤にかけていたことも見抜いていた──もしや彼女が特個体なのでは?》
《納得。この女相当ヤバいぞ、頭ン中にスパコンでも入ってんじゃないのか?初見で俺らの関係を見抜くか普通》
《陸軍がウイルスのデータを貰うんならそれでも良いさ、後はそれを吸い上げるだけだ》
《オッサンもマフィアとたいして変わらないと思うがな》
《だからこの女のヤバさが分かるんだよ》
《前はピメリアさんの事を高く買っていませんでしたか?パイロットと知りながら当てにしなかったのは褒めてやるとか何とか》
《気が変わった、この手の人間はさっさと縁を切らないと何に使われるか分かったもんじゃない》
《激しく同意》
《上に同じく》
君たち上下関係があったの?
どこか諦めたような表情をしながらピメリアさんが同意を示した。今日の今日までウイルスのデータ提出を拒否していたユーサ側からしてみれば、今回のテロリスト襲撃の報せは二つの意味で痛手となったに違いない。
「………その代わり、何が何でも守ってもらうぞ、いいな」
そう、ドスを効かせた声で告げるが不思議と怖くはなかった。
✳︎
フレア:今週末遊びに行くから、よろ〜
ナディ:どこまで行くの?
フレア:お姉ちゃん家に決まってるでしょ!お母さんにもちゃんと許可取ってるから
ナディ:学校の方h
(ああ〜そうだ、もう休みに入るのか……)
途中まで打った文字を消して代わりにこう返した。
ナディ:私の家耐震工事で入れないよ、野宿する?
フレア:去年建ったばかりでしょ何言ってんの
フレア:お姉ちゃんとキャンプでもそれならそれでアリ
フレア:近くにキャンプ場ってあったっけ?
ナディ:ない。電化製品使えないとか私無理だから、普通に泊まりに来て
フレア:なら最初っからウソつくな
フレア:恋人とかいないよね?私が泊まりに行っても平気だよね?
ナディ:決めつけやめれ
フレア:え!いるの?どんな人なの?
フレア:どうせ私の嫁とか言うつもりなんでしょ
ナディ:今週末だけ画面から出てくるみたいだから、もしかしたら修羅場になるかも
フレア:(´-`)
(この顔文字腹が立つな〜〜〜良く見つけたなこんなやつ……)
残業前の腹ごしらえで賑わう食堂で携帯をいじっていると、妹のフレアからメッセージが入った。どうやら今度の休みにこっちへ遊びに来るつもりらしい、ただ遊びに来るわけではなく私の事を心配してくれているようだ。つまり、ウォーカー家の代表として私の家を視察に来るみたいだった。
フレア:もう平気だよね?お母さんやおばあちゃんも心配してたよ
ナディ:それは平気、あんたも試験とか大丈夫なの?こっちで勉強してもいいんだからね
フレア:もったいない!
フレア:せっかく遊びに行くのにそんなもったいないことはしない!
フレア:いやこれでも一応心配して行くんだからね?
ナディ:(´-`)
フレア:マネすんのやめれ
ふふんと鼻を鳴らしてやった。
フレアとやり取りを終え、アプリゲームを起動したあたりでアキナミが食堂に現れた。今回遠洋漁に参加した班のブリーフィングやら事務手続きが終わるのを食堂で携帯をいじりながら待っていたのだ。
私に気付いていない様子のアキナミに声をかけた、くるりと振り返りどこか疲れた顔をしたまま、たたたと駆けてきた。
「ごめん遅くなって、何か港が閉鎖されるとか何とかって話が長くなってさ」
「ええ?港が閉鎖?何それ」
「さあよくは分かんないんだけど……明日にでも連合長挨拶があるんじゃない?どっちみち私たちは休みに入るからいいんだけど」
「良いなあ〜。その休み私が代わってあげよっか?」
「いいよ、今度の漁も遠出になるって言ってたから大変になると思うけど」
「遠慮しておきます」
「ちょっといい?もしかして二人は今暇してるかな?」
「わっ」
「えっ」
アキナミと話をしていると突然声をかけられてしまい驚いてしまった。二人揃って後ろを振り向けば、スーツ姿の女性が二人、私たちのことを見下ろしていた。
(わ、綺麗な人……)
肌に染み一つなく、モデルのようなスタイルをした人だった。髪の色はピメリアさんと同じ金色で、青い瞳はビー玉のようにきらりと光っていた。後ろで一本に束ねた長い髪を輪っかにしている、本当にモデルの人かと勘違いしかけたが、その胸には勲章らしきものが二つ程付けられていた。
思わず見惚れてしまい、話しかけてきた女性がん?と首を傾げた時にようやく言葉が口から出てくれた。
「……え、と、私たちのことですか?」
「そ。私たち今日初めて来たからさ、良ければ案内してくれない?奢るよ〜、駄目かな?」
「え、えーと……どうする?」
アキナミに小声で尋ねる、小さくうんと頷いたので女性の話を受けることにした。
「私たちで良ければ……あ、でも港内の案内は、」
違う違うと女性が手を振りながらこう答えた。
「私らが行きたいのは市場!あそこって新鮮な魚を買ってそのまま食べられるんでしょ?ちょー珍しいじゃん!これは食べなきゃ損でしょ!ね?」
「いえ、私はただの付き添いですので」
そうにべもなく答えた女の人は同じ金色の髪、癖っ毛なのかあちこちに跳ねている。クランと同じようにどこか愛嬌のある人だった。
「まあいいじゃん、一仕事終えた後なんだから!名前教えてくれる?私はオリーブでこっちがマリサ、こう見えても軍人なんだよね〜」
マリサと呼ばれた女性の肩をぽんと叩き、私たちの名前を尋ねてきた。それぞれ名前を教えると、
「じゃ行こっか!ナディとアキナミ!よろしくね!」
「わっ」
「あ、ちょっ」
オリーブと名乗った女性がぐいと私たちの手を引っ張り外へと連れ出した。めっちゃ強引。出て行く間際、マリサさんの眉が不愉快そうに寄せられているのが視界に入った。
◇
「オリーブさんって本当に軍人なんですか?」
「アイドルの人かと思いました」
「わ!嬉しいこと言ってくれるね〜、いや実は私も芸能界に興味があってね、軍に所属するかスポットライトを浴びるか悩んでたのよ〜」
「そんな事初めて聞きましたよ。それよりオリーブさん、下見も兼ねていることを忘れないでくださいね、いいですか!」
「はいはい分かってるって。お!あれが市場?」
アイドルみたいだと言ったアキナミの頭を撫でていたオリーブさんが、市場の入り口に到着するや否やに駆け出した、まるで子供のようなはしゃぎっぷりである。
それを眺めていたマリサさんがはあと息を吐いて、私たちに頭を下げてきた。
「本当にごめんね?こんな事に付き合わせてしまって、嫌なら今からでも抜けてくれていいからさ」
「いや別に、そういうわけでも……マリサさんはあまり興味がないんですか?」
「ん?私?」
少しだけ呆気に取られたような顔をしている、綺麗に澄んだ茶色の瞳を瞬かせてから答えた。
「あ〜私はよくあの人に振り回されているから考えたこともなかったよ。食べるのは好きだよ、あの人に比べたら普通だと思うけど」
さっき嫌そうに眉を寄せていたと思うけど...じゃあ何が嫌だったんだろうか、けれどそれを初対面の人に訊くのもあれだったので言葉を濁した。
早速戦利品を買ってきたオリーブさんがだだだ!とこちらに走ってきた、この一瞬で両手にはパンパンに膨らんだ袋が下げられていた。
「ほら!何ぼうっとしてるの!早くバーベキュー会場に行かないと!はいこれマリサ持って!」
「いやちょっ、こんなに食べるんですか?」
「食べ物もデザートも別腹!」
「聞いたことありませんよ」
「それもう胃袋が宇宙じゃないですか」
私とアキナミの突っ込みを受けてもオリーブさんはけらけらと笑っている。何というか、物事を全力で楽しんでいるような人だった、つまりフレアと同類である。
(あ、そうだ、今週の休みに遊びに来るんだった……今のうちにアキナミを確保しておかないと……)
オリーブさんにぐいぐい引っ張られて到着した市場の横に併設されたバーベキュー会場は、大変人で賑わっていた。遠洋で釣れた珍しい魚たちが早速こんがりと焼かれている。
係りの人にこれこれ何用と手続きを済ませ、火種やらトングやら金網やらを借りて早速私たちもバーベキューが始められた。焼いている最中でもオリーブさんの目がキラン!と輝いているのが何だか面白かった。
買ってきた獲物を一通り平らげた後─本当に全部食べきったオリーブさんがヤバい─箸休めをしている間にアキナミへフレアが来ることを告げると、
「フィーちゃんが?よっぽどナディのことが好きなんだね。うん、私もまた遊びに行くよ」
「ほんと?また相手してやってくんない?私一人だと疲れるんだよね」
「フィーちゃんもオリーブさんみたいな感じだからね」
"フィー"はアキナミが付けたフレアのニックネームだ、ちなみにアキナミしか使っていない。
また戦利品買ってきたオリーブさんが金網に獲物を乗せていると、アキナミが二人に質問していた。何気にアキナミもあまり物怖じしないタイプである。
「この港が閉鎖されるのって、もしかして何かあったからなんですか?オリーブさんとマリサさんは陸軍ですよね?」
金網でこんがりと天に召された貝に調味料を垂らしながら、オリーブさんが何でもないようにこう答えた。
「この港がテロリストに狙われているからね。今日はその対策会議と港の下見をかねてやって来たの」
「え!」
「え!」
「ちょ!……オリーブさんっ」
──テロリストに、狙われている……?もしかしてあのウイルスを奪いに……?ってことはまたジュヴキャッチが絡んでいるという事なのかな...
爆弾のような発言を投下したオリーブさんをマリサさんが諌めている。けれど本人には何のそのといった体だった。
「どうせ明日にでも報せが行くんだから別にいいでしょ?今日が最後の一般開放なんだから楽しまないと」
「……どういう事なんですか……?どうしてこの港が狙われているんですか?」
ウイルスについてまだ何も知らないアキナミがさらにそう問いかけ、何故だかオリーブさんが真っ直ぐ私を見つめてきた。
「そりゃね、この港にもテロリストに関与していると思しき社員がいるからだよ。ね?ナディ」
「……………は、え?何で私なんですか」
焼いた貝を取り皿に移しながらこう言った。
「君、テロリストと言葉を交わした時にウイルスの事を"命の卵"と言ったらしいね、それについて教えてもらおうと思ってたの」
だから声をかけたんだよと、言いながら一口だけ貝を頬張った。
「命の……卵……?それは、ナディも知ってることなの……?」
「………」
どう答えたら良いのかと悩み、悩んでいる間にオリーブさんがすらすらと話していた。
「ウルフラグ近海の底に沈んでいたウイルスの事だよ。それには未知なるテクノロジーが詰め込まれていてカウネナナイは躍起になって回収している。ラインバッハ王公認の国外遊撃隊でもあるジュヴキャッチがここに目をつけて襲ってくるってわけ。おっけー?」
「────」
アキナミが絶句している、けれど言うべきことはきちんと言わなければならない。
「私は関係ありません」
「ならどうしてハフアモアを命の卵だと言ったのかな」
「………私の祖母がカウネナナイの人だからです。だから、ある程度なら言葉の意味も──」
アキナミが急に席を立って走り出してしまった。その行動の意味が分からないし、友達が傍から居なくなってしまったことに傷付きながらもオリーブさんの目を見据えていた。
「違う違う、そういう意味じゃなくてね?どうしてテロリスト相手に話しかけたのかって訊ねているの。いくら極限状態で心が不安定になっていたとしても、普通敵に話しかけたりはしないでしょ?」
「………それは……」
私にだって分からない、どうしてあの時そう言ってしまったのか。ただ、ただ何となくそうしたかっただけなんだ、敵の秘密を暴いたら逃げ出さないかって、期待もしていた。けれどこんな要領を得ない話をしたところで分かってもらえるのだろうか。だから訊かれても黙っていた。
金網から呑気に焼ける音が耳に届く、そしておらあ!とかごらあ!とか聞こえ始めた。いつの間にか下がっていた視線を上げると、鬼の形相になってこちらに駆けてくるピメリアさんと逃げたとばかりに勘違いしてしまったアキナミが後ろについていた。
私たちのテーブルに到着するなり、
「──!止めなさい!」
マリサさんの制止も聞かずにピメリアさんがオリーブさんの胸ぐらを掴んで無理やり立たせた。その弾みで取り皿が地面に落ちて、オリーブさんの足をいくらか汚していた。
「てめぇ!私の話を聞いていなかったのか!社員に対して勝手な真似は許さないと言ったはずだぞ!」
ピメリアさんの怒号に周囲にいた人たちが何事かと視線を寄越してきた。賑やかだった場が一瞬で静まり返った。
きっと、走り出したアキナミは私のことが嫌になったんじゃなくてピメリアさんを見かけて呼びに行ってくれたのだ。
胸ぐらを掴まれてもオリーブさんは一切動じていない、それどころか怒っているピメリアさんに向かってこう言った。
「ただの世間話ですよ。それに連合長さんだってこの子がテロリストと言葉を交わした内容、知りたくはありませんか?」
プツンと何かが切れた音が確かに聞こえた...ような気がした。鬼から死神のように冷めた顔付きになったピメリアさんがオリーブさんの腕を取って肩に担ぎ──
「止めな──」
まさかの一本背負い。綺麗な放物線を描いてバーベキュー会場横の茂みへとオリーブさんが消えていった。