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第17話

.オリーブという女



 オリーブが運転する車は首都を抜けて、セレブや政府要人が住まうベッドタウンも抜けた。ユーサの中でも取り分けて規模が小さい第三港の付近にジュヴキャッチの潜伏場所があった。

 この辺りにまで足を運べば、建築物よりも自然の方が多くなってくる。峻厳な山々の足元に敷かれた道路の先には、離島であるラウェとセレンへ行ける港町があった。

 呑気な顔で運転をしているオリーブへちらりと視線を向け、こう話を振った。


「向こうはどうだった、未だに睨み合いが続いているんだろ?」


 やや間が開いてから返事があった。


「────ああ、そうですね、監視し合う以外にとくにやることもなかったですね。隊長はセレンに行かれたことはないんですか?」


 広すぎて何もない海沿いの道を、風化して朽ちてしまった農具庫を手前に山手の方へオリーブがハンドルを切った。


「視察で何度か訪れたことがある程度だよ。二ヶ月前にも行ったんだがな………お前は何処に隠れていたんだ?」


 国道から県道に入る、向かう先は切り立つ崖しかなかった。それでもある程度の集落があるのか、ユーサのロゴが入った看板やら道路標識が時折現れた。けれどそのどれもが錆びて今にも崩れそうになっているあたり、この辺りに人がいないことは容易に想像できた。

 私のカマかけにオリーブが黙った...いや、ちらほらと見え始めた民家に視線をやっているだけだった。この辺りがテロリストの潜伏場所と思しき集落のようだ。

 ダッシュボードから拳銃を取り出す、他の奴らから馬鹿にされた事もあるリボルバー式の愛用品だった。


「珍しいの使ってますね、ジャムるのが怖いんですか?」


「自分の命を守る道具だ、手に馴染む方が良いだろう」


「私だっているのに?」


「得体の知れない相手に背中を預ける奴が左官などになれるか、戦場でも会議でも同じ事だ」


「それは確かに」


「良いか?これはただの下見だ、取り押さえるのが目的ではない」


「やっこさんがそれで納得してくれるんならそうしますよ」


 昔は繁盛していたであろう、大型店舗の駐車場に車を停車した。おそらくこの集落に投資していたユーサの後光を示すように、錆びついて朽ちかけている店舗の看板にもロゴが入っていた。

 車のエンジンを切った途端、むわっとした熱気が押し寄せてきた。車内に溜まっていた冷気もあらかた犯されたようだ、一瞬で汗がじわりと噴き出してきた。


「まさか、テロリストはあのスーパーを根城にしているのか?」


「いいえ、ここから歩いてすぐの民家ですよ」


 私に視線は向けずに、オリーブも自前の拳銃を取り出して準備を進めている。


「人数は?」


「五から一〇」


「トラップの類いは?」


 拳銃から視線を上げて私を見やり、意味深に自分の足元を指さした。その口はにやりと上がっている。


「ここ、この場所にまさしくテロリストの車が停まっていましたので大丈夫でしょう。他の場所にはもしかしたら地雷の一つでも埋まっているんでしょうけど」


「おいなあ、お前の情報を信用しなければならない私の身になってもくれないか。それを今頃言うってどういう神経しているんだ」


 オリーブが車のドアに手をかけたままこう言った。


「その拳銃、ハンマーがありませんけど壊れているんですか?」


「……内蔵されている、引き金を引けば自動でコッキング動作をするようになっているんだ」


 ここに来てまでまだ馬鹿にするのかと思ったが、どうやらお互い様だったらしい。


「自分の銃しか信用しない人と組まされる身にもなってほしいですね、そんじゃそこらに埋められている地雷と大して変わらないですよ」


「それもそうだ。両思いになれたところでさっさと行こうか、先導してくれ」


 また人を馬鹿にしたような笑顔で「はい!」と答えてから、オリーブが車から降りた。



 じっとりとした暑さの中、暫く二人で集落の中を歩いた。どうやらオリーブの頭の中には地図があるようで、何の変哲もない道の真ん中で九〇度に向きを変えたり、あえて藪の中に足を踏み入れたり、テロリストの連中が仕掛けたトラップを回避するためのものだろう。だが、そのお陰でこっちは汚れてしまった、踏みつけた虫の体液が足にも飛び散っていた。

 右手に反り立つ崖、左手に延々と続く低い木立の向こうにぽつんと佇んでいる民家が見えてきた。それに足元に残された車の轍はここ最近できたものでまだ新しい、オリーブの部下が拾ってきたという情報は今のところ正しいようだった。

 古く、白い塗装も盛大に剥げている民家の前に到着した。雑草に塗れた民家の駐車場には何もない、だが何かが停まっていた跡があった。それらを横目に入れながら扉へと向かう、そこには奴ららしく木彫り細工のシンボルが架けられていた。


(星人様か……バレると分かっていないのか?)


 一つの大きな星の中に人間が二人、額と手を合わせているように見えるよう掘られており、その回りを小さな星が六個飛び回っていた。カウネナナイの国教である「威神教会」の象徴的なシンボルだ。オリーブはそれにも目をくれず、ただひっそりとドアノブの横に立った。


(それはそれで腹が立つんだが……まあいい)


 突入の役目を買って出た部下と視線を合わせ、ドアノブに手をかけた。物音がしないことと、とりあえずは人の気配がないことを確認して扉を開いた。

 オリーブが勢いよく中へと突入する、続いて私も中へ足を踏み入れると、酷いヤニの臭い包まれたリビングがあった。誰もいないがテーブルの上には飲みかけのペットボトルがあった。続けて視線をずらして二階へ続いている階段、その奥にキッチンと、素早く間取りを把握していった。

 オリーブに二階へ上がるよう指示を出し、私は階段の奥へ回り込んでキッチンスペースの確認をした。ここにもトラップの類いはない、ただ魚の食べ残しでも置いていたのか、ヤニの臭いと同じぐらい酷く生臭かった。

 上からオリーブの足音が響いてくる、一階に目ぼしい物はないと判断して私も階段を軋ませながら二階へ向かった。廊下の窓からは断崖絶壁もかくやという山が見えている、上から覗き込めば民家の裏手にあった庭が見えた。何かやっていたのか、駐車場と同じように雑草に塗れていた庭にも人の足跡がいくつも残されている。

 オリーブが突入にした部屋へ私も行くと、奴が机の上に広げられていた物に視線を落としていた。クリアリングも終わって気が抜けているのか、銃口は下げられている。


「何があった」


 部屋は書斎として使っていたのか、何も置かれていない背の高い本棚が両側にあり、窓の前にテーブルがあった。私が声をかけてもオリーブは返事をしない。


「オリーブ、何を見ている、勝手にいじるなよ」


「………分かってますよ。いやでも良いネタ見つけましたよシュタウトさん、ここにいる連中ユーサの中に踏み込むつもりでいるみたいですよ」


「……何?それは本当なのか?」


「ええ、どうやって手に入れたのか知りませんけど、ユーサ第一港の見取り図があります、それも社外秘の」


「分かった、現物押さえてさっさとずらかるぞ」


「──ん?今何も触るなって言いませんでした?」


「写真を撮れって言ってんだよ、そんな事も分からないのか」


「じゃあどうぞ、私物は仕事に使わない主義ですので」


(こんのクソ女が……)


 オリーブと入れ替わるようにしてテーブルの前に立ち、私物の携帯を構えた。奴の言う通り、テーブルの上にはユーサ港の見取り図らしきものと「社外秘」という捺印もあった。その他には見たこともない設計図、生き物の断面図...?だろうか、つい目を凝らしたくなったが慌ててシャッターを切って踵を返した。

 テロリストの潜伏場所から無事に外へ出られた途端、ほうっと大きく息を吐きたくなった。しかし部下の前だ、気を緩めるわけにもいかずぐっと堪えて歩き出した途端、


「あっ!」


「っ!──急に大声をっ!」


 私が踏み出した足は、来た時と違う位置に下ろされていた。オリーブが何故声を上げたのか、それを理解するより早く全身の血の気が引いた...そしてすぐ後ろから笑い声が上がった。


「──あっは!何ですかその顔!ぷっくっくっくっ……」


「…………」


「ちゃんと私の報告書読まないからこんな事になるんですよシュタウトさん!」


「………お前、わざと、藪に入っていたのは──」


「雰囲気作りって大事だと思いません?」


 怒りで引いた血の気が今度は全身を駆け巡っていった、ちょうど手には銃もある。ゆっくりと振り返って腕を上げるより早く、こう言われてしまった。


「現地に来てから敵の内情を確認するってどんだけヌルい仕事してたんですか、言っておきますけど報告書にはきちんとトラップの類いは無しって書いてましたからね?」


「だからと言って──」


「ちょっとは他人を信用したらどうなんですか、どこぞの隊長みたいに誰彼構わず好かれる必要はありませんけど」


 馬鹿にするような笑みを湛え、「ここがセレンならあなたは一日たりとも生き残れません」と締め括られた。

 "天地がひっくり返る"という言葉があるが、今がまさにそれだった。馬鹿にされたことに対する怒りと恥ずかしさと、歳下に説教をされてしまった屈辱と────


(──仕切り直しだ、ああ、そうしよう)


 必要以上に暴れる胸の内を宥めながら、来た道を堂々と戻っていった。



✳︎



 目頭を押さえて凝り固まった筋肉を解す、少しも楽にならなかった。


「……課長、シュナイダー課長、大丈夫ですか?少し休まれたらどうですか」


「──ああ、いや、平気だよ」


 そう、口で言いはするが今度はこめかみを押さえる、目の疲れから来る頭痛は何とも嫌な痛さがあった。

 僕の前に置かれたパソコンの画面にはウイルスに関する情報がずらりと並んでいた。採取したウイルス自体の大きさから始まり、重さ─性質が変わってしまうためさして意味を持たないが─それから、体内に存在する器官、その役割など...どれを見ても新しい発見ばかりで毎日が驚きの連続であった。

 先日まで続いていた虹色の発光騒ぎを経て、プールの底にはコア試料にも堆積していたあの銀色の真珠が大量に生成されていた。何をどう考えてもあのウイルスが作ったものであり、しかしながら真珠の解析にいたく時間を取られていた。どの計測機器もエラーを弾き出し、やがて機器が壊れてしまうのだ。少なくとも十数種類の原子を確認したが、まだまだ含まれている様子だった。

 誰かの気遣いで置いてくれた小さなお菓子を口に含みながら、僕の傍らで書類を作成していた部下に声をかけた。


「ガイアさんが逃げ出したって?それは本当なの?」


 パソコンから目を離さず部下が答えた。


「らしいですよ、ずっと缶詰めでしたからね、さすがに嫌になったんでしょ。どうして僕がここにいるか分かります?」


「僕はマキナとかいうSF的存在じゃないよ、ちゃんと普通の夢を見るさ」


「僕は昨日、電気羊の夢を見ましたけどね」


「そりゃいい、彼女とは気が合うんじゃない?」


 非生産的な会話を興じていると一通のメールが届いた。真珠に含まれる原子の特定がさらに進んだようだ。


「いやあ……あんなに綺麗な人はちょっと……僕の胃がもちません。課長こそお嫁さんにどうですか?」


「いやいや、僕の花嫁は海の底さ……」


「?」


 僕の比喩表現が分からなかったらしい、首を傾げている部下を横目に入れながらメールの文章を追った。その内容には真珠が含む原子のみならず"通信機器"があるのではないかと、懐疑的な文章と共に綴られていた。


(………通信機器?)


 通信機器とは文字通りの事であり、特定の音波を電気や光に変換して発信する装置のことである。では、何故そのような物が真珠の中に含まれているのか...直径一センチにも満たない小さな物なのに...


(………ガイアさんはやはり何かを隠している……)


 調査の段階で僕も彼女と何度か言葉を交わしている、こちらの調査内容に不備はないと言いながらもウイルスに関しては何ら言及をしていない。彼女の言動には些か疑問に思うところがあった、何か別の目的を持っているような...どちらにしてもウイルスが眼中にないのは明白だった。

 報告にはウイルスの体内に受信装置がないか調べると書かれており、妻子の顔も忘れてしまう程家に帰っていないと締め括られていた。

 得られた情報が脳内に浸透し、もういい加減休みたかったのに脳が勝手に推論を立て始めた。


(通信機器……ウイルスにも同様な物があれば……海底にいながら周囲の探索もできる……小型のドローンと考えれば……どこのサーバーと繋がっているんだ……)


 通信機器があるということは、まず間違いなくサーバーと繋がっているということだ。それならそのサーバーさえ特定できれば...物理的にではなく電子的にあのウイルスへ介入することができる。


「──ガイアさんは?」


「…………ん?はい?え、さっき言いません──いや、何ですかその顔、いい加減に休んだ方がいいですよ」


 画面に集中していた部下が顔を上げ、そして僕の顔を見つめながらそう言葉を放った。自覚はあるが、この知的好奇心だけはどうしても勝てない。


「彼女に会ったら休むさ。連合長に連絡してみるよ」


「だから逃げ出していないと……」


 ぼやく部下をよそにして受話器を取り上げた。



✳︎



「いない」


[まだ見つかっていないのですか?]


「それよりお前、自分が今何連勤目か知ってるか、立派に労基を破ってるんだがな」


[そんな事よりガイアさんを早く見つけてください、あの真珠の中に通信機器があるらしいと、]


 電話口の奥から「えー!」とか「ここに書いてあるだろ!」とか、賑やかな声が耳に届いた。


(そんな事より……だあ?なかなか家に帰ってこないと文句を言われる私の立場にもなってほしいんだがな……)


 ついさっきも調査に没頭している社員の家族から苦情の電話がかかってきたところだ。頑張ってくれるのはありがたいがそろそろマジで家に帰らせないとマズい、それなのにアーセットときたら...曖昧な返事を返しただけですぐに電話を切った。椅子の背もたれに体を預けてふうと息を吐くと、またしても電話が鳴り始めた。

 机の上に広げっぱなしの請求書を見やりながら、置いたばかりの受話器を取った。今度は外部からの電話だ、またぞろ文句を言われるのかと身構えたが、迂闊だったと言わざるを得なかった。


[陸軍歩兵連隊首都防衛班のオリーブと言います、今お時間よろしいですか?]


(げっ!しまった……良く確認しておけば……)


 今朝方追い返した陸軍からだった、後の祭りだと諦めて話を窺った。


「構いませんよ、何でしょうか」


[まず、一つお尋ねしたい事があるのですが、ユーサの社員は社外秘に指定されている地図を持つようなことがありますか?]


「申し訳ありませんが今立て込んでいまして、回りくどい前口上は要りませんのでご用件をどうぞ」


 電話の相手は何度もババァ呼ばわりをしたナツメではない、私と似たような容姿をしているオリーブという若い女だった。不思議と耳触りの良い声でくすりと笑ってからこう切り出してきた。


[ではお言葉に甘えて。先日民間船を襲撃したテロリストの潜伏場所と思しき民家でユーサ港の見取り図を発見しました。おそらくですが、そちらの港にあるウイルスが目的なのではないかと思います]


 色々と引っかかっるところはあったが、


「ウイルスが目的というのは?」


[強奪です。連合長もご存知なのでしょう?あれは金がなる木だと、未知のテクノロジーが詰め込まれているのはもう周知の事実です]


「だから君たち陸軍はその場でテロリストを押さえようともせず、わざと泳がせて私たちの港に入り込もうって?」


[確認した限りでは港に忍び込める箇所が多数存在します。潜入班だけではそれらに太刀打ちできるだけの戦力もありませんでしたし、何よりわざと誘き寄せるのも作戦の内です。私たちのやり方にご不満があれば、是非ともその汚名を返上させていただきたいと思います]


「ほぉ〜、言い方が上手いな君」


 電話口から、えへ?そう?と随分と砕けた様子で言葉を漏らしてから続きを話した。


[たちまち打ち合わせとかどうですか?何なら今すぐにでも飛んで行きますよ、何せ私は独り身ですから身も軽いですし]


「そんな事は知らん。それに何だ、たちまちって、急に方言を使うな」


 砕け過ぎだろこいつと思いながらあしらおうとしたのだが...


["とりあえず"って意味ですよ。とにかく早急に対策を考えましょう]


「あ〜〜〜………それ今からか?」


[当たり前じゃないですか!自分の港ですよね?今日明日にでも襲われるっていうのにそんな呑気にしてる人初めてですよ]


 チェックメイト。今の今まで逃げていたツケがまとめてやって来たような気分だった。


「オーケーオーケー、だったらさっさと来てくれ。それと先に言っておくが、私の許可なく社員へ取り調べをしようものなら身包み剥いで海に沈めるぞ、いいな?」


 私の言い方を真似してオーケーオーケーと言ってから、


[そこらへんは私の管轄ではありませんので。独り身のくせに身持ちが固いシュタウト隊長が勝手にやるでしょう]


 苦情と催促の電話続きで疲れていた私はつい、オリーブの身内に対する毒舌が心地良くて口を滑らせてしまった。


「お前面白い奴だな」


[それは嬉しいですね、私も連合長のような人は好きですよ。敵味方の線引きがはっきりしているので話し易いですし]


「それは嬉しいですね、ではお互いに両思いになれたところで時間を決めましょうか」


 ころころと笑うオリーブと会う時間を決めてすぐさま受話器を置き、今日初めて自分から電話をかけることにした。相手は保証局だ。


「………ヴォルターか?事情はこっちで話すから今すぐに来い………あ?………知らん!お前の都合だろうが!ユーサ港の見取り図がテロリストの手に渡ってるんだよ!…………白黒はっきりつけようや保証局の旦那、お前らが裏でコソコソしてるの知ってんだよ……あ?……だから知らん!いいな!すぐに来い!」



 仏頂面のヴォルター、それから随分と機嫌が悪いホシが執務室に入ってきた。電話を切ってから一時間しか経っていない、陸軍の連中はあと半時間もすればこちらにやって来る予定だった。

 ソファに腰を下ろすなりホシの方から切り出してきた。


「陸軍の方々は?」


「今からだ、まずは身内で話し合いをする必要があると思ったからな」


 するとホシがやるせないとばかりに被りを振って目を覆った、その仕草も初めて見るものだった。


「……何かあったのか?お前にしては珍しいじゃないか」


「……そのテロリストたちの行方はこっちでも掴んでいたんですよ、それなのに陸軍ときたら……勝手な真似をして……」


「それだよそれ、お前らちょっと情報管理が緩すぎるんじゃないのか?」


 少しの苛立ちを含みながらぶつけた言葉に、二人が素早く反応を返した。つと面を上げて私を睨んできた。


「どうしてそうなる、何故俺たちの仕事が緩いんだ」


「お前ら、前にグガランナの警護の為だと言ってユーサの見取り図を要求してきただろ。ここ最近見取り図を外部に渡したのはお前たちだけなんだ」


「それで僕たちが漏洩させてしまったと?お言葉ですがジュヴキャッチと接触しているユーサ社員の、」


 ホシの言葉を遮り言い切った。


「仮にそんな輩がいたとしても持ち出すのは不可能、資料保管室に収められているしその鍵は連合長である私しか持っていない」


「──どうでも良い、誰が悪いだのと犯人探しをするつもりなら後でやってくれ」


「話はまだ終わっていない、お前らここのセキリュティカメラにハッキングしているだろ、それ以外に人の出入りを調べるために管理用ソフトにもな。何故こちらに承諾を取らない」


 ヴォルターが大仰に両手を上げてこう言った、まるでB級映画に出てきそうな仕草だった。


「取ったら意味がないだろ、ユーサに潜りこんでいるテロ連中の洗い出しもやってるんだから。お前さんだって社員に対する取り調べを禁止にしているだろうが、そのせいだよ」


「ピメリアさん、何度も説明していますが我々はあなた方ユーサにウイルスの管理を押し付けたわけではありません。手に余るようでしたらいつでもこちらに譲渡してください。面倒を見るのだって手間がかかるのです、挙句に陸軍に利用されてダシにされるわ……」


「それは今関係ないだろ」

「それは今関係ないだろ」


 剣呑な雰囲気になりつつも、私とヴォルターが声を揃えて突っ込みを入れてしまった。お互い罰が悪そうに顔をしかめてそらした。

 二人同時に突っ込まれて若干不貞腐れているホシへさらに質問した。


「ホシ、お前は確かジュヴキャッチを担当しているんだったな、敵の出方は分かるか?」


 鼻息を鳴らしたヴォルターが遠慮なくソファの背もたれに体を預けた、その弾みで頭を抱えていたホシの体が揺れた。


「人命より優先して敵の足取りを調べたんだろ、その成果をここで見せてみろ」


「まだその話を……そういうあなたこそ人質に向かって発砲したではありませんか」


「威嚇だっつってんだろ」


(この二人……別に仲が良いというわけでもないのか……)


 ちらりと時計に視線を向けると、あと少しで陸軍の連中がこちらにやって来る時間になっていた。

 部外者の前で遠慮なく口喧嘩に入った二人を止めて話を訊き出した。


「喧嘩も後でやってくれや。それよりジュヴキャッチってのはどういう手口で攻めてくるんだ、それを教えてくれ、陸軍抜きでお前らから訊きたい」


「けっ!………どうして陸軍がここにいるとマズイんだ、それを教えろ」


「ただの辻褄合わせだよ、お前らが陸軍に情報の横流しをしていな──」


 やっぱり仲が良いのかこいつら、二人揃って勢いよく立ち上がりこう唾を飛ばしてきた。


「あんな連中誰が頼るか!!」

「あんな連中に頼るわけないでしょ!!」


「分かった分かった。で、どうなんだよ」


 先に腰を下ろしたホシの説明では、まず間違いなく襲撃してくるだろうとのことだった。見取り図まで手に入れて、用意周到に準備を進めているのなら多少こちら側に知られたところで断念はしないらしい。だからこそ、ホシ─と、言うより保証局側は─たちはギリギリまで敵を泳がせこちらを勘づかせることなく一網打尽にしたかったと力説していた。


「私に知らせなかったのは何故だ」


「あなたがご自身をどう評価されているのか知りませんが、僕たちからすれば連合長も立派な一般市民です。不安がらせるだけの連絡は控えていただけです」


 どこかで聞いたことある台詞だな...いや私か。


「要はスマートに事態を解決したかった訳か」


「そうです、ですがこちらの戦力不足も否めません。しかしこういった市街地ならば過度な戦闘は控えるのが打倒な判断だと僕は思いますけどね、それを──「それを陸軍の奴らが全部ひっくり返したってことだよ。奴らにバレると分かっていて偵察に行って?写真も押さえて?わざわざ喧嘩を売りに行っているとしか思えん。こっちが苛ついている理由、良く分かったか?」


 ホシの言葉を受け継ぎヴォルターが憤まんやるかたなしといった体でそう締め括った。


「良く分かったよありがとう」


 やはり事前に呼んでおいて正解だった。この二人が陸軍と手を組んでいないという事が分かっただけでも、この後の話し合いも随分と楽になる。

 一通り喋り終えて一息ついた折に、その陸軍の連中が執務室に入ってきた。


「どうも〜、いやぁ念願のユーサ港ですから歩いているだけでも楽しいですね〜」


 最初に入ってきたのがオリーブだ、その後ろにはこいつの部下なのか、金色の癖っ毛の女と眉尻を下げたリッツがいた。奴らが現れたら先に連絡を入れろと言っていたんだが...大方この女に振り回されたのだろう、心底困っているのが顔に表れていた。


「どうも初めまして、私が連合長のピメリア・レイブンクローだ」


 アイドルのように可憐な顔を綻ばせながら「今日の朝も会ったではありませんか」と返し、保証局の二人を見とがめてわざとらしい挨拶をしていた。


「これはこれは、今話題の保証局の方たちではありませんか。できることなら事前に打ち合わせをしておきたかったんですけどね。いやあ、寂しいですね〜私だけ仲間はずれですか?」


「………」


「……どうも初めまして、ホシ・ヒイラギと申します、こちらはヴォルター・クーラントです」


 二人の冷たい態度も何のその、オリーブが勧めてもいないのにソファに腰を下ろした。やはり軍人なのか、ストッキング越しに見える足はすらりとしていながら引き締まっていた。

 

「打ち合わせとは?」


「かまととぶらなくてもいいですよ、私たちが来るより早くここに呼んだのは口裏合わせのためでしょう?」


(食えない奴だな……ほんとこいつは……)


 ふざけた様子の割にはきちんと状況把握ができている、味方なら頼もしいが敵に回られたら厄介な部類に入る人間だった。

 オリーブが後ろでまとめた髪を少しだけ直してから早速口火を切った。


「まあいいですよ、どのみち皆様方は私たちに頼らざるを得ませんでしたからね。どうせなら保証局のお二人と会談してこちら側に丸め込めたかったんですが……」


 ヴォルターが眉間に縦じわを作ってこう言った。


「お前、さっきから何を言っているんだ?ふざけるなら席を外してくれないか、こっちはお前さんらのせいで余計な仕事が増えちまったんだよ」


「だからこうしてフラグを回収しに来たではありませんか、まあマッチポンプとも言いますけどね」


「あのね……」


 さすがのホシも我慢にならなかったのか、口を挟みかけたがオリーブがそれを制した。


「まあまあ、今はとにかくテロリストの対策を練りましょうよ。今こうしてやっかみを言い合っている間にも奴らは駒を進めているはずですから、時は金なりですよ」


 ずっと黙りを決めていたオリーブの部下がそっと耳打ちをして、「やっかみの使い方間違えていますよ」と忠告している。ぽっと顔を赤くさせたオリーブが気にせず続きを話そうとしたが──ヴォルターが待ったをかけた。


(本当にこいつ面白いな)


「何でお前が指揮を取る?自分の名前ぐらい明かしたらどうなんだ」


「ああ失礼、私はオリーブといいます、隣にいるのが私の部下のマリサです」


 癖っ毛の女がぺこりとお辞儀をした。


「オリーブ?自分の親に木の名前をつけられたのか?」


「そうですよ、ファーストネームに合わせてつけてくれました」


「そういえば、お前のファーストネームは何と言うんだ」


 私が口を挟むとくりっと目線を変えてこちらに合わせてきた。ふっくらとした唇を一度だけ舐めてから、どこか芝居がかった調子でこう答えた。


「オリーブはあのオリーブです、ノアの方舟から降り立ったノアが放ったとされる鳩が咥えてきたあのオリーブ。これが私の本名です」


「……………ああ、オリーブ・ノアというのか」


「正解!」


 そこでバっ!と保証局の二人が揃って腰を上げた。


「くだらなすぎる!俺たちは帰らせてもらう!」

「この件はきっちりと陸軍本部へ通報させていただきます!よろしいですね!」


 オリーブの調子に呆れた二人がそう怒声を放つが、


「別に結構ですよ、あなた方保証局はあくまでもユーサとの橋渡しとしか見ていませんでしたから。こうして内輪に入ってしまえば後はどうとでも、それより情報漏洩の件に関してこちらから報告させてもらうことになると思いますが?」


「……情報漏洩?」


「あれ、そこまで話し合っていなかったのですか?テロリストの潜伏場所にあったユーサの見取り図はプリントアウトされたものなんですよ、つまりサーバーにアップされていたってことです、つまりテロリスト側にも特個体と似た性能を持つ機体があるということですよ」


「…………」

「…………」


「──座れ、今すぐに座れ」


 オリーブの話す内容は、頭をぶん殴られたような衝撃があった。それは保証局の二人も同じなのか、愕然とした様子でただ立っていただけだった。

 腰を下ろした二人を見届けてからオリーブが話し始めた。


「どうせなら仲良くやりましょう、セレンの戦地では食った食われたは当たり前だったんです。ここは一時だけでも手を組んでこれからのウルフラグの財源になるウイルスを敵の魔の手から守り抜きましょう、そちらの方が賢明ですよ?」


 ...本当に食えない奴だ、オリーブという女。おそらくこいつは、私たちユーサがやろうとしている事も全て見抜いた上で接触してきたのだ。

 それにセレンにいたらしいオリーブはテロリストについても詳しいようだ。カウネナナイも特個体と似た機体を所有しているだなんて話は初めて聞かされた。こうなってしまえばこちらの優位性は無いに等しい、奴らも同様に全ての電子機器に対してハッキングを仕掛けられるのなら、こちらは守る術がない。


「……だからお前は自分たち、高い戦力を保有している陸軍に頼らざるを得ないと言ったんだな」


 ここに来て初めて、可憐な様子でころころと笑っていた顔から、すうっと目を細めて私の奥深くまで覗き込むような...長く重ねた年輪を感じさせる目をしてこう言った。


「……あなたは随分と頭の回転が早いようですね、あまりベラベラと喋らない方が良さそう……良ければ席を外していただけませんか?」


「それは断る、何せここは私の港だからな」


 そりゃそうだと、ふっと表情を和らげながらそう言った。

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