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第11話

.宴もたけなわではございますが大爆発



「牡蠣の生態だあ〜?それならもう俺の胃袋に収まってんだよお〜!!」


 艦長の胃袋にウイルスが!第一種戦闘用意!撃てー!と周りにいた人たちが艦長さんのお腹を割りかし本気で殴り始めた。


「いたたた!いたたた!こら!止めなさい!吐いたらどうするの!」


「で、その牡蠣の生態というのはどういったものだったんですか?」


 シーフードオードブルから料理を取りながら別の人が質問している、この人はお酒を飲んでも飲まれない人らしい。質問されたヒイラギさんは口を付けていたグラスを離してから答えた。


「何でも海水を濾過する器官を持っているようでして、僕も調べてみたのですが牡蠣は海水から必要な栄養分を得ているようですね。その副次効果として海水が綺麗になると書かれていました」


「私がいた島でも牡蠣を養殖していましたよ」


「へー、つまり潮の流れが変化したのはその作用によるものと?」


「ううん……どうでしょうか、そこまではっきりとした事は……あ、ウォーカーさん、それお酒入ってますからね、あまり食べ過ぎないように」


 危ない、あと少しで手を付けそうになってしまった。

 腹部殴打の攻撃から帰還した艦長さんが会話に参加してきた、殴られていた割にはケロッとしている。


「でだ、そのウイルスってのは珊瑚も釣り上げる性質も持ってんのか?ん?分からないなら俺が食って調べてやるぞー!」


 艦長がエイリアンに!第一種戦闘用意!放てー!と手にしていたボトルの中身をぶちまけた。そのお酒が私にもかかり、ヒイラギさんとウイルスについて話をしていた人がキレた。


「いい加減にしろ!!この子もお酒を被ったんだぞ!!」


 飲んで酔ってふざけていた人たちと艦長さんは全く悪びれた様子を見せず、それどころか私の代わりに怒ってくれた人もエイリアン認定をして席から攫っていった。フロアの中央で艦長さんと取っ組み合いを始める、あの人もだいぶ酔っていたらしい。お酒ヤバい。


「ごめんね、軍の飲み会っていつもこんな感じだから」


「何か凄いですね、島の飲み会が可愛く思えてきました」


「ラウェ島だっけ?ウォーカーさんの実家も牡蠣の養殖をしているの?」


「いえ、私は手伝いをしていたぐらいです、それで漁師の集まりにお呼ばれしてたんですよ」


「へー、そうなんだね」


 お酒で汚れたテーブルの上を拭きながら会話を続けている。


「今日は虫眼鏡おじさんは来ないんですか?」


「ヴォルターさんのこと?あの人は来ないよ、こういう飲み会には参加したことがないんだ」


「へー、意外ですね、お酒とか好きそうなのに」


「酔うと泣き上戸になるんだって」


「じょうご?何ですかそれ」


「泣きやすくなるってこと、他にも怒り上戸に笑い上戸。知ってる?その人が初めて酔った状態が一生続くんだって」


「へー、それなら私は倒れ上戸ですね、気絶した事がありますから」


「今のは聞かなかったことにしておくよ」


 こういう所なんだよな〜私があまり好きじゃないの、そこ真面目に返すところなの?別にいいじゃんただの会話なんだから。

 フロアの中央で行われていた異種格闘技戦はエイリアンさんの勝利で終わった。ヒイラギさんに促され、勝者であるエイリアンさんにお酒が入ったグラスを渡してあげると嬉しそうに一気飲みをしてくれた。地に伏した艦長さんは悔しそうに何度も床を叩き、それが何だか面白くて笑ってしまった。



✳︎



 フロアの中央でやっていた馬鹿騒ぎを眺めながらライラちゃんと話しを続けていた。どうやら今日は色々とあったらしい、お酒は飲んでいないはずなのにずっと目元が潤んでいる。


「私、すっごく情けなくて…ナディはずっと私の事を考えてくれていたのに私は自分の事ばっかりで……」


「優しい子で良かったじゃない」


 最初の方は私から逃げ回っていたくせに、ナディちゃんの話を振ってあげると、ぽろぽろと胸の内を語ってくれた。この子も不安と戦いながら想い人との関係を続けているらしい。それなのに私ときたら...


「嫌われていないか心配です……ナディって言う時はハッキリと言いますから。不満溜め込んでないかな……」


「それはないんじゃない?さっきの様子を見たけど、めちゃくちゃ距離が近かったじゃん」


 大盛りのシーザーサラダからよそったレタスを突きながら喋っていたライラちゃんがぱっと顔を上げた、変なところで行儀が悪い。


「え?そう?そんな風に見えた?見えちゃった?」


「あーはいはい、ノロケは本人にやってくれる?」


「いやそれノロケって言わないから!どんな所が?──あなたは一体どこを見て距離が近いと思ったのですか?はい答えて!」


 フォークに突き刺したレタスを私に向けてくる、マイクの代わりだ、食べ物で遊ぶなと注意してから答えてあげた。


「腕を組んでたでしょ?それにナディちゃんの方から腕回してたし、ライラちゃんが無理やり組ませたってわけでもなさそうだから、そうかなって」


 そう言ってあげるとそれはそれは嬉しそうに微笑んだ。


「そうなの〜!ナディったらいきなり手汗が心配だとか言って腕を組み始めてね!暑いのに体も寄せてくるし、汗臭くないか心配しちゃったよ!」


「大丈夫大丈夫、臭くないから」


「それでね、お店に連れて行ってあげたんだけど──」


 よく喋るなあ〜、捕まえる相手を間違えたかもしれない。

 今日一日あった出来事を聞き流しながら階下のフロアを眺める。馬鹿騒ぎが終了したかと思えば、お次はお決まりの飲み比べが始まった。なみなみに注がれたジョッキを片手にいかにもな男性二人が一気飲みをしている、片方の男性が耐えかねて汚く口の中身を吹き出し、飲み切った方がナディちゃんにお酒を注いでもらっていた。どんなご褒美だ、エンドレスではないか。そんな中でもあの人は静かにお酒を嗜み誰かと会話をしていた。


(どんな所行ったんだろ……スミスさんと一緒じゃないし……余裕ってこと?この後また会ったりするのかな)


 ふと気になったのでガトリングトークを放っていたライラちゃんに質問を振ってみた。


「ところでさ、もしライバルがいたらどうする?」


「は?ライバル?」


「そう、ライラちゃんと同じように仲良くしている相手がナディちゃんにいたらどうするの?」


 手元にあったフィッシュフライを(かじ)りながら何と答えるのか待っていると、途端に眉尻を下げてこう答えた。


「ショックで死にそう……考えただけで吐き気がします……」


「あ〜やっぱそうなるよね、分かる分かる」


「え、どうしてそんな事訊くんですか?──まさかナディに、」


「いないいない、単に気になっただけだから」


 私はてっきり「排除するに決まってるでしょ!」と言うものと思っていた。

 昼間、ピメリアさんに言われた「恋も戦い」という言葉を思い出す。言っていることは分かる、けれど私と同じ想いを抱いている人を蹴落とす気にはどうしてもなれなかった。だからと言ってあの人の事を諦めるというのも...何だか違うような気がして割り切れないでいた。

 ライラちゃんも恋する乙女である、私の質問に勘を働かせてその意図を探ってきた。


「ん〜でもそんな事を気にするってことは……もしかしてアーチーさんにも気になっている人がいるんですか?」


「う〜ん、まあ……そう、かな?」


 ぱっと顔色を変えてぐいっとこちらに寄ってきた、その弾みで食べ物を落としているが本人はまるで気付いていない。


「誰?!誰ですか?!この中にいるの?!」


「いやそれは〜……まあ、まあ、うん」


「えー!誰?!──まさかナディなんて言いませんよね?」


「違うから、それだけは答えておくよ」


「教えてくださいよ!秘密を共有しましょう!私だけ弱味握られているの納得していませんから!」


「いや知らんがな!そっちが訊いてきたんでしょ?!」


「そういう釣れないこと言うのはナシですよ〜!いいから!ほら!私が恋の横断幕を張ってあげますから!」


「喧伝してどうすんの!張らなくていいわそんなもん!」


 酔ってる?もしかしてサラダにお酒でも入ってるのかな、すっかり上機嫌になったライラちゃんが鬱陶しい絡み方をして何とか訊き出そうとしてくる。

 店の扉が大きく開かれ、陸軍の兵士と話し合いをしていたピメリアさんが遅れてお店にやって来た。ここに来られたということは大事にならずに済んだらしい、ほっと胸を撫で下ろす。

 一気飲み大会をまだ続けていた海軍の男性がピメリアさんにジョッキを片手に絡み始めた、同じ物を渡されて早々に巻き込まれたらしい。ピメリアさんが男らしく腰に手を当てて一気にジョッキの中身を喉に流し込んだ、喧嘩を売った男性は口からビールを吹き出し惨敗。「もっと強い酒待ってこおーい!!」と高らかな勝利宣言をして、崩れ落ちた海軍連中を尻目に颯爽とナディちゃんの元へ歩いていった。



✳︎



「もう何すか〜何でこっちに来るんすか〜」


「そういう釣れないこと言うもんじゃない!お前、酒は飲んでないな?子供の頃から酒飲むと体の成長が止まるんだからな」


「目線が親すぎる。それにしてもピメリアさんってお酒強いんすね、軍の人に勝つなんて凄い」


「あんなのただのジュースだジュース。それよりちゃんと食ってるか?タダ飯だから遠慮なく食っておけよ」


「いやだから目線が親すぎる。何なんすかこの間から、何でそんなに親っぽいんすか」


「お前のことが心配だからに決まっているだろ。いつでも連絡していいからな、遠慮なんかするなよ、いいな?」


「この携帯捨てたくなってきました」


「ジュディスとクランはどこにいるんだ?一緒じゃなかったのか」


 ピメリアさんが私の皿に次から次へと食べ物をよそっている、こんなに食べられませんと突っぱねると自分で食べ始めた。


「え!来てるんですか?」


「そりゃそうだろ、あいつらもセントエルモのメンバーなんだから」


 辺りをぐるりと見回す、一階のフロアにはいないようだ。ということは二階か、見上げて探してみると微かに黒い頭とクランちゃんっぽく見える人影がテーブルについていた、一番角の席だ。


(あ、ほんとだ、あれかな?)


 二階席はゆったりとご飯を食べる所っぽく、壁際にテーブルがセットされていた。またピメリアさんが食べ物をよそい、食えない!って言ってるのに皿を寄越してきたところで、一気飲みに負けてしまった海軍の人たちが逆襲にやってきた。


「うわ!」


「我ら〜海のこ〜その〜使命〜を〜果たさあ〜ん〜星つなぐう〜橋〜繋ぎ止めたあ〜るは〜心〜」×5


 歌をうたいながら肩を組み私たちを囲っている、その異様さといったらビビる程だ。思わずピメリアさんの方に体を寄せる。


「何だお前ら!あっちへ行け!しっしっ!」


 ピメリアさんが私をさらに引き寄せた、軍の人たちは全員ジョッキを持っている。真ん中に立っていた艦長さんが真っ赤な顔でこう宣言した。


「貴官に勝負を申し付ける!我ら五人一組に負けたあかつきにはその少女を手放してもらおう!皆酒を注いでもらうために肝臓を犠牲にしているのだ!」


「知るか!お前らが勝手にやっているんだろ!」


 私の肩に回していた手に力が込めれた、少しだけ痛いけど安心感はあった。


「負けるのが怖いのか〜?そうだろ〜そうだろ〜!さすがに五人連続一騎討ちは出来ないよな〜!その子の前で醜態晒すわけにはいかないもんな〜!おい!聞け野郎ども!ユーサの連合長は臆病風に吹かれた鯉のぼりらしいぞ!」


 意味が全く分からないどこから出てきた鯉のぼり。私の肩を離したピメリアさんがばばっと立ち上がり、


「そこまで言うならやってやろうじゃねえか!吠え面かかせてお前らにナディの別荘を建てさせてやるからな!」


「えー」


 さっきのお酒で酔いが回ってきたのか、頬が赤らんだピメリアさんが挑戦を受け取った。お酒ヤバい。それに五人連続一騎討ちってやり方が卑怯でしょ。

 再びフロアの中央でどんちゃん騒ぎが始まり、これ幸いと私はテーブルから離れた。



✳︎



「いい?あんたはああいうくっだらない飲み方したら駄目だからね」


「………あんな事ができるんなら今頃アイドルにでもなってます」


「お酒というものはこう、色とか風味とか色合いとか、見て、舌で転がして、味を楽しむものなの、ああいう馬鹿騒ぎの道具に使うものじゃないの、いい?」


「色と色合いって違うんですか?」


 あなた二回言いましたね?


「違うに決まってるじゃない!まあ、あんたはまだ子供だからその違いが分からないんでしょうけどね」


 私からしてみればそっちの方が子供に見える、ドレスに身を包んでいるけど小さいものは小さい、手にしたシャンパングラスの中身もジュースに見えた。

 というかだな、この先輩はどうしてナディさんの所に行こうとしないんだ、すぐ下にいるじゃないか、私なんかを捕まえて席に縛り付けてどうしようというのか。お喋りが得意ではないことぐらいこの人も知ってるはずだ。

 ...はっは〜ん、そうか、これはあれだな。


「……ジュディ先輩、もしかして自分からナディ先輩の所に行くのが恥ずかしいんですか?」


「!」


 図星らしい、肩をびくりと跳ね上げて口に付けたグラスを離そうとしない。


「その気持ち分かります、こういう飲み会の時って賑やかな人が近くにいたら安心しますけど、頼るのは何だか負けたような気がしてつい意地を張りますもんね」


「あんたってほんとに人見知りなの?」


 そこへ二人しかいない、寂しいテーブルに新しい人が現れた。取り皿とグラスを持ったライラさんである。


「いたの!どうしてこんな隅っこにいるの!」


「こんばんは、ライラ先輩」


 言ったそばからほっとする、やはり二人しかいないのは寂しいし、ライラさんは数少ない人見知り同志でもあった。そのライラさんは私の隣に腰を下ろして早速ジュディ先輩を馬鹿にし始めた。


「何ですかそのジュースは、先輩は一応成人しているんですからお酒飲んだらいいじゃないですか」


「酒だわ!これ酒なの!それに一応って何だ!ずっと前だわ成人式!」


「クランってずっとこの人と一緒にいたの?」


「はい、かれこれ一時間近く」


「かっわいそう〜、話し相手がいないからって歳下捕まえたら駄目でしょ先輩」


「──この席に来ると思ったの!それなのに全っ然来ないし!」


 ああ、だからこのテーブルだけ椅子が四つしかないのか。それをこの先輩が一人で準備していたのかと思うと、その意地らしさに涙が込み上げてきた。


「先輩……本当は良い人なんですね……」


「普段は違うみたいな言い方すんな!」


「ライラ先輩はどこで飲まれていたんですか?」


「ん?ああ、クランのお姉さんと階段の踊り場の所」


「リーねえと?仲が良かったんですね」


「そういうんじゃないから、まあ、取引き相手?みたいな感じ」


「……大人っぽい」


「いや、私が一番歳上なんだけど……」


 そこへまた新しい人が現れた、手ぶらでやって来たナディ先輩だ。


「いたの!何でこんな隅っこにいるんですか!」


「こんばんは、ナディ先輩」


 ライラ先輩と同じ事を言っている、ナディ先輩はジュディ先輩の隣に腰を下ろした、そこしか席がなかったし、これまた同じようにシャンパングラスの中身を馬鹿にし始めた。


「えー何でジュース飲んでるんですか?せっかくだからお酒飲めばいいのに」


 ライラ先輩が吹き出す、かくいう私もおかしくて笑ってしまった。


「これ酒だっつってんでしょ!馬鹿にするのもたいがいにしろ!」


「──え?そうなの?てっきりジュースかと……」


 馬鹿にしたわけではないらしい、本気でジュースだと思い込んでいたようだ。それがおかしくてさらに笑ってしまった。

 階下を覗けばピメリアさんがガッツポーズをしていた、床には項垂れた五人、それから勝者を讃える拍手の音が耳に届いた。あの人に酒飲みで勝負を挑むなんて無謀にも程がある、逆立ちした状態でテキーラを飲み干した伝説を持っているのだ。



「何か食べますか?」


「ううん、私はもういいよ」


「私もいらない」


「私の所に──言う前から肉ばっかりよそいやがって!」


「待ってたんですよね?」


「待っとらんわ!──ああもういいわ食べるわよ」


「クランちゃんにすらイジられる先輩って……」


「ねー」


 そういうつもりでは...てっきり自分から言い出せない人だと思って気を遣っただけなんだけど...本人はあまり気にしていないようで良かった。いや気にしましょう?平らげたお皿を当たり前のように私の元へ突き出してきた。


「あんたのその格好は何?どっか出かけてたわけ?」


「ああ、はい、ライラと一緒にお店巡りしてました」


「何そのお上りさんまるだしの格好、ライラも恥ずかしかったんじゃないの?」


「うぐぅ……こ、こうもハッキリと言われるとダメージが……」


「いや確かにそんな感じですけどナディはいいんです」


「やっぱりライラもそう思ってたんだあ!」


 うわあーん!とナディ先輩がジュディ先輩に泣きついた。


「何処に行ってたの?」


 ナディ先輩の頭を乱暴に撫でながらそう話しを振った。


「横断歩道を渡ってすぐのショップ街ですよ」


「あんな所に連れてったの?そりゃナディが可愛そうだわ、いきなりハードルが高すぎるでしょ」


「うぐぅ……いや、そうかなあ〜とは思ってましたけど……」


「モールの子供服売り場に行けば良かったのに」


 二人が「馬鹿にしすぎ!」と揃って抗議した。


「先輩は?どこか行ってました?」


「私?私は警察署に行って来たわ、クリントンさんと面会するためにね」


「ああ……あの人か」


「その人ってこれからどうなるんですか?本人に悪気はなかったんですよね」


「それとこれとは話が別みたいでね、まあ今は何とも言えないけど本人は元気そうにしてた。知ってる?留置所ってワンルームみたいに広いんだって、自分の部屋より快適で驚いたって言ってたわ」


「へー、知らなかった」


「無罪になってくれたらいいんですけど。その人って自分の父親も殺されてしまったんですよね」


「そうみたい、だからかもしれないけど取り調べに来る検察官も嫌な感じはしないってさ」


「ふ〜ん……私の知らない世界だなあ〜」


「クランは?あんたは何してたの?」


 今頃その質問かよ...と視線に込めるとジュディ先輩が狼狽えた。


「わ、悪かったわよ……自分一人で盛り上げようって必死だったから……」


「そういう素直な所は好きですよ」


「そ、そう?まあ──ちょっと待って、"は"って何よ」


 ナディ先輩の言葉にジュディ先輩が嬉しそうにしている、隣のライラ先輩はむくれているけど。


「私は毛布に包まってひたすら動画見てました、まさに至福の時を過ごしていました」


「は?こんなに暑いのに?」


「エアコンをガンガンに利かせて毛布に包まるのがいいんです」


 前の二人は「ええ?」、隣にいるライラさんは「分かるわー」とそれぞれ感想を述べた。


「何それ、わざと寒くしてるってこと?」


「はい、冬場は逆にわざと暑くして薄着で過ごすのが通例です」


「いやそんな通例聞いたことないわよ、あんた将来自律神経が乱れるからマジで止めときなさい」


「一度やってみてください、ハマりますから」


「分かるわかる、私も似たような感じだし」


「変な過ごし方してるなー」


「私エアコンの風が苦手だからあんまり使ったことないのよね」


「それは何となく分かりますね」


 色んな話の花が咲く、色取り取りで決まりが何もない、次はどんな花が咲くのかとわくわくしてしまった。普段は一人で過ごすことが多いのでこういった場は新鮮でとても良かった。

 パーティーの幹事役?であるあの艦長さんが私たちのテーブルに顔を出した。手にはシャンパングラスが握られており、当然だが中身がジュースには見えなかった。


「今日は急な誘いなのに来てくれてありがとう、料理は口に合っているかな?」


「美味しいんですけど量が……」


「あははは、ここはその量が売りだから」


「ほら、先輩もスミスさんのようにちゃんとお酒を飲みましょうよ」


「そのイジられ方もう飽きた」


 なん...だと...と、二人が愕然としている、それにその返しはどうなんですか先輩、さすがに歳上としての尊厳は保つべきではありませんか。


「ジュディスにも可愛い後輩が出来たみたいだね」


「うっさい、あんたにそんな事言われる筋合いなんかないわよ」

 

「!」

「!」

「!」


「言ってなかったっけ、私とアリーシュって同期で卒業した仲なのよ」


「ええー!!」

「そうなんですか?」

「まさかの友達」


「ハイスクールの話だけどね、私はその後下士官の育成機関に入ってジュディスはカレッジに行ったんだよ」


「そうだったんですか……ん?ということはつまり……先輩の歳って……」


「最低でも二十代半ば……」


「それが最高、まさしくそれ」


「その歳でこの可愛いらしさ!まさに天然記念物!」


「誰が天然記念物だ訂正しろ!私は立派な淑女だ馬鹿たれ!」


 小さな体でナディ先輩の体をゆすっている、それをスミスさんが口を開けて笑っていた。

 こんな話になるなんて、わくわくすると思ったのがついさっきなのに。

 また新しい人が店にやって来たようだ、騒がしかった階下が静かになった。何だ何だと皆んなも視線を向ける、そこには────



✳︎



 ぶわあっと様々な匂いが鼻をついた。そのどれもが臭くて、けれど新鮮で、私の脳はそれだけでいっぱいになってしまった。


「来た来た!こっちだグガランナ!」


 覚束ない足取りでピメリアの元へ向かう、ヒールの音が良く響き、会食をしている皆の耳に障らないかと不安になった。誰もが私のことを見ていた、信じられないように、お化けでも出たのかと言わんばかりに。


(どうでしょうか〜このドレスで良かったんでしょうか……いきなりパーティーに招待されるとは夢にも思いませんでしたので……)


 窓ガラスに儚く映った自分の姿を確認する、淡いライトに照らされた私は絵本から飛び出してきたような、場違いな主人公に見えてしまった。つまりめちゃくちゃ気合いが入っていた。


(いやこれ絶対間違えてますよねー?!)


 頭にティアラですよ?!やり過ぎましたね...しまった、これでは私が主賓みたいになってしまいました...けれどピメリアが豪快に笑い飛ばしてくれたのですぐに楽になった。


「あっはっはっはっ!何だその格好は!まるで結婚式の花嫁じゃないか!──うんうん、似合っているけど私ら人間が芋に見えてしまうな!」


「す、すみません…こういった場は不慣れなものでして…貧相な服を着て周りにご迷惑にならないようにと……」


「いいさいいさ、良く来てくれた!」


 テーブル席から立ったピメリアが私の腕を掴んだ、それだけで胸が高鳴る。何もかもが、あの監獄から飛び出してから全てが新鮮だった。

 ヴォルターに乗せてもらったこのテンペスト・シリンダーの特別独立個体機、夜空にぽつんと浮かぶ雲、空から見下ろす街の景色、降り立ったヘリポートでは容赦ない熱気が私に押し寄せてきた。そこからさらに夢のような世界が待っていた、歩く人々、街々の明かり、雑多な音と匂い。そしてこの建物、煩雑とした中でもひっそりと佇み私のことを待ってくれているような思いに駆られた。あれ、この服装で合っていましたか?念願の外に出られただけではなく、様々な人が私に視線を注いでくれていた。


(やっぱりこの服装で良かったのかもしれません)


 フロアの中央に連れて来られた私は、ゆっくりと視線を周りに向けた。皆んなが、ぽかんと口を開けて見てくれている、その中でも普段と変わらない様子のホシがテーブル席に着いていた。ゆっくりと手を振る、相手もおずおずと手を上げて応えてくれた。


「今回の調査をセントエルモに依頼してきたクライアントと言ってもいい!この絶世の美女──いや、私の方が少ーしだけ美人かな?」


 静かだったフロアがにわかに騒がしくなった。「ふざけるな!」とか「出しゃばるな!」とか「お前の家には鏡がないのか!」とか、声援というより罵声に近いような気がします。


「分かった分かった!とにかく!こいつはグガランナ!グガランナ・ガイアだ!皆んなもよろしくやってくれや!」


 その言葉を受けて、店内にいた殆どの人が拍手をしてくれた。どうやら私は彼らに迎え入れられたようだった、ほっと胸を撫で下ろす。


「さあ、お前からも一言」


「え、よろしいのですか?」


「当たり前だろ、ここで一発かましておけ!」


 何をかますの?とにかく話を振られた私は一歩だけ前に進み、皆に聞こえるよう息を吸い込んだのが間違いだった。


「この──こっほ、げっほ、た、たびは──すみ、すみません」


 どっと笑いが起こる、恥ずかしいけれど嫌な感じはしなかった。これだけ大勢の人前で話すのは初めて、それに声を張り上げるのも初めてだったので失敗してしまった。


「ゆっくりでいいから」


 そう励まされ、なるべく声が裏返らないよう注意しながら口を開いた。


「この度はご迷惑をおかけしましたこと、心から謝罪致します。皆様方が採取されたウイルスは人智を超える物、手に余す代物でございます。今日よりは私も調査に加わり皆様方のお力になればと励む所存です、どうか今後ともよろしくお願い致します」


 「真面目かー!」という声と共にもう一度拍手が起こった、良かった、今度はきちんと挨拶をすることが出来た。


「よおし!興も乗ってきたあ!私と勝負して勝った奴からこいつと仲良くする権利を与えてやる!おらおらさっさとかかってこいやあ!」


 ピメリアがそう叫ぶとジョッキを持った男性が整然と並び始めた、誰と仲良くするかなんて私が決める事だと思うのですが...それに勝負ってお酒の一気飲みですか?ピメリアが飲み切り、男性の方が飲み切れずに床に倒れてしまった。


「だ、大丈夫ですか?」


 ジョッキは割れてガラス片が飛び散っている、慌てて駆け寄り助け起こそうとするがピメリアが止めに入った。


「ダメダメ!甘やかすなよグガランナ!負けたこいつが悪いんだから!」


「えー…それはあんまりなのでは…立てますか?破片でお怪我をなさらないように」


 はあとか、はいとか、曖昧な返事をしながら男性がそそくさと離れていった。それでもなお勝負が続き、次から次へと男性が負けて撤退していく。この人強すぎではありませんか?私一人ぼっちになってしまうんですけど。



 そんな事もなく、私が座っていたテーブルに次から次へと色んな人が挨拶に来てくれた。目まぐるしく人模様が変わっていく、対応するのに一生懸命だった。その人模様の中に見知った顔を見つけて、少しだけ安心してしまった。


「あなたは確か…護衛艦の艦長を務めていらした、」


「はい、アリーシュ・スミスと申します。覚えていて下さったようで恐縮です」


「いえ、調査の際は大変お世話になりました」


 アリーシュと名乗る女性、画面越しに見た時は凛々しい男の子のように見えていたのですぐに気が付かなかった。彼女もお酒を嗜みアルコールが回っているのか、頬が赤らんでいた。私のすぐ隣の椅子に腰を下ろし、ぐいっと顔を近付けてきたので少しだけ焦った。


「……つかぬ事をお訊きしますがよろしいですか?ホシさんとは一体どういう関係なのでしょうか?」


「え、えーと、ホシですか?」


「はい」


「どういう関係……初めに依頼をしたお相手としか……」


「つまり、仕事上の付き合いのみということですね?」


「え、ええ、まあ……もしかしてホシの事が好きなのですか?」


「!」


「スミスさん!そのあたりで!グガランナさんも困ってるっスよ!」 


 また新しい人がやって来てくれた、男の子のように愛らしい女性だ、アリーシュと仲が良いのか後ろからぐいっと体を引っ張っている。


「なん──君には関係ないだろう!これは私とグガランナさんの話なんだから!」


「いきなりそういう事訊くもんじゃないって言ってるんス!迷惑されているでしょう?!」


「いえ、別に私は、」


 聞いちゃいない。


「そもそも君のその話し方は何だ!すっすすっすうるさいんだよ!」


「あーそう!そこまで言うならタメ口で話してやる!いい?!初対面の人に誰と仲が良いとか訊くもんじゃないの!」


「だから君には関係ないだろ!私はホシさんの事が気になっているから訊いているだけで君に迷惑はかけていない!それにそもそも──」


 やっぱりそうではありませんか、特定の人物について教えてほしいなんてそれしか考えられません。まるで姉妹喧嘩のように騒ぎ始めてしまった二人をよそに、当のホシがフロアの中央に立って悲しい宣言を皆んなの前で行なった。楽しい時間はあっという間に過ぎると聞いていたけど、本当だった。


「ええ…宴もたけなわではございますが、今日のパーティーをそろそろお開きにしようかと思います。幹事役の方が大変楽しまれているみたいなので代わりに僕が──」


「何だってええっ!!ホシさん!いいやホシ君!君という奴は、君という奴は──!!」


 姉妹喧嘩も投げ出しフロアへ猛然と突っ込んでいった、後から慌てて──名前を教えてもらっていませんでした...愛らしい方もその跡に続いている。


「ちょちょ!アリーシュ!」


「君は!この私を数時間も待たせた挙句にこのパーティーに人を追加してほしいとのたまったではないか!詫びも入れずに!どれだけ私が悲しんだと思う!それを大変お楽しみだからと言われる筋合いは──!」


 私がここへ来てから一番の盛り上がりだ、一階、二階にいる人たちがフロアに向かって拳を突き上げていた。「やれー!」とか「責任取って結婚しろー!」とか、それはもう言いたい放題。

 追い詰められたホシ、どう対応するのかと見守っていると潔く土下座を敢行した。本当に綺麗なフォームである、まるでお手本のようだ。


「──その件はほんとーに失礼しましたあ!謝るに謝れずズルズルと!連合長に追い詰められて「私のせいにするなあ!」仕方がなく連絡をしたんです!本当にすみません!」


「謝って済む問題ではない!私だって色々と見て回るお店を考えていたんだぞ?!そりゃ確かに私も急で悪かったが君はもっと悪い!そう思わないか?!」


「仰る通りですうう!!」


「アリーシュ!もういいでしょ?!ヒイラギさんが──」


「君には関係ないと言っているだろ!それとも何か?!君もホシ君のことが──」


「そうだよ?!悪い?!」


「──え?」


 土下座中のホシが頭を上げた。どうでも良い事だけど、アリーシュのスカートがロングで良かったと思ってしまった。あの位置あの角度、裾の丈が短かかったら見えていたはずだ。


「──そうなのか?」


 アリーシュも突然の告白に驚きを隠せないでいる、というか気付いていなかったのか。この場面で罵倒されている人を庇うんだ、それなりの想いがあって然るべきである。告白をした女性も勢いに乗ってつらつらと、相手を威嚇するように語り始めた。


「そう!そうだよ!私の仕事を褒めてくれてプレゼントまでしてくれて無視なんかできるはずがないよ!ずっと気になってるんだから!自分一人だけだと思わないで!」


 しーん。である、姉妹喧嘩の続きをフロアのど真ん中でやっている二人以外、全員が呆気に取られていた。そんな中でもピメリアは豪胆に歩みを進め、土下座中のホシを立たせた。


「お前はどっちを取る?──命懸けで選べ」


(鬼です、鬼がいました、それを今訊く?)


 さすがに誰も騒がない、誰もが事の成り行きを見守っている。鬼のような質問をされたホシが、何度か唇を舐めて、意を決したようにこう言った。まあ...そう言うのも無理はないと思ってしまった。


「その、実は………僕、女性を恋愛対象として見られないんです……」


 「嘘つけー!」という罵倒を皮切りにして再び店内が騒がしくなった、空になったボトルが宙を飛ぶわ、料理が爆弾のように上から投下されるわ、しっちゃかめっちゃかである。さすがに騒ぎ過ぎたのか、この店を預かる責任者が登場して全員締め出されてしまった──え?私も?!来たばっかりなんですけど!というか姉妹喧嘩のせいで私が霞んでいませんか?!これでも外に出たの生まれて初めてなんですけど!



✳︎



 大きく溜息を吐いた、本当にあいつは一体何をやっているのか...自分が置かれた立場というものを良く分かっていないらしい。


「馬鹿かこいつら……」


「──ヴォルター、とにかく監視の目を怠らないように、いいわね?」


「分かっています」


「それぞれの省庁も水面下で動き回っているわ、遅れを取らないようにしなさい」


「それも、分かっています」


「行きなさい」


 局長が再び携帯端末を耳に当てた。それを見計らって執務室を後にする。


《おいオッサン、この臭い何とかなんねぇのか、まだ香水の臭いが残ってんぞ》


《知るか我慢しろ。お前は軍のサーバーに枝を付けておけ、いいな》


《はいはい。こんなみみっちい事じゃなくて自由に空を飛びたいぜ》


 ガングニールの小言は聞き流した、それが叶う時は──戦争が起こった時だけだからだ。

※次回更新 2022/2/12 20:00 予定

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