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第9話

.両手に花も一苦労



 ──アリーシュが大爆発する十時間前



 夏場の電気代、冬と比べたらいくらかマシだが、それでも高くなりがちである。いくら公務員といえども給料がべらぼうに高いわけでもなく、節約出来るところはしなければならない。これも昔の経験則から学んだ事である、けれど、だからこそエアコンから得られる快適さの重要性が分かるということでもあった。つまりは手放せなくなってしまうということだ。

 休日は必ず見ている朝のワイドショーでは、今年一番の暑さとなるらしく、外出する際は熱中症対策をしてからとのことだった。エアコンの快適さと電気代を天秤にかけて、結局起き抜けと同時に切ったのだが、一夜かけて溜め込んだ冷気があっという間に消え失せてしまった。


(まあいいか、どうせ出かけるんだし……)


 メゾンタイプのマンション、二階建ての角部屋に居を構えていた僕の部屋には、階段の手前に姿見を置いていた。出かける前に─腫れぼったい顔は見ないようにしながら─自分の服装を確認すると、ものの見事にボタンを掛け違えていた。駄目だ、やっぱり緊張してしまう、いつもはスーツ姿なので服装に気を遣う必要もないのだが今日ばかりはそうもいかない。セントエルモの護衛として出動してくれた艦長こと、アリーシュ・スミス大尉と朝から会う約束があった。クローゼットの奥に仕舞っていた七分袖のサマーカーディガンと、この時期に合わせて青いシャツを引っ張り出して着てみたものの、どうやら僕はずっと上の空だったらしい。姿見万歳、置いてて本当に良かった。

 出かける時間になったのですっかり蒸し暑くなってしまった部屋を出ようとすると、携帯に着信が入った。年季の入った古い携帯だ、今どき何処にも売っていない旧式モデル。つまり、


「え〜…このタイミングで呼び出し?」



[いえ、私のことはお気になさらず、こちらこそ急にお誘いして申し訳ありません]


「本当にすみません、昼前には終わると思いますので……あ、サイドガーデンに行かれてはどうですか?自然も多いですし、」


 そこではたと気づいた、このクソ暑い時に何処を薦めているんだと、馬鹿なことを言ったこの口を殴りたかった。けれど、スミスさんはそこへ行ってみますと言ってから、こちらを気遣うように早々に電話を切ってしまった。


「よろしいですか?ダンタリオンが待っていますのでお早く」


「──分かりました」


 言ったものはしょうがないと、もやもやする気持ちを肚に叩き込んでから技術者の跡に続いた。

 僕が勤めている保証局から緊急の呼び出しがあった。前回の任務の際に不具合をきたしたダンタリオンを特殊整備課に回していたのだが、AIカウンセリングを受けていたダンタリオンが唐突に対話を拒否したらしいのだ。今はサーバー内に引き篭もり、こちらからの呼びかけに一切応じない、徹底抗戦の構えを取っていると特個体の整備を行なっている技術者に泣きつかれてしまった。

 厚生省が所有する特個体の本機は、ウルフラグ空軍基地の一部を間借りして管理されている。関係者以外は誰も入れない、僕も何度か()()の搭乗者が専用の格納庫に入っていく姿を見かけたことがあった。不思議とその人相というか、人柄は()()()()()()()()

 入門手続きを済ませて空軍基地の事務棟から外に出る、ヤシの木がとっ散らかったように並ぶ道を歩いて格納庫へと向かう。その道すがら、三機の戦闘機が滑走路を走っているところだった。どうやら今日は戦闘機体型による訓練らしい、僕も良く乗った使い勝手の良い戦闘機だ、折り畳まれた腕が主翼の下から伸びていた。

 前を歩いていた技術者が僕の視線に気付き話しかけてきた。


「ヒイラギさんもあの機体に乗られていましたか?」


「ええ、嫌というほど乗りました」


 技術者がかけているグラス型の端末がギラリと日光を反射し、思わず顔を顰めてしまった。


「やはり懐かしいですか?」


 何だその「やはり」という枕詞はと思いながら返事を返す。


「そうですね、今でも操縦桿の感触を思い出せるほどですから」


「ヒイラギさんのように若手でありながら特個体のパイロットになられた方は珍しい、もう今後乗れなく──失礼」


「………いいえ」


 僕の言葉が技術者に届いたのか分からない、ちょうど離陸のために戦闘機がエンジン出力を上げて、猛スピードで滑走路を駆け抜けたからだ。

 空軍が所有する戦闘機は全て可変型である、人型から翼型(戦闘機の形をそう呼ぶ)に変更することが可能であり、作戦内容やその役割に応じて変えることが出来た。一般入場や式典の際によく質問される「空を飛んでいる時に形を変えられるのか」というものは、創作物の中だけの話であり、現実では格納庫の中で地味な作業とともに行われている。「そんな曲芸飛行をする度胸と技術があるならまず敵を撃て」、司令官が放った夢も浪漫もない言葉だが正に的を得ている内容だ、実際そんな暇は一刻もない。

 分かりきった事を言った技術者はそのまま黙ってしまい、僕もとくに話す必要もなかったので格納庫に到着するまで無言で過ごした。そして、一番外れにある特個体専用の格納庫に辿り着き真新しい扉が開くと、そこには先客が一人いた。


「厚生省に栄転したスーパーエースが今さら何の用だ、古巣が恋しくなったのか?」


(何でここにいるんだよ……)


 運転機能付きの車椅子に座った中年の男性だ、この暑い時期でもかっちりとスーツを着こなし、胸には数々の勲章を飾り外から差し込む日光を受けて反射している。この人の名前はリー・キング、階級は中佐であり現役を退いて首都方面の司令官についていた。

 筆で真っ直ぐ引いたように細い目元が、意味ありげに僕へ向けられていた。


「ご無沙汰しております、キング中佐。今日は特個体の件でお邪魔させていただきました」


「自分が元いた場所でもお邪魔ときたか、つくづく心が冷めた男だ」


(じゃあ何て言えば良かったんだ……)


 相手のペースに持っていかれそうだ、何かと皮肉を言わないと気がすまない性質なのだ。僕は目線だけで技術者を促し、キング中佐の前から逃げようとすると、


「まあ待て、これでもお前の事は気にかけていたんだ。マキナの依頼の件、無事に片付いたようだな、詳しく教えてもらおうか」


「………申し訳ありませんが、この後予定がありますので道すがらで良ければ」


「いいだろう」


 あれいいの?歩きながら喋るって言ってるんだよ?いいらしい。キング中佐が手元のレバーを操作して僕たちの跡に続いた。



 地上部分は本機の、言うなればマテリアルメンテナンスを行なう整備場になる。特殊格納庫は地下にも伸びており、そこでは特個体の、言うなればメンタルメンテナンスを行なう電算室があった。そして、今はその電算室へキング中佐も引き連れて向かっている。

 特殊格納庫内は、何と言えばいいのか、病院に近いイメージがあった。今歩いている廊下も、時折見かける部屋の扉も、天井も蛍光灯も何もかも、シンプルなデザインで統一されて塵一つとして落ちていない。


(病院というより無菌室の方が近いかもしれない)


 特殊な素材を使った床には足音が鳴らない、無音の中、キング中佐が操る車椅子のモーター音だけが耳に届いていた。

 ダンタリオンの人工知能(AI)と人工意識(AC)を管理している電算室の前に到着した。さすがにキング中佐とはここでお別れである。それを分かっていた当の本人が、再び意味ありげな視線を僕に投げかけてきた。


「ここまでのようだ。関係者以外の人間がここまで来たのは初めてではないか?どう思う、ヒイラギ一等空尉」


 一等空尉は僕が退役する際に承った階級だ、どんな時でも皮肉を忘れない空軍らしい待遇だった。


「どう、と聞かれても分かりません」


「それだけ事態が動いているという事だ。未知のウイルスに興味があるのはお前たちだけではない」


 それだけを伝えて、キング中佐が僕たちの前から離れていった。来た道を戻らず先に進んでいく、他にも用事があるのかと、それは一体どんな用事なんだと目を向けると、廊下の先にある地下ロビーにグリーン事務次官が立っていた。


(はあ?何でこんな所に……)


 技術者が解錠し扉を開ける、後ろ髪を引かれながらも電算室に入った。

 つんと薬品の匂いが鼻をついた、エタノールの匂いだ。それから甘いお菓子、焦げた料理の匂い、フルーツ、柔軟剤、煙草、シンナー、ありとあらゆる匂いが鼻へ押し寄せてくる。思わず手を上げて鼻を押さえようとしたのが不味かった。


「ここ──ぐっふうぅっ?!?!」


「──ホシ!来てくれたのですね!」


 暗闇の中から何かが走ってきたかと思えば、五臓六腑に衝撃が走った。二つの意味で。何気ここに来るのは今日が初めてなんだ、驚くだろう?いきなり小さな男の子に抱きつかれてしまったら。


「本当にごめんなさい!あの時はどうかしていました!だから僕のことはどうか嫌いにならないで!」


「──ダンタリオン?」


「はい!あなたのパートナーです!」


 僕のお腹に体を預け、真っ直ぐにこちらを見上げる男の子。男の娘と言ったほうがいいかもしれない、それぐらいに可憐な男の子だった。どうやらダンタリオンは僕と直接会いたかったらしく、メンテナンスにあたっていた技術者を困らせていたようだ──。



「で?そっからどうしんだ」


「いえ、あの、さすがに機密事項ですので言えません、遅れたことには謝罪しますが何でもかんでも喋るわけにはいかないんです」


「──まあいい、それが本題ではないからな。文部省の連中がウイルスの件に絡んできた、一体どうなっているんだ?ん?話しが違うじゃないか」


 待って待って、いきなり話を進めないでほしい。特殊格納庫でダンタリオンの用事(わがまま)を済ませた後、携帯にメッセージが入っていたので慌てて確認してみれば、待たせてしまっているスミスさんからではなく今の目の前にいるピメリアさんからだった。「あとどれくらいで来れる?」ややこしくない?このメッセージ、タメ口のスミスさんも可愛いと思ったのが運の尽き、既読を付けてしまったから無視するわけにもいかず、今こうしてユーサ第一港に来ていた。


「文部省?僕はそんな話聞いていませんが…」


「嘘こけ、港に帰ってきてから再三問い合わせの連絡が来ているんだぞ?対応する私の身にもなれってんだ。それに独立法人の深海探査技術団って連中も押しかけてくるんだ、何とかしてくれや」


「いや何とかしろって言われても…」


 休日出勤者のためにひっそりと開かれている社員食堂の中で、向かい合わせに座っていた。今日のピメリアさんは私服だ、意外にも(失礼)ロングスカートを履いている、あのピメリアさんがだ。足元はサンダル、トップスは無地のTシャツにグレーのパーカーを羽織っている、髪は一本に束ねてすっきりとさせていた。そのピメリアさんが先程から不機嫌なのである、困ったものだ。そもそも、


「ピメリアさんがあのウイルスの所有権を主張したではありませんか、失礼ながら僕たちは責任を押し付けた覚えはありません。一方的に管理を任せたのであれば、」


「うるさいうるさい!そんな事は分かってんだよ!こちとら今から買い物に出かけようって矢先に呼び出し食らったんだぞ?!ちょっとぐらい同情してくれてもいいんじゃないのか!」


「それが責任者ってものでしょう、僕だって出かける直前になって呼び出しを受けた、」


「お前の話はどうでもいいんだよ!私の話を聞け!」


 これはあれか?ただ愚痴を言いたいだけなのか?確かに本人の言う通り、今日は珍しく不機嫌さを隠そうとしていない、さっきから我が儘ばかりである。

 ピメリアさんが用意してくれた水に一口つける、社員食堂の窓から熱すぎる太陽の日差しが入り込み床を照らしていた。

 不機嫌な連合長が携帯を取り出して何やらメッセージを打ち始めた。


「誰かに連絡──あ、そうだ!すみませんけど僕はこれで、」


「まあちょっと待て、あと少しでいいから」


 携帯の画面から目を離さず、手を上げて止まれとジェスチャーした。その腕には意外にも(失礼)女性物の腕時計がはめられていた。


「何ですか?僕は今から人に────」


「お前を待っていた理由は他にもあるんだ。ウイルスを調査している開発課から面白い報告が上がってな、お前も連れて行こうと思っていたんだよ」


 不機嫌だったから顔から一転、不敵に笑みをこぼすピメリアさんの顔は、本人の性格と比べてみてとても良く似合っていた。


「いやそれ……僕に見せたいんじゃなくて厚生省の人間に見せたいってだけですよね」


「そんなこといちいち言わなくていいんだよ!な?いいから付いて来いって」


 メッセージを打ち終えたピメリアさんが、腕時計をはめた腕を伸ばして僕を掴んだ。逃がす気はないらしい、それに思っていたより掴む力が強かった。


「分かりました、分かりましたから」


「よおし、そうこなくっちゃな!せっかく捕まえた獲物なんだ、ゆっくり見学しようや」


 人の話し聞いてる?人を待たせてるって言いましたよね?



「二枚貝?」


「はい、海底で採取されたウイルスはどうやら二枚貝の形態をとっているようですね────いやああ!!」


 こんなにエキサイティングな、というところまでは耳にした。突然、研究員が叫び出したので何事かと目を見張った。


「落ち着け、そして続きを話せ」


「──ああ、はい、すみません、それでですね、あ、その前に二枚貝の生態は知っていますか?」


「知らん」


「二枚貝は軟体動物の一種で二枚一対の殻を持っています、これは外套膜から分泌された炭酸カルシウムを利用して作られているのですが、実験用海水プールの底に沈めているウイルスにも同様の物がありました、さらにですね、あのウイルスには牡蠣にも見られる海水を濾過する器官もありまして、このプールのCODが、」


「しーおーでぃーとは何だ」


「CODとは化学的酸素要求量のことです、水中に含まれている有機物を示す値ですね、これが高いと生きていく上で必要な酸素が足りなくなって──失礼、話しがそれてしまいました、とにかくあのウイルスは海水を取り込み濾過して放出する器官が存在しているんです」


 もう本当に良く喋る、僕は話しに付いていくだけで必死だった。

 僕とピメリアさんの前には柵で囲われた円形の室内プールがあった。覗き込んでも底が全く見えない、水圧実験などに利用されているらしいこのプールの底に、あのウイルスがいるとのことだ。説明してくれている研究員は余程楽しいか、テンションのタガが外れたように喋り続けていた。


「つまり、あのウイルスは生体だって言いたいのか?」


 ピメリアさんの質問を受けて、研究員がさらに目の色を変えて話し始めた、この人このまま壊れてしまうんじゃないだろうかと心配になる程だ。


「それが!それがですね!あのウイ──ごほっ!あのウイルスの体内にはまだ未使用になっている器官があるんですよ!信じられない!」


「はあ?私はお前のテンションの方が信じられない、だから生体なのかって聞いてんだよ」


「その答えはズバリ!」


 嫌だなあこのテンション...人差し指を立てて偉そうに目を閉じている、答えを聞きたがっている僕たちを期待させようとしているのだ。


「ズバリ?」


「────分かりません!二枚貝の特徴、牡蠣の特徴、それからベントスとしての性質を持っているのにあら不思議!海面近くまで浮上させるとプランクトンに様変わりするのですよ!」


「………」


 ピメリアさんが残念そうに目を細めている、ついに血道をあげすぎた研究員が僕たちをほっぽり出して室内プールから出て行ってしまった。


「……すまん、人選はきっちりとするべきだったな」


「……いえ、まあ、あのウイルスが既存の生態系に当てはまらないという事だけは分かりましたから」


 腕を組んだままピメリアさんがプールの底を覗き込んだ、何も見えないはずたがじいっと見つめている。その横顔が考え事から、拗ねたような顔付きになったところで声をかけた。


「あの、僕はそろそろ──」


「──ん?ああ、人を待たせているんだったか?それはすまない事をした」


 拗ねた顔からまた一転して柔和な笑みを浮かべた、ピメリアさんもようやく解放してくれる気になったようだ。が、


「だがな、こんな物を見て聞かされて、タダで帰すと思うか?んんん?」


「──は、え?ちょっと待ってください!話が違います!」


 さっきの不敵な笑みを浮かべ、腕組みの姿勢のまま僕にすすすと体を近づけてきた、ふざけているのが目に見えている。


「まあまあ、もうちょっと付き合えや、な?私の執務室にまで来てくれたらいいから」


 組んでいた腕を解いてがっ!と僕の肩に手を回してきた、柄の悪い絡み方をされてしまい、二の腕から背中にかけて柔らかい感触があっても全然嬉しくなかった。



(マズいな〜もうこんな時間……殆どお昼じゃないか……ずっとあの公園に……いやいや、さすがに近くのお店で涼んでいるはず……マズいな〜〜〜)


 連れて来られた執務室で一人、悶々とした気持ちで同じ事ばかり考えていた。時計の針は十二を回ろうとしている、スミスさんをかれこれ二時間近く待たせていることになっていた。それにだ、そもそも何故スミスさんは僕を誘ってきたのか、そこが分からない。先日の調査でも特別仲が深まったとも思えないし、深まったどころか、機雷の処理について少しばかり対立さえした。あれか?楯突く男性が好みとか?イエスマンのようになよっとした男性ではなく...


(あれだ、好意で誘ってきたわけではない、ピメリアさんのようにもしかしたら何か用事があって……)


 自分を楽にするため、スミスさんが誘ってきてくれた理由を軽いものにしようとする。特別なものではないと、いつでも断れる軽い約束だと言い聞かせて楽になろうとする。


(ああ……情けないなあ〜……でも、)


 慣れていないんだ、女性との付き合い方というものに。自己擁護の言い訳を頭の中で捲し立てる、その思考ループを断ち切るように控えめのノックが耳に届いてきた。


(何で今さら?)


 さっきまであんなに人を引っ掻き回していたくせに、そう思いながら扉に視線を向ける。かちゃりと耳触りの良い音が鳴って扉が開いた。


「こ、こんにちは……」


「──────」


 アーチーさんだ、それも私服姿、とびっきり可愛い格好をしている。


「あ、えっとスね、ぴ、ピメリアさんから教えてもらいまして、あ!ヒイラギさんがここに来ていることなんスけど」

 

「…あ、はい」


 私服姿のアーチーさんは、何というか...とびっきり可愛い(二回目)。短いパンツからすらりと伸びている足はニーソックスで隠れ、ユーサ指定のベストの下に隠れていたらしい胸はロゴがプリントされたTシャツではっきりと浮き出ていた。その上から、少し暑そうに見えるけどスポーツタイプのブルゾンを羽織り袖を捲っている、頭には白いキャップを被っていた。いつもと違う雰囲気にどぎまぎしてしまった僕は思わず立ち上がってしまった。


「………え、えっとスね、それで、ですね…」


 目の前に立つアーチーさんの頬はチークのせいか、それとも恥ずかしいのか、赤くなっている。視線を僕に合わせようとはせず下ばかり向いていた。


(何でここに……ああ、ピメリアさんが連絡していたのは……にしても本当に可愛いな……)


 何だか僕も恥ずかしい、誰もいない部屋にふたっ────いいや、開けっぱなしの扉の隙間からピメリアさんがこちらを覗いている!

 この場を早く終わらせていい加減文句を言ってやろうと思った僕は、なかなか言い出そうとしないアーチーさんの話を促がした。


「え、と…そのですね…」


 あれ、僕も言葉がなかなか出てこない、空気という力は末恐ろしい。


「いや!あの、よ、良かったら、どうっスか、その一緒に、ご飯でも……」


(ああ!待たせている人のことまで言ってなかった!)


 こんな事ってあるんだね、一日で二度も女性からお誘いを受けたのは生まれて初めてだ。けれど、ここはきちんと答えないと二人に失礼だと思った僕は意を決して口を開いた。そしてすぐに後悔した。


「────すみません、この後スミスさんと会う約束があるんです」


「────え、あ、そう……………なんスか…」


 気が抜けたようにぽかんと口を開け、そしてみるみる目尻が下がっていた。落ち込む様が手に取るように分かってしまう、居た堪れなくなってしまいついと扉の向こうに視線を向けると、名にし負う鷹の目のように睨みつけているピメリアさんと視線が合った。


(いやいや!あんた船ではスミスさんとくっつけたがってだろ!)


「あの……ヒイラギさんが誘ったんスか?」


 ピメリアさんを心の中で糾弾し、すぐさまアーチーさんの質問に答えた。


「いえ!僕からでは、スミスさんからなんです、実は今日、海軍で打ち上げパーティーをすることになっていまして、そして僕も誘われていまして、それでですね、せっかくだから午前中に会いませんかと言っていただけまして」


 さっきの研究員のようにとにかく口を動かした、それでも何とかアーチーさんに伝えられたようで僕も疑問に思っていたことを訊かれた。


「……打ち上げパーティー?それなのに朝から?」


「え、はい、僕も誘っていただけた理由は聞いていなくてですね──」


 バァン!と乱暴に扉が開き、外で待機していたピメリアさんが大股で入ってきた。何故?何故乱入できる。


「おい!何だその話は!私は聞いていないぞ!」


「──?!入ってくんな!邪魔するなって言ったでしょ?!」


 あのアーチーさんが敬語も忘れて怒鳴っている、怒られたピメリアさんはどこ吹く風で聞き流していた。


「それとこれとは話が別だ敗残兵!「誰が敗残兵だ!」どうしてチームの責任者であるこの私が呼ばれていない!おかしいだろっ!」


「いやおかしいとか!そもそも海軍だけでやる予定だったところに僕も呼ばれてパーティーに昇格しただけです!」


「まずは私だろうが!ええ?!言っておくけどこれでも病み上がりなんだぞ?!」


「だったらおとなしくしてくださいよ!」


 そうだよ、この人腕を撃たれているんだ、それなのにこの元気さと言ったら。


「誰だ、幹事役は誰なんだ」


「…………」


「ユーサも参加させろ」


「いやいや……もうほんと勘弁してくださいよ……」


「幹事役は、だ・れ・な・んだあああっ!!」



 ──そして今に至る。


「も、もしもし、ホシです、実は折り入って相談したいことがありまして……」

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