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第8話

.休日行進曲



「アッつい………」


 ダルい、ダルすぎる。何なんだこの日差しは...何でこんな所で待ち合わせしようって言ったんだ私...


「ライラ〜早く来て〜」


 セントエルモという可愛いらしい名前とは裏腹に、行われた調査はとても過酷なものだった。予定されていた一週間を迎えることなく調査は終了し、三日目の夕方にはユーサの港に帰ってきた。あの船長が言っていた通りになった、残りの三日間は全て休み!けれど...


(ああ、ほんとだ、少しだけドキドキする……)


 その三日間は全てあちこちに出向かなければならなかったので忙しかった。まず、病院に行って身体検査とカウンセリング、テロリストに襲われてしまったのでしつこくあれやこれやと色んな事を聞かれた。何かの拍子にフラッシュバックする時もあるからその時は慌てないでねと、とにかくそんな風に言われた。

 次は警察署だ、とくに私はテロリストの指示に従い間近で見たということで人相など聞かれた。全身真っ黒けのダイバースーツを着ていたので分かるか!と思いながらも、聞かれるままに答えていた。その日はピメリアさんも同伴していたのであまり緊張せずにすんだ、どことなく距離感が近いように感じられたけど、あんなみっともなく泣いたんだから無理もない。

 最後に厚生省、損害証明書?とやらを提出しに行かなくてはならず、とくに壊された物もなかったので辞退しようと思ったのだが、ピメリアさんから「貰えるものは何でも貰っておけ」と言われて渋々出向いた。そこであの虫眼鏡おじさんとも再会した、テロリストと派手にやり合ったのか顔は腫れたままで不細工だったけど、「無事そうで何よりだ」と一言だけ言ってからすぐ何処かへ行ってしまった。まあ...根は優しい人なんだろう、短気な性格は直した方がいいと思うけど。

 そして、ようやく今日から休みに入ったのだ。週末と祝日を合わせて三連休、その初日にライラとお出かけする予定だった。私はどうしても、都会のど真ん中に流れている川を見てみたかったので、都心から一番近い自然公園にまで来ていた、そしてこの()だるような暑さ、失敗だったと言わざるを得ない。


「暑い…………ん?」


 まだ来ていないライラに最寄りのお店の中に避難しているね、とメッセージを打っていると、とても美しい女性が真っ直ぐにこちらへと向かってきた。川べりに沿って設けられたベンチは他にもいくつかあるが、座っているのは私だけだ、他に誰もいない。


(え…何だろう…)


 それにその女性は私のことを見ている、これは自意識過剰とは言わない、はっきりとロックオンされているのが分かった、都会ってこんな事ばっかりですか?


「おはよう。君も元気そうだね、良かったよ」


「……………」


「これからお出かけ?誰かと待ち合わせしているのかな」


「……………」


 何も喋らない私を見て不思議に思ったのか、少しだけ身を屈めて顔を近づけてきた。その時にふわりと、爽やかなフルーツの匂いがした。


「……もしかして、嫌な事を思い出させてしまったか?それはすまない、君の姿を見かけたのでつい声をかけてしまった」


 これでもし「カットぉ!!」という声が聞こえたらどうしようかとビクビクしながら、


「だ、誰ですか……?」


 私の顔を覗き込んでいた女の人が、たっぷりと瞬きを三回した。そしてみるみる血相を変えてこう叫んだ。


「──私だ!私だよ!スミス!アリーシュ・スミス!」


「──ああ!!──えええ?!」


「気が付かなかったのか?!会議室でも話しをしただろう!」


「──え?本当にスミスさん?まるで別人じゃないですか!私てっきり撮影中の女優さんかと思って………エキストラに間違えられたのかなって……」


 二重の驚きだ、女優さんだと思っていた人が知り合いで、しかもあの凛々しい男の子だったスミスさんがこうも変身するだなんて...ぷんぷん怒っているけど遠慮なく私の隣にすとんと腰を下ろした。


「全く君という子は!私が女優であるはずがないだろ!」


 そうは言ってるけど頬が薄らと赤い、照れているのか暑いのか、きっとその両方だ。

 スミスさんはとてもお洒落な格好をしていた、まさに大人って感じ。水色のサマーブラウスは涼しげで良いし、白いロングスカートはちょっと眩しくて見づらいけどとても良く似合っていた。髪の毛も後ろで束ね、ピアスとお揃いのアクセサリーを首から下げていた。

 少し落ち着いたスミスさんが改めて私の調子を訊ねてきた。


「それで、あれから調子はどうだ?」


「ううん………平気だと思います、他の皆んなも大丈夫そうって言ってますから」


「そうか、それなら良かったよ」


 眩しすぎる太陽の下、スミスさんの背後にはきらきらと輝く川の流れがあった。容赦なく照りつける日光の下にやっぱり皆んな出たくないのか、自然公園は閑散としていた。


「ところで、君は今からお出かけなのかな、さっきも聞いたんだけど」


 ちょっとだけ拗ねた表情をしている、さっき私の調子を訊いて微笑んでいたのに。


「はい、ライラと一緒にお出かけするんです。スミスさんはデートですか?」


 その拗ねた表情を見て、少しだけ悪戯心が芽生えた。こんなにバッチリと決めているんだ、そうだろうなと思っていたやっぱりそうだった。


「ば、馬鹿なことは言うもんじゃない!わ、私もただのお出かけだよ!」


「え〜?そんな風には見えないですよ〜?今日のスミスさんすっごく綺麗ですし〜見せたい相手がいるんじゃないですか?」


 スミスさんの顔を覗き込もうとするが避けられてしまった。


「お、大人をからかうもんじゃない!」


「お相手は?」


「人の話し聞いてる?」


 このクソ暑い中でも飼い犬と一緒にランニングしている人が、私たちの後ろを通っていった。へっへっへっと大型犬も汗をかいているようだ。その後ろ姿を私とスミスさんが眺め、どちらからともなくお店へ行こうと言い出した。世間話に花を咲かせるにはさすがにここは暑つすぎた。



✳︎



ナディ:スミスさんとプチデートなう


(スミスって誰!ああ、あの軍人?!何で一緒にいるのよ!)


 ムカついてムカついて...つい携帯を鞄の中へ乱暴に放り込んだ。その様子を見ていたのか、私を散々待たせた職員が腰を低くした状態で案内にやって来た。


「お待たせしてしまって大変申し訳ありません、書類の準備が整いましたのでこちらに来てください」


「どうも」


 相手の顔を見ることなく、失礼だと分かっていながら吐き捨てるように返事をした。

 今日は土曜日である、そして休日は休んで当たり前の官公庁に訪れていた。場所は厚生省の一般受け付けフロア、黒い大理石でまとめられた何とも腹ただしい所だ。前を歩く男性職員も急な呼び出しを受けたに違いない、だからこそ予定がある私を一時間近く待たせやがったのだ。


(連休明けでいいって言ったのに!何でよりにもよって今日なのよ!)


 誰もいない、私と職員しかいないフロアはむっとした熱気があった、きっと空調設備も落としているのだろう。待合ロビーから会議室や応接室が並ぶかんかん照りの廊下に差しかかり、少し歩いただけで薄らと汗をかいてしまった。熱すぎる日差しを受けた可愛そうな観葉植物が置かれた扉の前で職員が立ち止まり、私の方をちらりと窺ってから部屋に入った。

 案内された部屋は応接室だ、ここだけ冷んやりとしているので先にエアコンをつけてくれたのだろう、その心遣いにすら腹が立ってしまった。

 男性職員に勧められるまま、どかりとソファに腰を下ろした。眉尻を下げた職員がデスクの上に置かれていた種類を持ち出して私に見せてきた。


「まずはこれを、今回の騒動で破損した──」


「書き方ぐらい分かっていますので説明は結構です」


「そ、そうですか……では、次にこちらを」


 この職員に八つ当たりしたところで時間は戻ってこない、本当なら今頃ナディと午前中の買い物を済ませて軽い食事を取っているはずだった。それなのに...


「この一週間、各港に出入りした船舶の登録番号になります」


「見れば分かります、何故あなたが持っているのですか?」


「──え?」


 職員が次に見せてきた書類というものが、国交省が管理している民間、軍が所有している船の登録番号であった。これらの番号は、全ての港において出入りする際必ず記録に残る、六日前に出航した調査船もその正式名称と登録されている番号が記載されていた。

 とにかく機嫌が悪かった私は手を振り質問をなかったことにして話しを進めた、テンポの悪い会話は勘に障る、とくに今のような心境だったら余計にだ。


「──結構です。これを調べればよいのですね?何故メールで済ませなかったのですか」


「いえ、実はですね、特個体に少し不備が見つかったようでして、重要書類に関するデータをネット上で取り扱うことが──」


「もういいです、良く分かりました」


 だからこの職員が国交省の書類を持っていたのか。あの日、あの夜に初めて見た特個体を管理しているのが厚生省だ、自分たちの不始末なんだからと、この休日に尻拭いをさせられているのだろう。


「怪しい船舶の洗い出しをすれば良いのですよね、報告はどちらまでですか」


「あ、えーとですね……」


(あーもうイライラするっ!自分の名刺ぐらい先に用意しておきなさいよ!)


 男性職員が─この暑い時期にも関わらず─きっちりと着ていた背広の内ポケットをまさぐり、小傷が入ったカードケースから一枚の名刺をようやく取り出した。それをふんだくるように受け取り、あとは何も言わずに応接室から出て行った。



(ガキだなあ〜……私)

 

 タクシーのカーステレオから今日の温度と湿度が、脳天気なラジオパーソナリティの下らない皮肉と共に発表があった。どうやら今日は例年越えの暑さらしい、こんな日に出かける奴は自分の家に居場所がない奴に決まっていると、パーソナリティがのたまっていた。それを聞き流しながら、私はとても反省していた、応対のために休日出勤してきた男性職員にみっともなく八つ当たりし続けてしまったからだ。情けない。


(私がやるって決めた事なんだし……メールで一応謝罪文でも送っておこうかな……パパたちに迷惑かけるのもアレだから)

 

 パパとママは確かに貿易を営んでいる、けれど一つの会社を立ち上げたわけではなく、それぞれ懇意にしている会社や政府要人を相手に個人的な取引きで財を得ていた。そして、今回のようにテロリスト関連でパパたちが呼ばれることも多く、その殆どが船舶の洗い出しだった。入港したけど、どことも取引きしていない外国船なんて目立って仕方がない、コールダー家が預かった商品がどの船から運ばれてきたのか、逐一記録しているのだ。それを調べる、とても面倒臭い。


(………ふふ、まるでナディみたい)


 タクシーが首都の目抜き通りに着いたあたりで、急な呼び出しによって沈んでいた心がようやく上向き始めた。ここまで来たらナディが待っている川沿いの公園まで目と鼻の先だ、時間は取り戻せば良い、今からせっかくナディと出かけるんだから──え?嘘?あれ、誰?


「ちょっ!停まって停まって!ここでいいから!」


「それは無理ですよお客さん、ここいら駐停車できませんので」


「いやいやいやいや!待って待って!」


 車の窓ガラスの向こう側、見知らぬ女性と肩を並べて歩くナディを見つけてしまった。あの黒曜石のような髪、普段はお目にかかれない私服姿ではあったけど間違いなくナディだ。手元を見ずにすぐさま電話を─アドレス帳の一番上に登録してある─かける、繋がらない。Shit!肩から斜めにかけたあのショルダーバックの中に入っているんだ!ナディの服装とちょっと合ってないような気がするけどそのアンバランスさもまた可愛い!


「そうじゃない!!」


「っ?!」


 早く何とかしなければ!



✳︎



「へえーーーすっごいですねえ〜〜〜………」


「ここに来るのは初めてか?」


「はい…………」


「ふふ、街に首ったけだな」


 スミスさんと一緒に街の中心部に来ていた。スミスさんとばったり出会した公園から歩いて十分ちょっと、そこは自然と真反対の位置にあるビルのオンパレードワールドだった。何処を見ても高いビル、まるで自分が小人になってしまったかのような錯覚に囚われてしまう。しかし、高いビルの足元には様々なお店が並んでおり、小人のために作られた商店街のようだった。

 スミスさんの案内で喫茶店に向かっていた、何でも小ぢんまりとしたお店で雰囲気も良く、値段も手頃でたらふく食えるらしい。何が食えるのかはまだ聞いていない。今は胃袋に入る食べ物よりも辺りの景色を見るのに一生懸命だった。


「妹がここに来たがってた理由が何となく分かりますね」


「妹がいるのか?」


「はい、私と全く似ていないやる気の塊りのような妹です」


「何だそれは。私には弟と兄がいるよ」


「へえ〜、だからそんな男口調なんですね」


「いや違う、私は決して男口調ではない」


「どの口が言うって言葉知ってますか?」


「君は歳上でも容赦がないな」


 スミスさんの笑顔に大人の余裕を感じる、是非ともあの先輩も見習ってほしいものだ。

 暑い暑い日差しの中、時折現れるビルの日陰に避難しながらお目当てのお店に辿り着いた。スミスさんが言った通り、洗練された(気が引けて入りにくい)お店ばかりが並んでいる中でも、素朴な印象を受けた喫茶店だった。素朴、と言っても過度な装飾がないだけでログハウスをイメージして作られたのか、丸太っぽい外観に木彫りのプレート、店の入り口横には小さな木製の椅子に一輪のアネモネが置かれていた。


「小人の休憩所っぽい」


「……?」


 スミスさんには私のイメージが伝わらなかったらしい、小首を傾げたあと扉を開いて先に入っていった。


「いらっしゃい」


「二人です」


「お好きな席に」


 ハンチング帽を被ったおじいさんがここの店主らしい、体格は良いし何かスポーツをやっていそうな人だ。それと声がとても良い、渋くて格好良い、声優とかやったら絶対人気になりそうな程だった。

 店内はカウンターの席、それから三つのテーブル席しかなかった。あまりお客さんは入れないようだけど、逆にそれが不思議な安心感を与えてくれた。窓際の一番奥をスミスさんが選び、向かい合わせで腰を落ち着けた。


「良いお店ですね、ここ。できれば人気になってほしくない系の」


「分かる」


 分かってくれた。

店内は冷んやりとして涼しい、やたらめたらとエアコンの風も吹き付けてこないので過ごしやすい。店の入り口に置かれていた椅子と同じ素材で作られた丸型のテーブルの上には、ラミネートされたメニュー表があった。そこには達筆な字で「チョコレエトケイキ」と書かれている、さてはあのおじいさんが書いたな?と視線を上げると目が合ってしまった。


「………」


 おじいさんの目を見て記憶がフラッシュバックした。銃声。ピメリアさんの呻き声。黒く光る銃。持ち上がる体。歪んだ皆んなの表情そして──あの海の世界。本当に綺麗だった、無数の魚が放つ光りは虹色で、群れ自体が生き物のように泳ぎ回るあの一糸乱れぬ動きは迫力があり、いつまでもいつまでも見ていたかった異世界だった──


「ナディ?どうかしたのか?」


「──あ、いえ……何でも、ありません」


「本当か?あまり無理はしないでくれ」


 ────名前を呼ばれて現実に戻ってきた。気遣わしげに見つめるスミスさんと目が合う、ちょっぴり泣きそうになっていたのが、何だか申し訳ない気持ちになってしまった。


「……はい、気分が悪くなったら遠慮なく言いますから」


「……分かった」


 そう、安心したようにスミスさんが微笑んだ。



✳︎



 元気そうで何よりだ。時折沈んだ表情を見せるが取り乱したりせず、歳不相応に落ち着いた様子を見せている。


(本当ならもっと落ち込んでもいいところなのに……)


 頼んだ飲み物と軽食が運ばれてきたあたりで、新しく入ってきた二人の客がカウンター席に座った。どちらも女性だ、サングラスをかけたまま二人も会話に夢中のようだった。並べられた食べ物に手を付ける前に、携帯を確認する。着信履歴もメッセージの受信もなかった、実家にいる愛犬の待ち受け画像が虚しく表示されただけった。


「あ、そうだ、私も……」


 ナディも私の仕草を見て待ち人のことを思いだしたのか、革製のショルダーバックから携帯を取り出した。「わ、こんなに……」とか「謎にマナーモード」など独り言を言いながら慌ててメッセージを作っているようだ。


(はあ………私も本当なら今頃は……)


 ナディと一緒にお喋りをするのが嫌ではない、テロリストの被害を受けたセントエルモのメンバーの事も気になっていた。とくに未成年である彼女たちは、決してあってはならない事態に遭遇してしまい、目には見えない心の傷を多少なりとも負ったはずなのだ。情けないったらない。

 自身の不甲斐なさとともに、淹れたてのコーヒーを飲み下していると、メニュー表やカップに視線をちらちらと動かしているナディの様子が目に入った。どうしたのかと訊いてみると、


「ここのお店の名前ってなんですか?」


 待ち人に居場所を伝えるために名前を探していたのだ。


「ここは喫茶店だ」


 自身の不甲斐なさは一旦脇において、きっと今頃私は悪戯っぽく笑っているだろうなと思いながら答えてあげた。案の定、もう一度訊き直してきた。


「いや、それは分かっているんですけど、名前は?」


「だから、ここは喫茶店だ」


 ナディが遠慮なく眉を顰めて首を捻った、そして次の瞬間にはぱっと顔を輝かせた。


「ああ!"ここは喫茶店"っていう喫茶店なんですね!おっかしいの〜」


 ころころと楽しそうに笑っている、このお店の名前は「ここは喫茶店」だ、何とも分かりづらい。ナディが素早くメッセージを作成して送信し、ティーカップに手を付ける間もなく返信があったようだ。その携帯画面を臆面もなく私にも見せてくれて、「ライラも怒ってますよ!ちゃんと教えろって!」と、歳相応の子供っぽい笑顔で笑っていた。



 一人の女の子が肩で息をしながら荒々しく入店してきた、その登場っぷりに他の客も思わず振り返るほどだ。白い髪にティアドロップのサングラスをかけている、白い無地のTシャツとデニム生地のパンツ、腰には─勿体ないにも程があると思うが─レザージャケットの袖を括りつけていた。この街に良く合う格好と言えばいいか、一目でお洒落と分かる服装だった。

 ナディの待ち人はどうやらライラのようだ。私に一瞥をくれて、無言のまま席に着いた。


「ライラも何か飲む?」


「────水でいい、走ってきたから」


「ご、ごめんね?携帯がいつの間にかマナーモードになってたから気づかなかった」


「それさっきも聞いた」


 彼女の言う通り、大量の汗をかいていた。調査中は二つに括っていた髪もストレートに伸ばしているが顔のあちこちに張り付いており、Tシャツ越しに下着も薄らと透けている。余程慌てていたらしい、幸いにも男性客がいなかったから良かったものの、彼女はその事すら失念していたようだ。


「すまない、私も人を待っていて付き合ってもらっていたんだ」


「そうなんですか?本当にそれだけ?」


「ちょ、ちょっとライラ、そんなに怒んなくても…」


 ライラの瞳には敵愾心がありありと浮かんでいた、どうやらナディの事が好きなようだ、それも特別な。邪魔をしては悪いと思い、私だけ退店しようとした矢先、ようやく携帯に着信があった。



✳︎



 どうしてこんな事になったんだ...ここに至るまでの経緯を簡単に説明──しても無駄かな、まさかスリーコールで繋がるとは思わなかったので、情けなくも上擦った声が出てしまった。電話をかけた相手は、数時間も待たせてしまったスミスさんだ。


「も、もしもし、ホシです、実は折り入って相談したいことがありまして──」

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