第十三話 偽物の騎士
13.a
我が兄弟が、人間に敗北した。
あり得ぬ、ディアボロスが作りしピリオド・ビーストは人間を駆逐する最強の機体のはずだ。それが、敗れるなどと。
いいや、いいや、ふざけた事を言っている場合ではない。早急に対処せねばならない。
奴ら人間は、ピリオド・ビーストをくだし中層へと侵入しているはず、ならばこの俺が先手を打ち、根絶やしにする他ないだろう。
有り難くもこのマテリアル・コアは速い。四本の脚で生まれるスピードは、どんな駆除機体にも負けはしないだろう。
さらにはこの剣、どんな生き物も二つに斬ることができる。どんな、生き物、であったとしても、だ!
[オーディン、岩は、斬るなよ]
ディアボロスから通信と同時につっこみを受ける。分かっているさ!
[次は問題無い、必ず仕留めてみせる]
[お前は、短絡的なところがあるからな、少し心配だが、力なら負けはしないだろう]
[ディアボロス、駆除機体をこちらに回してくれ、一気に片付ける]
[分かった、だが、人間共のマキナとは戦うな、いいな?お前が戦える相手ではない]
どんなカラクリは知らんが、サーバーにハッキングをかけたあの偽物か。
[杞憂だ、俺に倒せないものなど、]
[次は無いんだ我が兄弟、お前のその首一つで贖えるとでも?自惚れるなよ]
[…了解した、そいつが出てこない限り、俺が人間達を仕留めよう]
[頼んだオーディン、我らに栄光を、勝利の美酒をこの手に]
そういう事を言うからこっちは影響を受けているんだぞ?
✳︎
もう何段登ったのかな、最後にアマンナと会話してから何も覚えていない。
ただひたすら登る、変わらない景色。当たり前だ、ここは非常階段なんだから。
ナツメ達と別れて再び上層を目指した私達は、早速出鼻を挫かれてしまった。使えないのだ、エレベーターが。故障しているのか、誰かが壊したのか。おかげで延々と階段を登る羽目になってしまった。
「…い」
「ん?どうかしたの?」
何がズルい...いや、何が驚きってアマンナ達は全く疲れていないのだ。つまらないねと愚痴は言うけど、疲れている様子がない。
私がお願いした手前、愚痴は言えない、けど理不尽に感じてしまうのはいけない事だろうか。
「…たくない」
「アヤメ?大丈夫?」
「歩きたくない!もうやだ!」
ついにその場にへ垂れ込んでしまった。もう駄目だ、一度座ったら二度と立てる気がしない。
「むぅ…休憩にしよっか、グガランナ」
「駄目よアマンナ、アヤメが上層に行きたいって言ったんだもの、甘やかしたら駄目」
「えぇ…なんてざんにんな…」
どういう意味、ざんにんって、聞いた事がない。いや、それよりもグガランナが厳しいことを言う、少し腹が立ってしまった。
「そりゃ、グガランナ達は、マキナだから、疲れないんだろう、けどさ、私は人間なんだよ?疲れるに決まってるよ」
息も切れ切れに文句を言う。けど、グガランナは頑なに休憩を許してくれない。
「アヤメ、あなたが行きたいとお願いをしたんでしょ?エレベーターが使えないぐらいで、弱気になるなら今すぐやめなさい」
「そんな、言い方しなくても!」
どうしたんだろうグガランナ、ここを登る前はあんなに優しかったのに。急に厳しくなるなんて。
「それとも、私の前で愚痴を言えば何とかしてくれるとでも思ったのかしら?」
「………!」
ムカついた。その言葉にはカチンときた。いいよ、そこまで言うなら登ってやる!足がどうなっても知るもんか!
上を見上げれば、まだまだ続く非常階段。ここは一体何ために作られたんだろうと睨みながら考える。昔の人も、故障した時はこの階段を使って登ったのかな。
✳︎
[グガランナ?どうしたの急に、あんな厳しいこと言われたらアヤメがかわいそうだよ]
[さっき言った通りよ、嫌ならすぐにでもやめていいと思うわ]
どうしたんだろう、あんなにデレデレのベッタベタの変態グガランナが。
[うー、でもさ、これ以上はさすがに厳しいんじゃない?一階層で休憩して、エレベーターが使えないかもう一度調べてみようよ]
わたし達は下から一階層と呼ぶ、アヤメ達は上から一階層と呼んでいるのであべこべだ。
[最初からそのつもりよ、アマンナ、心配しないで]
[あ、そう…]
変なグガランナ、最初からそう言えばいいのに。
初めてアヤメと出会ってから中層へ向かう間に感じていた、嫌な雰囲気は消えている。確か、エレベーターの底あたり、つまりはエントランスホール辺りで感じていた雰囲気は全く無かった。
それに、エレベーター以外にも壊れていたり、軋んでいたり、何だか急に非常階段だけでなく、全体的に劣化しているように思う。
何かあったのかなと思いながらも、アヤメの事が気になって仕方がなかった。
◇
淡々と階段を登るアヤメ。あれからしばらく経った、その足取りは重く、今にも倒れそうだ。
非常階段は滅多に使われないためどこか埃っぽく、換気も出来ないため息が詰まってくる。
「アヤメー大丈夫?」
「…」
さっきから何度か声をかけてるけど返事が無い。何とか励ましてあげたいけど、何も出来ない。
そこでふと、異変に気付く、足下を照らしている非常灯が消えているのだ。おや?と思った。この非常階段、もといメインシャフトはあの馬鹿みたいに大きいタイタニスが造ったものだ。細かな消耗品などは自動で入れ替り、灯りが消えるという事は絶対に無いはずである。それにタイタニスはディアボロスと同様でとても細かい、けどタイタニスの方が好感を持てる。ディアボロスは神経質なだけで鬱陶しいが、タイタニスは拘りのような、仕事がきめ細やかなので安心できる。
(やっぱり、何かあったんだ)
けど、その異変は後回し。まずはアヤメを元気付けて一階層を目指さないといけない。
「アヤメー、無理は良くないよ?」
「…うん、でも、あと少し、だから」
アヤメの言葉で上を見る。
あぁやっとか、やっと最初のエリアへ通じる扉が見えてきた。よく頑張ったね、アヤメ。
「やっと着いたねーアヤメ、偉い!」
「…うん、後で、うんと甘える、から…」
どんとこいだ!
「ほら、グガランナ、何か言うことは?」
「…そうね、よく頑張ったと思うわ」
歯切れが悪い。本当に思ってるのかな、後で説教しないと。
辿り着いた扉の前でアヤメが座り込む、うな垂れた頭を撫でてあげる、汗でびしょびしょだった。わたし達はこれだけ登っても汗はかかないけど、アヤメはこんなになってしまうんだと思って、少し遠くに感じてしまった。
マキナと人間は、やっぱり違うんだと。
「…嘘でしょ」
グガランナの声だ、ん?何やってるんだろう。扉の前でドアノブを握りしめたまま動かない。
「何してんの?早く開けなよ」
「…開かないのよ」
「え?またまたそんなうそを」
かなりの力を込めた引いたのだろう、ガンっ!と大きな音が一つ鳴ったが開かない。
「え、ほんとに…?また、下に戻るの?」
「もぅやだあぁぁぁぁぁぁあ!!!」
どこに残ってたのその叫びと言わんばかりにアヤメが泣き出した。
✳︎
「調律型、とは良く言ったものね」
私の目の前では、ビーストを蜂の巣にするぐらいしか役に立っていなかったコンコルディアが、前後左右に巨体を展開していた。
装甲板を付けた脚部は、完全に折り曲げた状態で地面に固定されている。ビーストを思わせる頭部は突き出すように前へと伸び、焼き切れた砲身を装着している胴体部分は二つに割れている。
驚いた事に、それぞれが整備、武器、通信、食料を生産する役割を持っているようだ。これが前線基地という事、さながら歩く要塞のようだ。確かにこれなら自由に移動できるし、その場で展開して作戦行動も取れる。よく考えられているなと感心してしまった。
「隊長、周囲に異常はありません」
副隊長アリンが報告を上げる、ナツメ隊長に言われた通り彼女の名前を覚えた。
「ご苦労様、引き続き哨戒を行なってちょうだい、もう間もなく上層から応援部隊が到着するはずだから、それまでお願いね」
「分かりました」
そう端的に返し、下がっていく。今更のような気もする、優しくしたところでどうなるというのだ。
それに、捜索に出たナツメ隊長は戻ってきてから様子がどこかおかしい。エレベーター内で総司令相手に啖呵を切った覇気がまるで無い、何かあったのだろうか。
ここが、中層。空を見上げれば、そこにはきちんと太陽も、雲もある。けれどこの空は偽物だ。何故ならさらに上から私達は来たのだ、本物であるはずがない。
目線を戻せばそこには、カーボン・リベラには無い森がある。さらに遠くは山、どこまでも広がっている、開放的で良い景色なのだろう、だがそれ以上に感じる事は何もない。結局ここも、あまり好きになれそうにない。第二部隊の詰所から見えていた景色と何ら変わりがない、作られたものだからだ。
それよりも、私は...
「副隊長、ナツメ隊長は大丈夫かしら?」
ナツメ隊長の補佐をしている副隊長に声をかける。さすがに他の部隊の名前まで覚えなくていいだろう。
「ええ、問題ありませんよ、少し疲れているだけですので、ご心配ありがとうございます」
目が笑っていない、これは何かあったわね。けど、口を割りそうにもない。
「そう、少しだけ話をしたいのだけど、いいかしら?」
「分かりました、後でサニア隊長のところへ伺うよう、僕のほうから伝えておきますね」
これは…何が何でも私を近づけたくないのね、疑惑が確信に変わった。
「副隊長、あなたは彼女を庇うのが下手ね、何かがあったのがばれてしまっているわ」
「それに僕が答えると?教えるつもりがないから貴方を遠ざけているんですよ」
「良い事を教えてあげる、好きな相手を囲っていても、気持ちを手に入れることなんて出来ないわ」
「…」
「安心して、彼女をあなたから取ったりしないわ、ただ興味があるだけよ」
「私に何か用か、サニア隊長」
...少し驚いてしまった。副隊長と駆け引きをしていたら急に現れたのだ、気の利いた言葉が出てこない。
「テッド、第二部隊と合流して哨戒に就いてくれ」
私を見ずに、テッドと呼ばれた副隊長に声をかけている。それだけで気に食わない。
「何かありましたか?ナツメ隊長、私の部隊が既に哨戒に就いていますが」
「総司令からビーストの反応を検知、したそうだ、何やらよく分からないが、警戒するに越した事はない」
ビーストを検知?事前に位置が分かったといのか、そんな機能がアレにあるなら何故最初から...
「隊長、その情報は信じてもいいのですか?」
同感だ。怪しいにも程がある、ここで初めて使う機能など当てになるのか。
「だからお前に就けと言っている、異常があれば第二部隊を連れてすぐに帰還しろ、いいな」
「分かりました!」
嬉しそうね、でもこれでナツメ隊長とゆっくり話が出来る。けれど、彼女の顔を見て何も言えなくなってしまう。
睨まれていたからだ、竦み上がってしまった。
「聞こえていた、サニア隊長、私の身に何かあったと詮索していたな?」
「いえ、そうでは…ただ気になってしまって、それぐらいに、」
こんなに怯えてしまう自分に驚いた。
「聞けば満足するのか?満足すればお前は戦えるのか?」
「…いえ、」
「何をしに来たんだ、私に気に入られるために来たのか?違うだろう、お前の戦いをするためにここへ来たんだろう、現を抜かすな喰われるぞ」
「…」
何も言えない、全て見抜かれている。私の事をよく知ってくれている証拠だ。恥ずかしいと同時に嬉しいと思えるだなんて、何だか新鮮だ。
「…申し訳ありません、何か私に出来る事はありますか?ナツメ隊長」
「今は無い、応援部隊と合流するまではここの守りを固めることだけだ、しっかりしろ、この場で隊長職は私とお前だけなんだ」
あぁ何て...人の心を掴むのが上手いんだろうと、不謹慎にも感動してしまった。どうして私はこの人の部下ではないんだろうと、ありもしない後悔もしてしまう程に。
13.b
一階層の扉が開かず、アヤメとアマンナと肩を並べて座り込んでいる。登り始めてから、さらには座り始めてからどれ程の時間が経ったのか、もう分からない。
...アヤメはやっぱり上へ行ってしまうのか、どうしてそんなに拘っているのか私には分からない。私に大切な人と別れてしまった経験は無い、あの時感じた焦燥感なら痛い程分かるけど、会いたい人がいる、という感覚が分からない。
サーバーで繋がったマキナに位置が特定出来ない、ということは厳密には無い。自動更新されている位置も一緒にサーバーに保存されるため、ログを調べればいつでも分かる。あとはこちら側から位置情報をロックしてしまえば特定を防ぐことは出来るが、例外はある。
プエラと呼ばれる監視官、または司令官の役割を担うマキナは、全てのマキナを調べ上げる事が出来る。位置情報から視覚情報、はては会話から日記から溢した愚痴まで隠せる事は何も無い、というより出来ない。
マキナの持つ性質からも、人探しなる経験が無い。性質を抜きにしても、私はアヤメに...
[ねぇグガランナ、ちょっといい?]
思考に耽っていたらアマンナに声をかけられた、いつものようにダイレクト通信だ。
[何かしら、アマンナ]
[タイタニスってどうしてるのかな、ここの様子が少し変なんだ]
[そうね、確かに少しおかしいわ、エレベーターも止まったまま、非常灯も所々消えているし、何より扉が開かないし]
私やアマンナ、挙句アヤメの力を借りて三人でドアノブを引っ張っても開かない。こんなことってあるの?マキナが二体がかりでも開かない扉って何よ。
[もしかして…]
[うん、何か異常事態になってるから、タイタニスが扉をロックしてるのかもって思ってさ]
ここの建造物はタイタニスが造ったものだ、もちろん好きなように設定する権利もタイタニスにある。扉が開かないのは劣化や故障ではなく、異常事態に対する一時的な対策かもしれない。
そうなればいよいよこの扉が開かない事になってしまう。アヤメは疲れて寝てしまっている、起きたら事情を説明して、やはり下へ戻らないといけない。
[ほぉっ]
[きも、何今の声]
アヤメが私に寄りかかってきたのだ。眠っているので体のバランスが崩れてしまったのだろう、私の右肩にアヤメの頭が乗り、右腕に彼女の体温を感じる。
[あ、や、これは、いいのかしら、いいのよね]
[だからきもいよ、グガランナ]
辛辣な言葉も、右腕に絡めたきたアヤメの手で気にならない。
「うぅん…」
さらにしがみつくように、体を密着させてきたのだ。もうなんだ、右腕が幸せすぎて壊れそうだ、全ての神経が右腕に集中している。いえ私はもしかして右腕だったのでは?
[叩きたい、アヤメには悪いけど叩いて起こしたい、変態に絡みついてもいい事ないよって説教したい]
[あなたはキスをしてもらえたから、いいでしょうに、私はなにもっはっアヤメそれはいくらなんでもダメよっ]
寝ぼけているのか、アヤメの手がさらに伸びて私の腰を抱くようにしている。寄りかかっているとかではない、抱きつかれている。え、こんなに寝相悪いのかしら、座っていても寝相って関係あるのかしら。
「痛い…アマンナ痛いよ…何するの…」
アマンナあなた、本当に叩くなんて、
「起きてアヤメ、グガランナ何か聞こえない?」
アマンナの顔が真剣だ、どうやら説教したくてアヤメを起こした訳ではないらしい。
...遠くから、確かに聞こえる、何かが走っている?それも複数?
というよりこれは群ではと考えた時にさらに異変が起きる。私達が座っている扉前の硬い床が、振動しているのだ。これはまさかと身構えた時、勢い良く扉に何かがぶつかった。
「ぎゃぁぁぁあああ!!なになになになに?!!」
扉の前から退避する、何かが体当たりをしている、アヤメ達がビーストと呼んでいるピューマかしら、でも何故?
諦めるつもりがないのだろう、何度も体当たりしている。次第に扉がひしゃげて隙間が出来た、その隙間からビーストの手が伸び扉を掴み、さらに揺らすようにして扉を外そうとしている。
「怖っ!え、このままここに居ても大丈夫かな?!」
「大丈夫、じゃないかしら、何だか、」
「急いでいるみたい」
ついに勢い良く扉が外れてしまった。
アヤメの悲鳴と共に、次から次へとビースト達が現れてそのまま階段を駆けて行く。私達には目もくれない。
「…はぁ、怖かったぁ…」
「何あれ?」
「分からないわ…」
私達の前には、ひしゃげた扉と大量のビーストが踏み鳴らした跡だけが残っていた。
✳︎
人間が、メインシャフトのエントランスホール前に展開しているのは見えている。
あの四方向に伸びるように伏せているのが、人間共のマキナか、確かに大きさだけでいえば俺の手に余る。
だが、ここで先手を打ち、アレを撃破出来ればこちら側が有利になるはずだ。兵は拙速を尊ぶ、多少の無理は通してでもいち早く動いた者が勝つ。ここだ、ここで奴らを根絶やしにしてくれようぞ。
出かけた馬鹿な言葉を引っ込め、早速行動に移す。
メインシャフト内に潜んでいる駆除機体も、我が兄弟を通じてこちらに集めさせている。運が良ければ挟み打ち、俺が最悪倒れたとしてもダメージを負った状態での戦闘が厳しかろう。だからこそ、今、動く必要があるのだ。
すまない兄弟よ、先に栄光を手にする事を詫びよう。
身を隠していた雑木林から奴らの展開したいる地点まで、何もない、平原部だ。
だがこの俺には関係ない、遮る物が無い方が都合良い。この身に恐怖し、戦意を挫く事も出来よう。
馬型の下半身に力を込める、一直線に奴らの首元へ剣を叩き込むために。
全ての脚を使い全速力で駆ける、視界に映る全てが残像となり一瞬で後ろへと流れていく。これ程か、これ程までに走れるのかと我が身に感激した。ここまで全速力で走る必要が無かったのだ。
(感謝しよう、人間よ、全力を出せる機会を与えてくれたことを)
確信した。負けるはずがない、と。
遠くで何か音が聞こえた、くぐもったような低い音だ。次の瞬間、
(っ?!!)
左目に衝撃を受けた、それと同時に視界が消える。
(何だ何が起こった?!)
混乱してしまう、当然だ、いきなり左目に衝撃が走ったかと思えばそのまま何も見えなくなってしまったのだ。
すぐさま、直前まで捉えていた視界映像をサーバーから取得し精査する。マキナ故の特権だが、優位に感じている暇は無い。
直進をやめ、失われた視界を庇うように左へ旋回する。その間に精査してみれば、直前に一つの閃光を確認した、あれは弾丸を射出する際に発生する火薬から生まれるものだ、つまりはマズルフラッシュ。さらに拡大してみれば、人間が何も無い平原部で地面に伏せた状態で対物ライフルを構えていた。
...何か?人間が全速力で走る俺を撃ったという事か?たった一発で左目に命中させたと?信じられない、そんな技量があるだなんてデータログのどこにも無い。
それに...あの色は、髪の色は、金...色!
逃した敵に負傷させられたという事か!!
何という失態!何という屈辱!奴だけは、奴だけはこの手で仕留めねば気が済まない!!
「金色の虫ぃぃぃぃい!!!!!」
✳︎
「左目に命中、直進やめて、左に旋回しています」
観測係のカリンから報告を受ける。予想通り、敵は視界を庇うように直進をやめた。恐らく、前方からの攻撃だと勘違いしてくれたのだろう。やりやすい。
「退避するわ、援護して」
カリンから短い返答を受けて移動を開始する。
あれは何?人の形をしてはいるけど、あの四本の足は?見た事がない。
「カリン、あれに見覚えは?」
「…ゲームの中でなら、ケンタウロスという人と馬を合体させたものです」
何だそれは、ゲームなど一度もした事がないからいまいちピンとこない。だが、戦いに適した姿ということは分かった。
敵がこちらに気付いたようだ、真っ直ぐ向かってくる、短絡的な判断でさらにやりやすい。
林の中に待機させている副隊長達に指示を出す。
「斉射!足を狙いなさい!」
林から身を潜めていた隊員達が一斉に動き出し、私達を目指して走っていたビーストの左側面、足を射撃する。甲高い音に、弾丸が当たった閃光で分かりにくいが、効いていないようだ。これはまずい、さすがにそう何でも上手くはいかない。
「斉射やめ!退避!」
だが、隊員達の攻撃に怯んだのか、それとも標的を変えようとしているのか動きが止まった。それを幸いに私達は林の中へと走っていった。
✳︎
「接敵したそうです、敵は左目負傷、動きを止めました、第二部隊は退避しています」
ナツメから報告が上がる。事前に特定した通り、オーディンと呼ばれるグラナトゥム・マキナはこちらに攻撃行動に出た。
あれは紛れもなく、このテンペスト・シリンダーを統括する十二体のAIだ。ハッキングをしかけたサーバーがそれを証明している。
タイタニス、我らの街を建造したグラナトゥム・マキナの構成体を調べ上げて作られたのがこのコンコルディア。歴代の総司令にのみ明かされたその情報を元に、奴を探し出すのに苦労した、だがその甲斐もありこうしてファクシミレ・マキナを生む事が出来たのだ。
体の核となる部分と、精神の核、この二つで奴らが構成されている事は調べで分かっていた。体の核はカリブンを素材に作る事が出来たが、精神の核だけは再現出来なかった。だからこそ、代わりに私が精神の核となり一体のグラナトゥム・マキナとしてサーバーに誤認させ、必要な情報、エネルギー源を取得する。
これがファクシミレ・マキナの有り様だ、似せて作れとはよく言ったものだ。
ー深追いはするなと命令しておけ、ここでビーストを殺すことが仕事ではないー
外部スピーカー越しにナツメへと指示を出す。
他の隊員らには、ビーストと説明してある。わざわざ全てを教える必要もなし、不必要な情報は、現場を混乱させてしまう。
[了解しました、あれは本当にビーストなのですか?]
ーそうだー
黙って指示を聞いていればいいものを。
✳︎
殺す!殺す殺す殺す!絶対にだ!
我慢にならない何故俺が人間に遅れを取らなければならないのだ!!
左目は撃たれ、身を潜めていた虫共にも攻撃され、あの忌まわしき金虫にはかき回され!俺を馬鹿にするなよ虫ケラ共が!
前方を走る虫共を追いかける、数は三匹。先程の奇襲で銃弾が効かない事は分かっている、だが、今度は抜かりなく、必ず殺せるように間合いを詰めていく。
まずは手前の一匹を間合いに入れ剣を振りかぶる、他の二匹が諦めたのか俺から距離を取る、仲間を見捨てたようだ。
だが、いい!まずは一匹!!
「っ?!」
虫がこちらを向くことなく右へ転がり回避してみせた。
(馬鹿な後ろに目でも付いているのか?!)
地面に叩きつけてしまった反動で、すぐには動けない。
あろうことか虫が、至近距離から小銃を撃ち始める。
「そんな大振りの攻撃当たると思ってんのかこのザコがぁ!!ゲーマー舐めんなぁ!!」
喚きながら、それでも頭部を集中的に狙ってくる。サーバーから追加で装着したナノ・ジュエルでも、防ぐ事が出来ない。
再びの衝撃、右目だ。今度は右目をやられてしまった。
「あの巨大兵士の方がまだ強いわよ!このザコぉ!!」
二度も雑魚だと見下し、俺の前から遠ざかって行った。
✳︎
「ちょっあんた!言い過ぎだから!めっちゃキレてんじゃん!!」
「うんわ!マジだ、雄叫び上げてるよあいつ!」
サニア隊長の言う通り、あのビーストは理性があるようだ。理性?ビーストに?でもアシュの言葉に反応している。
こっちはエレベーターから降りてからすぐ巨大兵士とドンぱちやってんだ!今さら言葉が分かるビーストが出ようが屁でもない!
中層は、私達の常識が通用しない、何でもありのとんでも世界へと認識が変わりつつある。
そりゃそうでしょ?あんなのっぺらぼうのケンタウロスが、滅茶苦茶に剣を振り回しながら追いかけてくるのよ?!しかも喚きながら!!
「アシュ!ここって現実よね?!まだゲームの中だったりするの?!」
「その考えいいね!気に入った!ゲームの続きが出来るよやっほぉ!!」
後ろを見ると、のっぺらケンタウロスがちゃんと私達を追いかけてくれている。ここまでは作戦通り。
「アシュ!爆弾の設置場所!覚えているわよね?!間違えたら私らがドカンだよ!!」
敵を引っ掛けトラップの位置まで誘導する、一般的なビーストとの戦い方だ。
ここは林の中、はっきりと言って見分けが全く付かないので、トラップを仕掛けたアシュ頼りだ。
少しの間、草の上を走る音と激しく呼吸する音、それに手にした自動小銃がジャケットの金具に当たっているのだろう、少しだけうるさい。
「忘れた」
「は?」
思わず足を止める、止めてしまった。すぐ後ろに敵が来ているのに。
「は?忘れた?冗談はその口だけにして」
「いや、それは言い過ぎ、」
「ふざけるなあぁぁぁ!!!」
私に怒鳴られて顔をしかめるアシュ、それと同じくして敵が追いついてしまった。
「人間よ…我に斬られよ…さすれば死を与えよう…」
「いるかっ!!」
「いるかっ!!」
何だこのビースト、本当に言葉を話した驚きよりも、臭い台詞を堂々と言ってのけた事に驚いてしまった。
アシュに目配せする、アシュは分かったように首を振る。意味が分からない。
「違う、こいつやれるか聞いてるんだけど」
「あそれ?いけるんじゃない?何だか弱、」
アシュが馬鹿にする前に剣が、私とアシュの間に振り下ろされた。
地面を叩き付けた衝撃で、土や、落ち葉が宙を舞う。さっきのように動きを止めてくれたらと期待するが、振り下ろした勢いそのままに横へ斬り払いをしてくる。
(あっぶっ?!!)
後ろに半歩ずれて回避する、のっぺらビーストは振り抜いた剣を戻さずそのまま、
「うげっ!!」
前足で私を足蹴りした、咄嗟のことで回避も受け身も取れずに後ろへ飛ばされる。
こいつ...!さっきよりも強くなってない?
「私の悪口言うからだ!そこで反省してろ!」
「アシュ...後で...覚えてなさい、よ」
蹴りを直接くらってしまったダメージと、飛ばされた衝撃で視界が定まらない。息も苦しい、体中が痛い。ここで追撃を受けるとひとたまりもないはずなのに、敵は微動だにしていない。何で?
「これが…勝利の…美酒!!よい、よい、よいぞ、虫を潰すこの感覚、癖になりそうだ…」
のっぺらビーストは自分の手と剣を交互に見て、何やら酔いしれたような台詞を言う。
顔には目玉しか付いていないので、表情だけでは判断できないが、さっきから目が点滅している。
(このビーストやばぁ…関わりたくないなぁ…)
嬉しい、という事なのかな。何だか敵であることを忘れてしまい、観察ばかりしてしまう。
「人間よ…我に平伏せ、さすれば命だけは、取らずにいようぞ」
やだぁ帰りたい、何なのこいつ。中層のビーストはこんなのばっかりなの?さっきから嫌悪感が止まらない。
そこで、アシュが私に目配せをしていることに気付いた、嘘でしょさっき失敗したのによくやるよ。
(よく分かんないけど…)
適当に頷く。するとアシュが、
「蹴り入れたぐらいで何勝った気になってんの?!だからあんたザコなのよぉ!!」
まさかの挑発、最近アシュが全く読めない。
「くたばれ虫がぁ!!」
すぐさま剣を振るのっぺらビースト、そりゃそうだろと何故かビーストの肩を持ってしまった。
「アシュ!あんた馬鹿なこと言ってないでさっさとトラップの場所を思い出しなさい!」
敵がアシュに食いついてる間に回復した私は、後ろへ回り込むため駆け出す。何とかこの膠着状態から抜け出さないといけない。さっきの戦闘ではっきりと、近接に持ち込まれたら勝ち目が無いことが分かった。だというのにアシュはのっぺらビーストと正面から戦っている。
「当たるわけないでしょ!ザコビー!!」
「我が名はオーディン!!ザコビーではなぁあい!!」
自己紹介をしながら振り下ろされた剣には迫力があった。自己アピールがかかっているのだ、そりゃ必死にもなるだろう。
あと少しで回り込めるというところでザコビーがこちらに気づいた、
「我の後ろに立とうなど!百年早いわぁ!!」
右肩に持ち上げていた剣をそのまま横へなぎ払うように、え?
一瞬何が起こっているのか理解出来ずに立ち止まってしまった。それが功を奏して、投げつけられた剣が私の右横をかすめ、後ろの木立へと消えていった。一拍置いて、剣が何かに突き刺さる音。
「…」
「…」
私とアシュは呆然と立ち尽くす。
それを勘違いしてか、ザコビーは得意げに笑い出す。
「見たか、これが我の力よ、恐れよ人間!貴様ら虫には到底なし得ぬことだ!!」
二人で視線を合わせ、そして二人で頷き合う。初めて呼吸が一致した。
騎士であろう者が、如何様な理由があろうとも剣を投げる、だなんて見たことも聞いたこともない。こんなふざけた奴に負けるぐらいなら上層へ戻ってやる。
「アリン!爆弾は諦めて!」
「アシュ!爆弾なんかに頼るな!」
私達はゲーマーなんだ、騎士は憧れなんだ、その騎士としての誇りである剣を自ら手放すなど!いくらケンタウロスだろうとビーストだろうと剣を手にしたからには騎士道たれ!!
「くたばれぇ!!」
「憧れを返せぇ!!」
「っ?!!」
全く怯んでいないどころか二人別々に喚きながら突進してきたのだ、雑魚ビーストが驚いて半歩下がる。迎え撃とうにも剣がないことに今さら気づく、自慢の足で戦おうとするが、
「剣があっての足払い!ただの足蹴りなんか食らうかぁ!!」
「!!!」
止まった状態から足で蹴ろうとするのだ、挙動ですぐに分かる。横へ回り込み、その背中に手をかけて素早く登る。意外と体温がある事に驚いたが、気にしている暇は無い。
「この!虫が!俺の背中に乗るなぁ!!」
手を振り回し、やたらと暴れるがもう遅い。首に腕を回し落とされないよう締め上げる、空いた手を腰のホルスターへ伸ばし、小型自動拳銃を取る。
「くたばれこの偽物がぁ!!!」
跳弾の危険も省みずに、敵の頭に銃口を突きつけマガジンが空になるまて撃ち続けた。
「うっわぁぁ、えっぐぅぅ…」
気がついた時には、敵は崩れ落ちていた。
その後少しだけの間、アシュがよく言う事を聞くようになった。
13.c
「あれ?ここってどこ?」
ビースト達の襲撃によってこじ開けられたエリアに入ると、そこは搬入口ではなく、ホテルのロビーのような場所に出た。
非常階段の入り口はどうやら二階にあったようで、一階のロビーを見渡すことが出来る。アンティークの調度品で統一されたロビーは落ち着いた雰囲気があり、今まで登ってきた非常階段とは違った様相に少し戸惑ってしまった。てっきりあの四方向に伸びる搬入口だとばかり思っていたので、これはこれで嬉しい驚きだがここに居ても大丈夫かと疑問に思ってしまう。
「あーあ、せっかくの場所がビーストのせいでぐちゃぐちゃだよ」
アマンナの言う通りによく見てみれば、高価そうな絨毯が捲れていたり破けていたり、赤い革張りのソファはひっくり返っている。
誰が水やりをしていたのか、フロントカウンターに置いていたであろう花瓶は、地面に落ちて割れてしまっている。花はビースト達に踏まれてしまい可哀想に、見るも無残な姿になってしまっている。
「ここって…どこ?さっきも聞いたんだけどさ、」
「ここはエレベーターを作った人達の、まぁ、休憩所みたいな所かなぁ」
「作った?エレベーターを?」
どういう事だろうか、私達が使おうと思っていたのは小型エレベーターのはず。私も一度乗ったことがあったけど、こんな所は無かったはずだ。
「覚えてないの?わたし達が下に降りる時に使ったエレベーターのこと」
「それは、覚えているけど…ん?アマンナの言う小型エレベーターって、もしかして、」
「言葉が悪かったわねアマンナ、私達が言う小型は、人形や牛型でも十分に使える、という意味なのよ」
あれ?そうなのか、私はてっきり四基の内、一番小さい小型だと思い込んでいた。
それではエレベーターホールには合計で五基の出口があったことになる。
「それじゃあエントランスホールにある出口は五つってこと?」
「そうだよー、昔の人が作ったみたい、わたしは知らないけどねー」
そんな事もあったんだ。おかげで私達は下に降りる時に苦労せずに済んだから良かった、昔の人に感謝だ。
「でも何で今回は使えないんだろう、め、じゃなくて困るよねー、あははは…」
迷惑と言いかけて慌てて言い直す、流石に作ってくれた人達に失礼だと思ったからだ。
「それを調べるために一階層で休憩してからいこうって、話だよね?グカラン、ナっ!!」
「痛いっ!!お尻叩かないで!」
アマンナがグガランナの名前を呼びながら叩いた。ん?
「あれ結局ここは一階層なの?あれ、」
「…アヤメ、こっちこっち」
アマンナに手招きをされて、何も考えずに近寄る。すると、まるで母親のような優しい笑顔で頭を撫でられてしまった。
「ごめんね、説明が下手くそで、アヤメには難しかったかなぁ?」
「ばっ、馬鹿にして!怒るよ!!」
詰まるところは私が勘違いをしていたようだ。中層側のエントランスホールは、いわゆる超小型エレベーター、私達が降りる時に使ったエレベーターである。
何か作戦行動でもあったのだろうか、いや、あったんだ。だからこそナツメやテッドさんが中層に居たんだ。
「もしかしたら、ナツメ達、特殊部隊で何か作戦があったんだと思う、それで壊れたのかも」
「小型エレベーターまで?どうしてさ」
「…その小型と言うのは、降りる時につか、ちょ!アマンナ!そうゆう撫でられ方は嬉しくない!」
確認を取る私が悪いのかな?小型って言われても降りる時に使ったエレベーターも小型だから、どっちがどっちか分からなくなってしまう。
「ふぅ、アヤメをおちょくるの、楽しーねー」
そんな笑顔で言われても...
「と、とにかくここで調べたら停止している理由が分かるってこと、だよね?!」
「ええそうよ、アヤメはとっても賢いのね」
もうこれでもかと、グガランナをぽかぽか殴った。
✳︎
[隊長、敵、沈黙しました]
沈黙?撃破ではなく?
「報告は正確に、沈黙では分からないわ」
[いえ、沈黙としか言いようがありません、まだ息はあるようですが、何も喋りませんので]
...ふざけているようには聞こえない。自分の目で確かめるしかなさそうね。
「現在位置はどこかしら」
[...方位はコンコルディアより南西、平原部より少し林の中へ入った所です、近くに剣が木に刺さっていると思います、すみません、具体的な場所を言う事が出来ません]
無理もない、ここ中層では方角すら分からないのだ。基地展開しているコンコルディアを方角で北として、今回の作戦行動は行われている。
それにしても剣が木に刺さっている?どんな戦いをしていたらそんな事になるのか。
「分かったわ、あなた達はその場で待機、異常があればすぐ報告するように」
[了解]
端的な応答と共に通信が切れる。エレベーター出口を哨戒してから副隊長の態度が変わった。何かあったのだろうと思うが、興味が湧かない。冷たい隊長という自覚はある。
今はとにかく、ナツメ隊長に失望されないようにするしかない。せっかく私の事をきちんと見てくれる人と出会えたのだ、彼女に何としても気に入られたい。
「サニア隊長、アリン副隊長からは何と?」
目下、一番の敵は彼ね。ナツメ隊長に一番近いところにいる人物だ。
「敵、ビーストを沈黙させたみたいね、何も喋らなくなったそうよ」
「喋らなくなった?ビーストが言葉を使っていたという事ですか?」
「総司令の言葉を信じるなら、ね」
私は信用していない。ビーストが言葉を使うとは考えにくい、それなら別の個体、生き物だと考えた方がしっくりくる。何故それを説明しないのかは分からないが、あの手の男はとにかく秘密を愛する、浅はかな行動が目立つ。情報統制で得られる一番の利益は、優位性、いざという時に正義のヒーローにもなれるし逃げ出す事も簡単に出来る。下らない。
「サニア隊長はどうお考えですか?言葉を話す敵について」
「そうね、興味はあるわ、こんな景色よりよっぽど、ね」
「…ビースト、ではない、なら一体…」
[隊長!敵、に]
世間話をしていたら唐突に副隊長のアリンから通信が入る、しかも途中で途絶。異常事態である事は明白だ。
「こちら哨戒班、二班との通信途絶、敵、逃亡した模様、位置を教えて下さい」
端的に総司令へ通信する。私達が一班、アリン副隊長達を二班と呼称して任務に就いていた。その二班に異常が起きたのだ。
[位置の特定は出来ない、特定は現場で行え、もう間もなく応援部隊が到着する、それまで持ち堪えろ]
期待はしていなかった。ただの言い訳作りだ、こちら側で好きなようにするために。
「副隊長、聞いていたわね?やれるかしら」
「えぇ、隊長が銃を握っているところ見せて下さいね」
あら、こんな異常事態でもそんな気の利いた売り言葉を言えるだなんて、意外と余裕かもしれないわね。
何かが走る音、倒される音、踏み砕く音、敵がこちらに迫ってくるのを心待ちにしている、私自身が一番余裕かもしれないと思った。
13.d
中型エレベーターの中は、野郎共でごった返している。臭い、汗臭くて叶わない、何が悲しくてこんな奴らと一緒に中層へ行かなくちゃならないのか、反吐が出る。
そもそもあの時隊長が、啖呵を切ったのが原因なんだ、俺達を一度も信用した事がないと。何だそれふざけるなって話だ。
腹が立ったから隊長に似た女を抱きに行ったが、これまた糞みたいな奴で余計に腹が立った。
今さら遅れて残りの第一部隊は中層へ向かっている、結局のところ俺らみたいな奴らは銃を持ってビーストと戦っていくしか、飯を食う方法が無い。仕事は探せばいくらでもある、じゃあ何でかって?楽しいからさ、それに尽きる。
マドルエの奴は可哀想だ、隊長に喧嘩売ったがためにこんな楽しい場所から追い出されちまうなんて。今さらちまちまとした仕事なんて就けるはずがない。銃で気持ち良くぶっ放して、その金でベッドでも気持ち良くなれるんだ、こんなに分かりやすい楽しさは他にあるのか。
この中型エレベーターには、隊員以外にも色んな奴らがいる。女や丸腰の奴、挙句にはバッチリとスーツを決めた奴まで護衛されながらエレベーターに乗っている。要は、中層に夢見た奴らがここにはごまんといるわけだ。まぁ俺には興味が無い、夢なんざない、ただ毎日楽しく過ごせたらそれで良い。
「ザナカル、あんたちゃんと私の事を守ってくれるんだろうね、私の仕事仲間が、中層にも歓楽街があるって聞いたんだけど」
んなアホな、ザナカルは俺の名前だ。そこまで気に入ってはいない。
「馬鹿かお前、そんな所があるわけないだろうが、あったらこんな所にいやしねぇよ」
「それもそうね、あんたが言うからには、まぁ、私らも中層なんて行った事がないもんだからさ」
そりゃそうだ、誰も行った事がない。
遠くの方で何やら騒がしい音がする、怒声に何か引っ掻くような耳触りの悪い音が聞こえる。その方を見やった途端、
「ビーストだ!手の空いてる者は迎撃に迎え!」
行くと思うか?ラッキーだ、向こう側で助かった。俺の近くに現れたら対処するしかない、それに敵を前に逃げ出せば除隊もんだ、どこへ行っても笑われる。だから俺らは出たもん負け、クジ引きで当たりを引いた奴が負けの考えでひたすら出ない事を祈っている。
銃を撃つのが楽しいんじゃないかって?
死にかけのビーストを撃つのは楽しいさ。ただ元気のあるビーストはお断りだ。
「ザナカル、あんた行かないのでいいのかい?」
「ここの守りもあんだよ、誰がお前の事を守るってんだ?」
俺の言葉に少し感動したようだ、目が潤んでいやがる、ほんと頭が悪くて情に篤い良い女だ....あ?
今度はすぐ後ろから金属を引っ掻く音がした、それも最初は小さかったが徐々に大きくなってきやがる、おいおいおいおいマジかよ...
壁を引き裂き現れたビーストは、今まで見た事がない、全身を刃物だらけにして笑っていやがった。
✳︎
「アヤメは?あれまた寝てる」
「仕方がないわ、ここまで歩き通しだったもの」
「…ねぇ、グガランナ、教えて」
真剣な表情。これは煙に巻けそうにもない。
「どうして、アヤメに厳しくするの?嫌われるよ?」
「そうね、けど、もし優しい言葉がアヤメの為にならないなら、私は言うことをやめたわ」
彼女の為に何が出来るのか、考えた私なりの答えだ。優しい言葉が為になるなら幾らでも言う、それと同じくらい厳しい言葉が為になるなら遠慮なく言う。
「私はねアマンナ、もうアヤメを誰にも取られたくないの、あの時、ナツメ達と一緒に行ってしまうアヤメを見て後悔したわ」
「…どんな?」
「もっと何かをしてあげられたんじゃないかって、甘えて甘えられて、それはとても楽しい事だし、満たされる事だけど、彼女の事を想った行いではないわ」
「じゃあ何さ、」
「ただ、自分さえ良ければいいという自己満足でしかない、私はそう感じた、何が言いたいかって、嫌われても彼女の為になりたいのよ」
「取られたくないから?」
「好きだからよ」
「…」
真剣に考え込むアマンナ。私の言った言葉は理解しているはず、けれどアマンナには自分で答えを出してほしいと思った。
私の膝を枕代わりにして眠っている彼女が、寝返りを打てなくて身じろぎをしている。頬にかかっている髪を優しく払う、この休憩所は空調がよく効いているのか、彼女の頬がほんのりと赤い。そのまま、柔らかくて今にも壊れてしまいそうな頬を手の甲で撫でる。
「…アマンナ、その手に持っているのは何かしら?」
「真面目なこと言ってたけど、グガランナがグガランナだったこと思い出したよ、これ以上余計なことしたら叩くから、好きにしていいよ」
「出来るわけないでしょう?いいでしょうこれぐらい、私まだなんですけどキス!」
「すっごく良かったよぉ、キス!もうね、触れたおでこから幸せになっていく感じ?分かる?分かんないかぁグガランナはまだだもんねぇ」
はーっ腹が立つ。何?もしかして大人の階段登った的なやつ?蹴落として赤ん坊に戻してあげようかしら。
下らない会話をしていたら突然警報が鳴る、かと思えば鳴り止んだ。?
「何今の?」
「警報装置もあなたに嫉妬したんでしょう、キスを自慢気に話すから」
「…上手いこと言ったつもり?そんなぁぁぁぁ痛い痛いいたたたっ」
アマンナのお尻を抓る、さっきのお返しだ。
彼女が起きたら捜索の続きね、エレベーターが停止している原因を突き止めないと。