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ガイア・中編



[捜索本部より各機へ!これよりカーボン・リベラ第一区制空権内に飛来した「ヒナドリ」を撃破するため出動してください!]


 本部から通達があった、新設されたばかりの航空法に従い戦闘の指揮権は第一区の人型機部隊に預けられる。だが、いくらも戦闘経験を積んでいない部隊に責任を預けられる訳にもいかずあたしが陣頭指揮を取ることになっていた。


[今回は特例により指揮権をリバスターに譲渡致します!全区部隊は出動後、リバスターの指示に従ってください!通信以上!]


「リーダーより各機へ、これから街の存亡をかけた初陣戦になる。力まず弛まず諦めず冷静に事に当たれ、決して独りになるなよ!」


 不謹慎ながらあたしの気は逸っていた、これでようやく負うた子らにも顔向けできると思っていたからだ。パイロット達の掛け声を聞いたような気がする、だが既にあたしはリバスター基地からヒナドリが待つ戦いの空へ飛び出していた。極寒の風を切り抜けながら高度を上げる、雲を掻き分け街を見下ろせる位置に辿り着くと早速敵の姿が視界内に収まった。


[冗談みたいなデカさだな…]

[本当に勝てるのか……?]


 リバスターのパイロットが弱音とも感嘆ともつかない言葉を吐いた。確かに、肉眼で敵の姿を捉えるとその異様さ、圧倒さが質量を伴って視覚へ襲ってくるのが分かる。差し渡し数百メートルは下るまい、前に軍事基地で見たグカランナ・マテリアルよりも遥かに巨大なその生き物が空に居るというだけ息が詰まるような圧迫感もあった。

 ヒナドリの目がぎょろり動いてこちらを捉えた。


「──────っ!!!!」


 ついに開戦の火蓋が切られた。トリガーに添えていた指をこれでもかと引き絞り弱音を吹き飛ばすように檄を飛ばす。


「撃て撃て撃て撃てぇーーーっ!!出し惜しみはするなぁーーーっ!!」


 ヒナドリが羽毛に覆われた羽を大きく広げると中から上半身のみの機体が無数に這い出てきた、それらが一目散にこちらへと飛んでくる。黒い塊りと人型機が放つ熱線が激しくぶつかり合う、閃光と爆発、破片が雪のように舞い視界を悪くしていった。初戦はこちらの総攻撃で敵の進行を押し留められるかと期待したがそうもいかず、破壊されるのも厭わず向かってくる敵の前に味方機が後退りを始めた。無理もない、あちらは感情が無いかのように突っ込んでくるだけで攻撃を避けようともしない、その無情な突撃はビーストとは違う恐怖があった。


(ちっ!どれだけ出したら気が済むんだ!)


 編隊を組んでいたパイロット間で合図を出し合いながらマガジンの装填を繰り返している、アサルト・ライフルの弾数も見る間に減っていきコンソールから警告音が鳴り始めた。他の部隊も同様に攻撃を続けているが一向に減る気配がない、それどころかついに銃弾の雨を突破する敵の一団が現れ始めた。


「各隊毎に散開しろっ!重装部隊は背後に回れっ!狙撃部隊は援護!軽装部隊は敵を引き付け撹乱しろ!」


 矢継ぎ早に指示を出して各隊が指示通りに動き出す、敵もそれに合わせて進路を変えて追いかけていった。


[隊長っ!下っ!]


「──っ!」


 どうやら機先を制したのは敵のようだ、一団となって攻めてくる敵を躱して背後に隠れているヒナドリを重装部隊に叩かせるつもりでいたが、その一団に気を取られていたあたし達は下方向からも攻めてくる敵に気付くことができなかった。同じ隊の人型機が敵の接近を許してしまい組みつかれてしまった。


[何だこいつっ!ただ抱きついた────っ]


 パイロットの混乱する声はすぐさま不協和音に掻き消されてしまい、その粗雑で忌まわしい音がこちらにも届いてきた。


[何っ?!この音っ!!]


[あ────っ!!──がっ!!]


 パイロットの悲鳴に弾ける音、それから湿った何かが倒れ込む音。操縦者を失った人型機が敵と共に戦いの空から墜ちていく。


「…………」


 唖然として見つめた先、赤く焼けた装甲板を一心不乱になって剥がしにかかる敵がいた。その戦い方には戦慄しか覚えない、奴らは人型機ではなく中にいるパイロットを直接殺してみせたのだ。コンソールに向かって恐怖と共に唾を飛ばした。


「敵の接近を許すなっ!近付く前に何としても墜とせっ!」


[さっきのは間違いない……電磁波の音、ショッピングモールの時と同じやり方だなんて]


 マヤサの愕然とした声がコンソールから聞こえてくる、空を埋め尽くしているその敵の一体一体が同様に抱き付いてくるのかと思うと足が竦まずにはいられなかった。



✳︎



 病院内の全ての灯りが落とされた、非常事態に伴う緊急措置だ。患者に必要な医療器具以外は原則として使用が禁止され、病院内にいる人達は一切の出入りも同様に禁止される。

 アコックの病室から望む街の空では出現したヒナドリと戦う人型機の姿があった。全区に出動要請がかけられているためその数は二百近い、だがセルゲイ総司令がいくつかの部隊を解体しているためそれよりも少ないはずだ。同じ病室に閉じ込められてしまったエフォルが不安そうに空を見上げている、彼もバルバトスのパイロットとして空の惨状に思いを馳せているのだろう。


「…………」


「心配かい?」


「え?まぁ…そりゃあ心配ですけど…」


 どこか罰が悪そうにして窓の外から視線を外した。


「あの二人なら心配ないさ、きっと上手くやってくれるよ」


「………おれ、どうしたらいいんですかね、何も出来ないし力もないし」


「…………」


 バルバトスから降ろされた話しは聞いている、きっと彼なりに街の現状を憂い何も協力出来ない自身に悩んでいるのだろう。彼の苦悩に答えたのはベッドに横たわっていたアコックだった。怪我の症状の割りには元気そうだ。


「それが当たり前だ、身の丈に合ったものを探すんだな。でなければ俺みたいになってしまうぞ」

 

「あっそ……人型機なんて力はおれに合わないって?」


「そうだと言っている。お前がただの子供ではないのかもしれんが、合わない力は誰にだって持てないものだ」


「……あんたって意外と寛容なのな」


「……何?」

 

「普通は遠ざけるもんじゃない?見た目は人間なのに中身は全然違う奴がいたら怖いだろ」


「生憎だな、俺は人間の皮を被った畜生を嫌という程見てきた。そいつらと比べたらマキナの方がよっぽどマシだ、誰かの為に何かを成そうとするのは善人の証だ」


「ならあんたもそうなるな」


「………」


「いつもの皮肉はいいのかい?彼に負けてしまうよ」


「……ちっ」


 忌々しそうに舌打ちを返された、これでこの二人の溝が無くなればと切に思う。

 病室の外から誰かが慌ただしく駆けてくる、その勢いのまま扉が開かれ息を切らした看護師が姿を見せた。


「ここから避難します!お二人も病院の指示に従ってください!」


 言うや否やアコックが横たわっているベッドの固定器具を外し始めた、何かにあったに違いない。僕とエフォルも看護師の手伝いをしながら事情を聞いてみると、


「他の区で病院が襲われてしまったんです!」


「そんな…」


「どこへ逃げる気だ?」


「一先ずエレベーターシャフトの中に!」


 固定器具を外し終えて急ぐように部屋の外へ運び始める、あとから駆けつけた他の看護師も付き添いあっという間に連れ去られてしまった。


「僕達も行こうか」


「……はい」


 彼らの会話が耳朶に張り付き否が応にでも考えてしまう、僕のこの頭の中は果たして身の丈に合っているのかどうか。


(僕にも出来ることはないのかな…)


 思い悩みながらエフォルと共に病室を後にした。



「このぼんドラっ!言われた通りに車を付けろっ!今さら擦ったところで誰も文句は言わんっ!」


「おじさん!僕の名前はダンドラだっ!」


「レウィンっ!ダンドラの車にありったけの患者を乗せて先に行けっ!」


「患者を荷物扱いするなっ!」


「ニラタザっ!お前は俺とここで殿をやるぞっ!下っ手くそな銃の腕前を見せてみろっ!」


「はっ!まともに当てられないお前にだけは言われたくねぇっ!」


 病院前のロータリーは警官隊の車や救急車で入り乱れており喧騒に包まれていた。さらに私服姿の警官隊の人達も応援に借り出されているのか、この温度にも関わらず額に玉の汗を浮かべて搬送作業に従事している。アコックがどの車に乗せられたのか分からない、もう既に行ってしまったのかもしれない。近くにいた医者の誘導に従い僕達も軍用車に乗せてもらうことになった、中には既に人が乗っており誰も彼もが不安そうに眉を曇らせている。


「いいぞっ!さっさと出せっ!」


(あれは……ヒルトン警視総監……だよね)


 厚手の服の上にタクティカルアーマーを着込んで手にはショットガンが握られている、乱暴に扉を叩いて発進を促した。後輪をスリップさせながら車が勢いよく走り出して病院を後にすると、入れ替わるようにして人型機がこちらに近付いてきた。


[全員建物の中へっ!早くっ!]


 人型機のパイロットが外部スピーカーから警告を発し病院前にいた全ての人が我先に中へ走っていく、間髪入れずに上空から敵がその姿を見せた。他の区で襲撃にあったという話しは本当だったらしい、ヒナドリが放つ小型の機体は人型機、生身の人間を問わずに襲いかかってくるようだ。


「おいおい…大丈夫なのか…」


「………」


 エフォルは心配そうに荷台の幌の隙間から遠ざかる病院を眺め、他の人達はじっと縮こまるばかりだ。


(運というのはここまで残酷なのか…)


 僕のジレンマを振るい落とすように車が急ハンドルを切った、そのお陰でひどく揺さぶられて頭を強かに打ち付けてしまった。何かにぶつかった強い衝撃、運転席の無線から誰かが叫ぶ声、荷台は呻き声に満たされ周囲の音がろくに聞き取れない。


「……早くっ………外へっ……!」


「敵だっ!……俺達にまでっ……!」


(あぁ…早く動かないと…)


 敵だ、あの上半身だけの敵が僕達を襲いに来たんだ。奇跡的に車は横転せずに済んだようだけど焦げた臭いが鼻をついた、このままでは燃料に引火して爆発しかねない。酷い痛みを堪えて何とか車の外へまろび出ると、


「…………」


「────────」


 いた。僕達が乗っていた車を見下ろすようにして敵がそこにいた、大きさは人型機の半分程だろうか、その両腕を地面に下ろして僕達を逃げられないように囲っているようだった。


「………」


 その無感動の目に理性はない、だがはっきりと僕を見ているのが分かった。腕の内側には赤く熱した端子が無数に飛び出ており、決して混ざり合わない音が耳に届き始めると時計をつけていた腕が勝手に持ち上がった。


(これは…まさかマグネトロンと同じ…)


 不協和音が臨界点を超えて音としてではなく物体として襲いかかってきた、頭も体も揺さぶられてとくに眼球と股間の辺りに激痛が走った。


「──あっ────がっ!!」


 限界だった、高出力のマイクロ波を直に浴びて生き残れる人間はいない。この機体は僕達人間を調理するかのように殺そうとしているのだ。


(あ……キリ………ごめん…よ……)


 走馬灯とは如何程か、僕の目の前には無数に咲き乱れる花と万物の恵みをもたらす世界樹があった。世界そのものを支える大樹には実に様々な人々が集い笑い合い、讃え合い、愛し合い、そして一切の汚泥を寄せ付けない光りの輪を頭に携えた白亜の巨人が見守るように佇んでいた。その()()の腕が伸ばされ楽園に招待されようかという時、楽園を破壊するミサイルが飛来した。


「─────────」


「………あぁっ………はぁ…はぁ…はぁ…」


 後少しだったのに...いや、後少しで僕は殺されるところだった。


「行け行け行けっ!今がチャンスださっさと仕留めろぉっ!!」


 途端に現実が押し寄せてくる、怒号に混じった射撃音と煙りの臭い、それから体の痛みと立ち上がれない程の脱力感。生き残れたんだと理解が追い付くと途端に喉の渇きも覚えた。

 何とか頭を持ち上げた先には、病院前で別れたはずの警視総監が眉を釣り上げて唾と一緒にショットシェルも飛ばしているところだった。その後ろには区の警官隊の姿もあり、あの()()()()()目掛けて銃を乱射していた。


「民間人の避難を最優先にしろっ!」


 何と勇猛果敢であることか...敵に怯むことなく警視総監が前へ前へと詰めていくその姿、自分も負けていられないと不思議と喝が入った。

 警視総監率いる警官隊が見事に敵を撃破してみせた、報告にあった通り防御はそこまで高くないようだ。頽れる敵に一瞥もくれずに警視総監が再び病院へと戻っていった。


「──────────」


「……あぁ、分かっているよ、君は悪者なんかじゃない。ただ僕達を招待しに来ただけなんだよね」


「──────────」


「けど…諦めてくれ、僕達の楽園は現実にあるんだよ」


 無感動だと思っていた目に光りが宿り、そしてそのまま儚く散っていった。



✳︎



[作戦参謀より報告!ヒナドリの正式名称を「スーパーノヴァ」と断定!スーパーノヴァから排出されている機体はマグネトロンと同じ構造を持つため注意されたしとの事!引き続き調査に邁進する、とのことです!通信以上!]


「意味が分からん!何故そうだと分かったっ!」


 スーパーノヴァ?どこから出てきたその名前!


[さ、作戦参謀が直接調べたとのことです!]


「繋げっ!有益な情報があるなら出し惜しみさせるなっ!」


 通信員が小さく悲鳴を上げてからリューオンに繋げられた。空の戦いは今なお混戦を極めており、組んでいたパイロット達とも離ればなれになっていた。鳴り響くロックオンアラートはもはや形骸化しており、狙われているのが敵か味方なのかすら分からない状況にあった。味方だと思っていた相手が敵だったり、ロックオンしたと思ったら味方だったこともザラだ。それ程までにあたし達の統率は乱れており、この混戦下を生き残るのに必死だった。

 繋がったリューオンはいたく疲れているようだ、声は憔悴しており息継ぎをしながら何とか喋っているよう、しかし不思議とその声には覇気があった。


[彼らと、直接繋がったおかげさ…だから知ることが…出来た…]


「他に分かったことはあるのかっ!」


[それを…今からもう一度、調べるよ。スーパーノヴァは…プログラム・ガイアが生み出した傑作だ、万物を即座に生成し、僕達をシャングリラへと誘ってくれる、だけどね]


 そこで言葉を区切ってくれてちょうど良かった、接近してきた影を反射的に撃ち墜とそうとした寸前、それが味方であることに気付けたからだ。


「つべこべ言っていないでさっさと教えろっ!」

 

[…だけどね、そのシャングリラは僕達が作ってこそだ。他人の手を借りて作ったものに何ら価値はない、ましてやお客様だなんてそれこそ反吐が出る!マキナに面倒を見られるのはもう終わりにしようっ!]


「………っ」


 聞いてんのかこいつは!さっきから会話になっていない、だが、その気焔を吐く様は心地良いものがあった。


[待っていてくれ、ここで僕の本領を見せてあげるよ、きっと役に立ってみせる]


 その言葉を最後にして通信が切られた。


(くそっ!お熱になりやがって恥ずかしくないのかっ!)


 翻ってあたしはどうだろうかと考える余裕があった、近くにいた味方機が攻撃してくれているからだ。敵の装甲は紙切れも同然、それが唯一の救いといったところか、それでもこちらが劣勢に立たされているのは敵の圧倒的とも言うべきその物量にあった。


(独りになるなと言っておきながらこの体たらく!)


 ヒナドリもといスーパーノヴァを叩く重装部隊も散開して場当たり的な戦闘に終始してしまっている、全ては敵の強襲からこの混戦は始まった。部隊を立て直そうにもその時間があまりになさ過ぎる。


(あたし一人で突っ込むか?)


 本作戦の責任はリバスターにある、その隊長ともなれば尚のこと、次の戦闘でアサルト・ライフルの弾数は底を突いてしまう。後は近接武器による接近戦以外にない。


[どうしますか隊長、まさかここまで練度が足りないとは私も思いませんでしたよ]


「マヤサか……」


[副隊長の機体ぐらい覚えておいてくださいよ…それより時間を稼ぎましょう、部隊を立て直さないとキツいですよ、散発的な戦闘では本丸を叩けません]


 マヤサの進言は最もだ。そして、ここでようやくあたしを引き締めてくれる相手が現れた。


[カサン隊長!ご無事ですか?!今から援護に入ります!]


 僚機を引き連れリトル・クイーンがあたしの戦場に参列しようとした。しかし、それはさすがに気が引けた、あたしはそもそもお前を助けるつもりでここにいるんだ、悪戦苦闘の中で忘れていた己の役目と目的を思い出しリトル・クイーンを拒否した。


「お前は今すぐに戻れっ!ここはあたし達だけで十分だっ!」


[ですが!]


「図に乗るなよリトル・ビーストっ!あたしら大人を舐めるもんじゃないっ!」


 お前はそもそも戦いを好むような奴ではなかったはずだ、初めて見たピューマに恐れをなして攻撃していたあたし達の間に入り庇っていたではないか。これ以上、リトル・クイーンを戦わせてはならない、戦う事が当たり前だと勘違いさせてしまう。あたしはお前を戦場に連れて行きたくて家族になったんじゃない。


[スイ、あなたは軍事基地へ、第一区の市民が避難してきます。その援護をお願いします、出来ますね?]


[………了解しました]


 一際派手な人型機が戦闘空域から離脱していく、その後ろ姿を見守ることなくスーパーノヴァへと視線を変えた。こうも啖呵を切ったんだ、やらなければ示しがつかない。


[さぁて、貴重な戦力を突っぱねた訳ですから、これは何が何でも落とさないと話しにならないですよ]


「言わずもがなだな。狙撃部隊っ!カサン機とマヤサ機を援護しろっ!」


 今なお混戦が続く戦いの空に一石を投じた、敵も味方も入り乱れ通信も混線している中でも運良く返事が返ってきた。


[どうやって見分けろって言うんだよっ!馬鹿を言うなっ!]


 そりゃ最もだ。


「スーパーノヴァに最も近い機体だっ!覚えておけっ!」


 エンジン出力を跳ね上げ亜音速まで一気に加速した、途中何度か敵と衝突してしまったがどうということはない。すぐ後ろをマヤサ機が追従している。


[あの機体が……正気かあんたらっ?!たった二機で突っ込むというのかよっ!]


[私達が敵の群れに穴を空けてやるからあんたらは援護しろってことよっ!それとも、そんな事も出来ないのかな〜?]


[んだと……]


「煽ってどうするんだ」


 すると、スーパーノヴァとの間に広がっていた敵が一人でに堕ち始めた。それもあたしらの進路上の敵だけだ。馬鹿にされた狙撃部隊の隊長が躍起になってくれたらしい。寸分違わず墜としていくその腕前は確かなものだった。


「軽装部隊っ!狙撃部隊を援護してくれっ!」


 進路上問わず周囲にいた敵が狙撃部隊を狙い始めた、スーパーノヴァにとっても今の脅威は彼らだと判断したらしい。ここで邪魔をされてはあたしらが辿り着けなくなってしまうため、機動力に長けた部隊に援護を指示すると素直に従ってくれた。


[これで借り一つだな!]


[抜かせ!]


 文句を言い合いながらも敵を退け、あたしとマヤサの道を空けてくれている。スーパーノヴァは当初に姿を現した軍事基地から移動をしており第一区の制空圏内から出ようとしていた。あちらとこちらの距離はコンソール上では数キロだ、あとものの数分で接敵することが出来る。


「ぼさっとするなよ重装部隊っ!合図と同時に全ての火器を使用してスーパーノヴァを叩けっ!」


[了解っ!]


 突出したあたしとマヤサ、それから道を作ってくれている二部隊に敵が分散している今が最大の好機と言えた。随分と散らばった敵の目を掻い潜り重装部隊が上下二方向に分かれてスーパーノヴァに近付いていく。

 あと少し、ついに敵の群れを突っ切りスーパーノヴァとあたし達以外に邪魔をする者がいなくなった。接敵を許したスーパーノヴァがゆっくりと旋回してこちらに向き直った、その行動だけ突風が発生し機体のコントロールを奪いにかかってくる。


(あと少しっ!)


 乱気流に揉まれまいと必死になってレバーを握る、そしてついに重装部隊が射程圏内に入った。


[いつでもいけます!]


「撃てぇーーーっ!!」


 あたしとマヤサによる撹乱が功を奏してようやくスーパーノヴァに第一打を見舞うことが出来た。全重装部隊から放たれたミサイルが大量の煙を吐きながら敵へ殺到し、ついで電磁投射砲の眩い光りが突き刺さった。爆発、閃光、つんざく悲鳴は敵のものか、確かな手応えを感じたが堕ちた様子は見受けられなかった。


「─────────────っ!!!!」


[ちっ!やっぱり火力が足りない!]


 乱気流に払われた煙りの向こうから、いくらか破壊された様子のスーパーノヴァが現れた。攻撃を受けてお冠になってしまったのか、羽を大きく広げてさらなる黒い塊りを空へ排出したようだった。


[どうするんですかっ!これ以上投入されてしまったらこっちがもたないですよっ?!]


(くそっ!どのみちジリ貧だったんだっ!)


 そんな折、コンソールから割り込みの通信が入る、どの部隊からのものではなかった。


[こちら人型機実戦部隊編成三班、これより現空域で行われている戦闘に武力介入させてもらう。隊長の生まれ故郷が襲撃に遭ったとならば助太刀させてもらおうっ!]


 その声は若々しくそして猛々しい、自信に裏打ちされたその言葉はあたしの胸に良く響いた。


[こちら編成一班、同じく援護に入ります。常勝不敗のアイリスが居なくとも私達の手だけで事足りるでしょう]


 その声には余裕があった、あたしらには無い余裕が、妬ましく思ったし心強くもあった。


[何ですか…あれ…あんな部隊、うちにいましたか………?]


 マヤサが感嘆の声を上げるのも無理はない、先頭を飛ぶ三班は四機編隊、その後方三班は六機編隊の計六班編成のデルタ編隊を披露していた。一糸乱れぬとはまさにこの事、六班がさらにデルタを形成して形を崩すことなく軍事基地の方角から現れた。


(常勝不敗のアイリス……まさか)


 デルタ編隊から横一列のアブレスト編隊に全機が切り替わり、端から順に途切れることなくアサルト・ライフルを敵の一団へと見舞う。堪らず黒い塊りが散開し対応するが、それに惑わされることなく片っ端から墜としていった。


[凄い…何という連携技…]


 流れるように攻撃と装填を行い鉄の雨を途切れさせない、あたし達の付け焼き刃の連携とは物が違った。スーパーノヴァが堪らず旋回し距離を開けようとするがそれを見逃すパイロットは仮想組みにもリバスターにもいなかった。


「助力感謝する!」


 間違いない、負うた子らが仮想で共に学び研鑽し合ったパイロット達だ。何故こちら側に来られたのかは分からない、だが願ってもない援護だった。


[俺達も乱戦になって仲間割れしたことがある口でな、こういう時こそ連携を取る大事さをそれこそ命懸けで学んだことがある。なぁに、あんたらにも出来るさ!]


 その上から目線の発言は気に入らないが言われたからにはやらねばならない。


「だったらあたしらがアイリスと畑荒らしに代わって墜としてやるさ。リバスター!全機聞こえていたな!奴らに遅れを取るなよ!」


 乾坤一擲の打撃から生まれつつあったリバスターの連携を奴らにも見せつけるために全部隊が集結した。勢いを得た味方機が勇猛果敢に攻めていく、それらに続くようにして仮想組みの部隊も攻撃に加わった。

 爆ぜる機体に煙る空、飛び交う敵と降り注ぐ鉄の雨がカーボン・リベラの空を暫くの間支配し続けた。



✳︎



 どうしてわたしはこんな所にいるのか、空では今も戦いが続けられている。何もしないでただ見ているだけ、言葉も発することだって出来ない。


(………)


 いいや、自分でも分かっている、分かっていた。逃げていただけだ、ナツメに置いていかれるまでそれを自覚していなかっただけだ。置いていかれてよく分かった、わたしは怖かったんだ、自分の力を使うのがとても怖かった。

 軍事基地から眺める空では人型機と敵の激しい戦闘が繰り返されている、このままでは相手の物量に押されてこちらが負けてしまう。そんな時、空の端で()()()と人型機が現れた、それも後から後から何機もだ。ショルダーアートにはナンバリングされており、見たことがある機体が何機も空を駆け抜けた。飛行機雲を残しながら、カーボン・リベラの空をそのユニットで切りつけながら颯爽と飛んでいった。

 怖そうだった、でもとても気持ち良さそうにも見えた。わたしも空を飛びたい、飛んでアヤメの街を守りたい、けれど機体が見つからない。どうしたって戦えない、だからいつものように周りに甘えて置かれた状況に向き合わず成り行きに任せた、その結果がこれだ。


["どうしてこんな所にいるの?"]


 ...言われなくても分かってるんだよ!



✳︎



「リューオンさん!もう止めなって!体がぼろぼろじゃんか!」


 エフォルが僕を止めに入る、肩を掴まれているはずなのに僕の感覚はもう楽園側にあるようだった、つまり何も感じなかった。


「いいんだよ…こうして子供達からアクセスすれば…敵の事が分かるんだ…」


 いつの間にか僕達は基地へ到着していたようだった。白亜の巨人が生んだ子供達にアクセス出来るのは一度だけ、きっとこの街の人数分しか用意出来なかったのだろう。けれど軍事基地には人型機に墜とされてしまった子供達が何人かいるようで、僕を見るなり声をかけてくるようになった。そのお陰で楽園に出入りすることが出来たし、何よりこちら側もスーパーノヴァの力を利用することが出来た。

 ティアマトが創造した仮想世界から彼らを引っ張ってきた、そしてスーパーノヴァの力を使ってこの世界にその姿形を再生させてもらったのだ。今頃リバスターと一緒になって戦っているはずだ、スーパーノヴァを倒してしまえばまた彼らはあちらへ帰ってしまうが仕方ない。


(魅力的だ…彼女の力はとても魅力的だ…この世に人類など必要ない程に…けれど過ぎた力だ)


 兵舎の壁を壊しながら墜落してしまった機体の前に到着した。足取りは重く、体も自分の物ではないような気がする、仕方ない、楽園を知ってしまったのだから仕方がない。


「────っ!」


 誰かの叫び声が聞こえたような気がした、けれどやはり言葉までは届かない。頽れた子供の額に頭を合わせて脳内のエモート・コアをリンクさせると、三度楽園に訪れた。二度目より人が増えているようだ、世界樹の広場では沢山の人々が手を取り合いその輪の中にはビーストも何体かいるようだった。蒼穹には鳥型のピューマもその翼を悠々と伸ばして羽ばたいている、ここでは人も殺戮機械も洗浄機体もただの市民だ。白亜の巨人が治めるこの楽園に争い事は持ち込めない。

 広場の様子を見守っていた彼女がこちらに歩み寄ってきた。


「──、────、──」


「分かっているよ、けれどこれが最後だ。向こうに伝え終わったらまた戻ってくる、その時に僕も仲間に入れてくれ」


 彼女が嬉しそうに微笑んだ。



✳︎



 正気の沙汰とは思えない。いくらあいつが特殊な事情を抱えているからといって自ら敵に近づいていくだなんて。私の隣にいるキリは不思議なことにご立腹なようだ。


「……動いた!今すぐそいつを取り押さえろっ!」

 

 近くにいた人達がリューオンを囲み急いで機体から離していく、力を失ったように手足は伸びており、体のあちこちに火傷を負っているようだ。


「リュー!!」


 キリがすぐさま走り出してリューオンの元へと駆けた。

 墜とされた機体に頭を付けていたリューオンの顔はここからでも分かる程死にかけていた、一体何をしているのか、すぐには分からなかったが頭を付けていく度にリューオンが敵に関する情報を口にするのでやがて分かるようになった。


(アヤメとグガランナと同じようにアクセスしているのか……)


 ふと、そこで気になった。グガランナは元気にしているのかと。喧嘩別れをしてから一度も顔を合わせていないあいつの顔を思い浮かべていると、リューオンの周りにいた人達が私を呼んでいることに気付いた。


「アオラさん!早くこちらへ!」


「あぁ!すぐに行く!」


 基地前は人でごった返している、エレベーターシャフトへ入る道は細くまとめて入ることが出来ないからだ。第一区の殆どの人がこちらに集まり、また近隣の区からもこの基地へ逃げてきた人もいた。上空では我らがリトル・クイーンが先陣を切って戦ってくれている、お陰で今のところ人的被害はない。

 冷たい地面に寝かし付けられたリューオン、その傍らにはキリがひしっと寄り添っている。目の焦点が合っておらずここではない何処かを見ているようだ、それに目の色にも変化があった。


(白っぽいのは気のせいか……?)


 キリがリューオンの耳元で囁き、私が傍にいることを教えている。そして、喘ぐようにしてリューオンが口を開いた。


「スーパーノヴァ……万物の覇者……楽園を守護しているのはレガトゥム……一人の人間を待っている……」


「その一人の人間というのは?」


「分からない………楽園は壊せない、レガトゥムの心意は……まだ、分からない……」


「………」


「とにかく彼女の元へ…このままでは終わらない…彼女は彼女を求めている…世界樹から実が落ちる…そうなれば、不完全なまま楽園が完成してしまう…」


「彼女というのは?」


 まさかその名前が出てくるとは思わず耳を疑った。何故、


「アヤメ…彼女が楽園の支配者に選ばれた…」


 何故、私の妹なんだ。


「種子から成った実は完成している…後は彼女に捧げるだけだ…それを決して食べてはいけない…食べてしまえば…」


「食べたらどうなるの?教えて、リュー」


 眉間に縦じわを寄せたキリが問い質す、怒っていた理由はそれだったのか。こいつはリューの身を案じていると共に嫉妬しているのだ。そこで、ゆっくりとリューオンが体を起こした、何事か呟きながら墜ちた機体に視線を向けている。もう、私達のことは見えていないようだった。


「今から行くよ…待たせたね…」


「待ってリュー!私も連れて行って!」


 キリの叫び声が基地にこだまする。焦点を失っていたリューオンの目に再び弱々しい光りが宿った。


「キリ…」


「リューが私の命を奪ったんだよ?それがどういう事分かる?私の全てが奪われた時、あなたは涙を流してずっと謝ってくれていたの、あの顔は絶対に忘れられない。ずっと一人だった私にとって一番の宝物なんだよ、そんな人ともう一度出会えた、リューが傍にいない世界なんかに未練はない。お願い、連れて行って」


 後は何も言わずに二人揃ってその場に倒れてしまった、慌てて駆け寄ってみるがリューオンもキリもその顔に一切の苦悶はなく、安らかな表情をしていた。周囲にいた人達へ二人を兵舎の中へ運んでもらうようにお願いしてから、朽ちゆく機体を仰ぎ見た。


「…………」


 空では今も戦闘が続けられている、敵の数は減るどころか増えているようだ。


「……?お前か、そんな所にいないでお前も中に入るんだ」


 気配を感じて後ろを振り向くと、第十六区で保護した仔牛が私のことをじっと見ていた。



✳︎



 敵味方入れ乱れた戦いの空に三度一石が投じられた、参戦してくれたデルタ隊の力添えもあり何とか戦線を押し上げようかという時にそれらは割って入ってきた。深緑に輝く機体、随伴している人型機は明らかに手が加えられている箇所があった。乱入してきた部隊は総数三十余程、元総司令が解体し押収した人型機と同じ数が深緑の機体を先頭にしてV字編隊を組んで現れた。


[皆々様ご機嫌よう、この空域は私がお預かり致します。なのでどうかお引き取りを、よくここまで持ち堪えましたね]


(次から次へと!)


 苛立ち紛れに舌打ちをし、デルタ編隊が見せていた余裕とはまた違った様子で空を飛ぶV字編隊を見上げた。高高度からの接近に伴い、編成班と共に囲っていた敵がにわかに動き出しあっという間に突破されてしまった。


「邪魔ならもう間に合っているんだがなっ!どこの所属だ言ってみろっ!」


[私は人の子ではありません、したがって所属する部隊はなく私に従う部隊のみ存在しています。私の名前はデュランダル、この街の守護者です]


 何だその回りまわった言い方は!


「今さら何のようだ!守護者も間に合っているぞっ!」


[指示に従え、ここからは私達の戦場だ。速やかに基地へ帰還し市民の護衛に努めろ]


「この声は……」


 セルゲイ。元総司令があの機体に乗っているということか、ますます気に食わない。


「あんたは今の今まで何をやっていたんだ?あぁっ?!マギールが死してなお守ったこの街にどんな面を下げて戻ってきたんだっ!あんたの出番はないっ!引っこんでろっ!!」


[規約違反を確認、操縦権を剥奪します。あなた方の人型機は本来私達の指揮下にあるものです、これをもって反省し次に生かして下さい]


「……っ?!」


 相手にしていられない、そう思い通信を切ろうとコンソールに触れると操作を弾かれてしまった。


《操縦権を返還します。これより自動操縦に切り替えます、着陸後パイロットは速やかに降機して下さい》


「ふざけるなよっ!この敵の数を前にして降りられるかっ!」


 コンソールに吠えるが変わらず操作を受け付けてくれない、それどころか操縦桿もロックされてしまった。


「くそっ!何がしたいんだあの野郎っ!」


 通信も行えないためこちらの異変をマヤサに知らせることが出来ない、高度を下げていくあたしの機体に従いリバスターの面々も同様に習ってしまった。取り残された編成部隊がリバスターの異変に気付くが迫り来る敵の対応に手を取られてしまっている。このままではこちらが構築したせっかくの防御線が崩壊しかねない、強かにコンソールを打ち付けるが何の慰めにもならなかった。



「隊長!何事ですか!こんなタイミングでどうして戦場から離れたのですか!」


 遠くにビル群が望むベッドタウンに降り立ち、ハッチが開くや否やマヤサが唾を飛ばしてきた。そしてあたしも飛ばし返した。


「セルゲイにコントロールを奪われたんだ!このクソ大事な時にっ!あの緑色の機体が不明機と呼ばれる奴だよっ!」


「はぁっ?!何だってこんな事に……っ」


「この機体は使い物にならないっ!マヤサ!あたしを乗せて今すぐに基地へ戻れっ!」


「だったら早くして下さい!」


「それと全機へ再出撃を命じろ!あたしの機体は通信も出来ないんだ!」


 あたしの言葉に答えずコンソールに向かって吠えているのが見える、時を置かずしてあたし達に付いて来てしまった残りの人型機が緊急離陸を行い再び空へと舞い上がった。これでもしスーパーノヴァの侵攻を許してしまったのならあたしは戦犯ものだ、あの世に行っても間違いなく馬鹿にされることだろう。

 機体から降りて凍り付けになってしまったベッドタウンに降り立つと、空から眩い光りが落ちてきた。味方がやられたのか、そう焦って上げた視線の先には先程コントロールを奪った機体がスーパーノヴァと対峙しているところだった。


「何が…何をしているんだ…」


 呆気に取られながらも機体へ向かい、マヤサ機の電動ロープに足をかけている間も上空に釘付けになってしまった。


「隊長早く!」


「うるさいっ!」


 急かされるままコクピットに乗り込み間髪入れずにハッチが閉じられた、仮想投影されたコクピットのスクリーンにはさらに強い光りを放っている不明機、デュランダルが映っていた。



✳︎



[ナツメ隊長はどこにいるんだっ?!さっきから姿が見えないぞ!]

[アマンナは?!アマンナは何処にいるのっ?!]

[プーを見ませんでしたかっ?!]

[君の裸を見たというアイリスは何処にいるんだっ?!私が説教してやるっ!]


 うるさいっ!もう、本当にうるさいっ!


「今は別行動でここにはいません!残念でした!」


 何だってこんな事に...まさかまさかの実戦部隊のお歴々が現実世界にやってくるなんて思いもしなかった。そして顔見知りである私に次から次へと皆んなの居場所を聞かれて困っていた。今はそれどころではない、けれど崩壊戦線を経験した皆んなからしてみればこの程度の戦闘は慣れっこのようだった。

 カサン機が唐突に戦闘空域から離れて現場は混乱していた、隊は乱れて立て直すのに随分と時間がかかってしまった。さらに緑色の不明機が先陣を切り出し、リバスターと実戦部隊の皆んなはいよいよ混乱していた。


[プー!聞こえていたら返事をしてー!]


[アマンナぁ!助けに来たよぉー!]


[誰だ!こんな馬鹿げた通信をしているのは!青春やるなら戦いが終わってからにしろ!]


 カサン隊長だ、あれだけコールをしても繋がらなかったのに今はマヤサ機から通信をしているようだ。やはり何かあったらしい。


「カサンさん!何があったんですかっ?!」


[あのデュランダルという機体に操縦権を奪われてしまった!今から基地へ帰投して予備の機体で出撃する!お前達は戦線を押し上げろ!]


[それは無理そうですよ隊長さん!割り込んできた部隊が一気に叩いている!]


[何だってあんな無茶をするんだ!さっきまでのあたしらと同じじゃないかっ!]


 カサンさんの言う通り、割り込み部隊は私達と同じようにただ編隊飛行を取りながら突っ込んでいるだけだ。あのままではすぐに切り崩されてしまう。


[言わんこっちゃないっ!あっという間に突破されたっ!]


 せっかく守り続けていた防御線の突破を許している、数え切れない程の機体が街方面へ飛んでいく。その後を追い縋ろうとするが、


「はぁっ?!」


[アサルト・ライフルっ!]


[どういう事なの!今まで飛び道具の一つも使わずに体当たりばっかりしていたくせにっ!]


 別方向から現れた機体に割り込み部隊の人型機が一機、撃ち墜とされてしまった。その機体は胸がぱかりと開きそこから銃身を覗かせている、今の今までならただ接近さえされなければ何の脅威にもならなかったのにこれでは話しが変わってくる。敵機体の射線も考慮しながら位置取りをしなければならないし、何より遠距離からの攻撃は当たらずともそれだけで脅威だった。

 撃墜された人型機に別の機体が張り付いた、そして今まで通り腕だけでしがみ付いて「レンチン」しパイロットに止めを刺していた。あれではただの死体蹴りだ、敵の一体何があそこまでさせるのか。


[本丸方向より敵のトレイル部隊!繰り返す!本丸方向より敵のトレイル部隊が現れた!]


 本丸とはマヤサさんが広めたスーパーノヴァの別称だ。さらに言えば、敵の攻撃は腕に仕込んでいるマグネトロンを使用することから私達の間で「レンチン」という名前が付けられていた。

 副隊長ダイゴからの報告によれば敵機体は縦一列の突撃特化で現れたらしい。ロッテ二つの四機編成が六つ、合計二十四機のアサルト・ライフル持ちが空を飛び回ることになる。たまったものではない。


「ダイゴ!カサンさん達が戻るまであんたが指揮を取って!ここは私達で死守するよ!」


[……あぁいいぜ!想い人の故郷で指揮を取れるなんて男の名誉だっ!]


 あぁ何でこう...フラグを立てに行くのか、男というのは何か立てないと気が済まないのか。副隊長のマヤサさんも早速檄を飛ばした。


[そこ!余計なフラグは立てないの!基地に帰投している間あなた達に預けます!仮想組みの実力を見せて下さい!]


(あぁ!こっちも余計な事をっ!)


 幸いマヤサさんの通信は最後まで聞かれなかったようで、泥縄の部隊長ダイゴが先頭に付いた。こちらはケッテ二つの六機編成、大きく弓なりになったライン・アブレストで敵機体との間合いを詰めていく。


(あの機体が変な事さえしなければ…)


 スーパーノヴァと対峙を続けているデュランダル、こっちは大変な思いをしているというのに我関せずと自分の仕事に夢中になっているようだ。

 デュランダルに一瞥をくれてから再び向き直る、前後に分かれたアブレスト編隊の先端がその火蓋を切った。ダイゴ、ミズキによる牽制射撃がトレイルの先端を捉えた、あちらには回避行動という概念がないのかもろに直撃を食らっていた。しかし次の瞬間、別編隊からの猛攻撃を見舞われてしまった。赤熱した射線が幾重にも伸びて私達の退路を断とうとしてくる。


[散れっ!]


 部隊長の短い指示の元、そのダイゴ班とミズキ班に分かれてライン・アブレストを解いた。ついでデルタに切り替え流れるようにこちらのアサルト・ライフルをお見舞いすると、あちらも同様にデルタ編隊に切り替え反撃をしてきた。


[まさかこいつら…!]


「私達の真似をしているのっ?!」


 数はまだまだこちらが不利だ、囲まれてしまったら息を吐く暇もなく蜂の巣になってしまう。


[ミズキ!合流してくれ!このままでは不味い!]


[言われなくても!]


 あちらの数は牽制射撃により三機撃墜しているため、二十一機のデルタ編隊が七つになる。その内の一つが私達ではなく基地方面へと舵を切ったため大いに慌ててしまった、あいつらを街に辿り着かせてしまったら大虐殺が始まってしまう。一番近くにいたミズキ班が何とか追い縋ろうとするがその射線から逃れてしまった。

 しかし、戦いの空にまだまだ異変が起こり続ける。


「今度は何さっ!何で勝手に機体が墜ちていくのっ!!」


 割り込み部隊に続いてアサルト持ちの機体、そしてその機体が撃たれてもいないのに高度を落としていった。



✳︎



「抜け駆けはよくないな。それに戦いながら学び取るのは俺の友人の十八番なんだよ」


 金木犀の香りに包まれた花園に一人、白い巨人から隠れるようにしてハッキングしスーパーノヴァから放たれた上半身のみのおかしな機体を弄ってやった。ざまぁみろだ、しかしこんな無謀な事を叱ってくれる友はもうこの世にはいない。


(まぁいい、いずれこうなる事は分かっていた)


 黄昏の空には優しい光りを放つ太陽が昇っている、その光りは花園に咲く色取り取りの花を照らし全ての汚泥を払っているようだった。ここには一切の夾雑物が存在しない、いや、どんなに汚れた塵でも一瞬で宝石のように輝き出してしまうため見分けがつかなくなる。例えば俺のように、資源の消費量を抑える為に繰り返してきた悪行を誰も咎めることなく迎え入れ、そして輪の中に入れようとしてきた。

 ここはガイア・サーバーの一部だ。楽園でも何でもない、ただの牢獄。思考する権利を奪われ享受する義務を強いられる。確かに、ここは生きていくだけなら都合の良い世界だ。先程から輪の中に入ってくる人間が増え続けている、いずれこの花園から溢れ出すことだろう、それでも唯一理性と監視の目を持つ白い巨人は何もせず、ただじっとして嬉しそうに見つめているだけだ。


「反吐が出る」


 金木犀に背中を預けて広場に視線を移すと、機体に焼かれて殺された人間達が己も忘れてただ笑い合っていた。一体どんな方法でポッドも使わずにここへ連れて来たのか、それに人間共は限って色が抜けている。髪の毛であったり目の色であったり、その個体を特色付ける部分が白色ないし灰色に変化しているようだった。


(確かメラニンだったか…色の決め手となっているのは……おっと)


 馬鹿みたいに天使の輪っかを頭に付けている巨人がやおら振り返った、俺の視線に気付いたのか身の丈三メートルはある巨人がその足を動かした。おそらくハッキングした出所を探って俺の存在を知ったのだろう、壊れたように笑い合う人間共を避けながらこちらの花園に近付いてきた。


(こうしちゃいられない)


 金木犀から背中を離し、視界に入らないよう注意しながら花園を後にした。



 アマンナに解体されかけた時、俺はテンペスト・ガイアにエモート・コアをサーバーへと引っ張られていた。ガイア・サーバー内で隔離されていたカエル・レガトゥムのナビウス・ネット内に放り込まれティアマトと再会し、敵の懐を暴いてやろうと奴と別れてこの楽園と呼ばれるエモート・コアの中枢に侵入してみせた。

 これがレガトゥム計画の全容だった。テンペスト・ガイアは長年の間、虎視眈々とこの時を待っていたのだ。人間とマキナに見切りを付けて物言わぬ万物製造機を作成し、地球環境を破壊した人間達をこの牢獄に閉じ込めあの巨人に管理させる。マギリと呼ばれる少女の生体データが自我を持ったのも偶然ではあるまい、今はスイと名乗る存在はレガトゥム計画の副産物だ。さらに俺のナビウス・ネットに侵入したあの化け物も、今のカエル・レガトゥムと同じ機能を持っていた。サーバーからデータを取得し周囲の景色に反映させていたのだ。そのデータに運悪く潜り込んでしまったのが俺の子機であるウロボロスだ。あの時司令官が俺達に横槍を入れてきたのもこの計画を隠すために違いない。


「……………」


 花園から離れて楽園の端に到着した。世界の端か、あるいは終わりに作られたこの楽園の周囲には何もない。常に黄昏時の空模様が延々と続いているだけで何処にも逃げ場がなかった。

 かさり、逃げてきた花園から続く藪の中で何かが動く気配がした。巻いてきた巨人かと思いきや、


「久しぶりね、ディアボロス。まさかあなたが描いた絵画の方が見応えがあると思う日が来るなんて、ここの景色は最悪よ」

 

「同感だな、天の牛」


 随分と垢抜けた様子のグガランナがそこに立っていた。


「私に協力しなさい、この楽園を破壊するわよ」

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