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第百十五話 極寒の原子

115.a



[エレベーターシャフト入り口に人影あり、注意して]


 本来であれば太陽がその顔を覗かせる時間帯、過去の地球上において一日中太陽が昇らない「極夜」と呼ばれる現象があった。それは地球の地軸と深い関係があり、ほんの僅か公転面に対して傾いているだけで一日中太陽の光が当たったり(この場合は白夜)、逆に当たらなかったりしていた。

 しかしここはテンペスト・シリンダーの中、地軸が傾いている訳でもましてや極寒の地域でもない。極夜と良く似た、けれど決して違う闇が支配しているだけだった。隣に座るアリンちゃんから双眼鏡を借り受け前方を注視する、すぐにマギリへ連絡を取り警戒を解除するように連絡した。


「大丈夫、あの人は味方だよ」


 エレベーターシャフトの入り口前には随分と久しぶりに感じるガニメデさんが私達を待ってくれていた。



「ご機嫌ようアヤメ。随分と沢山のお友達を連れて来たのですね、皆さんが入りきるかどうか些か不安でございます」


「いいよ、雑魚寝でも出来れば………ん?あれ、そのピューマ…」


 近くで見てもやっぱりガニメデさんだ、少しだけグガランナかな?とも思ったけど、もうここを離れた後のようだ。自分でも言うのも何だが、あのグガランナが私に会いに来ないなんてそれこそあり得ない。

 それよりも、ガニメデさんの後ろにはリニアの街で別れたはずの鹿型のピューマが付いていた。それに良く見てみればエレベーターシャフトの中にも何体かピューマがいるようだが、「ほわぁ!」とミトンちゃんが奇声を発するものだから鹿型のピューマ共々すぐに逃げてしまった。


「え、あの…そちらのお嬢様は?」


「き、気にしないでください!変な子なんです!あはははっ」


 アリンちゃんが必死になって頭を下げさせているがミトンちゃんは未だピューマに釘付けだ。本当に動物が大好きらしい。


「は、はぁ…とりあえず中へお入りください、皆様が寛げるように大掃除をしましたので」


「ありがとうガニメデさん」


「いいえ。これも友としての務めですから」


 その後、全部隊へ通達を行いエレベーターシャフト内で一時休憩を取ることになった。

惜しむらくは太陽さえ昇っていれば出発時間も合わせやすかろうにと思うが仕方ない、ここも北極や南極と同様に極地となってしまったのだから。



✳︎



「お客様をお連れしました、ご準備の程よろしくお願いしますね」


[承った。我が主はいるか?……いや聞くだけ無駄のようだな]


 愛しの友人が既に悟ったようだ、確かにここにはアマンナ様はいない。けれど大勢の人がこうしてここにやって来た、彼らが初めてエレベーターシャフトに訪れていた時は()()()・サーバーの解明に躍起になっていたのでとくに関心が向かなかった。 


「ええ、ここにはいません。ですがアヤメが連れて来たご友人ですのでおもてなしをしなければなりませんので忙しくなることでしょう。エレベーターの再起動まではどれくらいかかりますか?」


[遅くて半日といったところだ。太陽が天辺に昇る頃には街へ辿り着いていることだろう、そう心配することはない。それでは]


 私にはもうマキナとしての力がないので彼と会話をする時はこの端末を利用している。これはこれで便利なものだ、会話をしたくない時は無理に出なければいい、けれど体内通信であれば嫌でも出なければならない。

 部隊を護衛していた二機の人型機は既に街へと上がってもらっている、ここに侵入できるだけの広さがないからだ。以前は超大型と呼ばれるエレベーターも一基だけ存在していたが今となってはただの潰れた棺桶に過ぎない。


「申し訳ありません、パイロットの方には後でお詫びをしていただけませんか?」


「いいよいいよ、こればっかりは仕方がない。それにここまで来れば敵の心配もなさそうだしね」


 負傷者と物資を乗せているという車は中型のエレベーターへ移動してもらい、それ以外の人達を大型のエレベーターへ案内しているところだ。私が先頭を歩きその後ろにアヤメ達が後を付いて来ている、そのアヤメの後ろを付かず離れずにいた一人の女の子が会話に割って入ってきた。


「えと、その一ついいですか?この方は一体……」


「…アリン、嫉妬は良くない」


「ち、違うから!そんなんじゃないから!友達だって言ってたけど、その、とても人とは思えないというか…」


 私の代わりに答えてくれたのがハデス様だ。二本の紅い角と禍々しい甲冑姿のオリジナル・マテリアル、こうして再会するのは()()()・サーバー以来だ。


「彼女はガニメデというマキナさ、厳密に言えば我々とは違うんだが、まぁ仲間のようなものだ」


「そうなんですか…ハデスさんも友達なんですか?」


「私に友と呼べる存在はいなかった。後にも先にも君達だけだよ」


(あれ…本当にハデス様?)


「いやぁ、その言葉は照れ臭いアンド重いですね」


「ハデスさんに何てこと言うの!」


「あっははは、事実だから仕方ないさ」


(え”っ…こんな爽やかな笑い方をする人でしたっけ…)


 ちらりと後ろを窺えば、異形のオリジナル・マテリアルのすぐ傍で少女が四人寄り添うように歩いている。さらにちらりとアヤメへ視線を寄越すと肩を竦められた、私の視線の意味に気付いてくれたらしい。


「色々とあったの、後で話すよ。ガニメデさんの近況についても聞きたいしね」


「…そうですね、出来る限りお話ししましょうか」


 あのハデス様も友を得たように、私もまた誇らしい旅仲間を得ていたのだ。そこに上下も、ましてや良し悪しも無い、友は友でありかけがえないの存在だった。



 街へ帰還する大規模な集団を乗せた大型エレベーターと中型エレベーターがメインシャフト一階層に到着し、友人の力添えもあって何とか瓦礫の山を片付けた広々とした空間に案内した。ここではかつてアヤメ達の部隊と街に滞留していた部隊があわや衝突しかけた場所でもある。また、イエン率いる特別師団が警護していた所でもあった。

 アヤメ以外を残して再び私達は歩みを進めている、向かう場所は私の本拠地でもある一階層の居住エリア、仮想展開型風景と素粒子間任意結合流体の集大成とも言うべきあの場所だ。

 いくらか疲れた顔をしているアヤメに声をかけた、ここまで長丁場だったに違いないのに休む暇もなく急かしてしまったようで申し訳ないと謝罪すると、


「別にいいよ。それより一つだけお願いしてもいい?」


 誰もいない、私とアヤメしかいない居住エリアへ続く道、その途中にはすっかり綺麗になった詰所もあった。何事かと尋ねてみれば答えは言葉ではなくその行為にあったというかアヤメが私に抱き付いてきたものだから気が動転してしまった。


「………ふぅ……はぁ……」


「ちょっとアヤメ、急にどうしたのですか…?」


 遠慮なく私の胸に顔を押し付け、深呼吸するものだからくすぐったくして仕方がない、何度か繰り返した後ようやく顔を上げて一言。


「…いや、グガランナがいないんならもうこの際だから良く似てるガニメデさんでいいやと思って」


「えぇ何その言い方…私はグガランナ様の代わりだとでも言いたいのですか」


 先にアヤメに触れられてしまった、これからどう切り出そうかと悩んでいるとアヤメが再び頭を沈めて、「むぅあーっ」とか「もぅむぅりーっ」とか溜め込んでいた毒を吐き出しているようだ、よりにもよって私の胸に。あれだけの大人数を指揮していたのだから、その心労は計り知れるというものだ。でも何で私の胸なのか...幾分すっきりとした顔に戻ったアヤメが少し照れながら私から離れた。


「いや、その、急にごめんね?甘えられる相手がいないもんだからさ」


「その照れは今更ではありませんか?人を代替品のような扱いをしておきながら全く…」


「あははは、いやいや、お陰様ですっきりできたよ」


「さいですか」


「ガニメデさんも嫌なことがあったら私に甘えてくればいいよ、まぁ私はガニメデさんみたいに胸はおっきくないけどね!うわぁぁんっ!」


「もう!何なのですかあなたは!自分で言っておきながら泣き出す人がいますか!」


 こうして再会したアヤメと戯れ合いながら居住エリアを目指した。



✳︎



「…………」


「久方ぶりである、私の友人の友人よ。歓迎しよう」


 いたな、そういえば。あれやこれやが色々とあり過ぎて忘れていたけど。


(それにしてもどうやってここに入ったの?)


 場所は結婚逃しと一緒に入ったあの屋内展示場、スイちゃんがまだサーバーを行き来できていた頃、クマ型のピューマに換装して攻略していた時だ。ここもあまり変わりがないようで今もうららかな平原がどこまでも続いている。足元に咲く花も風に揺られ、睡眠不足の私にとってはまさしく責め苦のような場所だった。

 臭そうな山を背景にしてあの友人...虫?が堂々たる佇まいで私とガニメデさんを見下ろしていた。小さな──と、言っても私達人間からしてみれば十分に大きいが──触覚が忙しなく動いており、心なしか大きな瞳もこちらに向けられているようだ。


「あー…お久しぶりです、友人さん」


 次に発した友人さんの言葉に眠気が吹き飛んでしまった。


「我が主、アマンナがここにはいないようだが何処へ行かれた?」


「……え、アマンナ、主?」


「左様。我とそこにいる我が友人はアマンナによって生み出された存在ゆえ、主と呼称しても何ら差し障りはないと思われる」


「………………」


「理解が追い付かない、そんな顔をしているな。しかし君なら幾らか検討が付いていたのではあるまいか」


「いや…ええと…確かにそうなんですが…」


「愛しの友人よ、順を追って説明致しましょう」


「承った」


 そう、友人さんが返事をした後うららかな景色に変化が起こった。眠気を誘う陽気さが次第に消えていく、野に咲く花も平原の端から枯れて代わりに鋼鉄の茎が大地から伸び始めた。鋼鉄の茎はやがて一つの民家を再生し、それが無数に生まれていく。


「この街はサントーニ、大昔に戦争があって滅んだ街だ。我々はここから生まれ、そして今に至る」


「我々とは…つまりガニメデさんも、ということですか?」


 ガニメデさんはずっと自分が何者なのか、何故生まれてきたのかその理由を求めていた。その答えがこれだ。


「左様。我と良き隣人、ガニメデは主であるアマンナを補佐するために生まれてきた。稼働歴は一千年、幾度も行われてきた「解放」に終止符を打つためだ」


 ガニメデさんがやおら何かを取り出した。仮想投影されたサントーニの街に朝日が昇った時だ、破壊され、くたびれ、跡形も無くなった民家の前で私に見せてくれたものはあの時回収した手帳だった。


「ここに記されていたのはアマンナ様の手記による記録でした。これを元に愛しの友人と検討を重ね、今の結論に至りました」


「……良く開いたね、その手帳」


 何を言えばいいのか分からず、ここにはいない、あの小さな女の子の顔を思い浮かべながらどうでも良い事を口にした。


(アマンナ……)


 アマンナの出自が今こうして暴かれている、私は聞いても良いのかと不安に駆られ、そして一つの大きな疑問を抱いた。


「どうしてアマンナはこの事を忘れていたの?知ってて無視していたって訳じゃないよね」


 それが「解放」と呼ばれる行為の弊害であると説明し、友人さんがこう結論した。


「記憶の抹消による情報漏洩の防止措置。それが我が主に強いられた足枷だ、軛と言ってもよい」


「記憶の…抹消…」


 カーボン・リベラの上空で戦った不明機の後、私がアマンナを拘束して何度も問い質していた、あの行為は一体何のか、「事象に介入」するとは一体どういう事なのか、言葉通りに解釈するならそれは何をも捻り潰すあってはならない行為、もしくは全ての事物を意のままに操るそれこそ神に等しい行為と言える。けれどその事を本人に追求しても呆気からんとしていた、「アヤメの心までは手に入らないからそんなことはないでしょ」と。私もアマンナの言葉を信じてそれ以上考えることを止めていた。そのツケが今こうして他人から語られている。


「アマンナの持つ力がそれだけ強大だから…だから力を使った後は記憶を抹消させられてしまうんですね」


「理解が早くて助かる。だが、我らが生まれてからこの方一度も解放は行使されていない、今の主は最後に力を使ってから今日まで記憶を維持し続けている。そこな良き隣人がヘマをしたおかげでな」


「ヘマ?」


「もう…その言い方は止めてくださいと言ったはずですよ…」


 またしても触覚が上下に素早く動いている、そのせいで煽られた風がこちらにまで届いてきた。それにガニメデさんがヘマをしたというのはどういう事なのか、本人が記憶を維持しているなら良い事なのではないのか。私の捻った頭に合わせて友人さんも少しだけ視線を変えて、言葉が足りなかったとさらに説明してくれた。


「今の主の記憶もいずれ奪われる、そしてその「解放」の時は近い。その時の為に良き隣人が機能するはずだったのだ」


 嫌な予感しかしない、そんなまさかと思う気持ちがある。アマンナはそんな事が出来る人ではないと固く信じたいがガニメデさんから説明された内容を聞いて、あの屈託の無い、初めて中層に訪れて初めてアマンナと探検した時に見せてくれた笑顔に翳りが生まれてしまった。


「私の役目はアマンナ様の身代わりになる事でございます。記憶抹消の罰を受けて主を役目から解き放つ、それが私が生まれてきた理由というものです」


 どうしてそんなに凛々しい顔ができるの?その疑問は口から出すことはなく胸の内に押し込んだ。


「ガリレオ衛星と呼ばれた内の一つ、木星の第三衛星として位置付けられているのが「ガニメデ」です。そして私の役目は衛星と同様に木星を…いいえ、アマンナ様のおそばを付かず離れずにいることでした」


「それでどうなるっていうの?」


 強めに聞き返した質問にも、さも当然のようにガニメデさんが答えた。


「記憶をなくしてしまった主に代わって、それまで行動を共にしてきた私の記憶を主に差し出すのです」


「アマンナがそんな事をさせるなんて思えない」


 私の反論に二人は優しい視線を送るだけで何も言い返してはくれなかった。

 ...けれど私は、この話しを聞かされていよいよ決意するのであった。アマンナが私を連れて逃げると言ってくれたように私もまたアマンナを連れて逃げよう、こんな、こんな馬鹿げた話しがあるか。私の友人はそんなんじゃない、勝手に枠組みにはめて語るのは止めてほしい。

 この後友人さんが休憩を挟もうと言ってくれて、私はその場に不貞腐れるように横になった。ふんだ!と無視をしてもガニメデさんが寄り添ってくれるものだから、ほとほとに疲れた体と混乱する頭、ガニメデさんの温もりがあっという間に意識を奪っていった。



115.b



 小さく、断続的な揺れが続いている中パイロットシートに体を預けていると急な方向転換によるGが襲ってきた。堪らず目蓋を開けて周囲を確認すると、私に代わってアマンナがコントロールレバーを握っていた。


「何があった!」


「まみむめも!すぐ後ろ!」


 中層のミラー群を支えている柱が並ぶ場所、上にも下にも理路整然と並べられて幾何学的にさえ見える景色の中、アマンナの言う通り後方から猛追してくる影があった。私の太ももにその軽いお尻を乗せてアマンナが操縦している、右に左に機体を振ってフェイントをかけるがまるで効かない、真っ直ぐこちらを目指して突っ込んでくる。


「バルバトス!」


《はいはーい、ここにいるよー。レーダーに映ったのはついさっき、どうやらミラー群に突入する前から跡をつけていたみたいだね》


「やっぱりわたしのカンが正しかったんだよ!」


「いいから飛ばせ!」


《アマンナお願いね、あいつを引き連れたまま僕の格納庫には行けないから。それとナツメはもう大丈夫なのかい?》


 バルバトスの言う本拠地に辿り着くまでの間、仮眠を取らせてもらっていた。まだまだ体は鉛のように重たいがそうも言っていられない。


「支障はない!」


「なんつー機動力!真上!」


 コクピットの直上、背景に溶けるようにして後ろへと流れていく柱をものともせず敵と思しき姿がそこにあった。敵のカメラアイは一つ、脚部はなく碗部だけの歪な構造をした機体だ。それをくまなく観察する前から再びアマンナが急制動をかけてようやく敵の猛追を躱したようだ。


「今のうちに交代しろ」


「わたしはこのままここに座ってる、それでいいよね」


 コンソールのレーダーを指でとつとつと叩きながら進言してくる、あちらはまだまだ諦めるつもりはないらしい、敵を示す光点がろくに方向転換もせず向きを変えて再びこちらに迫ってきた。


「だったらそのまま操縦していろ」


「うぃー」


「バルバトス、あの敵は何だ、調べは付いたか?」


《言えることはただ一つ、あれはガイアの手によるものだ。サーバーと一切接続されていないからね。このテンペスト・シリンダーでは絶対にあり得ない事だ》


「それを言うなら私もマキナではないんだがな」


《ディアボロスの権能を忘れてしまったの?出生直後に君達はバイタルデータを登録する流れになっているんだよ、厳密に言えばオンラインではないけど人も少なからず一度はサーバーと繋がったことがあるのさ》


 だからグラナトゥム・マキナが管理出来るんだよと話してから、


《けれどあの敵はデータも何もかもが無い。あの卵から一部孵化したと見るべきだ》


「つまりは尖兵か、あるいは偵察兵のようなものか」


《その通り》


「何故私達を狙うんだ?」


《君は巻き込まれたと言えるかな、あの敵の狙いは僕とアマンナさ》


「人生なんてそんなものさ。諦めろ、唇の簒奪者よ」


「良く間違えずに難しいことが言えたな……そぉらお返しだっ!」


「っ?!!」


《危ない!》


 アマンナが握る手の上からレバーを掴み、所構わず無理やり引き倒した、頭上には判別不可能な程に覆う柱があるにも関わらずだ、二人の驚きは当然とも言えよう。だがその甲斐あって柱の群れを抜け出し敵の猛追を再び躱すことが出来た。


「バカなの?!死にたいの?!」


《ナツメ!こういう賭けは良くないよ!一歩間違えたら柱にぶつかってドカンだよ?!》


「うるさい!私の文句を言った罰だ!いいから構えろ!来るぞ!」


 ついに群を突っ切り、眼下には真っ直ぐに伸びている柱があった。その一部からモノアイの敵がこちらに狙いを定め突進を見舞ってくる。素早くカタナを下段に構えて迎え撃つ、迫り来る敵の腹に目掛けて振り上げるようにしてカタナで斬りつけた。


「っ!」


 斬れた手応えがまるでない、敵の軌道をずらせただけでとくにダメージを与えられた訳ではなかった。これはマズい。


「バルバトス!お前の機体は自律起動できるのか?!まるで歯が立たない!」


《やりたくないけど仕方ない!とにかく外へ!》


「また来るよ!」


 バルバトスが示した場所へ機体を反転、もう一度アマンナにコントロールを預けて私は後方に視線をやった。モノアイに足がない半身の敵は諦めるという概念を知らないように見える、何をそこまで執着させるのか、分からなかった。



 連続的に光る誘導灯の流れに沿って機体を外へと飛ばす、テンペスト・シリンダーと外界である地球の空を隔てているゲートが自動で開き始めた。


《へへん!》

 

「そういうの今はいいから!」


 得意げに鼻を鳴らしたバルバトスをアマンナが一蹴し、開かれたゲートの先へと速度を殺さずそのまま突っ込んだ。激しい気流と瞬時に白く煙る、あの時私が初めて空へ飛び出した時と同じ状況になった。コクピットに叩きつけられる水滴と激しく揺れるコクピット、バルバトスの指示通り真上へ機体を向けようとするとついに片方の脚を敵に掴まれてしまった。


「……っ!!」

「っくぁ!」


 上方向から急に何かをぶつけられたかのような制動がかかり私とアマンナも小さく呻いた、振り解こうとするが機体が悲鳴を上げるだけで一向に外れない。そして、機体が細かく震え出したかと思えばありとあらゆる雑音、異音が一気に聴覚を襲ってきた。


「─────っ!!」


《これはっ!………まず……!……く……何とか……っ!!》


 音が質量を伴い脳味噌を鷲掴みにしているようだ、とてつもなく不快、耳を押さえても貫通して鼓膜を震わせてくる。いても立ってもいられない、私の前に座っていたアマンナのマテリアルが力を失ったようにごとりとパイロットシート横に崩れ落ちた。


(このままではっ!!)


 しゃにむにになってレバーを操作して自らの脚を斬り落とした、ようやく音が収まり脳内がクリアになる、しかし気付かない内に大量の涙を流していたようでろくに前を向けなかった。


《超音波!何て人非道的な武装をしているんだ!》


[おかげでこっちは死にかけた!ナツメ!今のうちに早く離脱して!]


「お前……私を置いて一人だけで……」


 恨みをぶつけてみるがアマンナのマテリアルから大量の液体が噴き出していることに気付いた、あれは血液か何かなのか、つまりは本当に死にかけていたらしい。奴の代わりに私がレバーを操作するが機体制御に必要な脚の一部を失ってしまったために思うように動かせない。そうこうしている内に態勢を立て直した敵が三度猛追を仕掛けてくるが、ようやく終わりの時が来た。


[待ってろ!今助けてやる!]


《え………その声は………》


 頭上より遥か上から飛来した一筋の光矢によって敵が瞬時の内に沈黙、見事に頭を撃ち抜かれた敵が地球の大地へと落ちていった。


[また会ったな、おれの嫌いな軍人さん]


「…………この声は、エフォルか……?」


[どうだ、非力なガキに助けられた気分は、はっきりと言って最悪だろ?]


《…………》


[それとバルバトス、お前と話しがしたい。いいよな?]


 こちらまで降りてきた機体は私と同じ青色、しかしあちらの方がいくらか明るいようだ、今まさに広がっているこの青空のように。

 私の機体の手を取り再び高度を上げていく、声をかけられたバルバトスは一言も発しない。それに私もまだ頭の中が混乱していた。


[やっぱりエフォルだったのか、わたしの事覚えてるよね?]


[あぁ、ルリカとアカネが寂しがっていたぞアマンナ、また遊びに来てくれよな。それよりも……]


 何かを諦めたようにバルバトスが一つ溜息を吐いてから、こう答えた。


《分かったよ、全て話そう》



✳︎



「これでいいか?」


[うむ。苦しゅうない]


「ほんと、お前はそういう無駄口さえ叩かなければ可愛いんだがな……見た目だけ」


 ナツメがパイロットシートに綺麗になったマテリアルをゆっくりと座らせてくれた。もうあのマテリアルに戻ることはきっとない、状況が状況だし複製することは難しいだろう。


(…………)


 自分でも言うのも何だが確かに可愛い、敵の超音波攻撃によって内臓破裂を起こし、体内を循環していた血液に相当する液体が噴出し使い物にならなくなったわたしのマテリアル。たくさんの思い出が詰まったものだ、最初は苦渋に歪められていたマテリアルの表情も今は筋肉も元に戻って眠っているように安らかだった。


(あばよ…わたしのマテリアル…)


 冗談めかしに別れを告げてみても胸の内に居座る物悲しさまでは消えてくれなかった。

 ナツメの人型機もここで眠ることになった、片脚が欠損した状態だ、満足に機体だって動かせやしない。代わりに「バルバトス」を動かすことになっている、現パイロットであるエフォルはこの格納庫の詰所で既に待機しているはずだ。バルバトスと会話をしている時はどこかプチオコぷんぷんになっていたけどその理由についてもすぐに分かった。


[アマンナ、準備ができたからこっちに来てくれる?]


[分かった]


 コンソールから眺めるわたしのマテリアル、まだまだ遊び足りないように今にも動き出しそうだ、最後の別れを告げてわたしもナツメと同じように詰所へ移動する。


[ありがとう、楽しかったよ]


 こうして、アヤメと会話をするためだけに作られたマテリアルがコクピットの中でその役目を終えて、鋼鉄の巨人に抱かれ永い眠りについた。



「…………」


[…………]


 移動と言っても今のわたしに足はない、人型機のコンソールから詰所の端末に移り変わっただけなのでその時間はあっという間だ。だからナツメが詰所に入ってくるまでのあいだたっぷりとソファの上を眺めているだけだった。そして詰所に入ってきたナツメもわたしと同じように口を開けて見つめている。

 わたし達を代表してエフォルがバルバトスに質問していた、本人だって気味が悪いに違いない。だって自分と瓜二つのマテリアルがソファの上で眠っているのだから。


「これはどういう事なんだ、バルバトス」


[………あー……僕の趣味……ってことでここは一つどう…ってうそうそ!]

[こらやめろ!わたしもいるんだぞ!床に叩きつけようとするな!]


 バルバトスが答えている最中に端末を持って床に叩きつけようとしたものだから大いに焦った。


「うるさい端末だな…で、実際はどうなんだ、ここまで来て言い逃れするのはさすがに往生際が悪いぞ」


 ナツメにもそう諭されバルバトスがようやく観念したようだ。


[そのマテリアルは本機を起動した時のために眠らせてあったんだよ、いつかアマンナをテンペスト・シリンダーの外壁で助けたことがあったでしょ?]


[え?何のこと?]


[話しを進めるね。で、君は僕が生み出した存在なんだよ、言わば親のようなものかな]


「………そうか」


 エフォルの表情は何とも言えない、傷付いているような悲しんでいるような、難しい顔をしている。


[普段は人間社会の中で生活をし、いざとなったらいつでも呼び出せるように設定してあったんだよ。そして呼び出した後は「夢」ということにして忘れてもらって、再び人間社会の中に戻してあげる。その繰り返しが君という存在なんだ]


「………」


「何故そんな回りくどい真似をしているんだ」


 黙ってしまったエフォルの代わりにナツメが聞いている。


[元々僕には記録係りとして一体のマキナが付いていたんだけど、途中でそのマキナを乗っ取られてしまってね、そのための処置に過ぎない]


 蚊の鳴くような小さな声でエフォルが続きを促し、バルバトスがどこか無理をしているような声音でこう答えた。


[そのマキナの名前はアンドルフ。生前は高位の研究者として歴史に名前を刻んだ人間さ、マキナを製造するにあたってその人格と知能をもらい受けたんだ]


「………」

「………」


 二人は何も言わずに耳を傾けているだけだ、寧ろ何を言えばいいのか分からないのだろう、わたしもそうだった。やっぱり無理をしていたのか、淀みなく説明していたバルバトスが言葉をつっかえるようになった。


[えーとね…だからその、何と言えばいいのか…もう僕は誰にも取られたくなかったからこんなややこしい事をしていたというか…決して君を軽んじていた訳ではないというか…]


 ぎょっとした、エフォルが黙って涙を流していたからだ。そりゃバルバトスも慌てるだろう、ナツメもそれに気付いてエフォルに手を伸ばそうとしたが打ち払われてしまった。


「……馴れ馴れしいんだよ」

 

「ふん、文句を言える間はまだ大丈夫そうだな」


「……うっさいな」


[えーとじゃあ…エフォルがわたしの事を覚えていなかったのは…]


[バルバトスとして起動させている間は「夢」を見せていたからね、だからアマンナの事を覚えていなかったんだよ]


 少し元気を取り戻したのか、その話しにエフォルが食ってかかった。言われてそうだとわたしも気付いたけど、あの第十九区の一コマだ。


「それならビーストが襲撃してきたあの日、第十九区でおれをそのまま機体に乗せただろ、あれは一体何だったんだよ」


[う〜ん…今思えばあれが失敗だったけど、こうしてみれば成功とも言えるんだよね]


「?」


[あの時はアマンナを救いたかったんだよ、だから無理に君をこの機体に乗せたんだけど、それが却って今の君のためにもなったんだ]


[愛が…重い…]


「アマンナ、茶化すな」


「はっきりと言ってくれないか、お前は説明の仕方が悪過ぎる」


「それには同意する」

[確かに悪い]


 エフォルの指摘にわたしとナツメが便乗し、当のバルバトスがオコぷんぷんになった。


[そんな寄ってたかって言わなくてもいいでしょ!こっちだって言葉を選ばないと伝えられなの!]


 おほんとわざとらしく咳払いをしてこう締め括った。


[エフォル、君は僕の半身だ。その体はれっきとしたマテリアル・コアで君のその意思はエモート・コアによる恩恵に過ぎない。けれど君は家族を手に入れて帰るべき場所が出来たんだ、これからの人生は君のためにある]


 エフォルが「はぁ」とわざとらしくため息を吐いた。


[な、何かな…僕はきちんと説明したつもりなんだけど…]


「はぁ」

[はぁ。この朴念仁め]

「ん?どうしたアマンナらしくもない、いつものように言葉を間違えないのか」

[んだと…人を馬鹿キャラ扱いするな!]

「アマンナって馬鹿なのか?」

「見れば分かるだろ」

「いや端末なんだけど…」

「というかだなエフォル、私に対して失礼じゃないのかその口の利き方」

「出会い頭に人の髪の毛をイジった奴に言われたくない」

「まだそんな事根に持っていたのか。お前は見た目通り体も心も小さい男なんだな」

「んだと…人を見た目で判断するな!」

[そうだ!もっと言ってやれエフォル!]

[うわぁん!うわぁーん!無視しないでぇー!]


 うるさい、三人で会話しているとバルバトスが喚きながら割って入ってくる。


[何なのさ!僕だけ一人除け者にして!さっきの溜息!ちゃんと説明して!]


 きゃんきゃんと喚き散らしているバルバトスにナツメが一言。


「こいつはお前の助けになったのか?」


[…………え?]

「…………え?」


 エフォルも同様に目を丸くして驚いている。


「何だ、違うのか?状況説明じゃなくてお前が求めていた答えはバルバトスだろう」


「え、そうなんだけど…こんな貧乳女に心を読まれたのかと思うとっ?!?!」


 触れてはならない逆鱗にエフォルが触れてしまい、ナツメが腰に差したホルスターから拳銃を抜き放った。それを見たエフォルが無言のスーパーダッシュを決めて詰所から飛び出しナツメもその後をゆっくりと追いかけた。詰所の外から「エフォル君〜?どこに行ったのかな〜」と初めて聞いた猫撫で声を聞いてわたしまでもが戦慄してしまった。


[に、賑やかだね…]


[そんな事よりちゃんとお礼言っておきなよ、エフォルは自分の立場を知りたいんじゃなくてバルバトスの気持ちを知りたかったんだから]


[僕の…気持ち?]


[そうだよ。バルバトスはエフォルのこと何とも思ってないの?ただの道具?]


[ち、違うやい!彼は僕の友達さ!道具だなんて思ったことは一度もないよ!…あ]


[それだよそれ。どうして普段は情に篤いくせにこう…肝心な時にヘマをするのか…]


[それを言うなら君だって普段は遊び回っているくせに]


 一拍置いてから二人揃って疑問の声を上げた。


[あれ?]

[あれ?]



115.c



 超大型エレベーターの扉は固く閉ざされていた。その大きさはあまりに巨大、自分が一度EMPを仕掛けるために訪れた時はくまなく見ている暇がなかったせいもある、初めて見る扉の前にただ右往左往としているだけだった。

 随行していた僚機から通信が入る、あちらもこの異変に気付き始めたらしい。


[ヴィザール、何だか様子がおかしくない?というかいい加減飛行制御も辛くなってきたんだけど]


「それを言うなら僕だってそうさ、付け焼き刃の飛行ユニットもそろそろ限界だ。それにしたってこの扉の固さは一体何だ?襲撃を警戒して厳重にしているのは分かるけど…」


[それにほら、これ見て]


 マギリ機が扉に手を付けており、そこを起点にしてじわりと水滴が発生し始めた、これは温度差によるものだ。つまり、この扉は人型機が発する熱によって溶ける程凍っていることになる。


(であれば、破壊する以外に開く手立てがない…)


「マギリ、下がっていてくれ。ここは僕の人型機で破壊しよう」


[え、それいいの?ここが開いた先って基地になってるんでしょ?敵だと間違えられるんじゃ…]


「安心してくれ、僕は元々人類の敵だ。ここで撃たれても何ら悔いはない」


 いや、あるにはあるけど今は言うことではない。それを見越したようにマギリが盛大に僕をけなしながら反対の意を唱えた。


[ダッサ何その自己犠牲心。残された人の事は知らんぷりってかこのふられ野郎、それなら私も一緒に行くよ、いいよね?このままナツメさんにふられたまんまでいいの?]


「静かにしてくれないか!人の傷口を抉る趣味でもあるのかい君には!」


 思っていたより声が大きくなってしまった、動揺している証だ。


[言っておくけど私だってヴィザールがこんな所で倒れたら悲しいんだからね?]


 その直球な物言いに二の句を告げられずにいるとマギリ機が武器を構えた。


「ま、待ってくれ!その役目は僕が引き受けた方がっ」


[もう遅い]


 マギリ機が遠慮なくトリガーを引いて固く閉ざされていた扉に大穴を空けた、そして次の瞬間にはこれでもかと白い吹雪となって冷気が中に入り込んできた。


「……え?これは…」


 穿たれた穴が見る間に凍っていく、けれどそんなはずはない。自分が前に訪れた時はこんな極寒の地ではなかったはずだ。それでもマギリ機が先行し扉の外へと出ると、


[動くな!]


「っ?!」


 外部スピーカーから発せられた警告、何とか這い出た先は予想だにしていなかった光景だった。視界が晴れた先には真っ白に凍りついてしまった軍事基地があり、総数十二機による人型機の部隊が自分達を待ち構えていた。空はどんよりとした雲...などは一切はなく澄み渡ったように綺麗な青空が広がっている。先頭に立ちこちらに銃を向けている人型機のパーソナルカラーは桃色、それ以外は白色と灰色に統一されているのであの機体がおそらく隊長機だ。

 武器のセーフティを解除しさらに隊長機がこちらに詰め寄った。


[所属と氏名を!あなた達がエレベーターシャフトに潜伏していたのは既に知っています!]


(この街には…そうか、人型機が配備されて軍を形成していたのか…)


 どう答えればいいかと思案している自分に代わって物怖じせずマギリが答えた。


[銃を下ろしてください。私達は中層から帰還した先行部隊です、名前はマギリ、そして隣にいるのがヴィザールです]


[まみむめもはいますか?]


[はい?まみむめも?]


 まみむめも?何故?こんな緊張した場面で何故そんなふざけた事が言えるのか、すると隊長機がその銃を下ろして他の機体にも警戒を解くように指示を出してくれた。桃色の隊長機のハッチが開く、敵対する意志はないという表明であろうか、その体はとても細く女性のものだった。


[失礼しました。私はカーボン・リベラ政府直属人型機部隊のスイと申します。今から当基地へ案内致します]


 コクピットから立ち上がってバイザーを取ったパイロットは絶世の美女であった。



(酒瓶……?何故こんな所に……)


 カーボン・リベラ、その全ての街が雪と氷に支配されていた。それらの景色を眺めながらスイと名乗った人型機の誘導を受けて空を飛び、「リバスター」と名付けられた基地の格納庫に降り立ったところだった。さっきも言ったが格納庫内の至る所に酒瓶や食事した後がそこかしこに残っており、有り体に言って軍事基地とは思えない程に汚れていた。マギリも格納庫内の様子に気付きいてスイへ声をかけた。


「………」


「……何か?」


 じっとマギリを見ている視線は揺れている、決して初対面の相手に見せるものではなかった。何でもないと断りを入れてからこう答えた。


「今日の今朝方まで当基地ではパーティを開いていましたので、まだ片付けが済んでいないのです」


「パーティ?」

「こんな時に?」


 マギリと発言が被った、しかしそれは無理もない。はっきりと言って街は異常事態に突入しているはずなのにパーティとはまた...スイもその事について重々理解していたようで少し罰が悪そうにして続きを話した。


「……はい、ですがこれも遺言なのです。私達がお世話になった方から忙しくなるからお前達も羽目を外しておけと言われまして…」


「それで本当に羽目を外していたということですか?」


 小さな声で「何で私が…」と不服そうに呟いてから、


「はい。パーティの責任は当基地の代理指令であるアオラですので、ご質問などがあればそちらに」


「いや別にそこまでは…」


 湾曲した廊下を歩きさらに進んでいくとこの基地の管制室に入った。その管制室では様々な人間が忙しなく行き交い、怒鳴り合うようにして会話をしている。話し合っている内容で拾った言葉といえば「ヒナドリ」、自分達が中層で発見した未確認生物とこの異常気象についてだった。

 一つのコンソール前に行儀も悪く腰を下ろしていた中年の女性が自分達に気付いた。


「ご苦労だった」


「はい、この方達は中層から帰還された人型機パイロットです。お名前はマギリさん、それからヴィザールさんといいます」


「……そうか」


 まただ、またマギリを見る目がどこかおかしい。すぐに気を取り直した女性がカサンと名乗り、そして今の状況を説明してくれた。


「中層からの帰還ご苦労だった。お前達全員をもてなしてやりたいがそうもいかなくなってな」


「ヒナドリはどうですか?」


「行方不明だ、昨夜から今朝方にかけて第一区の根元に潜伏していたらしいがロストしてしまった。今は区の人型機部隊と連携を取ってくまなく捜索しているところだ」


「はぁ……」


 ちらりと自分にマギリが視線を寄越す、生憎だが区の人型機部隊と言われてもピンとこない。おそらくこうだろうという答えはあるがその実どうかも分からない。


「さらにこの異常気象、街の平均気温が氷点下にまで下がっている。さらに悪いことに街のライフラインも全て文字通り凍結してしまっている」


「…その、良くあることなんですか?」


 マギリの質問にカサンとスイが目を丸くしている。その様子を見て頭を何度かガリガリとかいた後、マギリが白状するように自分の置かれている状況を説明した。


「私、ここにこうして来たのは生まれて初めてなんです。現実の世界がどうなっているのか全く分からないですし、友人の助けになりたいがために飛び出してきた…あぁそう!箱入り娘ってやつなんですよ」


「今まではどこにいたんだ?」


「………え?その、仮想…世界、なんですが…」


 はぁ?仮想世界にいた箱入り娘?何を馬鹿な事を...言った本人もまさか質問されるとは思っていなかったのか呆気に取られている。


「友人というのは?ナツメか?それともアヤメ?」


「あ、アヤメです、私の親友なんです」


「そうか。また随分と遠い所からやって来たんだな、歓迎するよ」


「あ、どうも……」


 信じるのか?え、ちょっと待ってくれないか、自分の頭が固過ぎるだけなのかと思った時にようやく自分の出自を思い出す。固い握手を交わしている(スイは何故睨んでいるんだ?)二人に割って入った。


「待ってくれマギリ、君もマキナだったのかい?」


「う〜ん……答えはノーかな。生まれたのが仮想世界でこの体はマテリアルっていうやつだからさ」


「いや、それをマキナと言うんだ」


「そうなの?でも私特別な力がある訳でもないし」


「ヴィザールと言ったか、この街には似たような女の子が既にいるんだよ」


 カサンの言葉に自分とマギリが同時に驚いた。


「え?」

「え?そうなのですか?」


「あぁ、あたしの可愛い家族だ」


 無造作に置いたその手はスイの頭だ。置かれた本人もどこか居心地を悪そうに...いやそうでもないのか、薄らと頬を染めている。


「ええ!本当なの?スイも仮想世界からやって来たってことなの?」


「どうなっているのですかこの街は、そうぽんぽんと居ていいものではないでしょうに」


「あっはっはっは!確かにそうかもしれんな。だからマギリよ、そう警戒することはない、さっきも言ったがお前ら二人共歓迎するよ。なに、手放しで、とは言わないがな」


「それはどういう……いえ、良く分かりました」


「それは結構。付いて来てくれ」



✳︎



「さっきの質問についてだが、答えはノーだ。街全体が凍ってしまう程気温が下がった事は今まで一度もない、はっきりと言ってこれならビーストに襲われた方がまだマシだ」


 そう、吐き捨てるように現状の街について教えてくれるカサンさんの背中を追い、私達はもう一度格納庫の方へ足を向けていた。


(まさか信じてもらえるなんて…言ってみるもんだな…)


 スイと呼ばれた可愛い女の子はもうここにはいない、パイロットスーツ姿の人達と別の場所へ向かったようだ。


「そこら辺どうなんだヴィザール」


 ざっくばらんとした質問をされてヴィザールが少しだけ足を止めた、それに釣られて私も歩みを止めてカサンさんがこちらを振り返った。


「……それはどういう意味でしょうか」


「第十九区の上空にお前の機体が出現した件についてだ。お前達ディアボロス派の仕業じゃないのか?」


「そんな事は断じてあり得ません!それを言うなら何故僕をここに迎え入れたのですか!敵だと気付いておかきながらっ」


「まぁまぁ、そうお盛んになるな。マキナの身に何かが起こっているのはあたしも知っている、ただのかまかけさ、悪かったよ」


「えーと…いいのですか?このまま私達がここにいても…」


 さっき見せた笑顔をしてこう言った、その言葉を聞いてアヤメの元から離れるんじゃなかったと後悔してしまった。


「正直、お前達二人は素性が知れん、全幅の信頼を寄せるにはまだ早いが今はとにかく人手が欲しい、それも人型機のパイロットがな。仮想世界の箱入り娘だろうがビーストをけしかけた敵だろうがどうでもいい。お前達こそいいのか?このままここにいても、事態解決までパイロットに人権は無いと思え」


「えぇ……」

「じ、自分はマキナですので…」


「あっはっはっは!それはお生憎様だなヴィザール!」


 そしてそのまま歩き出してしまった。


「…ちょっとヴィザール!逃げた方がいいんじゃない?こき使われるのが目に見えてるよ!」


「…ぼ、僕は別にこのままでも…嫌というならマギリ、君一人だけでも逃げてくれ」


「…何その言い方!」


 思い出したようにカサンさんが最後の止めを刺しにきた。


「そうそうそれから、お前達の機体はもうこちらで掌握済みだ。逃げられると思うなよ」


「………」

「………」


 たっぷりと沈黙してから、


「そ、その前に…仮眠取ってもいいっすか…」


「じ、自分もふらふらです…」


「あんたさっきマキナだって言ったばっかりじゃんか!」


「それはそれだ!疲れているものは疲れているんだ!」


 もう一度カサンさんが呵呵大笑してから向かう場所を教えてくれた。


「今からブリーフィングだ、それが終わってから一眠りしろ」


 だ、大丈夫なのかこの街は...一抹の不安とアヤメの顔を思い浮かべながらカサンさんの後に付いて行った。



(ははぁ…そりゃ人手も欲しいよね…いやでも中層から帰ってきた奴をそのまま登用するのってどうなの)


 案内されたブリーフィングルームには総勢三十名近くのパイロットが作戦説明を受けていた。私とヴィザールはその末席に座り、街の詳しい状況説明とこれからの対応について話しをしていた。大型スクリーンの前に立っているのはいかにも参謀役が似合いそうなスーツ姿の中年と、少しだけ髪の毛の色が抜けている遊び人なのか真面目な人なのか良く分からない若い男だった。その男の人が繰り返しになりますがと断りを入れてから話し始める。


「この街が抱えている問題は二つ。一つは昨日、第一区と第六区を襲撃したノヴァグと呼ばれる新型ビーストに関連すると思われる超大型生物、別称「ヒナドリ」の捜索が難航していることです」


 隣に座っていたヴィザールが「すだちを吊るして飛べばすぐに見つかるのでは?」と皮肉が効いた冗談を言うものだからつい笑ってしまいそうになった。それに「ヒナドリ」という名前もアヤメが勝手に付けたニックネームであって正式な名前ではない。単純に「卵から孵ったから雛鳥」というだけの理由でしかない。しかし、スクリーン前に立って説明している男の人がいたく真剣なものだからついおかしくなってしまう。

 あるパイロットの人が挙手をして発言の許可も取らずに質問していた、その乱暴なやり取りを見て確かにここは教育機関ではないんだなと一人納得した。


「そのヒナドリと呼ばれる生き物は俺達の敵なのか?ピューマとの関連性は?間違って攻撃して殺してしまいましたでは総司令に顔向けできんぞ」


「アリュール」


「あ、あぁ」


 スーツ姿のいかにもな人に促され、アリュールと呼ばれた男性が手元にある端末を操作した、そして街の俯瞰図を映していた大型のスクリーンが見たこともない大型の生き物に切り替わっていた。


「何だありゃ…」


 部屋内のあちこちからどよめきと困惑の声が上がる、かく言う私もヒナドリのその姿を見て戦慄していた。あんな化け物みたいな生き物を追いかけていたのかと思うと不謹慎にも発見できなくて良かったとさえ思った。


「これが第二発見者が撮影したヒナドリの姿です。先程指摘があったようにピューマとの関連性はまだ明確にはなっていませんが…僕の私見を交えるならとても味方には見えません。どちらにせよ、先ずは居所を掴む以外にはないかと思われます」


「そのようだな…」

 

 質問したパイロットも敵の姿を見て引き下がったようだ、そして部屋の前方に座っていたカサンさんがすっと立ち上がり私達を指名してきた。え?


「そこの二人が第一発見者だ、先程中層から帰還したばかりだが我々の作戦に参加してくれることになった」


 一斉に皆んながこちらを振り向く、ぎょっとしてしまった。近くにいた人から「休む暇もないなんて災難だったな」と労ってくれたのでまぁ良しとしよう、けれどただの自己紹介で終わるはずもなく発見当時の状況を説明するように言われた。えぇ...


「え、えーと、マギリと言います。中層にはいくつか破棄されてしまった街があるのですが、その一つにヒナドリの卵がありました。こう…どかぁんと」


「どかぁんでは分からないぞ」


 間髪入れずにカサンさんに突っ込まれささやかな笑いが起こる、代わりにヴィザールが説明してくれた。が、変な皮肉は挟まないだろうなと少し冷や冷やしてしまった。


「ヴィザールと申します。ヒナドリの卵は目測二百メートル近くあるかと思われます、その卵の殻も詳しく調査してみたのですがヒナドリに関連するものは発見できていません」


「ただの殻だったと?そんな物を作れるのはマキナしかいないだろう」


「失礼ながら、そのマキナである我々も岐路に立たされています。あなた方人と何ら変わりなく、マキナもまたヒナドリに関する事柄について知らされておりません」


 カサンさんの指摘はまさに的を得たものだ、ヒナドリの生みの親がマキナであると踏んでヴィザールに質問したのだ。けれどその答えもまた明白で、私の傍にいたマキナ全員が「あれは何だ?」と慌てていたのだ。


「ならばいい。この二人は厳密に言えば人間ではない、あのヒナドリを生んだとされるマキナの仲間ではないが…少しややこしい立場でもある。とくに異論が無ければあたしの部隊に加えようかと思うが、文句がある奴はこの場で言え」


 しんと場が静まり返る。


「よろしい。ではあの二人をあたしの部隊に加えてボロ……失礼、共に空を翔る仲間として職務遂行に励むとしよう。アリュール、続きを頼む」


「では次に二つ目に……」


 今絶対ボロ雑巾って言いかけたよねあの人。人手が足りないとは自分の部隊の事だったのか!何が空を翔る仲間か!近くにいた別の人から「あの状況で隊長に文句を言えるのは英雄しかいない」と頭を下げてくれて、またしても労ってもらえた。


「…僕の杞憂は何だったんだ…誰もマキナである僕を糾弾してこなかったぞ…」


「すだちでもかけて美味しく食べれば?」


「…僕の杞憂は唐揚げと同じだと言いたいのかい」


「そんな小さな肝はさっさと食べて飲み下すに限るよ」


「やっぱり焼き鳥の話しをしていたんじゃないか」


 馬鹿なやり取りをしている間にも二つ目の問題について話しが進んでいたので必死になって耳を傾けた。



115.d



 タイタニスが作り上げたこの街の空間保護システムがダウンしてしまった。原因は不明、おかげで成層圏内に位置するこの街は瞬時に凍り付き都市機能も麻痺、ビーストの襲撃とは比べものにもならないダメージを負った。市民達の混乱はあれどまだ死に直結する問題は発生していない、しかしいずれ酸素濃度が尽きてしまう。一刻も早く中層のあの街へ、もしくは何処にでも逃げなければならない。


「………」


 警官隊から回収した奴の自宅で一人、己が使命の深さに溜息を吐いた。歓喜のそれか、苦渋の感慨かは分からない。だが、為すべき事は明確だ、俺の人生そのものをこの街に捧げる時が来たということだ、何処に行っても無辜で無知な民を導かなければならないらしい。 


「デュランダル、行方は掴めたのか」


「今も捜索中です。街中に仕掛けられた監視カメラにアクセスできれば良いのですが…こうも目を潰されてしまってはすぐにとはまいりません」


「この街そのもののシステムがダウンしているんだ、タイタニスの身に何かあったのかもしれん」


「はい、それだけでなく他のマキナもどうやらサーバーから切り離されているようです」


 それは初耳だ。つまりグラナトゥム・マキナにも異変が起こっているらしい。


「生き残っている者はいるのか?」


「テンペスト・ガイアと呼ばれるマキナのみです。それ以外の者は私の方からでは足取りが掴めません」


「分かった。どうだ、お前も呑んでみるか?」


 あの男にしては細かく気配りをしていたようで使い心地の良い調度品に囲まれたキッチンに二人、目の前に座るデュランダルに酒を進めるとじっとグラスを見ているだけだった。そして徐に口を開き、何を喋るのかと思えば市民に今の状況を説明すべきではないかと言ってきた。


「それは不要だ」


「何故ですか?」


「無駄な混乱を起こすだけだからだ。街中で酸素濃度が低下すると公表してみろ、一体どうなると思う」


「どうもこうも、酸素を提供する手段ぐらいあるのではないですか?あなたはタイタニスが構築したシステムであると把握しているならその方法だって何か知っているはずですよ」


「そう、今のお前のように政府に対して何らかの対策をしろと迫ってくる。そうなればスーパーノヴァと呼ばれる敵の対処が出来なくなる、だから今は公表せず地盤を固めておく必要があるんだ」


「なら何故あなたは各区に赴いて解体命令を出されたのですか?やっている事と言っている事が矛盾しています」


「………」


「災害に対応出来る組織がないのであれば、全市民に通達を行い中層へ避難すべきだと思いますが?」


「それは結果論というものだ。元々この街ではマキナ風情の男が政治の中に身を潜めて暗躍していた、」


「その男が設立した組織をあなたが解体したのでしょう?」


「………」


「間違いは誰にでもあるものです。その非を認めて素直に謝罪し災害に対応すべきです、ここでアルコールを嗜んでいる暇はないと思いますよ、セルゲイさん」


 ...そう言ってから席を立ち、振り返った時にはもうその姿が無かった。

 正論だ、正論に過ぎない。奴はただ当たり前の事を口にしていただけだ、それでは前へ進むことが出来ないからこうして影に徹して事を進めているんだ。


(あぁ…どうしてこう…俺の回りには文句を言う奴しかいないんだ)


 怒りは瞬時に落胆へと変わりアルコールと共に臓腑へ落ちていく。何故なんだ、何故ここまで身を挺している俺が糾弾を受けねばならない、全てはこの街の為だというのに何故...

 テーブルの上に置いていた端末にコールが入る、立て直したばかりの第十九区からだ。各区の警官隊に配備されていた人型機を押収し、アリュールの愚行によって解体された警官隊の再建に使わせてもらった。


「何だ」


[目標と思しき反応を捉えました、すぐこちらに来てください]


「行こう」


 デュランダルに差し出したグラスをそのままゴミ箱に投げ入れキッチンを後にした。



✳︎



「いや、そもそもだよマギールさんは作戦参謀に僕の父を指名した訳だから、これ以上の仕事は受け付けられないよ」


「馬鹿を言うな、ただの言い間違えなんだから諦めろ」


「いやいや…あぁもう…ピューマ達の保護もしなければいけないのに…」


 こんな事ってあるのかい?あの歴史に残っても良いぐらいの大事なスピーチで僕の名前を間違えるだなんて...そりゃ確かにマギールさんも大変な思いをしていたのは理解している、マテリアルの不調と戦いながら最後まで公務を果たしていたのも見てきた訳だから言い間違うのも理解できるけど...こんなのってあんまりだよ。


「そっちは委員長に任せておけ。その為に捜索隊からわざわざ引き抜いたんだ」


「相変わらず君はやる事が早いね…道理でブリーフィングにいなかった訳だ」


「愚痴もそこまでにしておけよ、マギールから預かったデータを元にしてこの街を復元させるんだ」


「ユング・ドラシル…だったっけ?」


「そうだ………こんな大層なものをならず者上がりの俺にどうさせようって気なんだ…」


 暗い室内で、タイタニスと呼ばれるマキナが建造した地下基地の俯瞰図を眺めながら仕返しに彼の出自を暴いてやる。


「そこはマフィアとは言わないのかい?もしくはヤクザ」


「どっちでもいい、似たようなものだ」


「今さらだけど、君もピューマにさえ手を出さなければ政府高官という立場で一生遊んで暮らせたのに」


「そいつは無理な相談だな、俺の回りには何かと悪友が多いんだよ。それよりも、軍事基地からこの地下施設へ行くルートが表示されていない、お前は何か知らないのか?」


「父の記録を洗えば何か出てくるかもしれないけど…」


「すぐに取り掛かってくれ」


「無茶を言わないでくれ、何百冊もあるんだよ?」


「この街の命運がかかっているんだ、泣き言を言うな」


「いやいや…それに君は金にならない事はやらない主義だったのでは?いつから鞍替えしたんだい」


「あの男に救われてしまったからな、意地でも恩に報いなければならない。全く卑怯な男だ……恩を全部返したら復讐してやろうと思っていたのに……」


「先に死なれたんじゃあね、頑張るしかないよ」


「それはお前だアリュール、今すぐに行け」


「だから僕の名前はリューオンだよ、君まで間違えないで」


「お前の家は世襲制だろ?」


 その言葉を背に受けて作戦室を後にする。どのみちだ、駄々をこねたところでこの街の危機が去ってくれる訳ではない。それに街を守ってくれていた空間保護システムと呼ばれる「ユング・ドラシル」をもう一度復元しなければならない。マギールさんはこの事を既に予見しており、その対応に僕とアコックを指名したのだ。そして自由に動き回れるように参謀などという立派な役職と権力まで与えてくれた。


(応えるしか…ないんだよね)


 この街の危機を救えるのはマギールさんが残した僕達と組織だけだ、そのあまりに重い責務を足に乗せて一歩前に踏み出した。

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