第百十四話 濃いも辛いも甘いも全部乗せ(うるさい!)
114.a
「………………」
「………」
「空気が重いね」
「………は?誰のせいだと思ってんの……?」
「バルバトス、今は茶化さないでくれ」
「え?僕は淀んでいる外の空気のことを言っているんだよ?」
「……………」
「……………」
「ほらやっぱり、空気が重いよ」
「アマンナ、お前は右だ、私は左」
「任されろ」
「え?何なに……ついに僕の魅力に気付いてててててっいだだだだだっ!やーめーへーっ!!」
◇
わたしは二重のショックを受けている、それはアヤメの唇が目の前で奪われてしまった事、そして離れないと約束しておきながらバルバトスに付いて行ってしまった事だ。
「はぁ〜…………」
「私の耳元で溜息を吐くな、気が散る」
「はぁ〜……あ、そうだ。外殻部とやらに行く前にナツメのその唇を煮沸消毒してもいい?」
「やれるものなら……っておい!何をする!墜落したらどうするんだ!」
「バルバトス、機体に換装して自動操縦よろ」
「つーん」
「何それ…動画か何かでやってたの?」
「お前な、誰も彼もが動画から情報を得ていると思うなよ」
「つ〜ん」
「はぁ…全く、一生やってろ」
「自分だってため息吐いてるじゃん」
「つうん」
「えぇ…」
「ナツメ…」
「自分の年を考えなよ、それはさすがにキツいよ…いやイタいよ…」
「あんまり僕を幻滅させないでね?」
バルバトスがつーんをしてわたしがそれをマネしてナツメまでもがつーんをした。寄ってたかって文句を言っているとナツメが素早くレバーを前に倒して、
「ったぁ?!」
「急に速度を上げないでっ!」
慣性に習ってわたしは勢いよく後ろに倒れて強かに頭を打った、バルバトスは器用に踏ん張りコンソールにしがみ付いていた。
「少し黙ってろ!イライラするんだよ!」
「キスしたくせに!」
「口吸ったくせに!」
「あーもう!」
何をそんなに怒っているんだ?ナツメの事がちっとも分からない。アヤメにあんなに引き止められて嬉しいはずのくせに、挙句にキスまでしてアヤメの気持ちを独り占めできたのに苛つく理由が分からなかった。
その後はわたしもバルバトスも大人しくしてナツメに操縦を任せ外殻部を目指した、そこにあるという「本機」とやらを起動させるためだ。そしてわたし、「アマンナ」という本機を探すため、あるいはその情報を探るためにわたし自らが赴かないといけないらしい。意味が分からん。「わたし」についてわたしより詳しいならついでに起動させてくれたらいいのに、けれどそれは規約違反に該当してしまうので不可能とのこと。余計に意味が分からん。
「あのさ、規約違反に該当するってことはやっぱりわたし…わたし達?を作った人がいるってことなの?」
ナツメに黙れと言われておきながら早速バルバトスに話しかけていた。
「秘密。僕のことをお兄ちゃんと呼んでくれたら教えてあげなくもない、かな?」
「だったら一生いい」
「つーん」
「その使い方は間違えてるよね、つーんについて知らないけどそれはさすがに分かるよ」
するとバルバトスが視線を外へ向けながら片言で喋り始めた。
「マッターホルン」
「は?何?」
「ミルクティー」
「ケーキセットか何か?まったーほるんというケーキがあるの?」
「ムニエル」
「お腹が空いてくるからやめてくれない?」
「メリーゴーランド」
「想像しただけで気持ち悪くなってきた…」
「木星。以上かな」
「縦読みしてもまみむめもか…」
ナツメが即答した。言われてみれば確かに...しかし何が言いたいのかさっぱりだ。
「つまりこれ以上は言えないということか?」
「うん、これ以上は言えないかな。そのまみむめもに見つかってしまうから」
「一体何者なんだ、まみむめも……」
「そろそろ付くぞ。バルバトス、道案内をしてくれ」
「おっけ〜」
(まみむめも……)
ただの隠語だよね?
空気が重いのか軽いのか、イマイチこの三人の空気感を掴めないまま機体がミラー群に到着した。手動操作によってミラーの一部を開き中へと侵入する、報告にあったクモガエル達の姿はない...かと思いきやレーダーに一つだけ反応があった。
「何だ?」
しかし、それはすぐに消失し静けさに包まれた。
「さっきの反応は何だ」
「まみむめもじゃない?」
...やっぱり重いな、わたしのボケに誰も反応してくれなかった。
✳︎
昼も夜もなくなってしまった中層の空の下、運搬部隊からバギー二台を拝借し卵へと走らせていた。私のバギーには護衛を買って出てくれた隊員が二名、もう一台のバギーにはアリンちゃん達第二部隊が乗っている。上空にはゆっくりとした速度でマギリ機が追従してくれているので心強い。
「本当に大丈夫なのか?さっきは攻撃してきたんだ、あまり近付かないほうが…」
助手席に座る隊員がこちらを気遣うように話しかけてきた、それは確かに最もであるがこちらにも「意地」というものがある。
「出発までの時間だけですよ、駄目そうならすぐに引き返しますから」
後部座席に座っていたもう一人の隊員が座席のシートをどやしつけながら助手席の隊員へおどけた様子で帰るように促した。
「怖いんなら帰ってもいいんだぜ?そもそも付いてきたのは俺達だろうが」
「いやまぁ、うん、それは確かにそうなんだが間近で見るとなぁ…お前はあれを見ても何とも思わないのか?」
初めて見た時よりも卵はその異様さを増しているようだった、表面の紋様は明滅を繰り返しているだけではなく今は動き回っていた。水面に浮かんだ葉っぱのようにゆらゆらと、忙しなく細かく動く様は不気味だ。怯えてしまうのは無理もない、かくいう私も正直生身で近付きたくなかった。
「……はっ!怖い訳ないだろ、敵にいちいちびびってたら、」
「怖くないんですか?私は怖いですよ、今すぐにでもハンドルを切りたいぐらいです」
「ほぉら見てみろ、何かあったらお前一人で特攻するんだな」
「いや、確かに良く見てみれば怖いな、うん、怖い」
冗談が好きな人なんだろうか、さっきまでの強気はどこへやら、助手席に座った人と小さく笑いながらさらにバギーを進めた。
◇
私は決してフラれた訳ではない、そこは勘違いしないでほしい。それだというのに部隊の人達からとても、そう、とても気を遣われてしまった。「私もね、結婚前になって突然別れ話しを切り出されことがあるの」と聞いてもいないのに身の上話しをしてくれた人や、「ああいう奴は必ずまた戻ってくるからその時に尻に敷いてやんな!」と遠回しにナツメの文句を言う人までいた。けれど皆んなが皆んな私を気遣ってくれたので、そこだけは有り難かった。
卵の近くには変わらず私の機体とハデスさんのマテリアルが横たわっている、ここを離れた時と同じ状況のまま固まってしまったようだった。ここまで私達が戻ってきた理由は一つ、ハデスさんを起こすことだ。
別のバギーから第二部隊の皆んなが合流した、一番前を駆けて来たアリンちゃんは未だ不安そうに眉を曇らせている。
「本当に大丈夫なんですか?あの卵に近付いても…」
「平気だよ、卵の監視はマギリにやらせているから」
アリンちゃんの視線が少しだけ下がっていることに気付いた、私の目ではなく...鼻?口元あたりを見ているようだ。
「どこ見てるの?」
「……っ!!………いえ、どこも見てません」
「?」
後から残りの三人も合流し、護衛を買って出てくれた人達と揃ってハデスさんのマテリアルへと近付いていった。
さらに別の目的もある、ハデスさんを起こすのは何も第二部隊の為だけではなく近くにグラナトゥム・マキナという存在を置いておきたかったからなのだ。アマンナ(厳密には違うけど...)までもが私の傍からいなくなってしまい、自分でも驚いたことにマキナという存在にどうやら依存してしまっているようで、とにかくこれから先の道中にマキナは欠かせないと皆んなにも説明した。そしてあの二人が護衛として名乗りを上げてくれたのだ。
(マキナが傍にいない……まさかこんなに不安になるなんて……)
理由は良く分からない、けれど私の傍にいてくれたマキナは皆んな頼りがいがあって優しくしてくれる存在だったことは間違いなかった。グガランナ、アマンナに始まって色々なマキナと知り合い語り合い、そしてついに私の傍から誰もいなくなってしまった。その寂しさを拭う...ためなのかもしれないが理由はさらにあった。そう、意地だ。
(ちくしょうめ……)
何を思って私にキスをしてくれたのか、それも分からない。けれどナツメの薄い唇から伝わった温もりは今も残っている、とても優しいキスだった。いつかトイレでされた頭突きのようなものではなく、労りと気遣いと、そして慈愛に満ちたあの何度でも甘えたくなるキスをしてくれた。けれど唇を離して見つめたナツメの顔がとても悲しそうにしていたのが気になった。それだけ、それだけが分からなかった。
(ここで私と別れたことを絶対後悔させてやる……)
私は私なりこのテンペスト・シリンダーを救うつもりでいた、何が出来るか分からないけれど。
分からない事ばっかりだ。
114.b
[リバスター基地より代理司令へ、第一区支柱の根元にヒナドリ無し。繰り返します、第一区の支柱の根元にヒナドリ無し、報告以上]
さらに続けて、
[リバスター基地より代理司令へ、夜間パトロール機を発見、パイロットは無事に保護しました。繰り返します、夜間パトロール機を発見、パイロットが「一発殴っておいてくれ」とのことです、オーバー]
はぁと大きな溜息を吐いた、私の端末に入っていた音声メッセージは悪い報せと良い報せ、半々だった。いや、良い報せは第一発見者のナツメ達が渾名を付けた「ヒナドリ」が行方を晦ましたおかげだろう。エフォルからの報告によれば、夢の中で戦闘した相手はとても強かった、相棒であり自分でもある「バルバトス」でも太刀打ちできなかったと証言している。もしヒナドリが支柱の根元に居続けていたら、行方不明になっていたパイロットは今頃殺されていただろう。
しかし、報告にあった巨大生物の行方が分からないのは大問題だ。夜間パトロールを行なっていたパイロット、ならびに人型機の発着を管理する管制承認伝達席の隊員もヒナドリの存在をいち早く察知していたのに、元総司令の要らぬ邪魔のせいで報告が遅れ後手に回らされていた。
音声メッセージの再生アプリから通話に切り替えて基地へ連絡を取った、遅れを取り戻すため早急に捜索班を編成しカーボン・リベラをくまなく調べる必要があった。
「代理のアオラです、今からそちらに伺おうと思うのですが構いませんか?」
[いつでもお待ちしております。大変恐縮なのですが、何か夜食を持って来て頂けると助かります]
そりゃそうか、もう真夜中にも関わらず寝ずの番で基地に詰めてくれているのだ。たらふく食わせてやると約束して通話を切り身支度を済ませる、自宅のソファにマギールの形見である腰から巻いていた大きな布切れがあり、それに一度だけ触れてからリビングを後にした。
◇
[儂の葬儀は必要ない、このマテリアルは「まみむめも」が来るまで放置しておけ、誰人も触れるでないぞ、何、腐りはせんから心配するな。それと多忙な時に先逝く身勝手を許しておくれ、だがな……もう沢山だ!杯片手にあの世からお前さんらがひぃひぃ言っている様を肴にして呑んでやる!あぁ呑んでやるとも!]
最後の台詞はただの八つ当たりだろ、何度聞いてもそう思う。私の端末にも入っているマギールの遺言によって葬儀などせず、さらに遺体...というよりマテリアルはそのままにしてあった。その対応はどうなんだと区の警官隊から当たり前の抗議があったがそれを退け、公務室の椅子にそのまま座らせてある。それに「まみむめも」についても詳細が語られておらず、下手な事をする訳にはいかないと警官隊を宥めたのだ。
何とも、マギールらしいというか、死に際も騒々しい男だった。だが、最後の最後まで街と私達を考え続けてくれていたそのあまりの献身さに心を打たれた者は数知れず、録音されていた音声データを自前の端末にダウンロードしていく者が後を絶たなかった(私もだが)。マギールは傅かれることをとくに嫌がっていたが、私からしてみれば奴は立派な「王」であったと思う。
(ま、生きている内は絶対言わない褒め言葉だがな…)
真夜中、少し肌寒いなか車へと向かうと既に客が三人乗っていた。第二区の孤児院から引っ張ってきたあのピューマ三人っ子だ。エフォルの意識が回復した旨を孤児院に知らせるとアイエンとルメラが見舞いを希望し、そのついでにこの三人も連れて私の自宅へ招き入れていたのだ。
「何やってんだ、ガキは寝る時間だぞ」
運転席の扉を開けて一言、けれど三人は私の言うことなど聞かず付いてくる気満々だった。
「今から基地へ行くんだろ?おれ達も連れて行ってくれよ」
「基地へ行ってみたぁい!」
「リプタ、本音を言うのは後にして」
「あ、そうだった。えー…何か、てつだえることが、あれば、わたし達も、てつだいます、家にいても、おもしろく、ないです」
馬鹿にしてんのかこいつ、真面目くさった顔をして片言で喋っていたかと思えば最後にまた本音を言いやがった。
「で、本当はどっちなんだ?遊びに行きたいって言うんなら置いていくぞ」
「わたしのせいでアオラが怪我をしてしまったから何かてつだいたい、遊ぶのはそのついで」
「………お前な」
リプタが真っ直ぐ私のことを見ている、こいつもこいつなり責任を感じていたらしい。アホな奴だと思っていたけど思い遣りは持っていたようだ。
「それにほら、おれ達なら敵をすぐ見つけられるかもしれないぜ。ま、この街中だと鼻がききすぎて全くダメだけどな!」
にゃははは!とリプタと揃って声を上げている。なら遠慮なく使ってやろうと車の運転席に乗り込み、助手席に座っていたフィリアに愛用の杖を渡した。
「持っていてくれ」
「付いて行ってもいいの?」
「あぁ、お前達にはアイドルになってもらうよ」
「あいどる?」
「あ!わたしそれ知ってるよ!毎日おいしいご飯をたべて歌っておどってまたご飯を食べる人だよね!」
「何だそれ、おれ達より遊んでんじゃん」
後部座席には馬鹿二人のリコラとリプタ、んん?とルームミラーを注視した後くるりと振り返った。
「何だよ、人の顔をじろじろと見て」
「お前少し髪の毛伸びていないか?」
「あー…言われてみれば…」
「リコラの胸がいちばんおおきくなった」
リプタの発言に言われた本人と私がぎょっとしてしまった。
「な、何言ってんだよ!そんなわけないだろ!」
「大きくなっただぁ?お前達の体はマテリアルなんだぞ?成長なんかするはず……どうなんだフィリア、インテリ担当アイドル」
「え、そのあいどるってやつもう始まってるの?………よく分からないけど私達三人は成長しているみたい」
そうか...機械の体だから成長しないと思い込んでいたが...ということはこいつらも成人することになるのか。
「あ、アオラの目つきが変になった」
「な?ファラの言ったとおりあんまり心配する必要ないんだよ」
「またそんなこと言って、リコラもアオラの怪我気にしていたでしょ」
「安心しろ、お前達皆んな私の好みではない」
何故だか私の一言に三人が激昂し、運転しているというのに暫く頭やら肩やら叩かれてしまった。
◇
「へっくち!」
買い出しを済ませて第十二区へ向かっている最中、何度かリコラが運転席を唾塗れにしていた。リコラに限った話しではないが確かに寒い、他の二人はあまり気にしていないようだが車内の空調は高めにしているし窓は結露によって少し曇っている程だった。
第十二区へ到着し、大議事堂へは向かわず政府高官が住まう住宅地へと車を進める。緑と白塗りの家が建ち並ぶお洒落な通りをさらに進んだ先に基地へのゲートがあった。ぽつんと建っているゲート前には警備員の詰所とガードバーがあり、私の車を見かけるなり警備員がわざわざ立って敬礼までしてくれた。
「アオラすごい、顔パスじゃん」
「マギールに代わって私が代理を務めているからな、私が凄いんじゃなくてマギールの後光が差してるおかげさ」
「あの変態じじい…おれ達の前ではニヤニヤ笑っているだけだったけど…」
そういやスイちゃんのマテリアルが代わってからあまりニヤついた笑みはしなくなったなと気付いた。
(あの変態じじい…)
その事実に気付いてリコラと同じ暴言を吐きそうになった時、警備員の顔が強張っているのが目についた。その視線は助手席のフィリアに向けられており、おそらく動物の耳が気になって仕方がないのだろう。
ガードバーの前に到着し、警備員が手続きを取ってくれている間に私は話しかけていた。
「この子達も中へ入れて構いませんか?広報活動の一環で必要な事なのです」
隣と後ろから「ぷふぅ…アオラのまじめ口調はいつ聞いてもおもしろい…」と忍び笑いが聞こえてくる。尋ねた警備員から了承を得られたがその顔は未だ怪訝そうにしていた。
「は、はい…それは問題ありませんが…」
「何か?もしかしてノヴァグがこの子達を狙って襲撃してくると?」
「い、いえ…」
音もなく滑らかにバーが上昇していくのをちらりと見やってから再び警備員に視線を向けた。
「これから基地内で決起大会を開きますのであなたも良ければ来てください。早くしないとデマに釣られたノヴァグ達に食べ物をかっさわれてしまうかもしれません」
「は、はい!よ、よろしくお願いします!」
泡を食ったように頭を下げた警備員を見て溜飲を下げながら車を中へ侵入させたが、隣に座って私のやり取りを聞いていたフィリアに釘を刺されてしまった。
「アオラ、ああいう言い方はもう止めたほうがいいよ。私達の代わりに怒ってくれるのは嬉しいけどさ」
「あぁ?あれでも抑えているほうだぞ?」
「怖いんだよ、皮肉と気遣いを同時にやられると萎縮してしまうんだよ?それならぴしっと怒ってくれた方がまだマシ」
「………まともだな。考えておくよ」
後ろから「そっちのしゃべり方のほうがいいよ」と余計な一言を言ってくれやがったので運転席に顔を出していたリプタの耳を抓ってやった。
◇
この三人をここに連れて来ようと思った決め手はその「見た目」だ、下らないデマを払拭するためには触れ合う事が重要だと思ったのだが...当てが外れてしまった。
「かっわ!………失礼しました」
「あぁいえ……」
私の後ろに隠れて顔を覗かせている三人を凝視しているこの通信員、目が釘付けだ。
リバスター基地の専用駐車場に専任の通信員が出迎えにわざわざやって来てくれた。専用駐車場は街を支えている柱をくり抜き無理やりタイタニスに作らせたので、ここからでもカーボン・リベラの夜空を見ることができた。
「後ろにいらっしゃる皆さんも良ければどうですか?」
そう、私はてっきりこいつらが歓迎されないと思っていたが皆興味津々のようで、出迎えてくれた通信員の奥、基地のエレベーター前にはパイロットから整備員まで結構な人数で賑わっていた。
私の丁寧な口調に渋いを顔を見せている三人を無理やり前に押し出し、後は成り行きに任せることにした。最初に黄色い声を上げた通信員が早速三人に話しかけており、エレベーター前からも続々と人がやって来た。
「その荷物は何かな?」
「……あぁ、はいこれ、皆んなに食べ物」
「ありがとう!お腹が減っていたから助かったよ」
「アオラにこき使われているの?」
「ううん、今は大変な時だから皆んなが頑張っているんだよ。お名前は?」
「わたしはリプタ!こっちがリコラであっちがフィリアって言うんだよ!あなたの名前は何?」
あっという間に人垣が生まれて皆んなで自己紹介をし合っている、何とも肩透かしな展開、けれど無事に迎え入れられたようで安心した。再びエレベーターの扉が開き新たに来た集団の中にリアナの姿があった、眠そうに下げた目元が私を捉えている。三人の傍ではなく私の元へと歩み寄ってきた。
「何を企んでいるんですかアオラさん、あんな可愛い子供をこんな夜中に連れ回すだなんて」
「人聞きの悪い、ピューマのデマを払拭させるために連れて来たんだよ。ま、この基地の人間は心配は要らなかったみたいだがな」
リアナとは区長になる前から付き合いがあるので喋り方もいつも通りだ。
「そりゃそうですよ、皆んなマギールさんの知り合いなんですしピューマについても他の人達より知識はありましたから。それにピューマの子供もそこそこ噂になっていて皆んな会いたがっていたんですよ」
「そういうお前も会いたい口だったのか?だったら何で私のところへ来たんだ」
「代理を放ったらかしにする訳にもいかないでしょ、案内しますのでさっさと付いて来てください」
「全く…その怠そうな口調と生意気な態度な変わらずだな」
「それが私のアイデンティティですので」
人垣の中では今も三人が注目を集めていた、耳やら尻尾やら触られ放題でフィリアの眉根が少しだけ寄っているが我慢してくれている。アイドルとしての地位確立のためにももう少しあの三人には頑張ってもらわないといけない。
リアナの案内でエレベーターに乗り込んだ、突貫工事で完成したと思えない程に良く出来た内装だった。
「で、ヒナドリの件はどうなっている?」
「何せ話しが急なものでしたからまだ半分も捜索を終えていません。救出したパイロットの証言と撮影された静止画像から信憑性は高まりましたが、他の区ではまだまだ及び腰です」
「そりゃそうか…いきなりあんなデカブツが街の下にいると言われたところですぐには動けんか…」
「はい。それと元総司令が各区の警官隊の所を回っているらしいのです」
この基地では奴の蛮行が既に知れ渡っているので皆んなが示し合わせたように「元」を付けて呼び合っている。
「目的は?」
「さぁ、何でもとびっきり美人の人型機パイロットも一緒だとか。今のところ大きな騒ぎになっていませんが、どこの分署からも迷惑だって教えてもらいましたよ」
ゆっくりと速度を落としてエレベーターが止まり、リバスター基地司令部へと到着した。リアナが先導し無機質な廊下を歩く、少し遅れて私も杖の音を響かせながら付いて行くとリアナが歩みを止めずに偉そうな気遣いをしてくれた。
「ここに絨毯を敷きましょう、仮眠室で寝ているパイロットがパブロフの犬になってしまいます」
「杖の音がうるさくて悪かったな、何ならお前の肩を貸してくれてもいいんだぞ」
「高いですよ?私の肩」
「大丈夫、今の私には口座にカビが生えたお金がたんまりとあるからな」
嫌そうに視線を寄越してから扉を潜り、リバスターの心臓部に到着した。ここにこうして訪れるのは初めてだがその司令部の造りに度肝を抜かれてしまった。
「ようこそ、カーボン・リベラ政府直属人型機部隊、リバスターの支柱基地へ」
「こりゃ凄い……」
視界百八十度に渡ってカーボン・リベラの空があった、少し遠くには雲海の中に霞むようにして地方区の支柱が見えておりいつか見た十階層の仮想世界を彷彿とさせる景色がそこにあった。そして、廊下を渡った先にあるのはクリアランス・デリバリーと司令室、階段下では決して少なくはない人数が今もインカム片手に仕事をしている真っ最中だった。私が区長として街を駆け回っている間、マギールが人を集め教育しここまで部隊を大きくしていたのだ。
「頼もしいな、これだけ人がいるのに誰も怠そうにしていない」
「私は怠いですよ?ちなみに今日の当直が終わればそのまま有給休暇に入りますので」
「そうしてくれ、これからはもっと忙しくなる」
「………溜息を吐く前に一言、」
「その枕詞はいるのか?」
まだ眠そうにしているがその口調はとても真剣なものだった。
「ここ最近の温度に少しばかり異変があるようです。例年と比べて明らかに低いと観測所から連絡をいただきました、これもヒナドリと関連した事なのでしょうか?」
「やっぱりお前もそう思うか…答えはノーだ、良く分かっていない。その観測所に詳細なデータを送ってもらうように頼めるか?」
私今から非番なんですけどと要らぬ事を口にしてから、
「分かりました、すぐに連絡を取ってみます。それと、パーティ会場などこの基地にはありませんので第二ハンガーを利用してください。準備が終わりましたら私に連絡を、つまみ食いをしてそのまま眠りますのでもう限界です」
「分かった分かった、連絡は私の方からやっておくからお前はもう休め、本音がだだ漏れになっているぞ」
「くぅ」と一言鳴いてからふらふらとした足取りで階段を降りていった。確かこの基地は管制室と司令室が入り口になっており、そこから格納庫やら仮眠室やらに行けたはずだ。私も一人、ゆっくりと階段を降りながらパーティ会場として利用させてもらう第二格納庫を目指した。
114.c
必死。周りに目などくれず、一心不乱となって作業を続けている。額には玉の汗が浮かび私達すら視界に入っていないよう、どうか助けてほしいという私達の我儘を叶えるため必死になってくれていた。
「…そこまで解体しても大丈夫なんですか?」
「元々敵同士だったからね、私は気にしてない、駄目で元々」
「…Oh」
歯にきぬ着せぬ物言いは集中しているからだろうか、Sっ気を見せるアヤメさんに少しだけドキドキしてしまうのはアリンにあてられてしまったからだろう。
「こらミトン、アヤメさんの邪魔をしたら駄目だよ」
「カリンちゃん、バギーから追加のケーブルを持ってきてもらえる?」
「は、はい!」
「ミトンちゃんは工具箱をお願い」
「…はい」
不覚。ここで工具箱ではなく食べ物が入ったコンテナを持ってきたらアヤメさんは怒るだろうか、そして怒られた時のことを考えて少しだけ興奮してしまった、不覚である。これではアリンを超えてしまうことになる。
カリンとアシュのコンビはマギリさんの人型機で手伝いをしている、コクピットから延びた何本ものケーブルは貞操を守ってくれた恩人に繋がれていた。このやり方はセルゲイ総司令も行なっていたマテリアルの起動方法らしい、すっかりと大人しくなった粗暴な隊員達から教えてもらったのだ。
卵と呼ばれる大きな物体のおかげで辺り一面はとても明るい、向かう先にはバギーが二台、ちょうどケーブルを手にしたカリンが戻ってきたところだった。その顔は必死、ケーブルと言っても本数が重なれば銃より遥かに重たくなるものだ。けれどそんなカリンは去り際に、
「ミトンもお手伝い?頑張ってね」
と、私を気遣ってくれたではないか。不覚、すまない我が友よ、どうせアヤメさんに褒められたい一心で私のことなんか見えていないだろうと思っていたのに、後でさりげなく謝っておこう。
✳︎
「これ所謂電気ショックってやつだよね」
「見れば分かるでしょ」
「何だっけ…病院とかお店とかに置いてあるやつ…」
「AEDのこと?」
「そうそうそれ、それと同じ位置だよね、ケーブル繋げている場所ってさ」
「え、あんたの知ってるAEDって頭にも付けるの?」
(良く喋るなぁ…この二人)
「え?付けないの?」
「付けるわけないでしょ、馬鹿も休み休み言え」
「アリンも後でアヤメさんにやってもらったら?ちょっとはその口の利き方も丁寧になるんじゃない」
「あんたにだけは言われたくない!」
「ほら二人とも、お喋りに夢中になっていないでちゃんとモニタリングして」
いい加減止めさせるために口を挟むと今度は私まで巻き込まれてしまった。
「ちなみにマギリさんはAEDのちゃんとした名前って言えますか?」
聞いてきたのはアシュだ、パイロットシートに座っていた私に振り返りその弾みで耳にかけていたもみあげがはらりと落ちた。
「え?ちゃんとした名前って確か……」
「何だっけか…聞いた私もうろ覚えだから分からないんですよね…」
聞かれた私も馬鹿正直に頭を捻ってしまった、自動...体外...あれ、私も良く覚えていない。
「自動体外式電動器、でしょ。あんた、そんなことも覚えられないの?」
「言われてますよ、マギリさん」
「……はっはぁ〜、こうなる事が読めていたから私のことを巻き込んだな、この策士め」
「ぎくり」などとアシュがわざとらしく口にした時、マテリアルにケーブル接続の作業をしていたはずのアヤメがひょっこりとコクピットに顔を出してきた。その眉根は不快そうに寄せられている。
「何やってんの?ちゃんと応答してくれない?」
しまった、注意したはずの私までお喋りに興じてしまっていた。
「ご、ごめん…ついお喋りを…」
「それより人型機のエンジンはどう?かなり負担をかけさせているから様子が気になるんだけど」
「あぁそっちなら問題ないよ、コパのエンジンを回しているだけだから。それに元々バッテリー式だし」
「分かった」
再び持ち場に戻ろうとしたアヤメをアリンが引き止めた、お喋りをしていた割にはちゃんと仕事はしていたらしい、マテリアルの一部に電気が流れていないことを説明していた。
「それは本当なの?どの辺り?」
「心臓の辺りです、電動器の使用を真似ているなら一度位置の付け替えをしてみてはどうでしょうか」
「電動器?除細動器って言いたいの?」
「え…AEDの名前って…」
「自動体外式除細動器だよね、電動器って言わないよ」
私の斜め横にいるアシュが下を向いている、ぷぷぷと小さく聞こえてくるので笑いを堪えているのだろう。
(失礼な奴……)
アシュの背中を叩いて笑うのを止めるように促した。
「す、すみません……間違えました……」
「いいよ、アリンちゃんの言った通りAEDの真似事をしているんだよ。どこに繋ぎ直したらいいか分かる?分かるんならこっちに来てほしい」
「い、行きます!」
「こっちは二人でお願いね、あとアシュちゃん、落ち着いたら笑った罰でデコピンだから覚悟しておいて」
「えぇ?!バッチリ見られてる?!」
(恐ろしい…)
そういえば、仮想世界で同居していた時も課題の提出期限が迫っていた時のアヤメはいつもこんな感じだった。普段はどこかのほほんとして優しいが、やる気スイッチが入ると人が変わったようにテキパキと動き周りにも厳しかった。
アリンを引き連れてアヤメが人型機から去って行った、後に残されたのは私とアシュだけだ。
「……通信って入ってました?私ずっとコンソール見てましたけど何もなかったですよ?」
「あぁまぁうん、私も咄嗟に謝ったけどとくに何もなかったね…」
「もしかしてアヤメさんが操作を間違えていた的な?」
「かもしれない、昔っから思い込みが激しいから自分でも間違えていたことに気付いていなかったのかも」
「はぁ〜…あのアヤメさんが真面目にやると逆にポンコツになるなんてどんな萌え要素ですかそれ」
「いやいやポンコツは言い過ぎだよ、アヤメはアシュ達が会いたいって言うから頑張っているのにさ」
「え?ポンコツは褒め言葉ですよ、出来る人が実はミスばっかりしてしまうドジっ子系だったらグッときません?」
「………ありだわそのギャップ、ありよりのありだわ」
「でしょう?こう、一生懸命やっているのにミスばっかりしてちょっと手伝ってあげるだけで全力のありがとう!を言ってくれる、これは新たなジャンルと言っても過言ではありませんよ」
「その名前にジャンルを付けるなら……」などと私もすっかりお喋りに夢中になってしまい、今度こそアヤメからの通信を取りっぱぐれて大目玉を食らってしまった。
✳︎
「………いた!…………して!」
「………っ!………!」
「…」
「……さん!……ですさん!」
夢を見ていたように思う。頭の芯が痺れるようで初めて覚醒した気分を味わった私は目覚めと共に驚きに見舞われていた。
(起きた………何故………)
それに声も聞こえる、私の周りからだ。
「ハデスさん!聞こえていますか?!」
この声は...
「………アヤメか…」
発言もできた...何故だ...確かに私は空中から落とされてしまったはずだ、あの高度から落ちてとてもじゃないが無事で済んだとは思えない。
ゆっくりと目蓋を開けた先には、未だ霞む視界にアヤメの顔とモニター越しに見ていたあの四人の顔があった。
「………ここは、何処だ、何故私は……」
自分のマテリアルを見やればあちこちにケーブルが繋がれているようで、その根元には人型機が立っていた。状況も掴めないまま囲まれていた四人に起こされ、随分と騒がしい天国にやって来てしまったようだった。
「よし撤収!今からエレベーターシャフトに向かうよ!」
「えぇ?!アヤメさん?!起きたばかりですよ?!」
「いいから!早く繋いだケーブルを外してくれる?!さっさと行かないと休む時間が無くなるよ!」
「えぇ……あの、だ、大丈夫ですか?」
生真面目そうな女の子が心配そうに私の顔を覗き込んでいるが距離のあまりの近さに私が気後れしてしまった、怖くはないのだろうか。
「……何とか、君は私が怖くないのか…?」
この子に聞いたつもりなのにミトン...あの眠そうな目をキラキラと輝かせて答えていた。
「…控えめに言ってもカッコいいと思います、丸」
「ラスボスっぽい…マジかっけぇ…」
「ふ、二人とも失礼だよ」
「あ、こら!べたべた触るな!また壊れたらどうするの!」
「ケーブル外せって言われただろうが!人をバイ菌みたいな言い方するな!」
「…私はミトンです、このうるさいのが、」
ミトンの自己紹介を遮るようにして私は答えていた、こんな日が来るとは夢にも思わず舞い上がっているのかもしれない。
「アシュ…だろう?この双子が、君はカリン……そして君は…」
そうだ、私はこの子の名前を知らない、ずっと知らないままでいた。
「アリンです、私の名前はアリンと言います」
...そうか、アリン。妹のカリンと一文字違いだったんだな...ようやく彼女の名前を知ることができた。
何度もモニターから見ていた彼女達が私のマテリアルを甲斐甲斐しく見てくれる、先程まで見ていた夢など吹き飛んでしまう程の、それこそ夢を見ているような光景だった。
◇
「つまり…君が私のマテリアルを無理やり再起動させたということか」
「はい、アリンちゃん達に頼まれたからです、助けてもらったお礼がしたいと」
「そうか…だが私に出来ることはもう何もない、サーバーとも繋がっていないしこのマテリアルもいつまで持つのかも分からない、このまま付いて行ってもいいのか?」
「ハデスさんはどうしたいんですか?」
...聞かれるとは思わなかった、私がどうしたいのか...死んだと思っていた我が身がこうして返ってきたのだ、もう何も、何ものにも縛られることはない自由がぽんと手に入ってしまった。出来ることなら...
「……あの四人の傍にいたい、と思う」
「ならそれで。この後エレベーターシャフトに向かって夜を過ごします、そこからエレベーターを使って街まで戻りますので」
「あいつはどうするつもりだ、放っておいていいものではないぞ」
「あなたがそれを言いますか……だったら何で変な事したんですか!」
「痛っ!こ、こら止めろ!わ、分かったから!きちんと説明してやるからその手を止めろ!」
「全く…」
アヤメが大きく溜息を吐いているが、やはりどうしても私は気後れしたままだ。
私のマテリアルはバギーに乗せられており、四人は撤収作業をしていた。近くには任命者の孵化装置が鎮座しており順調にアウトプットが続けられているようだ。
(……ん?)
孵化装置の表面が一部変化していた、サーバーから順次ダウンロードされているタスクバーに穴があった。
「アヤメ、あのタスクバーはいつから変化していた?」
「タスクバー?あの紋様の事ですか?」
「あぁ、一部分だけ空白が出来ているみたいだが…」
アヤメからの返答は皮肉混じりの素っ気ないのものだった。
「さぁ…呑気に寝ているどこかのマキナを起こすのに必死だったので分かりません」
「あのな…元はと言えばアヤメ、君のせいでもあるんだぞ?」
「それにですね、私達はまだあの卵について何ら説明してもらっていませんので」
「分かっているよ、ちゃんと説明するつもりさ」
撤収作業を終えたあの子達が別のバギーに乗り込み、やはり私の身なりを見て引いている隊員二名と一緒にアヤメ率いる部隊へと合流した。果たして私が歓迎されるかどうか...しかしその不安は杞憂に終わり何故かアリン達の護衛騎士として迎えられてしまった。どうやらアヤメ達が他の人間達に根回しをしていたようで、無遠慮に肩やら腕やらを叩いてくるその手にようやく気後れしていた気持ちを払拭することができた。そしてまたしても、私みたいな無能に何ができるのかと一度死んでも変わらなかった悩みが鎌首をもたげたが、以前と比べて幾らか前向きになれているようだった。
この四人に応えたい、それが今の私にとって一番の願いであった。
「ハデスさん、ありがとうございました」
「…あの時助けてくれなかったから今頃赤飯を炊いていたところです」
「ちゃんとお礼を言え。ハデスさん、またよろしくお願いしますね」
「あんたもよ!何いきなり頼ってんの!」
生真面目な女の子が私を真っ直ぐに見ている、モニター越しに、ではない目の前で。
「あの時助けてくれて本当にありがとうございました」
歯に噛むように、けれど真摯なその言葉は胸の奥深くに届いた。十分だと思っていた私の生に再び途方もない宝が舞い込んできた。
「……私は何もしていない、自力で逃げ出した君の……いいや、アリン達のおかげさ」
マキナとして生を受けて本当に良かったと思えたのはこの日が初めてだった。
「そんな事はありません、ハデスさんが止めに入っていなければ……あぁその、赤飯を炊く羽目になっていたと思うので!」
恥ずかしさを紛らわすために口にした地口だろう、それすらも愛おしい。
「結局アリンも言うのかよ、私が突っ込んだ意味まるでないじゃん」
「…赤飯炊くはトレンド入りしている程ブームだから」
「ミトンの端末って街と繋がってるの?」
「そういうことじゃないから!」
「…カリン、そろそろ私にも突っ込んでほしい」
「え、え、こ、こう?」
「待って!その指は何?!どこに入れようとしているの!」
「だってミトンが入れてほしいって言うから…」
「違うよ!そういう意味じゃないよ!結局私が突っ込んでるし!」
「こら!いい加減に騒ぐのを止めなさい!ハデスさんに迷惑でしょ!」
「私達って迷惑ですか?」
アシュが私に分かったようなことを聞いてくる、勿論答えは決まっていた。
「いいや、そんな事はない。見ていて飽きないよ」
「だってさアリン!その角触ってもいいですか?」
「あ、こら!ベタベタ触るなって言ってるでしょ!腐ったらどうするの!」
「だから人をバイ菌扱いするな!それにその言い方ハデスさんにも失礼だろ!」
私の周りで四人が好き勝手はしゃぎ回っている、誰も私を責めたりせず、かといって遠巻きにもしない。月並みな言葉だがそれだけで私は幸せだった。
114.d
「デリバリーへ、こちら前線部隊のスイ、基地への着陸を求めます」
伝達席へ連絡を取ってハンガーの空き状況と空路の確認を行なった、グガランナお姉様のマテリアルの時とは大違いだ。人型機の機体数も増えてしまったため勝手な離着陸はできない、衝突事故などを防ぐための当然のやり取りだった。しかし、通信員からなかなか返答がない、もう一度聞き直してからようやく返事があった、それもどこか慌てた様子で。
[あ、ああ!す、すみません、失礼しました!第一格納庫の三番デッキへ!
(寝ていたのかな…)
すぐに四つある格納庫の内の一つに明かりが灯る、「ここに入れよ」という合図だ。いつもならその入り口に誘導員の方が立っているはずなのだが今回は誰もいなかった。
半時間程前にアオラさんから緊急の指令が下り第四区の病院からすっ飛んで帰ってきたところだ。どうしてアオラさんなのか、マギールさんは公務で忙しくしているからだろうか。
疑問はすぐに解消された。
◇
「は……マギールさんが……亡くなった……?それは本当の話しなのですか……?」
「はい、公務室で息を引き取ったとアオラ指令から…」
自分の耳を疑った、マギールさんが亡くなったなんてすぐには信じられない。つい最近まで忙しく...それに公務室にやって来ては良く騒いでいる私達を叱っていたじゃないか。
「そんな…どうして……まさか連盟長と同じように、」
「いえ、他殺ではありません、警官隊の捜査でもそう判断されています。マテリアルと呼ばれる特殊な体の機能が停止していると報告がありました」
「…………」
会議の最中に突然倒れてしまった話しを思い出した、きっとその時からマテリアルに異変が起こっていたのだ。それを隠してマギールさんは...
「……分かりました。告別式はどちらですか?」
「え?」
急に素っ頓狂な声を上げたのでこちらも驚いた、どうしてそんなに驚くのか、泣いていたから顔を赤くしているのではないのか。格納庫に顔を出してくれた整備員が私に隠れるようにして通信を取り始めた。
「?」
「………え!………はい、………ええ?!………知りませんからね!」
「あの、一体の何の話しを…」
「いえ!何でもありません!私に付いて来てください!」
やたらと元気な声でそう言ってから先を歩き始める、第一格納庫の発着場の扉が音もなく閉まり始め外から舞い込んでくる冷たい夜風を遮ってくれた。
向かった先はすぐ隣の第二格納庫、いつかプエラさんが言っていたバウムクーヘン型と呼ばれる構造を取っており、第一格納庫の下には第三格納庫、そしてその隣に第四格納庫がある。
緩やかにカーブした道を歩いていると何やら香ばしい匂いが鼻をついた、それと賑やかな声も。とてもじゃないが告別式をしている雰囲気ではなかった。
「一体何をやっているのですか?」
「…………」
「聞いていますか?」
つい口調が強くなってしまい、格納庫の入り口に着いたそばから整備員の方が逃げ出してしまった。
「あ!ちょっと!」
何で逃げるの!小走りで追いかけて私も格納庫の中に入るとらしくない歓迎をされてしまった。
「やぁーっと帰ってきたかぁ!愛しの家族よ待っていたぁ!」
「っ?!?!」
ガバリ!いきなり抱き締められてしまいびっくりしてしまった。
「な、あ、アオラさん?!これは一体何ですか!」
私に抱きついてきたのはアオラさんだ、スーツ姿は変わらないが大きく胸元がはだけており顔も赤い、そして何よりお酒臭かった。
「見ての通りパーティさ!いやぁここ最近は激務だったから酒が旨いのなんの!おらぁ!私の愛娘のご帰還だぞぉ!」
いえーい、とかおー、とかアオラさんと同じようにお酒片手に酔っ払いている皆んなが声援を上げている、誰一人として悲しんでいる人がいなかった。さらに格納庫の奥に作られた簡単な雛壇の上に立っている人影を見つけてさらに驚いてしまった。
「リコラちゃん?!」
それとリプタちゃんとフィリアちゃんも、第二区の孤児院にいたはずの三人はお酒ではなくマイクを片手にちぐはぐな踊りを披露しているようだった。
「アオラさん!どうしてあの三人もここにいるのですか!緊急指令ってこの事だったんですか?!」
「そう〜だよ〜だから〜スイちゃんも呑もうぜぇ〜」
へべれけだ、普段は滅多にスキンシップを取らないくせにしなだれかかってきた。それに他の隊員もどんちゃん騒ぎの馬鹿騒ぎ、皆んなマギールさんの訃報は知っているはずなのにらしくない盛り上がりだった。急にポンコツになってしまったアオラさんを突き飛ばして壇上へと足を進める、怒り肩の私に気を払うことなく壇上に向かって拳を振り上げている人垣を切り分けていくと、
「あ、スイー!お帰りー!」
「こら!勝手にしゃべるな!今は歌っているんだぞ!」
思っていたよりもノリノリだった二人の呼びかけも無視して私も壇上に上がった、どこか疲れた顔していたフィリアちゃんからマイクを奪って一言。
「いい加減にしろー!!」
ハウリングも伴って大変うるさい音が格納庫に響き渡った。壇上にいた人もいなかった人も、床に大の字で寝ていた人も格納庫の角で口説いていた人もあれやこれやも何事かと私に視線を注いだ。
「どうしてこんな馬鹿騒ぎができるのですか!マギールさんが亡くなったんじゃないのですか!どうして誰も悲しんだりしていないのですか!」
先程までの喧騒が嘘のよう、アイドルの真似事をさせられている三人もぽかんと私を見ているだけだ。
「それと!この子達にアイドルみたいな事をさせて何が楽しいんですか!ピューマの子達なんですよ?!大切な存在だというのにこんな恥ずかしいことさせてあなた達は恥ずかしくないんですか!!」
大きく息を吸ってから、
「馬鹿なことしていないでしゃきっとしてください!今この街を守れるのは私達だけなんですぅー!!」
なりふり構わずシャウトして言いたい事を皆んなにぶちまけた。すると、静かだった格納庫内にマギールさんの声が流れ始めた。
[それと、今後のリバスター部隊の司令はアオラに代行させる。隊長はカサン、副隊長にマヤサ、整備長はラジルダ、作戦参謀はアコックとアリュールだ。スイについては…まぁ、本人の機嫌を窺いながら立場を決めてくれ、一番口が強い子だからな]
格納庫内からささやかな笑いが起こった、今がまさにその時だったから私も恥ずかしかった。そして皆んなが騒いでいた理由も良く分かった。
[さっきも言ったが儂はあの世で酒に溺れているだろうからお前さんらも羽目を外しておけよ、儂に気を遣う必要はない。ヒナドリの捜索と撃破にこれからさらに多忙になる身だ、我慢し過ぎてあの世でしか酒が呑めない儂のようにはなるな!連絡以上!………世話になった、この街で最期を迎えられたことを誇りに思う。どうかお元気で]
「………………」
...見上げていた天井から隊員の人達に視線を移すと目元を拭っている人が何人もいた、去り際にマギールさんが録音したものだろうか、その声音はひどく優しくて、皆んなは先にこの音声データを聞いていたのだ。
顔を赤くして薄らと目の縁に涙を湛えたアオラさんが壇上に上がってきた。
「悪かったよスイちゃん、サプライズのつもりだったんけど…」
「うそつけ、アオラが一番楽しんでいただろ」
わざわざマイクを通す必要があったのか、リコラちゃんの突っ込みにもう一度笑いが起こった。
「すみません…そうとは知らずに…」
「いいさ、マイクを貸してくれ」
そのままマイクをアオラさんに渡す。
「今、呑んだくれのマギールから紹介がありました司令代理のアオラと申します。はしたない姿はご愛嬌という事で見逃してください。このパーティが終われば私達は平和が訪れるまで休む暇などないクソ多忙な日々に突入することでしょう、なので夜が明けるまでの間最後の晩餐を楽しみましょう。それとピューマにまつわる噂についてですが、ここにノヴァグが攻めてきましたか?まぁ、この可憐な容姿をした三人を手篭めにするため近寄った野郎はいましたけどね」
起こった笑いが終わるまで話すを待っている、そしてゆっくりと続きを話し始めた。
「私はこの街を守りたい、家族を守りたい、隣に立っているこの子を守りたい、だからこうして私はここに立っています。皆さん方もそうでしょう、ビーストと無縁に過ごしてきた人なんてこの街にはいない、奪われる悲しみと怒りは皆んなが持っているものです。それに囚われることなく原動力に代えてこの街を守りましょう」
アオラさんが私に優しい視線を向けてから、最後に一言こうシャウトした。
「さて、女王様から発破をかけてもらったことだし……呑もうぜぇ!あの世にいるマギールからうるさくて眠れないと文句を言われるぐらいに!」
こうして再び格納庫は喧騒に包まれ、私も恥ずかしながらその列に加わらせてもらった。さらにこの日を境に私は皆んなから、リトルビーストと掛け合わせて「リトル・クイーン」と呼ばれるようになってしまった。
※次回 2021/9/30 20:00 更新予定