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第百十話 翻弄されるアヤメ

110.a



 マギールから連絡があった、こちらに応援は出せないと。何があったのか問い詰めた、最初は言い淀んでいたが観念して教えてくれた。


「ノヴァグが街に?そんな……」


「第六区の地下施設に集結していたらしい、数の報告はまだだがかなりの規模のようだ」


「………」


 報告を聞いたアヤメが眉を曇らせ次第に頭を下ろしていった、その表情は苦悶に彩られておりその反応に私は些か驚いていた。

 中層の空は暮れなずみ太陽が落ちたというのにまだいくらか明るい、明るいと言っても端の方だけだがその空模様は私の胸には届かなかった。


(アヤメは確か、街が好きではないと言っていなかったか……)


 ここまで落胆するなど初めての事だ。ビースト襲撃について憤りを露わにすることはあっても落ち込んだことはあまりなかったように思う。


「負傷者は今のところ出ていない、何もそこまで落ち込まなくても」


「………あぁ、いや、そうだね、うん」


 小さく溜息を吐きながら頭を上げた、話しを聞く前と変わりがないように見えるがその心境は如何程か。


「…………何か、隠していないか?その、やましい事とかではなく」


「別に?どうしてそんな事聞くのさ、それより編成を考えようよ。総司令が引き抜いた部隊も結局こっちに合流するんだよね」


「そうだな…こっちもこっちで大変なのを忘れていたよ…あのまま他所へ行ってくれたら良かったのに」


「ナツメの言う事は聞きそうなの?また暴れたりしないかな」


「さぁな、信用した事は一度もない」


「私も。はっきりと言って相手にしたことなんて一度もなかったよ」


 机の上に置いた編成表を眺めながらアヤメが吐き捨てるように言った、端末に表示されていたのがちょうどあいつらの班だった。


「あー…もう一回風呂でも入ってくるか?」


「何で?」


「いや、アヤメのそういう言い方はあまり聞いたことがないからな…疲れているんならあまり無理はするな」


「?」


 太ももに肘を置き、両手に顎を乗せながら小首を傾げているその仕草はとくに不自然には思わなかった。ということはさっきの発言は素だ、アヤメでも誰かを吐き捨ててしまえる程の心はあったんだと少しだけショックを受けている自分がいた。


(あぁまぁ何だ、緊張状態も続けば言葉も悪くなるだろう…)


 駄目だ、アヤメの予想外な反応に普段のペースを掴めない。

 明日の朝にはここを出立するのだからそれまでに市民を交えた班を考えなければならない。歩行が困難な者と生活物資は優先的に車へ乗せてそれ以外の者は徒歩で向かうことになっている。生活物資も荷台のスペースをかなり独占しており、コンコルディアの有能性がここに来て痛い程分かったという話しもまた皮肉だった。


「ナツメ?何ぼうっとしてんの」


「あぁいや、何でもない。特殊部隊の奴らは私が優先して面倒を見るよ、あいつらも足を撃たれると思って下手な事はしないだろう」


「そんな気を遣わなくてもいいよ、私と第二部隊の子らにも付けて、こっちにはアマンナがいるからどうとでもなるよ」


「そ、そうか…それならアヤメにも頼むよ」


 仕草はそのまま、編成表に向けていた視線だけを私に寄越して眉をしかめた。


「変なナツメ、何でそんなになよなよしてるの?」



「やぁーい、アヤメに嫌われてやんのー」


 ぺちぺち。


「ねぇ、今どんな気分?昔っからずぅっと一緒だった相手にゲボダサって言われるのどんな気分なの?わたし経験がないから教えてほしーなー」


 ぺちぺちとおでこを叩いてくるアマンナの手を振り払った。


「嫌われていないしゲボダサとも言われていない。それに何だゲボダサって」


「ゲロ吐くほどダサいって意味でしょ?」


「お前ほんとっ……どこで覚えてくるんだそんな言葉……」


 有志によって付けてもらったLEDランタンの明かりに照らされたフロアエントランスで一人意気消沈していると、後からやって来たアマンナが私をからかい始めた。ソファの背もたれに預けていた頭のおでこを遠慮なく叩き、にやにやと笑いを浮かべて私を見下ろしていた。ぺちぺち。振り払うのも面倒なのでそのままアマンナに聞いてやった。


「……アヤメ、何だか変わってないか?」


「そりゃそうだよ、いつまでも昔のアヤメだと思っていたら痛い目見るよ」


「その分かってます発言は頭にくるな」


「実際そうだしね、昔と比べてあんまり周りに気を遣わなくなったし良い傾向だと思うよ、わたしはね」


「ほぅ…本当に分かったような口を利くな」


「それだけ自分に自信が持てるようになったんだよ、気を遣ってばかりも大変だからね」


「はぁ〜…お前なんかにそんな事を言われるといよいよ自信を無くしてしまいそうだ」


「ならナツメは優しいアヤメが好きなの?口の悪いアヤメは嫌い?何だそれって自分でも思わないの?」


「…………」


「やぁーい、わたしに論破されて凹んでやんのー」


 実際そうなのだから何も言えやしない。すると死んだと思っていたホテルのスピーカーから物音が聞こえ始めた。


「……ん?電力が復活したの?明日にはここを離れるのに?」


「………」


 まだスピーカーからガソゴソと聞こえる。


「ノヴァグの仕業とか?」


 きぃんっ!!とハウリングした耳触りの悪い音が響き、私もアマンナも顔をしかめた。


「お前が変なことを言うからだぞ」


「わたしのせいにするな、あ」


 ミトンさぁんと手を振りながら通路の向こうから歩いて来た第二部隊の面々のところへアマンナが駆けていった。全くもって自由な奴だ、もうすっかり立ち直ったように見えるが...


(さて…)


 アヤメの変わりようにびくついていたのは本当だった。下手な事を言って嫌われたらどうしようと及び腰になっていた心を持ち上げ私もソファから離れた。向かう場所は非常放送設備がある場所だ、まだ少しだけ重い足を動かしてアマンナ達とは逆の道を歩き始めた。



[ナツメよ、第六区に侵入していたノヴァグの数が分かった。数百体はくだるまい、これをもって当該区の市民へ避難指示を出して第六区を破棄する]


「破棄?第六区を見捨てるというのか」


[タイタニスが凍結された今、我々には打つ手がないのだ。それに第一区の掃討にも手をこまねいている、対処に時間を要すればそれだけこの街が危険に晒されてしまう]


 どうしようもないことだと、マギールが諦めの濃い声音でそう締め括った。


「タイタニスが凍結というのは?初めて聞いたぞ、サーバーに強制帰還されただけではないのか」

 

[凍結処置とは言わばコアの強制停止を指す、管理者の許可が下りるまで起動することは絶対にない。そのせいもあって第六区の破棄を決定したのだ、あやつの力が無ければ立て直しもできんのさ]


「何でまたそんな処置を食らったんだ、まさかタイタニスの奴が上司と喧嘩したとでもいうのか?」


[理由までは分からん、だが概ねそうだろう。お前さん達に協力していたあの三人を目の敵にしていたディアボロスが引き離したのだ、そしてさらに全マキナに対してエモート・コアの永久停止が言い渡されたのだ]


「待ってくれ、いっぺんに言われても理解が追いつかない。そもそもタイタニスは凍結処置とやらでコアが稼働していないんだろ?何でそこからさらに永久停止を言い渡されるんだ。マキナの上官とやらは死体蹴りの趣味でもあるのか?」


[ふむ……大方タイタニスの奴が永久停止を言い渡されて激昂し、歯向かった罰として凍結処置を食らったのだろう]


「あぁ……あいつらしいな」 


[良いかナツメよ、今のテンペスト・シリンダーは過去に例を見ないほど混沌としておる。街に戻ってくるまでの間十分に注意されよ]


「街に戻ったところでノヴァグがいるんだろうが。あんたの腕の見せ所だぞ、しっかりやれ」


 「はぁー全く、じゃじゃ馬の種馬のような女に決め台詞を取られるとは」儂もまだまだ甘いなぁ...とか何とか。どうしてあの手の老人は一方的に話しをするのが好きなのか。こっちはプエラを探しにコントロールルームまで来ていたのにおかげて要らぬ足止めを食ってしまった。


「いや、要らぬではないな…確かに重要な話しだったが…」


 これから帰還する街の情勢もとても重要な話しだが、今の私はプエラを探すことに頭がいっぱいだった。自分も何故ここまで固執しているのかは分からない、もしかしたらと思うとどうしても足が動いてしまうのだ。

 到着したコントロールルームには沈黙してしまった画面に誰かが寝床として使っていた痕跡があった。プエラがここに来ていたのかもしれないと淡い期待を抱くが、デスク下に置かれた寝袋から鼻につく異臭を感じたのですぐに諦めた。

 持ち合わせたライトでくまなく照らしてみるがとくに異変はないようだ、人の気配もまるでないコントロールルームを見た私は落胆の溜息を吐いた。


(考え過ぎか…)


 しかし、アヤメから聞いた話しではプエラは良くスピーカー越しに悪戯をするみたいなのだ。さっきアマンナと話しをしていた時も物音を立てたり異音を鳴らしたり、プエラの仕業だと踏んで来たのだがどうやら思い過ごしのようだ。

 踵を返す前、どうせなら駄目元で声をかけてみようと思い立ち、誰もいない部屋の中で届いてほしいと願いながら話しかけた。


「プエラ、私は怒っていないぞ、いつでも顔を見せろ。それともお前も凍結処置を食らってしまったのか?」


 物音一つしない、しんとした静けさが耳鳴りとなって私を包み込んでいる。


「あの偽物のお前は何だ?前にホテルで一度だけ会ったがすぐに分かったぞ、少しぐらいは褒めてくれてもいいんじゃないのか?」


 声音が段々と湿っぽくなってきた、最後に会ったのがあの仮想世界の夏祭りなんだ。まさか私もこんな事になるとは思わず、中途半端に終わってしまった喧嘩を今頃になって後悔し始めた。あの時からプエラはこうなると分かっていたんだ、だから...


[………っ……っ]


「っ!…………プエラか?」


 私のインカムに反応があった、ノイズが混じっているが確かに誰かと繋がっている。呼びかけてみるが反応がない、じっとその場で待ってみるがノイズの音しか聞こえない。


「プエラなんだな、そうだというならそのまま通信を切れ。なぁに気にするな、すぐ迎えに行ってやるさ」


 プエラもまた、マギールの話し通りならエモート・コアの永久停止処分とやらを受けているはずだ。グガランナやティアマト達のように何かしらの制約を受けているのかもしれないと思い、簡単な意思疎通ができるようにと話しかけるとインカムから聞こえていたノイズが、言葉に応えるようにぷつりと途切れた。



110.b



 通信が途切れたコンソールから再び慌ただしく報告が入る、それを耳へ通しながら外壁に取り付いた敵にレティクルを合わせた。


[こちら誘導班!市民の誘導に難航!敵がターミナル内に侵入!至急応援を求む!]


 第一区のセントラルターミル空域に展開している人型機部隊は乱気流に揉まれながら、外壁に取り付いたノヴァグの掃討を行なっていた。しかし、その膨大な数と慣れないホバリング制御に悪戦苦闘しているのが現状だった。敵の侵攻が留まることはない、倒しても倒しても新たに敵が這い上がってくるのだ。


(このままでは!)


 圧倒的とさえ言える敵の侵攻を前にして展開していた人型機部隊に消極的な雰囲気が生まれ始めた。


[こんな数倒し切れるのか……?これならまだビーストの方がマシだぞ……]


[あの敵がピューマを餌にしてるって話し、本当なんじゃないのか?今まであんなの見たこともなかったのに]


「そんなはずはありません!あの敵は人もピューマも攻撃してきます!」


 あらぬ誤解をしていたパイロットへ一喝するが、コンソールが静かになっただけで雰囲気までは拭えなかった。


[展開中の全人型機部隊へ、敵の掃討を一時中断し誘導班を護衛してください]


 通信オペレーターから命令が伝えられた、私達人型機部隊では到底太刀打ちできないと判断して逃げる事を優先したようだ。確かにその方がいいとセントラルターミナルの正面入り口へ機体を向けた。



「そんな……何あれ……」


 そこは地獄と呼ぶに相応しい、凄惨たる光景が広がっていた。セントラルターミナルに侵入した敵と外壁から到着した敵によって挟み撃ちにあった市民、それから誘導班に抜擢された警官隊の無惨な死体が無数に横たわっていた。そして命を奪われてしまった人達は皆、頭だけが無かったのだ。首から上が何もなく上半身と地面を血だらけにしているその死体もさることながら何よりも、


(どうして頭が無いの?!)


 あの鋭利な足で刈り取られてしまったのは容易に想像できる、しかしその頭がどこにも見当たらない。

 ターミナルの入り口から市民がまろび出てくる、その後を追いかけるようにノヴァグが走り外で待機していた警官隊が射殺していくがやはり間に合っていない。私も援護に加わりたいが密集している場所へ人型機の武器を発砲する訳にもいかず、焦りだけが募っていく中味方の人型機にノヴァグが取り付いた。


[おい!何だよこいつ!何でもアリかよ!]


[じっとしていろ!このままじゃ撃てないぞ!]

 

 取り付いたノヴァグを振り払おうと人型機が動き回っているため照準を合わせることができない、その間にも別のノヴァグが取り付きあっという間に足元が埋め尽くされてしまう。一体のノヴァグが味方を足場にして登り始め、コクピットがある胸部に組み付きその足を構えた。そして、歯が立たないと分かっていないのかその足を何度も人型機の頭部の根本に叩き付け始めたのだ。


[……おいおい、ふざけないでくれよ、何だあの敵は……]


 異様。まさに異様だ、その執念的に振るわれる足が立てる甲高い音がコクピットにも伝わってくる。足が竦んで動けない、過去に何度か戦ったことはあるけれどここまで異様な存在だとは夢にも思わなかった。それに何より、私は一度あの敵を「子供」として認識したことがあるのだ。操られていたにせよ、その事実がより一層自分の行動を縛っていた。

 戦いたくない、逃げ出したい、それが一番だった。


[おい早く殺してくれ!このままじゃ!]


 取り付かれたパイロットの悲鳴で我に返った、もうあの人型機はノヴァグで埋め尽くされ首元だけでなくあちらこちらに足を叩きつけられていた。ハッチの隙間に敵の足が引っかかり最も恐れていたことが起こった、乱暴に引き上げられた拍子にハッチが開いてしまったのだ。鋼鉄の巨人に抱かれてなお怖いのだ、無防備のまま敵の前に晒された恐怖は想像できるが想像したくない。そんな時、


[介入対象に照準を合わせます。解析始め、シークエンスは途中終了とします]


 頭上にはあの日、何とか追い払った不明機の姿があった。



✳︎



[全カーボン・リベラ市民へ通達する。第一区、及び第六区に襲撃した新たな敵の無力化に成功した、もう怯える必要はない。しかしながら今尚残党が存在するため早期の移動を命ずる。避難先は第十九区、あるいは近隣の区へ移動を開始しろ。繰り返す……]


「いやはや…我が妹ながら鮮やかな手だったね」


「………はぁ、良い、これ以上の被害が出なかっただけでも御の字だ」


「それにしても彼はいつの間にデュランダルと手を組んでいたんだろうね?」


「お前さんがここでのんべんだらりとしている間にだろうさ」


「おぉ、なるほど」


 どんな絡繰かは分からんが、第一区のセントラルターミナルに出現した不明機によってノヴァグの侵攻がぴたりと止まった。止まったのは侵攻だけでなくノヴァグの活動そのものもだ、ターミナル内とその外壁にはセルゲイの報告通り活動を停止したノヴァグが残っている。


「教えろバルバトスよ、お前さんらの力は何だ」


「それは答えられないよ、守秘義務ってやつさ」


「なら聞き方を変えるが、動きを止めたノヴァグが再び動き出すことはあるのか?」


「…………う〜ん、デュランダルはそんな事しないと思うけど、可能だよ」


「そうか」

 

 であれば、あの男が次に取る行動は大方予想がつく。

モニターに映し出されたセルゲイの後ろには何度か儂らと敵対した不明機の姿があった。それもわざわざ見えるようにあおりの構図でカメラに収めているあたり、儂への牽制もあるだろう。全くもって下らない、こんな時に政略などしている暇はないというのに。だがしかし、セルゲイの登場は劇的とさえ言える。中層攻略戦で席を外していた街の司令官が、ノヴァグの侵攻を食い止めた人型機と共に姿を現したのだ。これでは儂の無能さが際立つというもの、挙句に第六区の破棄を決定した件について糾弾は免れない。これが奴の自作自演というのなら今すぐそっ首跳ねて街から落としてやるところだが、今回の襲撃は「レガトゥム計画」に起因するものだ。


(あやつとも連絡が取れぬままだ…まさかこんな事態になるとは……)

 

 いやだからこそ、この儂がここにいるのだろう。運命的思考で結論付けた後、関係各所に連絡を取った。上層連盟へ部隊を展開させた件についてまだやるべき事が山積しているというのにここに来てノヴァグの襲撃だ。まだまだ酒は嗜めそうにないなと肩を落とした。



✳︎



 素晴らしい...夢を見ているようだ。第一区と第六区を襲撃した敵をこうも見事に沈黙させるなど。人型機と呼ばれる物は正直好意を持てる存在ではないが、この女だけは別だ。


「これでよろしいですか、セルゲイさん」


「あぁ……何も言う事はない、良くやった」


 デュランダル、そう名乗った女が操縦する機体によって敵は沈黙し、再び俺の地位が確立されたも同然だった。これ以上あの男にこの街を好きにさせたりはしない、一体誰が守り続けてきたのか、思い知らせてやろう。デュランダルの肩を抱こうと伸ばした手が本人によって払われた。


「勘違いはなされぬよう、私はただ自分のすべき事のために力を貸しただけです」


「この街を存続させるため、であったか。ならばお前と私の目的は同じだ、そう警戒することもない」


「………」


 淀みの無い、生まれたての赤ん坊のような瞳を向けている。その眉は警戒に顰められているが無理もない話しだ。

 デュランダルは元々、中層にあったあの()()を守っていた。イエンというあの男の配下によって騙された私達は破壊してしまい移動せざるを得なかった。そしてこの街の大聖堂に置かれているモニュメントをその対象に変え、ようやく散ってくれたあの男と協力関係にあった。


(謎の多い相手だが…この際はいい)


 何故守るのか、何故あのモニュメントが代わりになるのか、そもそもその存在自体が不明瞭な物だ。

 しかし、この女の美貌は中々のものだ。その可憐かつ妖艶な容姿を持つ女と、政府が設立した人型機にも及ばない力を有する機体を同時に手中に収めることが出来た。今日まで己を犠牲にし戦い続けてきた甲斐があったというものだ。


「次はどうされますか、いい加減部屋に閉じ込められているのも飽きてしまいました」


「ならば少し遠出をしようか」


「どちらへ?」


「私の席を取り戻しに行く」



110.c



 腰を下ろしていたシートから身を乗り出し前方を注意深く確認した私は度肝を抜かれてしまった。もうこれ以上抜かれる肝が無くなってしまう程我が目を疑い、再びシートに腰を下ろして先ずは報告を上げることにした。


「こちら監視班のマギリ!ホテルより北西の位置に未確認物体あり!至急確認されたし!」

 

 時を置かずしてコンソールから返答があった。


[こちらでも確認した!すぐに人を向かわせる!あんな物いつの間に……確かにさっき見た時は何もなかったはずだぞ……]


 ハッチを閉じて起動シークエンスを立ち上げた、通信が切られようかという時に通信相手の優しいお兄さんがわざわざ教えてくれた。


[それと監視班のマギリ、自分の名前は言わなくてもいいぞ。何かあったら責任を取らされるからな]


(はっ!そうだった……)


 いやそんな理由だったか?確か混線時の聞き間違い防止だったような...いいやそれよりもあの馬鹿みたいに大きい未確認物を調査するのが先だ。


「すみません!不慣れなもので!」


 嘘ではない。仮想世界で嫌という程実践訓練を積んできたが、実戦は初だ、つい緊張して自分の名前まで言ってしまった。それに「マギリ!」と言われたところで相手も分からないだろう、だから「人型機監視班」という分かりやすい名前まで付けたのに。


[すぐに来られそうか?先行したバギーから敵の報告があった]


「すぐに行きます!」


 スクランブルに切り替えものの数秒で上空へ舞い上がった。後からやって来たアマンナがヘルメット片手に拳を突き上げていたが知ったことではない、もう操縦権を奪われるのは懲り懲りだ。



✳︎



「だからと言って私の所に来る?」


「いいじゃん!マギリに先を越されたんだから!」


「全く……いい?遊びに行くんじゃないんだからね?真面目にやると約束して」


「イエス、マム」

 

「よろしい」


[いつか絶対主導権を握ってやる]


「いやもう握ってるでしょうが」


 私の機体の足元に寝転がったアマンナのマテリアルを移動させてもらうよう、他の隊員にお願いしてから飛び立った。マギリから報告があったようにベラクルの街にもあった大型の卵が街のすぐ近くに音も無く現れたのだ。


「あれもやっぱり同じかな?」


[だと思うよ、介入すればすぐに分かると思うけど]


「それ禁止だって言ったよね?」


[イエス、マム。しかし、危険が及ぶようならすぐに発動します]


「だから嫌だって言ったのに!すぐに引き返して」


[ノぉー、マム!もう既に空を飛んでいるのです!腹を空かせた猛獣から餌を取り上げるようなもの!そんなプレイはノープレイです!]


「機体を飛ばしたかっただけじゃん!帰ったら説教だからね!」


[それは膝枕付きですか?]


「いいから飛べ!」


 アマンナの操縦によって機体はさらに速度を上げた。

マギリ機が先行しているはずだ、すぐに連絡を取り状況を確認する。


「こちらアヤメ、そっちはどう?」


[んん?名前言ってもいいの?さっき言わなくてもいいって言われたんだけど]


「私とマギリしかいないんだから別にいいでしょ、それより報告」


[臨機応変さを見習いたまえ、マギリ君]


[そのムカつく喋り方はアマンナか…まさかあんたアヤメの機体に入り込んだわけ?]


「いいから!報告して!」


 アマンナが絡むとろくな会話にならない。

マギリの報告によれば卵近辺から複数体の敵が現れこちらを警戒しているみたいだ。ハデスさんの言った通り手は出さないらしい、そしてその敵というのがリニアの湖でも遭遇したあの蜂だった。コンソールに表示された敵の姿を見ながら、指揮を取っている「総大将」へ報告を上げる。


「こちらアヤメ、卵近くに敵が展開中、攻撃は確認されていません。どうしますか総大将」


 やや間を置いてから返事があった、その声はとても嫌そうだ。


[……その呼び名は止めろと言ったんだがな、アヤメが言いたいならそれでいいが。敵を刺激しないように旋回して目視で確認してこい、異常があればすぐに引き返せ、発砲は一切許可しない]


「了解」


 最近のナツメは何だか少しだけ昔に戻ったみたい、私のことを「おい」とか「お前」とか乱暴な言い方をせずちゃんと名前で呼んでくれる。その度にうなじが痒くなるのだがこっちの方が良い。

 街の入り口を越えるとさらにその大きさが分かるようになってきた。ベラクルと同じか、それ以上の大きさを持った卵そのものだ。しかし、その表面に紋様が浮かんでおり細かく明滅を繰り返している。幾何学的と言えばいいか、見ていて決して安心できるものではないのは確かだった。


「大きさはどれくらいかな、アマンナは分かる?」


[………パッとみて人型機数百機分じゃないかな、ぐるっと囲おうと思うと、それぐらいデカい]


 その例えはどうなんだと思うが他に表現のしようがないのもまた事実だ。


「…………」


 目標との距離が一キロメートルを切った、コクピットからの視界では収まりきらないその異様な卵が、ハデスさんの言っていた「最終段階」というものだろう。あの卵の中で一体何が育っているのか検討もつかない。アマンナが遭遇したという超巨大な蜂をも超えるのは容易に想像できるが、あの異様な卵から産まれてくる生き物が私達人間とマキナを葬りさる存在なのだ。

 先行していたマギリ機の姿が見えない、まさかと肝を冷やしたがすぐに通信が入った。ディアボロス・マテリアルと戦闘したベラクルの街へ飛んでもう一つの卵を確認してきたみたいだが...


[割れてた]


「何が?報告は明瞭に」


[卵がぱっかりと割れてた、それに産まれてきた奴も周囲にいなかったよ]


[ウソでしょ…ふ化したって事だよね、それ]


「周囲はどうだった?」


[割れた卵からエレベーターシャフトとは反対方向に一直線、街を壊しながら進んだみたい。どうする?後を追いかけてみる?]


「総大将に報告しよう、勝手に行動したら怒られる」


[こっちはどうすんの?この卵もいずれ産まれてくるんでしょ?]


 アマンナの質問もまとめてナツメに指示を求めた。ベラクルに関しては私とマギリが調査をすることになり、エディスンの卵はヴィザールさんが監視の任に就くことになった。


[以上だ、決して無理はするな。お前達二機が戻ってこなければ私らに未来はない、辿り着ける街にも辿り着けなくなってしまう]


「了解……名前で呼んでくれないんだね」


 ちょっとした意地悪だ、さっきまで名前で呼んでいたくせにと口を尖らせるとすぐに言い直してくれた。


[あぁいや、悪い。アヤメとマギリ、それからついでにアマンナもだ。いいな、絶対に無理はするなよ]


[わたしはついでかよ。まぁ泣かれる方が嫌だけどさ]


[そうだ、互いにフラットな関係でいよう]


[アヤメの方を先に呼ぶんですねナツメさんは、ということは私は二番目ですか、そうですか]


[めんどくさいぞお前ら、いいからさっさと行けっ!]


「心配してるのか行かせたいのかはっきりしろ!」


[いいから行けっ!!情報を集めてこいっ!!]


 怒りながら通信が切られ、三人揃ってくつくつと笑った。


[いやぁナツメってほんとイジりがいがあるよねぇ〜、飽きないわ]


[真面目だからねーナツメさんは、だから余計に甘えたくなるんだよ]


「あっそう?それならアマンナも一度ナツメに甘えてみたら?」


[ノー、マム!わたしの頭はサーのためにあります!]


 などと馬鹿な話しで盛り上がっているとヴィザールさんに、


[いい加減真面目にやってくださいお三方!今は非常事態なのですよ!]


「イエッサー!」

[イエッサー!]

[イエッサー!]


 三人異口同音の返事を返して溜息を吐かれてしまった。



✳︎



 中層の夜空に二機が残した飛行機雲を眺めながらもう一度溜息を吐いた。今は非常事態だというのにもう少し緊張感を持って事にあたってほしい、ナツメさんは一人で全ての部隊の指揮を取られているのだから自分達がその心労を和らげないといけない。


(それだというのに……)


 今は亡き副官を思う。本当に良くあの三人の相手をしていたものだ、自分には到底できない真似だ。

 気分を切り替え前方の物体に視線を注ぐ、天に昇った月が見えなくなる程物体が放つ光りは強い。報告にあった通り紋様が描かれておりまるで鼓動するかのように明滅を続けていた。破壊する手立てはあるのだろうか、これ程巨大であれば容易ではないはず、だからといって見過ごしてしまえばこの先どうなるか分かったものではない。


(自分にそこまでの覚悟があるのか、という疑問は残るが…)


 暗い思考に没しようとした時ナツメさんから通信が入った。地上から異変がないか、あるいは破壊出来そうな脆い箇所がないか調査しろと指示が下りた。


「了解致しました!」


[お前も無理をする必要はない、何かあればすぐに連絡しろ]


「ご心配には及びません!このヴィザール必ずや敵の情報を持ち帰りましょう!」


[気負うなと言っているんだ、そのやる気は後に取っておけ]


「わ、分かりました、慎重に調査してまいります」


 お父上にも似たような事を言っていただけたことを思い出し、言葉が尻すぼみになってしまった。


[よろしい]


 通信を切り、注意深く物体を観察しながら機体を進める。先の戦闘で前脚を中破してしまいその影響で人型へ切り替えることができない。しかし、調査の任であれば今の形態の方が適しているだろう。



(何も変化がない、これは一体どういう事だ)


 調査を開始して半時間程、もう物体に視線を送ることすら苦痛に感じられる程眺め続けてきたが、言った通り変化がない。物体の表面、それからその地表付近もだ。これはあり得ない、あれだけの超重量物でありながら地表が一つも変わっていないのだ。地面が割れるなり凹むなりするはずだが滑らかそのものだ。それにあの物体はどのようにして現れたのか、元から中層の大地深くにあったものならやはり地面は割れているはず、仮に中層の天上から降ってきたのであれば地割れを起こしているはずだ。

 紋様にも変化はないように見える。ナツメさん達は「卵」と表現しているが、もしあの物体が中に入れる建造物等であれば入り口があると思い、規則的に描かれている紋様に何かしら変わったところはないかと注視し続けてきたさすがに目が限界だった。半自動操縦に切り替え目の凝りを解していると、ベラクルへ調査に出向いていた二機から通信が入った。わざわざ自分にも聞こえるよう全周波によってその内容が伝えられた。


[孵化したヒナドリはベラクルを突っ切ってさらに南下、どうも中層の外壁を突破したみたい]


[ミラーはどうだ?破壊されたのか?]


[その様子がないんだよね……どっから抜け出したのかまるで分からない。ヒナドリの轍が外壁前で途絶えてる]


 え、ちょっと待ってほしい。ヒナドリ?それに轍?いきなり隠語を使うのは止めてほしいと口を挟んだ。


「すみません、解説をお願いします」


 自分はアヤメという方にお願いしたのだが、答えたのがよりにもよって赤いのだった。


[いい?ヒナドリというのは卵からかえったばかりの鳥の赤ちゃんのことで、すだちというのは柑橘類の、]


「腹を空かせた赤いのは黙っていてくれ!話しがややこしくなる!どうせ焼き鳥のことを考えながら喋っていただろう!」


[良く言ってくれましたヴィザールさん、さっきからお腹が空いたとばかりうるさくて帰ってから唐揚げを食べようと言ったところなんです]


「あなたのせいではありませんか!それに唐揚げにかけるのはすだちではなくてレモンですよ!」


「え?そうなの?」

[え?すだちじゃないの?]


[というかアマンナ、お前人型機に換装しているのに腹が減るのか?]


「ナツメさんまで!話題に乗っからないでください!」


[ヴィザールさんが話しを広げたんですよ?すだちでもかけたら美味しいのに]


 あぁ!もう!話しがどんどんおかしな方向へいってしまう!今はすだちかレモンかの話しではない!


「ヒナドリや轍だけでは良く分からないので解説を!解説をお願いします!」


 ようやくまともな答えが返ってきた。


[ヒナドリは卵、未確認物体の中から現れた生き物の事で、轍はその生き物が歩いた跡の事です。これでよろしいですか?]


「ありがとうございます!」


 やけになってお礼を返すと何故だか皆んなに笑われてしまった。ええい、もうこうなったら!


「よろしいですか皆さん!今は非常事態の最中!笑っていられる余裕などないはずですよ!どうしてそう緊張感を持てないのですか!何か事態が急変してしまえばそれだけ我々が危険な目にあってしまうのですよ?!」


 瞬き程の沈黙の後、頭に溜息を付けてからナツメさんが諭すように答えた。


[いいかヴィザール、お前の言う事は最もだがそう気を張り詰めていても仕方がない。笑える時は笑った方がいい、それぐらいの余裕を持て]


 小さな声で「あれ、前の出撃の時はもっと真面目にやれって…」などと交わしている、自分の言っている事が少しも伝わっていない。


「僕はあなたが亡くした副官に代わって務めを果たしているつもりなのです!それなのにあなた達はっ」


 口にしてからはっと気付いた、これは伝えて良い事ではない、と。自分が勝手にそうだと決めているだけなのに、恩着せがましいことをぶつけてしまった。案の定、緩かった雰囲気が一気に固くなっていた。


[ヴィザール、一つだけいいか]


 それでも変わらないナツメさんの声を耳にして自分はいくらか落胆していた。それだけ固い意志があるんだと思い知らされ、自分という存在と立場を突き付けられたからだった。


[私はもう副官をつけるつもりはない、お前も私を上官だと仰ぐな、いいな?互いに協力関係にあるだけだ、それを履き違えるな]


「………失礼、致しました」


 その後ホテルに帰投し、グラナトゥム・マキナであるハデスの捜索命令が出された。現状、自分達では破壊できる手立てが無いとし事を起こした本人に止めさせる手だ。そう上手くいくとも思えないが、他に考えられる方法もないのだ。

 そして臨時の作戦会議が終了し、それぞれ解散した折に皆んなから肩を叩かれてしまった。「どんまい」「元気を出しなって」「惚れた相手が悪すぎますよ」など。え、どういう事ですか?去りゆくアヤメの肩を掴んでもう一度解説を請うた。



110.d



 大地から産まれた別の一体がこの世界から去っていった。目的地でもあったのか、何か目指す場所でもあったのか、それは分からないし分かりたくもなかった。


「…………」


 ただただ、眼下に潜む異形から目を逸らしているばかり。子機に言われた愛など教える義理も道理もなく、この場に私を残して消えた子機を恨むばかりだ。


(こんな事になるなら…)


 サーバーから出なければ良かった、しかしだ、私の変化の先がここだなんて、ここが終着点だなんてあんまりだ。子機が唯一残していった玉座に腰かけ頭を抱えた、皆んなはどうしているのか、アヤメ達は無事なのか。

 現実逃避に近い妄想に耽っていると恐れていた事が起こった、大地から這いずり出ていた異形の手が天へと昇り始めたのだ。


「嫌よ……来ないで……」


 生命を持つ者は得てして眼前に迫った対象の恐怖の度合いが高い程、「死」の概念を亡失してしまうものらしい...迫り来る手を眺めながら露のように小さく思った。


「……っ!!」


 もう駄目、逃げる術がない、目を瞑り自分から暗闇に飛び込もうとすると頭の中に様々な情景が浮かび、星のように瞬きそして散っていった。それも一度ではない、何度も何度も繰り返され私の頭の中で再生されていく。最初は恐怖に耐えかねついに狂ったかと思ったが、違うようだ。目を開けると伸ばされていた手は私を通り過ぎており天から降る一つの光りを掴んでいた。手中に収まった光りはやがて輝きを失い、代わりに私の元に声が届いた。


「今の見ていたか?……あの女がやりたった事、良く分かったよ」


「…………どうして」


 確かに見えた、けれどそれが見えていたのは私だけではなかったようだ。


「お前のその泣きっ面はなかなか絵になるな、元気な時に拝みたかったよ」


「………待って、私を一人にしないで」


「それは聞けない相談だ、もう少しそこで待っていろ。俺は先に行くよ、あいつの腹ん中を探ってやるさ」

 

 その言葉を残して光りが完全に消えてしまった、伸ばされていた手も大地へとゆっくり帰っていった。ほんの一瞬だけ言葉を交わしただけだがおかげで気分が良くなっていた、それにあんな奴に気遣われてしまってはネクランナにも馬鹿にされるだろう。


(あいつの言う通り、おかげで私も良く分かったわ)


 テンペスト・ガイアいわんやプログラム・ガイアが目指した理想郷はもう私の頭の中にある。その理想郷では誰も悲しまず、怒ることも嘆くこともなく、そして誰かを恨むこともしない。()のような世界だ、そうでありながら母なる大地が浄化されゆく完璧かつ汚れのない世界。あり得ない、あり得ざる理想郷が完成しつつある。


「………どこまでも利用しないと気が済まないのね、そのやり方、はっきりと言って不愉快だわ」


 威勢の良い言葉がようやく口から出てくれた、それに反応したのか分からないし調べるつもりもないが大地に潜む異形が少しだけ、少しだけ私から隠れたようだった。

※三日お休み頂きます。次回 2021/9/18 20:00 更新予定

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