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第十一話 ナビウス・ネット

※六話で掲載したお知らせに脱字がありました、何の事だか分からない文章で申し訳ありません。

更新アナウンスがない場合、毎日20:00に更新していきます。

11.a



 私の手元には、一発も撃たれずに終わった自動小銃が握られている。

 撃てる相手がいなかったのだ。エレベーター内に侵入してくるビーストは、攻撃機の餌食になり、見るも無残な姿に変えられた。

 次に現れた巨大ビーストも、撃つ撃たないの話ではなかった。調律型前傾歩行攻撃機よりも巨大なその姿は、現実離れし過ぎていた、それにこれだけ巨大ならこの男を破壊してくれるだろうと、むしろ喜んでさえいた。

 何も成果が無かった、誰も怪我をしなかった、まるで私達は本当に観客になってしまったかのような、疎外感を強く感じていた。

 鳴り止まない轟音、崩れ落ちた巨大ビーストの亡骸、屑の男が乗り回す玩具、名前も覚えていない隊員達、そして私達を救ってくれた第一部隊長。何もかも実感が湧かなかった。

 けれど、彼女の言葉で目を覚ます。


[よく無事だったな、サニア隊長]


 インカム越しに聞こえる彼女の声は、いつも通りだ。そうだと分かった時、痺れた自分がいた。


[…私達は何もしていないわ、ただ見ていただけよ]


[それは大したものだ]


 馬鹿にしているようには聞こえない、けれど何が大したことなのか分からない。


[どういう意味かしら?私達は何の役にも立たなかったのよ?]


[役に立つことが戦うことなのか?]


 言っている意味は分かる。


[違うと言うのかしら]


[あぁ、役に立つことだけが戦いではない]


 では、何だと言うのだ。私達は戦えていたというのか。


[立ち続けることだ]


 不思議と彼女の言葉が、胸に刺さった。


[何の成果も出せず、役に立つこともなく、それでも戦場に立ち続ける]


 何故だか目頭が熱くなってくる。


[一番難しいことだサニア隊長、誰からも褒められることもなく、必要とされず、それでもなお戦い続けることが]


 視界が涙で滲む。下を向いてしまった、涙を見られるのが嫌だったから。


[今日まで引くことなく、立ち続けた自分に胸を張れ、お前は強い]


 もう駄目だった。何かもが滲む視界の中で、一度も撃つことがなかった銃が、不思議と頼もしく思えた。


[お前の見方が変わったよ、上で馬鹿にしたことを謝ろう]


 だから、嫌いなのよ、現場主義の人間は。率直なことしか言わないから。



✳︎



 小型エレベーターを落とし、巨大なビーストの頭に大口径弾を撃ってから暫く経つ。

 鳴り止まない轟音に辟易した時、ついに音が止まる。

 床に這いつくばっていた巨大ビーストの亡骸が先に着き、傾ぐようにエレベーターが止まった。

 その亡骸を見やる、先程から不思議と懐かしい匂いがする、一度も見たことがないはずなのに。

 焦げたような、甘い香りがするような、


「…ナツメ隊長、この、匂いは何だかおかしな感じが、しますね」


 轟音が無くなったおかげでインカムを使わず声をかけてくる。


「もういいのか、まだ鼻声だが」 


 少し笑いながら、いつものように馬鹿にする。


「えぇ、貴方のおかげで、何とか」


 ...いつもより距離感が近いような気もするが。泣いていたからだろう、少し顔も赤いままだ。


「この匂いに覚えは?」


「そうですね、最近嗅いだようにも、思えますね」


 ほぼ、真横に立つ。


「これは、」


「これは、カリブンの匂い、ですね」


 そう言いながら、副隊長が割って入ってきた。エレベーターが落下した衝撃で気を失っていたはずだ、他三名はまだエレベーターの中にいる。


「起きたのはお前だけか、テッド」


「足が痛いです」


「…それは悪かった」


「腕も痛いです、隊長」


「だが、判断は間違っていなかっただろう?おかげで第ニ部隊は助かったんだ」


 そこで、くすりと小さく笑うサニアが割って入る。


「セルゲイ総司令のことは触れないのですね、ナツメ隊長」


「…放っておけばいいさ」


 大型の攻撃機に搭乗した総司令は、一向に降りてくる気配がない。先程から上層と何やら通話しているようだが、興味がない。

 部下を露払いのために使った上官など、誰からも声をかけられまい。


「でも、どうしてカリブンなんでしょう?」  


「さぁな、詳しく調べる他ないだろう」


 こんな巨体だ、上層に持って行くのも調べるのも大変だろうが、基地が無くなってしまうと嘆いていた技術者達は喜ぶだろう。



✳︎



「何あれ、サニア隊長の顔」


「…惚れた?」


「まぁまぁ、皆無事だったんだし、ね?」


「…」


 本当に何あの顔。いつものようにクールな感じさが微塵もない、さっきのやり取りで何か言われたのだろう、明らかに態度が変わってる。

 私達だっているのに、いつも頑張っているのに。私も、妹のカリンも、無口なミトンも、減らず口のアシュも、皆頑張っているんだ。

 それなのに自分だけ...


ー第二部隊、副隊長、先にエレベーターから降りて哨戒を行え、異常があればすぐ報告しろー


 外部スピーカーから総司令の指示が出る。

それでも私達は特殊部隊なんだ、文句は言っていられない。

 それに、ずっと長い間目指してきた中層にいち早く私達が行けるのだ、それを誇りにしてやっていくしかない。


「聞こえたわね?小銃の確認、インカムの確認、マッピングの準備をして」


「何だかゲームみたいだね」


 アシュの減らず口はいつものことだ。けど、


「アシュ!いい加減にして!あなたのせいで私まで怒られるのよ!」


 エレベーター前で隊長に言われた言葉。今でも心に残っている、不快な傷として。それを拭うようにやつ当たりしてしまった。


「…了解」


「…問題ありません」


「み、皆頑張ろー!」


 カリンは空気を読んで励ましてくれたけど、それに乗るつもりはなかった。

 いつも以上に足取り重く、馬鹿みたいに大きいビーストを横目に見ながら、私達第二部隊は傾いたエレベーターを降りて行った。



11.b



 マギールさんから私の相棒を受け取り、中層から上層へ伸びる大きなメインシャフトを目指して、アマンナ達と歩いている。


「上層へは、前に乗ったエレベーターで行けるんだよね?」


「うん、そうだよー」


 マギールさんと出会った森を抜けて、一人で探検した雑木林を抜ける。あの時は夜だったので分からなかったが、道には柵が立てかけれていた。昔の人が立てたものだろうか、皆でメインシャフトを目指していたのかもしれない。


「ねぇ、アマンナ達は昔の人は知らないの?」


「うん知らないかなぁ、わたし達がここに来た時にはこんな感じだったし」


「そっか、あの柵は誰が立てたんだろうね」


「あれならディアボロスだよ」


 でぃあ、何?


「でぃあーぼろす?その人もマキナなの?」


「ディアボロス、ちょー神経質なやつ」


 色んなマキナがいるんだと感心した。まるで人間と変わらない。

 

「それにね、すごく凝り性なところもあってさ、エントランスホールなんかとんでもないことになってるよ」


 エントランスホールと呼んでいるのは、中層側に設けられた四基のエレベーター出口がある、いわゆる玄関口だ。そこがとんでもないって...


「どうなってるの?」


「行けば分かるよ」



✳︎



 走る。とにかく走る。足に伝わるのは砂利と割れた石畳の感触、所々が割れて石が捲れ上がっているので注意深く走らないと危険だ。こんな時に転んだら洒落にならない。


「聞こえる?!カリン!敵は?!」


[今、お姉ちゃんの方!注意して!]


 お姉ちゃんと言う時は、決まって余裕がない時だ。それはつまり...


「ウグゥアッ!!」


 目の前に現れた敵の眉間に、中間弾薬を叩き込む。

 人の形をしながら、とても濃い体毛と、口を閉じていても見える牙、手には引き裂く爪もある。それにお尻からは尻尾も生えている。

 けど、私が逃げているのはこいつではない。

 止まってマガジンを装填していると、足音が聞こえてきた。地面が揺れ、捲れ上がった石畳がさらに壊れ、現れたのは建ち並ぶ家よりも大きな、鎧を着た兵士だ。

 鎧を着た兵士なのだ、え、本当に?何度見ても馬鹿げている。しかも困ったことにアサルト・ライフルが全く効かない。偽物ではなく本物の鎧を着ているのだ、あの兵士は。


(もう!何なのここ!意味が分からないわ!)


「アシュ!お城の扉はどう?!開いた?!」


 インカムに向かって叫ぶ。


[全然だめ、やっぱりあの王冠はここで使うべきじゃない?リスタートした方がいいと思うよ?]


 そう言っている間にも、馬鹿げた兵士が石畳を割りながら迫ってくる。使えるマガジンも底が見えてきた。


「あぁ!もう!またやり直しなんて!リスタート!!」


 叫ぶと同時に、私の周りを光が包んでいく。



「ね、ね、ね、次はどうする?どうやって攻略しようか、私に良い考えがあるんだけどさ」


「…さっきもそう言って失敗した」


「それが楽しーじゃん!」


「私は、さすがに疲れた、かな?」


「はぁ…」


 エレベーターを降りてすぐ、そこは戦場だった。

 煉瓦で作られた家、遠くに見える鈍く白色に輝くお城、石畳の通りには、鎧を着た兵士やさっき私が倒した人の形をしたおかしな奴でごった返していた。

 もうこの時点で頭の処理が追いついていないのに、まとめて襲ってきたのだ。兵士さんは味方じゃないのと叫ぶカリンの声が間抜けだった。

 特殊部隊であることも忘れて、皆でひたすら撃った。あの瞬間の練度は最高峰だったと思う、誰も褒めてくれないけど。

 挙句、家よりも大きな兵士まで現れて、アサルト・ライフルは効かず、皆まとめて振るわれた剣で殺されたと思った。こんな所で、訳の分からない所で死なないといけないのか、と悔やんだがすぐに目を覚ました。

 怪我すらしていない、あれだけ撃った弾は一発も減っていない、現実的でないことばかり起きたので、もしかしてエレベーターの中で死んでいたかのもしれないとさえ思った。


「いやー中層の人って楽しーことしてたんだね、私ここ気に入ったよ」


「…そう?」


「お姉ちゃんは?楽しい?」


 楽しい訳があるか、意味が分からない。哨戒の任務でエレベーターを降りたのに、何故いきなりゲームのようなことをしなければいけないのか。


「下らない、一度エレベーターに戻って報告を上げましょう」


「無理」


「アシュ!楽しいのはいいけど、任務を忘れて、」


「や、違う、エレベーターに戻れない」


「え?嘘でしょ?もう試したの?」


「アリンにムカついてたから、私だけ戻ってやろうと思ってエレベーターに向かったけど、何か不思議とここに戻ってくるんだよね」


 本当アシュはハキハキとものを言う。それに救われたこと一割、頭を抱えたこと九割だ。

 ここと言うのは町の入り口前にある...あぁ...もう頭が痛い…


「綺麗な景色だよね、それに何だかわくわくする」


「…そう?」


 遠くには、山がその峰を誇るように天へと伸ばし、その麓からは大小様々なお城が山に負けじと顔を覗かせる。

 周りに広がる森林は、赤や黄色、緑と様々な模様に着色されて山とお城に彩りを与えている。

 そして、この景色を眺めている私達の前には看板がかけれていた。

 

「「困った時はリスタート!」」


 はぁ...本当にゲームになってしまうなんて。




✳︎



「ゲーム?」


「うん、ディアボロスが作ったゲーム」


 少し口を開けてぽかんとした表情で聞き返すアヤメ。無理もない。

 エントランスホールは、ディアボロスのナビウス・ネットで作られた仮想世界がある。

 ナビウス・ネットは、マキナのエモート・コアとマテリアル・コアを繋ぐ神経の役割を持つ体内ネットで、誰もが持ってるもの。グガランナもわたしも持ってる。

 ディアボロスはこれを使って、エントランスホールに仮想世界を再現してゲームにしているのだ、理由はわからない。知りたくもない。


「えーと、クリアしないといけないの?」


「うん、めんどくさいけどね、でもわたしとグガランナが前にクリアしてるからもう大丈夫だよ」


「どんなゲームなの?」


「クソゲーかなぁ」



✳︎



「アシュ!この王冠にちゃんと書かれてるじゃない!使用すれば敵兵が現れるって!何で言わないのよ!」


「あ、ほんとだ、私フレーバーテキスト読まない派だから」


「これフレーバーじゃないから!注意書きぐらいちゃんと読んで!」


 何度目かの探索で、この王冠を見つけた時にはやっとクリアできたと勘違いしてしまった。それぐらい立派に出来ている。

 恐らくゴールは、白いお城。そこに辿り着くまでに閉まった門がいくつかある。どうしてお城がゴールなのかと言われると、分からないけど、皆そこを目指すようになった。

 門を開ける方法は開閉レバーを操作すればいいのだが、毎回ランダムなのだ。どこにあるのか分からない、すぐ近くにあったり家の中にあったり、一度どれだけ探しても見つからなかったのでリスタート宣言してスタート地点に戻ったら、地面に生えていた。レバーが。ムカついて迷わず撃った。

 ゲーム好きのアシュ曰く、これを作った奴は相当性格が悪いらしい。


「私から言わせれば駄作だね、攻略方法がワンパだし、必要なアイテムは取りにくいだけで達成感もないし、敵のリポップ頻度を多くすれば難しいとか思ってそう」 


 私もゲームはするが、どちらかというと探索系ではなく収集系、几帳面な性格のおかげか災いか、初めて取得するアイテムは隅々まで調べないと気が済まない。けれどもそれが楽しい。


「このゲームはクリアすればいいのよね?私達だけ?」


「どうゆう…あぁ、他の人には適用されないかって話?」


「そう、誰か一人でもクリアしていればいいのかは分からないじゃない」


「大丈夫なんじゃないかな、どのみちクリアしておけば攻略し易くなると思うし」


「あぁ、それもそうね」


「さっきはごめんね」


 急に謝ってきたアシュ。何のことだか...


「何ついて謝っているの?心当たりがありすぎて分からないんだけど」


「私ってそんなにかぁ、まぁいいけどさ」


「?」


「それよりどうしようか、王冠を使わなかったら巨大兵士は出てこないんだし、他に使えそうなアイテム探してみる?」


 王冠は決まって、町に入ってすぐの噴水広場にある。王冠を使用すれば一番近くの門を開くことが出来るが、問答無用で巨大兵士が出現する。いざという時に使っても、最初から使ってもこの巨大兵士に悩まされるのだ。


「それより最初に出てきた巨大兵士って何?王冠使った訳でもないのにいたし」


「…」


「アシュ?あんたまさか!」


「いやだからさ、私フレーバーテキストは読まない派だからさ、仕方がなかったんだよ」


「エレベーターに戻れ!こんのトラブルメーカーが!」



「アリン、もういい?」


「もう…ちょっと待って」


 駄作?このゲームみたいな世界が駄作?そんなことはない。

 今私達がいるのは町の中央にあるギルド商館、ギルドという名前はゲームで何度も見てきた馴染みのある響きだ。

 プレイヤーが必ずと言っていい程訪れる場所で、そこでクエストを受けたりアイテムを交換したり、他のプレイヤーと交流したり、ゲームの核となる場所だ。

 誰もいないガランとした場所で少し寂しくもあるが、今私の前には分厚い本がある。日に焼けて茶色になってしまった革張りの本。

 そこに書かれているのは、このゲーム世界の歴史であったり、王族の名前であったり、細かなアイテムのテキストから武器から何でも書かれている。

 駄目だ、私はこういう資料を読むのが好きで堪らない。読んでいるだけでワクワクしてしまう。プレイ時間の殆どが、テキストを読み漁っていると言っても過言ではない。


「もうアリン!何がそんなに面白いの?」


 急かすようにアシュが声をかけてくる。けれど私は本に夢中になってしまっていた。


「あと…少しだけ」


 ここを作った人の頭の中はどうなっているのか、もう一つの世界を一から作り上げたその発想力と根気強さに脱帽する。いや、敬意すら払いたくなる。

 お気に入りのマグカップに温めたミルクを入れて、午後の日差しを浴びながらゆっくりと読みたくなる。そんな本に出会えてことに感謝だ。後は、これを持って帰るだけ...


「ってここゲームの中だった!!」


「?!」


 急に大声を出した私に驚くアシュ。目線が痛い。


「アリンって普段は真面目だけど、急にポンコツになるよね」


「ポンコツって言うのやめてくれない?」


 突然、音がする。それと同時に振動。え、まさか...


[…兵士、来てたよ。退避]


「来てたよって何?!なんで早く言わないの!!」


 ミトンだ。彼女はこういうゲームは苦手のはず。育成系のゲームなら死ぬまでやっているだろう。


「そんな物置いて早く!逃げないとやり直しだよ!」


 何が問題って、敵にやられた後が問題なのだ。全部、一からやり直しになってしまう。何かも、開けた門も、取ったアイテムも元の場所に戻される。


「い、い、嫌だ!」


「?!!何言ってんの?!」


「この本は持って帰る!せめて丸暗記できるまでここで読んでるからさっきに行ってて!」


「バカなこと言わないでよ!急にポンコツになって!またやり直しになるんだよ?!」


 立場逆転だ。


「もういいから!その本は持ってっていいから早く逃げるよ!」


「ほんとに?!いいの?!」


 こんなことで喜んでしまうなんて、けどそれ程にまでに素晴らしいのだこの本は。


 ギルド商館を出るとそこには、そこには…


「このクソゲー!!!」


 そうアシュが叫びながら、三体の巨大兵士から逃げていった。



✳︎



 雑木林を抜けてメインシャフトのエントランスホールへとやって来た。とても広い、上層にある軍事基地のエレベーター出口よりも広いと感じる。

 アマンナ達が、そのゲームというのクリアしてくれたおかげで私は何もしなくていい。


「でも、せっかくだからやってみたかったな」


「アヤメの街にはゲームないの?」


「ううん、あるにはあったけど、やってみる機会がなかったから」


「でもあれはやるだけ無駄だよ、せっかくクリアしたのに絶望しかなかったもん」


 一体どんなゲームなんだろう。上の街に居た時は、訓練や隊の任務ばかりだったからゲームなんてやったことがなかった。

 もちろん、興味が湧いてくる。


「そのゲームって、一度クリアしたら遊べないの?」


「…え?遊びたいの?」


「うん、遊べなくてもどんな所か見てみたい」


「…ゲテモノ好きだった?実は」


 酷い言われよう...


「アマンナ、アヤメが見たいって言っているんだから、ね?諦めましょう」


 だから何その言い方。


「いいよもう!一人で遊ぶから!ちょっと待ってて!」


「あぁこら!勝手に行かないで!」


 アマンナ達を置いて一人ですたすたと歩く。

あんな言い方しなくても、私だって遊びたい時は遊びたいのに。

 エントランスホールは少し冷んやりとした空間だ。私の目の前には階段があって、その先にアマンナ達と乗った小型エレベーターがある。その階段を囲うようにして水路があり、ゆっくりと魚達と一緒に水が流れている。

 ここが小型エレベーターの出口ホール。あと三基分のホールは別で作られているのでとても広い、一周するのに半日はかかるそうだ。

 水路の上には小さな橋が架けられていて、その手前にほんのりと輝く像がある。前に見た動物図鑑ではコウモリ、と呼ばれる生き物に似ているその像に触れると、ゲームが始まるらしい。

 何の躊躇いも無く像に触れる。後ろから、こらぁかってにさわるとあぶないでしょとアマンナの怒る声が聞こえてきた、それと同時に私の周りが明るく、光に包まれていく。

 初めてのことに興奮して、今か今かと待っていたら視界が開ける。何も無い空間、真っ白、あれ何か間違えた?と思った時に、目の前に、知らない女の人が立っていることに気づいた。



11.c



 私とお姉ちゃんが木箱の影に隠れている。アシュとミトンは、噴水の中。さっきのくじ引きで決まった待機場所だ。ミトンは何を考えているのかいつも分からないけど、さすがに水に濡れるのは嫌だったらしい、少し眉を嫌そうに寄せた。

 アシュは今すぐにでも飛び出していきそうではらはらする、さっきから何度も頭が見えたり隠れたりしている。


「アシュ、落ち着いて、バレたらやり直しよ?分かる?」


 お姉ちゃんの声は好きだ、一度も褒められたことはないけど。

 

(あ、靴紐が解けてる、直さないと)


「ちょっとカリン!何やってるのこんな時に!」


 小声で叱られた、いつものことだ。

お姉ちゃんの靴紐が解けていたから結ってあげようと思ったのに。


「だって、靴紐が解けてたから」


「自分でできるわよ!ちょっと見張ってて」


 そう言って位置を変わり、私が前に出る。

隠れて見張っているのは、敵の集団。兵士もいる、狼人間も、豚のように大きな生き物も、たくさんだ。このゲームで見かけた敵が勢揃いしている。そして、その先にはお城がある、私達のゴールだ。


[いやぁ、攻略法が分かればあっけないもんだね、まさかあの本がキーアイテムだったなんて]


「アシュ、こんな時にフラグ立てるのやめて、一人で回収して」


 お姉ちゃんとアシュが二人で探索し、リスタート地点まで戻ってきた時に、本を持ち帰ってきたのだ。今まで一度もアイテムを持って帰ってこれなかったのに、その本だけは持ってくることができた。お姉ちゃんとアシュは大喜びだった、これでやっとクリアができると。

 本には、門は決められた順番に開けないとおっきな兵士が必ず現れることと、お城の正門を開けるためには、一定数の王冠が必要であることが書かれていた。

 私達は最初から間違えていたのだ、王冠を使うから現れるのではなく、順番を間違えたから兵士に襲われていた。

 はっきりと言って...


[…クソゲー]


 代わりにミトンが言ってくれた。


[まぁでも楽しかったよ、私は。最近訓練ばっかりで皆とも遊べてなかったしね]


「私は別に、遊んでもアシュにイライラするだけだから逆に訓練で良かったんだけどね」


[…そんな、言い方、しなくても]


 さすがに言い過ぎだ。アシュが心なしか涙声になっている。


[さっきはあんなポンコツになってたくせに]


「普段はアシュの方がポンコツだから、気にならない」


[あのさぁ、私だって怒る時は怒るんだよっ?そんな酷い言い方しなくても良くない?]


「酷い言い方をしても減らず口が直らないのはどっち?何回私が怒られたと思ってんの?」


[…い]


 何か聞こえた気がするけど、二人の喧嘩の声が大きくて...


[だからって、酷いことを言ってもいいことにはならないでしょ?!そんなことも分からないの?!だから怒られるんだよ?!]


[…ばい]


「はぁ?!ふざけんじゃないわよ!誰があんたの代わりに怒られてると思ってんの?!言っとくけどクールにキレる隊長死ぬ程怖いんだからね?!」


[…やばい]


[何がっ?!]

「何がっ?!」


 二人の声が重なる。ほんと仲良し。


[…後ろから敵が来てた]


 後ろから来てた?!過去形?!ミトン!


「何で先に言わないの!ミトンダメでしょ!!」


[…興味なかったから]


 分かるけど!興味ないゲームを一緒にやらされてる時は苦痛なの分かるけど!


「あぁもうこのまま突撃!あとは知らん!好きにしろぉ!!」


 叫びながらお姉ちゃんが前に出た、悪い癖だ。思い通りにならないとすぐ投げ出す。


[よしきた!これで失敗してもまた遊べるもんね!いっけぇー!!]


 さっきの喧嘩でも全然懲りてない。


[…カリン、行くの?]


 行かないの?そんな選択肢は無いよミトン。

私達が通った、商店通りを見てみれば確かに沢山の敵がいる。


「ミトン!立って!」


 もう見つかったんだ、気にせず声をかけ噴水まで近づく。

 ミトンはやっぱりびしょびしょだ、可哀想に。手に持ってる本もびしょびしょだ。ん?


「何でこれ持ってるの?というか光ってる?」


 ページの途中から淡い光が出ている。敵が来ていることも忘れて本を開く。さらに、光輝く一文があって、その内容は...


「"我らの神にして、芸術の覇者、ディアボロス様、万歳"?どういう意味、」


 なんだろうと言いかけた瞬間、迫っていた敵が光に包まれていく。お姉ちゃん達が突撃した敵にも同じ現象が起きた。

 次はなんと町全体にファンファーレが響き渡った。


ー見事クリアだ諸君!我が最高傑作はどうであったかな?楽しめただろうそうだろう!我が名はディアボロス!また挑戦してくれることを期待しよう!ー


 私の手元にあった本が消えた同時に、町全体も光に包まれていった。



✳︎



「ゴミ」

「産廃」


 私とアシュが同時に評価する、言葉は違うけど中身は同じだ。


「自己承認欲求があそこまでいくと同情しか湧かないよ。私、自分に自信が持てない方だけどさ、なんか、力が湧いてきた」


「分かる」


 わかりみが深すぎる。まさか、クリアの仕方が製作者を褒めるだなんて。今まで一度もやったことがない。何だったんだ。あのお城は?集めた王冠は何?まさか隠しステージで製作者の像と飾ってるとか?二度とやらない。総司令にお願いして壊してもらおうか。

 光に包まれて遮られていた視界が開けた先は、私達が降りてきたエレベーターが目の前にある場所だ。

 階段を降りた先は、近くに池でもあるのだろうか、川があった。川?建物の中に川?まさかここはまだゲームの中ではと思った矢先、


「あー!見てあれ!何かいるよ!わぁあれなんだろう!」


 ...びっくりした。何年ぶりに聞いただろうか、ミトンのはしゃぐ声だ。

 はしゃぎながらミトンは階段を降りて、流れている川に顔を近づけている。その後を追いかけていたカリンも一緒になって川を覗いている。


「え、まさか、これ魚?魚なの?」


「え?!うそうそ、ほんとに?!魚がいるの?!」


 今度はアシュまで階段を降りていった、魚は博物館に展示されている模型しかないので珍しいのだろう、私は全く興味が無かった。


[聞こえているかしら、副隊長、応答を]


 サニア隊長から通信が入った。ゲーム内に居た時は一度も繋がらなかったのだ。今思えば、攻略対策のためだろうと少し疲れた頭で考えた。


「聞こえています、サニア隊長、私達、」


[何をしていたのかしら?随分と長い間通信ができなかったけど]


 あぁこの感じは怒ってるな...苦手だ。


「すみません。あの、おかしな話だと思いますが、この出口はゲームになっているみたいなんです」


[…]


 返事がない、そりゃそうだ。けど、きちんと伝えなければならない事はある。


「ゲーム内に入ってしまえば帰還も、通信も出来ません。けど、私達四人で攻略してきました!アシュも、カリンも、ミトンも頑張りました!ここは安全になったはずです!」


 副隊長として、いや、自分のためにも頑張った事を否定してはいけないと思った。


[…そう。すぐにエレベーターまで戻って周囲の報告を、内容次第で今後の動きが決まるので報告は正確に、以上よ]





 ............そう、って何?

 褒めてもくれない、怒ってもくれない.........私、.........どうすれば良かったの?

 下を向く、視界がぼやけていることに気づいた。


[アリン、ありがとう]


 我慢していたのに、減らず口でトラブルメーカーの言葉に泣いてしまった。

 聞こえていたのだ、さっきの隊長とのやり取りを。


「…ごめん、ね、アシュ、やつ当たり、して」


 たまにあるのだ、はっきりと口にするアシュに救われることが。


[えー今頃謝るのー?遅くないですかー?副隊長ー]


「別に、謝らなくて、も、良かった、けどね」


[あれ、減らず口うつった?意外と元気だね、あんなの放っといてさ、アリンもこっち来なよ、面白いよ!]


 アシュの言葉に励まされて、階段へと歩みを進める。隊長には、エレベーターに早く来いと言われたけど…知るもんか。

 涙で滲んだ視界には、遠くに待ってくれる仲間がいる。

 誇りもいらない、褒め言葉もいらない、必要とするのは仲間達だけで十分だ。

 けど、いつか、私や、仲間達のことを思ってくれる人と出会えるなら、辛い思いをした甲斐があるかもしれないと、アシュに弄られながら儚く思った。



11.d



「ゲーム?何だそれは」


「さぁ、私にも詳しくは…今こちらに副隊長を呼んでいます」


「そうか、副隊長の名前は何だ?」


「…必要でしょうか?階級で呼び合えば十分かと思いますが」


 たまにいる。仕事と私情を分け過ぎた奴が。しかし、今はそんなことに拘っている場合ではない。


「私が言えた口ではないか、出来る限り隊員のことは大事にしておけ、銃よりも助けになる」


 私の言い方も酷いものだ。


「ここは中層だ、いつもの戦場ではないんだ、何が起こるか分からない」


「はい、仰る通りです、ナツメ隊長」


 やりにくいな、いつもの負けん気はどうしたんだ。


「一人で探索などできはしない、隊員と協力しなければ生きて帰れるかも分からない、理解できたか?納得はしなくていい」


「はい、はい!分かります、ナツメ隊長」


 本当にやりづらいな...


「副隊長は?まだ戻らないのか」


「もう一度、連絡してみます」


 そういって慌ててインカムに呼びかけようとしたサニア隊長を止める。


「いや、いい、私も見てこよう、もしかしたら場所が分からなくなっているかもしれない」


「でしたら!ぜひ、私も一緒に、ついて行きますナツメ隊長!」


 ...何故だか怖くてなってきた。とくに目が...


「いや、サニア隊長はここの守りを、エレベーターにあと三名いる、叩き起こして使え、テッド行けるか?」


「はい!準備は出来ています」


 ...少し悔しそうにサニア隊長がテッドを睨む。いや、気のせいだな、うん、皆中層に来て気分が高揚しているのだ、うん。

 カリブンと同じ匂いがする巨大ビーストの前を通り過ぎ、傾いたエレベーターを出ようとした時、


ーどこへ行くナツメ、お前に哨戒を言い渡した覚えはない、待機していろー


 総司令に呼び止められた。いつかの搬入口と同じように。


「そうはいきません、今、隊員の数を減らすのは危険です。私と副隊長で捜索へ行きます」


ー聞こえていないのか、命令に従え、ナツメー


「それなら一度は降りてみてはどうですか?顔も見せない上官の命令など聞けません。哨戒に出て行方が分からない隊員の方が、あなたの命令よりも大事です」


ー…ー


 何も言い返さない。あの時もこうすればと、少し後悔した。



✳︎



 さっきの隊長は、とてもカッコ良かった。この人の副隊長で良かったと、改めて思う。総司令に言い返した隊長を、熱い眼差しで見つめていたサニア隊長は殴りたくなったけど。

 報告によれば、エレベーターを降りた同時にゲームは始まったと聞いてる。けれど第二部隊が攻略してくれたおかげか、何も異常は起きない。

 降りた先には階段があり、下には水路のようなものがある。近くには...あれはライフル?どうしてあんな所に...


「周囲を警戒、安全装置は解除しておけ」


「了解」


 隊長もライフルが置かれていることに気づいたのだろう、予断なく銃を構えてゆっくりと階段を降りる。

 水路に近づけば、ライフルが二丁、安全装置はかけたまま無造作に置かれているように見える。争った形跡も無い。これはもしかして...


「これは、探検にでも出かけたか」


「仕方ないですよね、ここ中層ですし」


 いや、仕方なくはない。危険なのか安全なのか分からないのだ。身を守る銃を置いていくなんて、気が抜けているにも程がある。

 ただ、水路に魚がいることに驚いてしまった。


「ほぁっ?!魚?!魚ですよ隊長っ」


 変な声が出てしまった。喜びながら隊長の顔を見やるが、とても真剣だ。


「す、すみません、少し興奮してしまいました」


「いや、構わない。…こっちの魚の方が美味いと思うか?どう思うテッド」


「………もしかして隊長も探検したかったんですか?」


「そんなはずはない。羨ましいと思った訳でもない、勘違いはするなよ」


 あんな啖呵を切っておきながら妬んでいたのか第二部隊を。サニア隊長に見せたら幻滅してくれないだろうか。


「隊長、気持ちは分かりますが、まずは第二部隊の捜索を」


「分かっていることを言うな」


 そう言いながらも視線は川の中だ。意外と子供っぽいところがあるんだな、とやっぱりサニア隊長じゃなくて良かったと思う。こんなところは他の人に見せたくない。


「聞こえるか第二部隊、聞こえたら応答しろ」


 インカムで呼びかけながら辺りを捜索する。

 辺りを見回せば、至る所に緑がある。室内に木や草、花壇があるのは何だか新鮮だ。カーボン・リベラにはない空間だ。

 水路に架かった橋を通り過ぎ、広間へと入る。右と左、二手に通路は別れていて、広間の真ん中には何やら見取り図のようなものがある。

 文字は...やっぱり読めない、昔の文字だ。ただ、このエレベーター出口の見取り図らしいことは分かる。合計で大きさの違う丸い円が四つ描かれているので、これは恐らくエレベーターのことだろう。それと、赤い丸点。これはさすがに分かる、現在地だ。


「さて、どうしたものか、右か左か、どっちへ行きたいテッド」


 インカムから応答が無いのでしらみ潰しに探すしかない。けど、やっぱり隊長は楽しそうだ。


「…二手に別れますか?そっちの方が効率良いと思いますし」


「それでは、つまっ」


「つま?」


「…いや、お前はここに来ても何とも思わないのか?中層だぞ?第二部隊には悪いが私も調べてみたい」


 ついに開き直った。仕方ないか、いやでも、危険を排除せずただ散歩同然で歩かせる訳にも…


「っくしゅん!」


「!」

「?!」


 突然聞こえたくしゃみの音に驚く二人。少し顔が赤い隊長、ばっちり見てましたからね?


「この、花壇の裏からか、」


「調べましょう」


 そう言いながら慎重に裏手へと回る。そこには、仲良く四人、肩を寄せ合って眠っている第二部隊の人達がいた。



「ほんとに良かったんですか?あのままで」


「大丈夫だろう、ここにはビーストもいなさそうだ」


 僕たちは第二部隊へメモ書きを残して、辺りの捜索、ではなく探検を続けていた。

 広間から二手に別れた通路、さらに見取り図には無かった通路を見つけた時はどうしようもなかった。目をあんなにキラキラさせながら行くぞと言った隊長を止められるはずもなく、まぁ僕も少し興奮してしまったけど。


「気にするなテッド、ここで興奮しない奴は男ではない」


「……隊長は、女性ですよね?」


「上に戻ってから好きなだけ体を調べてみろ」


 あぁこれはテンション高いな。

秘密の通路を抜けた先は、僕たちが降りてきた出口と同じ構造をしているらしく、所々に木や、水路もあった。何だ一緒か、と残念な気持ちになった時、少し遠くに人影を見つけた。


「た、た、た、たたた隊長!」


「静かにしろ、三人か?」


 見取り図が置かれていた広間と同じような所に、身長が違う三人組がいた。一人は大きく、一人は小さい、親子のようにも姉妹のようにも見える。そう、女性なのだ。髪も長いし、スカートのようなものを履いている。

 服装は、カーボン・リベラでは見かけないものだ。もしかして、中層には人が住んでいたのかなと思うと、冗談抜きで興奮した。

 それに、奥には見えにくいけどもう一人いるのだ。見覚えのある対物ライフルに...少し大きめのアーミージャケット...髪は長くて金、色?


「 隊長!!!」


 叫んだ同時に隊長は走り出していた。

僕も後を追いかける。


「アヤメ!!!」


 隊長の声がする。泣きそうな声だ。それを聞いた時、再会できるかもしれない喜びよりも、寂しい気持ちが勝っていた。

 叫びながら走っているのだ、当然三人組も僕たちに気づいた。

 三人共、よく見れば金色の髪をしている。目の色も同じ、何だか現実感が無い。

 けど、真ん中に立っているのは紛れもなくアヤメさんだった。

 メインシャフト三階層で別れてしまい、もう生きていないと思っていた、アヤメさんが目の前にいる。

 行かなければいいのにと、ここに来なければ良かったと恨んでしまうちっぽけな自分がいた。

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