第百九話 カサンの狼煙
109.a
ディアボロスのシグナルロストを確認した私は上官からの言い付け通り、オリジナル・マテリアルを起動した。グガランナ・マテリアルのポッドがロックされたままのルームには私一人だった。ようやく私の出番が回ってきたというに想像していたような高揚感はなく、また使命感もありはしなかった。もうすぐ世界が壊れてしまうのだ、どうしたって喜べるはずがない。
眼前でカバーがスライドし、有機蛍光灯の明かりが目を焼き付けた。私のマテリアルは既に消失しているオーディンと同じ物だ、中世を思わせる甲冑鎧に冥界を示唆しているのか、頭部には短く突き出た真紅の角が二本。全身の色は深淵を表す黒、角と腰から下ろしたマントだけが太陽のように燃える真紅色だった。「ハデス」の名に威厳を持たせたかったのだろうが中見がこれではどうしようもない、馬子にも衣装とは言うが私に内在している卑屈さまでは隠し切れなかったようだ。
(さっさと片付けよう、願わくば安らかな眠りにつけるように)
ポッドルームの中には上官、あるいはプログラム・ガイアが創造したノヴァグの死骸が転がっていた。鼻に異臭が届く、生体式と呼ばれる初期の段階で実験体となった哀れな生き物達だ。それらに深い同情を抱きながら人間が使用している扉とは逆の方向に足を向ける、向かう先は果ても遠く終わりが見えない。地面に書かれている注意にはここから先はタイタニスのオリジナル・マテリアルが収納されているとあった。つまり私は今、凍結処置により息絶えたあのマキナの上を歩いているということだ。これだけ大きなオリジナル・マテリアルを使う機会がくるのかと訝しむが、その日を迎えることなく主が旅立ったことをすぐに思い出した。
タイタニスのマテリアル・ポッドを横切りながらもう一つの通用口を目指していると早速通信が入った。
[マテリアルの具合はどうかしら]
[問題ない]
上官からだった。私語を挟むつもりもなかったので端的に返した。
[ディアボロスの権能をあなたに移すわ、直に一つ目が孵化するはずよ。それと二つ目も「産卵」が終わる頃合い、中層にいる人達から守ってちょうだい]
[分かっている]
[……本当にいいのかしら、あなたは本計画の最大の功労者、]
[興味がないと言っている。切るぞ]
通信を切り通用口の扉のロックを解除した、開け放たれた扉の先は過去の技術者達が利用していた裏道だ。有機蛍光灯ではなくLEDタイプの明かりが順次灯り、さらに私の目を焼き付けた。
「………っ」
明るさに目が慣れてから、さらに歩みを進める。湾曲した道を歩きながらディアボロスの行動履歴を辿った、奴の権能を掌握した今となっては「奴」と同等の存在になったも同じ事だった。
(人間駆除機体の製造過程…製造方法…)
道を歩いた先、技術者が使用していたエレベーターがあった。下に行けばマントリングポールの管理区域、上に行けばタイタニスが一括統制期時代に建造した移送用トンネルへと行くことができる。移送用トンネル内で一度、生前のオーディンとアヤメ達が戦闘をしたことがありいくらか設備に破損が見られるが運用するのに問題はないだろう。
エレベーターで上階に向かっている間にディアボロスの行いをまとめた、他者の心を覗き見ている気分だが奴の動きにも興味はあった。何せ私に「目的も楽しむ手段でしかない」とのたまった相手だからだ。
(人間駆除機体の基礎はティアマトが創造した環境洗浄型生命体「ピューマ」を模倣……これは予想通りだな)
長年の間使われていなかったはずのエレベーターが滑らかに上昇している。移送用トンネルに到着するまで後数分はかかりそうだ、表示された階層を示す数字を見るともなし続きを閲覧していく。
(初期にデザインされた人間駆除機体はピューマのマテリアルとエモートを転用……エモートまで利用していたのか)
人間駆除機体の総生産数は万単位にまでのぼり、そのオリジナルとなったのがメインゲートを超えて環境洗浄に努めたピューマの一団とある。
(つまり奴はマテリアルが破壊されてテンペスト・シリンダーの外に取り残されたピューマ達のコピーを作っていた事になるのか…)
人間駆除機体の製造に使われていたのはリサイクル前のナノ・ジュエルらしい、メインシャフト一階層の循環区から採取したようだ。その消費量たるや、上層の街でも同じように「カリブン」として利用している人間達の数倍だ。
(これでは何のためにやっているのか分からないな…いや、奴はこの計画に早い段階から気が付いていたのか。苦肉の策、ということだろう)
ディアボロスのナビウス・ネット内から現在の人間駆除機体を洗い出してみたが、エディスンに置かれたホテル近辺の反応が最後とし綺麗さっぱりこのテンペスト・シリンダーから無くなっていた。人々を苦しめ続けていた人間駆除機体がようやく一掃されたというのに、今度は「任命者」が控えているだなんて何とも皮肉なものだ。
そろそろ到着の頃合いだ、ディアボロスのナビウス・ネットからログアウトしエレベーターの到着を待った。
(任命者…あれだけは誰が何をしようがどうする事もできない。過去の世界で見た赤い機体にだって無理だろう)
このテンペスト・シリンダーにグラナトゥム・マキナ以外の存在がいることは既に判明している。それはもしかするならば、稼働歴元年より介在し続けてきた者であろうが...
反動を感じさせずエレベーターが到着した。開いた扉の先を歩き、人間のために作られた通路を歩く。ここで準備を終えればもう最後、このテンペスト・シリンダーは誰も見た事がない人類有史以来の理想郷が完成するだろう。それと引き換えに今を生きる人類がこの世から「ログアウト」してしまう事になる。
「私は興味ないがな、肉体と精神が混在した世界なんざ地獄以外の何物でもない」
そこに永遠の安らぎがないというのなら、永遠の責め苦を受けなければならない事と同義であるからだ。
✳︎
「ふぐぐぐっ……」
「もうそのへんにしときなって、アヤメの顔が青くなってきたよ」
「離れない……わたしはもう、アヤメのそばから離れない……」
目に光りが宿っていない、いきなりメンヘラになられても困る。けどその割にはヘッドロックを決めているあたりはいつも通りなのかもしれない。
ディアボロス・マテリアルは突如として瓦解を始め、空から呆気なく落ちてしまっていた。見事に分解されてしまった後、無事を確認したナツメさんとアマンナが私を救助してホテルまで戻ってきたところだった。後ろの座席からアマンナが降りるや否やにアヤメの元へと駆け寄り今に至る。アヤメが大切なのは良く分かるが首を絞めるとはどういう事なのか。
「ほらアマンナ!いい加減にしな!」
首を決めていたアマンナの腕を離してやるとあとはひしっとアヤメにしがみついた。
「いたたっ……ごめんねアマンナ、無茶をして」
「…………」
「あんたってほんとキャラがころころ変わるね」
アヤメの言葉に反応せず、がっしりと抱きついていた。
「それとマギリも、庇ってくれてありがとう」
「……あぁ、いやうん、それはまぁ」
何のわだかまりも見せず私の大好きな親友がお礼を言ってくれた、今日まで冷たくされていた怒りもあっさりと溶けてしまった、かに思われたが...
「で、いつになったら向こうに戻るの?」
「えぇ…何その言い草」
「こっちは危険だって分からない?仮想世界にいれば危ない思いもしないで済むのにさ」
「私はアヤメの役に立ちたくてこっちに来たの!そんな言い方しなくてもいいでしょ!」
遠くからナツメさんが何人か引き連れて駐機場へと戻ってきているのがチラリと見えた、そして私の親友が薄らと頬を染め始めたのでちょっとだけ驚く。
「え、……何で照れてるの?」
「いやその…そういう理由だって、知らなかったから…」
えぇ...まさか私が好き勝手こっちに来たと思っていたのか...
「今から機体の整備をする、パイロットのお前達はさっさと休息に入れ」
「何か他に言う事ないの」
照れたままのアヤメがナツメさんに向かって文句を放った、照れ臭いのを誤魔化しているのかもしれない。
「まだ戦いは終わっていないんだよ、こんなところでフラグを立てる趣味はない」
「街に戻ってから祝杯しようって?」
「それをフラグって言うんだよ……」
「あんた絶対平気でしょ」
私の言葉にアマンナがアヤメの胸に顔を押し付けた、やっぱりいつも通りのアマンナに安心しながら三人揃ってホテルへと戻った。
◇
「あぁ!良かった!お帰りなさい!」
ホテルに入るなりアリンが私達の所へ駆け寄ってくる、その目は薄らと涙を湛えていて生き別れの家族にでも再会したかのような出迎え方だった。残りの三人も遅れて駆け寄り私達を囲って無事に帰ってきたことを喜んでくれた。
「大丈夫だって言ったでしょ、大袈裟だよ」
「でもっ」
「いやぁ〜アリンってばまるで恋人みたいだね」
「ち、違うから!そんなんじゃないから!」
やっぱりアヤメに寄り添うようにしているアリン達を眺めながら一人離れようとすると、
「マギリさんも無事で良かったです」
「…グッジョブです、私の妹を守ってくれたみたいで」
若干一人だけ上から目線な物言いが引っかかったけど、カリンとミトンも私に声をかけてくれた。
「あー…まぁうん、皆んなも無事そうで良かったよ」
ありきりたな言葉だなと言ったそばから反省していると、ホテル内に置かれたスピーカーから聞いたことがない女性の声が響き渡った。皆んな、何事かと天井を仰ぎ見ている。
[エディスンのホテルに滞在する人間達へ、これから我々は最終段階へと入る。君達が上層の街へ戻りたがっているのは承知している、こちらから手は出さないと約束しよう。ただし、君達も我々に手出しはしないでほしい]
「この声……」
「あの時の…」
何なんだいきなり、最終段階?何の?一方的に話す内容が頭に入ってこない。それにスピーカーから話しているのは一体誰なんだ?
私の周囲を確認すると反応は様々だ、隊員の人達は私と似ていて「は?」みたいな顔をしているけど、アリン達は何か思いあたる節があるようだ、真剣に耳を傾けているのが分かる。
「………」
唯一、天井へ睨みを利かせているのが私の親友であるアヤメだけだった。
[繰り返す、これから最終段階に入る。何人たりとも邪魔は出来ない。いずれ冥界に旅立つ間柄であったとしてもその命を無駄に捨てる必要は互いに無いと考える。街へ戻るなりホテルに滞在するなり好きなように、最後まで心穏やかであらんことを]
109.b
「ぜぇっーたい!ナツメのせいだからね!あんな事言うから早速フラグ立っちゃったじゃん!」
「何で私なんだよ!街に戻って祝杯しようって言ったのはアヤメだろうが!」
「まぁまぁ」
「何であんたはそんなに余裕なの?」
「え、あのぉ…こんな所でのんびりしていていいんでしょうか…」
アリンの言う通り。私達八人は今、事もあろうにホテルの露天風呂へと来ていたのだ。
(さっきのセリフ、どう考えても終末宣言だよね)
さっきまでのメンヘラ具合はどこへやら、余裕な態度ですくったお湯を肩にかけながらアマンナがアヤメとナツメさんの仲裁に入っていた。
「二人とも悪かったってことでここは一つ!」
「はぁ?」
「ちょっとアマンナは黙ってて」
ぴぇーん!と泣きながらアマンナがミトンに抱きついた。
「…さっきの声は誰か知っているのですか?」
「ん?あぁ、あの人はハデスっていうマキナだよ。ちなみに私はあんまり好きじゃない」
「その情報は今必要なのか?」
ナツメさんの突っ込みにも動じていない。ミトンがさらに質問している。
「…どんな人なんですか?」
「えっと、どうしてそんなに知りたいのか聞いてもいい?」
ナツメさんが湯船の縁に預けていた背中を離してやおら立ち上がり、別の露天風呂へと向かった。きっと話す内容に興味がなかったのだろう、それとも単に自由に行動したかっただけかもしれない。そんなナツメさんに誰も気を払うことなく会話が続く。
「…前に一度、男の人に囲まれた時に助けてくれたことがあって。とくにアリンがあと少しというところで、さっきみたいにスピーカーから話しかけたのがさっきの人なんです」
「ふぅん……」
アヤメが意味ありげな相槌を打った後、
「…そのハデスという人は悪い人なんですか?」
「………」
アヤメが答えに窮して困ったのか、頭をちゃぷんと湯船の中へ潜らせた。そして、いきなりミトンが悲鳴を上げ出すものだから何が何やら。
「うえっ?!ちょっアヤメさんっ?!どこ触ってるんですか?!」
妖怪海坊主のようにゆっくりと湯船の中から頭を出して一言。
「……ミトンちゃんって年の割には大きいよね」
「………っ!」
「いやアマンナ!そこでサムズアップは要らないから!」
(これぞ女子会)
後はもう胸談義に突入してしまったので私も皆んなからそっと離れた。もしかしたらナツメさんはこれを読んで先に抜け出したのかもしれない。
◇
昨夜の襲撃の折、ホテル内では殆ど電気が通っておらず一夜を明かすのにも苦労したらしいが公共の生活空間だけは予備電力を回すように予め設定したらしい、そのおかげもあって食堂や華やかさを通り越して最早姦しいとさえ言える騒ぎ声が聞こえるこの露天風呂も問題なく使えていた。
竹に囲われたお洒落な道を歩いた先、小ぢんまりとしたもう一つの露天風呂を見つけた。湯気で薄く曇る中、先に抜け出していたナツメさんが一人で湯船に浸かっており普段は滅多に(というか絶対)見せない表情で寛いでいた。
「あ¨〜〜っ……」
にへらと笑い、両腕を湯船の縁にひっかけて胸も露わになっている。
「あっあの〜…一緒に入ってもいいですか?」
お邪魔かなと思ったけど、にへらと笑う表情を崩さず気さくに了承してくれた。
「あぁいいよ、お前もこっちに来い」
また、ドキの胸胸を感じながらゆっくりと隣に座った。
(というかだな…こんなにのんびりしていていいのだろうか…何故誰も慌てたりしないんだろう…)
「あの喧しいのに耐えかねてこっちに来たのか」
「あ、やっぱり分かってて抜け出したんですね」
「当たり前だよ、せっかく風呂に入っているのに騒がれたら情緒もへったくれもない」
「……どうしてそんなに余裕なんですか?さっきの話しはどう聞いても全員が危ない目にあってしまうって事ですよね」
私の言い分はナツメさんも分かっていたようで、だから何だと呆気からんと答えが返ってきた。
「こっちは命を斬った張ったの戦いをしてきたんだ、休みを取らないと気が持たない」
「えぇー…….それで露天風呂ですか?豪胆というか何というか…」
「いいだろ別にこれぐらい、風呂に浸かったって誰に怒られる訳でもなし。それにどのみち私達があいつを止めに行くことに変わりはないんだ」
「知っているんですか?あの声の人の事」
「いいや、ただ何をしようとしているのかは分かる。聞きたいか?」
「………」
と、唐突なルート選択...ここで「聞かない」を選択すると私は仮想世界へとんぼ返りする羽目になるのだろうか。「聞く」を選択するとどうなるの?ごくりと生唾を飲み込む暇もなくナツメさんが話し始めた。
「あれはアヤメが仮想世界に行った時の話しだ、」
「ちょちょちょ!時間制限なんて聞いてませんよ!」
「うるさい。話しを聞きながらでも腹は括れるだろう、それにマギリはアヤメの元から離れるつもりはないんだろ?」
「だったら何で確認取ったんですか……」
「いいから黙って聞け!いいか、そのハデスという奴は私達人間とアマンナ達マキナに代わる新しい生き物を生み出そうとしているんだ」
「………スーパーノヴァ…ですか?」
「……何だそれは、いいや誰から聞いたんだ」
あのいけ好かない教官からだ、あいつの言った通り私も当事者だったらしい。あの夜、一方的に言われた内容をナツメさんにも伝えた。
「そんな事があったのか……」
そして、ナツメさんからも今日までの経緯を全て教えてもらった。絶滅していないはずの虫がより歪な形となって復活していること、アヤメがテンペスト・ガイアと呼ばれるマキナから「何も感じない世界を作る」と言われたこと。それらを要約し、ナツメさんはハデスの話しを聞いてピンときたらしい。マキナ側が本腰を上げて人間を根絶しにかかっているという事を。
「乱暴な話しだとは思わないか、自我があるから憎しみが生まれて戦争に発展するだなんて。それ以外にも生まれるものはあるというのにだ」
「それはまぁ…確かに」
「ま、私が止めたい理由はそんな崇高なものではないんだがな」
「何のためにするのですか?」
それは何でもない当たり前の表情だった。気負う様子もなく、ただ自分がそうしたいからと自然な笑みを湛えてこう言った。
「気に入らないからさ、憎しみがどうの戦争がどうのと悩むのは私達人間であってマキナではない、それを分かっていなんだよ。何様だと思わないか?」
「………」
「子供の喧嘩に口を挟んでくる親のようなものさ、仲直りだって出来るのにそこまでする必要はないって一発ぶん殴ってやりたい気分だ」
「あぁ…その例えは良く分かります」
私もアヤメと喧嘩してティアマトが間に入ったらきっと怒るだろう。
「これでも私はマギリを頼りにしている、何かあったらアヤメを守ってくれ」
こうも面と向かって言われるとは思わなかったので、苦し紛れに突っ込みを返した。
「……それ、フラグって言うんですよ」
ナツメさんが「そうだったな」と自然な笑みで私に返した。
✳︎
「アヤメちょっといい?」
露天風呂から上がり他の皆んなが着替えを済ませて脱衣所から出て行った後、アマンナだけがひょっこりと戻ってきた。湯上りのほくほく顔は真剣に眉が寄せられている。
「何?」
「さっきの事なんだけどさ」
さっきとはディアボロス・マテリアルとの戦闘のことだろう、マギリの言う通りアマンナの感情変化は千差万別だ、けれどその瞳は真っ直ぐに私を見据えており冗談を言える雰囲気ではなかった。
「アマンナのあれ?」
あれ、としか言えないけどアマンナが何かしらの力を持っているのは知っていた。不明機もといデュランダルとの戦闘の折にも見せていた「あれ」だ。それについての話しらしい。
「そうそうそれ、あれを使えばこれから先も何とかなると思うけどそっから先がどうなるか分からないから」
あれとかそれとか、何かを指す言葉しか言わいのであまりはっきりとは分からないけどアマンナの言わんとしている事は良く分かった。
「じゃあアマンナは「あれ」を使わないようにね、はっきりと分かるまで絶対駄目だよ」
「………」
アマンナが目を細めた、何も眩しいからではないだろう。
「ガニメデさんとグガランナが解明してくれているはずだから、それが分かるまで私も大人しくしておくよ」
「ちょ、ちょちょっと待って、何?ガニメデとグガランナが?何その話し」
「あれ言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ!陰で何こそこそやってんの?」
まだ服もちゃんと着ていないのにアマンナが私を揺さぶってきた、着替え難いったらない。パンツの裾に途中まで突っ込んでいた足を引き上げた。
「もぅこら!着替えられないでしょ!」
「というかグガランナと連絡取れるの?何こそこそやってんの!」
アマンナもグガランナと話しがしたい..という訳ではなさそうだ。
「せっかくアヤメを独り占めできると思ってたのに!わたしの知らないところで……」
「重いよ!とにかくアマンナは危険な真似をしないように!」
「それわたしのセリフだからね?!アヤメとマギリが直撃食らったからだよ?!」
「わぁかったから!服を着させて!」
「わたしは別にそのままでもいい」
「変態かよ!」
脱衣所でアマンナとぎゃあぎゃあやっているといつも着ているジャンパーの内ポケットからコール音が鳴った、私は生憎パンツを穿いているところだったのでアマンナにそのインカムを取られてしまった。
(まぁいいや、もう)
「もしもし〜?いつもわたしのアヤメが大変にお世話になっていますぅ、どこの泥棒猫さんですかぁ?」
また変な動画でも見て覚えたのか、敬語で受け答えしていた。
「げっ、じゃないんだよ!今までどこに行ってたのさこのバカランナ!大変な時にまぁた一人でふらふらと!……何ぃ?愛しの妻に変わってほしい?それなら天国にいるはずだからお一人で行かれてはどうですかぁ?」
「もうアマンナ、早く渡して。それと勝手に私を殺すな」
ひょいとインカムを取り上げて耳にはめる、私の周りをアマンナがうろちょろとしだした。
[マイワイフ……愛しのあや、]
「いいから早く報告」
[待って、今の私にとって何よりの時間なのよ?それをまさか愛しの本人から止められるだなんて……あぁそういうプレイ?いいわよ!いくらでも受けて立つわ!]
などと相変わらず馬鹿なことを言いながら向こうの進捗を教えてくれた、けれどあまり進展はないらしい。
[それとエレベーターの修理だけど一基だけなら動かせそうよ、こっちに来たらお姫様の所へ向かってちょうだい。彼女のお友達が協力してくれるみたいだから]
グガランナは未だにガニメデさんのことをお姫様と呼んでいる、何でもそっちの方がしっくりくるらしい。
「あぁ、もしかしてあの大きな虫さん?でもどうやって?」
アマンナが「むむむ?」と私の言葉に反応してインカムに耳を近づけてきた。邪魔でしょうがなかったので今度は私がチョークスリーパーを決めてあげる、胸で暴れるアマンナをいなしながらグガランナの言葉に耳を傾けた。
[彼がエレベーターを動かすための必要な電力を作ってくれるそうなのよ。それと念のため、人数は限られるけど中型エレベーターは使えるみたい、ここ最近誰かが使った痕跡があったわ]
誰?もしかして街に戻ったという総司令だろうか、降下作戦時はどのエレベーターも使えなかったはずだがきっと何かしらの「隠し玉」でも持っていたのだろう。さらにグガランナの報告が続く。
[最後に、上層の街でマキナの犯行と思しき殺人事件があったらしいわ、殺されたのは上層連盟長という男性、マギールからの報告よ]
(上も上で大変だなぁ…)
「分かった、報告ありがとう。マギールさんは元気にしてた?」
胸で暴れるアマンナとインカムのグガランナが同時に吠えた。
「くそえろマギールのことなんかほっとけ!」
[あんな奴放っておけばいいのよ!]
「まぁたそんな事言って、あんまり邪険に扱うと怒るよ?」
[くっ……ワイマイフの頼みとあれば……]
「それと、グガランナもごめんね?私の我儘に付き合わせて」
「ん?何その話し」
[……いいのよ、あなたの初めての我儘だもの。いくらでも力を貸すわ]
「ありがとう、それじゃあまたね」
通信が切れた後、今度は私がアマンナから質問責めにあったのは当然の話しだった。
109.c
「馬鹿かお前さんはっ!あんな下らないことで呼び出しを食らう身にもなれっ!」
「うるさいな、仕方がないだろ」
「ちょっとはそのじゃじゃ馬根性直したらどうなのだっ!あぁ?!少しはあのアオラを見習えっ!!何で一番の年長者のお前さんが問題を起こしておるんだ!!」
「本人の前であの呼ばわりするのかマギール」
「ま、まぁまぁ…」
「いいだろうが別に、それに壊れたストレージはラジルダが直してくれたんだ。あたしが問題を起こさなければ全部押収されていたんだぞ?」
車椅子に座りながらマギールさんが片腕を上げ、地獄の底から何かを呼び覚ますようにわななかせている。
「きちんとした…手続きを踏んで奴の遺留品をこっちに回してもらうつもりだったのだ……それが全部お前さんのせいでご破算だ馬鹿たれぇ!!」
きぃん!と耳鳴りがするほど怒鳴り声を上げた、怒られているカサンさんは未だ知らんぷりだ。
ここは変わらず第十二区の公務室、すっかり私達の溜まり場(仕事場)になっている場所へ集まってほしいとリューオンさんから連絡があった。それも火急の用件らしくかなり慌てている様子だったとマギールさんから説明があった。そして当の本人は遅刻、私の隣はすっかりしょげてしまったキリちゃんが座っている。
「私…捨てられるんだ…リューと離ればなれになっちゃうんだ…」
「キリちゃん大袈裟だよ、勝手に居なくなったからといって考え過ぎ。というかだよ、どうしてキリちゃんはリューさんと同じ家で過ごしてるの?そっちの方が聞きたいんだけどな」
「………」
ぷいっと顔を逸らしたあたり自覚があってやっているみたいだ。抜け目がないというか何というか...この子も強かだな...
「もうよい…疲れるわ…」
「一人で勝手に怒鳴っておきながら何言ってやがる。それでリューオンの奴はまだ来ないのか?こっちも忙しいんだがな」
「まさかお前からそんな台詞が聞ける日が来るとはな、女ばっかり連れ込んでいた昔のお前が聞いたら卒倒するだろうよ」
「そのお話し詳しく」
「いやいや、スイちゃんに聞かせる話しはないよ、な?だからその拳を下ろしてくんない?」
持ち上げた拳をそのままアオラさんの頭に下ろそうと立ち上がると、ようやくリューオンさんが姿を見せた。そしてその後ろには見た事がない小さな男の子も一緒にいた、場が騒然としたのは言うまでもないことだった。
「リューの隠し子ぉ!!あぁぁんっ!!浮気されたぁっ!!」
「ちょ、ちょっと待ってくれっ」
「おい何だその男の子はっ!ちゃんと説明しろっ!」
「だからリューオンの子供だろ?」
「違うと言っているじゃないかっ」
「初めまして、君のお名前は?」
馬鹿騒ぎしている皆んなに付き合う訳にもいかず私はその男の子に声をかけた、マギールさんは何とも思わないのかなと視線を寄越すと、
「………………」
信じられないものを見るような目で男の子を凝視していた。
「僕はバルバトス、リューオンの子供じゃないよ。皆んなよろしくね」
年に似合わない挨拶をしたバルバトスという子供を、今度は皆んなが見つめた。
◇
「あ、あぁ…お邪魔のようだから、俺はこれで失礼するよ」
「いやいい、お前も入ってこいラジルダ。修理ご苦労だった」
「よ、嫁を待たせているんだ、それじゃあ」
「………」
「カサンはあまり人望が無いの?」
なっ!何て失礼なことをバルバトス君は...ラジルダさんが帰ったのはあくまでも用事があったからで決してこの部屋の雰囲気に臆した訳でも、カサンさんのことを嫌っている訳でもない!しかしアオラさんが高笑いしてしまった。
「あーっはっはっは!お前見る目があるなぁ!バルバトスっ!気に入ったよ!」
「なっ!そんなぽっと出の男の子になびかないでくださいよアオラさんっ!」
「少しは静かに、」
「聞いていた通り、とても賑やかな人達だね。リューオンもさぞかし苦労したんじゃない?」
「いや、そういう事はここで言わなくていいんだよ…」
「どういう事なのリュー??私の相手が嫌だったのぉ??」
「キリ!そんな事は言っていないし、そもそも僕がここに来たのは大事な話しが、」
「ほーらやっぱり隠し子なんじゃないか、で、相手は誰なんだ?」
「だから違うと!あなたもいい加減にしてください!」
「誰に怒ってるんですかリューさん!私が怒りますよっ!」
「あははは、本当に賑やかな人達だね。そうは思わない?マギール」
え、バルバトス君がマギールさんを呼び捨て?知り合いだったの?
「………」
「んぁ?何で黙ってんだ、知り合いじゃないのか?」
「マギール・カイニス・クラーク助教授、あるいは臨時職員、といったところかな。違うかい?」
「………」
あれだけ賑やかだった場が一瞬にして静まり返った。ふざけていたカサンさんの目付きも真剣なものに変わっていた。
(もしかして…何か知っていたのかな…)
最近のカサンさんの様子から、今日のこの場はどこか調子っ外れな印象を受けていた。そして、ゆっくりとカサンさんが口を開き問い質した。
「どうなんだマギール、そいつの言う事は本当なのか?」
「……それをどこで知った」
「この中だよ」
ラジルダさんから受け取ったストレージをマギールさんに見せつけている。
「ここにはノヴァグ製造の計画概要と名前があった。計画者はプログラム・ガイア、そしてあんたの名前が協力者として記載があったんだよ。あんたは陰であたしらの事を裏切っていたのか?」
カサンさんが放ったストレージがテーブルの上を滑りマギールさんの足元に落ちた、その乾いた音が薄ら寒く聞こえ思わず萎縮してしまった。静かに怒るカサンさんはやっぱり怖い、誰も何も言わない中、マギールさんが身を屈めてそれを拾い上げた。
「……事実だ。だが少しだけ違う、それを説明するのは容易な事ではない」
「はっきり言えよマギール、誰もあんたが敵だなんて思っちゃいない」
「それでいいのかアオラっ!ノヴァグのせいでスイが死にかけたんだぞっ!白黒はっきりつけるべきだろっ!」
どうしてそんなにマギールさんの事を目の敵にしているのか、アオラさんも分からないようでここに来て初めて狼狽た。
「おいおい、お前どうしたっていうんだよ。そりゃ確かに気にはなるが何も責めることはないだろ、スイちゃんを助けるためにマギールだって苦労したんだぞ?」
「自分の立てた計画で身近な人間が死にかけたら助けるに決まってっ」
最悪だ、その言い方は我慢できなかった。
「カサンさんっ!そんな酷い言い方をしないでくださいっ!マギールさんがこの街を滅ぼすためにノヴァグを作ったっていうならどうしてピューマの人達を連れて来たんですかっ!!」
「ーっ」
「マギール、皆んな君の発言を待っているよ」
「………昆虫類の知識を提供したのはこの儂だ。しかしまさか、それを転用しているとは思わなんだ…」
「外殻部で遭遇した時はマギールさん、とても感動していましたよね、私今でもはっきりと覚えていますよ」
戦闘機だった頃の話しだ。今となって遠い昔のよう、こんな自己紹介誰だって信じやしない。
「そうさな…お前さんの言う通りだ…」
質問の答えに...けれどマギールさんは頭を抱えて視線を落としてしまった。その姿は酷く打ちひしがれているよう、それなのに。
「マギール逃げるなよ、今はあんたの話しをしているんだ。何かやましいことでもあるのか?何故黙る必要が、」
気が付いた時には立ち上がり、さらに目に涙が溜まっていることに気が付いた時はカサンさんの頬を打った後だった。
「そんな意地悪なことばかり言うカサンさんなんか大っ嫌いですっ!!」
✳︎
「それで…儂に何の用かね」
「ごめんね、僕は何も君を陥れるために来たんじゃないんだよ」
リューオンに案内された公務室という場所には、言うなれば男性しか残っていなかった。スイという女の子が激怒して部屋を後にし、その後をアオラという女性と少し遅れてからカサンという可哀想な人が追いかけて行った。キリという小さな女の子はこの場にいなかった、どこに行ったんだろう?
「お前さんに気遣われる謂れはない。それでリューオンよ、この子は何かね」
「端的に申し上げればアマンナと同じ存在です。これ以上は言えません」
「ほぉ………そうか………そういう事か……ならお前さんがここに来たのは…そうか」
「ん?分かってくれたの?」
「概ねはな。だがお前さんが来た理由はまだ分かっておらん」
「簡単な話しだよ、ノヴァグについて教えてほしい。さらに具体的に言えばスーパーノヴァについても教えてほしいかな、僕の方からでは調査ができないんだよ、何せ向こうがスタンドアロンに切り替えてしまったからね」
「儂が聞いていた話しとは違うようだな、こうも早く現れるとは思わなんだから驚いてしまったが……お前さんは何を隠しておるんだ?」
「そういう君こそ何を隠しているの?どうしてさっき本当の事を話さなかったの?」
「二人とも……?一体何の話しを……」
「話してどうする、もう過ぎた事だ」
「それは良くないよ、せっかく贖罪できる良い機会だったのに」
「そんな崇高な事の為に命を捨てるつもりはない。儂は儂を庇ってくれた者の為に命を捨てるさ」
「ウルフラグきっての技術者が聞いて呆れるよ」
「………そこまで知っておるのか……ならお前さんのその容姿は……」
「ん?何?僕について何か知ってるの?生憎僕は生まれた時からこの姿だから詳しくは知らないんだよね」
「………そうだろうな、奴が考えそうな事だ」
「………君、やっぱり何か知っているね、スーパーノヴァについても実は予期していた事じゃないのかな」
マギール・カイニス・クラークが車椅子を動かしデスクの近くへ移動した。
「残念だが初耳だ、儂の古い友人とも連絡が取れないからな、聞き出そうにも無理な話しだ」
「あぁ、君はプログラム・ガイアと付き合いがあるのか…」
「今ので良く分かったな」
「僕の知り合いにも同じ言い方をする人がいるんだよ」
「それは本当に人なのか?」
「違うかもね」
「で、お前さんの本当の名は何かね。過去に色々と介入していたようだが記録が何も残っておらん」
「そりゃそうだよ、それが規則だからね。ちなみに僕だって口にすることはできないよ」
「ふむ、それならお前さんは矛盾しておるな、何故それが分かるんだ」
「リューオンのおかげさ」
「えぇ?僕ぅ?」
話しを急に振られたから驚いているのか、目をぱちくりとさせている。
「いやそりゃ確かに…記憶は継承しているけどとくに何かをやった訳では…」
「そういう事か、リューオンの記憶をフィードバックさせているのかね」
「ご名答。ま、彼ではなくてアリュールという男だったんだけどね、君の言う古い友人に横取りされてしまったのさ」
「それは良くない、会ったら叱ってやらんとな」
「ふぅん……それなら君は与太話しに関与はしていないんだね」
「何の話しだ?」
十分かな、彼は何も知らなそうだしこれ以上聞いても仕方がないようだ。
「何でもないよ、それと一つお願いがあるんだけどいいかな?」
「内容による」
「僕達をアリュールの自宅へ入らせてほしいんだ、まだ資料とかが残っていればの話しだけど」
「アマンナと同じように直接乗り込んだらどうかね」
「それはできないよ、この街の人達を敵に回してしまうことになる。それは僕の本意ではない」
「ならば十五区の警官隊の所へ行け、奴の遺留品は全てそこに保管されている。儂から話しを通しておこう。ただし、」
「分かっているよ、この未曾有の危機に対して僕も協力する。願いを叶える前にここそのものが崩壊してしまったら意味のない話しだからね」
「良かろう。他に用件は?」
僕と彼の話しを黙って聞いていたリューオンが口を挟んだ。
「総司令がこの街に戻ってきています、今は上層連盟の組織を立て直すために十九区へ向かっている………どうかしたのですか?」
リューオンの話しの途中でマギール・カイニス・クラークが机に突っ伏してしまった、僕もリューオンも慌てて彼の元へ駆け付ける。やはりガイア・サーバーの異常によりマテリアルへ何かしら深刻な問題が...そう思ったの束の間、目にも止まらぬ早さで頭を叩かれてしまった、この僕が!
「いたいっ!」
「馬鹿たれっ!それを先に言わんかっ!さっきの茶番は何だったのだっ!」
「茶番じゃないよ〜真剣な話しをしていたのに〜」
さらに机に置かれた端末から緊急性の高い通信音が鳴り始めた。持ち主の許可を得ず画面が切り替わりヘッドセットを装着した女性が口早く報告を始めた。
[総司令代理、第一区と第六区から未確認生物を発見したと報告がありました!区長からリバスターへスクランブル要請がかけられています!]
「すぐに出そう!詳細なデータを送れ!」
[はっ、はいっ!]
「君まで八つ当たりすることないだろうに、カサンといい可哀想だよ」
「喧しい!さっさく頼まれよバルバトス!嫌だとは言わせんぞ!」
「分かったよ、今後の為にも信頼を先に勝ち得ておこう。リューオン、悪いけど君は先に第十五区へ向かっててくれるかい?」
「あぁそれは…でも未確認生物というのは?移動しても大丈夫なのかい?」
「だから先に行っててほしいんだよ、外出禁止令が発令されたら移動もままならないからね」
「分かった」
彼の後ろ姿を見送り僕も準備に入る、と言ってもまたあの子を呼び出して「バルバトス」を擬似展開させるだけだけど。前にリューオンを街へ送り返した時は機体を維持するのに大変だった。やはり僕一人だけでは難しい、そのあたりアマンナは要領良く準備を進めていたみたいだ。
(さて、あとはあの子だけか…昔っから融通が利かない子だからどう言い包めるようかな…)
頑固なもう一人の妹を思い浮かべながら彼の部屋を後にした。
109.d
『スイちゃん、ちゃんと後で謝っておくんだぞ』
(あぁ!恥ずかしい!)
私は何て馬鹿な事を...今すぐにでも謝りに行きたいけどそうもいかない。
中層への出撃準備を終えていたリバスター部隊にスクランブルの命令が下った。それぞれ第一区と第六区から、街の人達による通報で警官隊が先に出動したがどうやら手に負えそうにないとリバスターに事態収縮が求められた。おそらくビースト、もしくはノヴァグの残党がこの街に現れたのだ。私の決死の行動を持ってしてもまだ生き残りがいただなんて驚きだ、けれど為すべきことは変わらない。第一二区の地下に設けられたリバスター専用のハンガーから空を睨む、タイタニスさんに無理を言って作らせたらしい私達の新たな拠点で待機しているとマギールさんから通信が入った。
[スイよ待機しておるな、どうやらやっこさんは複数おるようだ、お前さんの力も借りることになる]
「はい!」
[良い返事だ。その素直さをカサンに見せてやれ]
がくりと項垂れた拍子に頭をコンソールで打ってしまった。やっぱりマギールさんはお見通しらしい。
「違うんです、さっきのはてっきりマギールさんを責めているものとばかり思っていて…」
[その思い込みの激しさが玉に瑕だな、お前さんは。しかし無理もない、カサンの奴は何をそんなに慌てているのかちと躍起になり過ぎているところがある。なぁに、きちんと話しをすれば向こうも頭が冷えるさ]
「はい……」
面倒見の良いおじいちゃんみたいな口調から一転、とても厳しいものに変わった。
[それと、街に現れたノヴァグは舐めてかかるなよ、今までとはどうやら様子が違う]
「ノヴァグだと断定出来たのですか?」
返事の代わりにコンソールに一枚の画像が表示された、撮影された物は直近数分前のものだ。八本足に複数の眼を持つこの生き物は確かにノヴァグ、皆んなが渾名を付けたクモガエルと酷似している。出現した場所は第一区のセントラルターミナル、それから第六区では湖の水を循環している地下施設からだった。
[見ての通りだ、カサンらには第六区に向かわせているが第一区の人型機部隊でも手に負えないようならスイ、お前さんにも出撃してもらう]
「はい!」
[不明機のこともある、十分に注意されよ。通信以上]
それから程なくして私にも出撃命令が下った。すっかり賑やかになったリバスターハンガー内に居た誘導員の指示に従ってリニアカタパルトに機体を固定する。グガランナお姉様のマテリアルにいた時は一人で行なっていた出撃も、今となっては他の人達が懸命にやってくれる。恥ずかしいような照れ臭い気持ちのまま機体のエンジンを立ち上げ、リニアカタパルトによる加速を体にひしひしと感じながら上層の空を舞った。
✳︎
マガジンの底を叩き付けながらアサルト・ライフルにセットする。後続に控えていたマヤサが耳ざとく聞きつけ注意してきた。
「そんなやり方したら駄目ですよ、すぐに銃が傷みますよ?」
「静かにしろ、敵の懐の中だぞ」
「たぁーっく、結局生身で戦うなら警官隊も一緒に来ればいいのに」
「戦いじゃない、調査だよ」
「何かありました?まさかご家族の方と喧嘩したとか?カサン隊長は態度に出やすいですからね」
「うるさいとっ」
「ここ、懐の中ですよ。さっさと行きましょう」
軽く舌打ちをしてから先を急いだ。
第六区の地下施設に足を踏み入れたあたし達を待っていたのは目が眩む程の巨大なタンクの群れだった。いつか見たあの工場を思わせる。
「報告によれば、ここの管理職員が第一発見者だそうです。湖の水を引き取るパイプから第一タンクへ向かう手前、外壁に穴が空いていたそうです」
「そこが侵入経路か」
「恐らくは。まだ負傷者の報告はありませんが確認しただけでも複数体存在するそうです」
「これ調査とは言わないだろ、ただの駆除活動じゃないか」
「それさっき私言いましたよね?」
水質管理施設と呼ばれる地下施設は天井から伸びるパイプが一つのタンクに集約し、さっきも言ったように巨大なタンクが狂ったように整然と並んでいる場所だ。マヤサと突入した入り口から真っ直ぐ進んだあたり、さらに一際巨大なタンク付近で目撃されたらしい。職員用のタラップを歩きながらあちこちをくまなく観察してみるが今のところ異常はなかった。
「しっかし、こんな馬鹿デカい施設をあっさり作れるマキナさんでも未確認生物までは捕捉できなかったみたいですね」
眼帯を何度か外しながらマヤサも周囲を確認していた、その行為に何か意味があるのかと奴に聞いてみると、
「いやね、これプレゼントなんですよ。せっかく貰ったんだから付けてあげようと思って」
「……お前、完全失明ではなかったんだな」
「でもからっきしですよ?びっくりするぐらい視力が落ちてしまいましたから」
「よっぽどプレゼントした相手に思入れがあるんだな」
「そりゃもう、生意気だったり可愛げがあったりとても良い子なんですよ」
「唾はちゃんと付けておけよ」
「もう付けていますよ」
マヤサが唐突にセーフティを解除した、何事かと後ろを見やれば整然と並ぶタンクに向かって銃を構えていた。あたしも解除しながら先を見やれば、あるタンクの上にノヴァグと思しき生き物が鎮座していた。いつの間に?入ってきた時には何もいなかったはずだが、あちらさんをこちらを観察するようにじっとして動かない。
「発砲許可は下りていないからな」
「それは向こうに言ってくださいよ………それにしても気味の悪い………何もしてこないだなんて」
ノヴァグの大きさは人より大きいぐらいか、ビーストと比べて幾分小柄だがあの鋭利な足は危険が過ぎる。中層にいる部隊からの報告によれば見る物全てを破壊する習性があると聞いていたが確かに、マヤサの言う通り気味が悪い相手だった。
(何故何もしてこないんだ)
「マヤサ、撮影しろ」
「了解……」
一瞬目を離した隙にマヤサが素早くトリガーを引き天井に着弾する音が響き渡った。瞬時に何が起こったのか理解したあたしはすぐさま距離を取って敵から離れる。
「マヤサ!」
「私は平気ですよ!」
直後、あたしとマヤサの間に跳躍していた敵がタラップに降り立った。耳をつんざく嫌な音が鳴りあたしに背中を向けていた敵がその鋭利な爪を持ち上げた。
「よっぽど撮られるのが嫌みたいですね!」
「いつまで減らず口を叩いているんだ!構えろ!」
しかし、敵の狙いはマヤサではなく足元のタラップ、空中に張られた渡り通路を壊しにかかった。
「こいつまさか!いきなり特攻だなんて気が狂ってる!」
「いいから止めろ!」
間に合わない、トリガーを引いたと同時に足元が大きく揺れ力を失ったタラップが敵の位置を起点にして壊れてしまった。
◇
微かな足音で目が覚めた、覚めたことに少しだけ驚く。
(生きて…平気なものだ…)
頭が上手く回らない、ぼんやりとした視界には光りに反射している床が映っていた。水か、床一面が水浸しになっているから反射しているのかと理解した瞬間、体がバラバラになりそうな激痛が襲ってきた。
「………あぅ、くそが」
痛い所がない程だ、見上げたタラップは高さ十メートルぐらいだろうか、良く無事だったものだ。それに良く見やればあたしの背後には一部破損したタンクがあり中から水が漏れ出ていた。それに壊されたタラップの一部がタンクの根元に付けられてアサルト・ライフルのスリングで固定されている。
新しく入れ替えたインカムを使って通信を取ると、案の定マヤサの元気な声が返ってきた。
「……今………どこにいるんだ…」
[お、ご無事なようで。周囲の索敵です、今のところ敵はいません、どこかへ雲隠れしたようですね]
「そうか……この水は、一体何だ…」
ただの水浸しとか思いきや、あたしの足がまるまる入ってしまう程水深が深かかった。マヤサが気を利かせてタラップにあたしを寝かせ、流されないようにスリングで固定していたのだ。
[分かりません。ですがさっきの特攻でそうなったようには見えませんね、きっと敵が侵入した時から漏れ続けていたのでしょう。そのおかげで私も隊長も助かったっていうのがまた皮肉ですけどね]
「言ってる場合か…すぐに応援を呼んでくれ、それとマキナに連絡を取ってこの状況を伝えるんだ」
[既に取っていますよ]
「出来る女は違うな……全く……」
[ご期待に沿うよう頑張ります]
通信が切られた後、またしても足音が聞こえ始めた。最初は応援で駆け付けた味方かと思っていたが違ったようだ。
「何だ……あの数は………」
あたしがいる斜向かいのタンク、そしてそのさらに後ろに並ぶタンクには数え切れない程の敵が密集していた。タラップの上から見たら死角になる位置だ、あたし達を襲ってきたのその内の一体に過ぎなかったという事だ。冗談ではない、あの数を相手にできるはずがない、いくら防御が紙切れ同然とはいえ押し寄せられたらひとたまりもない。
折り返しマヤサに通信を取り敵の現状を伝え、到着した応援部隊に救助されるまでの間生きた心地がしなかった。一つでも物音を立てれば襲いかかってくるかもしれないという恐怖と不安、どう対処すればいいのかと頭を悩ませるばかりだった。
そして、報告を受け取ったマギールから下された指示が第六区の「破棄」だった。