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第百七話 コパの初陣

107.a



 ここは一体何処なのだろう、少なくともテンペスト・シリンダー内ではないことだけは確かだ。決議の場から強制的に移動させられてしまった私は未だ混乱していた。足元に見える景色はどこかの平原部だ、遠くには山脈とその麓から流れる川、そして大海原へと続いている。大地の見晴らしはとても良い、私の心情とは裏腹にだが見ていて清々しくもある。けれど空模様は歪だ、白色の空には青色の雲が揺蕩い灰色の太陽が昇っている。それに白色の空はまるでミミズのように細かく蠕動を繰り返し不気味な様子だ、見るに耐えない。

 皆んなはどうしているのか、決議の場で宣告を受けてから全く分からない。サーバーとも繋がっていないようだから連絡だって取れやしない。ラムウ、それにタイタニスが凍結処置を受けてしまったのはショックだし怒りも感じている。

 グガランナは?あの子は何処へ...いいえ、あのさっぱりとした見切りの先には何かしらの目的があるはずだ。アヤメと別れてからあの子はさらに芯が強くなったように思う、ブレないというか、目的以外の事柄を意識的にシャットアウトしているように見えた。


「ご機嫌よう、気分は如何かしら」


 唐突に声をかけられた、平原部から高原地帯へ変わるその狭間、高い山脈を背にしてテンペスト・ガイアが分不相応にも玉座のような椅子に腰かけていた。そして、


(アヤメ……)


 グガランナとアマンナの我儘を聞いて作ってあげた、仮想世界で何でも言う事を聞いてくれるアヤメがテンペスト・ガイアのすぐ隣で従者のように屹立していた。


「最悪、と言えばいいかしら」


「そう…」


 優雅に、そして勝ち誇ったような微笑みが癇に障った。そんな私に構うことなく、アヤメの手を取りながらプログラム・ガイアの子機が話しかけてきた。


「ずっと不思議だったの、私が入り込んだあの仮想世界は一体どうやって作ったのかって。過去の地球を再現しこの子に知識としてテンペスト・シリンダーの成り立ちを学ばせたあの世界は異質に過ぎるわ」


「……そんな事はどうでもいいの、ここから早く出しなさい、もしくは状況を説明なさい」


「それにあなたは過去にピューマを創造し、テンペスト・シリンダーの外へ放ってみせた。いくらあなたが食糧などに関与するマキナと言えど、単独で生命を創造するなど越権行為も甚だしいわ、だから協力者の存在を疑ったの」


「…………」


「仮想世界とピューマの創造に力を貸した存在がいる、そしてそれは私が管理しないマキナである。けれどそれがまさか、私を作り上げたプログラム・ガイアそのものだとは思いもしなかったわ」


「推理のお披露目なら他所でやってちょうだいな」


 自嘲めいた笑みを消し、真っ直ぐに視線を向けられてしまって私は激しい後悔に苛まれた。


「あなたの権能をハデスに譲渡し凍結処置を取ろうと思ったのですが、ハデスには荷が勝ち過ぎました」


(この喋り方……腹が立つわ)


 それに何故アヤメを引き連れているのか、一度決議の場でアヤメに向かって喚いていたではないか。


「ティアマト、任命者が孵化するまでの間あなたに預けます。どうか、大事に育ててください」


「何?それが私から権能を取り上げたかった理由なのかしら、従うと思うの?」


「これはお願いではなく指示です、あなたに拒否権はありません。まぁ...そうですね、あの時第三区で私に従っていれば、今頃は余生を楽しめていたかもしれません」


「馬鹿ばかしい、早くここから出してちょうだい」


「これだけ言っても聞きませんか、まぁ予想の範囲内ですが些か面倒ですね」


 忌々しい子機がアヤメに何か指示を出した、微笑みながらゆっくりと子機が頷くとアヤメが私の元へ歩いて来る。現実では一度も目にしたことがない服装をしている、大方この女の趣味だろう。それにしてもいつの間に私が作ってあげた世界からアヤメを引っ張り込んだのか...あぁ、あの時か。


(この女はどこまでも……)


 決議の場で取り乱していたのは単なるブラフ、はったりだ。行方をくらましていたのも今日の為に色々と準備をしていたのだろう。

 アヤメが私の前に立ったが遠慮なく平手打ちを放ってやった。小気味良い音が鳴り、アヤメに似せたただのデータがその場で崩れ落ちた。


「失せなさい、目障りよ」


「……信じられない、自分で作っておきながらそんな仕打ちができるだなんて」

 

 子機の口調が再び戻り、口を開けて驚いている。まるで私が異端者のような扱いだった。


「お生憎ね、このデータは作り物。あなたと違って本物を知っているもの」


「そのデータが自我を持てば?本物とは違う自我を獲得して一人歩きをはじめてしまったら?それはもう立派な存在だと思わない?」


「おも、」


 わない。そう口にしたかったが、足元から糾弾の声が上がって思わず黙ってしまった。


「ひどいよティアマト、いきなり叩かなくても……」


「…………」


 何故...喋れるの?これは本当に私が作ったものなの?あり得ない。


「……テンペスト・ガイア、あなたの仕業?」


「何のこと?」


「アヤメに似せたデータを作ったのはあなたの方でしょう。私は発言プロトコルまで組んでいないわ」


「そんなまさか。ナビウス・ネット内に仮想世界を構築する権限は皆が持っているものだけど、人間を構築する権利は誰も持っていないのはあなたも知っていることでしょう?」


「…………」


「私とて例外ではない。ディアボロスもメインシャフトに作っていたようだけど、あれはファンタジー世界を構築したのであって人間は誰一人存在していないもの」


「………そうよ、プログラム・ガイアから貸し与えられたものよ。だからと言って作ったデータが自我を持ち合わせるだなんてあり得ないわ」


「それなら、あのマギリという子は?今も元気に現実世界で生きているのでしょう?」


「あの子はそもそも作り方が違う、最初から自我、自意識を与えてあるのよ。今ここにある風景と何ら変わりはないわ、あなたも木が喋りはじめたら驚くでしょう?」


「本当に酷い言い方ね。仮想世界で誕生した一つの生命が現実世界に進出し生存権を獲得している、あなたは知ってやったのではなくて?」


「何の話しよ、いい加減に説明なさい!」


「それがこの子の役割よ」


「っ?!」


 大地が文字通り割れ始めた。平原部に生まれた亀裂が高原地帯を、果ては山脈をも砕き仄暗い穴の底から何かが這い上がってきた。


「ここもあの子が作った世界なのよ、空模様はいまいちだけどね。あんなグロテスクな姿にならなくてもいいのにと思うけど……まぁあの子が選んだものだから我慢してちょうだいな」


「……は、何を言って、待ちなさい」


 アヤメと子機の姿が薄らいでいく、まさか私だけ置いていくつもりなのか。たまったものではない、あんな、あんな生き物かどうかも分からない存在とここで二人っきりだなんて。


「待ちなさいと言っているでしょう!」


 割れた大地から這い上がる手は無数、木々を薙ぎ倒し川を堰き止め尚も上がってくる。産ぶ声のつもりか耳障りなかんしゃくが届いた。


「それでは、あとはよろしくお願いしますね。いくら私でもあの子に「愛」を教えてあげることができませんので」


「ふざけないで!ねぇ、待って、お願いだから!」


「それではご機嫌よう、時が満ちればここに来ますのでまた会う日まで」


 その言葉を最後に子機の姿が完全に消えてしまい、私はこの訳の分からない世界に閉じ込められてしまった。



107.b



 すすり泣きを聞いたような気がした、懐かしいような、初めて聞くような、そんな声だった。

 固い枕から頭を上げて窓の外を見やる、あの日見た戦闘機はそこに無く、がらんどうの駐車場があるだけだった。ここはプエラと数日の間だけ過ごした病院だ、傷の手当てに使えそうな物があればと足を運んだが、懐かしさと疲労で猛烈な眠気に襲われてしまった私は前に使っていた部屋で仮眠を取っていたのだ。時間は昼前だろうか、少しだけ重い体と軽くなった胃袋を持ち上げベッドから降りた。


「〜♪」


「………まさか」


 すすり泣きの次は鼻歌、それも随分と懐かしいものだ。部屋を飛び出し駐車場へ出るためにカーブした廊下を走った。スイとの出会いもここだ、プエラと仲良くなったのもここだ。もう誰も失いたくなかった私は走りに走った。扉を出て裏手に回り、戦闘機に乗せてもらったあの駐車場へ、


「〜♪、あ、おはよう。体はもういいの?君が眠っちゃったからこんなものを作ってしまったよ」


「…………」


「永久葉で作った舟〜、なかなかの出来だと思わない?これならどんな嵐でもひとっ……………その握り拳は何?」



「ねぇ、どうして僕は叩かれたの?ねぇどうして?」


「うるさい」


「ナツメは少し暴力が過ぎるんじゃないのかな、そんなんだったら運命の人にも逃げられてしまうよ?」


「もう逃げられたさ、夢の中にな」


「はっはぁ〜……ふむふむ……え、どういうことなの?」


「お前なっ!さっきの鼻歌は何なんだ!紛らわしいんだよっ!」


「えぇ…急な逆ギレ…これは将来のお婿さんは大変だ」


「うるさいっ!お前みたいな子供にそんな事まで心配される筋合いはないっ!」


「まぁまぁ…で、さっきの鼻歌だけど僕も良く覚えてないんだよね、ナツメはどこかで聞いたことがあるの?あるんだよね」


「プエラも同じ歌を口ずさんでいたんだよ、それであいつが戻ってきたのかと慌てて駆けてみれば……」


「なるほどなるほど、僕のような格好良い子供がいたと……僕は子供じゃないからねっ!」


 病院を出て再び工場地帯へ足を向けた。アヤメからも通信が入りいい加減戻ってこいと怒られてしまった。「ねぇ〜無視しないでぇ〜」バルバトスが作ってくれた車両をホテルへ向かわせるため何人か人手を頼んでいる、あとはエレベーターシャフトまでの安全確保だ。その前に、「やっとこっち向いてくれた」


「お前、どうして私に付きまとうんだ。狙いはあのアマンナなんだろ?相手を間違えているぞ」


「そんな事はないよ、僕の素晴らしさを分かってもらうためにもまずは外堀から埋めていかないとね」


「それなら尚のこと私ではない、あいつが首ったけになっているのはアヤメだ」


「なん………だと………」


 この世の終わりと言わんばかりに項垂れた。こいつも本当に自由な奴だな。


「何ならここいらで一つ頼まれてくれないか?エレベーターシャフトまでの経路を確認したいんだ」


 ショックからすぐに回復し、


「僕みたいな子供にそんなお願いをするの?」


「お前さっき自分は子供じゃないって言っていただろうが」


 なぁ!とか言いながら私に猫パンチを見舞ってきた。


「ひどい!聞こえているじゃないか!無視するだなんてひど過ぎるよ!」


「あぁもう分かった分かった。それでどうなんだ?」


「ん〜…手伝ってあげたいのはやまやまなんだけどそろそろ向こうに戻らないと」


「お前は一体何しに来たんだ。いやあの車は凄く助かったんだが…」


「急用ってやつかな」


 小首を傾げながら放ったバルバトスの言葉に度肝を抜かれてしまった。


「ハンザの連盟長が何者かに殺されてしまったみたいなんだ、それに連盟長の弟が基地に居るみたいでね、ヘルプが入ったんだよ」


「………殺された?それに総司令が街に戻ったというのか?」


「そそ。詳しくはまだ分からないけれどね」


「…………」


 理解が追い付かない、作戦中の死亡ではなく殺害されたというのはどういうことなんだ。それに姿を見せないと思っていた総司令がまさか上層の街に戻っているだなんて...


「あ、そうそう。君のインカムを貸してくれない?」


「え、断る」


「何でさ!ここは貸してくれる流れでしょ!」


 つい、条件反射で断ってしまった。また何かしら連絡してくるのかと思うと気が滅入るからだ。渋々渡したインカムを手にしてもぅ!とか言いながら何やらやっている。


「壊すなよ」


「アマンナじゃあるまいにそんな事しないよ!」


「お前好きなのか馬鹿にしたいのかどっちなんだ」


「はいこれ!これで僕とも通信できるようになったからね!こんな事滅多にしないんだから!」


「ありがた迷惑という言葉がこれほど適したことはない」


「もぅ!ちょっとぐらいは僕に甘えてくれてもいいじゃない!」


 ぷんぷんしながら渡してくれたインカムは不思議とほんのり温かった。耳にはめて異常がないか確認している間にバルバトスが綺麗さっぱりいなくなっていた。


(何だったんだ……)


 騒がしいったらない、けれどいなくなったらいなくなったで少しは寂しいものだと感慨に耽っていると、


[寂しいとか思ってる?]


「うるっさいんだよ!」


 工場地帯で一人、インカムに向かって吠えたてた。



✳︎



「おいなぁ、俺らの仲だろ?ホテルに入れてくれよ」


「…………」


「おいおい無視することぁないだろ、それはあんまりじゃないか?曲がりなりにもここまでやってきた仲間じゃないか」


「……しかし、隊長から相手にするなと」


「誰なんだよその隊長ってのは、女神様はもうくたばったんだろ?可哀想になぁ…誰からも抱かれずにあの世に行っちまうなんてもったいない」


 デリカシーの無い言葉に詰め寄られていた隊員がこれ見よがしに眉を(しか)めた。自身が尊敬する上官を侮辱されたのだ、その気持ちは大いに分かる。

 ホテルの入り口にはセルゲイ総司令が引き抜いた部隊の隊員達が(たむろ)していた。ゲート攻略の為にホテルを後にしたはずだが、その総司令の姿だけがなく部隊の隊員達が戻ってきていたのだ。アヤメという方の部屋の前で悶々としていると、赤いのに今すぐ入り口へ向かえと尻を蹴られて(物理的に)やって来た訳だが...自分にどうしろと言うのだ。


「……今はサニア隊長に代わってナツメ隊長が指揮を取っている」


 その言葉を聞いた柄の悪い隊員が大仰にのけ反ってみせた、そしてせせら笑いと共に罵倒が続く。


「おいおい!マジかよ、あの色ボケ女がかっ?お前知らないのか?股を開いただけで隊長になった女だぞ?何の役に立つって言うんだよ」


「……少なくとも、我々の為に尽力して下さっている」


「そりゃそうさ!また街に戻って野郎と寝たいからなぁ!」


 どうしてあの手の人間はあそこまで人を見下すことができるのか、下卑た笑いがエントランスにも響いてくる。近くにいた武器を持たない市民が自分に何事かと訊ねてきた。


「何の騒ぎなんだ?」


「いえ…それが、その、総司令の部隊が戻ってきたようでして」


 まさか自分にこうも気軽に声をかけてくるとは思ってもいなかったので少しどもってしまった。相手は気にした風もなく、入り口にいる部隊を見ながら同じように眉を顰めた。


「何だって今さら…俺達のことなんて放ったらかしにしていたくせに…まぁ俺達も相手にしてなかったから同類なんだが…何にせよ嫌な空気だな」


「…全くです」


 しわだらけになったスーツを惜しげもなく着こなし、堂々と自分を見ながらこう言った。


「止めに行かなくていいのか?ナツメっていう隊長の副官なんだろあんた」


「え?自分がですか?いやいや…」


 つい素で返してしまった、そんな風に見られていたなんて心外だ。しかし、自分の周りに集まり出した市民の方々が注視し始めた。


「ここで株を上げておくのも男の務めだぞ、街に帰ったらプロポーズしてやれよ」


「いやいや!何ですかその話しは!」


「良く二人っきりで談笑室にいるじゃないか、いいから行って来いって!皆んな不安になっているんだよ!」


 どん、と背中を押されてしまい出したくもない足が一歩出てしまった。体よくお鉢を回されただけではないのかと恨むが、自分が歩み始めたのを部隊の人達にも見られてしまった。こうなってしまっては引き下がるに引き下がれない、半ばヤケくそ気味に意を決して入り口へと足をを向けた。


「あぁ?!何でテメェがそこにいんだよ!」


 やはり向こうも覚えていたらしい、自分を見るなり剣幕でまくし立ててきた。


「おかしいだろえぇおいっ!どうしてビーストを操っていたあいつがホテルに入れて俺達特殊部隊が締め出し食らってんだよっ!」


「……何を言って」


 詰め寄られていた隊員も自分を見て、不審げにその瞳を揺らした。


「いいかっ!あいつは資源のためだとか食い物のためだとか言って俺達人間を殺していた敵なんだっ!誰に言いくるめられたか知らんがさっさと追い出せっ!」


「……っ」


 歩みを進める度に冷たいものが自分の臓腑に落ちていく感覚に捉われた、足も重たくなり出来ることなら逃げ出したいとさえ思った。せっかく居場所が出来たのに今さらディアボロス様の元へは戻れない、何せ自分は父殺しの汚名を持つ卑しいマキナだからだ。戻ったところで処断されるのが目に見えている。

 それならばと口を開いた時、あの人がホテルに戻って来た。


「何の騒ぎなんだ」


 その後ろには何名か別の隊員を引き連れている、見るからに疲れているが堂々とした佇まいには安心感さえあった。


「テメェ…ナツメ、あれは一体どういう事なんだ、何であの野郎がここにいんだよっ!」


「ヴィザールのことか?あいつには出立の準備を手伝わせていたからな、当然だ」


「馬鹿じゃないのか?敵に任せるだなんてヤキが回り過ぎてんじゃないのかえぇおいっ!」


「失せろ、お前達の指揮官はもう街に戻っている」


「……は?」


「失せろと言ったんだ、お前達の居場所はここじゃない。さっさと街へ戻れ」


「てんめぇっ」


 足が動いてくれて本当に感謝した、柄の悪い隊員がアサルト・ライフルのグリップを持ち上げたからだ。しかし、自分が辿り着くより先に大型自動拳銃の発砲音が鳴り隊員の足が撃ち抜かれていた。


「……あっ、がっ、くそがてめぇ」


「いい加減に学んだらどうなんだ、私がお前達に払うのは気ではなく弾丸だ」


「てめぇ!人間の俺達よりビーストを庇うってのかっ!!」


「あいつはビーストではない、私達の協力者だ。ノヴァグの進行を食い止める為に自分の肉親を殺してほしいとわざわざ頭を下げにきたマキナだよ、お前にそんな真似ができるか?」


 騒めきがエントランスに走る、あの人の言う事が本当なのかどうか、口々に話し合っているからだ。


「……関係ねぇよっ元々嫌ってたんじゃねぇのかっ!そうやって油断させて隙を狙ってっ」


 足を撃たれた隊員が呻きながら最もな推論を口にした、けれどそれは絶対にあり得ないことだ。そんな真似をするぐらいなら、


「そんな事をするぐらいなら奴はオーディンと心中覚悟で敵に回っていただろう、そうしなかったのはここにいる私達を思っての事だ。いいか?この際だから言っておくがお前達みたいな下半身で物を考える連中より、目的の為に自分の手を汚すことも厭わない連中を私は信じる」


「……狂ったか、このくそ売女めっ!いつ寝返るかも分からない連中の方が良いってのかっ!」


「あぁ、お前達は汚れるのを嫌って仲間を見捨てるような連中だ。あいつは人の為に汚れるのを覚悟しているんだ、この違いが分かるか?」


 ナツメさんの足に向かって唾を吐いた、それが何よりの答えだった。


(あぁ…我が愛しの父よ…どうかお許しください…心許してしまったことに……)


 涙が出てこなかったことに心から感謝した、あの人は...いいや、ナツメさんはお見通しだったらしい。だから生命線に値する武器や食糧の準備を自分に任せたのだ。

 沢山の人がナツメさんと自分を見ている、こんな所で泣こうものなら赤いの以外にも弄られてしまうのが目に見えていた。


「選択肢はやる。街へ戻りたいのなら私の指示に従え、それが嫌なら何処へでも好きに行くがいい。しかし、次に見かけたらお前達はビースト以下の敵とみなして遠慮なく攻撃する。外へ連れ出せ」


「は、はい!」


 あとはもう、ホテルに戻ってきた部隊の人達が二手に分かれて喧嘩を始まってしまった。あんなものまで面倒を見る必要はないと、ナツメさんが自分の肩に手を置いて付いて来るように促した。



「泣く奴があるか」


「…………」


「あのなぁ…あいつらが言っていた事にも一理はあるんだぞ?私が信用しているからといって周りの奴らがそうだとは限らない」


「……ず、ずみまぜん……」


「全く…男はどうしてこう……さっさと泣き止め!話しができないだろう!」


「……まっ、まっでぐだざいっ」


 熱い涙が止めどなく溢れてくる、自分だって困っているんだ。それだというとにナツメさんは遠慮容赦なく怒ってきた。


「負傷者の搬送は何とかなりそうだ、工場地帯で車を手に入れられたからな」


「……ずびっー!………ですが、エレベーターシャフトからはどうやって移動するのですか?」


「その問題もあるが、先ずは安全に向かうルートの確保をしなければならない。ホテル付近のノヴァグは減ったとはいえだ、まだまだ存在しているはずだからな」


「はい、それは間違いないかと。ディアボロス様も本腰を上げていないようですし、移動中に襲撃してくることも考えられます」


「それでだ、私ら人型機部隊はディアボロスを押さえに行く」


 そこは倒しに行くではないのかと少しだけ引っかかった。


「ヴィザール、お前は確かオーディンの権能によってノヴァグが起動したと言っていたな?」


「はい、それが何か?」


「なら今ノヴァグが動き回っているのはディアボロスのせいなのか?」


「……おそらくは、ですが」


「だが、オーディンを止めた後も奴らは動いてホテルから一旦離れていったんだろ?」


「…………」


 少し変だ、いや大いに変だ、お父上を止めたのならその場で停止するはず。それなのに何故動けるのか。


「ディアボロスもオーディンも一枚噛んでいるに過ぎないと思っている。他の何者かがノヴァグを掌握しているんじゃないのか?」


「ですが、それは一体何者なのですか?」


「さぁな、私にも分からない」


 すると突然、ナツメさんが耳にはめたいたインカムを無造作に取ってテーブルの上に放り投げた。


「?」


「何でもない、最近不調でな、ノイズがよく混じるんだ」


「はぁ……」


「とにかくだ、人型機部隊は今日の日暮れからディアボロスの捜索に入る。見つけ次第撃破、あるいは身柄を押さえてから出立になる。その間激しい戦闘が予想されるだろうから頼むぞヴィザール」


「は、はい!」



✳︎



「ぱぁーぱぁーぱぁー」


「…………」


「ぱぁーぱぁー、あ?ナツメじゃんか、やっと戻ってきた」


「アヤメがついに壊れた」


「や、違うから」


 ヴィザールと別れて部屋へ向かう途中、待ち合いロビーのソファで手足を投げ出し意味不明な発声していたアヤメと出会した。まぁ何だ、誰でも緊張状態が続いてしまうと普段は滅多にやらない事でも平気でしてしまうものだ。


「あー…聞かないでおくよ」


「いやいや聞いて、お願いだから私の頭の中空っぽ運動を聞いて」


 ソファの背もたれから身を乗り出して、他人のふりをしようとしていた私の袖を引っ張ってきた。無理やりぐいぐいと引っ張られるものだから逃げ出せず、観念してアヤメの隣に座ることにした。


「いやね、第二部隊の皆んながいるじゃんか、私がサニアさんに代わって面倒を見てるんだけどたこれがまた大変なんだよ」


「何でそんな事をしているんだ、そこまでの義務はないだろうに」


「私ね、サニアさんと最後に会ったんだよ。ま、それで色々と思うところがあってさ」


「はぁ〜、お前が他人の面倒をねぇ」


「何よ、何か文句あるの?」


「あまりやり過ぎるなよ、お前は骨の髄まで相手を駄目にする傾向があるからな」


「何を馬鹿なっ……………」


 文句も途中で黙り込み何やら考え事をしている。私が言うんだから間違いない、飴と鞭の使い方が天才的なんだよこの女は、そして本人がそれを自覚していないのが余計に相手を駄目にしていくのだ。


「お前は相手が望んでいることを察して動きが取れる奴だ。私が言うんだから間違いない、アマンナやグガランナを見てみろ、あいつらもお前のせいで人生を駄目にしているではないか」


「……何その言い方っ!」


「で、アホな事やって疲れを癒していたのか」


「そういうナツメはもう疲れは取れたの?というか大丈夫なの?」


 少しだけ答えに窮した、質問しているのは私の方だというのに何だその切り返しは。


「大丈夫だよ、見れば分かるだろ」


「嘘。ナツメが隊長になった時と全く一緒なんだけど」


「何が言いたいんだ?」


「それそれ、すぐに機嫌が悪くなるのは溜め込んでいる証拠だよ」


 知った風な口を、アヤメとの会話が疲れると思い腰を上げると追撃をかけてきた。そしてその攻撃は見事にヒットしてしまった。


「私、もうナツメと喧嘩したくない。前みたいにいがみ合いたくないよ、テッドさんの事?ホテルにいる皆んなのこと?私達のこと?教えて、何を考えているのか教えて」


 アヤメから強い圧力を感じてしまった私は逃げ出すための足が出なかった、その場に縫い付けられたように動かなくなってしまい、かといって口を割る気にもなれなかった。ここで甘えられたらどれだけ楽か、さっきも言ったようにきっと私もすぐに駄目になってしまう。それはまだ早い、まだまだ先だ。


「……自分でも良く分からんよ、お前が言った全部だと思うし全く違うことかもしれないし」


「………」


 私の言い訳を責める訳でもなく、悲しんでいる訳でもない。ただじっと私のことを見つめて言葉を待ってくれている。


「私の方はまだ大丈夫だ。それにだ、昔約束したくれたように私のことはアヤメが守ってくれるんだろ?」


 表情はそのままだ、昔私の部屋で約束してくれたあの言葉を期待してのものだったが...中指を突き立て一気に捲し立ててきた。


「甘えんなぁ!私はまだちゃんとナツメから好きだって言葉ももらってないんだよ!べぇーっ!!」


「お前っ!ホテルのトイレでキスしてやっただろう!どれだけ恥ずかしかったと思ってるんだ!」


「あれはキスとは言わない、ただの攻撃だから」


「もういい!とにかく夕方まで休んでおけ!ディアボロスを止めに行くからな!」


「うぃー」


 アマンナの真似なんかしやがって!



107.c



「ぶぅえっくしょっん!!」


「汚いなぁもう!」


「誰かがわたしのことを褒めているようだ……」


「それ噂だから」


 アマンナ・ジェラシーを発動して体力を使い果たしたわたしはそのまま眠ってしまい、お昼を過ぎてからマギリに叩き起こされていた。何でもエレベーターシャフトまでの経路に昨夜回収したばかりの警戒用レーダーを設置しに行くらしい。「がんばってね」と励ますとヘルメットを渡されたので「がんばってね」とヘルメットも励ますと「あんたも来るんだよ!」と今に至る。

 ホテルの駐車場に並べられた人型機の中で、一際輝いているのがマギリの新型機だ。色は欲求不満を表す紫色、まさしくジェラシー。機体のデザインは今までに無いもので、全て曲線で描かれたものだった。そして一番目立つのがバックユニットに搭載されたもう一機の小型人型機、手足はブースターの役割もあるため外方向に伸ばされており胴体や頭部はコンパクトに折り畳まれておんぶの逆バージョンでドッキングされていた。


「マギリが二つも操作するの?」


「あれはあんたの分」


「えぇ…あ、ちょっと待って、あれに換装ってできるかな?」


「試してみないと分からないけど」


 あんな小さいの操作をするの?小さいと言っても人と比べたら十分にデカいけど。それに操作するぐらいなら自分が人型機になった方が良い、何を言っているのか分からないかもだけど。

 マギリが先にコクピットに上がり、続いてわたしもコクピットに乗り込むと驚いてしまった。


「え!パイロットシートが二つ!」


「あんたもそんなに驚くことがあるんだね」


 そう!パイロットシートが高さ違いで二つあったのだ!


「当たり前じゃん何言ってんの!好奇心しかないわたしに言うセリフじゃないよ!」


「あぁ…人選ミスったかもしれない…」


 わざとらしいため息を吐きながらマギリが前のシートに座り、続いてわたしが後ろのシートに座った。従来のコクピットは綺麗な球体型だが、この人型機は縦に少しだけ長いようだ、わたしの視点から後部座席に設置されたコンソールとマギリの頭が見えていた。


「ふっふっふっ、何と良い眺めであることか……見ろ、マギリがゴミのようだ!」


「高高度から一気にパージしてやるから覚悟しておいて」


「やれるものならやってみろ!」



「やぁもう勘弁してぇ!」


 わたしの叫びも虚しく再びシートが後ろにスライドした。言っとくけど今高速飛行中なんだからね?真逆の動きは反動も、


「ぶふっ」


 コクピット内の気圧差を保つため事前にシャッターが閉じられ前後に分けられる。続いて空気が抜けるぼんっ!という音と共にバックユニットの小型人型機が空へリリースされた。


[これで最後だから我慢して]


 コンソールからマギリが何やら言っているが耳に入らない、本当に高高度からリリースをしてくれやがったので体はもうボロボロだ。リリースするだけならいい、あとは気流に揉みくちゃにされるだけなのだが、この小型人型機はあろうことか自動制御で反対運動を続けようとするのだバカちんが!警戒用レーダーまでひとっ飛びってかこっちの体がもたないんだよ!


「あぁ…やっと落ち着いた…気持ち悪い…」


 エレベーターシャフトまでの道のりはナツメが選んでいたようで、アヤメ達が回収してきたレーダーをなるべく等間隔になるよう配置されている。これが最後の一つだ、とっと設置して親機に反逆しようじゃないか。

 小さな人型機はまるで素体のようだ、のっぺりとしたデザインに必要最低限の装備しか付いていないが汎用度は抜群に高い。何せ一機で二機分の動きが可能な訳だし、換装する装備によって様々な、


「ちょっと待ってマギリ、わたし換装できるかって聞いたよね?」


[うん言った]


「それって装備の話しじゃないよね?」


[それ以外に何があるの?]


「違うYO!わたしがリストゥンしたのはこの人型機にエモート・コアを換装できるかって聞いたんだYO!」


 懐かしい、オカマ区長の口調が何故かこのタイミングで出てきてしまった。


[キャラが良く分からないけど、それが終わったら休憩にしよっか。あんまりやらせ過ぎてもあれだし…]


「それは良い」


 何の話しだっけか、あ、そうそう。装備の種類によって取れる作戦行動の幅も広がるため、この小型人型機は汎用度を高い水準に上げてくれるのだ。

 設置ポイントへ向けて緩やかに高度を下げていく、搭載されているエンジンも従来の燃焼型ではなくバッテリーからエネルギーを得ている、いわば電気エンジンだ。出力は燃焼型と比べて落ちるがエネルギー効率にムラがなくいつでもどこでも同等の力を発揮するのはなかなか良い、乱気流や雲の中に突っ込んだ時にエンストを起こす心配もないし何よりファンローターが存在しないため機体の重量も軽い。これは是非とも換装して堪能したいが調べてみないことには可能かどうかも分からない。そして今のわたしに操縦権もコンソールの使用許可もないためなす術がない。


「まさに……生き地獄っ!!」


 そう!人型機に換装する楽しみを知った今のわたしにはまさにお預け状態!

 そうこうしているうちに最後の設置ポイントに降り立った、そこはエレベーターシャフトの入り口前、おそらく特殊部隊の人達が張ったテントの跡がたくさんある場所だった。機体から降りてレーダーをバックパックに入れてさっ爽と駆け抜ける。さっさと片付けて休憩しようそれがいい、いや待てよ?もうこのまま休憩に入るのはどうだろうか、どうせ乗っても好きなように動かせやしないんだ。


「おや?」


 不当な扱いに対する怒りが今頃になってむくむくと湧き上がってくる最中、入り口前の藪の中でこんもりとした膨らみを見つけた。木陰の中でも分かるそれは銀色をしており、砕かれた八本の足が雑草の中から突き出ていた。


「マギリ、この辺にはもうノヴァグはいないんだよね?」


 少し間が空いてから返事があった。


[うんいない、何かあった?]


「藪の中でノヴァグの死骸を見つけたよ、それも数体」


[えぇ?こっちのレーダーには何も映ってないよ]


「そりゃ死んでるからね。誰がやったの?」


 もしかして前にノヴァグが押し寄せてきた時の奴か?それにしたってあまり時間が経っていないように思う。ここ最近倒されたような感じだ、ノヴァグの表面はツルツルと光っている。


[アマンナすぐに戻ってきて、嫌な予感がする]


「わたしも嫌な予感がする。そう、またこき使われるのではないかという予感が、わたしのエモート・コアがそう囁くの」


[ふざけてないで早くして]


 冗談の通じない奴め。

指定された箇所に円筒形のレーダーをぶっ刺した、すぐに赤外線放出ミラーが作動してくるくると回り始める。これでよし。


「あっとはもっどるだけぇ〜」


[何でそうフラグを立てるかなっ!アマンナ!レーダーに反応有り!何か来るよ!]


「それわたしのフラグじゃなくね?どのみちじゃね?」


[いいから早く!コパに乗って!]


 コパとはコーパイロットの意味でわたしが乗っている小型人型機の愛称だ。ちなみに勝手に付けた、響きといいシンプルなデザインと相まって良く似合っていると思う、などと言っている場合ではない、わたしの所にまで大型の何かが歩いてくる地響きが届いてきた。コパのお利口制御によってすぐ近くまで徒歩ってくれていた、下された少しだけ短い電動ロープに足をかけてコクピットに乗り込む間に見てしまった。藪の向こう、雑木林からこちらに駆けてくる一体の獣を。それはわたしの兄と共闘して弄んだウロボロス・マテリアルだった。



✳︎



《ドッキングコースを合わせて下さい。現状のままではシークエンスを完了できません》


「状況を見てから言って!そんな余裕あるか!」


《副操縦士に操縦権を与えますか?その際、本機の出力が五十パーセントまで低下します》


「いいからさっさとやって!」


 赤熱した砲弾がすぐ横をかすめていった。


《操縦権を譲渡、戦闘行動による稼働限界時間は約三分間です》


「アマンナ!聞こえてるよね?!」


[わたしの代わりはいくらでもいるもの……やってやんよぉ!]


 アニメネタばっかり言いやがって!


(何で?!あいつは倒したはずなのにっ!)


 私が力任せに引き裂いた獣型の人型機が再び姿を現し、(当たり前だが)警告も無く攻撃を開始した。あちらに飛行能力はないようで地上からお腹横にマウントされた大砲を放ってくるだけなのだが、その射撃精度があまりに高くそして間髪入れずにやるものだから進退窮まっていた。それにコパとも離れていたので本来の出力も出せずされるがままに戦局を動かされていた。


[ようやく見つけた、私の邪魔をする者、必ず仕留める]


「っ?!」


 コンソールから聞こてくるこれはあの機体から?!こんな喋り方だったっけ?!


[どこを狙えばいい。頭か、胸か、足か、どこを狙えば私を認めてくれるのだ]


[これは関わらない方がいいのでは?もう遅いと思うけど]


 何だその承認欲求は!拗らせ過ぎにも程がある!


「無視したいのはやまやまだけど!これ放置するのはマズイんじゃない?!ホテルにいる人達皆んなここを通るんでしょっ?!」


[あー。やるしかないか]


 その言葉と共にアマンナが単機で接近を試みている、武器はハンドガン、細かな赤い粒子を残しながら敵に近付いていく。簡単な説明にもあったが、あの赤い粒子はシャムフレアエンジンのアフターバーナーらしい、戦闘中にも関わらず綺麗だと思ってしまった。乗ってるパイロットはあれだが。

 敵、ウロボロス・マテリアルがコパの接近に気付き私に向けていた砲身をコパへと切り替えた。その隙を突いてすかさずアサルト・レールガンを斉射する。


[あぁ!あぁ!こんなにも私が痛めつけられている!]


 私の攻撃が良くなかったのか、地上戦しかできないと思っていた敵が空へ跳躍してみせた。


「アマンナっ!」


 コパの飛行高度よりさらに高く飛んでみせた敵の尻尾が環状に変化し、こちらにも届く程の重低音を鳴らしながら電気をまとい始めた。


[さぁもっと!私を痛めつけて!私が痛めつけてみせましょう!]


[気持ち悪いんじゃあ!!]


 アマンナが叫ぶと同時に広範囲に拡がった環状の尻尾が地面へ向かって振り下ろされた。樹々をなぎ倒しスパークによる火花で視界が奪われ、散った火花で引火し燃え始めている所もあった。たった一度の攻撃でこれとは、とんでもない範囲と火力だ。視界にコパの姿は無いがレーダーにはきちんと映っている、まだ墜とされてはいないようだ。


[マギリ!一旦引くよ!]


「あんた今どこにいんのよ!」


 もうもうと上がる土煙りと火柱の中にはいない、勿論その周辺にもコパの姿がない。すると森の切れ目、平原部との境目からコパがすぽんと姿を現した、機体のあちこちに枝葉を付けた状態で。


「あんたまさかずっと低空飛行してたわけっ?!」


[そんなことどうでもいいから早く離脱!わたしらの手に負えない!]


 さっきまでの悪ふざけはどこへやら、コパの機体がみるみる上昇して雲をも突き破った。


(態勢を立て直そう!ドッキングした状態なら戦える!)


 戦略的撤退という名の逃げを始めて行なった。



107.d



 上層連盟長の家宅捜査を終えた警官隊から入室の許可が降りた。有り体に言ってただのおこぼれだ、何の活躍も出来なかったリバスターへの要らぬ気遣いだが、あたしは犯人を特定するためいつも以上に張り切っていた、踏み込むペダルも力強いというものだ。



 立ち入り禁止のホログラムを越えて再び連盟長の自宅へ入ると、一個人の家にしては広すぎるエントランスでアコックとスーツ姿の警官隊が何やら揉めているようだった。


「何をやっているんだ、お前は」


「カサンか。この男が今回の作戦の取り分を分かっていないようだからお灸をすえてやっていたんだ」


「あのねぇ、取り分がどうのじゃなくて押収予定の資料は元からうちで預かることになってんの」


 くたびれた様相の中年男だが、見た目と違って押しには強くとてもこちらになびきそうな雰囲気はなかった。


「誰のおかげで無傷で済んだと思っているんだ、何を押収するかはこちらで決める事だ」


「馬鹿を言うな、あんたらに鑑識能力があるとでもいうのか?誰が調べると思っているんだ」


「アコックもういい。あたしらに与えられた時間はいつまでだ」


「明日の朝までだ。ま、あんたらに何が出来るか知らんが遺留品は汚さないでくれよ」


 迷惑そうな顔で別れを告げて入り口へ向かっていく、未だ恨めしそうに睨むアコックがその矛先をあたしに変えた。


「何故言い切らないんだ、俺達の成果を固辞することは義務だぞ。他の者達に何と説明する」


「マヤサが警官隊のよしみで幅を利かせてくれたんだよ、そもそもここにいること自体が異例なんだ。今さら言ってもどうにもならん」


「お前は気が強いのか弱いのか良く分からん女だ、そんな調子では他の連中に足元をすくわれるぞ」


「ならそっちはお前に任せるよ、あたしには興味がない」


 心底馬鹿にしたように被りを振っている。


「適材適所というやつだ」


「ならここでマキナに関する物を見つけたら俺に連絡しろ、それは今後の活動において必要な物だ」


「あぁ」


 随分と元気になったアコックが踵を返して連盟長の自宅を後にした。その後、付近にいた警官隊から手袋を譲り受けてあたしも調査に入らせてもらった。

 組織がどうの、立場がどうの、そういった類いにはとんと目が向かない。だから隊長の座を下ろされて一般兵に成り下がってしまったのだろうが性分だから仕方がない。今のあたしが求めているのはあの二人に比肩するだけの成果だった。



 今の時代には珍しく、どうやら仏さんは紙製の本を好んでいたようだ。殺害現場の私室には背の高い棚にずらりと本が並べられてあった。革製の表紙から、年季の入った木箱に納められたものまで初めて見る物ばかりだった。その中にはスティック型ストレージも混ざっており、並べ方に何ら規則性は無いように思われる。

 同じ現場にいた警官隊の者が退出し、今はあたし一人きりだ。持ち出し以外は何も禁止されていないので遠慮なく本の表紙を捲るとインカムに通信が入った。


[カサン、ナツメから連絡があった。どうやら中層で大変な目に遭っているらしい、出撃できるか?]


「今すぐに飛べってか?さすがに時間がかかるぞ」


[構わん、こちらで準備を進めておくから連絡が来次第基地へ向かってくれるか]


「あぁ、その間あたしは連盟長の家でも見ておくよ」


[馬鹿な女だ……お前さんに立派な助手でも付いておるのかね]


「ならあんたには変装が得意な探偵でも知り合いにいるのか?あたしが始めた事だ、他人にとやかく言われる筋合いはない」


[良いかカサンよ、儂とていつまでもお前さんらの面倒を、]あぁもううるさいな!これだからご老体の小言は、まともに相手をするのも面倒だったので耳からインカムを取ってボリュームを上げ手近にあった机に放り投げた。


[聞いておるのか?!]


「聞こえているよ、もう少し静かに喋れ」


 マギールの小言をBGM代わりにしながら捲ったページに視線を落とした。そこには流麗な文字で日記が綴られているようだった。


(とりあえず読み進めてみるか…)


 仏さんの生きていた日々を読み解いていくのは抵抗があったが仕方がない。



 マギールの小言もいつの間にか止んでおり、汚すなと言われていたのにあたしは私室のソファに腰を下ろして読み耽っていた。日記だなんてとんでもない、ここに書かれている内容は眉唾物も確かにあるが今のカーボン・リベラを形作っている事柄ばかりだった。


「…………」


 まず、カーボン・リベラ軍事基地の星型防護壁における部隊の配置についてある決まり事があった。エレベーターを突破したビーストを迎え撃つ役目を持つ部隊は出入り口側、そして星の内側に該当する者は必然的に強くなければならない。果敢であり、そして恐れを知らない蛮勇とでも言うべき戦士が望まれる。また、()()()()()()人間が好ましいとされているため、主要区ではなく地方区出身の者が任命を受ける決まりとなっていた。


(そんな馬鹿な話しが…)


 ここからは眉唾物の類いだが、その地方区においても過去に住み分けが行われていたらしいのだ。主要区には元よりこのテンペスト・シリンダーが建てられた土地に住んでいた人間、地方区には外から移住してきた人間が別れて住んでいた。それも過去における戦争が原因となって特別的な措置として取られたらしい、これらを取り纏め指揮していたのも「アンドルフ」という男だ。


「…………」


 ページに落としていた視線をふいに上げる、微かに物音がしたようだが...部屋の外から警官隊の連中が何やら話しをしているようだ。気が逸れてしまったあたしは日記を棚に戻し、同じように置かれていたスティック型のストレージを手に取った。仏さんもインテリアに拘っていたのか、透明なグラスに差してあった内の一つだ。


(私物だがまぁいいだろ…どうせ出る時には検閲されてデータも削除されるんだから)


 持ち寄ったタブレット端末にストレージを差し込み、中に保存されていた圧縮ファイルをタップした。解凍中のアニメーションが表示されている間頭の中を整理する。


(奴はピューマ根絶を掲げて武装蜂起した、しかしこんな秘密を抱え込んでいた男がすることか?どちらかというと必死になって隠すだろうに)


 解凍を終えたのか、ホログラム表示されていたデフォルトキャラがあたしに向かって手を振っている。それを煩わしく思いながら続きを見ようとするとタブレット端末の画面に白い頭をした女の子が一瞬だけ映った。


「ーっ!」


 すぐに振り返るがやはりいない、ただの錯覚かそれともアニメーションの名残か...


「幽霊にしたって女の子はないだろう、ここで死んだのは男のはずだが?」


 誰もいない空間に向かって威勢良く言葉を放った、気のせいだと思いたいが明らかな気配と殺気を感じたからだ。これはどこか、ビーストに狙われている時と[カサン隊長、今よろしいですか、ナツメです].......机の上に置きっ放しにしていたインカムから通信が入った。


(…………はぁ、心臓が止まるかと思った)


[聞こえていますよね、ナツメです]


「……何だ、マギールから大変だと聞いているが到着まで時間はまだまだかかるぞ」


[それなんですが…カーボン・リベラに異常はありませんか?隊員からの報告でエレベーターシャフト付近でノヴァグを発見したというのです]


 ノヴァグと言えば...前に一度襲撃してくると見せかけて途中で撤退してしまった奴らのことか。


「こちらに異常はない、基地からもとくに報告はないぞ」


 ふと視線を落とした端末の画面に奇妙な物体を見つけて口を閉じてしまった。八本足に複数の目を持つこれは...


[隊長?まさかもうお眠りの時間ですか?やはり加齢には勝てないようですね]


 急に黙ったあたしに向かって生意気な元部下が皮肉を放ってきた。


「お前もあたしの歳になってから嘆くがいいさ。それよりも、そのノヴァグというものは八本足に複数の目を持つ生き物か?」


[そうですが……何故それを?見たことがあったのですか?]


 そうか、あの夜アオラと一緒に戦った相手がノヴァグというのか。


「いや何、連盟長の家宅捜査で似たような物を見つけたからだ。今あたしの手元にある端末にそいつが表示されているよ」


[は?それは本当なのですか?]


 さらりと流し読みしただけでも事細かく記載されている。中層から下層という場所に向かって延びているトンネル内で育成され、一つの個体が数万体に及ぶノヴァグを管理するようプログラムされている...数万体?数が全く想像できない。


「あぁ、「移送用トンネル内にて親個体による管理と育成を継続、その数は二万を超え概念実験は成功したものと判断する」とあるが……」


[はぁ?!二万?!……馬鹿を言うなよそんな数を相手にしろってか……]


「だが、こいつらはスイのおかげで無力化できたんだ、そんなに怯える必要があるのか?」

 

[今さっきも言いましたよね私、エレベーターシャフト付近で発見したと。それもここ最近の個体のようですし、スイの無力化が解かれてしまったんでしょう。他には何と?]


「待て待て、そう急かすな」


 あたしも単純な女だと思った、あれだけ無愛想な部下に求められているような気がしたからだ。

 ノヴァグについて記載されたページを頭から読み直した。概要の項目には、生体式の失敗要因が引用されて本計画の必要性が重要であると説かれている。発案者の名は「プログラム・ガイア」、外部協力者の名が「マギール・カイニス・クラーク」となっている。


(マギール?まさかあいつの事……なのか?)


 見知った名前を見つけナツメへの返事も忘れて考え事に没しようとしたその時にはっきりと気配を感じてしまった。油断した、ナツメの通信で驚きそのまま感じなかった気配を今、頭のすぐ横に感じる。


「…………」


 何だ、何が狙いなんだ、何故何もしてこない、画面に薄らと映っているのはやはり白い頭をした女の子だ。青い瞳に見つめられたと思った矢先、


「やっ!!」


「…っ?!?!」


 ...耳元で大声を出されてしまった。頬に当たった吐息も消えぬうちに振り返ってもそこには誰もいない、一体何がしたかったのか。


「……何なんだ全く…仏さんの子供とでも言いたいのか…?……あっ」


 驚いた拍子に落としてしまった端末の画面が見事に割れており、差してあったストレージも壊れていた。そして、机の上に置いていたはずのインカムも忽然と姿を消していた。


「あぁ…どうすんだこれ……」


 先程の幽霊(?)の大声は他所にも響いていたようで警官隊の者が駆け込みあたしの足元を見て愕然としていた。自前の端末でアコックを呼び出し「これが必要な物だ!今すぐに回収するんだ!」と言い放って両者から白い目で見られたのは余談だ。

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