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私が小さかった頃からただそれは在り続け、

街の人々を苦しめ続けていた。生涯を通じて遭遇しない人も稀にいた、けれど殆どの人が人生の中で出会い、傷を付けられ、恐怖を叩き込まれてきたのだ。

 その名はビースト、機械仕掛けの殺戮兵器。それらを遠ざけ街に安寧をもたらす事が何より優先され、敵を倒す事が善とされた。銃を持つ事が当たり前であり、それ以外に社会貢献できる方法がないと教えられてきた。そしていつしか「自分らしく」という価値観が「悪」に染められ、アイデンティティの確立が他者からの称賛によって成り立っていった。

 ...決してそうだと教えられたわけではない、だが「そうだ」という空気感は子供の頃から蔓延していたのだ。聡く、そして臆病な子供達はそれらを吸収してしまい、我儘を忘れ自ら意志半ばに隷属の道を歩み始める。その成れの果てが私のような存在だった。

 けれど、私は思うのだ。今の私は決して社会が生み出した「隷属」という名の教育を受けただけではないと、大人達から「そうあれ」と望まれただけではないと。

 いつもと変わらない、けれど何かが違う朝を迎えた私の部屋に一人の女性が現れた。名前はカサン、簡易人型機部隊「リバスター」の隊長を務めている。


「おはよう」


「えぇ、おはようございます」


 「そうあれ」と望む大人を絵に描いたような人物だ、忘れていたと思っていた私の幼心が刺激され自然と姿勢を正してしまった。


「すまないが上から召集がかかってな、あたしらはそろそろお暇しなければならない」


「それで、私に用事ですか?」


「あぁ、お前にはここを指揮してもらいたい。明確には上層の街へ帰還するまでの間だ」


「………」


 言葉が喉につっかえすんなりと出てこなかった。


「……何故、私なんでしょうか」


 その鋭い目が細められ思わず萎縮してしまう。


「他にいるか?適任者が、お前しかいないと思うが」


 溜息と共に吐かれたその言葉も私の胸には届かない。だが...


「……分かりました、務めさせていただきます…」


 従うしかなかった、これぞ教育の賜物、そう皮肉を心の中でぶちまけた。だが、次に言われたその言葉に驚いた。


「感謝するよ、一般市民の面倒も見なくてはならない難儀な立場だが上手くやってくれ、何かあったらあたしに連絡しろ」


「……あ、いえ……分かりました」


 初めてだ、意に従った事に対してお礼を言われたことが。「それが当たり前」、そのような視線も言葉もなく労いの言葉をかけてもらえた。


「お前の武勲は聞いている、街へ戻れば英雄になれるだろう」


 何故...


「いえ、そんな、私は私の為に戦っていたに過ぎません。英雄なんてそんな…」


 何故、今頃になって...


「言い方を変えよう。あたしはお前の事を英雄だと思っている、その過程がどうあれ結果としてここにいる人達を救っていたんだ」


 あんなに褒めることなどしなかったのに何故今頃になって手放しで褒めてくるのか。それともこの人は昔からそうだったのだろうか、部下をきちんと見て叱って褒めていたのだろうか。そうであれば何と運の悪いことか。


「………」


「世の中そういうもんだ、受けたくなくても諦めろ」


「………分かりました」


「頼んだサニア、また街で会おう」



 もう既に話しが伝わっていたのか、ホテルに滞留していた攻略部隊や一般の人達が慌ただしく準備を始めていた。中層でビーストに襲われこの街のこのホテルまで逃げ延びて以来の喧騒だった。その顔は様々だが、皆不思議とリバスターの誘導に従っている。


(総司令が行方をくらましたから…?)


 ドーム状の建物がある広場には拘束されたコンコルディアがある、あと一歩のところで侵攻ルートは閉ざされたと聞いている。娯楽が少ないここではあっという間にその噂が流れたのだろう、それに上層からのお目付役を引き付けていた総司令がいなくなった今となっては反抗するより聞き分けた方が良いと判断したのかもしれない。

 荷物がまとめられつつあるメインエントランスに困った顔をしたアリン副隊長がその姿を見せた、誰かを捜しているよう、眉ははの字に下げられ今にも泣きそうだ。そして私と目が合うや否やに駆け出してきた。


(私?)


 少し戸惑いつつも彼女の到着を待つ、何を言い出すのかと身構えていると、


「サニア隊長、折り入って相談があります。よろしいですか?」


「何かしら」


 今さらだ、愛想も必要ないだろう。この子には随分と酷い事をしてきた。私の冷たい声にも意に介さず続きを話す。


「私達の部屋に身動きが取れない女の子がいます、ここに置いていく訳にはいきません。上層へ連れて行ってもいいですか?」


「それは許可ではなく手助けを求めているのよね」


「はい、私達四人だけでは…」


「リバスターへ要請はかけたかしら、人力ではなく人型機の方が早いし安全だと思うけど」


「その必要はないと…断られているんです…」


 それで泣きそうになっていたのか...それにしても動けない女の子を置いていくだなんて...


「……何名かあなたに付かせるようにするわ、それでいいかしら」


「はい、ありがとうございます」


「………」


 わだかまりも無視したそのお礼の言葉は胸に良く響いた。





 二人の隊員が街の入り口近くで待機していた、すっかり危険が無くなってしまった街でも続けられている習慣のようなものだ。この二人も街から退去する話しは聞かされている、中層攻略部隊を指揮していたセルゲイ総司令が失脚したことにより派遣されていた簡易人型機先進部隊「リバスター」の風通しが良くなったせいだ。

 銃口を下げた一人の隊員が気怠げに口を開いた。


「出発は今日だったか?」


 それに答えたのは銃すら持っていない若い隊員、その口元には食べ物のかすが付いていた、何とも呑気なものである。


「らしいですよ、そろそろ呼び戻されると思いますが」


「お前、向こうに戻ってどうする?」


「いやぁ…そもそも僕はあんまり戻りたくないんですよね…こっちの生活に慣れ切ってしまっているので…」


「そりゃそうさ、俺だって戻りたくない。こうして突っ立っているだけで飯が食えるんだからな、こんなおいしい仕事はそうそうないぞ」


「いやほんとですよ…」


 若い隊員がバッグパックからさらに食べ物を取り出した、見張りとしてまだ形だけは保っていた隊員が目を細め諫めていると無線機に連絡が入る。二人はついに戻る時が来たかと安堵とも落胆ともつかない溜息を吐いたが違ったようだ、連絡はホテルからではなく別班の見張りからだった。


[方角北西、距離三キロ地点の森だ、異常がないか確かめてくれ]


 彼らはエレベーターシャフトを北とする一時的な措置を今でも律儀に守り続けていた。溜息を吐いたばかりの二人が何事かと眉をしかめる。


「何があった?」


[それが分からないから一番距離が近いお前に聞いているんだよ]


 渋々見張りテントに置かれた双眼鏡を持ち出し言われた森へと視線を走らせる。鬱蒼と生茂る木々の中、不釣り合いな程に輝く銀の色があった。昇ったばかりの仮想太陽の光りを受けて水面のように揺らぎながら反射している様はまさしく移動している証だ。それを運悪く(あるいは運良く)発見してしまった隊員は無線機に叫び声を上げた。


「ビースト!ビーストがまだ生き残っていた!」


 森の中を闊歩していたのはビースト、ディアボロスが製造、使役していた人間駆除機体ではない。グラナトゥム・マキナで攻撃手段を生まれながらにして持つ北欧神話の主神の名を持つオーディンだった。身の丈三メートルは下るまい、筋骨隆々としたその体躯を惜し気もなく晒し中層の森を大股でゆっくりと歩いていた。これが最後、そう聞かされて再製造されたオリジナル・マテリアルは隅々まで更新され、否応なく自身が軍神であることを思い知られていた。


(待っていろサニア)


 最早彼にとって己が使命は脇に置かれている、サニアに何度も敗北を喫していたオーディンは雪辱を晴らす事以外に関心が向かなくなっていた。たかが人間、別のマキナからすれば取るに足りない憤りかもしれないが彼は違った。

 強靭な足が下され腐葉土が宙を舞う、その向かう先は紛れもなくエディスンの街だ。「リバスター」誘導の元撤退の準備が進められている最中に隊員が見つけたものがオーディンだった。

 中層に昇った朝日が何をも遍く照らす、それが仮想であれ原初の星であれ役割に違いはない。戸惑いと憤り、求める心と求めるエモート・コア、こうして彼と彼女の最後となる一日が始まった。



第百話 「決戦:サニア」



 撤収準備が進められる中、一人の隊員が私の所へ駆けて来た。その顔は久しく見ていなかった血相であり私の胸を否応なく掻き立てるものだった。


(あぁ…)


 激しい自己嫌悪に陥りながらも到着を待つ、周りにたむろしていた連中も何事かと駆けゆく隊員を見つめている。


「サニア隊長!ビーストです!人型のビーストが現れました!」


 騒めくメインエントランス、きっとホールで起こったあの一幕を知らないのだ。だから彼を「人型のビースト」などと呼称した。


「出現位置は?」


「街の入り口より北西の森!現在も進行中です!数は不明!」


「分かった、報告ご苦労様、あとは私が、」


 政府より使わされあっという間に見切りを付けられていた調整官が邪魔に入る。いや、調整官の言う事は最もだった。


「まさかあなたが迎撃されるおつもりで?誰が指揮を務めるのですか」


「ですが、彼…いいえ、敵を迎え撃てるのは私だけです。敵の排除の後、上層の街へ向かいます」


 私の発言に、エントランスに集った連中が見事に二つに別れた。そうだと同意を示す者達と、馬鹿を言うなと野次を飛ばす者達に。


「それこそあのリバスターとかいう部隊に任せて我々は街へ向かうべきだ!」


「何を言うか!敵を目前にしてのこのこと出て行く奴があるか!死にたければお前達だけ行けばいい!」


 私の周りに人が集まり口汚く罵り始めた。こんな連中の為に働かなければならないのかという憤り、どうにもならない不平感、何故私が、しかし私達はこのような大人達に褒められたい一心で今日まで努力し続けてきたのもまた事実、虚しいにもほどがあった。


「静かにしろぉ!」


 エントランスに姿を見せたカサン隊長が一喝しある程度は静かになったが喧騒は止まない、リバスターの面々がカサン隊長の後に続き中央までやってくる。


「敵か?」


「はい、街の入り口から北西より出現しこちらへ向かっているそうです、数は不明、今のところ一体のみです」


「分かった、お前は引き続き撤収作業にあたれ、敵はあたしらで何とかしよう」


 カサン隊長の後ろにいた一人の隊員が踵を返す様を見て思わず言葉が口から出ていた。


「お言葉ですが隊長」


 自分でも驚いた、淀みなく出た言葉は喧騒に負けず凛とした響きを持って隊員の足を止めていた。


「何だ、報告なら手早く済ませてくれ」


「いいえ、報告ではありません。彼は私の敵です、邪魔をしないでください」


「…………」


 自分の思いを口にしてからようやく分かった、初めからこうすれば良かったんだ。隊長の奇異な視線も痛くない、周りから聞こえてくる囁き声も気にならない。何より私自身の中にあった戸惑いが綺麗に無くなっていた。


「お前は、」

 

「戦いたいのです」


 値踏みする視線は変わらない、いや、正気を疑われているのだろう、それすらも結構だ。気にならない、自分の思いを正しく理解した今となってはどうでも良い事だ。


「それは正気で言っているのか?」


 やはり。


「どちらでも、正気か狂気かは他人が決めることです」


 まだ何か言いたげにしている隊長を遮り、


「それに、ここに残って敵と戦うことにもメリットはあります。私の我儘だけではありません」


「………」


「隊長達は招集をかけられているのでしょう、上層でも何かしらの事情があるのはお察しします。こちらにかまけている余裕はないのでは?」


 隊長の瞳が揺らいだのを見て、柄にもなく「勝った」と直感した。私はこの人に何があっても口で負けることはない、隊長も根が優しい人なのだろう、だから強く言えないのだ。それにリバスターの隊員から重傷者が出たと聞いている、本当は今すぐにでも帰りたいのかもしれなかった。

 だが周りがそう問屋を卸してはくれない、私と隊長の話し合いより自分達の安全が最優先らしい、その事について話し合っているというのにこの体たらくだ。


「いつまでだらだらと話しをしている!さっさと部隊を動かせ!どっちにしても初動が遅れたらそれだけ危険が増すのだぞ!」


 そうだ、そうだと多種多様に文句を言い募る連中、彼らの頭の中には守ってもらうことしかないらしい。私の元へ必死の形相で報告に来た隊員が、インカムに手を当てて必死に耳を傾け始めた。私とカサン隊長が黙り込みそれにつられて連中も固唾を飲む、その通信内容がどうであれ朗報であるはずがない。


「ほ、報告します!さらに敵の増援を確認!位置は北東、さらに東!詳細な数は不明です!」


「何だと…ビーストは貴様らの手で葬りさったのだろう!これはどういう事だ!」


「さぁね、敵の隠し玉でしょう。外見は?」


 カサン隊長が連中の一角をいなし隊員に詳細を尋ねている。


「よ、四本足に人の上半身!とのことです…これは一体…?」


 ...あぁ、あぁ!私が初めて倒したオーディン!それがそんなにも沢山...きっとこの隊員は何も知らないのだろう、それはあの子達が名付けた「のっぺらケンタウロス」という敵の姿だ。命からがら倒した敵が複数体に本命の彼も現れた、これは間違いなく私達を蹂躙するための布陣!

 先程まで感じていた自己嫌悪はとうに薄らぎ興奮していることが分かった、私はこういう人間なのだ。こんな人間を大人達が望むべくもない、つまりは私のオリジナリティ、個性そのものだ。


「どうしますかカサン隊長」


「………」


「やはり私はここに残るべきかと、その敵については戦闘経験もあります」


 詰めていた息を吐き出し、


「…まるで別人だなお前は、あいつらがバーサーカーと評していたのも肯けるというものだ」


 あいつらとは...アリン副隊長らか、なかなか、的を得たことを言う。


「話しは決まったのかね?!」


「少々お待ちを、代理に判断を仰ぎます」


 辛抱が効かず子供のように騒ぎ始めた市民を再びカサン隊長がいなし通信を行った。どちらにせよだ、私のやるべき事は変わらない。近くに待機していた隊員達に招集をかけ素早く隊を組ませる。


(本当に…素直な隊員達ばかり…)


 私の前に整列した皆んなの顔を見やる、彼らは元々総司令護衛の任に就いていた第八から第十部隊の者達だ。中には中層で志願した者もいるが、誰も擦れておらず聞き分けがとても良い、あの総司令がこの部隊を最後まで残していた意味が良く分かるというものだ。

 号令をかける前、またしても市民の一部が声を荒げて私達の出動に反対の意を示した。罵詈雑言の嵐、味方にすら、これから命を賭して守ってくれる隊員達にすら唾を吐くその態度に、


「誰があんた達のことを守ると思っているの!文句しか言えない臆病者め!褒める勇気すら持ち合わせていないから私達がこうなってしまったのよ!」


 積年の恨みをぶちまけた、だが口にしたところでいくらも晴れなかった。



✳︎



[よく見えているよ、我が兄弟。万事抜かりなく]


[無論………だっ、とも]


 またノイズが走る、奴の声ならまだしも自分の声だ。確かにこのマテリアルの性能は良いが通信障害が多いのが玉に瑕だ。


[こちらの部隊は挟撃するよう配置している、もう間もなく行進を開始するはずだ]


[すまない、お前の役に立てばと思っていたが結局こうなってしまった]


[全くだ、少しはその筋肉頭を冷やせ]


[軽口っ………でだ、これより突入する]


[お前は本命を落としに行け、残りはこちらで片付ける。相手方の人型機が出撃した場合は俺が相手になろう]


[……………]


[幸運を我が友よ]


 通信が切られる。いよいよ殲滅戦の開始だ、俺達グラナトゥム・マキナが保護対象である人間を危険分子と断定し排除するために。あってはならない、だがやらねばならない事だった、だが...今の俺にとっては些末な事だ。


(異常だと思う…自らの役目を放棄し我欲に走るなど…そうか、だからか)


 体が軽くなったような気がした、ある事実に気付いた瞬間から。

もう街は目前だった、いつもより明るく感じる太陽の光りを浴びた街が渾然となって輝いている。マテリアルを撫でるように通り過ぎていく風も匂いがあったことに気付き、逸る気持ちを抑えて深く息を吸い込む。その風はとても澄んでいた、この仮初の大地を駆け抜けた風が運ぶ匂いは不思議と満足感を与えてくれた。踏み締める草地も柔らかく、街の前を流れる()()川も一つ一つの飛沫が煌めきを持っていた。


「これが……そうか……」


 幾千年の月日を過ごした()には分かるまい、今の()だからこそ知り得たこと、この()を代価にして得た感慨だった。

 もう二度と友には届くまいと知りながら独り言を呟く、風がそれをさらい友の代わりに奴へと届けてくれるだろう、これが本来の命だということを。


「終わりがあるからこそ得られるものがある、今行くぞサニア」





 生命情報の管理と使役、さらに環状食物連鎖を作り上げたグラナトゥム・マキナのディアボロス、さらにテンペスト・シリンダーを敵性体(現実、仮想を問わず)から守護する役割を持つオーディンの二人がエディスンの街に入った頃、ホテルに滞留しているサニア達は今なお進軍の足を止められていた。守るべき市民らの意見が二つに分かれたため、にの足を踏まされていたのだ、何たる事かとサニアは憤り声を荒げるがまるで収まる様子はなく、事態は刻一刻と悪路を辿る。


「カサン隊長、上からは何と?」


 通信を終えたリバスターの隊長にサニアが詰め寄るがその顔色は悪い、だがサニアにとっては好都合だ。


「……直にナツメ達がこちらに到着するらしい、それまで何としても持ち堪えろとの指示だ」


「そうですか」


 サニアに落胆の色はない、(むし)ろ早く出て行けと目が物語っていた。

 ナツメ、それからアヤメ、テッドの三名は今現在で最高戦力とカーボン・リベラから判断されている。カサン率いる先進部隊はまだまだ発展途上、未曾有の危機に対して投入するにはあまりに早すぎた。それにピューマ奪還作戦を終えた上層では、主犯格と断定されているハンザ上層連盟長であるアンドルフ・アリュールの身柄を押さえる作戦が立案されその主部隊としてリバスターが任命を受けていたのだ。

 しかし、そのような事情を中層にいる市民らが知る由もなく非難は高まる一方、意見が二つに分かれていた者同士でも手を取り合い一丸となってカサン、サニアに暴言を吐いていた。何とも皮肉ものだとカサンは一人思う、ビーストが健在だった時は人同士で相争うことなど無かったというのにこの有り様、彼ら非力な者は何かしらの敵がいないと満足に生きていけないのかとさえ思った。そして再び敵が現れるや否や、肉壁となって守る隊員にすら文句をぶちまける。サニアの怒声は痛快にも程があったというものだ。


(すまない…あたしも人の子なんだ…)


 母の顔などとうに忘れてしまったが、今のカサンを支えているのはスイだ。新しく家族になった、利口で寂しがり屋で甘えたいのを我慢しているあの子に会いたいと、カサンは切に思っていた。

 未だ柳眉を寄せて市民らを睨んでいるサニアの腕を取った、カサンは彼女の体を寄せて耳元で本音を伝えた。


「…すまないがここはお前に任せる、どんな非道も目を瞑ろう。あたしは上に戻って家族に会いたいんだ…」


 すまない、カサンがもう一度謝罪の言葉を口にしてから身を離す。てっきり非難の目で見られるかと思いきや、サニアの目元は優しく細められていた。


「それでしたら遠慮なく、ここは私にお任せを、隊長。私も早く彼に会いたいのです」


「そういう事か…良く分かったよ、邪魔をしてすまない」


「いいえ、どうかご無事で」

 

 ほんの一言本音を伝えただけでカサンはサニアと通じ合えた、互いに会いたい者がいるという事に。それが家庭であれ戦場であれ焦がれる思いに違いはないと知った、しかし場所が場所だ、カサンは無駄だろうと思いながらもサニアに釘を刺した。


「必ず戻ってこい、あたしの家族を紹介してやる」


「あら、良ければ彼も連れて行きましょうか?」


「要らん、あの子に野郎はまだ早すぎる」


「ふふふ、それでは」


 サニアが罵詈雑言の嵐の中を突き進みホテルの出口へと向かう、その背中が何と高潔であることか、カサンは我が目を疑いそれと同時にいたく後悔した。


(あんな奴はそうはいない…惜しいことをしたのかもしれない…)


 誰からも応援されることなく、励ましの言葉ではなく暴言を受けながらもなお折れることなく戦場へと向かう彼女は、誰よりも逞しく、そして美しく見えた。

 こうしてサニア率いる部隊の足並みが揃った頃、街へ進行を開始していた敵部隊が監視班と接敵を果たした。人馬一体の敵マテリアルはその手に握る剣で見る間もなく隊員を切り刻み走り去って行く、まさに一瞬の出来事。運良く敵の剣から逃れた一人の隊員が、無慈悲にさえ見える太陽の下に転がった死体を見つめながら最後の通信を行った。彼もまたサニア同様、「そうあれ」と望まれ生きてきた者だった。誰に見られることなくその命を散らし責務を果たした。


「敵は三体一組!移動速度も早い!一人になるな連携を取れ!近距離に持ち込まれるなっ」


 隊員の声に気付いた一体が素早く踵を返し、剣ではなくその強靭な足を上げ隊員に襲いかかった。



✳︎



「聞こえていたわね!彼の報告を無駄にしないでちょうだい!」


 ようやくあのエントランスから出られた、正直カサン隊長の告白には驚いたがおかげで心置きなく戦える。それにナツメ隊長も駆けつけてくれるのだ、無様なところは見せられないと思う反面ここいらであの隊長すらも超えてみせようと躍起になっている自分がいた。

 周りにいる隊員達へ素早く指示を出す、どうか一人でも多く生き残るようにと切に願いながら。


「スリーマンセル!前衛は足止め後衛が止めを刺しなさい!白兵戦に持ち込まずアンブッシュ!敵は耳が良いようだから音には気を付けるように!」


 思い思いの返事を耳に入れてから私も戦闘態勢を取る、未だ()腕は痛むが支障はない。彼は間違いなく私の元へと来るはずだ、それまでは何があっても死ねない、雑魚にかまける余裕も興味もなかった。

 朝日を過ぎて日照りが強まったホテル前の坂道を下りる、不思議な照り返しをする建物の群れに入る直前、付近にいた隊員が私に報告を行った。別の坂道から一般市民らが街へ向かっていったと言うのだ。馬鹿な真似を...隊員は護衛すべきかと判断を仰いできたが答えは決まっている。


「無視しなさい!こちらにそんな余裕は微塵もないわ!」


 武器も持たずにホテルの外へ出るなど自殺行為以外の何物でもない、早く上層へ帰還したかったご一行かもしれないが私達の部隊を信用せず勝手な行動に出たのはあちらだ。もしかしたら安全なルートを知っているのかもしれないとその後ろ姿を見やってから視線を外し戦場へと足を踏み入れた。



 敵の出現位置は街の入り口より北東、それから東、そして大本命の彼は北西だ。部隊をそれぞれ北東、東へと向かわせ私は彼の元へと向かう。それぞれ会敵した部隊からの報告によれば各方角から襲来した敵の数は三体一組が三つ、計十八体にのぼる。インカムから随時隊員らの報告、それから戦闘に入った息遣いやら発破をかける言葉やらが矢継ぎ早に流れてきた。あの体躯の敵だ、あっという間に街の中心部へ侵入を果たしているに違いない。

 ホテルの坂道から民家の通りへと入る、散発的ではあるが既に部隊の発砲音が耳に届いていた。前回のような激しさはない、ただ静かに戦闘が開始された。


(来る!)


 敵の駆ける音が建物に反響しこちらにまで届いてきた、無闇やたらと足を進めている訳ではないらしい、時折その足を止めながら様子を探っているようだ。民家の屋上に待機していた班全員が手持ちのグレネードを敵の予測地点へ投下、対ビースト用に強化されていた殺傷能力により一体の胴体が弾け飛んだ。慌てた別の一体が逃げ延びるが待ち構えていた隊員によって狙撃され瞬時に絶命する。最後の一体が私の元へと駆けてきたがまたしても隊員の狙撃によって接敵すら果たせず道端に転がった。

 誰も騒がない、喜びの声すら上げない。これではまるで私達も殺戮兵器だと胸が締め付けられる。


(いえ、そうね、私が言ったんだわ)


 まだまだ敵の気配は満ちている、これからかける言葉で聞きつけられたら元も子もないと注意しながら、


「良くやってくれたわ、全てが終わった後に讃え合いましょう」


 返事の言葉はない、どこまでも素直な彼らだ。


「それと、敵は学習を重ねてすぐに対処してくる、同じ戦法が通用するとは思わないように」


 民家の屋上で待機していた彼らと共に歩みを進める、ほんのいっ時で敵部隊の一つを叩いた朗報はすぐに戦場を駆け巡っていった。



✳︎



 街へ入り何度か部隊の連中に襲われたが返り討ちにした、多目的ホールにノヴァグが押し寄せた際に肩を並べて迎え撃った者もいたが、剣を握るこの手が止まることはなかった。ここは戦場だ、情けなどない、かけていいはずがない。骸に変わり果てたこいつらもその覚悟があってのことだ、()()()と理解してから俺自身が今まで何と傲慢かつ臆病であったことか思い知らされていた。

 奴らが滞留しているホテルから二機の人型機が飛び立った。ディアボロスからの情報によれば一機は特大射程を持つレールガンを装備していたとのことだが、そのどちらも装備しておらず、寧ろ街を見下ろすことなく真っ直ぐに高度を上げていく。どうやら加勢する気はないらしい、何と無慈悲なことか。


「いや、逆に都合が良い。邪魔などされてなるものか」


 大聖堂前、拘束された奴の機体を見つけた、唯一伏兵があればここだとディアボロスから注意されていたがとくに異常はない。天高く昇り始めた太陽の光りに()()()()()地面が熱せられているだけだ。視線を外し並木通りへと足を向ける、もう既に人馬型マテリアルが大破し通りに転がっていた。

 そして、


「…………」


「…………」


 静かな再会だった、道端で偶然出会したように。奴が通りの向こうに佇んでいた、武器を構え静観な顔付きでそこにいた。それが何より許せなかった俺は抜刀し、プログラム・ガイアによって再製造されたこの()()の身体にあらん限りの力を込めて地を蹴った。


「今行くぞ!金の虫っ!!」


 自らの声に鼓膜が震え大気を揺るがす、得体の知れないエネルギーが全身を駆け巡り否でも足が前へと動く。

 これだった、俺が求めていたのは間違いなくこれだった。マキナとしての役目でも責務でも、何をも成し遂げた達成感ではなかった。果てなき闘争本能、敵を穿つことに全神経を回せる快感、後先考えずに済む堕落さ、この一瞬に()を賭けられるリスキーな行為だった。

 サニアがようやく構え安全装置を解除する、そしてみるみる歪な笑顔に変わっていく様を見て理性が弾け飛んだ。





 その豪腕に握られた刀剣型デバイスもまた凶悪であり、既にいくらか返り血が付着していた。目標を掠めたデバイスが地面に叩きつけられ穿ち、破片が宙を舞う。斬撃軌道を予測していたサニアが難なく避け、至近距離から散弾銃をオーディンに見舞う。薬莢に実包されていたバックショットが彼の顔面を襲う、しかしそれを避けることなく追従をかけた。彼は片目を損失し、彼女は襲ってきた拳によって肋骨に深いダメージを負った。下手をすれば内臓にも深いダメージが入っていたかもしれない、しかしサニアはとても満足していた。ここにも「そうあれ」と望まれた同志がいたからだ、前回の戦闘で教えた通りに彼は成長し、全生命を賭して戦ってくれている。それが何より彼女を刺激した、もう、この世にある全ての娯楽、人間関係では満足出来ないだろうとサニアは心から理解していた。


「そうよ、そうよオーディン!そうこなくっちゃ楽しくないわ!」

 

「BWooooowpmっ!!」


 彼女に答えた彼の声に理性はなく、獣のそれと同じものであった。興奮し切っていたサニアは異変に気付かない、大地を揺るがす程の雄叫びが大気だけではなく文字通り地面にまで影響を及ぼしていた。揺れる地面に気を取られつつもサニアは痛む()腕を庇いながら散弾銃を構える、続けて発砲、対ビースト用に特化したショットシェルでも彼にはダメージが入り難い。命を奪うために繰り出された突きを避けて、人馬型マテリアルへとサニアが駆け寄った。人の背丈程ある落ちていたデバイスを拾い上げ後ろにまで迫っていた彼に目掛けてあり得ない速度で振るう。火花が散って鍔迫り合い、サニアの膂力では到底敵いそうにないオーディンのデバイスを受け止めていた。火花が散ったのはデバイスだけではない、サニアの全神経も金切り声を上げて尋常ならざる力を発揮していた。彼女の視界にも火花が散り始め、いよいよ押されるという時に自らデバイスを引いて距離を開ける。それで済む彼ではない、息を吐く暇も与えずさらに追従をかけ下段に構えたデバイスを天に向かって高らかに振り上げた。まるで車が走り去った後のよう、その轟音に身が竦むと同時にさらに興奮しているサニアはようやく異変に気付いた。


(なっ?!)


 地面が割れているのだ。オーディンが初手で叩きつけた箇所を起点にしてひび割れが広がっていた。

 サニアの脱力に気付いたオーディンが理性を取り戻し挑発の言葉をかける。


「それで終いかサニア!片目が無くなったとて……」


 オーディンもまたようやく異変に気付いた、いつの間に?何故片目が...その疑問は解消されることなくさらなる異変によって掻き消されていった。

 断末魔の叫び、大地が軋み割れる音、上空から響き伝わる三機のタービン音。


「邪魔など…邪魔などされてなるものかぁ!これは俺の戦いe!俺のいのthieeewmpgっ!!」


 叫びながら再び理性が失われていく、あるのは闘争本能のみ、彼が望んだものだ。上空に現れたのは「仮想組み」と称される最強の人型機部隊ナツメ達だ。


[サニア!すぐに退避しろ!]


 彼と同じ気持ちだ、お願いだから邪魔をしないでくれ、そう願う気持ちと起こった異変に戸惑い板挟みになり、()()が押し寄せてくるまで身動きが取れなかった。


「どうしてこんな時に…」


 以前の彼女なら、あのような有象無象でも「戦えないよりはマシだ」と喜んでいたのかもしれない。しかし、彼と決死の戦いを束の間でも味わってしまった彼女はもう満足出来なくなったいた。()()、以前は街の近郊まで近付きすんでのところでスイによって命を絶たれたはずのノヴァグの群れであった。さらにペレグやロムナ達の死闘によって守られていたゲートをも突き破り、再びエディスンの街を蹂躙すべくその姿を現していた。

 彼は...オーディンは...急激に痛み始めた肋骨を無視してくまなく探したがその姿は既になかった。



✳︎



 ナツメ隊長が帰ってきた。その姿に変わりはないようだが、どこか哀愁を湛えた瞳に見つめられてこれでもかと怒鳴られている真っ最中だった。


「いいかサニア!いくら力があろうとも一人で戦うなんて言語道断だ!お前のためにどれだけの隊員が気を配っていると思っているんだ!」


「い、いえ、ですから…」


「問答無用ぉ!」


 ...私の数少ない趣味の一つである漫画の表現などで、頭にダメージを負ったキャラクターに星が描かれることがよくある。まさしくそれ、ナツメ隊長の拳骨を食らった瞬間に星が飛んでいるのをこの目で見てしまった。


「ここから単独行動は禁止する!ノヴァグとオーディンが行方をくらましているこの間に部隊を立て直すぞ!いいな!」


「は、はい…」


 ナツメ隊長の言った通り、オーディンとのゔぁぐと呼ばれる敵が姿を消している。街のど真ん中にいきなり現れたというのにだ。不幸中の幸い...いや、彼らの練度のおかげで部隊は最小限の被害に留まっている、怪我を負ってしまった者はいるが死亡者は今のところいない、助かったというのに危険を顧みず敵の情報を教えてくれた隊員のおかげであった。だが、それもケンタウロスと戦った部隊だけ、運悪くオーディンと接敵した部隊は見事に全滅していた。


(私がやらなければ…)


 消えていた自己嫌悪が再び鎌首をもたげ始めた、命を散らしていった隊員達へ顔向けができないという使命感と、まだまだ彼と死闘を演じたいと思う我儘な気持ちが鬩ぎ合っていた。

 外で待機していた部隊の元へ副隊長のテッドが状況確認に行っていた、その彼がエントランスに戻り真剣な顔付きでナツメ隊長に報告を行っている。そして、そのナツメ隊長から指示が出される。


「エントランスにいる全員へ、速やかに部屋に戻り待機しているように。敵は近くにいないが間違いなく再び襲撃してくるはずだ、排除されるまで一切の外出を禁止する。アヤメは索敵だ、テッド、お前はサニアを連れて医務室へ行け、残った部隊もエントランスに入れる」


 またぞろ不満を言うかと身構えたがとくに何かをぶちまけるでもなく大人しく従っている。先程も同じように従ってほしかったものだが、さすがにさらなる敵の増加の前には恐怖心が勝っているようだった。


「お連れしますね、サニアさん」


「え、えぇ…」


 胸の痛みよりナツメ隊長に殴られた頭の方が断然痛い、副隊長のテッドに手を取られ重い腰を上げて彼に従った。



「そんな事が…」


「はい」


 夜の帳を払った朝日が今は天高く昇っている。窓の外から差し込む光りが医務室を照らし、伏せられたテッドのその長いまつ毛にも降り注いでいた。私に興味がないのは知っているがさすがに衣服を平然と剥ぎ取るのはどうかと思う、おかげてすぐに処置は済んだのだが...

 テッドから下層で何があったのか教えてもらい、とてもじゃないがそんな経験をした事がない私は何も言えずに黙り込んでいると再びテッドが口を開いた。


「戦っていたサニアさんはとてもかっこよく見えました」


「あら、お世辞かしら」


「いえ、そうではなく本心です。中層に来る前とは随分と違うなと思いまして」


 軍本部で彼と交わした言葉を思い出す、「銃を握ったことがあるんですか」と糾弾したその瞳の色は今も変わらないが口元は薄らと微笑んでいた。


「それはどうもありがとう、こちらも一ついいかしら?」


「はい、何でしょうか」


「どうしてあの時、あなたは街へ行くと言わなかったのかしら」


 まだ到着したばかりの頃、エレベーター前に集結していた私達をビーストが襲撃し、その折にナツメ隊長が行方をくらまし生存が危ぶまれたことがあった。日にちが経った後、エディスンの街で発見したとの報告を受けた時彼は同伴しなかった。それが今でも不思議だった、私の誘いをあれだけ手酷く断っておきながらその隊長の元へ駆けつけようとはしなかったのだ。


「……ここだけの話しにしてもらえますか」


「えぇ」


 ただの興味本位だ、誰かにする話しでもないだろう。


「あの時は…もしかしたらナツメさんが戻ってこないかもしれないと思っていました」


「それはどうして?」


「特殊部隊にずっと不満を持っていたのは知っていましたから、たとえ生きていたとしてもこれを機に部隊を抜けてしまうかと…」


「そう…」


「会うのが怖かったんです、サニアさんに付いて行かなかったのは…まぁ、意地ですね、ただの意地です。みっともないところを見られたくなかったんです」


 最後の方は口早く、言い切った後はそのまま視線を下げてしまった。

 意地、その意地がどのようなものなのかは本人にしか分からないものだが、もしかしたら姿を消してしまった彼も意地になったりするのだろうか...獣の咆哮、いやビーストと同じものを感じた。


(……………)


「サニアさん?まだどこか痛みますか?」


 気付いた事実は一旦脇に置く。


「……いいえ、何でもないわ、手当てありがとう」


「…そうですか。いいですかサニアさん、ナツメさんが手を上げるだなんて滅多にないことなんですからね、本当に気を付けてください」


 どこか拗ねた顔をしている、きっとテッドは本気で叱られた私に嫉妬しているのだろう。それだけ心配しているという何よりの裏返しなのだから。ほんの一瞬前までの私なら、テッドのこの顔を見てほくそ笑んでいたかもしれないが今はとくに思うところがない、なかった。あれだけ心酔していた隊長にすら興味を失っている自分がいた。


(行こう、ここは私のいるべき所ではないわ)


 私は何より心配していたのだ、部隊の彼らでもなく下層で辛い思いをしたナツメ隊長でもなく、敵であるはずの彼のことを。

 私が私の真意を自覚するのを待っていたかのように敵が再びその姿を見せた、ホテルに設置された警報が鳴り響き危険を知らせてくれる、けれど私にとってはただの警報ではなくこれからを祝福する鐘の音に聞こえた。



✳︎



[やめておけと………]


[……え、……要なことなの]


[……………………アに何と説明する……い?]


[とくに………………だもの、…………に任せるわ]


[…にでもなったつもりかい?]


[………さか、私は………とっての母だもの]


 煩い。集中できない。頼むから静かにしてくれ。


[……だと思うよ、…………………玩動物じゃない……]


[彼らのものだもの…………わ]


 頭の中で、声がする。オれのものではない。確かにマキナから身を転じたはずなのにだ。金の虫、金の虫、金の虫!おレが求めているのは、こんな虫ではない、何故まとわりつく。邪魔になる、消さねば、何故?誰が命令シタノカ、こんな物は望んでイナイ。

 サニア、さにあ、サニア!獣になっても相手をしてくれるカ!これは不本意ナンダ!オレにはまだ聞かねばならないコトがあるんだ!頼むから、邪魔を、するな!


[はぁ……………、…………、…………]


[…………お別れね、さようなら………人よ]


 煩いとイッテいるのが分からないのか!

...サニアだ、さにあにあわねば、きかねばおわれない。


「俺を救うとは一体何だ!俺の役割とは何だ!そのきょうふに打ちかつものはナンダ!」


 おれのまわりにむしがたむろしている、なんともおにあいだ、そうか、こいつらもおれとおなじなのか。なんともあわれな、あるじをみあやまるなど、おれについてきてどうするつもりだ!


「お父上!もうおやめ、」


 だれかの声がする、ほんの瞬き程理性が蘇るがすぐに消えうせていった。



✳︎



「行かれるんですか、サニア隊長」


 鳴り響く警報の中、エントランスへ向かっていると背の高い観葉植物の前に彼女が立っていた。その視線に労りはなくとても涼やか、()()に言葉を交わす相手にはちょうど良かった。


「それが何か」


「あれだけナツメに怒られたのにどうしてですか?」


「あなたにはまだ分からないでしょうね、人の意に背くことも時には必要だということが」


「違いますよ、そんな事を聞いているんじゃありません。戦う必要があるんですか?」


 さんさんと降り注ぎただの通路に温かみを与えている光りを浴びて歩みを進める。彼女は未だ私を睨んでいた。


「あるのよ、それが。あなた達が下層でどんな思いをしてきたのか知っているけどそれはそれ、私と彼には必要なことなのよ」


「………」


「言葉ではなく体で、思いだけではなくその命で語り合うことでしか伝わないものがあるの」


 そうだと自分に言い聞かせながら教えてあげる、口にするほどそうなんだと強く意識していった。


「……そうですか、自分から喧嘩をしに行くだなんて…」


「おかしいでしょうね、とくに私達の世代からしてみれば、あなたもそうあれと生きてきたのでしょう?」


「……?」


「……まぁいいわ。私の護衛は要らない、ナツメ隊長にそう伝えてちょうだいな」


「……分かりました、言っておきますが皆んなあなたの事を心配しています、どうか無理はしないでください。皆んなあなたの事を信じていますから」


 ぐらりときた、一番堪えた。彼女の言葉に嘘もなければ飾り気もない、真実をただそのまま伝えただけだからだ。


「……ありがとう」


「その言葉は私ではなく部隊の皆んなに」


「………」


 いつの間にか足が止まっていた、彼女が先に踵を返しエントランスへと向かっていく。あれだけ降り注いでいた陽の光りも弱まり薄暗い影が生まれていた。

 やはり()()には何でもお見通しらしい、あの爆発事故を生き残っただけの事はある。

 エントランスへ向かう外通路に出ると、あれだけ晴れ渡っていた空に灰色の雲が漂い始めていた。


「そうね、彼は少し眩し過ぎるもの、これぐらいがちょうど良いわ」


 独りごちた私は再び戦場へと向かった。



✳︎



 全ての布陣が整った。惜しむらくはノヴァグの現出さえなければ良かったと思うがこの際は仕方ない、ある程度の誤算は必ず生まれるものだと無理やり納得した。

 最終確認も取った、後は執行を待つばかり、これでようやく一息吐ける。思えばあの時から苦労の連続であった、宥めるのにも苦労したし道を示すのにも苦労した。それが結局これだ、これが一つの終わりを示すことになったとしてもその蓄えは十全に利用され今後に活かされていくことだろう。

 ...いや、まだあったな、あのマキナは誤算にも程がある存在だ。どこから生まれた?何故新造されたマキナの外見を持っているんだ、それが明るみに出ていたとなると大問題、僕の管理責任が問われる一大事だが...


「まぁいい」


 「仕事」とはこういうものだ、予期せぬ事ばかり起こり僕を困らせてくる。

さぁ、後は証拠固めさえすればいい、これでようやくひと段落だ。





 爽やかだった青空にはこれからの行く末を表すように灰色の雲が浮かんでいた。これではまるで絨毯のようだと、今にも一雨きそうな空を見上げながらサニアは思った。

 下層から旅立ったナツメらと合流を果たしたサニア率いる部隊は、敵を迎え撃つため再度出撃していた。人馬型マテリアルの撃破数は約半分、残り九体近くが残っている計算になるがさらに何処からか現れたノヴァグの大軍も相手にしなければならなかった。

 ぽつり、雨雲から一滴の雨がサニアの前に落ちた。それを合図にしたかのように堰を切った大粒の雨が降り始め、ホテル前の坂道から見えていた街並みが白く煙る。ごうごうと降りしきる雨の中サニアが一歩前へ踏み出した。いくらかの邪魔は入ったがそれらは彼女の足を止めるに至らず、彼を求める心がいや増しただけであった。

 アヤメが言っていた通り、サニアを半ば信奉し始めていた彼らが邪魔にならぬようひっそりと後を追いかけ始める。最大の敵であるオーディンはサニアの撃破だけを目標とし、サニアもまたオーディンにのみ関心が向いていることは彼らも良く理解している事だった。そのおかげもあり自分達は周りの敵へ集中できると思い彼女への援護を惜しみなく行っていた、それは戦術上の話しでもありまた彼らの心理上そうせざるを得ない事でもあった。

 先行していた部隊らが投てきしたグレネードの音が響き渡る、いよいよ開戦だ、サニアに離されまいと注意深く観察していた彼らであったが目を離した隙にその姿を見失っていた。慌てた一人の隊員がすぐさまその姿を捜すが代わりに異形の大軍を見つけてしまった。


「来やがった…」

 

 彼の呟きは雨音に掻き消される、細い通りだろうが大通りだろうがお構いなしに駆けてくるノヴァグの群れは恐怖以外の何物でもなかった。即座に目標を変更しノヴァグの群れを迎え撃つことにした、心の中ではサニアを思いながらも手の震えが止まらない彼らは必死になってその数を減らしにかかる。その時、並木通りから伸びるつづら折りの坂道から人馬型マテリアルが姿を現した、三体一組で行動していたはずなのにと隊員が訝しむがその答えがすぐに分かった。大挙として押し寄せていた一体のノヴァグが通りかかりに人馬型マテリアルに襲いかかっていたのだ。突然の事に慌てた人馬型マテリアルはなす術もなく切り刻まれあっけなく絶命した。隊員は瞬時に理解した、あの異形に敵味方の区別はないと、見える全てを破壊するまさしく異形のものだという事を。知り得た情報はすぐに横展開する、「そうだ」と教えられた訳ではない、全ては生き残るため彼らが戦場で身に付けた知恵の一つであった。


「あの群れを最優先に攻撃しろ!ケンタウロスすら殺した敵だ!何があってもホテルに近づけさせるな!」


 何故ノヴァグが現出したのか誰も知らない中、倒すべき敵は奴らだとすぐに部隊の認識が更新されていく。それらの情報はホテルで待機しているナツメ率いる(なし崩し的にではあるが)人型機部隊にも伝わりすぐ対応に移った。アヤメ機は××××××××のアマンナによって主だった攻撃手段が失われている、しかしそれで引くような彼女ではなかった。僚機として控えていたテッド機へ通信を行い単機出撃の許可を得て街へと躍り出る。ノヴァグとの体格差を考えれば飛び道具など必要ないと、人型機の拳一つで何体もの敵をまとめて始末できると踏んでのことだ。

 街へと飛び出したアヤメ機が見た光景は白く煙る街並みに銀の波が押し寄せているものだった、さらにその中には外郭部で発見された初期型のノヴァグの姿もある。圧倒的と言えるその数の前に、民間の屋上から攻撃を行なっていた部隊の人達が飲まれていく姿もあった。あの敵には高さなど関係がないようだ、鋭利な腕を壁に突き立ていとも簡単に登り人間へと襲いかかっている。早く何とかしなければとアヤメは焦るが、街の一角で波に飲まれず火花を散らしているサニアを見つけた。


(…………)


 部隊の人達からも言われていた事だ、「サニア隊長の邪魔はしないでほしい」と。聞かされた時は意味が分からなかった、生きるか死ぬかの戦場で我儘に振る舞えるその神経が、そしてそれに気遣われていながら応えようとしない彼女自身が。芽生えた感情を無視して高度を下げる、今は一体でも多く減らすべきだと頭を切り替えた。



✳︎



 唸る。私の腕がこれでもかと唸り彼へとこの剣を叩き付けた。盛大に散った火花が視界を奪い咄嗟の判断が遅れてしまった。


「うぐぁっ!」


 彼の峰打ちは良く効いた、手当てをしてもらったばかりの胸が酷く痛む。しかし、痛めば痛む程に神経は冴え渡り全ての物事がクリアになっていった。

 私は生まれながらにしての狂戦士、あの子らが言っていたまさしくバーサーカーであった。誰よりも戦場を求め、成果ではなくその過程にこの身を捧げていたかった快楽主義者だったのだ。


「さぁ!倒せるものなら倒してみせなさい!」


 カサン隊長に「戦場を離れろ」と言われた時は心底嫌だったのだ、誰が指揮など取るかと反発したかった。彼がここに来てくれたおかげで私はこうしてここに立っている。


「Boooowtmjtっ!!!」


 この街に来た当初、超大型のビーストを前にしてナツメ隊長の手を取らなかったのも本当は戦場から離れたくなかったのだ。確かにナツメ隊長の顔色を窺いながら生きていくのも悪くないが、この刺激には到底敵うまい。


「さぁさぁさぁ!もっと!」


 私が誰からも褒められることなく戦場に立ち続けていた意味も良く分かった、あの街の景色に心を奪われるどころか好きにすらならなかったのもそうだ、勲章と立場欲しさに総司令に近付いた時も抱かれることに何ら快楽を見いだせなかったのもそうだ、全てはこの一瞬の為にあったんだと心から理解し納得した。


「Booowtjwgxっ!!!」


 爽快だった。今日までの全ての否定がここに繋がっていたんだと、ここにこうして来るために必要な否定だったんだと知った。()()()いくら訓練しても物足りず、()()()街の景色に惚れることもなく、()()()男に抱かれて惚れることもなく、()()()私はここにやって来れたのだ。

 爆発的な喜びが発生し否応なく私の中を駆け巡る、それらは力となって痛む()腕すら動かし彼へと剣を振るわせる。弾かれようが斬られようが関係ない、私は私がここにこうしているだけで満ち足りていたからだ。

 彼からの剣の応酬も止まらない、繰り出した突きを弾かれ剣が宙を舞う。武器を失った私に構うことなく当たり前のように剣が振るわれた、身を守るため背中に回していた散弾銃を取り迫ってくる剣の刃を受け止め、


「………あぁ、そうだ、そうよ」


 ...切れなかった、鮮やかな血が彼の顔にかかった。何と、間抜けな最後か、痛めていたのは()でない、()だった。とっくの昔に使い物にならなくなっていたのだ、そうとは気付かずに彼の剣を受け止めようなどと...

 寝転んだ地面から見上げた空は、いつの間にか晴れており赤い陽の光りへと変わっていた。濡れた地面が火照った体に気持ち良い、ゆっくりと視線をずらしてオーディンを見やる。


「はぁ…はぁ…はぁ…」


「…あぁ、最高、だったわ…オーディン…」


「はぁ……はぁ……俺はまだ、分からない…」


「……いいえ、そんな事は、ないはずよ…」


「待て…逝くな…まだだ、まだ物足りない」


「ふふふっ…それ、最高の褒め言葉よ……あぁ、オーディン……」


「俺は…滝のある森の中で貴様を見つけた時から、倒す事だけが目標だった、それなのに何も、達成感がない…まだだ、まだ、」

 

「ふふふっ、何、それ?私は、滝の近くに、行ったことなんてないわ……何て幸運なのかしら……」


「………」


「オーディン…私は、あなたが、敵で良かったと……心から……あなたが味方ではなくて……本当に……」


 良かった。



✳︎



 ...何故なんだ、何故なんだ、何故なんだ、何も分からない、何も変わっていない、ただあるのは喪失感のみ、こんな最後で良いのか。


「………あぁ、そうか、とんだ思い違いを…….していたのか……」


 もう遅い。どうにもならない。交わすべくは剣ではなく。

 止んだ空から降るものは雨粒ではなく天へと昇りゆく光りの柱、安らかに眠るサニアに降り立っていた。

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