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第一話 出会い

1.a



 早い、とにかく動きが早い。照準を合わせた時にはもうその場所にはいない。だというのに向こうは遠慮なくこちらを狙ってくる、たまったものではない、今し方狙って撃ったアンチ・マテリアルライフルの弾もビーストに当たらず、錆だらけになってしまった給水塔に当たり甲高い音が鳴った。


「ajtwpg!!」


 その音を聞きつけ他の仲間がわらわらと集まってくる、電子的な鳴き声を喚きながらさらに他のビーストを集めようとしている。


「あーもうっミスった!!」


 最悪だ、たった一体のビーストを仕留め損ねたがためにこんなにぐだぐだになってしまうなんて、焦りが照準を狂わせ敵を引き付けてしまう。


「ナツメ!聞こえる!?敵に囲まれた!誰でもいい!応援寄越して!」


「ー今どこにいる?」


「メインシャフト三階層の居住区!錆だらけの給水塔が並んでいるあたり!」


「ーここからでは間に合わない、自分で何とかしろ」


「な?!」


 ナツメに見切られたと同時に敵が襲ってくる、目の前には輝くように光る銀の牙と赤く虚な瞳があった、すんでのところで身を屈めそのまま振り向きざまにろくに狙いも付けずにライフルを撃つ。


「ーgppp!!」


「ーやればできるじゃないか、その調子でいけ」


 偶然当たっただけで何がやればできるだ、肩で息を吐きながら、痺れる指を無理やり動かし次弾を込める。


「ーアヤメ、お前が敵を引き付けてくれたおかげでこっちは順調に進んでいる。あと10分待て」


「了ー解っ!!」


 耳のインカムを引きちぎって床に叩きつけたい衝動を抑えながら合流ポイントへ急ぐ、毎度のことだ、隊長であるナツメにはいつも良いように扱われる、毎度のことだと自分に言い聞かせるが腹の虫が収まらない。

 仕留めたビーストを足蹴にし、メインシャフトへの出口を目指して走った、背後からは味方が殺されたにも関わらず何も変わらない電子的な鳴き声が聞こえた。



1.b

 


 テンペスト・シリンダー、いつ誰がそう呼び始めたのかも分からない、小さな頃からそう聞かされてきた私達が住む街。

 下層、中層、上層の三層に分かれており、その名前の通り天をも貫くとても大きな建物、らしい。らしいというのはこの目で全体を見たことがないからだ、多分誰も見たことがないだろうけど。

 私達の街は上層にある。街全体が汚れており所狭しと張り巡らされた細い用水路からはいつも異臭がする。

 やっとの思いで借りた、最上階のアパートに住んでいても時折臭ってくる。アパートの窓から見える空も本物かどうかも分からない、ちゃんと雨も降るし雪も降ってくれるがこれまた臭い、通り雨の時なんて軒下で喧嘩が起こるぐらいだ。

 …私はこの街が嫌いだ。臭いし汚れているから当たり前だけど、それよりも狭い、と感じてしまう、もっと広くて大きな所へ行きたいと小さな頃から思って過ごしてきた。

 嫌っているのは私だけじゃない、今戦っているビーストを専門にしている部隊の人達も何かしらの不満があるみたいだ、だからこうして私達は中層を目指すために各階層を繋ぐメインシャフトと呼ばれるビーストの巣を攻略している。


「ーアヤメ!しくじった!奴らを落とす橋にしかけた爆弾が点火しない!今すぐこっちに来い!援護しろ!」


 ナツメからの無線で我に返る、返りたくなかった、物思いに耽っていたかったがそうもいかない、ビーストをまとめて片付ける作戦がこのままでは台無しになってしまう。せっかく私が一人で陽動を行い爆弾を設置する時間を稼いだというのに。


(言い方ってもんが、あるんじゃないのかなぁ)


 さっき援護を断ったのはどこのどいつだ、と思いながらも爆弾が仕掛けてある、居住区と私達が降りてきた搬入口(勝手にそう呼んでいる)を結ぶエリアへと急ぐ。

 耳のインカムからはナツメの怒鳴り声や誰かの襲われた声が聞こえてくる、仕掛けた爆弾が点火せず橋の上には大量のビースト達がいるのだ、とてもじゃないが一つの部隊で対処し切れる数ではないだろう。


「ー聞こえているな?!お前は一階層上から爆弾を直接狙撃しろ!」


「ポイントは?どこから狙撃すればいいの?!」


「ーポイントぐらい自分で見つけろ!今はそれどころじゃない!」


「…っ!」


「ーアヤメ?!聞こえてるのか!!」


「…了解」




1.c



 搬入口にはやつらに襲われて負傷したボンクラ共が呻いている、痛いだの最後に女を抱きたいだのと好き勝手に喚いて騒がしい。

 それもこれも爆弾設置班が点火プラグを抜き忘れたのが原因だ、やはりアヤメに任せておくべきだったか?だがあいつは今、大量に押し寄せてくるやつらの向こう側にある居住区エリアだ、今からでは遅すぎる。

 私の後側にあるエレベーターシャフトから1階層上がり、爆弾を狙撃させたほうが良い。あいつなら上手くやってくれるだろう、本当に使い勝手の良い奴だ。

 エレベーターから降りてすぐ、四方向に伸びるエリアを搬入口と呼び、それぞれの方向にはアヤメがいる居住区、爆弾設置を失敗して逃げ出した部隊が隠れている工場区、一度も足を踏み入れたことがないゴミの溜まり場である循環区、そして我らがボスであるセルゲイ総司令が待機している政官区がある。


「ー状況は?」


「…あと少しです、陽動に出した隊員を戻して爆弾を処理させます」


「失敗は許されない、分かっているな?何のために今日まで準備してきたと思っている。使えない連中を集めて、中層での居場所を作ってやるための作戦でもある、その隊長がお前だ、ナツメ」


「…分かっています」


 くそったれが。その政官区にいる総司令から煽られてしまった、まるで私まで使えない奴だと聞こえてよりいっそう腹を立てる。

 目の前でビーストに応戦していた一人が防衛線から孤立してしまい、敵に囲まれた。


「おい!てめぇらなんで下がるんだ!このままじゃもたねぇ!」


「いいじゃねぇか、先にあの世で女でも抱いていな」


「ふざける…っぅぐぁぁああ!!」


 手にしていたアサルトライフルの残弾が尽き、そのままなす術もなくビーストに頭ごと喰い千切られてしまった。

 やつらとの戦い方はいつもこうだ、チームを組んで挑みはするが必ず誰かが貧乏クジを引き当てる、そしてそいつが囮になり他の者たちが攻撃をするなり逃げる算段を立てる。

 どうしたって私達だけではやつらに勝てない、一方的に喰われるか反撃しながら喰われるかの違いしかない。

 だからこうして、使われなくなって長い年月が経つメインシャフト内の各エリアにトラップをしかけ、大昔の人間達が残した遺産をぶち壊しながら中層を夢見て進んできたというのに!肝心の爆弾が点火しないなんて!


「アヤメっ!いつになったら到着する!、おい!応答しろ!」


「ー」


 苛立ちながらアヤメに呼びかけるが返事がない、まさかやつらに喰われたのか?一瞬冷や汗が流れる。


「おい!聞こえているのか?!返事をしろ!」


「ー聞こえてるよ、今すぐ下の階層に到着した」


「なに?下の階層だと?聞いていなかったのか?私は…」


「ー下から撃ったほうが早い、そっちはもう防衛線ももたないでしょ?」


 何を言っている?下の階層から爆弾を狙撃すればその爆発に巻き込まれる、そうなってしまえばアヤメも危険だ。

 いや、危険どころではない爆発で吹き飛ぶ瓦礫や破片をもろに浴びることになる、そうなってしまえば…


「お前、死にたいのか?私はそこまでのことを頼んでいない、いいから早く…」


 言い終わるが早いか、すぐ下の階層から鈍い発砲音が聞こえた、アヤメのアンチ・マテリアルライフルだ。

 私達がいる搬入口の少し下のあたり、設置した爆弾が大口径弾により起爆し耳をもぎ取る程の轟音が鳴った。立っていれない程にエリアが揺れた、すぐそこにまで押し寄せて来ていたビースト達が次から次へと落下していく様を、床にへばり付きながらただただ見ていた。

 我に返り、耳鳴りが鳴り止まないなかでも私はインカムに向かって叫ぶ。


「アヤメ!無事か?!どうしてこんなことをしたんだ!」


「ー、」


「おい!頼むから返事をしてくれ!お前に死なれたら困るんだよ!」


「ーどうでもいいよ」


 耳鳴りとエリアを繋ぐ橋が崩れていく轟音のなかでも、その言葉だけははっきりと聞こえた。


「ーどうせ生きて帰ったところで、またナツメにいいように使われるだけだから」


「なにを言って…っ!」


「ー頑張ってね、ナツメ。応援してるよ」


 崩れていく瓦礫の音と、未だに状況を分かっていないやつらの不快な鳴き声と一緒に、アヤメも落ちていった。



1.d



 冷たい、と感じた時には苦しい眠りから目を覚ましつつあった。体中が痛く、耳鳴りも酷い。

 …驚きだった、まさか生きているなんて。意識を失う直前の光景は、頭上から降り注ぐ瓦礫と足場を失くしてじたばたともがくビースト、私がいた階層の橋も爆発の衝撃と落ちてくる瓦礫の山に耐えられずに崩れ、私も同じように落ちていった記憶だ、生きているのが不思議なくらいに壮絶な光景だった。

 死にたかったわけではない、いつもいいように扱うナツメに仕返しがしたかっただけだ。昔はあんな人ではなかったと思う。


「いったたた…」


 痛む体を無理やり動かしてみる、頭しか動かない。手も足もついてると思う、ちゃんと見てみないと分からないが、そもそも頭もほんの少ししか動かせないから見ることができない。

 寝転がって見える景色は私が落ちてきた穴と、無様に空けられてしまった天井だ。何か天井に加工でもしているのだろうか、星空が輝いているように見える。

 私が住む街からも時々星空を眺めることができる、雲一つない時はまるで手の届きそうな、自分の宝物にできそうな、不思議な感覚になる。それと同じ思いで今も星空を眺めているが、これは偽物だ。

 もしかしてここは天国なのではと思い始めた時に、ようやく体を起こすことができた。


「何、ここ…」


 目の前に広がる光景は、泉だ。向こう岸が見える、小さな泉に私は仰向けに倒れていたのだ。どおりで冷たいわけだ、足から腰にかけて水に浸かっており上半身だけ濡れずにすんでいた。

 痛む腕を動かし泉から這い出る、人工物だというのに草の匂いにむせ返そうになりながら何とか泉から抜け出す。


「いったたぎゃああぁ!!」


 目の前で得体の知れない何かが私の顔を横切った。


「うぇぇ、何今の?」


 ヌルヌルとしていてそれでも変な暖かさもあって大変気持ちが悪い、体全体が拒絶反応を起こしている。

這い出たまま、ほふく前進の状態で休んでいたのが悪かった。ここは天国ではなく地獄だったのでは?納得。

 沈む心と痛む頭を持ち上げてみればそこにはとても大きな樹が一本だけ堂々と立っていた、私の街でも見たことがないくらい。ちょうどその樹の真上あたりに私が落ちてきた穴があり、立派な樹に見えたが所々の枝がへし折れている。


(もしかして、この樹のおかげで助かった?)


 助けてくれた樹に感謝したところでようやく暗さに目が慣れてきた。周りを見てみればどうやらこの泉は丘の上にあるようだ、見渡す限り明かりが灯っていない建物が見える。

 大昔の人達が作った街、壁に囲われたこの街で住んでいた人はどんな暮らしをしていたのだろう。造りものの空に、泉に、樹に、何を感じていたのだろうか。私はまだ、この造りものの街に比べてあの汚れた街のほうが好きだ。…いや、好きといってもほんの小さな差だけど。


「──xbbb…」


 冷たく静まりかえった街に思いを馳せている時、何かが聞こえた。


「──xbbb、qtjqtj」


 今、一番聞きたくない声だ。


(嘘でしょ、こんな時に!)


 手持ちの武器は何も無い、持っていたアンチ・マテリアルライフルも落ちた時にどこかへいってしまった。いや、あった、泉の中だ。ちょうど真ん中あたりで鈍く光る大型の対物ライフルを見つけた、私の相棒だ。

 敵に見つからないよう慎重に泉の中心へと向かう。観光用か娯楽のために造られた泉なのだろう、水深は私のくるぶしあたりまでしかなく、実用的にはみえない。だが、その浅さが仇となりゆっくり歩いているつもりでも音が出てしまう。


「qggg?」


(気づかれた!)


 ビーストは私達と比べて聴覚も嗅覚も鋭い、機械のくせにと何度呪ったことか。

 気づいたビーストがゆっくりとこちらに向かってくる、これ以上濡れるのは嫌だったが、またほふく前進の状態になり敵に見つからないよう息を殺した。

 ゆっくり、ゆっくりと近づいてくる、音は二つ。


「qggg?twmj,twjam」


「ptjtwa,tjw,tjagjtw」


 会話しながら近づいている?随分と悠長な、だが一体の足音は不規則な動きをしているようだ、落下した時にどこか怪我でもしたのだろうか。


(ビースト相手に怪我とか変かもだけど…)


 今なら逃げられるかもしれない、そう思い立ちすぐさま行動に移す、冷え切った体に鞭打ち中腰のまま音が出るのも構わず私が倒れていた場所から逆方向へ、向かおうとしたその矢先、


「ゲコっ」


「うぎぁああ?!」


 何かが私の顔を目掛けて飛んできた、さっきのヌルヌルと暖かいやつだ、驚きそのまま尻餅をついてしまった。


「gqqqt?!」


 顔を上げた時には、樹の下に二体のビーストがいた。一体は驚いているようで、もう一体はその場で縮こまったように動かない。


(しまった!くそ!あのヌルヌルめ!)


 ヌルヌルを呪ったところで遅い、撃てるかどうかも分からない冷え切った相棒を構えて敵を睨みつける、絶対絶命とはこのこと、やっぱりここは地獄だちくしょう。

 だが、敵は動かない。


(味方が怪我をしているから?それにしたって…)


 何も行動しないのは変だ、ただ私を不思議そうに見ているだけ、その見つめてくる瞳が赤い色ではなく緑色であることに気づいた。

 他も観察してみれば、鋭く尖った牙も爪もない、頭には角のようなものが見えるが、あれで攻撃されたらひとたまりもないだろうが…


(やっぱり動かない…)


 構えていたアンチ・マテリアルライフルを下ろす。もしかして、ビーストにも色々な種類がいるのだろうか?目の前の二体のように攻撃してこない、例えば武器を持たない民間人のような、ビーストと戦ってきたがやつらのことを知ってるいるわけではない、知らないことのほうが多い。


 興味が湧いた。声をかけてみたいと思った。



「…ねえ、もしかして、その子、怪我しているの?」

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