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避難

パパは支度しろと声をかけて荷物をまとめはじめる。酷くざわつく声音だった。

周囲との摩擦を避けるような人柄のパパとは思えないほど。

説明が足りない。何の、どこに行く、理由は。


私が問うが、いいからしなさいの一点張りで、怒りを抑えるような震える声で低く小さく呟いた。

わからない、わからない。何が起きているのか。パパは知っているのだろうか。知っていて私に言わないのか。知らないでそれでも言っているのか。


家族が突然別の生き物になったみたいで悲しさで涙を流しそうになるのをぐっと堪えてバックに荷物を詰める。常日頃から震災の避難を心掛けている私の家は、バックパックには既に予めある程度詰め込まれている。

過去にあった震災の避難はまるで誇張したように、特に何も起こらなかった。だからバックパックに詰められた非常食は死蔵され、たまに覗いてみると消費期限がギリギリだったり過ぎてたりもあった。買い替えるからという理由でごはんがそれになった時は記憶に新しい。


今となっては懐かしさすら覚える。

本来の意味で使わなければどれほどありがたいことか。

私は非常食他、衣服に必要な物を詰め込むと背負った。基本震災が起きたとき遅くとも3日以内に救援ないし支援物資が来る。3日、たったそれだけでもどれほどの荷物になるか。

飲料水だけでなく、体を拭いたりと水は嵩張るし、インスタントトイレセットもコンパクトされたものでも大きいバックくらいにはある。それに生理用品、電池にライト、学校の工作の授業で作った手回し充電のラジオ……ああ、ラジオにはライトがついているから懐中電灯はいらないかあ、ライトを出して歯ブラシを入れて……。


「姉ちゃんまだ? パパ待ってるよ」


「わかってる、今行くから」


大丈夫だよね、今回の避難が本当に今までと違って酷いのでも、数日すれば家に帰れるよね?

荷物を背負うと、小学生の夏休み前以来の重荷が肩にのしかかる。想像以上の重さで息を吸って吐くと、肺から空気が漏れ出した。

大丈夫、部活で鍛えているからこんなこと何でもない。

最近身長も伸びて、170センチ行きそうというか絶対高校卒業するまでに180センチ近くまで伸びてそうでバレー部で活躍できることを喜ぶべきか、可愛くないと悲しむべきか。


荷物を背負って今に行くと既に私以外の家族は準備ができていた。

一番遅れたことを謝りつつ、パパにどこに行くのか尋ねた。


「パパどうするの? 遠藤君……クラスメイトで避難を呼びかけられた一人だけど、私たちまだ避難呼びかけられていないよ? これでどこかに避難しても受け入れてもらえないんじゃない?」


「……その遠藤君のご両親の職業わかる?」


「ああ、それなら確か医者だって。ほら、私が前部活で怪我した時行った大きな総合病院に勤めてるんだって」


「僕のクラスの避難呼びかけられたのは親が軍人だって」


パパはチッと舌打ちすると、やはりそういうことかと悔しそうに拳を握りしめた。

弟の光輝は分かっていなさそうだけど、今ので私は分かった。

多分避難を呼びかけられた人は、何らかの技術職や限られた職種に就いている人とその家族だけが避難を呼びかけられているのだ。


災害が発生して、その後を想定して。呼びかけられなかったのはあまり重要でない、替えが効いたり重要な職業だけど遠くの地域に避難したら意味がない職業。

パパの職業は不動産。災害時には控えめに言っても医者や軍人に比べて優先度は低いだろう。

ママは携帯が繋がらないと、バックに投げ捨て頭をかき乱す。


「貴方、どうするの?」


「ここにいるのは危険だ。総合体育館に行こう。あそこは指定緊急避難所で地下シェルターもあるし何か起きても学校も市役所も近い。急がないと地下シェルターが満杯に……それでも地上部分も2階あって頑丈だし収容数もある」


パパが私を、ママが光輝の手を掴んで玄関を開ける。

遠くでは黒煙が登って、建物が見えなくとも火事が複数の場所で起きているのがわかる。だというのに消防車も救急車もパトカーの出動する気配はおろか、サイレンの音一つ聞こえない。


「車は渋滞に巻き込まれるから、走っていくよ。ちゃんと手を握って放さないように」


「光輝、ママの手放さないようにね」


完全に別世界だった。

もう災害は起きているのか、起きていないのかそれは分からないが、未だ私たちの目の前には表れていない。

けれどそれは必ず嘗てないほどの猛威となる、そんな気がひしひしと世界から感じる。

警察が、軍が一般市民を見捨てるという選択肢をとらざる負えない事態だったのだから。


総合体育館は、過去に数回訪れたことのある馴染みのある場所だった。私がバレーをしているから大会で行ったということもあるし、世界的にウィルスが蔓延した時はここでワクチン接種会場として使われたことがあるからだ。


町の中で、車が車道に何台も乗り捨てられパパの選択肢は間違っていなかったとわかった。

人々も右に左にどこに逃げれば、何をすればいいのかわからない人で溢れていた。それでも一定で多い人の流れはやはり北だろうか。

避難指定された人間を追って、たくさんの人間が北を目指している。


「すいません、すいません通してください」


流れの方向が一貫しない人だかりにぶつかり、時には言い争いや殴り合いを目撃し、そのたびにパパは私の手を痛いくらい強く握った。

パパは人にぶつかって揉めそうになると、これ以上発展させないよう直ぐに謝った。


私は後に振り返って、始まりの日を思い出す度このパパの姿を最初に思い出すこととなる。この姿が瞼の裏にずっと焼き付いた。

その時は、まだ子供で世間知れずで、ペコペコ謝るパパの情けない姿だと思っていた。その時は分からず後になってわかるってやつかな。必死に家族を守ろうとしている姿だったのだ。

そんなパパの後ろに立って腕のすそを掴んでいるしかできなかったその弱い自分の姿も。


でもその全ては間違いで、避難場所もそうだし世界が変わってしまったから、そうあるべきでなかった。取る選択肢を悉く間違えていた。

弱さを見せたら舐められる。一度弱者と見做されれば寄って集って食い物にされるのだから。


既にこの世界は弱者の存在を許さなくなっていたのだ。


避難所に辿り着けた私たちは、しかしシェルターには入れなかった。

既に収容人数は満杯どころかオーバーな人数が押し寄せている。私たちが考えるようなことは既に誰かしらが先駆けていたのだ。

だがそんな彼らを咎めることはできない。他でもないここにいる人間はそこに入ろうとしていたのだから。


まだ災害がなにかも判明していないからこそ皆は平静を保っていたが、それでも子供だけは中に入れてと頼む親の必死さをあざ笑うかのような風潮がそこにはあり、揉めても警察が出動しない現状で過激に掴みあう者や、それこそ中には脅しや強盗を行っている犯罪も横行していた。


「どうするのパパ?」


「こうなったらシェルターは入れないけど、上の収容スペースのいい場所を確保しよう」


過去の避難経験で、直ぐに終わったから良かったが部屋に入り切れないと、廊下や階段といった狭いスペースで過ごすことを余儀なくされたことも少なくない。

それにそう言った場所で寝泊まりする知り合いに会うとどうしても自分のいいスペースを分けてあげたくなるのも人の性という物で、シェルターに入れないのなら早めに諦めてこちらを確保した方がいいとの判断だろう。


私たちは入ると運よく壁際の窓のある場所を確保できた。

周りに習って簡易テントを張り、個人用スペースを作り上げていく。


「絶対一人で行動しないで。ママは光輝と一緒にバケツに水を汲みに行ってくるから。あとから行くと絶対もっと混むから」


「光輝、ママともしはぐれたらここのちゃんと場所覚えてね。それかあそこの時計、見える? あそこの下に来るんだよ」


「うん‼」


「陽葵も絶対一人で動かないで。ママと一緒でも女性だけだと危ないからね。できれば知り合いが見つかれば助け合えるし、今なら場所に余裕があって固まれるから積極的に見つけてね」


避難所での場所と場所のトレード。互いに知り合いと寝泊まり場所が繋がればそちらの方に余計な配慮をせずに済むし、荷物の融通をし合える。

トイレや移動する時も互いに人を出し合って助け合うのが容易になるだろう。

問題は、実はいびきをかくとかそう言った普段見られないプライベートの一面が見え隠れすることだが。それはこの状況で可愛い物だろう。気にするようなことじゃない。


流石不動産のパパだ。土地を扱う人間の腕の見せ所。


「あ‼ 美紀だ‼ あそこ、クラスメイトの友達。ほらバレンタインでうちにあゆと一緒にクッキー焼きに来たじゃん。パパも食べ比べで味見したから覚えてるでしょ?」


「あ、ああ。……あの塩と砂糖を間違えた子だったね。覚えてるよ」


因みに弟の光輝は一口食べると泣いて逃げ、残飯処理に一人取り残されたパパは父親を見捨て無情にも走り去る息子の背中を見て、小遣い減額だなと呟いたのだ。

因みに私も巻き込まれてお小遣いも減った。


それにこのクッキーをアイドルだけど男性に渡すと言ったら怒っていた。

何故父親という者は、娘に好きな男ができるとこうも反発するのだろうか。

ボソッと呟いた陽葵は将来パパのお嫁さんになるって言ってたじゃないか、という呟きは正直気持ち悪い。既にパパは結婚してるというのに。

それにそんなことを言ったのは小さいころで、未だにビデオレターでそんな幼少時代の映像を見返しているのもキモイ。


折角電車で簡単に行ける距離に、巷で有名でまるで台風の瞬間最大風速のように業界全体を一蹴する程の冒険者チームがいるのだ。彼氏がいる美紀は別としてあゆは再婚したというのにそのアイドル冒険者が今でも好きそうだったが、私としてはやっぱり自分が背が高いのを気にして逆に小さいメンバーの一人が好きだった。

その人には妹がいてたまにその妹も出演するけど、妹より断然小さいってのが痺れた。


実在するのかどうか疑われるレベルでその冒険者パーティーの中心人物だけはテレビや動画サイトでも殆ど映らないが、その人に風呂に入っている間に服を持ち去られ女装をさせられ涙目だったところは酷く私の嗜虐心と庇護欲を同時に心地よくくすぐった。あれほど感情が励起され駆り立たせられたのは初めてのことだった。

これがファンになる決め手だった。


何ていうのかな、好きだけど恋じゃない。でも好き。小動物みたいな、可愛がりたくなって守りたく且つ一緒に遊びたいそんな母性をそそる感じ。

実際に生で会ったら画面を通してより断然可愛いというより人形みたいな美形で、肌も汚れを知らない凄い透き通った病的な美白でそれが余計強まった。

もう、可愛くって可愛くって手を繋ぎたくなる。


光輝もそんな感じで育ってくれれば姉として全力で可愛がらないわけにはいかないけど、やっぱ血のつながった弟だ。

今は小さいが、それでも同い年では高いほうと言い張っていた。事実私が同じ年のころより大きいから、背はいずれ私を越えるくらい高くなるし生意気だ。

頼りがいのあることはいいことだが。


今も遠くでママに着いて重いバケツを持ってきているそんな姿が見えた。


「美紀‼」


「陽菜‼」


感動の再開……今日、学校であったばかりだけど私たちはここで出会えたことに感謝した。

何があったのか、どうやってここに来たのか互いに話して。

それからお互いに家族を紹介して、この事態についてどれくらい知っているのか、これからどうするのか話し合った。


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