クイーンの実力
ロボットと人間、戦うときの差は何か。
それはまず予備動作の有無だろうか。それに元々定められている出力によって体力の低下に伴う威力の低下もない。勿論部品の欠損も考慮に含める必要もあるし、助走をつけて殴った方が威力があるみたいな事前準備もあるだろう。
しかしここに至って俺は思い知らされた。この進化したクイーンは人間の構造上戦闘をするのに有効な構えとかしないのだ。
ボクシングのような手を前に出してガードの構えをしつつパンチを繰り出すようなこともしないし、せめてテレフォンパンチでもすればいいものを、手をブラッと下げている状態から想像以上に重い一撃が放たれる。
つまり動作の起こりが非常に読みにくいのだ。
そして大ぶりな攻撃のデメリットである躱されたときにできる隙その物が少ないのだ。
到底人間ができない動き、背後をとっても肩を起点に腕が回転し前面に打ち込むのと遜色ない威力の攻撃が見舞われる。それだけじゃなく首も腰も360度回るときたもんだ。
後ろをとっても意味がないというのは生物としてかなりの長所だろう。慣れない動きと、見た目以上の一撃は思わず舌を巻いた。
手を焼くどころじゃない。
けれどやはり学習するものだろう。流石はロボットだ拍手を送りたい。
人体に似通った構造をしているなら殴るのは足の力、腰の捻りそういったものを腕に伝えて威力が増すのは当然だ。
クイーンは俺を真似てボクシングポーズを構え、そしてすぐに数段飛ばしで初心者の付け焼刃な俺の技術をより洗練してまるで熟練者のような領域まで最短最適解で辿り着く。
つまり人間の構えに近い戦いをクイーンはとったのだ。
これで俺の対人戦の知識が生かされて……となればいいのだが、別に先ほどまでの人外の動きができなくなったわけでもない。
そこを理解してクイーンは巧みに組み合わせて戦闘の流れを自分のものにしていた。
純粋な力比べならまだしも殴り合いの技術で圧倒されると俺はしまったなと途端に防戦一方だ。ロボット何てどうせ巨大化して力とギミックで来るとタカをくくった先入観に足を引っ張られる。
よく漫画とかアクション映画で力自慢が乱暴に戦うのに対して達人みたいなのが綺麗な姿勢で大して動かずに片手でいなすみたいな展開だ。
こりゃあどこか一か所に攻撃を集中して部位欠損で相手のスペック低下を起こそうと手を交えるがそうは簡単にいかない。俺の考えなんかお見通しなのかうまく戦闘の流れをつかめずずるずると相手のペースにはまってしまう。しかもこいつ自己修復機能がついてやがる。
自身の弱点を放置しておくわけないか。
けれど敢えて弱点を作るというのは、逆に相手にそこに狙ってもらえるとも取れる。弱点がないと敵は無理にでも弱点を探して、思いがけない不意打ちを放ってくるもんだ。
劣勢を覆すのには工夫がいるだろう。俺は敢えてクイーンのケリを食らって距離を取る。
一撃だ。一撃で敵の防御を貫通する威力で正面からねじ伏せるのだ。
炎のブレスを自分の腕に吐く。
すると途端に俺の腕が熱をもって赤熱しだす。熱いけどやはり火を操るドラゴンの体だ。熱に耐性がある。
「もっとだ‼ 更にもっと……!」
打撃蓄熱というものがある。
金属と金属をぶつけ合うだけで熱が生じることだ。渋谷ダンジョンの工場で会社員のおっさんたちが金床に置いた針金を金槌で殴り、それによって金属に蓄えられた熱だけで煙草に火をつけていたのを見て思いついたのだ。
大人しくライター使えよとも思ったが。
腕と腕をぶつかり合わせて更に温度を練り上げる。火花が飛び散り、腕には炎が宿った。
これってゲームでエンチャントって言う奴だ。我ながらほれぼれするほどかっこよ。
しかしこれ熱いより痛いわあ。
ごっつ痛いっていうか、今んとこクイーンに与えられた攻撃より自傷の方が痛いってこれいかに。
それだけに威力は絶大だろう。
クイーンが人間の真似をするのなら、俺がロボットみたいにスペックを上げるのだ。
飛翔して両腕に宿る火によって螺旋の軌道の残光を背に残しながら空を泳ぐ。
阻むは仰ぎ見る旧支配者の亡霊だ。その名が指し示すようにこの空を取り戻すべく星に見間違う速度と脅威となって空の王者と矛を交えに顕現する。
地を這ってでは決して試みることすら許されない絡み合う流星。繰り人げるは空中での高軌道ドッグファイト。
果たして有効打を放ったのはインメルマンターンの軌道ですれ違い様に灼熱を宿した手刀がクイーンの装甲を熱したナイフでバターを切るように闇を打ち払った俺だ。
取っておいてよかった飛行能力者訓練課程。アクロバット飛行もばっちりだ。
それにボクシングの守りの構えも上下逆さまでしかも頭上にいる人間には効果が薄い。
クイーンの右腕を飛行速度をもって切り飛ばし、この攻撃方法の手ごたえを確信したところで瞬時に反転して左腕を狙う。
隠し玉の凶刃が残酷に残りの四肢を切り飛ばさんと襲った。それをクイーンは左腕で受け止めた。
一撃目の交錯で蓄えていた飛行速度の殆どを使い、加えて風を受けたことで温度が下がっている素手うちは威力が落ちていたが、しかしそれでもクイーンの残った左腕を握ると陽だまりに置いた氷のように装甲を溶かしていく。
両腕が無くなればチェックメイトだ。
そう勝利を目前にして不可解な行動、そこは逃れるべくもがくであろうクイーンが逆に今も溶けていくその左腕で俺の熱が籠った右腕をつかんだ。
そしてクイーンの背中から右腕が生えてくるのを俺は見た。
でかい、骨ばった腕だ。バランスのとれた体型なら直立した状態でだいたい腕はまた下あたりまでくるが、これは足下よりも長い。それほど大きくアンバランスな腕だ。
「ぬっ!?」
突如生えてきた巨腕が握りこぶしを握る。一つの岩石、ハンマーとも見間違いそうなそれが頭上から打ち打擲した。
予期せぬ強烈な一撃。辛うじて防ぐために挙げた腕など意味がなかった。
肺から空気が押し出され、鼻血が喉に逆行して口の中に血の味が広がる。遥か下まで叩き付けられた俺の顔には額側に吐血と鼻血が流れていた。
頭がガンガンする。視界を塗りつぶす血をぬぐうと防いだ腕が少し赤く滲んでいるのが見えた。たぶん内部出血している、最悪ひびが入っているかもしれない。そして千切れたクイーンの左腕が未だに俺の腕を掴んでいた。それを引き離したところその指の隙間から―――「クソッ!」
ちんたらしている暇がない。空から強襲をかけたクイーンの姿を捉え、先ほどまで俺の頭があった場所に新しく生えた左手の巨腕が突き刺さる。
危なかった、あと少し遅れれば俺は今の一撃で死んでいたかもしれない。
こいつ下手しなくてもあの時闘った二階堂より強いぞ。
俺は身を投げ出して転がる視線の先、煙の中からクイーンが不遜に立っているのが見えた。
明らかなブレイクスルー。こりゃあ調子乗りすぎた。俺の手に負えないかもしれない。
いよいよここで俺はお気軽な気分を捨てて敗戦濃厚、負けそうな気がしてきた。
彼女はその場で……表情が無機質でわからないのに笑っているような気がした。
クイーンが力んだ。全身に力を込めて、気合いというのかなんて言うのか。マジかよそんなことある?
司る紅色の光がまるで昔の写真に用いた暗室にいるように周囲を染め上げる。
世界の色を染め直す事象。
そして自身の進化した体を見て、その生えた腕を引きちぎり元の大きさの腕を新たに生やした。色がより濃い赤に変わっているところを見るにバージョンアップしたというところか。
しかしせっかく生やしたでかい腕を引っこ抜いて何をしているんだ。
美的センスか? 悪魔でも人間らしいフォルムで戦いたいというのだろうか。大きさ的にさっきの方がリーチもあって強そうだというのに。
彼女はうっとり見とれるように自身の手を翳して見ながら無機質な機械音な声で話しかけてきた。
「これが強くなる喜びというものなのか。なるほど興味深い」
「はぁ? 喜びぃ? お前感情があるのか?」
こいつは驚いた。何とも向上心が高いロボットだこと。俺よりもかもしれないな。
人間らしいこった。いや俺を真似して進化したっぽいからきっと向上心とかパクられ元の俺は群を抜いて高いはず。
「勝つには模倣すればいいとな、敗北を重ねながらも貴様の……人間のことを学ばせてもらった。そして最初に手に入れた感情は怒りだ。このクソガキわからせてやるとな。今じゃあお前の恐怖も手に取るようにわかるぞ」
「いやどっちかっつーと驚いている」
だって喋るんだぜ? お風呂が沸いたときに『お風呂が沸きました』って知らせてくれる機械を初めて使った時くらいびっくりしている。
ああ、お風呂だなんて考えたら途端にお風呂に入りたくなった。
何か温かいものも一緒に食べながら汗を流したいなあ。
「自分より強く進化して焦っているな。大丈夫だ糧として貴様からすべて学んだら慈悲として苦痛なく殺してやろう。その後は……確か人間どもは天辺を目指しているんだろう。更に進化するために目指すのもいいかもしれない」
「いや、俺は上で行方不明のアホを助けるためなんだけどね」
こいつこれでまだ発展途上っていうんだから。放置すれば際限なく強くなりそうだ。
さてどう詰めていくか考えなくてはいけないだろう。




