彼も俺を楽しめる程度にはまあまあ強かったですね、勿論当然の勝利ですよ
入口で幽鬼のごとく佇んでいた赤い鎧を着こんだフルプレート。
それが今までにない速さで疾駆して負傷者と棍棒を振り上げたトロールの間に入ったのは同時だった。
ドンッ‼ と今までで一番の音がした。まるで雷が落ちたような衝撃。大気が震えているのが可視化するほどの衝撃のその中で確かに見た。
赤い鎧の男があの一瞬の時間でトロールの渾身の一撃を遥かに上回る力で、猪のように突進して迫りくる棍棒を跳ね返したのだ。
確かにあのフルプレートはただの雑魚でないと薄々感づいていた。最初は勿論ハイエナと思っていたが、他の冒険者にけしかけられたモンスターを一人で難なく突破したからには相応の実力があるとは気づいていた。だがここまで強いとは想像していなかった。
驚愕の顔でたたらを踏むトロールと、スライディングのように地面をこすりながら赤い火花を撒き散らして止まったフルプレートが向かい合った。
「僭越ながら参戦させてもらった」
くれた飯の分は返したぞ、そうボソリと呟いて。
ボケーっとさっさとボスがシバかれるのを待っていた俺であったが、風向きが悪くなったのがわかった。一番活躍していたおっさんがやられると途端に瓦解して敗走しだしたのだ。
三チームでそれぞれリーダーがいたのだが、実質彼が率いていたもんだから仕方ない。
惜しい人をなくしました。俺よりほんのちょぴっと、ギリ、光の加減で、真っ暗で顔が見えないくらいの夜だったら勝てる、そんな程度のイケメン具合の男が死んだのだから内心小躍りしそうだったけど。
ああ、裏切りも起きてる。怪我している人は確か俺にチョコをくれた奴だ。女性で猫のアニマル能力者。戦闘中は彼女のひらひらした服装ばかり目で追っていてあまり戦闘に集中できなかったが、まるで液体のような柔軟な体でひらりひらりと舞うその姿は自分には到底できないだろうが参考にはなった。そんな軽やかに跳躍していた彼女も足を仲間からの凶刃で切られて動けないでいた。
そして残ったそこのクランのリーダーみたいなのが必死に殿をしていた。何でどいつもこいつもリーダーはイケメンなんだ。顔で判断しているのだろうか。実力でやらないから、だから負けるんだよ。ブサイクを天辺にしろ。それはそれで誰も言うこと聞いてくれ無さそうだけど。
「仕方ない。貧乳だが美人は救うか……」
裏切ったであろうクランは一足先に安全なところまで逃げ切ったのを確認すると、次には目撃者である俺にも切りかかって来た。そりゃあ逃げる為に同盟の奴を切りつけたのだからうわさが広がればこれからの商売は難しいだろう。
「こいつにも見られた‼ 殺せ‼」
あほくさ。
リーダー格の男と、美女を切った奴だけを狙ってむんずと強行突破してつまみ上げた。
その際刀で滅多打ちされたが、鎧は思いのほか硬くて中にまで通らなかった。
パッと、浮遊石の何もない遥か上空から手を離した。彼らは絶望した顔でバタバタともがきながら落ちていった。俺はそれに合わせるように手を振った。
コイツもイケメンだったが、死ぬ際の顔はみっともなくて少しだけ評価が上がった。
他の奴らは勝てないと踏むと荷物を捨てて走って逃げていった。
まあ、いいか逃がしても。再起は不可能だろう。
じゃあこっちは助けないとなと俺は岩盤を割る覚悟で重い体を走らせた。
間一髪……というのは実は嘘で、結構狙ったタイミングでトロールと逃げる冒険者の間に割って入って攻撃をひっかけるように跳ね上げた。
俺はトロールと向き合って構えた。
改めて見るとデカい。そしてなんと醜いのだろうか。
手をグーパーして感触を確かめる。手ごたえは……行ける。二階堂程の力はないぞこいつ。つーかあれは例外すぎる。
力自慢であるトロールの唯一の武器である腕力に勝ってしまえば余裕……とは単純にいかない。体重は負けているし、あれは助走をつけたから勝ったが、普通なら負けていただろう。だが、それでも奴の棍棒の一撃に体当たりして威力は知れた。この硬質な体を脅かすほどではない。
一対一でこのままなら長期戦になるだろうがまだ自分がどれほど出来るのか不明で、敵も未知だ。鎧を着こんで羽や尻尾を出せないから、分の悪い賭けは避けるか。
「逃げたいなら逃げていいよ、俺が倒すから」
取り敢えず出来るだけそこの最後に残ったリーダーのプライドをなじるように言った。たぶんここで助けてくれとか一緒に戦おうと弱いところを出したら信頼されなかっただろう。
敢えて煽る。たぶん煽ることに関しては俺は天下一。ただし逆に煽られたらスゲーキレる。
彼は俺に仲間を助けられて少し感謝した様な顔をしていたがその言葉を聞いて、仲間を見て、俺を見て、再度仲間が安全なところまで下がっていったのを見てギリリと強く歯を噛み締めていた。彼の目には仲間を切って逃げていった裏切者に対する怒りの炎が宿っていた。別に誰かに何か言われるわけでもないのにこのまま逃げればあの臆病者と一緒だと思い込んでしまったのだろう。冒険者ってのは人の目を糞ほどに気にしない奴は結構いるが、自分自身の目だけはどうしようもない奴は結構いる。
「誰が逃げるか‼」
俺はカッコつけてフン、とだけ鼻を鳴らしたが内心ほっとした。ヤバくなったら囮に出来る奴ができてよかった。
俺は突き刺さっていた防壁を引っこ抜くと盾のように構えた。確か戦闘中にちらっと聞こえたが、雨宮とか言ったか、彼は逃げ出した奴が置いていったのと死亡者の剣を拾うと地面に突き刺して拾いやすくしていた。
そして無言で互いに駆けだした。
俺は正面からトロールと激突した。まるで壁が迫っていると言って過言ではない巨大な棍棒が振るわれ、即席の盾を合わせる。
鳴り響く轟音。
俺は耐えきれず後退するがぶっ飛ばされて受けきれない程ではない。ただやはり、体重が圧倒的に足りない。
だからちょうどよくこの盾である壁はパイルがついているから地面に突き刺して威力を殺す。
まるで軌跡のように地面を削りながら止まって、今度は逆に俺が突き進む。
再度迫りくる棍棒を紙一重で避ける。普通の冒険者ならその突風で動けないだろうそれだが俺は突き進み、足にパイルごと盾を突き刺した。
ゴズン、ぶちぶちと筋組織がちぎれる音と共に足を釘付けにした。
そして雨宮がどこからともなく現れてその傷口を狙ってクロスに剣を突き刺す追撃が決まる。
グオオオオオオオ‼ 至近距離で唾を伴った吠え声が俺を襲う。だから俺もかき消すようにさらに大きい声で叫んだ。
雨宮はいっそ新体操選手顔負けのバク転で距離を開けて避け、そして地面に刺さった剣を引き抜いた。
俺は背面を脅かされないよう前を向いたまま下がって再度壁を引っこ抜いた。
「あれじゃ、すぐに抜かれる」
そう言われて一瞬男に手を握られたと思った。見ると雨宮が俺に鎖を手渡していた。その先には錨が取り付いてある。
わーっとるわとぶっきらぼうに答えると扇風機のように鎖を振り回してトロールに巻き付けた。これがしてほしかったんだろ。
我ながら下手糞な投擲だったが、気づいた時には雨宮がトロールの垂直な壁のような体を駆け上って向きをフォローした。
絡みついた鎖をトロールが引っ張る。俺はそのもう片方を引っ張って何とかまわりにある突き刺さっているパイルにひっかけようと綱引きをして……駄目だ届かない。何とか左手が届いたが、鎖を持つ右手までが遠い。
それどころか、パイルが軋みだす。
「うおおおおおお‼ だったら‼」
俺は壁付パイルを引っこ抜いて張力を利用してトロールに突撃する。
トロールの引っ張る力をも利用したシールドバッシュが顎を捉えて跳ね上げる。
――――駄目だ‼ 手応えがない。やっぱりこの壁は盾に使えても武器には到底及ばない。スピードも殺された。それでもトロールのバランスは崩せたが、そのデカい図体を地に倒すことはできなかった。
ぎろりと一瞬意識が飛びかねていたトロールの瞳に炎ような闘志が再び宿った。その目には攻撃後の無防備な俺が映っている。
溜めの無い裏拳、だが巨人のその重量から繰り出されたそれは即座でもあっても軽く人間を吹っ飛ばすような威力を誇った。
無防備な胴体に食らって―――ゴハッ‼ 肺の空気が圧迫されて吐き出され、でも二階堂ほど威力はない。なら耐えられる、体勢を整えて地面を滑りながら止まる。
「かちあげて‼」
そこに背後からの声。俺はほぼ反射的に殴られても放さなかった盾を後ろに構えて、反動を感じて力任せに持ち上げた。
ポーションで回復したのだろう、あの猫の能力者の女性が俺の盾を踏み台に砲弾のような勢いで、けれどそのスピードを完全にコントロールしてひらりひらりと滑らかに踊るようにトロールの上を取った。
「遅いぞ‼」
「駆け回る‼」
その短いやり取りに雨宮が地面に突き刺さっている剣を今度はトロールのポーションで治ったがまだピンクで柔らかい部位に突き刺していく。
そして猫の冒険者が鎖を持って体を蛇が巻き付くように駆けまわる。
背後から足音が聞こえた。
彼らの仲間だろう。増援が来た。彼らは当たりに散らばる剣を雨宮の代わりに突き刺していくと雨宮は完全に役割を任せて猫の冒険者のように駆けまわって鎖の穴を通すようにトロールに剣を突き刺していく。
再度彼らは拘束する気なのだ。
なら俺がするのはトロールの気を引いて一身に攻撃を受けることだ。火力は他に任せる。
俺がここに居るということがトロールへの何よりのプレッシャーだ。
つーかこいつらみたいな曲芸師みたいに走りまわれない。体も脳も柔らかさが全然違う。
たまに嫌になるがあんな発想ができない。あんなピタゴラススイッチみたいな連携をコロコロと激しく移り変わる戦闘の流れを掌握して出来るのは正直嫉妬する。才能ってやつなんだろう。
だがそれは俺が俺の仕事をしない理由には当たらない。
盾を持ってトロールの醜い足を殴る。指の数は人間と違うが特に念入りに小指に当たる部分を執拗に狙った。
めっちゃキレられた。
棍棒の一撃がすぐさま来るが踏みとどまる。威力が死んできている。ざまみろ。
そこでトロールが地面に拘束されている足を犠牲覚悟に固定されている力をも利用して、もう片方の足を振り上げて力強く振り下ろした。
それはまさしく起死回生の一撃。まるで世界全体が引き下がれたような攻撃で一瞬、体が浮いた。そこから再度ランマー転圧機のように連続で足を踏み出した。
足下にいた俺は当然のごとく避けられない。
「ぬお!?」
地震のような一撃で片膝をつきかけたところに誰かが俺を踏んだ感覚がした。しかも一人じゃない、二人だ。雨宮と猫の冒険者だ。鈍重な俺がトロールの攻撃を避けられないのは確実だったが、この二人は振動から避けるために俺を踏み台にしたのだ。
「ざけんなよ」
トロールはさらに何度も俺を踏もうとしていたのだろう、上等だと気合を入れて俺は逆に自らその地団太を止めるべく足の下で覚悟をして受け止める。
降りかかる巨人の重量。直前まで思っていた足裏きたねえとか臭そうという思考が吹っ飛んだ。体中が軋む。足は膝程まで地面に埋まって、何とかギリギリの拮抗を保っている。
何つー力だ。
そして上では遂に終幕が下りようとしていた。
雨宮がトロールの胴を駆けあがって首元に剣を刺そうとする。だが正面から攻撃をそう簡単に許すはずがない。
トロールの手があの死んだクランリーダーを握りつぶしたように手が伸びる。俺はそれを下でトロールに踏まれながら迂闊だと身にかかる重量を唇をかみしめながら内心叫んだ。
だが奇妙なことが起きた。トロールの掴もうとしている手の指の隙間を縫うように雨宮がすり抜けた。まるで当然のように。トロールの手は濃霧に浮かぶ幻を掴もうとした如く空振りしたのだ。
流石にそんな馬鹿なと叫びたくなったが、雨宮の瞳がこの時だけ緑色に光を帯びているのを俺は確かに見た。
この時ばかりはトロールと俺の顔は同様に驚愕に染まっていった。
「せあっ‼」
雨宮が刀を喉元に突き刺した。深々と、だが小人のごとき人間の武器ではトロールの首を両断するには浅い。だからこその連携だった。背中を駆け上がり、うなじから通すように猫の冒険者も剣を突き刺した。まさにこの瞬間、戦場の主役はこの二人だった。
そのまま切断を―――
「ゴアアアアアア‼」
そうはさせるかとトロールの絶叫が響く。雨宮の刀は根元まで深く突き刺さっている。抜けない。だから手放して離脱するべきだろうに、放さなかった。
ここで決めると決意を滾らせてトロールの伸びて来た手に握りつぶされながらも雨宮は剣を離さなかった。
意地と意地の張り合い。助かる術はもうトロールを殺すしかない。互いに命の炎を燃やして鬼の形相でにらみ合っている。
くっそ、美味しいとこは全部おれが食うはずだったのに一番良い所持って行きやがって。俺だけ蚊帳の外には――――‼
これだけは、これだけはしたくなかったが致し方ない。偉い人は言いました。ボーイズラブアンビシャス‼
プレス機でつぶされそうな重圧の中で突如、トロールの力が不自然に抜ける。雨宮はその一瞬を見逃さなかった。
「ダラアアアアアア‼」
剣が首を切り裂き、遂に両断した。雨宮はそれを幻覚を見たかのように振りぬいた後も油断なく構えていた。
そして握りしめられる腕の中で必死に抗っていたトロールの力が溶けるように無くなっていくのを感じだ。目が離せなかったその凶悪な瞳からは完全に生気が消えていた。
呼吸も瞬きも忘れたように雨宮が見つめる先で、何のおもしろげもなく重力に引かれるそれが当たり前のようにトロールの首がごろんごろんと転がった。
次にはまるで祝いの花火のように鮮血が吹き荒れた。
その後勝利を跡づけるように指令を出す器官を失った体が力が抜けるように地に伏した。
背後から剣を刺していた猫の冒険者は建物が崩壊するよう、倒れる巨体から素早く距離を開けて避けると今もなお握られているリーダーに駆け寄った。
「大丈夫!?」
「オーケー、オーケー。ほら泣くなって」
手の中からはい出た雨宮に抱き着き、そしてどこか怪我はないか心配そうに体を探り、特に怪我が無いのを確認した。
「あたし達……勝ったよ‼」
「ああ……怪我人はいるけど誰も死んでない。俺達遂にやったよ‼」
そして感動的な二人は向かい合い……次第にその顔は近づいて行って……唇が……
「おい、暇ならコイツを俺の上から退けろ‼」
見ると他のクランの仲間たちも気恥ずかしそうにゴホン‼ と咳き込んでいた。命に別状はないが怪我を治療している者や、裏切者が漁夫の利狙いで帰ってこないかの警戒と今しかできないことをしていた。特に今もなおトロールの下敷きになっている謎の赤い鎧男を引っ張り出す作業は当の本人が相当恨みを含んだ目でこっちを見ている。いちゃついてんじゃねえぞと。




