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くっ、殺せ‼ 

トロールとの戦いはお世辞にも上出来に事が運んでいたと言えるものでなかったが、それでもダメージコントロールも良好で許容範囲の流れだった。

だがそれでも戦いが長引けば集中が途切れ、遂に死人が出た。


ドン‼ とトロールがその巨体で踏み込んだ足が真下にある砕けた一枚岩をシーソーのように跳ね上げ、その上に居た冒険者は空中で成す術無く捕らえられた。

その瞬間、その場に居る全員が死を覚悟した。

そしてそれは掴まれ、死を避けられないと悟ったのは掴まれた冒険者自身もだった。だがタダでやられない。内臓を圧迫され口と目ともはや穴の全てから血を噴出しながらも握りつぶされる力を利用してトロールの手の平に剣を貫き通した。


「うおおおおおおおお‼」


「グゴオオオオオオオ‼」


その冒険者は痛みに激高するトロールにごみくずのように投げ飛ばされ、おろし金のように地面を血煙を撒き散らしながら転がっていった。

遂に出てしまった死。いや、もしかして負傷して後方に下がった者は何人か駄目かもしれないが直接目の前で殺されたのはそれが初めてだった。


息を呑む声が聞こえた。何人か臆したのがわかった。だから敢えて声を出して激励した。

一番状況を理解していた今回の合同会を発案した一つのクランのリーダーがその血路を進んだ。

鎖を銛に繋げ、彼が決死の覚悟で残した小さな希望に通すように手の平の穴を通した。

手ごたえと共もに遂に一本、鎖がトロールを捉えた。

その無茶な強行で落ちかけていた士気が逆に振れた。





各クランリーダーの指示でフォーメーションを変えて周囲を取り囲んだ。これからは一撃の重い武器を持った人間を主軸に戦うことになる。他はそれの援護、そしてできた傷を広げ、銛を打ち込んで鎖でつなぐ神経を使う戦いとなる。

取り敢えず少し無理をしてでもあと数本撃ち込まなければ、現在拘束している鎖に負担が集中して外される。まさに時間との勝負だ。

だが一本とはいえ繋がっている鎖の拘束は今までの戦いより容易となる。数人が激しく揺さぶられている鎖がつながった杭の支えに何人か割けたがそれでも安定して戦闘の流れを持っていける。


「負傷者を連れて下がらせろ‼ 後方でスモークを炊いても構わん‼」


目くらましにアサルトライフルの火線を集める。普通の人間なら死ぬようなそれだがトロールには効かない。流石にこのくらいのレベルの敵になると12センチ砲くらいにならないと直撃しないかぎり無理なようだ。だが傷口を狙えば少しは有効だし、目を狙えば閉じさせることもできる。


そして先の鎖を取り付けたクランのリーダーの男が目覚ましい活躍を見せた。銛に繋がった重い鎖をぶら下げつつも自分自身で大きな大斧を振り回して切り込む。一人で何人分の働きをしているというのだろうか鬼神のごとき活躍。一歩間違えばリーダーの死による戦線崩壊であるがそれはもろ刃の剣。この上ない仲間への士気向上に繋がる。流石は発案者だけあって、申し分ない働きをする。この男の下で働く仲間たちはさぞ頼もしいだろう。事実雨宮のクランやもう一つンクランから数人であるが過去に離脱して彼の下に移籍したものもいる。それほどまでのカリスマ。顔も実は3クランの中で一番いいのは彼なのだ。


きっとこの男がいなければ3クランも肩を並べて協力して戦うことも叶わなかっただろう。

彼が一本、さらに一本と血路開くようにトロールの傷口を開いて鎖が繋がった。



勝てる。

誰もがそう確信した時だった。

今もその男が切り込んで流れを完全につかみ、獅子奮迅の勢いを発揮して斬りかかった。

まさに戦場の主役は彼だった。周囲はもはや脇役で……それでも脇役なりに彼のために援護で注意を引き、それを彼も分かっていてまさに豪快な戦いとは裏腹に針に穴を通すような絶妙なタイミングで武器を奮って足に斧を振り下ろした。

決まった。これで決着がつく大きな決定打。

誰が見ても完ぺきなタイミングだった。


「ぐああああああ‼」


だが聞こえたのはトロールの絶叫でなく、今まさに切りかかった男だった。離脱のタイミングで突如腕が伸びてきてトロールに捕まれたのだ。

何故‼ そちらの腕には最初に死んだのが命と引き換えに鎖が繋がっていた筈。

あり得ない事。だが、それはわかった。

このトロールを仕留める為に作った特注の銛は抜けないよう返しがついているのだ。無理に抜いたら傷口を更に開くことになり、そうなれば再度簡単に鎖に繋げられるように。

だからトロールがしたのは至極簡単な事だった。

冒険者が弓を使うゴブリンに矢を射られた時、それが手足で奥まで突き刺さっていた場合に荒治療だが中に鏃が残るのを回避するために貫通させるのだ。

つまりトロールは刺さった銛を引っこ抜かずに奥に貫き通し、銛と鎖の構造上弱い繋目を狙ってかみ砕いたのだ。


その証拠に口に壊れた銛が咥えられ、それをペッと吐き出した。

そして鷲掴みにしたクランリーダーを持ち上げて、口を開き―――


「待て‼ 待て――――――‼」


「誰か‼」


そう叫び声をかき消すように―――ゴリ……むしゃむしゃ。絶望の咀嚼音が響いた。




吐き捨てた銛の横に、ひしゃげた血だらけの頭部装備が無残に転がった。










死んだのはよりにもよって合同の発案者で、今まさに戦場を支配していた男だった。

だからトロールも虎視眈々と絶好のタイミングで狙っていたのだ。確実に始末するために。


ぴちょん、ぴちょんと血がしたたり落ちて鮮やかな水たまりが地を彩った。首を失った男の体は真っ赤な噴水の花を咲かせ、痙攣しながらむしゃりむしゃりとトロールに全身を丸呑みにされた。誰もその悍ましい光景にただただ我を忘れて足の先まで口に収まるのを呆然と眺めているだけだった。


そして最後にごくりと飲み下す音が喉から響いて血煙と共にゲップを吐き出した。

もうそこには何も残っていなかった。彼が元々そこに存在していなかったように。


「……ッ‼」


リーダーの死によって恐怖が伝播した。

それを楽しむようにトロールが咆哮を上げると、目に見えて冒険者達は浮足立った。

トロールの振った棍棒が心の支えであるリーダーを失ったクラン構成員を襲った。半ば呆然としていたその冒険者達は回避が遅れて、中には回避すらしていない者すらいた。

潰れ、抉れ、内臓を撒き散らし、そして盛大な死を遂げた。

今まで作戦通り行って勝利を確信していたからこそ、その衝撃はその場に生き残った冒険者を恐慌させた。



半壊したクランを眺めつつ雨宮は残ったもう片方のクランのリーダーに視線を送った。

どうするか、撤退か? まだ続ける気か?


もし自分のクランだけ戦って、もう片方に逃げられたら間違いなく全滅は避けられないだろう。

まだ、二つのクランが残っている。今しがた瓦解したクランも時間があればサブリーダーが代理を務めて戦線復帰できる可能性もある。

倒せる可能性はまだある。


「おい‼ どうする‼」


雨宮の切羽詰まった大声の中、もう片方のクランリーダーも大声で返した。


「プランBだ。俺達はまだ戦う‼」


まだ戦うという応答。なら自分たちもと武器を構えたところでプランBとは何だと疑問が浮かんだ。


「プランBなんてあったか!?」


「ああ‼ プランBはな……」


そこで雨宮の率いるクランの後方から悲鳴が聞こえた。トロールの攻撃ではない。何故ならトロールは今も目の前でその猛威を振るっているのだから。後ろを振り返ると今まで肩を並べていた冒険者が背後から奇襲を仕掛けて来たのだ。


「お前たちを囮にして逃げるんだよ‼」


「てめぇ‼」


信頼が無かったのだ。いわばこの合同はあの死んだリーダーが繋ぎ合わせていた奇跡のような産物。

そこが瓦解して残るは二つのクラン。手負いだがトロールは倒せるかも不明。もしかしたらもう片方のクランが仲間を見捨てて逃げる可能性もある。だが先に裏切って逃げれば生き残れるのは確実だ。

トロールを倒せずに遁走は痛い出費だがライバル同業者が二つ潰れたとなれば長い目を見ればプラスだ。そこら辺の採算と天秤にかけられたのだ。


「あの馬鹿ポーション持ったまま食われたんだ。トロールの奴、傷が治ってきてやがる。逃げるのが当然だろ‼」


見れば確かにトロールの傷が泡立って少しながら再生していく。念入りに高いポーションを買ったのが裏目に出た。

しかも奴は学習能力も知力も高い。今も体に繋がった鎖を振りほどいて追ってこようとしている。


離脱するために仲間に駆け寄る。裏切られてその無防備な後ろから攻撃された仲間は傷は深くない。だが逃げられないようしっかり足を切られ、まさに生餌にされていた。

雨宮の脳裏にちかちかと不吉な選択肢が迫る。


仲間を見捨てる? アイツらのように? 生き延びてもきっと仲間を見捨てたクランなんてぎくしゃくして碌なことにならない。だがどうする? どうすれば? 何ができる? 何が今できる最善の選択だ?

突き詰められる選択肢に時間が追いかけてくる。

だが考える時間がない。

今まさにトロールが鎖を振りほどいて近づいてきて……


「行け‼ 俺が殿をする‼」


雨宮がとれる選択はこれしかなかった。これが一番仲間たちが生き残る可能性が高かったからだ。

既に全体では何人も死んでいるのだ。だがこの中で幸か不幸か死人が出ていないのは自分のクランだけだった。

流石に砦に帰って来たときに、合同クランでは死人が何人も出ているのに自分のとこだけ出ていなければ周囲から向けられる目はどのようなことになるか。裏切者もそうだが、生き残ってもきっとろくなことにならないはずだ。


「置いていけない‼」


「行けぇええ‼」


怒号をかき消すようにデカい足音の振動が近づいてきた。

振り返るような余裕は無くなった。

トロールが残虐な笑みを浮かべながら走ってきている。よそ見が出来る相手じゃない。それどころか一人で挑むなど何をどう足掻いても無理であろう。

仲間たちが負傷者を担いで走って逃げる音がした。いい、それでいい。

置いていかないでくれと喉から出そうな弱気を飲み込んだ。仲間のために弱気になるな。最後の一瞬まで。



スモークを炊いて、鼠のように素早くトロールの巨大な足下を駆け回る。

あの突風のような棍棒の音を耳で聞いて避けるんだ。二足歩行で獲物を振ります以上、攻撃しにくい死角に回り込んで、だがこいつの知能の高さはわかっている。時にそれから逸脱して乱数回避を行って時に股を潜り、振り下ろした棍棒を駆け上り、背中に張り付いた。

攻撃はもうしない。走り回り、かき乱して少しでも自分に注意をひいて、ひいて……そして……


「まだか……?」


仲間たちが階段まで逃げ切るまでのわずかな時間が無限に感じた。

死が揺らいでは雨宮の体に重みとなって絡みつく。もう自分が助からないだなんて意識は無かった。ただ、ただ仲間たちが無事に避難できればという願いだけが頭を支配した。




そして遂に業を煮やしたトロールはスモークを消し飛ばすように棍棒を振り回すと雨宮を無視して逃げる冒険者達を追い始めた。

最も恐れていることを、しかしこの残虐なトロールは当然選択した。


「待てぇ‼」


追いすがる雨宮に目もくれず走り出したトロール。そのふざけたような不細工な走り姿だが、その巨体が踏み出すたびに地面は揺れ砂礫が後方に巻き上がって追いつけない。

急激な動作を瞬く間に行った雨宮の体はそのぶり返しで追いつけない。肺が痛い。全身がはちきれそうだ。それでも仲間の元に敵を行かせない一心で、鞭を打って追いかけるが心に体が追い付かない。地震のようなその走りに堪らず転倒してしまった。

その倒れる地面の上で見た。目線が離せなかった。

目の前ではまさにトロールが仲間の背後を脅かしていた。







そして出口を求めて逃げ惑う冒険者の中、一人逆走している赤い軌跡が見えた。

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