大いなる壁 二階堂
「ダラァ‼ しゃボケェ‼」
開幕先手必勝。拳がうなって風切り音をも置き去りにした、早くそして重い突きを放つ。直撃したそこでは空間自体を叩きつけるような裂帛した破裂音が2重3重に衝撃波をまき散らす。
余韻が、音の残響が、確かな手ごたえの振動が温もりを孕んだ。
直撃だ、相手は避けられなかった。間違いなく当たったしかもど真ん中に。全力の一撃。俺がたった一発の殴打に息を荒げるほどの全神経と集中を注ぎ込んだまさしく会心。我ながらほれぼれするほどこれまでの人生で一番重い一撃。それが決まった、だから当然勝ち目があると思い込んだ。
だがそれがすぐに絶望に傾いた。
二階堂はそれを避けもせず、守りの構えもせず腹で受け止めきったからだ。
車でもぶっ飛ぶそれを一切身動きせず、その場から微動だにのけ反ることすらなく。
効かなかったのだこの傑物に。俺の渾身の一撃が。
その現実に、はぁ? と信じられず驚愕する俺の顔と対象に、攻撃を受けた二階堂のとったリアクションは期待していたより力不足だといわんばかりに少し不満そうに唇を曲げただけだった。
「……マジか」
全力の攻撃が直撃してダメージがない。そうなったらどうやって勝てばいいってんだよ。
避けられなければどこか勝機があると思っていた。あの早乙女だって避けに徹していたというのに。
「まあまあだな。冒険者のレベル4の中の下ってところか。期待外れではある」
二階堂は残念そうに溜息を吐き出すとゆっくりと腕を振り上げた。
俺にはなぜかそれが巨大な天すら切り裂くような処刑台のギロチンがゆっくり引き上がっていく錯覚を見た。
次の瞬間、二階堂の手が光った。そう誤認するような強烈な一撃が俺に見舞われた。早乙女の速さ何てめじゃねえ。重さも早さもケタ違いだ。
当然避けれなかった。抗う余地も何もなかった。腹に当たって衝撃は背中からぶち抜け、俺ははるか後方にあった壁に激突し、なおも勢いは止まらず壁深く奥まで全身がめり込む。
「ちょっとやり過ぎじゃないですか‼」
「医療班‼」
ザワッとそので場で様子を見ていた軍の能力者たちが騒然となった。
二階堂が繰り出した今の一撃は演習場の模擬戦闘で他の軍の能力者に対してしているのと同じかそれ以上のものだった。
慣れている経験者の自分達ならまだしも初めての、しかも子供にしていいものじゃない。
力の差がありすぎた。下手をしたらオーバーキルの可能性もある。死んでいなかったら奇跡だ。
一連の流れを見ていた他の能力者が慌てて壁に深くめり込んでなお、奥まで突き進んで見えなくなった高校生を助けようと集まる。
そんなところを
「待て‼ アイツはこんなもんじゃない」
早乙女の抑止の声が響く。
それは事実だった。次の瞬間弾きだれるように崩れた土の壁の瓦礫から影が飛び出すと、なおさっきの一撃を上回る威力の蹴りを二階堂に繰り出す。
ただそれすらも二階堂は受け止めた。まるで効いていない。微塵も痛がるそぶりすらない。
化け物だ。正真正銘の化け物だ。絶対コイツこそ人間じゃない。
まだ俺の方がちゃんと人間やっている。
そんな化け物の拳が再度振るわれた。
またもやぶっとぶ俺。だけどさっきみたいな醜態は晒さない。
俺だって大馬鹿じゃない。一度くらった技は2度は通用しないみたいなこと言ってみたいが馬鹿な俺にはできないので違う対処法をさせてもらう。
地面に足と左手を打ち付け車のブレーキ痕より深く大きい跡を残し、何とか今度こそは壁まで叩きつけられるのを防ぐ。
「なるほど、まるで金属だ。それでいて人体の柔軟さもある。不思議な感触だ」
「うるせえ‼ 悠長に調べてんじぇねえ‼」
追撃も何もしてこない。余裕なんだ。それが一番頭にくる。
この際自棄だ。金的を狙って蹴りを繰り出す。
卑怯とは言うまいな。お前の方こそ卑怯なスペックしているんだから。
俺の強烈な蹴りを見て二階堂もそこだけは流石に嫌なのか遂に手を出して止められた。
ボディブローがお返しに帰ってくる。だが先ほどよりも更に耐える。吹っ飛ばされたが体勢を整え、わずかに前進する。
最初は壁までぶっ飛ばされ、次は何とかぶっとばされて踏みとどまり、今は姿勢を崩さなかった。
身に染みてわかる。進化している。戦いながら学んでいる。
更に、もっと、まだ、俺は強くなれる。闘争が求めている。
引き出しも特にないしもったいぶる必要もないかと判断して息を深く吐き出す。
序盤から出せる全力を出す。
相手は武器も何も使っていないがなりふり構わずドラゴンの鱗の盾を構えて殴った。
これが、これが俺に出せる全力だ。この機会に倒す以外チャンスがない。相手が余裕こいて全力を出す前に畳みかけるしか勝つ方法がない。
顔を殴るが首すら傾かずこっちは胸に左捩じりの拳の跡が、少しでも相手の体制を崩そうと太ももにローキックを入れるが爆発するような破裂音だけで逆にこっちは足を刈り取られるような強力な一撃を受ける。その規格外の攻撃を盾で何とか受けきり、時には反らし、意表をついてシールドバッシュを試みるが悉く叩き潰される。
だがそれでも傷つきながらも俺はさらに一歩、また一歩とまるで導かれるように無駄がそぎ落とされ洗練されていく。
それから何回かの攻防を繰り広げ、遂に俺は吹っ飛ばされずその場に踏みとどまることに成功し能力者どおしによる超近接戦闘に持ち込んだ。
だがそれも
「こりゃあいいな。うちのでも大抵一発で沈むのにここまで食い下がるとは。将来が楽しみだな」
「う、ルッ……せ、イ‼」
二階堂に全く効いていない。届かないのだ、遥かなその至高へ。
一方で俺の体はどんどんダメージが蓄積する。一瞬だが何回か意識が飛んだ。
何がどうなってんだこのおっさん。どういう原理だ。強すぎるにしてもほどがある。
汗一つかかず息も乱れていないし全然本気じゃなくてこんなに強いのかよ。
早乙女はまだ勝てる方法があった。だけど二階堂は何をすれば勝てるのか全くビションが浮かばない。勝てる見込みがまったくない。
そもそもあとどれくらい余力を残しているのか疑問だ。やはり日本最強の壁というのあまりに大きすぎた。
「どうした? まだ何かあるんなら見せてみろ」
「じゃあお言葉に甘えて‼」
俺特性の紐を取り出して絡みつけ、拘束する。
何重にも。早乙女に使ったやつより束ねてより頑丈に幾重にも。決して切れないように。
そして今のうちにここを―――
「くたばれ~‼」
「だから金的はやめい」
早乙女を仕留めたそれをあっさりと力技でぶちぶちと引きちぎって打ち破られた。そうして俺の起死回生、股間を狙った一撃は素手で摑まれる。
それだけではない。強靭な握力で万力のようにがっしりと骨が軋むほど握りしめられ、そこからの突如とした浮遊感。
体が持ち上げられていると理解した時には――――
―――まるで子供が乱暴におもちゃで遊ぶように何度も何度も持ち上げられては地面に叩き付けられた。
天と地がひっくり返って世界が慌ただしく反転した。
気絶して、痛みで覚醒してまた気絶する。大地との抱擁とキスを一体何回繰り返したか。
意識を保つのも難しいその前後不覚の中で僅かに視界内にとらえた、更なる追撃が顔面に迫る。「――ゴ、ハッ‼」朦朧とする意識の中、反射的に割り込むように盾をねじ込んで必死に顔を守る。よくぞあの状況で咄嗟に盾を前に出した自分をほめてやりたいところだが、拳圧の勢いは留まることを知らずさらに続く。最適解は避けるだったがそれはもう後の祭り。そんなことを後悔する余裕すらない。
今もなお力を増して押しつぶす拳によって地面は蜘蛛の巣状に砕け散り、拳を受ける俺の体はそこに食い込む。信じられない力だ。視界が赤くなって目がちかちかしだす。息すらできない。固くかんだ口から血が流れ、気を抜くと一瞬で持っていかれる。俺のすべてをもって抵抗しなければこの均衡があっさり崩れるだろう。
一瞬が永遠にも感じられるほどだ。この際、腕が折れる覚悟で防ぐ。もうこれ以上俺は後ろに引けないのだから。
そしてついに―――バキッと何か固いものが砕ける音がして無限にも感じられる重圧が無くなる。
「実力はわかったしもういいか。何で出来ているかわからんが盾も割れたからな」
砕けていたのは地面でも俺の腕じゃなかった。
破砕音の正体、それはこの盾が最期の力を振り絞って俺を守ってくれたのだ。
よくも俺の盾を……まあ今日散歩でたまたま拾っただけで長年使い込んでいたわけでもないし、もともとひびが入っていて使えればもうけもの程度にしか考えていなかったから当然思い入れもないのだけれども。
今まで圧倒的劣勢の中で瀬戸際の攻防を維持できていたのはこの盾の恩恵がデカい。素人目から見てもそれは歴然だろう。俺も普通ならそう思う。それが無くなった。
ならば勝敗はついたも同然、そうだと思ったか……?
そうか、割れちまったか。
そうか。そうかそうか。
「これで本気出せる」
俺は地面を蹴飛ばして距離を開く。手には砕けた盾を持って。
まさかこうなるとは思っていなかったが。
準備は整った。
「今までのが全力だろう。紐だ何だ小細工は今更通用せんぞ」
「今から出すのは今までじゃあ出せなかった全力だよ」
砕けた盾を掲げる。都合のいい砕け具合。あのままではデカくて無理だったが今なら出来る。
何をするのか見守る他の能力者も二階堂もこの時は俺という主役を立たせるわき役だった。
疑問を抱いた監視の中、俺は見せつけるように砕けた盾を……飲み込んだ。
もぐもぐと。やはり硬くて噛み砕けないが無理やり流し込む。
流石の二階堂も驚いていたが、同時にこの後何が起きるのか少年のように目を輝かせていた。
見とけ。絶対後悔させてやる。その余裕を崩してやる。
飲み込んだその瞬間、俺の細胞が暴れた。ただの鉱石を食ったのではない。あるべきものが元に戻った、そんな変化だった。主の帰還を待ち望むようにすんなりと抵抗なく、まるで俺を差し置いて乗っ取るかの如くすぐに効果が表れた。
痛いくらいの体の変化が起きる。今までこんなことは無かった。進化にまだ体が追い付いていないのだ。そこをただ気合と根性だけで乗り切る。今更止める方法を俺は知らなかった。
ぶちぶちとちぎれては治癒し、破壊と再生が絶え間なくひっくるなしに体の中で暴れまわる。神経の中をぶっといミミズがのたくっているようだ。
最初に訪れた変化は頭部だった。頭髪が赤みを帯び、目が獰猛に且つ貪欲な眼光を携えた。
歯は発達してより顔が野性味を帯びていく。
赤熱している。体が内側から燃えている。
錯覚じゃない。口から炎の舌が漏れ出した。心臓が太鼓のように力強くなお一層早く脈打ち、全身に力が滾る。
そうかやはり相性がいい。いやそもそも相性でなくもともと一つだったものが遂に戻ったのだ。
駆けた。視界が、世界が、感じる全てが変わった。
「ダラあああああ‼」
闘魂一発。生まれかわったNew鈴木の打ち込んだ拳が二階堂の腹にめり込む。その強力無慈悲な一撃で遂に二階堂がよろめき……え? これでよろめくだけなの?
「マジかよ。お前人間じゃないだろ」
「そっちこそなんだその能力」
二階堂の拳が振るわれる。早い。けど、見える。確かに見えた。今まで早すぎて見えなかったそれに遂に追いついたんだ。
二階堂の一撃を掌で受けめた。空気が炸裂して衝撃波が吹き荒れる。
だから今度はこちら側のもう片方の空いた手で殴りつけようとして今度は逆に二階堂に止められる。
だったら――――尻尾の一撃で二階堂の体を巻きつけ、翼を使ってコマの様に回転して投げ飛ばした。
翼。それは早乙女がしていたアニマル系鳥類種の特徴だ。それは例外なく飛行できるアニマルならできる権能。
俺の体に訪れた変化はアニマル系第二段階。やはりできた。出来ないわけがなかった。
今まではネットで情報収集をして渋谷ダンジョンの奥地で一人やんわりと出来るのではないかと練習していたが何故かできなかった。教えてくれる師も何もなくて手探りでしていたが到底できそうになかった。
だが早乙女との戦闘で何か俺の中で本能が呼び覚まされる気がしていた。だがそれもあと何か一つ足りない。喉元まで来ているのに出来ないもどかしさがあった。
そのピースがこの激戦と竜の鱗で埋まったのだ。
早乙女が、他の傍観していた能力者が、あの二階堂すらもひどく驚いていた。
俺はできて当然ですけど見たいにどや顔だったがたぶん一番驚いていた。本人が言うんだからま間違いないよ。
「まさかアニマルだと‼」
「金属の体に爬虫類の尻尾、翼に額に角って……」
あ、角も生えてたんだ。それは知らなかった。
俺は内側に溜めこまれた今にも爆発してしまいそうなエネルギーをもったいぶらずに口からブレスとして空に吐き出す。今なら出来そうとやってみたが意外と試してみるものだ。
それは肺に圧縮された空気が台風の様に吹き荒れ、歯ぎしりで火花が散って爆発的に燃え上がる。
まるで小さな太陽が上がったように神々しく周囲を照らし、俺だけがその中心で佇んでいた。
天空に降臨して出来るだけかっこつけて今まさにここに宣言する。
「そうさ、アニマル系能力。ドラゴンだ」
俺はそう言って落下して尻もちをついて転んだ。
だって初めてで飛べるわけないんだもの。




