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戦闘

主人公はよく手のひらを返します

炭鉱で採掘する職人の朝は早い。


そんなナレーションを入れたかったが、会社側の人が俺の状況を察して気を利かせてくれたのか仕事は学校が終わったら始まる。

つまり夕暮れくらいから俺はここに来ることとなっている。

優良待遇はこれだけでない。本来なら無理らしいが過疎ってるので従業員用ロッカーを貸してもらっている。だから取り敢えず何でもここにぶち込んでいる。


「……」


制服を脱いで着替えて気づく。もうバックが壊れかけている。それに服に穴が開いている。昨日何とか振り込んでもらった金で服や他に生活物資を買ったがこのペースじゃすぐに駄目になることは自明の理だ。普通の服で冒険家業は当然っちゃあ当然無理だ。

管理人に会いに行って交渉を持ちかける。


「こんにちは。あのー昨日の最期らへんもってきたのはまだ査定終わってなくてお金貰ってませんでしたよね?」


管理人のお姉さんは気だるげに雑誌から顔を持ち上げると俺を睨む。


「何? 金金うるさいと男は嫌われるよ」


「いえ、いくつか現物支給として貸し出しの物買い取らせてもらいませんか? 作業着とバッグを」


「お? いいよー。うちかなり在庫余ってるからねえ」


棚を粗雑にガサッと漁ってお姉さんが見繕ってくれる。

ここは詳しいであろう本職に任せよう。


「やっぱ機能もいいけどおしゃれじゃないとね。性能は二の次で……」


「ああやっぱりコイツ駄目かもしれない」


慌てて止めて自分でやる。値段はこの際仕方ない。良いのを買おう。長い目で見ればきっと良い筈だ。それにダンジョン探索は命がけだ。下手に安いのはよそう。

俺は棚から色々取り出して物色していく。


「君って結構力があるから何百キロの荷物も持っていたよね。通常重量のバックパックなら最新式のスタビ付きが負担が少ない。水とか食料を入れるといい。何度も使えて荷重に耐えれるようだとスイス製のこれがいい。このマークがついているバックを選びな」


ゲ‼ スイス製のバッグ。あのドルオタの友人が欲しがっていたやつだ。何でも押してる冒険者アイドルが動画内で愛用しているのを見て金を溜めているのを覚えている。

同じのだ。クソ高い。ただ性能は文句なしで一番だ。


他にも高そうな作業着を選んでもらう。ゆったりとしていて遊びのあるのもいい。

俺としてはどうしてもネクタイみたいな体を締め付けるのが嫌いだから服も少し大きいのが好みだ。

そして最後に満面の笑みで資料を渡してきた。


「ダンジョンでフリー形式で働いてもらえるだけでもこっちは儲かるけど、出来れば指定の物を取ってきて。今のところそれは貸し出しにしておくけどこの中で何か取ってきたら高額で優先的に取引する」


渡された資料。所謂依頼形式のだ。

金目の物をダンジョンから無作為に持ってきて換金するフリーと違う。

依頼は一重に高額だ。勿論フリーをしつつ済ませれる。本来なら契約をしないといけないがダンジョンで見かければ取ってくればいい程度らしい。

いわゆる事後受注式、薬草採取依頼とかで採ってこれなかったら失敗としてペナルティを食らうからあらかじめ先に確保してから依頼を受諾する。欠点はほかの人に依頼を取られる可能性があることだが過疎っているからその可能性もない。加えて鉱石なんかは腐るわけでもなく備蓄できるので基本制限なしで募集している。

確かに上からある程度初心者でもとってきやすいであろう鉱石をピックアップしてある。

見やすくてアホな俺でもわかりやすい。どうやらいつも暇そうに雑誌を読み漁っている管理人だが仕事はちゃんとするようだ。

そこで上から眺めていて気づいた。


「亀? 蟹? こんなのいるんですね」


「そそ。ダンジョン産のガラパゴスな生態だけどね。モンスターだけじゃなくてちゃんと他の生物も生息してる。うちは食堂とか会社寮の部屋が余っているから民宿でたまにそう言った料理でだしてんの。親戚に旅館経営もあるから余れば売るし」


「ああそういや確かに生き物いたなあ、海ないけどサザエみたいなの。でもバスケットボールくらいの大きさだった」


「磯野さんが命名したダンジョンサザエじゃん‼ それ一個最低1万2千円で買い取るよ」


管理人が今しがた俺に渡した依頼書の項目にサザエを書き込む。

マジかよあれ壁一面にびっしり生えてたぞ。

は? あれがマジで? 昨日と同じところにまだいるだろうか。


「ごめん俺もう行く」


「たくさん獲ってきなさい。そして出来ればタダで食わせて」


考えておこう。

俺は早速借りたバッグを背負うと吸い込まれるようにダンジョンに入っていった。

散々な目に遭ったのにもしかすると案外俺は冒険者もいいかもしれないと思った。単純な男であった。




それから俺は昨日の記憶を頼りに見かけたサザエ場に着いた。昨日採掘を行った採掘場への道を少しそれると溶岩と蒸気がひどく、普通の人なら近づけないこの場所に隠れるようにやはりびっしりと生えている。ブワーッと一面に1万円札がまんべんなく張って在ると錯覚するほどだ。


壁から剥がしてバッグに入れていく。結構の重さだ。何せ一万円の重さだもんな。だが俺なら余裕で持てる。バックパックは既に5個背負って両手にダッフルバックを持つ。


「いけるな余裕で走れる」


重さは良いが、バックを持つ腕の数が足りない。この金を手で取りこぼす感覚。すごくいい。癖になる。

俺は来た道を健脚を誇って戻って道なき道を突き進み坂道を駆け上って絶壁を蹴り上がる。

余裕が出来れば最短ルートを考察するのも楽しそうだ。


俺が早速ダンジョンから帰ると、気が利いている。管理人が既に替えのバッグを用意している。荷を取り出すのは任せよう。

俺は満タンのバッグを置いて、空のバッグを持ち上げる。


「あとどのぐらいある?」


「パッと見全部取るのに一か月以上はかかるくらいにはあった。それが上にも下にもずっと続いていた」


「全部取るのはやめよう。それでもかなりの量だね」


俺は2週目に向かう。

一週目より鮮明に道を意識して走れる。洗練されていく。この時の俺は間違いなく神がかっていた。生き生きしていた。どれほど俺は時間を短縮できるか。まるで時間を追い込んでいるみたいだった。まだだ、まだ早くなれる。俺はこんなもんじゃないはずだ。まだ上に行ける。

前に出る足が一秒前よりさらに加速する。立ちふさがる結晶群をパルクールのように時に飛び、体をひねり、潜り、越えていく。楽しい。

過去人生で最も熱くなる瞬間だった。


何か自分の中でカチリと音がしたようだった。今まで不幸だった揺り返しで幸福になる。

そんな気がした。

この日俺は確かに覚醒した。新しく生まれ変わった気がした。





それから俺は遅い時間帯になるまで走り回った。

管理人は2週目になると昨日のおっさん他応援として正社員を呼んで手伝っていた。

3週目になると倉庫からデカい洗浄用の水槽を引っ張り出してきた。そうして自分たちの分以外にも生け簀に入れて明日市に売りにいく分と、お世話になっている関係各所に差し入れするらしい。

勿論あの教師にも持って行くみたいだ。

4週目になると七輪と酒を持ち込んで自分たちで食っていた。俺のだけど、まあいいか。

それからも俺は走り回った。


「だいぶ今日稼いだんじゃない? 予備も含めてバッグと作業着買えば?」


かなりの回数周り、キリのいいところで切り上げてはその群れに加わって俺も食べていた。サザエにバターと醤油をかけて食べる。白米は貰った。無論酒は未成年だから飲んでいないが。


「そうですね。いつか作業着じゃなくてオーダーメイドの装備とか欲しいですけど」


他には出来れば純度の高い金属のインゴットを幾つか分けてもらおう。

金属を食って自己強化に回したい。いささかまだ鉄の体では不安だ。調べたところここで採れるイリジウムは強い対酸性を誇り、金や白金を溶かす王水にも特定の条件じゃないと溶けないらしい。ぜひ欲しい所だ。問題としてはなんと言って分けてもらうかだなあ。


そんなことを考えながらサザエをほじくって食べているとおっさんがサザエの殻を一つ取り出す。何個かに一個ある殻のとんがっている先端部分が少し紫色のだ。よくわからんからそのままにしていたが。


「ダンジョンサザエの特性でねこの紫色の部位は周りの鉱石が高純度に析出したものなんだ。青色が一番良くて赤や紫になるほど低いけどそれでもこれだけで10万かなー」


「10万‼ え? 他にも結構ありましたよね?」


「いいよ。査定とか解体は後でこっちでやるから。若いんだからどんどん食べて」


おっさんがニコニコ笑いながら酒を飲みながらサザエを網に乗っけていく。


「じゃあ今日の食べる分のサザエは俺からのプレゼントということで」


おおーと他の社員からも歓声が上がる。何か隠しているよくわからん冒険者よりかは第一印象がいいだろう。こういうのは横のつながりが大事だ。何か困ったときに遠慮なく頼れるのは良い。何せサザエは腐るほど取れる。

俺もこいつらから情報を技術を貰う覚悟だ。きっとこれは将来の財産になる。

そのためにも俺は目ざとく偉そうな人にはお酌をしに行く。

この分は絶対分捕って養分にしてやると誓って。














それからそんな日々が続いて、もうすぐで一か月の期間の終わりが迫っていた。

俺はその日、おっさんと蟹と向かい合っていた。


「正月に食べる鯛とかは釣り上げると暴れて白くなるんだ。だから釣り上げた後は生け簀に入れて何時間か泳がせて赤く戻った所を素早く取り出してしめる。鮮度もそうだけど色が違うだけでも買取金額が大きく違ってくる」


鯛か。食べたことないな。

海にもモンスターが溢れるようになって絶滅した原生生物もいれば生き残っているが希少で値段が跳ね上がっているのもいる。

鯛だなんて当然庶民が手を出せるようなもんじゃない。蟹に至っても。だがそれがダンジョン産なら別だ。


というわけでこれは俺がダンジョンでとって来た蟹だ。

何も毎日サザエ取りに行っているわけではない。頼まれれば取りに行くが流石に同じ事ばかりしていると飽きる。ベルトコンベアーでの機械的作業も周りに人がいておしゃべりできるからこそ耐えられるが、一人で洞窟を往復作業は流石に飽きる。それが綺麗な景色の結晶洞窟でもだ。

それにおっさん達も食べるのが飽きたのか、今はサザエは主に外に売っている。


だから俺は依頼書にあった物を納品していた。燃料石とか鉱石はほぼほぼ年間通して制限なしに募集中だ。今回の蟹も依頼だが、指定の数に達すれば数ケ月は同じ依頼は来ないらしい。

そしてこのおっさん。意外や意外、俺が欲しがっていた解体スキルレベル2のはるか上の4持ちだった。それ以上に管理人のお姉さんのパパなんだから驚いたが。


蟹がこっちを向いた。地球産の蟹でも普通に人の指を挟んで切断できるのにダンジョンの蟹は輪をかけて凶暴だった。デカくて力も強く、生きたまま連れてくるのに偉く苦労した。まだ動かないサザエの方が稼げるが依頼をこなすと評価が上がるからやっているのだ。

食品は当然新鮮で魚とか魚介類は生きている方が価格は高いがこれはもう生きたままの捕獲は諦める。泥抜きもできないだろうが素寒貧よりはましだ。

そのため現地で殺して運びたくて相談したのだ。こういう時のためにサザエなんかを無料で振る舞っていたのだ。買取金額を上げるために情報を得るために。蟹の獲り方も基本巣穴にいて獲りにくいがそれも教えてくれた。倉庫にある業務用人体に無害な炭酸水、コーラとかサイダーでもいいらしいがそれを巣穴にぶち込んでメントスを入れれば穴から簡単に出てくるらしい。

やはり情報を得るには人のつながりだとか先人、専門家たちに聞くのが手っ取り早くていいね。

こいつも生きたままタダで譲って、これから実験台になるのだ。あと晩御飯にもなる。


「活性剤と炭酸水を入れたらすぐに出てくるからそしたら素早く正確にしめる必要がある。同じく蟹を狙ってモンスターも来るからね。ひっくり返して口からとこのふんどしどっちかから刺す。成功すれば脱力してこうして手足がブラブラになるけど失敗すればもげたりする。その時は勿論買取金額に大きく左右するからね」


おっさんが長い針状の物で一瞬でしめた。

鮮やかなお手並み感服いたしました。


「おおーお見事です」


「まあ冒険者は基本雑だからね。何もしないで持ってくる人も多い」


塩焼き? ポン酢もいいけど今日は鍋にしようかな。じゃあ少しサザエも取ってこよ。任せたよ。

そんなやり取りをして取り敢えず聞きたいことを聞いた俺はダンジョンに潜るのだった。






その日遂にというか、前々から覚悟も準備も用意周到な俺はしていたのでやっとでもあるが、恐れたことが起きた。

確かにここはモンスターとの遭遇率が低いがいないわけではない。けどこちらが一方的に敵を発見した時とかはばれないように逃げるし、普通に遭遇した場合も逃げの一手を決めている。

しかし今回は違った。

相手が一方的にこちらを見つけて奇襲を仕掛けてきたのだ。

避けては通れない冒険者の宿命。モンスターとの戦いの幕が切って落とされた。

そりゃあダンジョンを生業とする冒険者なのだ。モンスターとやり合えなくてどうする。いつかぶつかるのは必然だった。そんなことは百も承知で前から頭に入っていた。


このダンジョンに来て一目置かれている俺。過去にないほど注目を浴びている。

まあこの中小企業の中だけだが。きゅあきゃあ言っているのはお茶出しのお局のおばさん連中が特に声が大きいだけだが。

そんな俺だがやはり冒険者たるものモンスターを倒せなくては一人前と見なされない。

特にこのダンジョンでやっていくのなら俺はこいつを倒せなくては安定した冒険者と周囲に認められないだろう。

このダンジョンに一番多く生息しているモンスター。

デカい大斧を持ち、この結晶地特有の熱に対する耐性が高い針金のような剛毛に覆われた体。

そして凶悪に光るデカい角を2本頭に携えたモンスター。

その名はミノタウロス。冒険者ギルドで定められた戦闘力ではレベル2.5。

牛のような頭を持ちプロレスラー顔負けのその体格は2メートル30センチが平均という恵まれた種族の巨大な体格が俺の前に突如隕石のように落下してきた。


「ブモオオオオオオ‼」


完全に待ち伏せされていた。

これがこのダンジョンが過疎っている理由の一つでもある。

新宿ダンジョンではまるで冒険者を鍛えるのにうってつけのように入り口付近は角の生えた兎やメジャーなレベル1のモンスターゴブリンに始まり奥に行けば奥に行くほど段々敵も強くなる。

だがここは初っ端からミノタウロスが出る。知性があり力も強い。こんなふうに待ち伏せも当然してくる。耐熱全身装備に酸素ボンベに専用マスク、水食料他備品に加えて採掘道具を持って最後にこんな化け物と戦う武器もいるのだからそりゃあ普通の人間ならたまった物じゃないだろう。道理で過疎る。

環境とコイツの組み合わせはそりゃあ凶悪だ。ゴールドラッシュ当時かなりの犠牲者を出した。まあ、死んだのは自己責任だが。


地面を砕いて欠片を撒き散らすように着地したミノタウロス。

俺は破片から咄嗟に顔を手で守って後ずさる。

我に返った俺は上を見て下を見て右左確認する。数は、地形は、そのほか環境要素を瞬時に判断する。

追加は……現れない。一匹だけ。

はぐれなのかコミュ症なのだろうか、はたまた俺なんか単独で倒せると低めに戦力見積もりされたのか。俺が身を隠れられそうな場所はあるがはるか後方、当然追いかけてくる筈。運がいいのか悪いのか微妙な位置取りだ。


当然こんにちわの挨拶もなしに早速ミノタウロスの斧が振るわれる。羽が長い業務用の扇風機のような鈍くも力強い風切り音とともにギラリと凶刃が鈍く輝く。その一振りは人間を纏めて2,3人ならひき肉にできそうなまさに人外の一撃。

だが力強いが大振りだ。予備動作がデカすぎる。威力もデカいが当然隙もデカくなる。

単純な速力は負けるかもしれないが、デカい斧を持って振り回しながらの接近ならば身軽でフットワークに自身のある俺に分がある。しかもドラゴンの力に覚醒してからは動体視力は勿論のこと足腰もよくなっている。


「見える‼ 見えるぞ‼」


ミノタウロスの豪快な一撃一撃を俺はかなりぎこちないが体を曲げたり、飛び跳ね、時には地べたに伏して斧を躱す。


「食らえ‼」


逆に俺は反撃として地べたに伏した時に拾った石を投合する。

ぺチ。ぺチぺチ。

駄目だ全然効いていない。筋肉はやはり正義か。

ただ生物の反射の問題か顔に向かって来れば目を瞑るし、フェイントでも顔を背けたり目を瞑る。そしたら距離を取れるし、追加で石も拾える。

このまま何とか距離を維持しつつ細い通路まで行ければ間違いなく逃げ切れる。これが俺が考えた対ミノタウロス戦だ。

無理に勝たなくてもいい。負けなければいいのだ。生きてりゃこっちのもんなのだ。


「おっしゃ逃げれる……‼」


あと少しで勝利とは言えないが生きて無事逃げ切れるのを確信した俺に、顔を真っ赤にしたミノタウロスがニヤリと笑った。

嫌な予感がした。

突っ込んできたミノタウロスはボールを友人にまるでパスするようにひょいっと大斧を投げ渡した。

唯一の自分の得物を、敵に渡す。

イレギュラーだ。まさかこんなことをすると思っていなかった。

突然のことに思考が追い付かなかった。想定していない実戦での展開に思考が停止する。

何でどうしてと考えている間にも斧が飛んでくる。ぶつかる。そう思ってしまった俺は思わず手にしていた石を取りこぼして大斧を手にしていた。

想像よりはるかに重い。地面に落としそうだ。身軽なフットワークが武器の俺の素早さを殺すそれはまさに重荷だった。


「あ」


ミノタウロスが突っ込んできた。腹に拳を食らって壁までふっ飛ばされてそこでやっと敵の思惑がわかった。


激痛のさなかアイドルオタの友人が言っていたことを思い出す。彼は実は過去それはそれは武士道精神あるあの部活、剣道部に所属していたのだ。そんな彼にどうして剣道をやめたのかと聞いたら、動画の冒険者が雷の剣を振るっているのを見て途端にちんけに思えたからだと実に彼らしい答えだった。そんなわけで彼は冒険者の動画を剣道の知識を交えて偶に俺に知識を披露してくるのだ。

曰く、初心者が武器を握るのはある意味両手がその武器で塞がっているに近い。そんなことを確か言っていた。まさにこれだった。


俺が武器も何も携帯していない格好で逃げてばかりで戦い慣れていないのを見て、たとえ武器を手に入れても扱いきれないと判断したのだろう。確かに投げ渡された斧を見て思考が停止して咄嗟に自分で扱いきれない重たい大斧に手を出し、得物の特徴とか間合いも何もわからず、しかも投げる石ころも素早さも自分で殺してしまった。

殺すために斧を投擲していたなら避けれる可能性もあったが、これは相手が俺より上手で詰まれたんだ。もしかして拾わなくてもミノタウロスが武器を捨てて追いかけて来たら簡単に追いつかれていて負けていたかもしれないが。


「ゴハッ‼」


たった一撃で壁までふっ飛ばされてしまった俺は、叩きつけられた衝撃でよろける。その倒れそうになったところをミノタウロスが更に追撃を加えて俺を壁に釘づけにする。


「ちょ、待って‼ 話し合おう‼」


「ブモオオオオオウ‼」


俺は必死に頭を守る。反撃する余裕もない。

重量挙げ、特にスナッチの記録は選手の体重の約2倍近くであるように体重と力には密接な関係がある。

体が大きい、それだけで力は大きい。単純計算だがサイコロや角砂糖のような立方体を並べてみればわかりやすいが2倍大きいと体重は8倍になる。その力に耐えれるよう皮膚は厚くなり骨は頑強となる。大きいと体重が重く、体重とパンチの威力も密接な関係である。

その恵まれた体格からの一方的なラッシュが俺を襲う。

息をつく暇もない怒涛の殴打。一発一発が重く、俺を確かに殺しに来ている。


「謝る‼ 謝るから許してください‼ いやだ死にたくない‼ うわあああああ‼ ゴハッ‼ う、うぅ……」


ぜぇぜぇと息を吐いて、途切れそうな意識を辛うじてつなぎとめる。

そして永延と思われたラッシュが止まった。だがそれは相手が諦めたとか援軍が来たとか状況が好転したのではない。抵抗も何もできない獲物を仕留めるためにとどめの一撃を与えてやろうとミノタウロスが頭を守る俺の腕を掴んで引きはがしにかかったのだ。

強い‼ 何て力だ。ドラゴンの力で増しているのに全く敵いそうにない。本当に人類はこんな化け物に勝てるのか。これですらまだレベル2カテゴライズなのだ。この上は全く想像ができない。冒険者にだなんてやっぱりなるんじゃなかった。力づくでこじ開けられる手のガードを見ながら後悔した。

腕を掴まれて俺は小さい子供のようにじたばた暴れた。もうそれしかできなかったが、抵抗むなしくそれは圧倒的力の前には何の意味も持たない。

ミノタウロスの顔が目の前にあった。歓喜と狂気を宿した目と目が合った。荒ぶる獣臭い息が顔にかかる。



ミノタウロスが弓なりに体を反らす。まるで槍のような凶悪の角が俺に向く。

そして勢いをつけてミノタウロスが頭突きをしてきた。


もはやここまでか‼ 俺は目を瞑り鋭利な角から避けるために、あえて自分から頭突きをする。角に頭に風穴を開けられるくらいなら少しでもずらしてまだましな額の方にぶつかった方がいい。もう、俺には出来ることはこれだけだった。


ゴッッッッッ‼


次の瞬間鈍い音が響いた。まるでプレス機が硬質な物体を潰すような音だ。

俺は頭に衝撃を受けて固まった。恐怖で目を瞑り、体は緊張と焦りでこわばっていた。次殴られるのはどれほど痛いのか。いやだこんなこと。死にたくない。

出来るだけ苦しまず殺してくれ。そして異世界に転生させてくれと必死に願った。


ただ、いつまで身構えていても次の攻撃は来なかった。


「……は?」


恐る恐る目を開けるとミノタウロスが頭をおさえながらのたうち回っていた。

頭からはうっすらと血が出て、まるで岩か何か固いものに頭突きをしたようだった。


「そういや俺頭も固いのか」


ドラゴンの力は皮膚だけじゃない。骨や爪までも鉄を食べれば鉄の力が加わると言っていた。

俺の頭はかなり固ようだ。昔から石頭とも精神的にもだが肉体的にも言われていたが今は輪にかけて固いみたいだ。






……フハハハハ馬鹿め‼ 

大人しく拳で体を殴ればよかったものに、頭と頭の勝負なら頭脳明晰な俺に分配があるにきまっているだろうめ。獣風情が俺にケンカ売るだなんて100年早いんだよ!

ふ、どうやら俺の頭脳戦の勝利だ。いや、俺はこうなることは最初からわかっていたんだ。


「てめぇ‼ よくも今までやりやがったな‼」


起き上がろうとするミノタウロスの胸毛を掴み今度はこちらから頭突きを見舞う。

狙いは鼻っ柱だ。生物の弱点でもあるそこに自慢のデコをぶつける。


「おえ‼」


「ブモオオオオオ‼」


更なる追撃にミノタウロスは戦意喪失して、その目には理性がはがれて右へ左へ回っている。

一方俺もミノタウロスのキスが顔に当たって決して深くない精神ダメージを負う。


「……あほくせえ」


吐き捨てるように呟くと俺は落ちていた大斧を肩に担いで、倒れているミノタウロスの隣に立つ。

かなりの強敵だった。しかしこの世に悪の栄えたためし無し。必ず最後には正義は勝つのだ。

思えば君もよく戦った。俺の手のひらで踊らされているとも知らずに勇猛果敢に攻め入る鬼神のような姿は敵ながらあっぱれだった。俺もその姿には胸を打たれてこれで少しは面白くなるんじゃないかと最初は手を抜いてピンチを演出して、最後に少しだけ実力を出してやろうとなってしまったよ。ただ、残念だ。やはりあっさりと勝ってしまった。改めて俺は自分の力が恐ろしい。恐ろしいと同時に唯一無二のこの孤高の力は俺を孤独にする。敗北を知りたい。君が俺の孤独をいやしてくれると期待していたのだが……。


「あー‼ がっかりだよこの程度とか‼ 折角楽しめると思ったのに見掛け倒しとか‼」


「ブモッ‼」


「ヒッ‼ こいつ動き始めた‼」


俺は慌てて大斧を首に振り下ろすと虚しい勝利に浸るのだった。

まあ俺にしては勝って当然の戦いだったな

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