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10/52

俺、大人になったら女子校の近くにお洒落な喫茶店を出すんだ

因みにハヤシライスよりドライカレー派。肉には勝てないよ

俺はその日、カレーを作っていた。

高尾山でのキャンプで毒を入れられた記憶はあるがカレーに罪はない。

ここでもしカレーを食すのにトラウマになって抵抗を感じてしまえばこれから長い先の人生を半分損しているといっても過言ではない。それほどまでカレーとは偉大なのだ。カレーを食べられない人生なんて考えられないね。

猫とは和解しなくてもいいが人類はカレーから逃れられないから和解すべきなのは自明の理だ。

それに空白の記憶を埋めるような何かを思い出せるかもと作ってみたのだ。


ぐつぐつと煮込む。湯気が立ち上って換気扇に吸い込まれていく。

今のところにおいたついい香りでおいしそうだとしかわからない。これなら匂いだけで白いご飯が食べれそうだ。

俺が作るカレーは気をてらったようなもでの出なく生憎一般的の範疇からはみ出さないルーのパッケージ裏にある作り方の説明を読みながら料理したごく普通の家庭カレーだ。

鍋底に焦げ付かないよう注意して、寝かせて明日食べる分と少し多めに作る。俺のは玉ねぎがドロドロになるまで炒める王道シティ派。少々肉をケチったのが欠点だがハヤシライスもこの世にあるのだから全然あり。

あとは火を弱めてしばらくたったら、ジャーン出来上がりだ。


「いただきます」


早速一口食べた。

アツアツのルーに少し硬めに炊いた白米。配分黄金比は皿でもスプーン上でも崩さない徹底ぶり。

程よく聞いた香辛料が鼻孔に入り込んで食欲が邁進する。思わずこれには脳もにっこりでいつもより多く唾液腺を働かせている。

美味しい。これ作った奴天才だろ。ああ何だ俺か。そうだった俺は天才だった。

もうね、気をつけなくては明日の分まで食べてしまいそうなほど最高。


けれども安くて美味しくルーを作ってくれた企業さんに感謝の念を抱くもそれだけ。

カレーを食べただけ。

しまったな、あまりの美味しさに美味しいという感情に思考を埋め尽くさんとばかりに支配されてしまった。肝心なこと、失われた記憶に関して何も思い出せそうにない。


というかもうめんどくさくなってほかのことなんか考えたくない。

疲れた。こういうのって日常のふとした瞬間とかで思い出すものだろう。ドラマとかで見たぞ。

無理に思い出そうと頭を酷使して知恵熱が出そうだ。

バイトのクビに、癌に、冒険者になるに、ドラゴンに、記者会見。色んなことがこの短い間に起きすぎた。

休もう、そして美味しい食べ物を食べて英気を養うのだ。


カレーの偉大さの前に、まるで彼女を目の前にしながらほかの女のことを考えるようにほかのことを考えるのはカレーに対して冒涜。忌避すべき背信行為。そう思えてくるほどだ。カレーを食すときはカレーのことだけを考えるのがマナー。

普通にお代わりを要求したくなるただの美味しいカレー、それを今は食べることだけを考えればいいのだ。



「あれ?」



カレーは何ともない普通においしいそのものだった。それにしても高尾山で果たして俺の身に何が起きたのか釈然としていなかったが、問題が起きたのは二口目を食べようとした時だ。

スプーンの掬うところが無い。

中ほどから折れている。まるでスプーン曲げマジックで金属疲労に限界を迎えてへし折れたように。


下を見る。狭い部屋であまり荷物を置くのが嫌だというのもあるがそもそも金欠な俺の部屋はミニマリストのように物が無い。4畳半の小さな部屋だ。小さいものでもすぐに見つかる。

だけど折れたスプーンの先を見つけられない。

俺はカレーの皿の方に落ちたかと少しかき混ぜるが見つからない。皿の下を見てもどこにもない。

え、いやなんだけどこういうのって気づかないうちに出てきて小さい子供が散らかした小さな積み木を踏むがごとく痛い目に合いそうだ。

どこに行ったんだ。

こりゃあ新しいのを購入しないといけないだろう。それにしてもここにきて小さいが嫌な出費だ。鉄の結構頑丈なスプーンで気に入ってたのに……寿命だったと諦めるか。見つけられたとしてもくっつけられるわけじゃないし。カレーが冷める前に食べなくては。


俺は台所に戻ってまた予備のスプーンを取り出して―――


―――あれ? スプーンって何で食べれそうだと思うんだ?

スプーンを持って今までにない価値観が生まれていて、妙な思考に頭が支配される。

カレーじゃない。スプーン単体に何故か梅干を見たように唾が口内に溜まる。


「なんだこれ、わけわかんねえ」


俺は疑問顔のままそれでカレーを、少ししか入っていない肉の部分をすくって口に入れて


「………あ」


わかった。スプーンがどうなったのかを。

スプーンが再度折れる現象が起きた。

俺が食ったんだ。

思い出した。あの日、俺に何があったのかを。













俺は食った物を自分の力に変えられるドラゴンの胃酸に体を消化され、その途中でドラゴンが死んだため胃と胃酸によって崩れかかった体がくっ付いたのだ。

死を待つばかりだったその時、その融合面から熱に似た不可視な力を感じた。

快楽によく似た、似て異なる悍ましい力が体を覆った。自分が自分でなくなる領域に足を踏み入れて侵し、やがて恐怖となって帰ってきた。

俺を襲ったのはどうしようもなく死に抗いたいという願望を抽出したような純粋な夜の暗い闇よりも濁った黒い生存欲、そして飢餓だった。

俺はドラゴンのその底の知れない強欲を取り込んで取り込まれたのだ。絵具を溶かすように俺という輪郭があの赤いドラゴンとぐちゃぐちゃに混ざり合ってこねくりまわってそれはまさしく愛だった。

俺、鈴木太郎という男子高校生はそこで逃れられない確定的な死を迎え、ドラゴンとの間に新しい生命が生まれ落ちたのだ。

人間を飲み込むほど巨体なドラゴンの胃壁を引き裂き、食らいつき食って、食って、食って食って食われて食った。物理的にも存在もやがて最後には一つになった。

それからどうなったかは覚えていない。体から蒸気が立ち込め治癒とは生易しい生まれ変わるようにミチミチと音を立てながら肉体の変化が起きて力尽きるように倒れたのだ。



慌てて洗面台に駆け寄った。

喉に指を突っ込んで吐き出そうとする。だが出てこない。


たぶんもうあの食ったドラゴンの胃はどうにもならん。病院で検査して異常がないのが訳が分からないが、消化されて排泄されたのかもしれない。ただ異常行動が残った。

異食症。思い当たるのはそれだ。硬貨やネックレス、酷いものだと釘とかを食べてしまう症候だ。前例では何キロも食べてしまって腹痛を訴えて病院で手術になる事例が多々ある。


「……おえっ」


カレーの吐瀉物に交じって吐き出される。

予想通り二つのスプーンの先端も混じっていた。


「……嘘だろ」


だがこっちは予想通りじゃない。どちらのスプーンもすでに半分ほど溶けている。それどころか吐き出した台所のシンクまでもが胃酸で溶け始める。


「待て待て待て‼」


慌てて大量の水で薄めて流す。どのぐらい薄めればいいかわからないが大量の水で洗い流す。その水流の中、吐瀉したカレーが流れていくのとは別に溶けた金属のスプーンの先端はそこに残っている。それが現実を突きつけて来た。

金属を食って、しかもそれを溶かす内臓に変わっている。


「俺、どうなったんだ」


壊れたスプーン、シンクに少し穴が開いた。戻らない敷金。そのシンクですら少しだけ食べたくなる。

異常だ。まったくもって異常だ。俺はどうなるんだ‼

病院に行くべき? いやこういうの大抵捕まってモルモットにされる? もう訳が分からない。

ああああああああ‼ バイトクビになって癌になって冒険者なって仲間に毒盛られてドラゴンに襲われて死にかけて軍人に囲まれてそして全部終わったと思ったらまたこれ問題発生かよ‼

もう面倒は嫌だ。嫌だというのに腹が減る。いや、飯を食うのは生きていくうえで仕方がない。


「……とりあえず……カレー……食うか」


呆然として、思考停止していた鈍い頭で取り敢えずカレーがもったいないからという単純な思考でプラスチックのスプーンを取り出して食べる。


「どうしよう。これ、鉄分を食ってんだよなあたぶん。でも鉄って生きていくうえで少量は人間も摂取してる。レバーとか」


どうすればいいのか。何が起こっているのか。わからないわからないことだらけだ。ただ、どことなくわくわくしている自分がいる。金属を食えばその力を自分のものと出来る。一歩間違えれば異食症だが、ちゃんと消化できているっぽい。

これじゃあまるで


「能力みたいだ……冒険者の」


以前その手に詳しい友人に見せてもらった動画サイトに載っていた有名冒険者。彼ら彼女らは火を出したり雷を出していた。

俺は余り詳しくないけど友人は熱中するくらい知っている。

確か誰だったかファンサイトにも入っていると聞いた。

明日、行って詳しく聞いてみるか。


俺はカレーの食器を洗うと、残りは寝かして明日食べる分としてタッパーに入れて今日は早く寝た。

もう思考がパンクしそうだったから何も考えたくなかったのだ。







次の日。俺は学校に行っていた。

体調は良かった。今までで一番なくらい。自転車のペダルを押し出す力が過去最高を記録するくらいだった。この速さなら明日から10分は多く寝れる。怖いくらい快調だった。

あんなに勉強で嫌だった学校がこれほど行くのが好きになるなんて思いもしなかった。俺バカだけど二度と冒険者にならないために勉強するよ。


下駄箱で靴を脱いでルンルン気分で廊下を走ってクラスに行くと果たして友人はいつも道理そこにいた。この何の良さもとりえもない顔、いやーいいね見てて安心する。


「よっす」


「おおー久しぶりー。聞いたぞ最近休んでるの公欠だって先生が。冒険者になったってガチ!?」


耳が早いようで。声が聞こえたのか周りの人間も少しばかりトークダウンしてさりげなく俺の話を伺っている。わかる。たぶん今までじゃ気付かなかったが耳が目が五感が以前より研ぎ澄まされていて周囲を感じ取れる。


「そうだけどさ、下っ端の下っ端。しかも美味しい話に飛びついて酷い目に遭ってさ。服も持ち物も全部駄目になって稼ぎはゼロ。倒れているところを軍の人に助けてもらったんだけど守秘義務の契約書にサインしたから詳しくは言えない」


「なーんだそんなものか」


「冒険者なんてやるもんじゃないぞ。俺は懲りた。もう二度としない」


周りも高校デビューしようとして失敗した痛い奴みたいな空気が流れた。いや、実際そのものか。


「何かさこの前、ニュースでちらっと見たけど高尾山の方で死傷者が結構出たみたいで立ち入り禁止区域に指定されたみたいだしな。冒険者は危険だな。やっぱり太郎はアルバイトしてるのが合ってんじゃない?」


「へ? ああ‼ そうだな。安全安定これ一番」


友人も流石に軍から守秘義務がされているのを突こうとしないで、俺のちょっとした休みをあまり探ってこない。

彼もまた俺と同じで強いものにはめっぽう弱いのだった。

そんな我が友人だがあまり顔色が優れていない。


「また徹夜? 隈あっぞ」


「いや、俺のアイリスたんがなぁ」


アイリスたんとは彼が押しているアイドルの面も併せ持つ冒険者トップクラス女の子だ。因みに俺のアイリスたんと言っているが断じて彼のではない。


「そういや、何か能力持ってる子だったよな。それについて聞きたいんだけどアイリスがどうかしたの?」


「いや、クランでダンジョン遠征に行ったんだけどちょっと帰還が遅れていてさ。予定のコンサートまで帰ってこれるか……。それで聞きたいこと?」


「能力ってどんなのがあるのかなーって」


すると彼は嬉しそうにスマホを連打して動画を取り出す。いるよね趣味のこととか好きなことになると嬉々として早口で語りだすやつ。

ブクマでもしているのかさっそく出てきた。

表示されたのはどれもが美人だったり可愛かったりする女性ばかりだ。俺が今まで興味を持たなかったからしゃべれる奴ができて嬉しいのだろう。オタクの好きな物を早口で語り出すまさにそれだ。


「そうかそうか、太郎も遂に興味を持ち始めたか‼ まあ冒険者になったんだから当然かな。まずはこの我がアイリスたんから説明しよう。これは能力を使いながらもスカートがはためいてパンツも同時に見れる貴重なシーンだ」


「たぶんアイドルがよくやっている見せパンだと思うぞ。下にもう一枚着てるやつ」


「うっせ‼ ぶっ殺すぞ‼」


茶々を入れるのをやめた。話が進みそうになかったからだ。


「能力はどれも強力だが個人によって千差万別。能力が発現するだけでも極稀だけど、同じ能力の人もいればその人一人だけしか確認されてない能力もある。アイリスたんは電気を操る彼女だけの能力。風とか火とかと同じで排出系とか支配系ってカテゴライズされる。次がこれ強化系」


なんともアダルティなお姉さまが不似合いなバカでかい大斧を持っている。とても女性どころか大男でも持てなさそうなその大斧をしかしその女性は軽々しく振りまわしている。よく見つけたなこんな動画。


「強化系はただでさえモンスターを倒すと身体能力が上がる冒険者に更に身体強化が加わる。それでもかなり種類があって部分的に腕の力だけが上がるのから、全体的にバランスよく上がるのとかがある。因みに運動協会が冒険者や軍人の一般スポーツ大会の参加を禁止に踏み切った理由の能力がこれ。次がアニマル系」


動画が切り替わって、秋葉の喫茶に居そうな猫耳の女の子が出てくる。ただ侮るなかれ。まるで液体かのような柔軟な肢体に軽やかな跳躍。素早いその動きは猫を彷彿とさせる。あ、今パンツ見えた。


「アニマル系は動物や昆虫とか他の生き物の特徴を有した能力だな。熟練度で人間の見た目のままその生き物由来の嗅覚とか身体能力が上がる初期状態と一番人気が高い猫耳とか尻尾が生えてより戦闘特化する2段階目、個人差もあるけど狼男みたいに顔も変わって毛むくじゃらになる最終段階がある。オーソドックスな能力はこの三つだな。勿論世間に隠していたりまだ判明してないのも多々ある。たしか結構深いとこ探れば亜空間に物を仕舞えて取り出している能力者とかもあったなあ……あれはどこだっけか……」


アニマル系。俺のはたぶんそれだ。それかそれに近しい能力だ。

後で図書館で調べよう。何かわかるかもしれない。


「うん? もしかして太郎もアイリスたん気に入ったか? 何ならコンサートのチケットもう一枚確保しようか?」


「いや、大丈夫だ」


「まあ仕方ないか。限定コンサートでチケットかなり高額だもんな。流石に明日から中間テストだからバイトもあまり入れないだろうに」


「は?」


今なんて言ったコイツ。


「いや、チケット代かなり高いんだよ。オークションでも何万も」


「そこじゃない‼ 明日から中間テストって言った!?」


「そうだぞ」


くはっ‼ 中間テストだと‼ なんて、なんてことだ。もう自分の能力とかはこの際どうでもいい‼ 

もう少し気合を入れて腕でも折って入院期間を意地でも伸ばせばよかった。

何てタイミングの悪い。立て続けに色々と大きな問題が連日起きたからこれはショボい学生らしい問題に思えるが、これはシンプルだからこそどうしようもない。

勉強しないと。せめて赤点は回避しなくては‼ 追試も受けられなくなってしまう。


「おい‼ シマリスだかクリスマスだがそんなことはどうでもいい。テスト範囲とノートと持っているなら過去問をよこしやがれ‼」


「何だと貴様‼ アイリスたんをよくも‼ 歯ぁ食いしばれ‼」


どちゃわちゃと暴れる二人。いつも道理のくだらない風景。

俺は友人に頬を打たれながら帰って来たのだと感じた。


ただ中間試験これだけはヤバい。非日常だ。あのドラゴン並みの強敵だ。万年墜落しかけの高度をギリギリ維持している俺が、事前勉強していないとなるとその成績はどうなるか火を見るよりも明らかだ。

今こそ俺の力を発揮する時だ‼ 俺は絶対に負けない‼











―――――結果から言うとテストの成績は駄目だった。

当然である。非才のこの虫けらにも劣る愚物が三日付どころか一日しか時間が無かったのだ。必修科目の単位を一つとはいえこの時点で落とすのが決まってしまった。事実上の留年決定である。


ただしである。

俺はその科目の教師に呼ばれて研究室に向かった。呼び出され、挽回のチャンスをやると言われたのだ。なんていい人だ。やはり子供の模範となるべく作られた学校にはこういう児童に親身に寄り添ってチャンスを与えてくれる素晴らしい人間が務めているものだ。


「再テストですか‼ 期日はいつでしょうか‼ 絶対に合格してみせます‼」


「いやいやいや、うちはしないからそういうの」


マジかよ。使えねーなこいつ。もう少し教育機関は血の通った人間を雇用するべきだ。

未婚の年取った女教師とかは大抵ヒス持ち出し、男もどこか壊れている。こんな奴らが未来ある若い子供たちを導くだなんて無理に決まっている。所詮は資本主義傾向に傾倒した職業訓練施設だ。もういっそ学校なんて無くなればいいんじゃないかな。


「え? じゃあ何しに……よんだのですか?」


「本来はねここで君は留年決定なんだけどさ、君冒険者しているみたいじゃん」


「は、はい」


冒険者。俺が今最も嫌いなワードだ。いやな予感がした。因みに好きな言葉は振替休日。


「国の方針でね、冒険者をしている学生はある程度単位とかを優遇されるんだけどそれにも程度とか差もある。活躍していれば最大限利用できるけど君は全然だよね」


俺はまだ冒険者になって一度目の仕事を、しかもそれすら失敗したぺーぺーだ。何もしていないに等しい。これがうちのような普通科の高校でなく士官学校とか冒険者に力を入れてたり専門にしたりしている高校ならまた違ったのだろうか。


「冒険者が活躍したり数が多ければ国から補助金が出たり、色々と特典もあるんだけどそれだけでやっていけるほど学校経営は甘くない。うちの研究室もカツカツで企業から資金を貰いつつ技術提供をしながらなんとかしている」


凄い嫌な予感がする。できれば今すぐ耳を塞ぎたい。


「うちに資金をくれているいくつかの企業がねそれぞれ多かれ少なかれ冒険者の手を借りたがっているんだよ。凄い利害が一致していると思えないかい?」


「……そうですね」


後は無言で資料を渡された。そこに行ってインターシップを受けろ。そして活躍しろということなのだろう。


またか。また俺は冒険者をしないといけないのか。

何て疫病神なんだ‼ 糞‼ くそう! クソッ‼

単位と命どっちが大事かはわかりきっている。だけど‼ 金がないと生きていけないのだ‼ 学歴が物を言う世の中なのだ‼ モンスターに殴られるのも痛いが金と学歴にマウント取られても人間は痛がる生き物だ。

友情努力勝利の時代は終焉を迎えた。いや、そもそもそんな時代はなかったかもしれない。世界は現物を追求する人々の声に押し流され身長、学歴、年収の時代が到来したのだ。

そんな時代錯誤に世間の荒波を逆行するがごとく愛と平和を信条にしている俺にはやはりこの荒んだ世の中には乗り越えなくてはいけない試練があるようだ。






研究室から退室した俺はそれぞれの企業の資料をめくった。


「……なんだこれ。護衛依頼レベル4以上…無理だ。素材採取…ここはレベル3以上じゃないと入れないダンジョンしかもパーティ推奨…無理だ」


俺レベル1だぞ。死ねってことか? 

あいつ俺には無理だとわかってて意地悪でやったんじゃないだろうな‼

取り敢えず図書館でアニマル系能力の本を借りて一人だけの作戦会議だ。

絶対何か方法がある筈だ。たぶん。きっと。そうであったら嬉しい。




俺は取り敢えず当面の問題を上げた。

金欠、単位、俺に起きた能力。シンプルでだからこそどうしようもない。

頭を抱えた。

図書館で借りた冒険者のアニマル系能力の本。

よくわからん。専門的すぎる。犬からライオン、魚に蜘蛛まで沢山あるがドラゴンは無い。

アニマル系の能力は一説によれば遺伝子だとか母なる海だとかよくわからない説明があるが要は人類のはるか過去の枝分かれした進化の過程先を模倣再現するといわれている。

だから地球原産の動物、虫、それどころか植物までいるらしいがどっからともなく表れた地球外生物のモンスターの力を再現できているのはいまのところいないらしい。

それにどれも発現条件がゲームのレベルアップみたいにモンスターを倒しての身体能力強化と同時に起こっている。俺みたいなのは何処にもない。

過去には非人道的実験で解剖されたとか、人工的に動物と人間を掛け合わせて作ろうとして失敗したみたいだ。生命の冒涜だもんな。倫理規定。今はそういった能力者に対する扱いは国際条約で禁止されている。

それ以上のことはいまいちわからなかった。


本を置いて隣にある紙束を抱える。

企業からのインターンシップ資料に関してはざっと目を通したところレベル的に出来ないこともあるが、レベル関係なく出来ることも多少あった。ただ、それが簡単かと言えばそうでない。他と劣らず難しい。


でもその中で一つ。もしかして出来るのではというのがあった。


これさえクリアすればすべてが片付く。

そのためには。

ドラゴンの力を利用しなくてはならなかった。














だからここに来た。

不法投棄場。

ここで俺は鉄の体を手に入れる。最低限モンスターと戦うため。そして熱に対する耐性を得るために。


時間は深夜、人目を避けた不法投棄場。まるでこんな時間帯に居れば俺が不法投棄者と思われそうだがここは、不法投棄の中で比較的緩い所。自転車廃棄場、通称チャリ墓地だ。


俺の予想が正しければ金属を食いまくれば、ドラゴンが消化を助けるために行う胃石の成分が体に現れる自己強化と同じ現象が俺自身にも使えるはずだ。何せ、簡単に鉄のスプーンをかみ砕き、その胃酸は鉄を溶かす。こんな身体機能もともと俺にはなかった。身体能力も以前より上がっている。既にドラゴンの特性は俺に現れているのだ。


だから食べて無くなってもばれなくて且つ鉄が多いここに来た。


人目を確認する。暗い。寒い夜風が吹いて寂しい。上を見ると底が見えない引きずり込みそうな深い深い海のような綺麗な夜空と星が輝いていた。

見える。昼程ではないが何故か夜でも景色が見えた。やはり俺はもう普通じゃない。


早速バックからなけなしの金で買った消毒用アルコール液を取り出す。工業用アルコールに手を出すと最悪失明することになるのはちょくちょく大学の工学部性が金が無くて手を出してテレビで報道されるので侮れない。

それを持っている手を見てふと俺は本当に正気なのか今一度自問自答する。

馬鹿らしい。こんなに体におかしなことが起きているのだ。もう引き返せない。

やれ、覚悟を決めろと自分自身を叱咤激励する。


比較的錆が少ない綺麗な自転車に近づいてアルコールをかける。

アルコール独特の匂い、蒸発の勢い。まじまじと実感する。ポケットティッシュで拭って少しは綺麗になっただろう。

ふっ、ふっ、ふーと息を整える。

そして意を決して口を近づける。覚悟を決めて噛む。


バキン‼ ボリィ、ボリィ。

口の中から聞いたことのない種類の咀嚼音がして驚く。


かみ砕けた。いとも簡単に。まるでキュウリみたいだった。案外楽勝だった。

口の中が尖った金属で切れるかと危惧したがそんなこともない。

味は。勿論鉄味だ。だけどそこまで嫌じゃない。のど越しは焼き肉とかで焼き焦げて炭化した野菜とか肉を飲み込んだ感じ。想定ほど悪くはない。うん、これならそれほど無理せずいける。

続いて二口三口と平らげてから一息つけるために一休みする。


「ふぅ……何も、何も起きんな」


体の様子を見る。

ドラゴンと人間の違いだろうか。確かドラゴンは体がバカでかいし純度の高い抽出された金属じゃなくて岩をそのまま食っていたらしいから量も時間もかかると言っていた。個体差もあるとも。

そんな時は追いアルコールからの追い自転車だ。量で賄う。ぶっちゃけこのアルコールこれ以外使い道がない。金もないしあまり多く買ってこなかった。

それに予想外なのは胃袋もだ。胃袋は拳2個分だとか色々言われるが、食べた量で大きくなる。細い体型の大食いモデルなんかはかなりの膨張率だとテレビでもあったが過去の俺は常識的なごく一般的な量しか食べれなかった。寧ろ貧乏で少し食が細かったぐらいだ。


以前の俺なら到底食べきれない量を今しがた食したが何ともない。

何ともないが体にもなんともない。

腹でも痛くなればそれはそれで嫌だが、何も起きらないとそれはそれで怖い。



し、仕方ない。何も起きないんだからつまり俺は何もしなくていい。これ以上の長居は不要か。何にもないのに自転車をむしゃむしゃと食べるのは正気の沙汰でない気がしないでもない。夜は長いが致し方ないだろう。

テストでここ最近寝不足だ。正直眠い。

諦めて帰ろう。

うん、それがいい。



愛車の自転車に乗って帰ることにする。違う自転車だが、今しがた食べていたものに乗って移動するとはこれいかに状態だった。お菓子の家じゃないけど唐突だけど何か知らないけど笑えてきた。

スタンドを蹴ってハンドルを握る。


――――――ボキィ‼


「……マジか」


今しがた乗ろうとしていた愛車が爽快な音とともにハンドルが壊れた。


「手が……」


そこで変化に気づいた。

腕が凄い筋トレした後みたいにパンプしている。力強くて固い。一般人の弾力のある肌じゃない。

今しがた壊れた自転車に腕をぶつける。

――――――ギン‼ 甲高い金属同士がぶつかった音がして自転車が更に壊れる。


「出来た……やっぱり出来た……。あ、俺の自転車……」


飛び跳ねて大声で喜びたかった。ただすぐに冷静になって深夜で近所に迷惑がかかるだろうし、目の前で無残に長年の愛車が壊れたことがそれ以上に心労になった。

新しいのいくらかかるんだよ。防犯登録料もかかる。最悪だ。ここにきてまた出費だなんて。

勢いで行動する癖を治さないとな。まさか自分の自転車を壊してしまうだなんて。

取りあえず壊れたものは仕方ないが自転車の廃棄代は払いたくない。

呆然と立ち尽くした俺は最後に、自分の壊れた自転車にも消毒アルコール液をかけると手を合わせていただきますと言うのだった。








次の日、起き上がった瞬間から俺は生まれ変わった気分だった。実際は昨日の夜からだが少しずつ体は変化してその変遷は寝ている間に完全に終わった。

今までかつてないほど力が漲る。まるで心臓が噴火し、血管をマグマが流れているみたいだ。脈動は太鼓のように鼓動を打ち、力を籠める腕は鋼のように固くなっている。

凄い。見る世界が変わった。呼吸一つが硬い胸筋に支えられていつもより息を吸える。今ならどんなにきつい運動でもこなせれる。それほどの自信が体から沸き立つ。


気付いたらまるで子供の様に居てもたってもいられなくて外に走り出した。

まだ朝日が昇ったばかりの薄明りの街中を駆け抜ける。火照った体に当たる空気が冷たくて気持ちいい。

凄い身体能力だ。早いし力強い。踏み出した足が地面を踏み砕く勢いだ。


これならカーブを攻めて人間ドリフトも出来るぞ‼ いや、やっぱそれはない。言い過ぎた。

体重が増えていてまだバランスが取れなかった。

コンクリートでこけて数メートル転がる。それすらも新鮮で楽しい。


「おおー‼ 痛くねえ‼ どこもすりむけてない‼」


怪我はない。これ無敵だ。無敵の奴だ。


……あ。

冷静になったら俺何してんだ。馬鹿らしい。

服破けたじゃねえか。ドラゴンに燃やされてただでさえ金飛んだのに、昨日も自転車壊れたし。金欠だってこと忘れてんじゃねえよ。

よくよく考えてみればこれってまずくないか。

冒険者になってまともにモンスターと一度も戦わず、ずっと自分と貧乏としか戦っていない。冒険も糞もない。立ちはだかる強敵も信頼できる仲間との出会いも別れもない。出費だけがいたずらに募る。

もう嫌だ。貧乏が辛い。金がないのが苦しい。彼女欲しい。


一気にクールダウンした俺はトボトボと自宅に帰ると着替えて学校の準備をした。





学校はいつも道理だった。個人的には学校というのは何て億劫で面倒極まると以前までが俺の思いだった。

何故に早朝から雁首それえて机に向かってガリガリしているだけで将来の優位性やその後の将来性が決定されるのか疑問だったが、それを基盤とした資本社会でありひとえに利益と経済が成り立っているからだろう。つまるところは、社会システムで経済を円滑に動かすためであり、帰結するところはまあ金なのだ。実にくだらない。

友人と喋るのも楽しい。というかそれくらいしか学校は楽しみが無いが、じゃあ学校に行かなくていいのと友人とのおしゃべりどちらを取るとなったら俺は休みを取る。

この友情も、なんというか飯を食う時とか体育でペア作ってーってなるとき一人なのを嫌ってそれを行う為の打算的な処世術だ。誰もいない図書館で一人本を読むときは孤独を感じないが、いざ食堂などで周りに人がいる時に一人になると途端に孤独を感じるそれだ。


かわり映えのしない白の建材。運動部が朝練で走っている。吹奏楽部の演奏が聞こえた。

彼ら彼女らが生産的に短い学生時代を瞬く間に走り抜けるような様を以前の俺は災いあれと、彼らと俺に何の違いがあってこんな部活に熱心に打ち込む青春を送れずバイト生活を送っているのかと呪詛を吐いていた。

ただ、今は違った。

何て素晴らしいのかと真逆の思いだ。活動的に動く。病気になって初めて健康のありがたみがわかるように糞みたいな労働条件の冒険者になって学校のありがたみを感じた。

何もない日々。何て素晴らしいんだ。


まあ、……嘘だけど。俺はそんな人間じゃない。

病気になって健康のありがたみの前に他者の健康を呪う。その人間をうらやんで妬み嫉む。クリスマスでカップルがデートしていたら誰彼かまわずよっ、久しぶり‼ この前と連れてる子違うじゃんと言って破局させる。

それが俺だ。


昔からそうだった。人に嫉妬してばかりだった。強がってそれをおくびにも出さないだけで。だって自分が劣っているのがわかっていて普通の人にすら勝てないことはわかり切っていたから。口に出してだからどうなるかと言う問題だ。

この建物に集められた子供である俺達。スタートラインが同じように見えるが全く違う。同じ子供だと思っていたがそこには明確な格差社会がある。

小さいころから学校に通っていれば誰でも経験したことじゃないだろうか。

そこには自分より明らかに上位互換が存在することに。

家の裕福度、親の職業と収入、学業成績、運動神経。どれをとってもだいたい必ず上位互換がいる。

努力は大事だ。ただそれでも埋めようのない壁があるというのを知っておくのはもっと大事だ。

俺は確かに最底辺だろう。ただそれでも一番最悪とは言わない。下には下もいる。家庭事情、事故、運。それで様々な要因でもっと悲惨な目に遭ったやつもいるし、実際死んだ者もいる。

俺は上を見る。

上を見るとスクールカーストで上位を占めている彼ら彼女らがいる。ただそんな彼らもまた上位互換がいてもがいている。

クラスの態度がデカくて仕切りたがるサッカー部。しかしそんな彼も他のクラスに居るサッカー部のキャプテンに嫉妬している。読者モデルをしている美人な女子。そんな彼女も話題性でいえば隣のクラスの大手企業の財閥令嬢や他にも活躍して有名な生徒がいる。

そんな自分より上の彼らも上位互換に挑もうと努力している者もいれば現状に甘んじて満足し、諦めている者もいるのだ。あんなに俺より上に居るといのにあがき、もがいて俺とかわらないのだ。そう思うと笑えて来る。

確かに努力は尊い。ただ最初に胸に浮かんでくるのはそんな彼らに対しての嘲笑だ。

努力しても上には上がいるし、越えられない壁もある。サッカー部のキャプテンは大会の代表選手に選ばれたりプロからも声がかかる天才で、しかも面の皮もいいときたもんだ。財閥令嬢なんて親のことじゃないか。自分でどうしろっていうんだ。

努力をしても意味がない。だから努力をやめろ。


そう思っている自分自身に対しても笑える。

なら努力は意味ないのか? そう言われれば違う。自分磨きだ。例えプロにならなくても上がいても努力したことは自分を裏切らない。確かに資本主義だ。比べられ上ならば上がいいが、決して意味がないわけではない。

そもそも努力を辞めて立ちどまった人生は楽しいか? 全力で生きない人生は果たして楽しいか? たまには休息がいるかもしれない。

ただそれでも歩みを止めてしまった人間は人間たらしめていないと俺は思う。

自分を下げても他者が落ちるわけでもない。

俺は力を手に入れた。偶然とはいえ、俺はやっと長い休息から歩き出し、そしてそんな彼ら彼女らのように全力で人生を謳歌しようと思えた。


だから俺はその日、友人に宣言した。



「俺、将来正社員になるの辞めた。金を溜めて女子校の近くにお洒落な喫茶店を作るわ」


完璧だった。一部の隙も無いまさに完璧な人生設計だ。

その為には他者の足を引っ張ることもいとわない。え? 他人を下げたからって自分が上に行くわけでない? 何寝ぼけたこと言ってんだよ。

俺よりもイケメンな奴を一人殺せば相対的に俺のイケメン度も上がるし、全員殺せばそれはつまり俺が世界で一番イケメンということになる。ああ、こうして考えてみれば自分の聡明さに身が震える。世界で一番イケメンになるって方法が身近にあるということ、そして俺にはそれを実行できる頭と実行力があることに。

それに他者を下げて自分が上がらないのは凡人がすること。そいつを干からびるまで養分にするなり踏み台にしてより高みを目指すのが、まあ俺みたいな天才ってやつなんですよ。






友人は一瞬俺の崇高な計画に陶酔したように黙り込んで、それから口を開いた。


「真面目な顔で改まって何を言うかと思ったらそんなことか。お前馬鹿だろ」


「は? お前こそアイドルのおいかけやって馬鹿だろ。結婚でもできると思ってるの? まだ俺の方が現実的だろ」


「ああん?」


「おおん?」


いつも道理友人が殴りかかってくる。

ただ、ああこれが現実的な将来性と叶わぬ幻想を追いかけている物の差なのだろう。

鋼鉄並みに固い俺はハッハッハと笑って軽々とあしらうのだった。


だから鞄についていたアイドルの缶バッチで武装して殴ってくるの止めて。それ大事だろ‼ アイドルが泣いてるぞ‼

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