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後日譚みたいな 掴みみたいなふわっとした何か

こんぬつわ 基本ギャグと稀にバトルです

気分で書いてるからストーリーも今現在では考えていませんし 更新頻度も気分です

 

 魑魅魍魎蔓延るダンジョンの奥、遥か上空までそそり立つ白亜の塔の中で一組の冒険者チームが捕らわれていた。


 数多くいる新宿攻略冒険者の最強の一角として活躍していた実績があり、少数精鋭で全員が能力者で構成されたその冒険者チームは今回の遠征で他チームを抜き去り、一歩頭角を現すはずだった。


 激戦の末に悲願の40層のボス打倒を達成し、名だたる強者が並ぶライバルを出し抜いて遂に20年以上更新されていなかった未開拓領域に到達が叶った。

 ここまで仲間たちとの友情と努力が無ければ決して成し得なかっただろうかけがえのない冒険の軌跡。


 前人未到、地図はなくまさに前に道はなく自分の後ろで道ができる。栄光、伝説、地位、名誉、その瞬間は全て手に入れ、……そして次の瞬間には慢心してすべてを失ったのだった。


 まだ見ぬ秘境、未知との遭遇、手付かずの資源が夢のように広がっており、それを自分たちの背中を追ってくる第二者が現れるまで独占できる優越感に浸らずにいられる人間はいるだろうか。そんな野心のない冒険者などここに至れるはずもない。


 だから普段はしない驕りと油断から足元をすくわれた。


 40層のボスの解体後、素材回収班と共に帰還すべきだった。

 そうでなくともボス戦後の消耗具合を確認して念入りに準備をすればよかったものを浅はかに好奇心に誘われ少しだけと41層を眺めに言ったのが命取りだった。


 あっけなく未知のモンスターに悪戦苦闘を強いられ、逃げているうちにどんどん出口から離れていってしまった。


 未知のエリアで出口から離れて行ってしまう何たる愚行。

 今時初心者でもそうそう陥らないだろう致命的な失敗。

 戻らなければと焦燥感に背中を押されながらわかっていたがどうしようもなく、その末に罠にはまった。


 罠は古典的な落とし穴だった。


 そうしてライバルたちと更に差をつけたいその一心で自分たちの冒険は穴の底で幕を閉じたのだった。








 落とし穴は特殊な地形だった。

 落ちた先はビュートのような切り立つむき出しの孤立丘の地形で、周囲はとても降りれなさそうな急な断崖絶壁。


 しかもその下には泡が噴き出す毒溜まりと骨が転がり、極めつけにその過酷な環境に適応した異形なモンスターが住んでいた。まるで蠱毒のようなおどろおどろしい醜悪で劣悪な生き物。きっと地獄の悪魔が千年の幽閉から解き放たれたらこんな見た目をしているに違いない。


 自分たちが40層でやっと勝ったボスすら余裕で凌ぎそうなその化け物のこちらを早く降りて来いと見上げるそれは過去にも見たこともないほど邪悪だった。


 下りることは早々諦めて落ちて来た上の穴から抜け出す方法を試した。

 だが芳しくなかった。

 最初の数日こそまだ体力があってパーティーのそれぞれが思い思いに意見を出しては、それに手当たり次第に全力で挑んだ。


 突飛な発想や他に抜け穴や何か仕掛けなどないか思いつく方法を一通り試して、そしてこのありさまだった。


 それからは来る日も来る日もペットボトルの中で水面にポツンと浮く小さな氷の上に居るようなこの状態から事態はいつまでも好転しなかった。


 望みは他の冒険者の助けを待つだけとなった。

 だがそれはあり得ないと最初の最初に自分たちの中で答えが出ていた。


 何せここは他の誰もがたどり着けないような前人未到領域。それをわかって手付かずの資源に欲をかいたからこそこのような事態になっているのだ。




「誰がこんな落とし穴通るってんだよ誰も通らねえよ」



 ボソリとクランのリーダー水瀬は意味のない愚痴をこぼして手にしていた石ころを投げた。

 石はころころと転がってしばらくしたら何の面白みも落ちもなく当然のごとく物言わず止まった。

 石が止まると耳が痛くなるような静寂に置かれ、嫌でも今まで何度も考えた思考の渦に引き込まれた。


 他のここに来れそうなチームを思い浮かべた。

 一つは以前の遠征で手酷く失敗した。補充の資金稼ぎに装備の整備で到底来られそうにない。もう一つは人員不足。例え早急に人数を集められても連携ができあがるまで日数がかかる。他は仲が悪かったし、違うダンジョンに行っている。


 結論、仮に助けてもいいと救出隊が組まれて道中の進行が神がかってスムーズに進んだとして楽観的に見積もっても到着するまで最速で推定4か月後。しかも未開拓領域のここを発見できるかどうかは別の話だ。


 だが食料はここで皆で分け合って切り詰めて残りあと一か月持つかどうか。


 わかっていた。見ないふりをしていたが分かり切っていたのだ。助けは来ない。

 何せ自分が逆の立場なら間違いなく助けに行かないと判断する。

 つまりここで死ぬ。自分たちの冒険はここで終わるのだと悟った。


 絶望が場を支配していた。こんなにも仲がいい自分たちが食料が底をつけば、絆がほころび殺しあって奪うのではないかと脳裏を一度でも過ぎればそれは仲間との信頼の裏切りだと頭を振って忘れようにも忘れなくなる。


 もしかしたら誰かが発狂するのを待って皆で大義名分でその者を亡き者にしようとしているのではないか。そんな考えが頭から離れなくなって悲壮感と緊張が更に自分たちを追い詰めた。

 嘘かホントか昔聞いた良栄丸の話を思い起させるには十分だった。


 テントを張り、消耗を抑えるために寝るか起きていてもボーっと地面に力なく横たわるだけとなった。


 何か考えなくては、だが考えれば考えるほど自分たちの状況が詰んででいるのだと嫌でも理解させられ思考がネガティブに引っ張られる。

 そんなことを永遠と繰り返して、考えるから負にとらわれるのだと思い込んでからは考えることすらやめてしまった。


 思考停止であり思考放棄だ。デカルトの言葉を借りるなら我思う、ゆえに我ありだったか。

 確かにこんなのは生きていない。

 死んでいないだけだ。


 人間らしい営みも無く、暗闇の中、生命維持のために栄養を摂取して排泄するだけの死人同然だ。

 だけどこれ以上仲間を疑うようなことを考えたくなかったのだ。


 あんな強力なボスを倒して自分たちの強さを証明したはずだというのに、何の意味もなかった。

 こんなにも自分は弱いのかと絶望の坩堝に浸った。


 定期的に時計を確かめては腕を下ろし、また見ては下ろすことだけをしていた。

 まるでそれを心の支えのように。依存してるかのように。


 わかっていた。

 暗闇の中、段々と自分が狂ってきているのがわかった。一緒に居る仲間もこの追い詰められている状況でおかしくなってきていた。


 誰かの笑い声がする。

 誰かが自分を笑ったと幻聴を聞くようになった。


 そして今までどんな困難も共に切り抜けて来た仲間とギスギスと揉めるようになった。

 罵り合い、泣き叫び……。


 だがそれも最初のうち。

 次第に言い争う体力も無くなってほとほと暗い死の中に抱かれるだけとなった。






「そろそろ覚悟決めようか。食料を一人に集中させる」





 今まであえてしなかった、わざと触らなかったそれに触れた。

 ぶつっと胸元から狂犬病の皮肉が多分に込められたタグを外して空になった皿に無造作に投げ入れた。


 ドッグタグはカランコロンと面白高い音を奏でながら皿の中を泳いで虚しさで締めくくった。


 それが何を揶揄するか。


 選ばれたその一人がそれを持ち帰るのである。

 選ばれなかった者はここで朽ち果て屍を晒すのだ。


 蛆が湧き、悪臭を垂れ、体は醜く滞ったガスと体液が圧迫して膨れる。


 今まで死体だなんて見慣れている。ダンジョンでは珍しくなく、ありふれていていた。

 道中では同業者の死体があることは日常茶飯事。死体回収専門の事業があるくらいで、チームの中には兄弟や親が死んだという者も少なくない。


 中には適切な処置が施されず、アンデッドとなって荒野を永遠に迷っていたものもいる。

 そしてこれから自分たちもまたそのありふれたそれに加わるのだ。



「パス。助けが来るのかわからない中で一人で生きる? 絶対無理」


「もういっそ殺してくれ」


 皆が皆気の向くまままるでうわ言のように口を開いていった。

 数日間誰も口を開かなかった日もあるのに、いざ口を開いてみればあれが楽しかっただ、あれは美味しかったや酷かったと皆で思い出話に花を咲かせた。


 そんな変わらぬ友情を示してくれた仲間たちを裏切るのではないかと一度でも疑った自分を水瀬は恥じた。

 恥じたがそんなかけがえのない仲間たちの為なら例え自分の命を捨ててでも助ける覚悟もあるのに、救えない無価値な自分により絶望した。


 チームの皆無気力にボーっと手の届かない天井を眺めて呟いていた。

 もう陽の光を当たらなくなって何日経ったか。

 ダンジョン内に生息するうっすら発光する苔が満点の星空の様に一同を見下ろしていた。


「残った一人は辛いだろうな。皆が死んだ中一人生き延びて、穴の中で来るか来ないかわからない助けを待ってただ一人」



 気のせいか空気が冷たく乾いた気がした。

 きっと残ったその一人は狂うんじゃないだろうか。

 簡単にそう予想がついた。


「仲間は介錯か餓死。そして孤独の中で助けが来なかったらみんなと一緒に死ぬべきだったと嘆くんだよな」


 沈黙が場を支配した。


「……やっぱいいか」



 そう言って口数は減っていった。

 いよいよ食料が尽きかけてきてからは一日中誰一人会話の声すら上げない日だけが続いた。









 そんなある日だった。

 コツコツと足音がした。


 だが足音自体珍しくない。

 たまにモンスターが落とし穴の淵の周りを通過するのだ。


 最初はモンスターの足音と唸り声の馴れない環境で睡眠不足気味だったがもう気力も体力も限界で寝ることしかできなかった。

 ロープでも下ろして伝ってきて攻めてきてくれたらどれほど助かったか。


 今では足音を聞いても特に何も思わない。臨終のBGMみたいなものだ。

 いっそレクイエムと言っても過言じゃないかもしれない。何とも最後にしては味気ない終わり方だと皮肉った。



 今回聞こえてくる足音は一つ。

 冒険者なら原則チームを組んで複数人でいる。

 つまりは経験則に乗っ取れば今回も確実にモンスターだと簡単に予想がついた。




「うおっ! 落とし穴じゃーん危うく飯落とすとこだったぜ」



 不意に声が聞こえた。


 チームの誰かの聞きなれた声じゃない。

 今まで聞いたことも無い男の声だ。


 遂に自分の頭がおかしくなったかと思い悩みつつも、仲間を見渡すとそちらも驚いた顔で同じように反応をしている。

 幻聴じゃない。

 誰かがいるのだ。


 恐る恐る声が聞こえた方向、自分たちが落ちてきた上の穴を見上げると、そこに佇む小さい人影の姿を捉えた。




「………は? マジか? うおおおおおい‼ ここだ‼ 助けてくれ‼」



 確かに人の声がした。

 こんなところを人間が一人でうろついているだなんて夢じゃないのかと思わずにはいられない。


 仲間たちも最後の力を振り絞って同様に叫び出した。

 確かに仲間もその声を聴いたのだ。


 何が何でもこれを逃すわけにはいかない。

 藁にもすがる思いでチーム全員で一縷の望みをかけて必死に叫んで存在をアピールした。




「おおおおおおおおい‼ 助けてくれ‼ こっちだ‼」


「すげえこの穴喋るぞ‼ ダンジョンってこんなこともあるのか」



 願いは、声は、遂に聞き届けられた。


 男がマグライトをカチカチと鳴らして光を動かして遂には地底の底の冒険者チームを照らしたのだ。

 それでどうやら落とし穴に嵌っている自分たちを見つけてもらったことがわかった。




「ギャハハハハハ‼ お前たちそこで何遊んでんだ? ルール教えてもらえれば俺も参加できんのか?」


「ふざけろ‼ さっさと助けろ‼」



 皆希望で笑顔になって真上の出口めがけて力の限り叫んだ。

 手を取り合い助かることを喜び合った。


 奇跡が起きて助けが来た!

 天は我々を見捨てなかったのだ!


 仲間の命を背負うリーダーとして責任に押しつぶされそうだったそれが今、解き放たれた。

 感情が理性の防波堤をここに至って崩壊させ、赤子のように激動する心の揺れ動きが制御ができなくなって感謝と感動で涙と嗚咽が止まらない。


 この思いは、この胸中の忙しく渦巻く様々な感情がもう自分にはコントロールできていなかった。


 帰ったら風呂に入ろう。皆で美味しい物を食べよう。そうだ、今回は奮発して屋台巡りだ。

 吐くまで飲んで泣くほど食って、生を謳歌しようと希望を抱いた。


 こんなところまで来て偶然とはいえ助けてくれるこの男には感謝の念が堪えない。

 帰還パーティーだけとは言わず一生たらふく奢ってやってもいいと思えるほどだ。


 だが




「おん? そうかお前らが遭難者か」



 男はバックパックのサイドにひっかけていたロープを解いてシュルシュルと伸ばしていたのだが声とともにロープの降下は途中で止まった。


 そういや誰だこの男は。

 こんなところを一人で歩いているなんてそもそもありえない。

 大抵の実力者は覚えているつもりだがまったくわからない。


 しかもその格好は自分たちがよく知るギルドホームの居間に飾ってあった鎧に見える。

 未知、知っている鎧姿なのに正体がわからない。


 一種のホラーのような恐怖が生まれた。

 自分たちは何と遭遇したのだと。


 そして彼は何故助けの手を差し出すのを止めてしまったのか。

 未知について自分達は敏感なくらい臆病になっていった。


 だから彼が次に続ける言葉がことさら混乱を呼んだ。




「確かアイリスっていたよな?」


「あたしだけど?」



 気の強そうな声とともにクランで最年少のアイリスが脅えるように手を上げた。


 今は薄汚れて痩せこけ、自慢の金髪の艶はくすみだいぶやつれてはいるがそれでも気丈に振る舞うその気高さは失われていなかった。


 それを男は確かめるとおもむろに口を開いた。




「………おっぱい何カップだ?」


「はあ?」



 これ絶対に幻聴じゃない。


 なんて低俗な質問をしているんだコイツは。

 意味が分からない。


 今まであった、このダンジョンの奥底まで一人来た強さと恐怖すら感じるミステリアスさ、そして助けてくれる一種の尊敬や憧れ、感謝に近い美化していたイメージが一気に霧散した。


 この状況で何を聞いているんだ。

 そんなもの今関係あるかと怒鳴りたくなったが、こちらに垂らしていたロープが降下するのがピタリと止まったのを感情が乾いたような皆の虚ろな目が捉えた。




「言うわけないだろ‼ さっさとロープをよこせ‼」



 水瀬は胸を抑えているアイリスを横目に激昂してはやく助けを求めた。

 皆一秒でも早くダンジョンを出たかった。

 そして出来るなら数か月は休みにしたいほどダンジョンにいるのが嫌だった。




「あ! そんな態度とるんだ‼ ふーん」


 するすると止まっていたロープが巻き戻しの様に戻っていった。


 そうか。

 そうかコイツこういう奴なんだ。


 短いやり取りだがどういうやつなのかわかってきた気がする。


 こいつ屑だ。


 そんな奴にこれから自分たちは助けられるのだと悟った。

 絶望的な状況から助けてくれてこの後の人生一生コイツを拝み倒してもいいぐらい感謝していたのに。




「これは、……そう! ロープがあまり頑丈じゃないからあくまでだけど引き上げる人間の重さとか大きさを参考に聞きたいんだよ」



 なら体重とか身長を聞くだろう普通。


 ブチィと何かが切れる音がした。

 奴が心配しているロープじゃないのは確かだ。


 それからしばし無言のにらみ合いの応酬が始まって、男が質問に答えないと本当にロープを下してくれないのだと悟った。


 え? マジで? と乾いた声が響いたのは仲間の声か果たして自分の心の声か。

 前人未到の偉業を成し遂げたその自分たちにこんな仕打ちが待っていようとは。

 ダンジョンの奥地の奥地にまで来てこんな、こんなことがあるとは。


 男として恥ずべき行為だが、不毛な争いを前に折れた水瀬はリーダーとして泣く泣くチームのアイリスに申告するよう深く頭を下げた。


 アイリスは頭を必死に下げようとするリーダーを止めて、いいのと半ば諦めるように頬を引きつらせながら無理して微笑んだ。輝かしいアイドルの経歴としても冒険者として最年少で天才と界隈から期待の注目を集めるアイリスが、こんなにもちんけな事態で酷くプライドを傷つけられそれでも健気に応答しようとする姿だった。


 そしてアイリスは覚悟をするように息を吸うと、顔を真っ赤にして唇をかみしめ、ぴくぴくと額の血管を痙攣させながら蚊の鳴くような声でつぶやいた。




「え……Aです……」



 すると心底残念そうに期待を裏切るような舌打ちの音が響いた。

 どうやら彼の求めていた答えじゃなかったようだ。



「Aって……殴って腫れたのと変わらんやんけ! ごめんロープ無理そうだから助けられそうにないわ」



 ペッと唾を吐き捨て、ロープを回収して立ち去る音が聞こえた。



「嘘‼ 嘘嘘嘘、B‼ Bある‼ それに玲子さんはFカップ‼」



 ちょっと何でいうの? だってこうするしかなさそうだったから。

 ええー。


 仲間を売るような羽目になってアイリスは周りから冷めた目で見られた。

 ホント御免と別に悪くないのに水瀬だけが気まずそうに謝っていた。



「やっぱロープ大丈夫みたい‼ 待ってろ今助けるぞFカップ‼」



 どこのどいつか知らないがぜってー、外に出たら、殴る。


 頭を殴ってAにしてやる。


 呪詛のようにアイリスが呟いた。

 ぞっとするような言い方だった。


 いや、女性の価値は胸で決まらないから。

 そんなアイリスも素敵だからと、あまりにも怖くて無難なフォローを水瀬がすると少し溜飲が下がったのか握っている拳を解くアイリス。


 それを知ってか知らずか、戻ってきた男は生き生きとこれでもかと嬉しそうにロープを降下させ始める。


 ホントいい性格している。

 良くここまで一人で来れたな思う一方でなるほどここまでくるような強かな奴だと納得する。



「届いたかー? 長さは足りたか―?」


「まだです、早くやってください」


「え? 何か怒ってない?」


「いや怒ってないです」



 その質疑応答に直感が働いたのか。

 殺気だなんてものは所詮ただの勘違いみたいなものだが、確かな殺意を握りしめたアイリスの拳から感じ取ったのだろう。


 笑顔ではあったが瞳からも怒気をはらんだにらみ殺すような視線が送られていたのだから。

 男は訝し気に一拍置いてから尋ねた。



「……もしかして外に出たら殴らない?」


「……ニコ」



 アイリスの返事に俺なんかやっちゃいましたか? と返事して戦々恐々と脅えるようにやっぱ助けるべきではないのではないのだろうかと自問自答している声が聞こえた。




「そ、それじゃあ先に荷物をロープに括り付けて」



 男の言葉にやはりそうきたかとチッと舌打ちした。

 皆はキレながら荷物を括り付けた。


 基本的にダンジョン内で冒険者が同業者を助ける際、報酬は色々あるが一般的に有り金全部取られる。


 何故なら命を助けなかった場合死体から身ぐるみ剥げば全部手に入るからだ。


 その上、有り金をとられて武器も取られれば最悪だ。それはもう命を取られていないだけのようなもんだ。

 帰り道はモンスターと戦うために持たされるだろうが、地上に帰ったと同時に回収されることも冒険者界隈じゃよくある。


 そうなると次の冒険から武器の分まで稼がないといけないのに稼ぐためには武器がいる。

 予備武器で頑張るか蓄えを崩さないといけない。

 最悪借金コースもあり得るだろう。

 痛い出費だ。


 まあ一番最悪な死ぬよかましかと不承不承ながら了承をしようとしたところ。


 幸か不幸かと言うか。

 この男はやはり普通ではなかった。




「では軽量化のためにも服脱いでみよう。金? 武器? うんなもんいらんわ。ブラジャーとパンツを括り付けてくれ。それぞれ誰のかわかる様にその首のタグつけて」



 こともあろうに下着を要求してきた。

 あ、男のはいいよ、その何日も風呂入ってない汚らしい体で俺の視界を汚すなよと付け加えて。


 ブチい‼ と全員の血管が切れたのがわかった。

 コイツ………‼




「え? なになに? 怒ってんの? いいんだよ助けなくても?」



 男であるリーダーの水瀬とタンクとヒーラーは低頭平身女性であるアイリスと玲子に頭を下げるとすごすごと気まずそうに下がった。


 女性たちは穴の上の男を心底汚いものを見るように見上げながら見下すある種器用なまねをしながら唾を吐き捨て、テントの中に戻った。


 暫くして中からは諦観と呆れを含んだ溜息と共に衣服が擦れる音がして、その後小さく折り畳まれた衣類を持って戻って来た。


 皆は黙ったままだったが言葉は交わさずとも心は一つだった。

 出たらコイツ殴ると。



「あれ? 本当に怒ってない? そうだなあ怒ってないって言ってよ」



 極めて冷静に、自分を落ち着かせてフーッフーッと息を荒げながらも怒りを押し殺してスマイルで答えた。


 ここまで来て助けられませんでしただなんてのは嫌だったからだ。




「怒ってないよー」


「何か俺が言わせたみたいじゃん。自分の言葉で」


「た、助けられて感謝しかないなー」


「うん」


「まるで助けてくれる君はまさに救世主だー」


「ほう」



 続く美辞麗句に気を良くしたのか男は無事下着を手に入れて懐に収めると納得いったように感心して、ピッと何かよくわからない機械音を発した。


 カメラの録画機能だった。

 奴は用意周到に録画していたのである。



「ギャハハ‼ お前たちは下着を着けない痴女連れて地上を目指すんだな」



 そう言って周囲の岩か柱に括り付けたのだろう。

 今度こそロープが穴底まで垂らされて本人が走って逃げていく音が聞こえた。



「………屈辱だ」


「見つけたらとっちめてぶん殴ってやる」


「久々にここまでキレたよ。絶対とっ捕まえてメッタメタのギッタギタのボッコボコにしてやる」


「何だったんだあいつ、しかもうちに飾ってあった鎧着て」



 口々に疑問と憎悪それに一番の疑問、なぜこんなところを通りかかったのか様々な憶測と反応を見せたが、垂れ下がった一本のロープを目にすると安堵感で荒んだ心が満たされていくようだった。


 夢じゃない念願の脱出用の命綱を手に握ると悔しいことに助かる安心感であの男への憎しみが薄れていくのがしみじみと感じて―――いや、やっぱ見かけたら殴るわうん、そう確信した。


 これは完全に八つ当たりだが、落とし穴に嵌ったこれまでの積もり積もった負の感情もあの男にぶつけてキレ散らかしたくなった。


 だが、助かるのは事実だ。

 思わずうっ、と泣き出しそうなのを鋼のような理性で抑える。涙を拭うとロープが握れないからだ。


 まずリーダーの水瀬がするするとロープを伝って穴から出ると、周囲警戒。

 安全が確保されたら仲間を次々引き上げて周囲を固めて荷物を引き上げる。


 幸い武器は在る。

 今回の遠征の収穫も残っている。だけど奴は大切な物を持って行ったようだ。





 仲間たちと共に何日ぶりかの久しぶりなダンジョンのちゃんとした地形に戻れて安堵した。

 やっとここでリーダーとしての重責が肩から落ち、喜びと感動の奔流が胸でいっぱいで口から言葉として零れ落ちる。


 このつまらない殺風景で広いだけの景色を見て漸く戻ってきたのだと頭が追いつくと、自然と涙と笑いが溢れて来た。


 皆で抱き合って、生きていることに感謝した。

 一応あの糞野郎のことも救助料金下着一枚で助けてくれたのだから見えないその姿を幻視して感謝をした。





「……生きて帰れる」「やったぜ‼」「くああああああ‼ ばんじゃーい‼」



 それにしてもなんだろう、生き返った実感がひしひしと体を支配している。

 口で吸い肺を満たす何でもないただの空気だというのに今までの人生で一番うまい気がする。


 地形も特徴も何もない広い通路だというのにすごい趣があるような気がしてくる。

 まるで郷愁を掻き立ていつまで見ても飽きそうになく、同時にほっとする実家のような安心感がある。


 そう、世界がキラキラと輝いて見えて、すべての事象が事柄が、転がる石ころから吹き抜ける風すら愛おしく感じる。世界は愛で満ちていたんだとすら思えてくる。


 まああの男だけは絶対地上に戻ったら草の根分けてでも見つけて一発殴るが。




「あの野郎は逃げた後か……」


「こうしちゃいられん。匂いと音でモンスターが寄ってくるかもしれない。移動するぞ」



 落とし穴に嵌る前のぼんやりとした記憶の中の地図を思い出して今度こそ罠にも気を付けながら進む。

 食料も残り心もとない。

 回復薬を含めたポーション類の物資もほぼ枯渇している。


 落とし穴を抜けても危機が去ったわけではないのだ。

 消耗した現状では単純な判断の失敗すら許されないだろう。


 だが幸い今回は未到達領域の開拓を果たした。

 戦果も十分で戦利品に未知の素材と収益もいい。

 一番多く消費したのは金銭で賄える食料くらいだ。


 つまり帰れさえすればこれで名実ともに新宿ダンジョン一位の座につけるところはデカい。


 罠に嵌ったのは大きな損害だがそれも帰ったら反省会をして再発防止の対策を練るだけで、収支はいい。結果だけ見れば上々の戦果。


 きっとホームに戻れば連日テレビ番組が奇跡の生還を大々的に取り上げたくて取材が止まらないだろう。

 マスコミも印刷のインクが足りなくて悲鳴を上げるのが目に浮かぶ。それを見た小さな子供たちが憧憬を目に宿す。


 ギルドでも出し抜かれたライバルたちに惜しみない拍手を送られて尊敬と畏怖の眼差しで、自分たちも続くぞと背中を追いかけてくる。

 いい、それすごくいい。


 帰り道の足が心なしか軽いのはそれをみんな想像したからだろう。

 笑みがこぼれて妄想が止まらず、帰路を軽やかに順調に進みだした。









「おっとこっちにも落とし穴だ危ない危ない」


「この層は結構罠があるなあ。次来た時のためにも少しマッピングしないと」


 やはり帰路も罠はてんこ盛りだった。

 よくもまあ自分たちはこんなところを走ったものだと感心する。


 こんな罠だらけなら地図だけでも高値で売れるレベルじゃないだろうか。

 少し立体的なのがネックだが。


 地図に罠の場所と周囲の等高線も記す。

 次来るときに余裕があればマッピング専用ドローンを持ってくるのも視野に入れよう。

 落ち着いて冷静になれば回避できないようなものじゃない。


 あの時のように未知のモンスターに追い掛け回されていなければ罠解除や、迂回も余裕があればできるのだ。


 皆がもう一回嵌るだなんて冗談じゃないよなと談笑しながら、落とし穴のふちを余裕をもってなぞるように気を付けてを避けた。さてこの先は……右に曲がるんだったか……左だったか……。







「あのーすいません助けてください」






 そんな中から声がした。

 そう、聞き覚えのある男の声だ。


 下の方から。

 確かつい先ほど聞いた男の声が避けた落とし穴から聞こえた。


 皆が恐る恐る穴を取り囲むような形に立って中を覗いた。

 落とし穴の底に居たのは間違いなくさっきの下着を持って逃げた男だった。




「ほら俺も報酬として渡すから助けてくれ」


「何が報酬だって?」


「…………俺が今はいてるパンツ///」


 とりあえずタンクが石を沢山抱えて戻って来たので皆で穴に投げ入れるのであった。

バーテ●ミアス式というかちょっとした補足や説明 ギャグ等をここに乗せていければいいかな 気分で乗せるよ

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