シュウの涙、そしてこれからのこと
ひさびさに更新、きたー!
「さて、それでは始めましょうか」
風呂から上がってから、執務室へと案内されるかと思ったが違った。
食堂へと案内されると、そこにはお嬢様がお待ちになっていた。
浴場での一件でわちょっと私は気まずいが……
お嬢様に促され、みなそれぞれの席についた。
目の前には湯気が立つスープが置かれている。
それと、スプーンにナイフにフォーク。
この半年間、殆ど野宿をしていたから、この光景は眩しい!
シュウなんて、キョトンとした顔で眺めているではないか。
考えてみれば、彼の様子は当然なのかもしれない。
こんな屋敷で食事をするなんて、経験したことないんだろうし。
ましてや、豪華だ。
雰囲気に飲まれてしまわないかが心配だが……
「まずは皆さん、召し上がって下さい。空腹を満たしてからゆっくりお話をお聞かせ下さい」
お嬢様がニッコリ笑われてそう仰ると、
「アリシア嬢はさすが、分かってらっしゃる! では、お言葉に甘えて!」
とレオン殿がナイフとフォークを速攻で持って食べ始めたではないか!
しかも、バクバクと口の中に放り込んでいく!
その様子に、皆も呆気にとられていた。
テーブルマナーもへったくれもあったもんじゃない!
貴族の屋敷での作法というものを知らんのか、この男は!
全く、シュウとは正反対なのだな!
「ん? シュウ、どうした? 食べないのか?」
おもむろに彼は、私の隣でジーとテーブルに並ぶ料理を眺めているシュウに話し掛けた。
ちなみに、彼は私たちの正面。ラグ殿はシュウの隣に座っている。
急に話しかけられ、シュウは戸惑いを隠せずにいた。
「あ、僕、こんな料理始めてで……」
「そうかー! 食べ方が分からないのか? いいか、僕の真似をするといい。基本は、ナイフは右手、フォークは左手だ」
なぜかレオン殿が張り切ってシュウにレクチャーし始めたのだが……
さっきの有り様で教えられるのかと思っていたが、なかなかどうして。
案外サマになっているような気がする。
「そうそう、フォークで押さえてナイフでカットするんだ。うん、上手いじゃないか」
「えへへ、なんだか偉い人になった気分だ!」
「あら、でしたらいつでも食事にいらっしゃい。今からマナーを覚えれば、必ず役に立ちますわ」
「え? 僕、このお家にいるんじゃないの?」
「それもいいんだが、お前の今後を考えると、剣士団の見習いをさせた方が良いと俺たちは考えている」
「剣士団?」
シュウの問いに、ラグ殿は静かに頷いた。
「シュウ、強くなれ。剣は自分を強くすると共に、大切なものを守るための力にもなる。お前にはきっと必要だ」
「……力」
「そうだ。お前の大切なものを守るために、な」
「…….うん、うん! 強くなる! ラグよりも強くなってみせるよ!」
シュウのその言葉に、思わず笑い声が吹きこぼれた。
おかげで、なんだかぎこちなかった空気が和やかな雰囲気になった。
やはり子供は良い。
子供の存在は不思議と心を穏やかにさせてくれる。
子供は国の宝とよく言うが、シュウを見ていると、本当にそう思う。
大事にしなければならないな。
「ふふ、ところでシュウ。あなたはおいくつかしら?」
「ふぁい! ふぉ、ふぉふのほひはー!」
「こらこら! 飲み込んでから喋りなさい!」
と、お嬢様がシュウに尋ねられたのだが……、なんとまぁ!
食べながら話すなど、行儀の悪い!
私が注意すると、シュウは口の中のものをゴクリと飲み込んだ。
「ぼ、僕の年は……えーと」
シュウはコトリとナイフとフォークを手元に置くと、指を折って数え始め……
「十歳になりました!」
と元気な声で返事をした。
「そう、十歳に…….」
シュウがそう答えると、お嬢様は急に眉根を寄せられた。
その顔が何とも哀しそうな顔に見え、私もつられて眉根を寄せてしまう。
「苦労なさったでしょう」
「……」
お嬢様がそう仰ると、シュウもまた、目を伏せてしまった。
無理もない、僅か十歳で家族や住むところを失ったのだ。
私たちのような年齢であっても、同じような目に遭えば心に負う傷は大きい。
まだ幼いシュウにとっては、その比ではないだろう。
きっと身を引き裂かれる思いに違いない。
そう思うといたたまれなくなった私は、そっと手を上げ、シュウの頭に……
「……よく耐えた」
乗せようとしたら、ラグ殿がそう言って、シュウの頭に手を乗せてワシャワシャと撫でた。
「うっ、く…….」
すると、シュウは嗚咽を漏らし始めた。
そりゃそうだろう。
家族を、故郷を、今まで目の前にあった全てを、その年で失ったのだから。
だが、彼が涙をこぼすことを誰も咎めることはなかった。
しばらくの間、シュウの涙をすする音が室内に響く。
「良いのですよ、泣きなさい。泣いて泣いて、なんで泣いてるのかを忘れるくらい……思いっきりお泣きなさい。そうして人は、悲しみを乗り越え、強くなれるのです。涙を零した分だけ、人は前へ進むのですよ」
お嬢様はそう仰ると、静かに立ち上がり、シュウの側へと向かわれた。
そして、私とシュウの間に体を差し込むと、そっとシュウの頭をご自分の胸元に引き寄せた。
「……!」
お嬢様が優しくシュウの頭を撫で始める。
「う、うくっ……、うぅ、うわ、うわぁぁぁぁぁぁ……」
すると、彼の嗚咽は大きくなり、やがて悲しみを吐き出すかの如く、大きな声を上げて泣き始めた。
その泣き声は私の胸の奥をギュッと締め付けてくる。
シュウの悔しさ、悲しさ、憤りや葛藤。
あらゆる感情が私の中に流れ込んでくるようだ……
シュウの泣き声はしばらくの間、食堂に響いていた。
お嬢様はただ、ただ優しく……
シュウの頭を撫で続けていらっしゃった。
食後、泣き疲れたのか、シュウは何事もなかったかのように寝息を立てている。
お嬢様は我々の滞在用の部屋をあてがって下さっており、お嬢様、ラグ殿、レオン殿と私の四人は、その部屋で食後のお茶を口にしているところだ。
「十歳か、色々と経験するには幼すぎるな」
ラグ殿は、シュウの寝顔を眺めてそう呟いた。
「私も同じような歳で奉公に出されましたから、シュウの気持ちは少なからず分かるつもりです」
「そうか……」
ラグ殿はそう言うと、優しい眼差しでシュウを眺める。
お嬢様は、それを見て少し言いづらそうな口調で話しかけられた。
「剣士団の団長が明日、彼を迎えに来るそうです」
シュウのことは、先に文でお嬢様に相談をしていた。
お嬢様は彼のことを剣士団に伝えると、団長が快く引き取ってくれるということだった。
剣士団にはシュウくらいの年齢の見習いもおり、同じ年代の子がいれば、安心するだろうと団長から進言があったのだ。
それを聞いて、私たちもホッと胸を撫で下ろしていた。
「……そうか」
「少し時間を置いた方が……とは申し上げたのですが。帰る場所もないならば、早めに居場所を用意した方が良いと、団長の配慮のようで…….」
「そうか。出来た人間なのだな」
ラグ殿は静かに腰を上げると、私たちが座っているソファまでやってきた。
腰を下ろし、テーブルに並べられたカップを取ると口元に近付けた。
「それから……、団長がラグ様たちにお聞きしたいことがあると」
「ん? 聞きたいこと?」
「お嬢様、一体何を?」
「えぇ、それなんですが…….」
お嬢様は言いにくそうに口を開いた。
「シュウの村での出来事について…….だそうです」
ここまでお読み下さり、ありがとうございます!
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