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森の先の集落で

 ハルという、恐らくはラグ殿の旧友は、私たちには目もくれずに森の中を進んでいく。

 足元には確かに道がある。

 街道のように板石を敷き詰めて整備されたような道ではない。

 剥き出しになった地肌が何度も何度も踏み締められ、固められて出来た道だ。

 粗末な出来だが、この道の先にはラグ殿の故郷がある。

 ここを進んで行けば、ラグ殿の故郷に辿り着くことは明白なのだ。


 ーーーなのだが、しかし!


 あの二人、いかんせん歩くスピードが速い。

 速いってもんじゃない、速すぎる!

 なんだ、あの速さは?

 あれは徒歩の早さではない。まるで駆け足じゃないか!

 いや、駆け足というより、競歩並の速さじゃないか?

 すでに私は肩で息をしている。

 息を吸うたびに肺に痛みが走り、喉元は急激に空気が出入りするせいで悲鳴をあげ始めている。

 こんな事なら、もっと体力をつけておくんだった……

 後悔先に立たず!

 それに、私はもとより、普段過酷な訓練をしている剣士たちも、ゼェゼェと喘ぎながら進んでいるではないか。

 どうやらあのハルという男。

 実はとんでもない実力スタミナの持ち主ということか?


 というよりもバケモノジャないのか……


 にも関わらず、ラグ殿とキンバレーさんは汗をかくどころか、表情一つ崩さずに男について行っている。

 私はついていくのもやっとなのに。

 と言っても、私は後方にいるから、二人がどんな顔をしているのかは全く分からない。

 案外、汗だくでヒーヒー言ってたりして。

 クックック……


「エリー、何か言ったか?」


 と口元を歪に歪めているところに、突然、ラグ殿が振り向いてきたではないか!


「え、えぇ!? い、いやややや! 何も言ってませんよ!」


 思わず口元を手で隠し、しどろもどろに答える私……

 何やってんだか……


「ーーーふむ、あと少しだ。遅れずについて来い」


 それだけ言うと、ラグ殿はまた前に視線を戻して進んでいった。

 いや、しかしびっくりした……

 目……と言うよりも耳が頭の後ろについているのだろうか?

 ラグ殿は確かに凄腕だが、地獄耳の持ち主なのかもしれない。

 おかげで背中が汗でぐっしょりだ。

 集落に着いたら、休憩と称して水浴びでもできないだろうか。

 きっと私、汗臭いだろうし……


 なんて事を考えながら歩き続けると、程なくして森が開けてきた。

 ラグ殿の言った通りだ。道の向こうに塀で囲まれた集落が見えてくる。

 丸太をいくつも地面に突き刺して塀のように並べる光景は、どの集落でも共通のようだ。

 これでしっかりと野獣や不審者の侵入をある程度防ぐことができるのだから、案外馬鹿にはできない。

 森からの道はそのまま集落へと続いている。

 その入り口はというと、私たちを吸い込むように大きくポッカリと口を開けているように見える。

 ハルが足を止めることなく入り口を潜ると、ラグ殿もそれに続いて集落へと入っていった。

 私たちも遅れを取ってはならぬと、続て集落の入り口を通り抜けた。


 入り口の先にはありふれた光景が広がっていた。

 普通に家があって、普通に人が暮らしている。

 どこにでもある、ありふれたイメージ通りの光景だ。

 特徴らしい特徴はなく、ツギハギだらけの木造の家が軒を連ねて所狭しと並んでいる。

 集落の中を歩いていると、そこで暮らしている人たちの生活が垣間見える。

 家々の路地では、小さな子供が仲良く遊んでおり、集落の中央にある井戸では女性たちが時折談笑しながら忙しそうに手を動かしている。洗い物をしているようだ。

 そして私たちに気が付くと、顔をしかめつつ、目を細めている。

 いや、睨んでいるのか?

 子供たちは私たちに気付かず遊び続けていたのだが……

 やや居心地の悪い視線を浴びながら家々の隙間を縫うようにして進んでいくと、少し開けた場所に出た…


 そこには他の家とは明らかに造りの違った建物が、私たちを見下ろすようにそびえていた。

 多分、ここはあれだ。間違いない。絶対合ってる。

 ーーーここは……


「長老の家……か」


 見ながら、ラグ殿がそう溢したのを私は聞き逃さなかった。

 ほら! 思った通りだ! ここは、この集落の長の家だ!

 私が一人ドヤ顔で胸を張っていると、ハルがラグ殿に向かって


「アトス、長老に挨拶していけ」


 と言って顎で「中に入れ」としゃくった。

 それを見たラグ殿は、視線を若干地面に落とすと、「ふぅ」と息を抜いてから顔を上げた。

 その顔はというと……、どことなく哀しみのようなものが混ざっているような顔だ。

 いや、困惑してしているような感じか。


 そして一歩踏み出そうとしたその時……


「ア、アトス?」


 後ろから不意に声を掛けられた。

 それも、女性の声だ。

 ラグ殿が声の方へ振り返ると、そこには野菜の入ったカゴを脇に抱えたまま、困惑した表情の女性が立っていた。

 ハルのようにブロンドで、しかも腰まで伸びていそうなサラッサラのロングヘアが目を引く。

 目鼻立ちはくっきりとしていて、顎も細く、顔も小さい。

 ……負けた。これは文句なしの美人ではないか……


「アトス……なの?」


 女性は戸惑った表情を見せながら、再度、ラグ殿の名を口にした。

 ラグ殿はというと、名前を呼ばれたせいか眉間に皺を寄せている。

 あの顔はマズい。

 たいがい、最強に機嫌が悪いか、恥ずかしい時か、相当に戸惑っているときのどれかだ。

 どれかに違いはないのだが、表情からそれを読み取るのは至難の技である。

 が、今回は恐らく戸惑っているのだろう。

 理由は? と聞かれれば、私は自信を持ってこう答える。


「女の勘である」


 ーーーと。

 そして、ラグ殿が戸惑った(であろう)表情を見せながら女性に声を掛けた。


「お前……、アンナなのか?」


 恐らく、彼女の名前なのだろう。

 ラグ殿は彼女をそう呼んだ。

 名を呼ばれた彼女は脇に抱えたカゴを足元に落とすと、手で目元を覆い、嗚咽を漏らし始めた。

 ーーーラグ殿。

 今まで何人の女性を泣かせてきたのですか?





ここまでお読み下さり、ありがとうございます!

皆さまからの評価やコメントは大変励みになっております!

いっそう精進して行きますので、今後もよろしくお願いいたします!

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