ラグの故郷
ひっさびさの更新。
よろしくお願いします。
バルト国から北東へ向かうこと、およそ三日。
始めはラグ殿と私だけで向かう予定だったが……
人数がいた方が良いと言うことで、キンバレーさんを始めとする五名の剣士が加わってきた。
総勢七名のパーティで、ラグ殿の故郷を目指すことになった。
街を出て歩き始めたころは草原が広がっていたが、時間が経つとその草原も徐々に消え始め、最後は石ころが転がる荒地へと姿を変えた。
その荒地をさらに北へ進むと、運河ほどではないが、大きな川が見えてきた。
その川には粗末だが、馬が一頭通れる程の橋が掛かっていた。
長年、雨風にさらされたのだろう。至る所がボロボロに朽ちており、今にも川に崩れ落ちそうになっている。
その上を歩いた時にはギシギシと床板が悲鳴をあげ、そのうち床が抜けて川に落ちるのではないかと、ちょっとビビった。
その橋を渡ると、再び草が生えた大地が姿を見せ、私たちはさらに足を進めた。
やがて草原は途切れ、大きく深い森が目の前に現れた。
「ここは……」
私たちを迎え入れるように大きく、森の入り口がぽっかりと口を開けて待っている。
「ラザの森……」
同行していたキンバレーさんが小さく呟いた。
ラグ殿も足を止めて森の入り口を見上げている。
懐かしいのか、それとも何か思うところがあるのか……
いや、ラグ殿のあの顔は懐かしいとかではないな。
何かこう、やましい何か……
そう、例えば昔の恋人とか、好きだった女性とかが待っているとか?
それか恋敵をぶん殴って故郷を飛び出したとか?
……私、一体何を考えているの?
「エリー、どうした?」
「え、えぇぇ?」
「早くしろ、置いていくぞ?」
声を掛けられて気が付いた…
皆さん、すでに森の入り口をくぐろうとしていた。
「……やばい! 出遅れた!」
私は小声でそうこぼすと、駆け足でラグ殿たちを追いかけた。
森の中は、入ってしまうと外から見たよりも意外に明るかった。
木々の間から差し込む光が、私たちの進む道を照らし出している。
足元は刈り込まれ、しっかりと踏み込まれ、固められた土の通路が、森の奥まで続いている。
先に視線をやれば、薄暗くてよく見えない。
先頭を歩くのはラグ殿だ。
迷いもなく進んでいく様子を見ると、どうやら集落までは一本道か?
とにかく、前へ前へと進む。
静かな時間が続く。
深い森なので、凶暴な獣がいるかと思ったが、案外そうでもないらしい。
姿を表すのはウサギや落ちた木の実をついばむ小鳥程度。
歩きながら、私は「ふぅ」と静かに息を抜いた。
緊張を抜くわけにはいかないが、ある程度警戒していた分、肩の力は抜けたように思う。
森の中に入ってどれくらいの時間が経っただろうか。
ふと空気が変わった。
キンバレーさんを始めとする剣士団のメンバーから、ピリつくような雰囲気を感じた。
ラグ殿は相変わらずぶっきらぼうな雰囲気だが…
と眺めていたら、剣士たちは腰に携えた得物に手を伸ばし、いつでも鞘から引き抜ける様身構え始めた。
私も慌てて腰に手を伸ばす!
ラグ殿は……、相変わらず手をダランと伸ばしたまま。
構どころか、剣に手を伸ばしてすらいない。
どこから来るんだろうか、あの余裕は……
「防御隊形! エリー殿を囲め!」
キンバレーさんが叫ぶと同時に、剣士たちが私を取り囲む。
ラグ殿は……、変わらず、か。
剣士たちの雰囲気が一気に変わった。
ピリつく雰囲気から、警戒心が最高に達している。
みんな、視線を周囲に張り巡らせ、いつでも剣を抜けるように構えたまま。
もちろん、私もみんなに倣って周囲を警戒する。
……と、ラグ殿のすぐ横の茂みがガサガサと動き、ピュンという甲高い音が聞こえた!
すかさずラグ殿が構え、剣を抜いた!
と思ったら、足元にポトポトと何かが落ちた。
見るとそれは真っ二つに斬られた矢だった。
……剣を抜いたと同時に斬ったってこと?
どれだけ早い剣速なのだろうか……
と見惚れている場合ではない!
私も早く追いつかなければ!
と思い、剣を抜いて構えたとき!
「手荒い歓迎だな……」
と、ラグ殿がぶっきらぼうな口調で呟くと、弓を手にした男が茂みから姿を現した。
「慣れたものだろ?」
男はラグ殿に近い背丈で、ブロンドの長髪とあご髭が目を引いた。
狩人なのだろうか、軽装で動きやすそうな格好だ。
「動くな! 我々は……」
「バルトの剣士団だろう?」
男はキンバレーさんの問いに対して、ラグ殿に似た、ぶっきらぼうな口調でそう答えた。
「……知っていたのか」
「森に入った時から追っていた。気付いていたのは、お前ぐらいだったがな」
と、ラグ殿が視線を男に向けながらそう言うと、ニヒルな笑みを浮かべながら、男はラグ殿を見ている。
てちょっと待て!
森に入ってから、だと?
私はともかく、他の剣士たちも気付いていなかったというのか?
「お前以外は、どうやら鈍臭い連中ばかりのようだな」
と男は剣士たちを値踏みするかのような視線で眺めている。
それを挑発と捉えたのか、剣士の面々が一斉に剣を引き抜いた!
だが……
「剣を納めろ。我々では歯が立たんぞ」
とすぐ様キンバレーさんがその場を諌めた。
「ほう、相手との実力差がわかる奴がいたか?」
男が感心したように言うと、
「これでも一応剣士の端くれなのでな」
キンバレーさん、汗を浮かべながら答えている……
相当強いのか、この男……
「からかうのはもうやめろ、ハル。」
「なんだ、アトス? お友達を庇うのか?」
「なんだと?」
「アトス」と呼ばれ、ラグ殿はハルと呼んだ男を睨みつけている。
「まぁ、いい。わざわざ喧嘩するために戻ってきたんじゃないんだろ?」
また、ニヒルな笑みを浮かべるハル。
ラグ殿のいう通り、からかわれているようだ。
「歓迎するぜ、おかえりアトス」
「あまり歓迎するっていう態度には見えんがな」
「うるせぇ! お前があんまり村に帰ってこねぇから寂しかったんじゃねぇか!」
ニヒルな笑みしか浮かべない男かと思ったら、急にクシャっとした笑顔で、ハルはラグ殿を小突き回している。
それをラグ殿は口元に薄く笑みを浮かべている。
そのやりとりが幼い頃からそうしていたように見えるのは、この二人が子供の頃を一緒に過ごしたという証明なのだろうか。
ともかく、私たちはラグ殿の故郷に辿り着くことができたようである。