ラグが睨み付けるもの
久々の更新です。
エリーファンの皆様、お待たせいたしました笑
翌日。
朝食から少し時間が経った頃。
カムリ家の玄関を開く者がいた。
剣士団である。
私たちはお嬢様に呼ばれ、応接室へと向かった。
戸を開くと、数人の剣士が我々を待ち構えていたのだが、その中の一人に見覚えがあっあ。
「ん? あんたは?」
ラグ殿が声を掛けると、本人は爽やかな笑顔を私たちに向けてきた。
「やぁ、ラグ殿。お久しぶりです。エリーさんも」
「え? キ、キンバレーさん!?」
なんと、クロノシア国騎士団の一員であるキンバレーさんがそこにいたのだ。
思わず、私は素っ頓狂な声を出してしまった!
それも、ラグ殿の前で、だ。
恥ずかしい……
しかし、疑問が拭えない。
キンバレーさんはクロノシア国の騎士団員のはず。
何故ここにいるのだろうか?
私はそれとなく聞いてみることにした。
「きんバレーさん、どうしてバルト国に?」
「王の要請です。あんな形で剣士団は団長を失いました。しかし、すぐに団長候補になれる素養のある者がいるわけでもないということで、暫くですが私が出向することになったのです」
驚いたことに、現在の剣士団ではフェルディナント様の後継者は立っておらず、目下、候補者の選出中であるという。
私が旅に出たのは半年前。
未だに候補者は見つかっていなかったのだ。
しかし、剣士団を引っ張る者がいないというのも如何なもの。
そこで、隣国へ白羽の矢を立てたところ、キンバレー殿が出向することになったのだという。
「そんなことがあったのですね」
「お陰様で、色々と学ばせて頂いています。あの少年のことは、アリシア様より聞いておりました。我が剣士団でしっかり面倒を見させて頂きます」
と私に向かって軽くウインク。
キンバレーさん、そんなことするのか……
ちょっとだけ幻滅した……
「そう……だったのですね」
「俺たちがいない間に…….」
思わず、私とラグ殿は顔を見合わせた。
意外だが、ラグ殿も驚いたような顔をしている。
僅かだが、眉が釣り上がっていたからだ。
「で、俺たちに話があると聞いているが。なんだ?」
ラグ殿が尋ねると、キンバレーさんはそれまで緩ませていた表情を引き締めた。
「えぇ。ここに来るまでの、辺境の村での出来事を聞かせて欲しいのです」
「辺境と言うと……、シュウの村でのことですか?」
私が言うと、彼は頷いた。
「これを……」
部下に命じると、執務室の机の上に地図が広げられた。
所々『×』マークが付けられている。
しかし、そのマークの付けられ方に、私は少しばかりの違和感を覚えた。
なんだか、印の付け方に引っかかったのだ。
「このひと月程で報告が上がっている、壊滅、もしくは襲撃を受けた場所です」
「必ずしも辺境などではないのか。大きな街もあるな」
「それでいてどこか不思議な感じがします。何か、規則性があるような……」
「因みに、ラグ殿から聞いた村に印を付けると……」
キンバレーさんは赤インクで私たちが報告した村の辺りに『×』を付けた。
「こうなります」
「んー……」
なんだか違和感を感じるのだが、何が引っかかるのかが分からない。
キンバレーさんが言う通り、何らかの規則性があるようには感じるのだが……
ただ、分かることといえば……
「バルト国の、首都を取り囲んでいる?」
私は思わずそう漏らしたが、その通りなのである。
首都を取り囲むようにして、印が点在していたのだ。
「一体何の目的があるのか……」
「それが分からないのです。
村人も生き残っておらず、全て連れ去られているように見えます」
「んー?」
すると、後ろで様子を見ていたレオン殿が、急に私たちを押し退けて地図の前に躍り出た。
そして暫く地図を眺めていたかと思うと、おもむろにペンを取り上げて、あろうことか地図に線を描き始めたのだ!
「ちょ、レオン殿! 一体何を!?」
私はおどろき、慌てて彼を止めようとしたが、彼は止まるどころか、私の静止を無視し、そのまま線を書き続けていた。
「もう、レオン殿! いい加減にして下さい!」
私がありったけの力を込めて彼を地図から引き離そうとしたとき……
「……やはりか」
と急に彼は背中を起こした。
「うわっとと……!」
ラグ殿が、口元に手を当てて考え込んでいるレオン殿に問い掛けた。
「何が『やはり』なんだ、レオン?」
「あぁ、説明するよ。これを見てくれたまえ」
そう言って、レオン殿は机から一歩下がった。
私も皆と一緒に覗き込む。
すると、地図には大きな三角形が描かれていた。
私はまた、声を上げた。
「さ、三角形?」
「線で結ぶことの出来る印を繋げた結果。一つの三角形が出来上がった。そして……」
レオン殿はそう言って、今度は他の印を戦で繋ぎ始めいく。
だが……
「印は全て五つだ。もう一つ三角形を描こうとしても印がある足りないぞ」
剣士の一人がそう言うと、
「君たちは頭が悪いのかい? 逆算して考えればいいじゃないか。印がないなら、二つの線を伸ばして等しく交わるところを見つけ出せばいい」
レオンはそう言って、二つの線の交点を導き出す。
そして、そこに『×』印を付けた。
「恐らく、ここが最後に襲撃を受ける場所だ」
レオン殿が印したそこは、首都から離れた山の中だった。
「そ、そんなところに村なんてないぞ?」
「第一、名前すら地図など載ってないじゃないか」
「君たちは本当に頭が悪いんだねぇ」
剣士たちに向かって、レオン殿は呆れた表情をしてみせた。
「別に村である必要はないんだよ。奴らは目的が果たせればそれでいい。今まではたまたま人がそこに住んでいただけってことさ」
「や、奴らって……、シュウの村を襲ってきた、あいつらのことですか?」
私の問いかけに、レオン殿は口を閉ざして頷いた。
私はまた、地図に目を落とした。
剣士たちも矢継ぎ早に疑問を口にし始めている。
「それにしても、こんな大それたことを考えるとは……」
「レオン殿と仰いましたね。これが何かお分かりですか?」
レオンは地図を見つめながら静かに答えた。
「私の推測が正しければ、これは国という広大な土地を利用して作り出された錬成陣ですかね」
練成陣? 何それ?
「レオン殿、錬成陣とは?」
「練成陣とは、錬金術を用いる際に使われる、術式が書き込まれた印のことです。そして、この地図上の線を結び付けると、六芒星が現れた。ということは、これは『闇』の錬金術……ということにでもなるでしょうね」
錬金術?
錬金術って、あの大昔に滅んだって言われる、古代の魔法のことか?
「恐らく、連中はこの印のところを目指すはず。ここがどんな所なのかは分からないけど、早く行動を起こすべきだろうね」
「し、しかし、人がいない可能性があるのならそんなに急がなくても……」
「いや……」
そこでラグ殿が口を開いた。
「人は……いる」
「え?」
「ここに人は住んでいる。少ないがな、村はある」
ラグ殿の言葉に、キンバレーさんを始め、その場にいた全員が驚きの眼差しをラグ殿に向けた。
「ラグ殿! どうしてそんなことが?」
キンバレーさんの問いかけに、ラグ殿は地図に視線を落としたまま、小さく呟いた。
「分かるさ」
そして、その印に指を付いた。
「ここは……俺の生まれ故郷だからな」