痴話喧嘩?
「一樹くん、このベンチ、覚えてる?」
「なんとなく。この前に紅月くんにもここに連れてきてもらって。なんだか良く分からない言葉が頭の中に浮かんで。それで酷い頭痛がしてしまったんだよ」
「それってなにか告白の言葉とかそういうの?」
「良くわかったね。そう。そうなんだよ。僕、女の子と付き合うのは夏海ちゃんが初めてだし、ましてや告白なんて……」
「なるほど。夢見る告白と重なってそんな言葉が出たのかな?もしくは本当にその言葉を知っている、とか。実を言うとね、その言葉、私も知っているの。『玲香、聞いてくれ。俺は世界中の誰よりも玲香のことを愛してる。世界中の誰よりも。伝えられないくらいの好きで心があふれてる。だから。俺と付き合って欲しい』ってね」
「あれ?確か紅月くんもそんな感じの言葉を言っていたよ。なんでだろ。あ、もしかして紅月くんが告白したのって美桜ちゃんじゃなくて……ってあれ?」
「それでこの写真。私に一樹くんがさっきの言葉を言ったとしたら、合点が行くでしょ?告白の後に撮影したって事で」
そんな。そんなことって。僕が玲香ちゃんに?そんなことを?いや、信じられない。
「玲香ちゃん、他にも何かある?その言葉が本当だとしたら、僕は玲香ちゃんとなにか思い出があるはずだ。僕はそんな思い出や記憶は一切ないよ。いつも一人で、何もしないでいたはずだ。夏休み明けに紅月くんに声をかけられなかったら、それも変わらずだったと思う」
一樹くんはそう一気に喋った後に私の言葉を待った。
「そっか。本当になにも覚えていないのね。わかった。それじゃいくつか行って欲しいところがあるんだけど付き合ってくれる?」
そう言ってまず連れていったのは、この前にも行った浅草。同じ場所でまた写真を撮影してあの時と同じ行動をとって。夏海ちゃんと奏ちゃんがきた時とは違ってもう一度境内を回って獅子舞のお囃子を見て。私が一度気にしていた扇子を仲見世で一樹が買ってくれて……。
「ねぇ一樹くん。この扇子なんだけど。なにか見覚えはない?」
「扇子?ああ、さっき玲香ちゃんが見ていたやつだよね。いいよ。買ってくるよ」
やっぱり、一樹は一樹なんだ。そう思った時だった。
「このことは夏海には内緒ね?流石に彼女以外にプレゼントなんて怒られそうだから」
違う。あの時、一樹は『欲しいならほしいって言ってくれればいいのに。その代わり、来年の花火大会にはそれが似合う浴衣姿を見せてくれよ』そう言ってくれたのに。
「どうしたの?違う柄の方が良かった?」
「ううん、これでいい」
一樹くんは私の言葉を聞いて安心した様子だった。他にあの日に一緒に行った場所は……。
「ここのビーフシチュー、絶品なんですよ」
浅草の行列ができる洋食屋さん。この味でなにか……。
「なんで玲香ちゃんはビーフシチュー……」
「どうしたの?」
「いや、なんか変な感じして。でも気のせいだと思う。ごめんね、変なことを言って」
翌日、玲香ちゃんと浅草巡りを楽しんだことを夏海ちゃんに報告。変な風に思われたくないし。
「本当にそれだけ?」
「いや、本当にそれだけだって」
「なんか怪しい。僕はもしかしたら、みたいなこと、考えなかった?」
「好きとかそう言うのじゃないけど、なんか知っている感覚というかそういうのは何回かあった」
「知っている感覚?いわゆるデジャヴってやつ?この前にも浅草に行ったからじゃなくて?」
「やっぱりそうなのかなぁ。気のせいだよね」
なんて夏海ちゃんには行ったけど、一番気になったのは例のベンチでの出来事。そしてあの写真。確かにあの写真に写っているのは僕と玲香ちゃんだった。それになにか思い出しそうになっていたあの言葉。玲香ちゃんは全部知っていた。僕は一体何者なんだ?
「ねぇ、紅月くん。この前に公園のベンチで美桜ちゃんに告白した言葉を教えてもらったけど、あれってこうだっけ『美桜、聞いてくれ。俺は世界中の誰よりも美桜のことを愛してる。世界中の誰よりも。伝えられないくらいの好きで心があふれてる。だから。俺と付き合って欲しい』って。この言葉、口にするだけで恥ずかしくなるね」
「うるせぇ。でもよく覚えたな。それであってるぞ。何かあったのか」
「うん。この前に玲香ちゃんと例のベンチに行ったんだ。その時に写真と一緒にその言葉を聞いたんだ」
「なるほど。それは俺もベイサイドで玲香ちゃんから聞いて驚いてたところだ。やっぱりあの場所に玲香ちゃん、居たのかな。一樹は本当に玲香ちゃんのことはなにも記憶にないんだよな?」
一樹は静かに頷いている。どういうことだ。ますます混乱してきたぞ。
その日の放課後にベイサイドで美桜にも相談をしてみた。
「そんなことってあるのかしらね」
「不思議だろ?だから美桜に相談してるんだって」
「相談って言ったって。私も分からないわよ。それともなに?あの言葉は私じゃなくて玲香ちゃんに言った言葉だった、とでも?」
「いや、そう考えると、一樹と玲香ちゃんのツーショット写真の説明がつかない。唯一あり得るとしたら、あの場所に俺と美桜、玲香ちゃんに一樹が同じ場所にいた。それで、どっちらかが先に告白して、後者がそれを真似した。写真を撮影したりしてるから、状況的には、一樹が俺の言葉を真似した?」
「あの一樹が?あの物静かな一樹が?あんな恥ずかしい言葉を?それに、それじゃなんで一樹はソレを覚えていないの?そんなことあったら玲香ちゃんだって一樹が夏海と付き合うのをなんとしても阻止するでしょ?」
だよなぁ。同じ場所にいた、とういうのが唯一の物理的解決状況なんだけど。マジで分からないな。そんなことを3日ほどグルグルと考えていたら、ベイサイドで思わぬことが起きた。なんと、玲香ちゃんが一樹と夏海を連れてきて何やらもめていたのだ。
「なぁ、奏、あの3人なにをやっているんだ?」
「痴話喧嘩、みたいな?夏海がなんか抗議している感じだね」
「なんか他人事だな」
「だって他人事だもん。こうなるから夏海を止めたのに。しーらない。それじゃ、私は休憩行ってきますね~」
あ、あいつ逃げたな。でもあの3人は何をはなしているのか。カウンター越しに眺めていたら夏海がこっちに来て興奮した様子で訴えかけてきた。
「紅月!」
「お、おう。どうした?」
「どうしたもこうしたも!玲香ちゃんが一樹を譲ってくれとか言い始めたの!」
「譲るって……なんでそうなった」
「私が聞きたいくらいなの!だから、ちょっとこっちに来て!」
俺は仕事中なんだが。店長を見ると、仕方ないですね、というような顔をして皿洗いをやめて手を拭き始めたので、行って来い、ということなのだろう。気が進まないがこれもお店の仕事と思って対処しましょう。
「で?まずはなにが起きてるのか教えてくれる?」
「玲香ちゃんが!」
「夏海はちょっとタイム。まずは玲香ちゃんに聞いてみたいな」
状況的に原因は玲香ちゃんだと思うので、最初に話を聞いたほうが色々と分かるだろう。それにしても他にお客さんがいなくて良かったよ。
「私、やっぱりあの写真と告白の言葉が忘れられないんです。私の記憶にはっきりと残っているんです。だから。あの時、私は一樹に告白されてOKして。付き合っているはずなんです」
「付き合っているはずって……。一樹、玲香ちゃんのことって転校初日の学食で見たのが初めて、であってるか?」
「はい。そうです。でもこの前、玲香ちゃんと一緒に出掛けたときになにか知っているような感覚というか……変な感じはしたんです。一言でいうと、初めてじゃない、みたいな」
「一樹。その記憶は本当の記憶。気のせいじゃないの。あの時、一樹と私は間違いなく浅草に行ったの。そしてこの扇子をあの時も買ってくれたの」
そう言って玲香ちゃんはカバンの中から扇子を取り出した。
「玲香ちゃん?あなたまさか……」
今度は夏海の様子がおかしい。にわかに信じられない、というような顔をしている。もうなんだっていうんだ。
「で?肝心の一樹はどう思っているんだ?両方ともに一樹が好きってことは一樹がはっきりすれば解決する話だろ?」
「そうなんですけど……」
イマイチはっきりしない感じだ。俺なら今まで夏海と付き合っていたんだから、というか現在進行系で付き合っているんだから、玲香ちゃんには断りを入れるのが常識なんじゃないかって思うけども。なんて少し呆れて一樹と玲香ちゃんを交互に見ていたら、玲香ちゃんが一つ提案をしてきた。
「一樹と夏海さん、付き合い始めてまだ時間が経ってませんよね?それに、私には夏海さんから告白して、一樹はそれに圧されて付き合い始めた、と思っているのだけれど」
かなり芯のある口調で玲香ちゃんは二人に話しかける。一方的に告白して、経験のない一樹を説き伏せた、とでも言っているようだった。
「それは……」
あれ。夏海が押されてる。何が起きてるんだよ。現彼女なんだからもっと強めに出ると思ったのに。ちょっと困って店長を見たら手招きをされたので一旦カウンターに戻った。
「紅月くん。なんか大事になっているみたいだけど、大丈夫?」
「いや、なんか玲香ちゃんが夏海に一樹を譲ってくれとか言い始めたらしくて。で、夏海はそれを突っぱねると思ったら、いやに弱腰で。もう意味がわからないですよ」
「うーん。そうだ。それじゃ一樹くんと玲香ちゃん、一回デートしてるんでしょ?もう一回やってみて一樹くんがどう思うのか、ってやってみたら?」
「お試し、てきなことですか?」
なんか一樹のやつ、モテモテでちょっと嫉妬しちゃうな。3人の席に戻って店長に言われた事を伝えると、思いのほか素直に夏海はその提案を受け入れた。正直信じられなかったけども、当事者がそれで良いのなら俺がとやかく言うことでもないしな。
「……ってことがあったんだよ」
「なにそれ」
「ほんと、なにそれ、だろ?で、今週末の土曜日から月末まで一樹と玲香ちゃんが『仮で』ってことで付き合うことになった」
「デートだけじゃないの?」
「玲香ちゃんが押し切った」
「ふぅ~ん。玲香ちゃん、思ったよりも積極的なんだ。で、奏ちゃんはなにか言っていたの?」
「ああ、奏は呆れた様子だった。なんか夏海が一樹に告白するのを止めたとかなんとか言っていたから、こうなることが分かっていたのかな」
なんて言葉には出したけども、予想する要素というかそういうものがなにもない。まさか奏も未来予知的な何かがあるのかな。