禁断の恋愛
「一樹。この前のことなんだけど。そろそろ答えをもらえると嬉しんだけど……」
「えと……」
ベイサイドの窓際の席。夏海と一樹が席に座っている。注文した飲み物にも手をつけずに真剣な面持ちで何かを話している。
「先輩、あの二人、何を話しているんだと思います?」
「何って、この前の告白のことなんじゃないのか?そろそろ答えが欲しいとかその辺だろ。あ、そうだ。その時、奏は止めに入ったというかなにかあったんだろ?良いのか?」
「美桜先輩に聞いたんですね。私はもう良いんですよ。夏海先輩がそうしたいのなら。本当は止めたいんですけどね」
「なんだ。一樹が好きならそう言えばいいのに。一樹はお前からは好きってはっきり言われたわけじゃない、って言ってたぞ」
「だって、言ってませんもん」
なかなか意外な答え。美桜からの話だと、奏も一樹のことが好きとかそういう流れだと思っていたんだが。この反応だとそこまででは、って感じだ。俺は注文が入ったので厨房に戻ったけど、あの二人が気になって仕方がなかった。奏も気になっているらしくてカウンターの中から二人を見ていた。
「ええと……。何ていうか。告白されるなんて初めてで……。それに僕、女の人とお付き合いしたことがなくて。なんて言ったら良いのか分からなくて……」
「良いのよ。経験なんて。嫌いじゃなければ付き合えば。それでだめならだめってそう言ってくれればいいから」
「そんな感じでも良いんですか?」
「私はそれでもいいよ。それに、良い返事、欲しいし」
「分かりました。女の子とお付き合いするなんて考えもしていなかったですけど、これからお願いします」
「うん。よろしい」
「よろしい、ってなんかアレですね」
「そうね。私が偉そうにしてる」
なにやらいい雰囲気だから、うまく行ったのだろうか。まぁ、なんにしても意外すぎる組み合わせだ。あの二人、まともに話し始めてからどのくらいだ?俺が一樹に声をかけたのは9月の初旬らしいから2ヶ月くらいか?スピード結婚ならぬスピード告白だな。でも恋なんてそんなものかも知れないな。
「よし。結果が気になるから行ってこい、奏」
「なにしに行くのよ。二人ともまだ飲み物残ってるし、追加の注文なんて来てないでしょ」
なんて話していたら向こうから呼ばれた。
「で?何だって?」
「ケーキ2個。種類はお任せでお祝い的なの、って言われた」
「お祝い?うまく行ったとかそういう感じだったの?ってか聞いたの?」
「聞けないわよ。うまくいったんですか?とか聞けばいいんですか?話の内容も知らないのに」
それもそうだな。一樹に後で聞けばいいだろう。それにしても一樹がなぁ。
その後、てっきり二人で帰るのかと思っていたのに、先に一樹が帰って、夏海は閉店まで残っていた。閉店なのに帰らない客。奏夏海のところに向かっていった。
「お客様、大変申し訳ないのですが、閉店のお時間でして……」
「話、聞きたいのかと思って」
「結果の見えた顔しててなに言ってるんですか。それに。私本当に知りませんからね。止めましたからね」
「いいのよ。これで。自分の判断は間違えていないと思う。決めたの。私も自分の思う通りに生きてみようって」
「そうですか。応援は出来ませんが頑張って下さい」
「出来れば応援してもらいたいけど?」
「はいはい。そうですね。もう諦めました。応援しますから」
なんか奏と夏海が話しているが内容はちょっと聞き取れなかった。応援するとか何とかは聞こえたけど。嬉しそうに、というより何か吹っ切れた様な表情の夏海に、あきれ顔の奏、そんな感じに見えた。
夏海が帰り際に俺に話しかけてきて、結果はご想像の通りだから、これからよろしく、とだけ残して帰って行ったけど。ご想像のとおり、ねぇ。なんの話をしていたのかハッキリとは聞いてないんだが。
「奏、あの二人って付き合うことになった、で合っているのか?」
「そう。なんか応援してね、って言われたけど、同意しかねるって答えておいた」
「なんだ?やっぱり奏は一樹が気になるのか?」
「そういうのじゃないわよ。女の子には色々あるの」
「なんか最近、先輩への敬いが消えてきたな」
「そうですか?」
「ああ、なんか奏が先輩みたいだ」
「ふふん?大人の女に見えるのかしら?」
「ほら、そういうところだよ」
まぁ、奏のことはいいとして、一樹と夏海が付き合うことになるってのはおめでたい事じゃないか。俺は応援してやるぞ。
翌日、学校に行くと一樹と夏海が仲良く話をしていた。
「お。やっぱり昨日のはそう言うことだったのか?おめでとう、でいいのか?」
「そうね。お祝いに何かくれるのかな?」
「今あげただろう?おめでとうって」
夏海の冗談に一樹も一緒になって笑っている。最初の頃と比べて同じ一樹とは思えないほどだ。
「で?どうだ一樹。彼女ができた感想は」
こういうの聞いてみたいよな。お約束みたいな質問だけども
「そうですね。なんというか優越感を感じます。それと、幸せってこういう気分なんだなって初めて知りました」
「たったの1日でそこまで感じるのか。夏海、良かったな。こんなに有り難みを感じてもらえて」
2人はまるで最初から決まっていたかのようなカップルに見えて少し羨ましくも見えた。俺と美桜が付き合い始めた時は……どんな感じだったんだろうな。はっきりと覚えていないのが残念だ。
そんな様子を玲香ちゃんは慈しむかのような目で見ていてとても印象的だった。
「ねぇ、紅月先輩。あの2人、私たちに見せつけに来てるんですかね」
「ここくらいしかデートに誘うところ、一樹は思いつかないんじゃないのか。なにせ初めての彼女って言っていたし。ちょっとアドバイスでもしてくるか?」
「あ、そういうのなら私がしてきます」
「あれ?奏って彼氏がいたことあるのか?初耳だな」
「女の子はそういうのを色々と知ってるんですよ。未来の彼氏のためにね」
奏も意外と乙女チックなところがあるんだな。意外だ。店長にも同じようなことを話してみたけど、奏ちゃんはそういうのに憧れを持っている子だからね、とか自分の娘のような感じで話してきてなんか面食らった。
「さて。俺は俺で確認しなくちゃいけないことがあるんだよな」
ベイサイドは閉店の時間を迎えて、そんな独り言を言っていたら奏に話しかけられた。
「先輩、確認しなくちゃいけないことってなんですか?」
「ああ、俺と美桜が付き合い始めたきっかけのことでさ。玲香ちゃんもその時の状況をなぜか知っているみたいでさ。もしかしたらあの場所に一緒にいたのかな、とか思って。美桜にも確認してみようかなって」
「ふぅん。そうですか。ややこしいことにならないといいですね」
「ややこしいこと?」
「なんでもないです。交際間際の男女ってその時は盛り上がってるから、後から考えると色々とあるかも知れない、って話ですよ」
「そうならないように注意するよ。ありがとうな」
そう言って紅月先輩はモップをかけながら去っていったのを見て、奏はどうしたものか、とモップの柄の上に両手と顎を乗せて店長に視線を送ったが、店長は僕は知らないよ、という感じで両手の掌をあげられただけだった。
僕は昨日ベイサイドで思ったことを翌日の朝に早速実行に移したわけだけど。
「美桜、ちょっといいか。俺があの公園のベンチで告白した時って吉谷玲香、玲香ちゃんってその場にいたりした?」
「なんで?」
「いや、なんとなく」
玲香ちゃんも同じ言葉を知っていたなんて話したら、私以外にも玲香ちゃんに同じ言葉で告白したなんて思われたら、それこそまずい。
「私はあの言葉への返事というか、状況を整理するので精一杯だったから、夏海が居たこと以外は覚えていないかな。でもなんでそんなことを聞くの?」
「ああ、例の写真。あの場所で同じ10月22日に一樹と玲香ちゃんの写真があっただろ?だからあの場所にもしかしたら居たのかなって」
「ああ、そういうこと。そうね。そうなるといたのかも知れないわね。じゃないとあの写真、説明がつかないもの」
そんな2人の会話を玲香は食堂の美桜たちのテーブルに向かっている途中で聞いていた。
「なんの話ししてたんですか?」
「ああ、玲香ちゃん。いいところに。あのさ、俺が美桜に告白した例の公園、あの時玲香ちゃん、同じ場所に居たりした?」
「そうですね。居ましたよ」
なんとなく懐かしそうな感じで玲香ちゃんはそう答えた。なるほど、あの場にいたのなら告白ワードを知っていても不思議ではないな。あとは……一樹もそこに……。と思って聞こうと思ったが、今の一樹は夏海と付き合っているんだ。昔玲香ちゃんと一樹が一緒にいたとか掘り返すのは良くないな。でも同じ場所に居たとしても、ほぼ同じ時間にあの写真は撮影されたように思えるんだよな。あの場所にあんな人だかりができていたのなんて、俺たちの公開告白の時だけだと思うんだよな……。
家に帰ってから紅月は今日聞いたことを思い出すが、本当に分からない事ばかりになってしまった。
俺が美桜に告白した日付、時間、そして告白ワード。それを美桜が覚えているのはなにも不思議なことじゃない。問題は玲香ちゃんと一樹だ。玲香ちゃんは一言一句違わずに告白ワードを口にした。それに一樹とあのベンチの前で手を繋いだ写真を持っていた。一樹は完全ではないが、あの告白ワードの断片を思い出しそうになっていた。どういうことだ。もう一度、玲香ちゃんに聞いてみたほうがいいのかな。
「玲香ちゃん、この前の話なんだけど、もう少し詳しく教えてもらってもいいかな」
ベイサイドで待ち合わせをして、例のことを切り出す。
「そうですね。いいですよ。でもその前に私からも一言いいですか?」
「なんだ?」
「私、横原一樹さんのことが気になって仕方ないんです。どうしたら良いと思いますか?」
なかなかの爆弾発言だ。あの2人は付き合い始めたばかりだぞ。それに割って入ろうっていうのだろうか。
「ちょっとまって。気になるって玲香ちゃん、まさか一樹の事が好きだったとかそういうのじゃないよね?」
「なんとうか。現時点では自分の中でも良く分からないんですけど、言葉の通り気になるんです」
普通に考えて気になる、っていうのは好きという感情な気がするけども。でも玲香ちゃん自身はそういう事を感じていないように見える。ややこしい事に巻き込まれたかも知れない。こんなんじゃ、あの告白の時の話なんてできないや。
「あと。九条さん、今は美桜さんとお付き合いしてますけど、あの時の告白、九条さんは本当に覚えているんですか?」
次に出た言葉もなかなかの内容で面食らってしまった。確かにあの時の出来事は自分自身の記憶にはない。全部、美桜に聞いた事だ。
「正直なところ、自分自身の記憶にはない。なにせ9月9日以前の記憶が無いからな」
「そうですか。それじゃ、もし、もしですよ?その相手が私だとしたらどうしますか?」
自分が告白した相手が美桜じゃなくて玲香ちゃん?そんな……。でも玲香ちゃんも例の告白ワードを知っていたし。思わず生唾を飲み込んだ。もしもそうなら、美桜がウソを付いている事になる。あの場所、ベンチの横にいたのは美桜じゃなくて玲香ちゃん。ベンチの周りにいたのが夏海と美桜。そんな。そんなことってあるのか?
「あ。でもあの写真は俺とじゃなくて一樹とだよね?」
「あ、気がつきました?」
「からかうのはやめてくれよ。ちょっとびっくりしたじゃないか。でも、あの写真に写っていつのが一樹だから、一樹の事が気になる、そういうことか」
「はい。回りくどい説明ですみません。どうしたら良いと思いますか?」
「そうだな。一樹の事が好き、というわけじゃなくて、写真のことが気になる、という内容なら夏海にも話してから一樹に相談すれば良いんじゃないかな」
「なるほど。そうですね。じゃあ、その相談を持ちかける時に紅月先輩も同席、お願いしますね」
やっぱり面倒な事に巻き込まれたようだ。後日、ベイサイドでそのことを夏海にも話してOKを貰ったので、一樹と玲香ちゃんは早速例のベンチに出かけていった。
「夏海、良かったのか?なんにしても玲香ちゃん、一樹の事が気になるって言ってただろ?面倒な事になったらどうするんだよ」
「良いのよ。そうなったらそうなったで。私は運命に任せるわ」
「なんだその他人事のような」
「そうですよ。あんなに止めてもダメだったんですから、ちゃんと最後まで自分を貫き通してくださいよ」
紅茶のおかわりを持ってきた奏ちゃんが夏海にそんなことを言ってきた
「そういえば、奏はなんで夏海が一樹と付き合うことを止めたんだ?」
「それはね。一言で言えば『禁断の愛』だからかしら。ほほほ」
「ほほほ、じゃねぇよ。もういい。さっさと仕事に戻れよ」
「はーい」
ったく。奏になにか聞いてもまともに帰ってきた事がない。役立たずめ。さて。あの2人は今頃どうしているのかな。