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記憶の買える店  作者: PeDaLu
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一樹の記憶

「ありがとうございましたー」


「今日もこれで閉店ね」


「はい。ご苦労さん。掃除、始めるよ」


最後のお客さんが店を出て、ドアの表示をcloseに裏返す。


「ねぇ、この前の誕生日、私達と合流する前のことなんだけどちょっといい?」


「なんだ?」


「みんなどんな様子だったの?特に玲香ちゃん」


「うーん……なんというか一樹を異様に気にしてた感じだな。一緒に写真とか撮りまくっていたし。やっぱり、この前の2人で撮影してた写真が何か関係あるのかもな」


「ふーん……」


「なんだ、それだけか?」


「あ、あと、紅月先輩と玲香ちゃんはどうだったんですか?」


「俺?特になにもなかったけど。美桜とずっと一緒にいたし。なんかあるのか?」


「いや。なんとなく。4人とも同じ誕生日ってのがびっくりで。なんかハプニングでも発生してたら楽しかったのになぁって」


「こじらせること言うなよ。それ言うのなら夏海が一樹を狙ってたとかいう発言が一番のサプライズなんじゃないのか?」


そうだ。あれは思いつきとかそういう感じじゃなかった。チョット本気というか。奏はなにか知ってるのだろうか。あの日も二人で来ていたし。


「奏はなにか知ってるのか?あの日も一緒にいたけども」


「ああ。実は私と夏海先輩、ちょっとした知り合いなんですよ。それであの日も一緒に遊びに行ったんですけど、その先に紅月先輩たちに出くわしてこっちがびっくりしたというか」


「じゃあ、お互いにびっくりだな」


なんか今回の件、やたらと奏が聞いてくるけど、そんなに気になるのだろうか。特に玲香ちゃんに対して。あれかな。夏海が一樹を狙ってたとかそういうのになにか関係しているのかな。玲香ちゃん、玲香ちゃんねぇ。


10月が終わろうとする頃、あの時話に上がっていた一樹がちょっとした一大事になっていた。なんと夏海に告白されて、それを奏ちゃんが猛烈に止めに入ったということだ。事件は僕がバイトに入っていなかったときの出来事らしい。一緒にいた美桜からはこんな感じだと聞いた。


一樹がボーッとしていたので美桜はベイサイドに誘った。そしたら夏海も一緒に行くと言い始めた。で、ベイサイドに到着して自分がトイレに行ってる間に奏ちゃんと夏海が大騒ぎしてて、なにが起きたのか聞くと「あなたは黙ってて!」なんて言われたらしい。で、困っていたら一樹が夏海に告白されて、それを奏ちゃんが止めに入った、ということで本人も困惑していた。ということだ。


「何が何だか」


「そんなの、その場にいた私が言いたいわよ」


「それにしても、あの一樹がねぇ。にわかには信じがたい。俺を差し置いて夏海に奏ちゃんまで」


「なによそれ。私はどういう存在になっているのかしら?」


「まぁ、それは冗談として。で、結果的にはどうなったんだ?」


「一樹?苦笑いして、僕なんて、とか言いながらも嬉しそうにしてた」


まぁ、そりゃいきなり2人に好意を告げられたら嬉しくもなるだろうよ。にしても分からないな。俺が一樹を誘ってからそんなに時間も経ってないし、一目惚れとかそういう類のやつなんだろうか。その後に本人に聞いたけど「好きになったものは仕方ないでしょ」とさも当然のように言われただけだった。


「で?一樹はどうするんだ?」


「僕ですか?」


「そりゃ、返事しないと」


「でも、僕、夏海さんには好きってはっきり言われたんですけど、奏さんからははっきりと言われてないんですよ」


「そうなのか?」


「はい。夏海さんが僕のことをその……」


「好きと言ってくれて?」


「はい。それを聞いた奏さんが机を拭くのもやめてこっちに来て、夏海さんを慌てて止めるような感じで」


止める?告白を止める、か。確かに好きとは言っていないけども、他人に告白されるのを止めるのはそういうことなんじゃないのか?よく分からんから奏でにも直接聞けば……って、自分のことじゃないのにあれこれ詮索するのはアレだな。ここは一樹本人の気持ちに任せるのが妥当だろう。

翌日になっても学校に行けば、夏海は一樹に事あるごとに話しかけたり隣に座ったり。端から見ても好きってのが分かる。ほんと、一樹はどうするんだろうな。他人事とは言え、ここまで見せつけられると気になる。


「なあ、美桜、あの二人どうなると思う?」


「紅月の予知能力みたいので分からないの?私はさっぱり」


「俺もさっぱりだ。それにしても玲香ちゃんはこれでいいのかな。誕生日の日に浅草に行った時はやたらと一樹を気にしていたし。それにあの写真」


そうだ。中学のときに撮影したという玲香ちゃんと一樹のツーショット写真。アレは一体どう説明すれば良いんだ。今回のダブル告白で忘れていたけども。まったくもう……。なんだか訳がわからないぞ。

その後も、バイト先では奏ちゃんとバイトをする日には、玲子ちゃんが相変わらず店にくるんだが、一樹のことについてはなにも聞いてこないし、一緒にお店に来たこともない。


「あの」


「ん?」


レジで会計をしているときに玲香ちゃんから声をかけられた。


「明日の放課後ってバイト入ってますか?」


「いや?入っていないけど。なにかあるの?」


「もしよかったらなんですけど、ベイサイドで少しお話、良いですか?」


明日は美桜との約束もないし、別に構わないと返事をして仕事に戻った。翌日の放課後に玲子ちゃんにベイサイドに呼ばれたと美桜に言ったら案の定、私も行くとか言い始めたので、あまり人に聞かれたくない相談事かもしれないから、ということで諦めてくれたが。一応、つけてこないか気を配っておこうと思う。


「玲子ちゃん、お待たせ」


「九条先輩。今日はお時間を頂きましてありがとうございます」


やらたと他人行儀で少しこそばゆい。それに、今日の玲子ちゃんは何時になく真剣な眼差しだ。俺は次に玲子ちゃんが何を言うのか少し緊張して待っていたら、信じられないことを彼女は口に出した。


「玲香、聞いてくれ。俺は世界中の誰よりも玲香のことを愛してる。世界中の誰よりも。伝えられないくらいの好きで心があふれてる。だから。俺と付き合って欲しい。この言葉、九条先輩、聞き覚えありますか?」


あるもなにも。俺が美桜にした告白のフレーズに一言一句違わない。相手が美桜か玲子ちゃんという違いを除いて。俺が驚きを隠せないのを見て、玲香ちゃんは静かにこう言った。


「やっぱり。聞き覚え、あるんですね。多分ですけど、その言葉、九条先輩が如月先輩に、私と一樹が写真を撮ったベンチで言ったものと一緒ですよね?」


「ああ。でもなんで玲香ちゃんがそれを知っているんだ?」


「あの日、あの写真を撮影した日に私も一樹から同じ言葉を言われたからです。中学2年の10月22日」


そんな。あり得ない。同じ日に同じ言葉。写真の雰囲気から時刻的にも大差ないはずだ。そんなタイミングで同じような公開告白があれば気がついててもおかしくはない。一体何だって言うんだ。そのあと、時刻も確認してみたが、ほぼ同じような時間。そうなると物理的にあり得ない。


「九条先輩。そんなに思いつめなくても良いんじゃないんですか?だって、九条先輩、その時の記憶がないんでしょ?」


紅茶のおかわりを持ってきた奏でがそんなことを言ってきたけど。確かに俺には、あの日の直接的な記憶はない。でも美桜がそれをはっきりと覚えてたし、夏海も一緒にいたって言ってたし。思いつめるなと言う方が無理な話だ。


「他にもありますよ。この前の誕生日で私、一樹と一緒にあちこちで写真を撮影していたと思いますが、あれを見て九条先輩、どう思いましたか?なにか違和感を感じませんでしたか?」


確かに違和感はあった。あの構図、場所、なにか知っているような気がしてた。でもそれは美桜も一緒だと言っていたし。そして、その日の最後に玲香ちゃんは衝撃の言葉を残して帰っていった。


「私の気持ちは九条先輩の気持ちを見ているのかも知れません」


玲香ちゃんは俺の気持ちを見ている?なんだ?どういうことだ?俺のことが好きとかそういうことなのか?


「先輩。玲香ちゃんに告白でもされたんですか?究極の困り顔してますよ」


玲香ちゃんの飲んでいたカップを下げに来た奏がそんなことを言ってきた。


「奏、玲香ちゃんが自分は俺の気持ちを見ているのかも知れないって言ってたんだけど、コレってどういう意味だと思う?」


「気持ちを見ている、ということだと思いますけど?」


「だから、その気持を見るっていうのはどういう感情なんだと思う?」


「そうですね。一言で言えば気になる、ということなんじゃないんですか?あの人は何を考えているんだろう、私も知りたいな、みたいな」


やっぱり、そういうことだよな。それって好きの前兆だよな。今のうちに断るか?でも好きとも言われていない相手に諦めて欲しい、とか言うのはなんか変だし、俺の気持ちを見ないで欲しい、なんていうのはもっと変だし。


「奏、俺はどうしたら良いと思う?」


「気持ち、見せてあげれば良いんじゃないんですか?みたいって言われたんでしょ?」


正確には見ている、だけど。確かに俺には美桜がいると思っているって気持ちを見せたら諦めてくれるのかな。変なことになる前に美桜にもこの事を伝えておいたほうが良いかな。夜にも電話しよう。


「それ、本当なの?」


「ああ、一言一句違わなかった。ただ、相手が一樹から玲香ちゃんに、だったけど。あと、玲香ちゃんから「私は俺の気持ちを見ているのかも知れません」って言われた。どういう意味だと思う?」


「気になるってことでしょ。一応、彼女がいる相手だし、面と向かって好きって言えなかったんじゃない?」


なるほど、そう考えると合点がいくけど。さて困った。はっきりと断ればいいとは思うけど、はっきりと好きと言われたわけでもない。その日は美桜にもし好きって言われたら断ると言って電話を切った。


「さて。どうしたものか。ここは一樹に相談してみるのも良いかも知れないな。あいつなら冷静に聞いてくれそうだし」


善は急げ、というわけで、翌日に一樹を誘って例の公園に向かった。


「ここって……」


「そうだ。一樹と玲香ちゃんが手を繋いで写真を撮影した場所。んで、俺が美桜に告白したって場所。それとさ。今日はもう一つあってさ」


その時だった。


「聞いてくれ。俺は世界中の誰よりも……あふれてる?だから……」


「!?」


「うう……」


一樹は頭を抱えてしゃがみこんでしまった。俺は一樹を抱えあげてベンチに座らせた。こいつ、今、なんて言った?断片的ではあったが、例のセリフだ。俺が美桜に言った言葉。玲香ちゃんが一樹から聞いたという言葉。一刻も早くこの言葉について聞きたいが、一樹は頭を抱えたままだ。俺はペットボトルのお茶を買ってきて一樹に手渡して落ち着くのを待った。


「ありがとう。落ち着いた。それでさっきの言葉だよね?」


「ああ。あれはどういうことなんだ?」


「わからないんです。ここに来たら頭に思い浮かんできて。でも誰に言った言葉なのか、それに全部の言葉が出てこなくて」


記憶の混濁。俺と同じようなことが一樹にも起きているというのか?


「一樹、さっきの言葉なんだけど、多分全部言うとこうだ。『「玲香、聞いてくれ。俺は世界中の誰よりも玲香のことを愛してる。世界中の誰よりも。伝えられないくらいの好きで心があふれてる。だから。俺と付き合って欲しい』どうだ、なにか思い出したか?」


俺は一通りの説明を一樹にしてみた。


「玲香ちゃんですか?なんで僕が玲香ちゃんに?」


「分からん。でもあの手を繋いだ写真的にそうなるんじゃないのか?実はな、玲香ちゃんからもこの話はこの前、というかベイサイドで昨日聞いたんだよ」


「本当、ですか?」


「ああ。本当だ」


どうやら一樹にも身覚えは無いようだ。でも言葉の断片を知っているということは、なにかあるのだろう。その後に日付の件についても聞いてみたが、記憶に無いという返事だった。


「それとさ。さっきの話とは変わるんだけど、ちょっとした恋愛相談を聞いてくれ。昨日さ、さっきの話の後に、玲香ちゃんに俺の気持ちを見ているんだと思います、みたいなことを言われたんだけど、コレってどういうことだと思う?」


「気持ちを見ている、ですか?僕は恋愛経験なんてないので分かりませんが、自分の立場に置き換えると、好きとは言えないけど、というか言う勇気がないけど好き、いたいな感じでしょうか。相手は自分のことなんて何も知らないのに」


なるほど。やっぱり好き系なのか。今回は玲香ちゃんは自分のことを知ってるけども。好きとは言えないし、言う勇気がない、か。美桜という存在があるから、それはしっくり来る。


「一樹、俺はどうしたら良いと思う?はっきりと好きとか言われたわけじゃないし」


「そうですね……。僕なら言われるまで待ちますかね。って、言われてもどうしようってなってますけど」


そう言って一樹は苦笑いとした。そうだ、一樹は夏海と奏に好きと言われているんだっけ。


「ん?まてよ?一樹、一樹は奏でにははっきりと好きって言われたわけじゃないんだよな?」


「はい。そうです」


「それ、どうするつもりなんだ?例えば一樹の気持ちが奏に向いたとする。でもはっきりと好きとは言われているわけじゃない」


「そうですね。なんか似てますね。まだなんとも言えない、というか自分に起きていることが信じられないのではっきりとは言えませんけど、仮にそうなったら僕は奏さんには何も言えないんじゃないかって思います」


「夏海には?」


「どうするんでしょうね」


また一樹は苦笑した。さて、どうしたものか。相談の成果はあったような。でもそんなことよりも例の告白の言葉だ。一樹まで知っている可能性が出てきた。まったくもって意味が分からなくなってきたぞ。

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