永遠の記憶
「って!」
ベッドから転がり落ちるほど飲み過ぎたか。記憶を買わないかとかなんとか言われたところまでは覚えているんだが……。とりあえず、あのバーに行ってみよう。
「閉まってるな。まぁ、土曜日の午前中だしな。そう言えば美桜は何をしてるんだろうな。随分と懐かしい夢を見たもんだ。あのときは約束をすっぽかしたから、今度は行ってみるか」
なんとなく、進む。どこの駅なのか覚えていないけど、実家からの最寄りの駅に違いないし。
「流石に、ないか。あとは……。あ、あの公園のベンチ。あそこもこの近くだったかな」
「紅月!ってあれ?ここ……私の部屋?夢、にしてはリアルだったような……あのカフェに行けば何かわかるのかな?」
美桜は出かける準備をして街に出た。が。そもそも夢で見た場所がどこなのか分からない。
「学校からの帰り道だったような……でもあの高校、六原高校だっけな?私の通っていた高校と違う名前だった」
スマホを取り出して六原高校を検索すると、隣県の高校と分かった。そんなに遠くない。しばしの電車の旅。目的の最寄り駅に10時半くらいに到着。間違いない。あの夢で見た景色だ。あの時計台の下で紅月と待ち合わせを……。
夢で見た記憶を頼りにカフェ、ベイサイドを探したが、そこにあったはずのベイサイドは空き地で何もない。
「確かに、この場所だったと思うんだけれど……」
高校に向かうと、そこは確かに夢で見た高校。確認のためにもう一度ベイサイドがあった場所に行ってみる。
「あっ!」
見慣れた顔だと思ったけども、名前が出てこない。空き地の前に立っていた女性。どこかで見たことがあるような。
「如月、美桜さんかしら?」
「あ、はい」
この人は私のことを知っているようだ。誰なのか分からないけども、この場所にいると行うことはベイサイドについてなにか知っているかも知れない。そう思って聞こうとしたら向こうから「ベイサイド」というキーワードが出てきた。
「ベイサイド、ここにはもう無いわよ。今は別のところ。本当はここにいるのはルール違反なんだけど、覚えていたら来るかなって思って、私が勝手にここに立ってた、そう言うわけだから」
半分は理解できたような。でもこの人は何か知っている。
「あの!九条紅月というヒトを探しているのですが、ご存じでしょうか?私の大切な友達なんです」
「友達?」
「いえ、恋人だった?というか……」
流石に夢の中で恋人でした、なんて言うわけにもいかず。
「あなたが覚えている場所に行ってみるのがいいんじゃないかしら。どこまで覚えているのか知らないけども」
覚えていること……。
「ヒント。公園」
ヒントを出してくれた。公園……。
「あ!」
ひどく恥ずかしい記憶というか、なんというか頭の奥から聞こえてきたような気がした。
「わかった?分かったのなら行ってみるのがいいんじゃないかしら?」
「ええと!どうもありがとうございます!」
結局、誰なのか分からなかったけども、私が知りたかったことは知っているヒトだったみたいだ。公園。そうだ公園だ。あのベンチだ。
夢の記憶を頼りに公園に向かう。スマホの地図を見なくても分かる。この道だ。この先に池があって……。
「仕方のない人ですね」
「あ、店長。結局見てたんじゃないですか。ダメなら止めてくれても良かったのに」
「今回はイレギュラーだったからね。たまにはこういうのも良いかも知れないと思ってね。それに。一樹くんと夏海ちゃんだけっていうのは不公平だと思うし」
「あれ?店長、そっちも知っていたんですか?」
「そりゃ、私は考えていることが分かるからね」
「なんというかプライベートが……」
「変なこと、考えちゃダメだよ?こんなのは今回だけだからね」
「はーい。それにしても、彼女たちはうまく行くんですかね?」
「どうだろうね。彼女たち次第だと思うよ。でも案外うまくいくと思うよ」
「なんだ。店長も優しいんだ」
奏が店長にそう言うと、店長は走り去る如月美桜を横目にベイサイドに入っていった。
「さ、次の仕事に行くよ。早く入って」
「この公園。なんか懐かしい気がするな。ここで何かあったような気がするけど。何だったかな」
池の前のベンチ。土曜日昼下がりの公園は家族連れやカップルが池に浮かんだボートではしゃいでいる。向こうでは大道芸をやっているようだ。
「やっぱり、ここでなにかあった気がする」
「あの!」
後ろで誰かに声をかけている人が居るようだ。声のした方の反対方向を見たけども、それらしき人はいない。
「えっと……あの!あ、すみません」
さっきの人の声だ。謝った後に自分の座っていたベンチの前に来て頭を下げられた。誰だっけな。なんか懐かしい気がする。
お辞儀をした彼女が顔を上げて顔にかかった髪の毛を美々の後ろにかけたときだった。
「桜の髪飾り……如月?美桜?」
「そう。私は如月美桜。随分雰囲気が変わっちゃったと思うけども。あの、九条紅月さんですよね?昔、一緒に遊んだりしたことがあると思うんですけど、覚えてますか?」
そうだ。懐かしい記憶だ。僕は……声をかけられなかった……かけられなかった?いや、僕は……。
「あの、九条さん。多分なんですけど、私、昔この場所で九条さんに告白された気がするんです」
「告白……ですか」
何となくは思い出している。というより、ベンチに座った時から思い出している。でもあんな恥ずかしい言葉なんて。
「そうです。告白です」
「それってもしかして、なんだけど、その呼び捨てに鳴ってしまうのは許して欲しいのだけれどいいかな?」
無言で頷いたのを確認して、記憶の中にある言葉を口にする。
「美桜、聞いてくれ。俺は世界中の誰よりも美桜のことを愛している」
初対面に思える相手にいう言葉ではない。でもこの記憶がなんなのか気になる意識が勝った。
「世界中の……」
「誰よりも……!」
僕の言葉に続いて彼女が続けた。なぜこの言葉の中では自分のことを「俺」といっているのかも何となく分かったような気がする。
「伝えられないくらいの好きであふれてる。だから、俺と付き合って欲しい」
「はい!」
涙を浮かべながら返事をされて若干戸惑ったが、記憶の中の出来事が本当の出来事なんだと実感出来るようになってきた自分がいる。
「本当に、本当に九条くんなんだ……本当に」
あのつまらなかった今の自分の生活。きらめいていた過去の自分。あの記憶は夢じゃない。現実にここにある。彼女は如月美桜。かつての僕の恋人。
このつまらない日常はここで終わりだ。僕は彼女との記憶の続きを……彼女とともに歩むんだ。
「これでいいんですかね」
「これでいいんだよ。彼女、横谷玲香さんの望みだからね」
「でもなんか悲しいですね。きらめく青春時代を手に入れるはずが、その記憶の中で死んじゃうなんて」
「僕も想定外だったよ。まさか死人であった玲香ちゃんが記憶の中とはいえ、九条くんと美桜くんを巻き添えにしてしまうなんて」
「それで本部からの許可がおりた訳ですか」
「そうだね」
「記憶の中で生き続けるのかぁ。ね、店長、この記憶、こうやってまたは入れるの?」
「いいや。閉じちゃうから無理かな」
「なるほど、ね。仕方ないか。それじゃ、お二人とも、お幸せに」
「奏ちゃん、置いて行っちゃうよ」
「あ!店長待ってくださいよぉ」
ここは記憶の世界。永遠の世界。二人が望めば過去にだって戻れる。何度でも繰り返すことが出来る。それは幸せな世界なのか、終わり無き無常の世界なのか。
それは二人が決めることだ。