九条紅月編
さて。まずはどうするか。玲香ちゃんが気になる、とはいえ、なにをすればいいのか自分でもハッキリしないところはある。でもまぁ、この玲香ちゃんに対しての懐かしさというか、何か違和感を感じるというか。何かがあるのは間違いない。
「玲香ちゃん、玲香ちゃんは俺のこと、どう見える?」
どう思う、ではなく、どう見える。これは最初に聞きたかったことだ。
「そうですね。正直なところ、見た目はタイプじゃないです」
「また、痛烈な答えだな。でも見た目は、ってことは別のところは違うの?」
「そうなんですよ。なんというか。強いて言えば雰囲気、ですかね」
顔は好みじゃないけども雰囲気はタイプかも知れない。タイプだと断言できないのは見た目についてストレートパンチを食らったからかも知れない。しかし、雰囲気か。また曖昧なモノだな。
「それじゃ、目を閉じて会話をしたらどうなるかやってみない?見た目を出来るだけ忘れることにして」
玲香ちゃんは少し考えていたけども了承してくれた。変な事しないで下さいよ?みたいなプレッシャーを感じたのは心外だったけども。でもこれで玲子ちゃんが気になる、という感覚がなんなのか分かるきっかけでも掴めれば。
「玲香ちゃんはさ、俺のことはいつから知ってるんだっけ?」
「そうですね。9月の……何日かは忘れましたけども、ベイサイドでバイトしている時にお名前を伺ったときでしょうか」
「そう言えばなんであのとき、俺の名前を聞いてきたの?」
「私のその日までの記憶とは別の人が働いていたから、でしょうか」
「別の人?」
「そうです。あの日の前日までの記憶だと、ベイサイドで働いているはずの人は一樹なんです。それがあの日から九条先輩に変わっていて。でもサンドイッチのカラシを抜いてくれたり、ハムをちょっぴりサービスしてくれたり。一樹を同じ事をしてくれるんです。だから名前を聞きましたし、私の名前も伝えたんです」
ちょっと驚きの答え。今までの事が全部解決しそうな答えじゃないか。今の話を信じるとするならば、俺は一樹だ。見た目は俺だけど中身は一樹。入れ替わっている、とでもいうのだろうか。でもそれなら美桜とか他の連中はなんでそれに気がつかない?知恵の輪のようにこっちが解けると別の場所が絡まる。
「ってことは玲香ちゃんにとって俺は、見た目は誰だか分からないけど、中身は自分の知っている一樹、そう言うこと?じゃあ、今目を閉じて話している俺は一樹に思える?」
「そうですね。でも声が違いすぎるのでイマイチな感じです」
なんか容姿以外に声まで否定されたような。
「えっと。それはひとまず置いといて。話し方というか、考え方はどう?」
「うーん……。近いんですけど何か違うんですよね。私の知っている一樹は、あっちの一樹の方なんですよ」
「あっちの一樹?ああ、そっちの方か」
あっちの方、こっちの方、とかややこしい。つまり、九条紅月、俺のことと、横原一樹のことだ。ここまでの話をまとめると、自分のことは雰囲気的には気になるけども、玲香ちゃんの中での『一樹』は、あっちの横原一樹のようだ。だから夏海を差し置いて一樹が好き、とか言い始めたって事か。
「私も聞いて良いですか?例の告白の言葉、如月先輩から聞いても、なにも思わなかったんですか?なにか思い出しそうになるとか、欠片のような記憶があるとか」
「それがなにもなかったんだよ。それに、あんな恥ずかしい言葉、俺がいうとは思えないというか。でもその時を知っている美桜と夏海が揃ってそう言うんだから、きっと俺は言ったんだろうな」
「それが美桜先輩の嘘だとしても」
「嘘?」
美桜はなんでそんな嘘をつく必要がある?嘘をついているとしたら美桜が夏海と口裏をあわせた?なんのために?
「九条先輩、本当に中学2年から如月先輩と付き合っていたって思っているんですか?記憶をなくしたのを良いことに、如月先輩が瀬見原先輩と口裏を合わせてそんなことを言った、そう考えたことはないんですか?」
それは考えたことはなかった。あの断片的な小学校の記憶は本物の記憶だと思う。唯一覚えている確定的、と言える記憶。だとしたら俺と美桜は昔からの知り合いだ。夏海も。ますます分からなくなる。
「まぁ、なんとなく玲香ちゃんの考えていることは分かったよ。俺の方からの美桜にそれとなく聞いてみる。でさ、もしよければデートにでも行かないか?」
「なんですかいきなり。別にいいですけども、私は一樹のことが気になるって言うのは変わりませんよ?」
「それはそれでいいのさ。ちょっと思うところがあってさ。玲香ちゃんの話をまとめると、俺は一樹なのかも知れないんだ。で、その一樹のことを一番知っているのは玲香ちゃんなんだろ?だから、ベイサイドでいきなり俺に変わった、ということなら、それ以前に一樹と一緒に行った場所に行けば、なにか分かるんじゃないか?そこで、それが何かを思い出せば……」
「なんか結果がそれだと私はちょっと困るんですけど」
地味に傷つくなぁ。俺の中身が仮に一樹だとしても外側が俺だと嫌ってことだろ?
「まぁ、それは結果が出てからで。な?」
「分かりましたけど。それじゃ、今週末に私はどこかで待ってますので、来てください。九条先輩が本当に一樹なんだとしたら、待ち合わせの場所とか時間、分かると思いますから。ちなみに私達が行こうとしているのは入門のアウトレットモールです。それでは、今日はこの辺で。あ、あと明日の件ですが、待ち合わせ時間の10分後くらいまでは待ってますけど、それを過ぎたら帰りますね」
こんなの承諾するしか無いだろ。にしてもなんであんなに不機嫌なんだよ。いままで俺に対してあんな感情見せたことがなかったのに。それはそれとして。待ち合わせ時間と場所か。入門のアウトレットモールに行くなら電車だ。それに片道1時間以上かかるからそれなりに早い時間だ。オープンは午前10時。開店時間に行くなら8時30分だ。この季節の8時30分。結構寒いから屋内での待ち合わせの可能性も考えないと……。などと一通り考えてから、大事なことを忘れていることに気がついた。
「だめじゃん。これ、俺の考えていることじゃん。九条紅月じゃなくて横原一樹ならどう考えるのかを考えないと?って。ベイサイドでの俺の行動は横原一樹のそれだったてことは、今思いついたのは横原一樹の思考そのものなんじゃないのか?」
自分で言葉を口に出して混乱してしまった。その後、自分の中に横原一樹の存在を確認しようとしたけども、分からず終いで。一樹と入れ替わっているのなら分かるわけもないけど。なにせ自分自身のことだからな。
「ってことで駅前の喫茶店に来たのは良いけどもっと……居ないな」
店内を見回してみたけども玲香ちゃんの姿は見当たらない。この場所ではないのだろうか。でも待ち合わせ時間までまだ30分ある。しばらく待ってみよう。それで10分前までに来なければどこか別の場所を探してみよう。最寄りのこの駅周辺にはいるはずだ。
「すみません。カフェラテホットをショートサイズで……って!?ええ!?」
「お客様、なにかございましたか?」
ございましたとも。なんでカウンターの中に玲香ちゃんがいるのさ。
「いや、なにかったのかって玲香ちゃん」
「私まだ仕事中なので」
玲香ちゃんはどこか寂しそうな顔をした気がしたけども、注文の品を準備して俺に渡してきた。このまま待ち合わせ時間までこの店で待っていればよいのだろうか。
「お待たせ。約束の時間10分後だけど」
恐らくはバイトのシフトが8時半まで。で、着替えに10分。だから10分後まで待つ。それにその時間までのバイトなら9時登校の学校には間に合う。もしかしたらずっとこの店で朝働いていたのかも知れない。
「で、どうですか?」
「どうって?」
「私がこの店で働いていたことです。なにか思うところはありましたか?」
そういうことか。俺が一樹ならその事を知っているってことか。正直、驚きのほうが大きかったから小さな気付きだったとしたら押し流されているような気がする。ちょっと気をつけよう。この後も小さな気付きなのかも知れない。
「すまん。驚きのほうが大きくて、気が付かなかった」
この人は……。もしかしたら本物なの?私がここで働いていることは一樹には内緒にしていた。だからあの日も驚かれた。初っ端からこっちが驚かされているところだ。
「じゃ、行きましょうか。遠いので、できればオープン時間に行きたいので」
どうやら、待ち合わせ時間と場所はクリアしたようだ。だが、この考えはどっちなんだ。俺、紅月と一樹。入れ替わっているとしたら一樹なのか?そのあと、アウトレットモールに行って、細かい気付きがないか神経を尖らせていてけども、特段のものは感じなかった。玲香ちゃんも至って普通に買い物を楽しんでいたような気がする。唯一なにかあったとしたら、「この中で一番私に似合うものはどれだと思う?」と聞かれて水色のニットを選んだくらいだろうか。結局どれも買わなかったんだけども。
「九条先輩、なにか分かりましたか?」
地元に戻ってきてベイサイドに晩御飯を食べに来た。シフトには入っていなかったけど、自分で厨房に入ってオムハヤシを作ってきた。その間に奏が玲香ちゃんと話をしていたけども、流石に声は聞こえなかったので店長に聞いてみたけども「女の子に会話に横入りするのは良くないよ」と言われてしまった。
「はい、お待たせ」
俺がオムハヤシを作って席に持っていくと同時に奏は席を離れてカウンターの中に戻っていった。
「なんの話をしていたの?」
店長には横入りするのは良くないと言われたけども、気になったので聞くことにした。
「九条先輩が何者なのか、についてです。実は今日のお買い物なんですけど、そのままだったんですよ。なにも自覚はないようなんですけど、あの日の一樹の行動と全く一緒だったんです。それで、そんなことはあり得ると思いますか?って奏さんに相談を」
予想外に素直に答えてくれたことよりも、今日の俺の行動が一樹と同じだったことのほうが驚きだ。なんの意識もしていなかった行動なのに。
「ってことは、あの仮説、俺の中に一樹がいるってやつは若干の信憑性があるってことか?」
「いえ、私の中では確実にそうなんじゃないかって思っています。あのニットを選んでくれたお店、九条先輩が入ろうって言いましたよね?それで、この辺のニットが私に似合いそうって言ってくれましたよね?あのニット、私の部屋にあるんですよ。一樹があとで買ってくれたんです。唯一違うのは、あのときに買わなかったことくらいなんです。それ以外は私の中の一樹、そのままだったんです」
これは俺の仮説が正しかったということなんだろうか。だとすると、美桜と夏海が嘘をついている、というのが有力な仮説になる。何のためにそんな事をしたのかサッパリ分からないけども。なんにしてもこの謎の一件が少しわかった。俺は一樹。入れ替わってるとしたら九条紅月はどこに行ったのか気になるけども。