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記憶の買える店  作者: PeDaLu
11/26

確認事項

今日は10時に待ち合わせ。でも私は9時からここで待っている。一樹はもうすぐ来るはずだ。11月1日。この日は唯一の約束の日だからだ。


「あれ?もう来てたんだ」


「一樹、そういう性格だと思ったから。でも、私も10分くらい前に来たところだから。それに、手紙、くれたから」


本当は誰も来なかった。というよりも手紙を見ていなかった、が正確なところ。


「本当に来てくれるとは思っていなかった」


付き合っているんだから当たり前でしょ。そう言いそうになったのを堪えてまるで初対面のように振る舞った。


「私もまさか手紙もらえるなんて思ってもみなかったから……」


「そうだね」


しばしの沈黙。先に切り出したのは一樹だった。


「夏海さんなんでそんなに他人行儀なんですか」


「だって、一度は私のもとを離れたでしょ?だからやり直し」


やはりそうなるのか。私は安堵と背徳感が入り混じった気持ちになったけど、今の私は安堵を選ぶ。


「でさ。今日はとっておきのデートコースを考えたから私に任せてもらえない?」


「いいですよ」


きっちりと確認した。そして作り上げた。カバンの中に作ったメモを忍ばせて、最初の目的地に向かう。


「図書館、ですか?」


「そそ。図書館。ここでちょっとびっくりすることをします」


「図書館で、ですか?」


一樹は怪訝な顔をしながらもどこかワクワクした表情も見せていた。図書館に入ってまず向かったのは3階の自習机。一番奥の左から2番め。連れてこられた一樹は酷く不思議そうな顔をしていたけども、私が持ってきた本を見て表情を変えた。


「これって……」


「なにか思い出した?」


持ってきたのは参考書。数書きの参考書。高校3年生向けのものだ。これを探すのには苦労した。本の題名が分からなかったから、それっぽいものを本棚から一つ一つ探すしかなかったから。


「これ、俺知って……」


不安そうな表情を浮かべて参考書のページを捲る一樹。


「他にもあるわよ」


私は持ってきた他の参考書を一樹に見せる。確認したページを開いて。


「なんか不思議な感じがする」


「でしょ?だからびっくりするようなことをします、って言ったでしょ?」


「でもなんでこんな参考書の文字を見るだけで不思議な感じがするんだろう」


見たことがあるから、と言ってしまおうと思ったけども、これは自分で思い出してもらわないといけないことだ。私はきっかけを与えるだけ。


「あとねぇ……これ。好きだったでしょ?」


私が持ってきたのは定番の恋愛小説。


「あ!」


一樹が恥ずかしそうな顔をし始めた。表紙は萌イラスト。挿入イラストはちょっと際どいやつだ。多分、一番記憶に残っているんじゃないかって思っていたけども、ここまでだとは思わなかった。ちょっとやりすぎたかも知れない。でもこのくらいしないと……。


「さて。十分に驚いてもらったかしら?今日はまだまだあるよ!」


そう言われて夏海ちゃんに連れて行かれた先は、僕が知っているような感覚がする場所ばかりだった。玲香ちゃんと一緒に行った浅草よりも鮮烈な感覚だった。家に帰ってからも今日行った場所を思い出しては不思議な感覚に陥っていた。あれは僕の記憶なのだろうか。でもあんな所に行った記憶は無いのに。それに、誰かと一緒に行った記憶は絶対にない。僕だけで行った場所だと思う。なのに。なんで今日は夏海さんが一緒でも違和感がなかったんだろう。夏海さんに玲香ちゃん。二人とも僕にとってどんな存在なんだろうか。分からない。




「せんぱーい。なんで私達二人とも居る日ってこんなに暇になるんですかね」


「なんでだろうな。でも楽でいいじゃないか」


「ですけどぉ。てんちょー。だから雨の日は雨の日サービスとかやりましょうよぉ」


「お前、なんでそんなに勤労意欲に溢れてるんだよ」


なんて話をしていたら以外な組み合わせの2人がお店に入ってきた。美桜と一樹だ。


「お前たち、何しに来たんだ?」


「コーヒー飲みに来たのよ。わるい?」


悪くはないけど。なんで一樹と一緒なのかが気になっただけだ、とは言えなかった。なんか格好悪いじゃないか。ヤキモチみたいで。

窓際のいつも俺たちが座る席に勝手に行って席に着く美桜。それを追いかける一樹。奏が注文を取りに行って、何が起きているのか俺に聞いてきた。


「ちょっとあの二人、あの組み合わせ、どういうことなの?」


「そんなの俺が聞きたいくらいだ。何も聞いてないしな。一樹が美桜になにか相談とかそういうのじゃないのか?」


「先輩、違ったらどうします?一樹先輩に美桜先輩取られちゃったりして」


「縁起でもないこというなよ」


なんて言いながらちょっと不安に思っている自分がいたりして。カウンターの中から二人を眺めていたけど、流石に何を話しているのかは分からなくて余計に気になった。


「一樹、単刀直入に言うけども、私ね、なんかあなたのことが気になるのよ。でも好きとかそういうのじゃないの。なんかこう……確認しておきたい、みたいな?」


「確認、ですか?丁度良かったです。僕も如月さんのことが気になっていて」


意外だった。お互いに気になるなんて。でももしかしたら……。


「それじゃ、そういうことで」


私は先に席を立ってお会計に向かう。


「紅月~、お会計~」


「ホールの担当は奏だぞ」


「いいじゃない。ちょっと言いたいことがあるから」


そう言われてレジに行ったら俺の不安が現実のものになった。


「ちょっと一樹とデートしてくる」


「は?」


「言葉の通りよ。デート。って言ってもただ単に二人で出かけるだけだから。隠したりしてないんだから安心しなさい」


「なんだよ。びっくりさせるなよ。で?一樹はまだ帰らないのか?」


「なんか奏ちゃんに待っててくれって言われてるんだって。ほら」


向こうでは奏でと一樹がなにやらやり取りをしている。それを眺めている間に美桜は帰ってしまった。それに気を取られていたら新規のお客さんと入れ替えに一樹がレジに来て奏でが対応し始めた。レジでもあの二人はなにか話している。なんか自分だけ蚊帳の外のような。


「てんちょぉ。どうするんですかこれぇ」


「え?なんか面白くなってきたんじゃないの?」


「そうなんですけどぉ」


「なになに?何の話?あ、これ、オーダーって、作るのは俺か」


厨房に入った後も店長と奏ではなにか話をしている。少々真剣な顔だけど、声は小さくて聞こえない。またしても蚊帳の外。くっそ。だったら俺も、とか無駄な対抗意識を燃やして俺は玲香ちゃんとデートすることにした。ダメ元で誘ったら案外すんなりOKが出てびっくりしたけども。


「というわけだ。いいか?単純に一緒に出かけるだけだから安心しろ」


この前に言われたことをそっくりそのまま美桜に返した。どうだ。


「分かった。私は紅月を信じてるから」


帰ってきた言葉を聞いて罪悪感に襲われたけど、約束してしまったし。といっても単純にお昼ご飯を二人で食べるだけのデートなんだけど。


「悪いね。急にお昼を一緒に食べようなんて」


「構いませんよ。ただのお昼デートですし」


これはやはりデートの部類なのだろうか。なんにしても今まで聞きたかったことを聞こうと思う。


「玲香ちゃん。いくつか聞きたいことがあるんだけどいいかな」


「なんだか面接みたいですね。恋人選びの面接ですか?」


「ゴメン。今日はそういうのじゃなくて結構真面目が感じで」


「分かってます。それで、最初は何からにしますか?」


なんとなく、だけど、この吉谷玲香、という人物は今回の一連の出来事についてなにか知っているように思えたのだ。だからいい機会だから美桜へのあてつけも兼ねてこんな場を設けたわけだ。


「そうだな。まずは確認『玲香、聞いてくれ。俺は世界中の誰よりも玲香のことを愛してる。世界中の誰よりも。伝えられないくらいの好きで心があふれてる。だから。俺と付き合って欲しい』ってやつ。これ、やっぱり玲香ちゃんの中では一樹から聞いた言葉なのかい?」


「そうですね。でももしかしたら九条先輩から聞いたのかも知れません」


何だそれは。俺が?玲香ちゃんに?俺にはその記憶がないから何が本当なのか分からないのが事を更に混乱させている。仮に俺がこの言葉を玲香ちゃんに言ったのだとしたら。


「そうしたら、あの一樹との写真は一体どういうことになるんだ」


「あれはアレで事実です。あの告白を受けてから撮影したものです」


そう。そこだ。俺の場合にはその時に瀬見原夏海が一緒にいた。玲香ちゃんのときも誰か一緒にいたんじゃないのか?


「その写真、誰に撮影してもらったものなの?」


「そうですね……。えーっと。こんなの隠しても仕方ないのでお話しますね。笹原奏、さんです」


まてまてまてまて。どういうことだ?ってことは奏でが何もかも知っているってことになるのか?


「奏がその場所に一緒にいたってことか?」


「はい。私も一樹もベイサイドによく行くお客でしたから。その店員の奏さんも一緒に出掛けたんです」


何だこれは。でもここから導き出されるのは俺が俺じゃないってことだ。あの言葉、あんな言葉を一言一句覚え……。


「先輩、もしかして横原一樹、は先輩と同一人物だった、とか考えてますか?」


非現実的だが、そんなことを考えていたのは正解。でもあの告白の言葉、美桜から聞くまで俺は知らなかったんだ。だからその言葉を知っている、というか記憶のカケラとして持っていた一樹、彼が俺と同じく記憶喪失に陥っていて自分で自分に偽の記憶を刷り込んでいたとしたら。


「先輩。でもそれじゃ、私と如月先輩が同じ言葉を知っていることが説明つかないんですよ?だって、九条先輩は如月先輩に、一樹は私に。それで告白された側は同じ言葉を知っている。あんな言葉、言われた相手は絶対に忘れませんよ。」


そうだ。あんな言葉、仮に俺が逆に聞いたとしたら記憶に鮮烈に残っていると思う。となると現実的な考え方は俺と一樹が同じ言葉で互いに示しを併せてそれぞれ告白した、というのが現実的か。それで俺も一樹も記憶に何らかの障害があって。

自分が考察したことを玲香ちゃんに伝えると「半分正解で半分違うような気がします」という回答とともにこう提案してきた。


「奏さんに聞きに行きましょう。彼女、絶対になにか知っていると思うんです」


そうだ。一連の話を総合すると奏に聞けばなにか重要なことが分かる気がする。俺たちは放課後にベイサイドへ足を運んだ。


「あれ?今日はバイトのシフト入ってたっけ?」


「いや。今日は奏にちょっと聞きたいことがあってさ。店長~、お客さんが来るまで奏、借りてもいいかなぁ!?」


「いいよ」


店長、いやに楽しそうだな。なにか良いことでもあったのかな。


「はぁ……。こうなるから……夏海のやつ……」


「なんか言ったか?」


「いや。小言が頭に浮かんだだけだから。気にしないで」


「そうか。それじゃ早速だけど。回りくどいのは無しだ。奏、お前、この一連の不思議な出来事についてなにか知ってるだろ。それを教えて欲しい」


「なるほど。玲香ちゃんに聞いたんだ」


「そういうこと。一樹と玲香ちゃんの写真を撮影したのは奏、お前なんだってな。念の為確認するが合っているか?」


「合ってるわよ。ついでに言うなら私、九条先輩と美桜先輩が同じようなことを夏海先輩と一緒にやったのも知ってる」


「ってことはやっぱり、同じ場所で同じような時間に?」


「そう、ね。そういうことにはなるのかな?


目撃者がいるのなら、この可能性は真実味があるが。もうひとり。ってことは夏海がその場にいたことも奏は知っていた。コレが真実ならことの説明がつく。


「その場には夏海もいたか?」


「いた、わね。びっくりしたんだから。そんで同じ言葉でしょ?」


この話から導き出されるのは唯一つ。俺と一樹は9月の頭からの知り合いではなく、少なくとも中学2年のあの時から知り合いだったってことだ。しかも告白の相談なんてお互いにしているのだから、相当に仲の良い関係だったと推察できる。そして最後に。ありえないとは思うけど念の為。


「ありえないとは思うけど、念の為。俺と一樹、実は同一人物、なんてことはあり得るか?」


奏は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。


「なにそれ。だったら今の二人はどうやって存在してるわけ?分裂でもしたの?」


だよなぁ。物理的に科学的にそんなことってあり得ないよな。


「まぁ、そんなふうに考えるなら九条先輩、玲香ちゃんのことも知ってるって事になりますよね?どこまで知っているんですか?」


俺が知っている玲香ちゃん。ベイサイドのお客さん。常連。俺はベイサイドでは働いていた。だから顔見知り……。ここまでだ。ここまでしか把握できない。その事を奏でに伝えると「ほら、だから二人は別人ですって」と言われてしまった。当たり前か。


「結局、奏でに聞いても重要なことは分からなかったな。それじゃ、悪かったな付き合わせちゃって」


「良いですよ。別に。私もなにか分かればって思ってましたし。でも結果は九条先輩と同じですかね」


お互いに苦笑し合ってその日は別れた。

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