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記憶の買える店  作者: PeDaLu
10/26

ハサミと穴

「それでは一樹。今日から私の彼氏ってことになるけど、いい?」


「仮に、だけどね。自分も不思議な感覚だからはっきりさせたいし。なんで僕があの告白の言葉を断片的にだけど覚えているのかも気になるし」


僕はそれよりもあの写真のことが気になった。僕たちは初日にもう一度、浅草に、翌日は葛東臨海公園の水族館に行った。浅草はあの日と同じような不思議な感覚があったけど、この前にも来ているから、その記憶なのかなって思った。翌日の水族館はその比じゃなかった。待ち合わせ場所の時間から公園までの道、水族館よりの先に浜辺に行ってスポーツカイトを眺めたり。すべてが見た景色のように感じた。僕は……彼女はいったいなんなんだ。


「ねぇ、一樹。なにか思い出した?」


思い出す?昔にここに来たことがある?玲香ちゃんと?僕が?いつ?直接玲香ちゃんに何度か確認してみたけども、遠回りに聞くより体感しろ、みたいな事を言われてはぐらかされてしまう。


私は一樹との思い出を繰り返す。これで一樹が何かを思い出したのなら、私の横にいる一樹は私の知っている一樹。少し物静かだけど。なんで九条くんがあの言葉を知っているのかは私も気になるけど、そんなことよりも一樹のことが第一だ。


その後も二人は互いを探り合うように時間を過ごして夕方にベイサイドに戻ってきた。


「いらっしゃいませー。あの、ここってドラマの常設セットとかじゃないんですけど」


玲香ちゃんと一樹くんを席に案内して、注文をとった後に店長に小言を言われた


「奏ちゃん。常連のお客さんに何言ってるの。それに、これ、本当にドラマみたいじゃないか」


「ドラマ、ねぇ……」


そのころ、俺と夏海はベイサイドに向かっていて。窓際に玲香ちゃんと一樹が座っているのが見えて、夏海に入るかどうか尋ねたら、やめておこう、とのことだったので横目で二人を眺めて通り過ぎて駅の2階にある喫茶店に向かった。


「夏海ちゃん、なんでこんなことOKしたの?」


この質問はもちろん、一樹と玲香ちゃんがお試しとは言え付き合ってみる、ということについてだ。


「深い事情があってね。強いて言うなら私は本来一樹と付き合うのはタブー、みたいな。だから一樹が玲香ちゃんを選ぶのならそれも仕方がないかなって」


「それ、本気で言ってる?」


「半分本気。半分逆に本気」


「なんだそれ。タブーってのと一樹を諦めないってのが両方共本気って意味か?」


「そんなところ」


夏海に「タブー」ってなんなのか聞いてみたけども最後まで答えを聞くことはできなかった。

その夜に自宅に電話がかかってきたので、美桜かと思って出たら一樹からだった。一樹から電話がかかってきたのは初めてだな。


「どうした?例の件か?」


まぁ、このタイミングで電話してくるなんて、玲香ちゃんと夏海の件しか無いのでそう切り出した。


「いや、ちょっと違って。九条くんと如月さん、本当にあの公園のベンチで告白したんですか?」


「ん?なんだ?まぁ、そうらしいな。俺自信は記憶がないから美桜に聞いたのが全てだけど」


「ですよね。僕も色々と考えたんですけど、やっぱりあの写真が気になって。それに玲香ちゃんはあの言葉を知っていましたし。それに、僕も……」


「断片的だけど覚えていたから、ってことか」


「はい」


まぁ、この件は俺も答えを出せないでいることだ。この際だから一樹に色々と聞いてみよう。


「一樹、ちょっといいか。確認なんだが、一樹は俺と同じ中学だった。ここまではいいな?で、あの写真を見るまでは吉谷玲香のことは見たことも聞いたこともなかった」


「そうです。で、九条くんにあの公園に連れて行ってもらうまでは、あの言葉も知らなかったです」


「なるほどな。で、ここまで玲香ちゃんと付き合ってみてどうだった?」


「はい。不思議な感じです。なんか知っているような。なにをするのか、感じるのかを知っているような不思議な感覚になりました」


この現象は俺と美桜もあったことだ。玲香ちゃんと一樹にも同じようなことが起きているということだろうか。


「わっかんねぇな。何が起きてるんだろうな」


「そうですね。なにも解決しないですね。でも今日電話したのは、それを確認するためだったので助かりました。もう少し確認したいことがあるので、玲香さんとの仮付き合い、続けてみます」


確認すること、か。他にもなにか気になることがあるっていうことか。その後に美桜にも一樹から電話で話したことを伝えておいた。そしたら奏に聞くのが一番いいんじゃないか、ってことになったわけで。


「奏。ちょっと聞きたいんだけど」


「黙秘します」


「まだなにもいっていないけどな?」


「だから黙秘」


「なんだよ。それじゃ、一つだけ答えてくれないか?」


「なに?場合によっては黙秘するけど、それもいいなら聞く」


こいつ、やっぱりなにか知っているな、なんて思いながらこう聞いた。


「吉谷玲香と一樹、横原一樹って前世で知り合いだったとかそういうことはないか?」


なにコイツ、というような顔をされた。まぁ、自分でも変なことを言っているのは分かってる。でも、そんなことがあったとしたらなんとなく今起きていることが説明できるような気がして。


「前世って……」


「やっぱりそんなこと、無いよなぁ……。あ、注文だぞ奏」


注文をとって戻ってきたので、厨房に入って注文の品を作り始めた。カウンターで店長と奏がなにやら話をしていたが、流石に聞こえない。世間話をしているようには見えなかったので気になったけど、それを聞いたら「黙秘」された。なんなのさ。


その後も一樹と玲香ちゃんは放課後も休日も一緒にいて色々な話をしたらしい。で。最近は自分のことが何者なのか分からなくなってきたとか言い始めた。


「自分のことが分からないって。まるで最初の俺みたいだな。記憶がないとかそういうことはないのか?」


「うーん……。記憶がない、というよりも自信がない、という感じなんです。今の自分は一体何者なのか、記憶にある過去の自分は本物なのか。それにあの告白、あの写真は一体何なのか」


「なんか重症だな。俺の時とおなじなのかね。今度は俺が相談を受ける番か。でも記憶がないというより、あるんだけど、それが本当の記憶なのか自信がない、みたいな感じか」


「そうですね」


これ、奏に聞いても「黙秘」とか言われるんだろうか。一樹から聞いてもらっても「黙秘」なんだろうか。その頃、奏は店員としてではなく、お客としてベイサイドで夏海と会っていた。


「奏ちゃーん。折角来てるんならお手伝い、どう?」


「今日は用事があるって言ったじゃないですか。九条先輩はどうしたんすか?」


なんて言ってるけど、九条先輩にこの話を聞かれるのは不味いし。バイトが入っていない日を見計らって来たんだけどね。ごめんなさいね店長さん。


「それで?例の件かしら?」


「話しが早くて助かる」


まぁ、奏から呼び出されるのはそれしかないしね。


「で。夏海、単刀直入に言うけど、今回の件、どうするの?」


「どうする、かぁ。なんか自分が思っている以上に面倒なことになり始めてるんだよね」


「というよりなんで玲香ちゃんと一樹を二人にしたのよ。こうなり始めるのだって予想ついたでしょ?」


「まぁそうなんだけどさ。何ていうの?ちゃんと実力で捕まえたいじゃない?恋愛だし」


「はぁ、あんたね……。まぁ、こうなってしまったんだから仕方ないでしょ。私は尻拭いしないからね。自分でなんとかしなさいよ」


「ちょっとは助けてよ」


「できることがあれば、ね」


「でさ。お話は終わった?お店、やっぱり手伝ってくれない?」


店長はそう言ってお店のお客さんを見回した。なんでこんなときに繁盛してるのよ。まぁ、立場的に仕方ないから手伝うけど。それにしても夏海はこの後どうするのかな。一樹、このままだと……。



「さて。どうしたものかな。玲香ちゃんとこれ以上いると不味いことになりそうだし。とりあえずは今月が終わったら一樹がなんと言おうと強制的に私とよりを戻してもらって……」


「おまえ、なにをブツブツ言ってるんだ?」


夏海が自分の席に座ってなにやらメモを取りながらブツブツ言っていた。メモは隠されたので何を書いていたのか分からないけど、なんかの悩み、だろうか。このタイミングの悩み。一樹のことだよな。


「一樹のことか?」


まぁ聞くよね。で、帰ってきた答えは案の定だった。


「そう。明日の土曜日から月が変わるでしょ?だから一樹も元の鞘に収まって私の所に帰ってくるじゃない?それでとっておきのデートコースを作っていたの」


戻ってくる、か。イヤに自信があるな。その自信はどこから来るんだ。この前の一樹の話だと、玲香ちゃん、相当に気にしていると思うぞ。ここでその事を言うのは簡単だが、こういう事を外野がとやかく言うのはどうかと思うしな。でもま、一樹には甲斐甲斐しくデートコースを夏海が作っていたぞ、位は言っても良いかも知れない。


「ということだ。一樹、お前モテるな」


「実感ないけどね。これも九条くんのおかげかな。あの時、声をかけてもらえなかったら、まだ僕は教室の空気になっていたと思う」


「空気ってお前……」


なんて言いながら、その気持が少しわかる自分もいた。記憶のない自分。誰も周りにいなかったら、それこそ空気になっていただろう。少しさみしい気持ちになったので美桜を誘ってベイサイドに行った。奏からは「ここしか来るところがないのか」とか言われたけども放課後に他に行くところなんて思いつかないし。


「で、どんなデートコースにしたって言っていたの?」


「わからん。でもかなり練りに練ったって感じだったぞ。メモがすごいことになってた」


「メモ?」


「そう。なんか一生懸命に書いてたぞ」


「先輩はそういう乙女心、分からなさそうですよね」


注文の品を持ってきた奏の声が頭上から降ってきた。


「お客に対してなんという口の聞き方と内容だ。乙女心が分からなかったら美桜とかいう彼女がいるわけないだろ」


「そうですねぇ」


奏では美桜を真顔でまじまじと覗き込んで来いる。何やってるんだコイツ。美桜もなんか言えよ。


「空気かぁ」


「なによ、いきなり」


奏が去った後に俺は一樹の言葉を思い出して不意に言葉に出した。


「空気。教室で空気に鳴るってどんな感じかなって思ってさ」


「教室で空気ねぇ。独りだけ隔絶された別世界にいるような?好きな人にも声一つかけられないで時間だけが過ぎてゆく、みたいな?」


「いやに具体的だな」


「そういうのは嫌だなって思っただけ」


本当はそんな感覚がしたから。誰が好きとかそういうのは紅月には言わないほうが良いと思う。だってその相手は一樹だったから。物静かな一樹。あの雰囲気に何故か惹かれる」


「奏ちゃん、これ、どーするの?なんか糸が絡まってるよ?」


「店長がしっかりしないからでしょ?そんなの放って於けば解けてバラバラになるから」


「縫ってくれないの?」


「私、裁縫苦手なんで。ましてや直すとか絶対に無理です。どうしてもっていうならハサミ、使えばいいじゃないですか」


「えー、だって穴が開いちゃうでしょ?」


「知りませんよ。そんなの」

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