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月天人と兎姫  作者: 坂本雅
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とりがみえずとも

ある日、宮から葬送の群れが旅立った。

優れた体躯の駕輿丁達が分厚い御簾で覆われた輿をかつぎ、物々しく歩く姿に道行く誰もが頭を下げた。

輿は死者が天帝に連なる血の持ち主であったことを示し、乗り物であると同時に過所の役割も果たす。

ゆえに列を止める者も、輿の内を検めようなどという輩も現れなかった。

それこそが狙いといえた。

実際に輿に坐していたのは死者ではなく隠された皇女、薫子だった。

敬虔な者が知れば死者への冒涜とみなされる行為ではあるが、陽の光を防いで宮から山へと至る道を巡っても悪目立ちのない移動法は、これをおいて他になかった。

「あと少しでお山の天辺みたいですよ。お月さまが丸いですっ」

盲目となった皇女の身の回りの世話を任された若い女官が、御簾の外をちらりと覗いて薫子へ振り向いた。

道中では沈黙を保っていたものの、人気のない山中ということで本来のおしゃべり好きが幾分か戻ってきていた。

歳も近く、どこか妹のような雰囲気を持つ彼女へ向けて薫子は柔く笑みを返す。

「ええ……とても綺麗なんでしょうね」

動きやすいようにと長髪を後ろでまとめ上げられ、旅衣装を着せて貰ったことがようやく意味を成してくれる。

暗闇に包まれた輿の中でも気が滅入らずに済んだのは、ひとえにこの女官が同行していたからだろう。

共に息をひそめる相手すらなく孤独に過ごしていたら、脆くなった精神では耐えられなかったかもしれない。

そういった親愛の情を込めた返事だったのだが、女官は己の発言が薫子の眼の状態をかえりみないものであったと思ったようだ。

しゅんと肩を落としている。

「そのお薬が、お目を治すものなら良かったのに……」

薫子は手元の袋に視線が向けられたと察して、そっと布の表面を撫でる。

女官も駕輿丁たちも、これが不老不死を叶える代物だとは知らされていない。

哀れな皇女の為に取り寄せられたが、まるで効果のなかった偽薬。そう教えられている。

つまらない偽薬の処分の為だけに皇女自らが足を運んでいるのは何故か――疑問は当然、各々の頭に浮かんでいた。

だが帝が配した者達の中に、わざわざそれを口に出すような輩は居なかった。

「気遣ってくれて、ありがとうございます。ですが、これは貰いものですし……無い方が良い品です。たとえどんな効力があるとしても使えません」

――想い人の代わりに与えられたものなど。

そう言おうとした唇を、抑え込んで噛みしめた。

間もなく前方で担いでいた駕輿丁かよちょうから声が掛かり、山頂へ着いたと知らされる。

輿が地に降ろされたのを機に、薫子は女官に手を引かれて外へ出た。

さわさわと風の音がして、髪や裾や周りの草木が揺れている。

石畳ではない土の地面の歩きにくさに薫子の足がもつれかける度、女官は慌てふためきながら彼女の身を支えていた。

樹木がなく月の見える開けた場所で、駕輿丁たちによって送り火が作られていく。

決して近付かないように念を押されたのをどこか微笑ましく思いながら、薫子は集められた枝や木の葉が燃えて爆ぜる音を聞いていた。

風が強いせいか、火の勢いが増すのが早い。

光のない景色に変化はなくとも、高まった温度と熱気に汗がにじむ。

「ち、ちょっと熱いですね……そろそろ、くべた方が良さそうです」

女官の言葉に頷いた薫子は数歩だけ前へ歩き、袋の紐を緩めて霊薬を火の中に落としていく。大した間もなく空になった袋を握りしめたまま、昏い赤眼で丸薬が消し炭に変わるのを想像した。

退いた方が安全だと促す声に、薫子は首を横に振る。

与えられた薬は今、手放した。残された手紙は読めはしない。

想われた証を焼く勇気はなかったが、これでもう忘れてしまわなければ。

深い溜息をついた直後、にわかに周囲がざわめき出した。

天界の品を燃して異変が起きたのかと思われたが、火の音や臭いにおかしな点は見られない。「お……おい。あれは何だ……!?」

騒ぎの中、駕輿丁の内の一人が空を指差して叫ぶ。

「薫子さま! と、鳥ですっ! すっごく大きな鳥が……ここ、こっちに来てますうっ!」

女官に促され、視認出来ないと知りつつ反射的に見上げた先にはあの満月の夜と同じ黄金色の大鳥の姿があった。


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