はじまり・はじまり
昔々、平安の世に竹を取り様々な用途に使い、一人で静かに暮らしていた男が居た。
ある日、男が竹林に出掛けると、光り輝く竹があった。
不思議に思い近寄ってみると、中から三寸程の愛らしい男児が出て来た。妻を娶ることなく生きてきた男は、男児を自分の子として育てることにした。
男児は日に日にーーそれこそ目をみはるような早さで成長していき、三ヶ月後には立派な少年となっていた。
連れ立って竹を取りに行くと少年はたびたび金の入った竹を見つけ、それによって暮らしは豊かになっていった。
男が抱えてきた孤独を溶かすようによく話しよく笑い、豊かさを与えるその子を男は導明と名付けた。
この不思議な子供の一生を田舎で終えさせてしまうのはあまりに惜しい。よい家の入婿になれば安泰だ。
導明の将来を思い、男は都へ居を移した。生まれて日は浅くとも外見は元服の歳になっていたため、着いて早々に儀式の手配を行った。
光の加減によって銀にも金にも見える不思議な髪を結い上げて烏帽子を被り、上品な淡い色の狩衣を着た姿は、この世のものとは思えない美しさだった。
まれな美貌と金の竹の逸話に端を発し、導明は占術や呪術への天賦の才を見出された。宮に陰陽師として雇われたのだ。
一歩二歩の先を見通す有能な働きに、導明の名は順調に売れていったのだが――話は一筋縄ではいかなかった。
「苦しみの声が文となって我が家に来てますっ! ああもう、せめてこの世に実在する品を所望しなさい! 何ですか、龍の首の珠に蓬莱の玉の枝とはっ! 持ってこさせた火鼠の皮衣を、己の手で焼いたとも聞きましたよ!」
仕切りの御簾を飛ばす勢いで自室に乗り込んできた養父に対し、導明は机に向かった姿勢を崩さず答えた。
「夢幻の品が欲しいと言えば幻滅すると思っていましたが、姫君たちの従者が可哀想な目に遭ったようですね。火鼠の偽物ですが、燃えないところを見てみたかったのですよ、お父さん」
どうやら筆で護り札に図形と字を書いているところらしい。
たまの休暇日に人からの依頼をこなしてみせる、その仕事に対する真面目さをなぜ人との交流で生かそうとしないのか。
養父は嘆かわしげに無言で首を横に振ると、文使いに持たされた大量の紙束を硯や筆置きのある導明の机の上に置いてしまう。
「そこに置くと墨がつきますよ」
「苦情の手紙くらい自力で読めと言ってるんです! 全く……男があまたの女性から文を貰い続けているなど、おかしな話ですよ」
騒動の始まりは、陰陽寮で働く一人の名も知れぬ男が妻に導明の話をしたことだった。
男はおそらく、仕事場に入ってきた新人の軽い噂をしたかっただけだろうが、人前に顔を出すことの少ない女性達は同性同士の繋がりに長けていた。
竹林で一財を築いた成り上がりという点を差し引いても導明の外見と能力は女性達の興味を引いた。
噂が噂を呼び、一人が文をしたためたのをきっかけに爆発的に広まっていった。
最近では命令を受け、屋敷の垣根に隠れて導明の様子を覗いていた従者が発見される始末。噂とは恐ろしいものだ。
「こちらからは特に何もしていないのですが……はい、完成」
無事に書き終え、筆を筆置きに移した導明は悠然と伸びをした。
「さて、どういう具合に書かれていますかね?」
視界に入った紙束の頂上にある一枚を手に取り、軽口のままに読み始める。
読むよう言い渡したものの量が量なので、義父もそれに倣った。
先ほど義父が口にした龍の首の珠、蓬莱の玉の枝などといったものは何度断っても食い下がってくる身分と気位の高い姫君たちへ向けて課した品々だ。
導明自身は、存在しない物品を求めるいい加減な男だと判断されて見限られるのを期待していた。
恋に恋をしている姫君たちが真に受けてしまったのが不幸だった。
『仏の御石の鉢』を望まれた姫はどことも知れぬ山寺の鉢を運び込ませ、本物とのたまったものの僧侶に看破された。
『蓬莱の玉の枝』を望まれた姫は宝石細工の偽物を作らせたが報酬を支払っておらず、職人が自分たちの仕事を露呈した。
『龍の首の珠』を望まれた姫は従者たちに海を探索させたが船が大嵐に遭い、生き残りも重病にかかり目玉が球のごとく腫れ上がった。
『燕の産んだ子安貝』を望まれた姫は小屋に出来た燕の巣を取るよう従者に命じたが失敗して腰を打ち、治療の甲斐なく亡くなった。
そして『火鼠の皮衣』を望まれた姫は――義父の言った通り偽物の衣を用意し、導明が興味津々に火を点けたことで嘘と判明した。
導明が首を傾げて述べた「偽物だと分かっていたら火を点けなかったのに」という言葉は、この場合、もはや皮肉にしかなっていなかった。
元来の人嫌い、噂嫌いである義父の耳には入れない方がいいだろうと導明は事が済むまで黙っていたのだが、姫君たちの恋慕に振り回されただけとはいえ多額の金が動き、死者まで出ているとあっては話題にならない方がおかしい。
早めに相談しておけばこんなに面倒な目に遭わずに済んだかもしれない、と薄情な思いに駆られるほど、導明は姫君たちに対して何の感情も持ち合わせていなかった。
赤子から急激な成長を遂げた、自分ではひどく違和感の残る外見にどうして人がまどわされるのか理解出来ないのだ。
しばらくの間、大人しく苦情文と新たな恋文を読みふけっていた導明だったが、ふと義父が血の気の引いた顔で手に持った一枚の紙を凝視していることに気付いた。
封の差出人に見覚えはなかったが、他のものとは明らかに質の違う純白の檀紙である。
「どうしました? 誰からの書ですか」
「……帝から……です。十日後の夜に、宮中へ参るようにと……」
震えながら蚊の鳴くような声でそう言うと、義父は慎重な手つきで導明に文を手渡す。
「ははあ、お父さん宛ですね?」
「貴方に決まってるでしょうっ! 高貴な方々に横柄な態度を取り続けたせいですよ! ああ、まさかここまで話が広がっているなんて……一体どうなってしまうやら!」
義父が白髪の増えてきた頭を両手で掻きむしり、苦悩の表情を浮かべるのを横目に導明は自分でも文の中身を確認した。
見事な字で書かれたそれは確かに招待状に他ならなかったが、導明は喜びや畏怖よりも疑念を抱くばかりだった。
この国の誰よりも尊い方が、平民出身の陰陽師に何の御用があるというのか。
憑き物払いにしても祈祷にしても、相応しい者が既に居るはずだ。
わざわざ半人前を呼ぶ理由は一体何なのだろう。
十日後、導明は謎が解けぬまま指令通り宮へ足を運んだ。