1話 『プロローグ』
「うおぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
森の中、巨大な蟲のような魔物に追われる男がひとり。
かれこれ逃げること数分、身を隠せそうな岩場を見つけ魔物をやり過ごし、ほっと息をつく。
「ど、どうしてこんな事に…………」
男は1時間ほど前を思い出しながら座り込んだ。
――佐藤 快斗、歳は17。
ごくごく普通の日本の高2。
成績は上の下、スポーツは出来なくもない。
顔は……まぁ、自分では分からないが、同級生によるとまぁまぁ上の方らしい。じゃあ何で彼女できねーんだよチキショウ。
……そんな事は置いておいて。
俺はいつも通り……いや、遅刻ギリギリだったから自転車でいつもより急いで登校していた。
……まぁ、急いでいたからだろう。
俺は交差点をよく確認もせず勢いよく飛び出した。
直後俺を襲った衝撃。俺は走ってきたトラックとぶつかった。
四肢は裂け、臓器はグチャグチャ。
俺は最早痛みすら感じない身体に死を悟り、そのままあの世行き……の、筈だった。
「あ……れ?生きてる……?」
そう、俺は生き返っていたのだ。それも傷一つない状態で。
森らしき場所で目を覚まし、俺が現状を把握するのには30分程かかった。
恐らく、『転生』。
アニメとかラノベのお約束である。
……いや、信じたくは無かったが。
転生と聞くとどうしても無双ものやらハーレムものを想像してしまうが、俺は彼女なしのDTかつ戦闘経験ゼロのザコなのだ。
まぁ2つとも無いだろう。
転生してどう思ったか、というと、恐怖しかなかった。
全然知らない世界で一人なのだ。そりゃ怖くなる。
「とにかくじっとしてても仕方ないよなぁ……」
そう独り言を放った直後、背後からブーンという嫌な音がした。
……振り返ると、人の頭くらいの巨大な蜂らしきモノがこちらに迫ってきていた。
「うおぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
―これが今までに起きたことである。
「……何となく予想してたけど居るんだなぁ……モンスター……」
俺はラノベなんかも嗜むライトオタでもあった。
だから異種族だのモンスターだの居るんじゃないかと思っていたが、まさかいきなり出るとは……
「クソっ、何で俺がこんな目に……!」
髪の毛をわしゃわしゃと掻き乱し、頭を抱えていると、また例のブーンという音が聞こえてきた。
「!?」
今度は俺の目の前に、さっきより頭一つ分くらい大きな蜂が出た。
「ひっ……!」
俺はもう恐怖で動けなかった。
まさか第2の人生が1時間で終わるとは。どうしようもない不幸ぶりだ。
などと思っていると、空気を裂く音とともに光の矢が飛んできて、蜂の胴体を貫いた。
巨大蜂は地面に落ち、ピクピクと痙攣した後絶命したようだった。
「い、一体何が……」
「……ちょっとキミ、大丈夫?」
俺が混乱していると、木の上から女の子が飛び降りてきた。
……耳が長くて尖っている。
……あれだろうか。エルフという奴だろうか。
「えっと……助けてくれた……のか?」
「まぁね。しっかし、『ラージビー』なんかにビビるなんて、キミ何処の人?見たところヒューマンよね」
ラージビー……あの蜂の呼び名だろうか。まんまだな……
「それが……気づいたらここにいて……
……ていうか、ここ何処なんだ?」
「はぁ……?何言ってんの?
……まぁいいか。ここはエルドラ国領の森の一つよ。
ビギナーの狩り場としては優秀ね。」
「エルドラ国……?狩り場……?」
「何?もしかして記憶喪失ってやつ?何があったのよ……」
全くもって会話が噛み合わない。
自分でも何があったのか知りたいのだ。
……しかし、やっぱりファンタジー世界の人物だからなのか、目の前のエルフであろう少女は可愛かった。
俺がそんなことを思いながらマジマジとエルフの少女を見つめていると、
「……何よ。私が何か変?」
「あ、すまん……」
……睨まれてしまった。
ドスケベ野郎だとか思われてなきゃ良いけど。
「えっと、俺は快斗。君の名前は?」
「カイト?珍しい名前ね。
私はステラ。エルフの里から友達と出てきたんだけど……
その友達とはぐれちゃって。
今その子を捜してるの。」
「エルフの里……ガチなんだな……」
「何よ。エルフだと何か変な…………」
「す、ステラちゃん!」
ステラの後ろから、慌てた様子でエルフの少女が走ってきた。
「ノエル!あぁ良かった、無事で……」
「逃げて!!」
「「!?」」
直後、ノエルと呼ばれた少女の背後から巨大なゴリラの様な魔物が物凄い勢いで飛びかかり、ノエルは地面に叩きつけられた。
「あぐっ…………!?」
「ノエルっ!?」
地面に叩きつけられたノエルは衝撃で吐血し、ゴリラの魔物はさらにトドメをさすためか、ノエルを踏み潰そうとしていた。
ステラは慌てて弓を構え、先程と同じ矢を放つも、ゴリラの身体には刺さらず、弾かれた。
「ステラ……ちゃん、逃げ……」
ゴリラの魔物が踏み抜いた瞬間、辺りのモノに血液が飛び散り、俺やステラにも血液がかかった。
ノエルの身体は腹部を踏み抜かれ、踏まれた所は肉片と化していた。
「え……ノエ……ル……?」
「…………っ!!」
……スプラッター映画なんかでグロい光景には多少耐性があると思っていたが、実物は違った。
胃の中のモノが上がってくるのを感じる。
ギリギリ吐きはしなかったが、ショッキングすぎた。
「う……嘘……」
ステラは膝をつき、絶望的という表情で目に涙を浮かべていた。
ノエルを殺した後、ゴリラの魔物はこちらに狙いを変えたようだった。
(まずい……このままじゃ……!!)
俺は出来るだけ冷静であろうと努めた。
そうしてズボンのポケットにあるものの感触を思い出し、ポケットから『それ』を取り出す。
「クソっ、やれるか!?」
俺は『それ』の電源を入れ、音量をMAXまで上げてからゴリラの魔物の脇目掛けて投げる。
俺が投げたのは某小型音楽機器。
もしこの魔物に知性とやらが無いのなら、これに注意が向くかもしれないと思ったのだ。
『!?』
ゴリラの魔物はそれに驚き、俺たちへの注意が逸れた。
「ステラ!早く!」
「……!?」
俺はステラの手を取り、何処へともなく走って逃げた。
――どれ程逃げただろうか。
俺とステラは森を抜け、近くの街に出た。
俺は疲労で街についた瞬間、倒れてしまったらしい。
……気がつくと、民家で寝かされていた。
「う……ここは……」
「おぉ、気がついたのか!良かった……」
この民家の住人だろうか。人間の男性が俺の顔を覗き込みながら言った。
「君、何があったんだ?
身体は血だらけだし、エルフの子と一緒にいたし……」
「……!!そうだ、ステラは……」
そこまで言って、俺はステラが俺のすぐ横で寝ている事に気がついた。
「うおっ!?」
「ベッドが1つしかなかったから……」
「あ、あぁ……それはいいや。」
俺はこれまでの事を男性に話し、男性は真剣に話を聞いてくれた。
「……大変だったな。そのエルフの子も可哀想に……」
「……あの森は初級者向けの狩り場だとステラは言ってました。
アレが……初級者向けなんですか?」
「……いや、それがなぁ……
最近、恐ろしく強い凶暴な魔物が世界各地で出現してるんだ。
エルフはあまり外の世界に出ないらしいし、知らなかったんだろう……」
「………………」
俺はとんでもない世界に来てしまったらしい。
暮らすにしても場所が無いし、金もない。
しかもクソ強いモンスターが闊歩する世界ときた。
「はぁ……これからどうするか……」
「……君、カイトだったよね。」
「あぁ、はい。」
「……私はヴェルク。
……実は、単に好意で君を助けた訳じゃない。」
「……?」
「私にはエルドラ国王の命で、君に言伝があるんだ。」
「は!?」
「……『カイトはこの荒れる世を救う勇者に他ならない。
世界を救う旅に出て欲しい』……だそうだ」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
俺はこの日、人生最大音量の声を出した。
俺の異世界生活は、こうして幕を上げたのだった。