異世界転生する権利
「良いニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?」
そんな風に話しかけられた時、どう答えるのが正解なのか。
小説やドラマでたまに見かけるシチュエーションだが、まさか自分が問いかけられる側になるとは思わなかった。
「まず、今の状況がわからないんだが……」
視界一面真っ白な空間。
白いってことは明るいはずなんだが、なぜか明るいのか暗いのかもはっきりしない不思議な感覚。
その、見渡す限り白い世界にオレ以外で唯一存在しているのが、目の前で腰に手を当てふんぞりかえっている年齢不詳の女、一応美女の部類だろう。
化粧が濃すぎるうえに大昔に絶滅したはずのワンレンボディコンとか、お友達になりたいタイプではないが。
「オッケー、じゃぁ良いニュースからね」
状況説明どころか、話を聞く気も無いようだ。
性格が悪いのか頭が悪いのか、それとも両方か?
「あなたは特典付きで異世界に転生する権利を得ました」
「おい、ちょっと待て」
それ悪いニュースはオレが死んだってことだろ、ふざけんな!
「察しのいい人は好きよ、説明の手間が省ける」
いやいやいや、何が起こった、そもそもなぜオレは死んだ?
記憶の糸を辿ってみる……そう、確かオレは散歩がてらコンビニに寄った帰り、大通りの交差点で信号が変わるのを待っていたはずだ。
――少しずつ思い出してくる。
――ぼーっと赤の歩行者信号を眺めていると、横断歩道の向こう側の奴らが突然ざわつき出した。
こっちを指さすガキども、ぽかんと口を開けたオッサン、スマホを取り出す女子高生。
――そして、パキパキと背後で何かがひび割れるような音、
あわててふり返ると同時に、砕けて飛び散る「何か」。
その割れて開いた「穴」から飛び出したのは、真っ赤なオープンタイプのスポーツカー。
最期に目にしたのは、スマホ片手にハンドルを握る化粧の濃い――
「オレをひき殺したのお前じゃねーか! スマホ運転とか最悪だ!!」
「――察しのいい奴は滅べばいいと思う」
ちっ、と舌打ちしながら吐き捨てるように言いやがった。
なんだコイツ、さっきと言ってることが真逆だぞ。
「しかたないから、お詫びに特典付きで異世界転生させてあげるって言ってるんじゃない。滅多にできない体験なんだから、むしろ感謝してほしいくらいよ?」
「待て、その理屈はおかしい」
なんでひき殺された側が恩着せられてるんだ。
「そうそう、元々死ぬ予定じゃなかったから神様にバレると怒られるし、成仏は却下ね? ほとぼりが冷めるまで異世界で適当に時間つぶしてて。具体的には最低50年」
最悪だ、コイツ本当に最悪だ。
生まれて初めて本気の殺意を感じる、もう死んでるが。
「それで、特典は何がいい? オススメはビール券ね、今ならゴミ袋も1束つけるわよ」
「いらねーよ、新聞の押し売りかよ、そもそも異世界とやらでそのビール券使えるのかよ」
おい小声で「面倒くさい奴ね」とかつぶやくな、聞こえてんぞ。
「じゃぁ何がいいのよ、先に言っておくけど、できることには限度があるわよ?」
何ができるのかまず言えよ、予想もつかねーよ。
「そうね、甲子園のナイターチケット?」
「だから異世界に甲子園あるのかよ!」
「――外野席」
「しかも一番安いやつじゃねーか!」
「ナイスツッコミ、嫌いじゃない」
グッ、と親指を立ててケバい顔で無駄にいい笑顔。くそっ、殴りたい。
「……もういい。じゃぁ例えば――」
昔読んだ小説でこういうの何冊かあったな、特殊な能力をもらって転生し、異世界で活躍する物語。
とはいえ、モンスター退治して英雄を目指したりしたいとは思わないし、生活を楽にしたり金持ちになったりできそうな能力というと……
「未来予知能力とか?」
「未来を決めるのは人の意志よ」
要は無理ってことか、ドヤ顔で名言みたいな言い回ししやがって。
「空間転移能力は?」
「転移先の空間にある原子と核融合起こしてもいいなら」
いいわけねーだろ。怖いわ。
「物質生成能力」
「宇宙の 法則が 乱れる!」
普通に拒否しろよ、なんでそんなネタ知ってるんだこいつ。
「もう、一生楽して暮らせるだけの現地通貨でいいよ」
「いつから貨幣経済のある世界だと勘違いしていた?」
貨幣経済すらない世界に送られるのかよ、その情報だけで鬱だわ。
そもそもその世界、どう考えてもビール券も甲子園もないだろ。
「何もないならタワシにしておく? 結構丈夫で長持ちするわよ?」
「考えてるから、ちょっと黙れ」
思い出せ、何かあったはずだ。
わりと地味な能力だけど、アイデア次第で恐ろしく汎用性が高くて便利な奴が……そうだ
「じゃぁ、アイテムボッ――」
「オッケー!」
――――――――――――
「――クス」
言い終える間もなく景色が切り替わる。
真っ白な世界は溶けて消え、薄暗い荒野のど真ん中に俺は一人で立っていた。
あのケバい女の姿も見当たらない。
「……転生なのに元の姿のままな気がするんだが、これは転生じゃなくて転移では?」
つぶやいた所で応える奴はいない。
「ふむ」
何気なく空を見上げると、無数のカラフルなボールが列を成して天の一角を横切っている。
一瞬気球かと思ったが、オレの知ってる気球はあんな風に一定のリズムを刻みながら心臓のように脈動したりしない、あれはもしかして生物か?
……なるほど、少なくとも地球じゃない場所に放り込まれたのは間違いなさそうだ。
じゃぁ転生特典とやらはちゃんともらえてるのだろうか?
「――うぉっ」
視線を正面に戻すと、さっきまで無かったはずのものが目の前に鎮座していた。
幅約2メートル、高さはオレの胸の辺りまである恐ろしく堅牢な作りの巨大な木の箱。
実に嫌な予感をおぼえながら、金属で補強されたクソ重いフタを両手で持ち上げ中をのぞき込む……空っぽ? いや、底の方に何かある。
上半身を乗り出すようにして手を伸ばし、拾い上げてみると――黒いゴミ袋の束と丸みを帯びた筆跡で「おまけ♡」と書かれたメモが1枚。
「なるほど」
これならいろんなアイテムがたっぷり入りそうだ、重すぎて持ち運ぶどころか動かすことすらできそうにないがな。
ていうか単なるゴツい箱じゃねーか。
「OK、いい度胸だ」
ぐるりと周囲を見渡す。
遠方に獣の群れのような影を見つけたオレは、その方向に向かって走り出しながら空へと叫んだ。
「速攻で死んで神様とやらに洗いざらいぶちまけてやるから覚悟しとけよ、クソアマ!」
――数秒後、化粧の濃い女が焦った様子で虚空から飛び出してきたり、その顔面に渾身の右ストレートが突き刺さったり、3回バウンドして地面にのびた所を空から降ってきたカラフルなボールの群れについばまれたりするわけだが、それはまた別の物語……。